説明

骨髄細胞の分化誘導方法

【課題】 骨髄細胞から肝細胞を分化誘導する方法を提供する。
【解決手段】 本発明の骨髄細胞の分化誘導方法は、骨髄細胞(幹細胞)をラエンネック(商品名)の存在下に培養し、肝細胞を得ることからなる。本発明によれば、骨髄細胞を効果的に肝細胞に分化誘導することができるので、肝臓の修復・再生に有用であり、ヒトを含めた哺乳動物の再生医療の分野で利用することができるという格別な効果を奏し、特にイヌ骨髄細胞の分化誘導に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は骨髄細胞の分化誘導方法に関する。より詳細には、ラエンネック(商品名、登録商標、以下同様)の存在下に骨髄細胞を培養し、肝細胞に分化誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イヌはヒトと同様難治性の肝疾患が多いにもかかわらず、根治的な治療法がない状況にある。ヒトでは臓器移植が最終的な方法として選択肢の中にあげられるが、拒絶反応、免疫抑制による副作用、深刻な提供者不足など、多数の問題を抱えている。そのような背景の中で、近年、自己組織を利用した臓器再生を目標にした再生医療の方法が取り上げられてきている。マウスやラットを用いてin vitro あるいはin vivoの実験系で幹細胞から目的の組織・臓器の再生が可能であることが明らかにされつつある。
マウスやラットにおいて、骨髄細胞が特定の条件下で培養すると肝細胞に分化すること、また、移植した雄のラットやマウスの骨髄細胞が雌の体内で肝細胞に分化誘導可能であること(移植した細胞の由来を特定できるように雌雄間で実施)が明らかにされている。
これらの分化誘導因子として肝細胞増殖因子 (hepatocyte growth factor; HGF)が注目され、利用されている(非特許文献1、非特許文献2)。しかし、HGFの分化誘導作用も完全なものではなく、時間、経費、分化効率において不満足である。
【非特許文献1】Biochem. Biopys. Res. Commun., 279: 500-504, 2000
【非特許文献2】Biochem. Biopys. Res. Commun., 298, 24-30, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように、骨髄細胞より肝細胞を分化誘導する研究が行われているが、未だに十分な成果が得られていない。
このような状況下、本願発明者らは、母体内で胎児の育成に膨大な役割を果たしている胎盤に注目し、この組織中に臓器再生を誘導する因子があると想起し、胎盤抽出液(ラエンネック)を添加して培養し、イヌ骨髄細胞に含まれるであろう幹細胞から肝細胞の分化誘導を検討したところ、所期の目的を達成し、本発明を完成した。
ラエンネックは胎盤抽出物を含有する製剤であり、慢性肝疾患の治療に用いられている。係るラエンネックに、骨髄細胞の肝細胞への分化誘導作用があることは知られていなかった。
本発明は係る知見に基づいてなされたもので、骨髄細胞から肝細胞を分化誘導させる方法を提供するもので、再生医療の発展に寄与しえる技術である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の課題を解決するためになされた本発明の骨髄細胞の分化誘導方法は、骨髄細胞をラエンネックの存在下に培養し、肝細胞を得ることからなる。特に、骨髄細胞がイヌ骨髄細胞である場合に好適に利用できる。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、後記実施例に示されるように、骨髄細胞を効果的に肝細胞に分化誘導することができるので、肝臓の修復・再生に有用であり、ヒトを含む哺乳動物の再生医療の分野で利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
上述のように、本発明の骨髄細胞の分化誘導方法は、骨髄細胞(幹細胞)をラエンネックの存在下に培養し、肝細胞を得ることからなる。ラエンネック注射剤は既に販売されており、係るラエンネック製剤を本発明に使用することができる。
