説明

高エネルギー密度ビームを用いた突合せ溶接継手

【課題】ギガサイクル域の振動に対しても耐えることが可能な疲労特性を有し、かつ十分な破壊靱性を有する溶接継手を提供する。
【解決手段】この溶接継手は、一対の鋼材と;前記一対の鋼材間の突合せ溶接部に、高エネルギー密度ビームにより溶接されて形成された溶接金属と;を備え、前記一対の鋼材のCの含有量が0.01〜0.08質量%の範囲であり、前記溶接金属の質量%の組成を用いた下記数式(a)により算出される変態開始温度Msが、250℃以下であり、前記突合せ溶接部に圧縮残留応力が付与されている。
Ms(℃)=371−353C−22Si−24.3Mn−7.7Cu−17.3Ni−17.7Cr−25.8Mo・・・(a)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高エネルギー密度ビームを一対の鋼材に照射して突合せ溶接した溶接継手に関する。特に、本発明は、ギガサイクル域の振動環境における疲労特性に優れた溶接継手に関する。
本願は、2009年12月04日に、日本に出願された特願2009−277035に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の温暖化の一因とされるCOガスの削減や、石油等の化石燃料の将来的な枯渇に対処するため、再生可能な自然エネルギーを利用することが積極的に試みられている。風力発電も、その一つであり、大規模な風力発電が世界的に普及しつつある。風力発電に最も適している地域は、絶えず強風を期待できる地域であり、そのため、洋上風力発電も世界的規模で計画及び実現されている(特許文献1〜4参照)。
【0003】
洋上に風力発電塔を建設するためには、海底の地盤に塔の基礎部分を打ち込む必要があり、基礎部分も打設される水深以上の十分な長さが必要である。また、風力発電塔全体の固有周期を狭い範囲で最適化する必要があるため、風力発電塔の基礎部分では、板厚が50mm以上、例えば、100mm程度、直径が4m程度の大断面を有する管構造が採用され、塔の全体高さは80m以上にもなる。そのような巨大構造物を建設現場近くの海岸において、簡易に、しかも高能率で溶接組み立てすることが求められている。
【0004】
そこで、上記のように、板厚100mmにもおよぶ極厚鋼板を高能率で、しかもオンサイトで溶接するという、従来にないニーズが生じてきた。
【0005】
一般に、電子ビーム溶接、レーザービーム溶接などの高エネルギー密度ビーム溶接は、効率的に溶接できる溶接方法である。しかし、特に電子ビーム溶接では、真空チャンバー内で高真空状態を維持して溶接する必要があるので、従来は、溶接できる鋼板の大きさが限られていた。これに対して、近年、板厚100mm程度の極厚鋼板を効率よく現地溶接できる溶接方法として、低真空下で施工が可能な溶接方法(RPEBW:Reduced Pressured Electron Beam Welding:減圧電子ビーム溶接)が英国の溶接研究所で開発され、提案されている(特許文献5)。
【0006】
このRPEBW法を用いることにより、風力発電塔のような大型構造物を溶接する場合にも、溶接する部分だけを局所的に真空にして、効率的に溶接ができることが期待される。
【0007】
しかし、一方で、このRPEBW法では、真空チャンバー内で溶接する方法に比べて、真空度が低下した状態で溶接するために、電子ビームで溶融され、その後凝固する溶融金属部分(以下、溶接金属部ともいう)の靭性確保が困難となるという、新たな課題が浮かび上がってきた。
【0008】
このような課題に対し、従来、板状のNiなどのインサートメタルを溶接面に貼付けて電子ビーム溶接することにより、溶接金属のNi含有量を0.1〜4.5質量%として、溶接金属のシャルピー衝撃値などの靭性を改善する方法などが、特許文献6および特許文献7において提案されている。
【0009】
洋上の風力発電塔は、上記のように絶えず強風による振動にさらされるため、基礎部の構造体は絶え間なく繰り返し荷重を受け、溶接部には絶え間なく繰り返し応力が負荷される。このため、上記構造体の溶接部は、通常の疲労サイクル(106〜7)とはオーダーが異なるギガサイクル域(109〜10)の振動に対する耐疲労特性が要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−111406号公報
【特許文献2】特開2007−092406号公報
【特許文献3】特開2007−322400号公報
【特許文献4】特開2006−037397号公報
【特許文献5】国際公開99/16101号パンフレット
【特許文献6】特開平3−248783号公報
【特許文献7】国際公開第08/041372号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の高エネルギー密度溶接では、溶接部の溶接金属は溶接の最終段階の室温付近で収縮するため、引張残留応力が誘起される。その応力比効果で疲労強度が著しく低下することがあった。そのため、ギガサイクル域の振動に対しては、引張残留応力により疲労亀裂が発生する懸念があった。
【0012】
本発明は、ギガサイクル域の振動に対しても耐えることが可能な疲労特性を有し、かつ十分な破壊靱性を有する溶接継手の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題を解決して係る目的を達成するために以下の手段を採用した。
すなわち、
(1)本発明の一態様に係る溶接継手では、一対の鋼材と;前記一対の鋼材間の突合せ溶接部に、高エネルギー密度ビームにより溶接されて形成される溶接金属と;を備え、前記一対の鋼材のCの含有量が0.01〜0.08質量%の範囲であり、前記溶接金属の質量%の組成を用いた下記数式(a)により算出される変態開始温度Msが、250℃以下であり、前記突合せ溶接部に圧縮残留応力が付与されている。
Ms(℃)=371−353C−22Si−24.3Mn−7.7Cu−17.3Ni−17.7Cr−25.8Mo・・・(a)
【0014】
(2)上記(1)に記載の溶接継手では、前記溶接金属が、Ni:0.5〜4.0質量%およびCr:0.5〜6.0質量%を含有することが好ましい。
(3)上記(2)に記載の溶接継手では、前記溶接金属が、Mo:0.1〜2.0質量%、およびCu:0.1〜5.0質量%の1種または2種を含有し;Ni,Cr,Mo,Cuを合計で1.1〜10.0質量%を含有する;ことが好ましい。
(4)上記(1)に記載の溶接継手では、前記溶接金属が、Ni:4.0〜6.0質量%を含有することが好ましい。
(5)上記(4)に記載の溶接継手では、前記溶接金属が、Cr:0.1〜6.0質量%、Mo:0.1〜2.0質量%、およびCu:0.1〜5.0質量%