【0007】
本発明で使用される骨髄細胞は、常法に準じて、大腿骨、上腕骨などの骨組織から骨髄穿刺針を用いて骨髄を採取することができる。採取する動物としては、ヒトを含む哺乳類(例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ等)が例示することができ、特にイヌの場合に好適に利用することができる。
【0008】
本発明の分化誘導方法は、上記で採取された骨髄細胞をラエンネック存在下に培養することからなる。
培地としては、上記の分化誘導を阻害しない培地であればいずれも使用することができるが、HGM培地が好適に使用される。
HGM培地は、初代肝細胞培養に適した培地であり、HGF、EGF(Epidermal
growth factor)、TGF(Transforming growth factor)、フェノバルビタールなどを添加することで、活発な肝細胞の増殖が期待できる培地であると考えられている。さらにHGM培地には、初代肝細胞培養時に小型肝細胞の増殖と成長を刺激するニコチンアミド、初代肝細胞のDNA合成を刺激するデキサメサゾン、ITS(insulin, transferring,
serenium)、プロリンの他に、Zn、Cu、Mnなどの微量元素を含み、初代肝細胞の増殖と生存維持に有効な培地である。
【0009】
当該培地中におけるラエンネックの濃度は、骨髄細胞の分化誘導を促進できる濃度であれば特に限定されないが、通常、50〜400μl/ml、好ましくは100〜250μl/ml、より好ましくは、150〜200μl/ml程度に調整される。なお、培地には、更に必要に応じて、HGF、EGF、TGFなどの成長因子を添加してもよい。
培養条件も骨髄細胞の分化誘導を図れる条件であれば特に限定されないが、通常、5%CO存在下、37℃の条件下で行われる。なお、高密度培養にて培養を行うのが好ましく、細胞密度としては例えば8×10/cm程度の密度が例示できる。
【実施例】
【0010】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0011】
実施例1
実施例で使用した材料及び実験方法の概要は以下のとおりである。
(A)材料及び実験方法
骨髄細胞
クリーンな環境下で飼育している臨床的に健康なビーグル犬を用い、全身麻酔下(塩酸メデトミジン、ミタゾラム、塩酸ケタミン混合液の注射)で、大腿骨または上腕骨から骨髄穿刺針を用いて骨髄を採取した。採取した骨髄はリンホプレップ(Fresenius Kabi Norge AS Axis-Shield proC AS, Oslo, Norway)を用いた比重遠心法で単核球分離を行い、これを培養に用いた。
【0012】
細胞培養
骨髄細胞は、8×10/cmの密度で培養し、RNA抽出用は25cmの培養フラスコを、免疫染色用にはコラーゲンコートタイプのチャンバースライド(4 wells) (IWAKI, Chiba, Japan)を用いた。
基本培地には、初代肝細胞培養用に開発されたHGM培地を基本として改変した培地(前掲非特許文献2参照)を用いた。その組成を表1に示した。
骨髄細胞はHGM培地を基本培地として、EGF、ヒト胎盤抽出液(ラエンネック)、ネコリコンビナントHGFを添加して、5%CO存在下、37℃で培養を行った。すなわち、次に示す3系統の培地でそれぞれ培養を行った。
(1)10%FBS添加HGM培地
(2)10%FBS添加HGM培地+EGF (20ng/ml)+ラエンネック(200μl/ml)
(3)10%FBS添加HGM培地+EGF(20ng/ml)+ネコリコンビナントHGF[日本全薬工業社製](1000ng/ml)。
さらに、ヒト胎盤抽出液、ネコリコンビナントHGF、EGF(Sigma, USA)は3日ごとに培地交換する際に添加した。
【0013】
【表1】

【0014】
RNAの抽出とRT-PCR:
骨髄細胞ならびにイヌ肝臓のtotal RNAは、RNA抽出キット(Sepagene RV-R; Sanko Junyaku, Tokyo, Japan)にて抽出した。total RNA (1 μg)からアルブミン及び内部標準遺伝子として用いるβ-actinに特異的なReverse primerとAMV Reverse transcriptase
(Takara Bio Inc., Kyoto, Japan)を用いて逆転写反応を行い、cDNAを合成した。PCRは、94℃で1分間の熱変性を行った後、94℃を30秒、65℃を1分、72℃を1分で5サイクル、さらに94℃を30秒、62℃を45秒、72℃を45秒で5サイクル、最後に94℃を30秒、57-60℃を45秒、72℃を45秒の3ステップを50サイクル繰り返すことにより行った。アルブミン特異的プライマーはイヌアルブミンmRNAの配列を基にして、下記のとおり作製した。
センスプライマー:tcttgctgag
gtggaaagag (配列番号1)
アンチセンスプライマー:agactaaggc
agcttgagca (配列番号2)
【0015】
免疫組織学的染色
培養28日目に回収した培養骨髄細胞は、4%のリン酸緩衝液(phosphate-buffer
saline; PBS)溶解パラフォルムアルデヒド(PFA)にて室温で30分間固定し、PBSで洗浄後に内因性ペルオキシターゼをブロックするために0.3%HO添加メタノールに浸漬し、室温で30分間静置した。さらにPBSで洗浄後、10mMクエン酸緩衝液(pH6.0)中で、マイクロウェーブを500Wで3分間、5回かけて、抗原性の賦活化を行った。20分間の冷却の後、PBSを用いて洗浄を行い、1%BSA含有PBSに溶解した10%正常ヤギ血清で10分間ブロックした後、1%BSA含有PBSにて20倍から100倍希釈したbiotin labeled anti
human albumin rabbit polyclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology, Inc. USA)、あるいは、biotin labeled anti
human CK18 mouse monoclonal antibody (PROGEN Biotechnic, USA)を一次抗体として用い、4℃で1晩反応させた。
これ以降の工程で使用するPBSには、ゼラチンとTween 20を、それぞれ最終濃度0.1%ならびに0.02%に加えた。このPBSにて洗浄した後に、1%BSA含有PBSに溶解した10%正常ヤギ血清で10分間ブロッキングし、次に1%BSA含有PBSにて100倍希釈した二次抗体(HRP-labeled anti rabbit antibody goat IgG、あるいはHRP-labeled anti mouse
antibody goat IgG (DAKO Cytomation, Kyoto, Japan)と室温にて3時間反応させた。その後、PBSにて洗浄し、0.05Mトリス塩酸(pH7.6)溶解DAB液に浸漬させて20分間の反応後、発色基質として、HO添加0.05Mトリス塩酸(pH7.6)溶解DAB液に5分間反応させた。
【0016】
(B)結果
(a)細胞培養および細胞の形態学的所見
図1に示されるように、形態学的には、
(1)10%FBS添加HGM培地で培養した骨髄細胞は、培養3日目から線維芽細胞様の細胞が培養フラスコ底部に固着し始め、7日目には細胞密度が飽和状態となり、28日目まで同様の形態の細胞が培養フラスコ底部に固着していた。
(2)10%FBS添加HGM培地+EGF(20ng/ml)+ヒト胎盤抽出液(ラエンネック)添加群では、線維芽細胞様の細胞の増殖は少なく、当初は大きな浮遊細胞のコロニーで占められていたが、約10日後には線維芽細胞と比べてより四角形様の大型の細胞が培養フラスコ底部に固着し、その後肝細胞様の5〜6角形の細胞が増え、培養28日目には細胞のほとんどが肝細胞様の細胞で占められた。
(3)10%FBS添加HGM培地+EGF(20ng/ml)+ネコリコンビナントHGF (1000ng/ml)添加群では、(1)の10%FBS添加HGM 培地よりも線維芽細胞様の細胞が底部に固着する時期が若干遅延したが、徐々に線維芽細胞様の細胞が培養容器底部に固着し始め、培養21日目頃に線維芽細胞と比べてより四角形様の細胞が線維芽細胞様の細胞間に散見されるようになり、28日目までにその四角形様の細胞が増加していた。
【0017】
(b)アルブミンmRNAの発現
培養7日目、14日目、21日目、28日目にPCR法にてアルブミンmRNAの発現を検討した。その結果、図2に示されるように、ヒト胎盤抽出液(ラエンネック)添加HGM培地で培養した培養14日目の骨髄細胞において、形態学的に肝細胞様に変化したことに加えて、RT-PCR法により、アルブミンmRNAの発現が認められた。
培養28日目ではヒト胎盤抽出液を添加した培地はもちろん、HGFを添加して培養した骨髄細胞においてもアルブミンmRNAの発現が認められた。培養28日目までは、無添加の培地で培養した骨髄細胞にはアルブミンmRNAの発現は認められなかった。
【0018】
(c)免疫組織化学的染色
培養28日目の各細胞群について免疫組織化学的染色法でアルブミンおよびCK18の蛋白の検出を試みたところ、ヒト胎盤抽出液またはネコリコンビナントHGFを添加して培養した骨髄細胞のほぼ全ての細胞質において、アルブミンが中等度の陽性を示し、CK18は微弱な陽性を示した(図3、4参照)。CK8に関しては明確な結果を得られなかった。
【0019】
以上の結果より、1000ng/mlのネコリコンビナントHGFを含む培地で培養した場合、アルブミンmRNAの発現が認められた培養日数は28日であり、ヒト胎盤抽出液(ラエンネック)添加培地では培養日数14日目にアルブミン mRNAの発現が認められた。このことは、ラエンネックは、HGFよりも、骨髄細胞から肝細胞への分化誘導を促進する作用を有することが明らかとなった。このように、ラエンネックは、イヌのみならず、ヒトを含む哺乳類における今後の再生医療の発展に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】培養28日目の培養骨髄細胞の形態を示す図である。図中、(A)、(B)及び(C)はそれぞれ無添加群、ヒト胎盤抽出液添加群及びHGF添加群の培養骨髄細胞を示す。なお、(A)においては線維芽細胞様の底部固着細胞が確認できる。(B)においては培養した細胞のほとんどが肝細胞様の細胞であった。(C)においては線維芽細胞様の細胞の中に肝細胞様の細胞が散見される。
【図2】培養骨髄細胞におけるアルブミンmRNA発現を示す図である。図中、(1)は無添加培養群、(2)はヒト胎盤抽出液添加培養群、(3)はHGF添加培養群を示し、左はアルブミンの発現を、右はβアクチンの発現を表す。なお、培養14日目に、(2)のヒト胎盤抽出液添加培養骨髄細胞で、培養28日目に(3)のHGF添加培養骨髄細胞でアルブミンmRNAの発現が認められた。
【図3】培養28日目培養骨髄細胞におけるアルブミンの発現を示す図である。図中、(A)、(B)及び(C)はそれぞれ無添加群、ヒト胎盤抽出液添加群及びHGF添加群の培養骨髄細胞を示す。なお、(A)はアルブミン陰性像、(B)はアルブミン陽性像、(C)はアルブミン陽性像を示す。
【図4】培養28日目培養骨髄細胞におけるCK18の発現を示す図である。図中、(A)、(B)及び(C)はそれぞれ無添加群、ヒト胎盤抽出液添加群及びHGF添加群の培養骨髄細胞を示す。なお、(A)はCK18陰性像、(B)はCK18陽性像、(C)はCK18陽性像を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨髄細胞をラエンネック(商品名)の存在下に培養し、肝細胞を得ることを特徴とする骨髄細胞の分化誘導方法。
【請求項2】
骨髄細胞がイヌ骨髄細胞である請求項1記載の骨髄細胞の分化誘導方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−304784(P2006−304784A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−94968(P2006−94968)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(597044704)株式会社日本生物製剤 (2)
【Fターム(参考)】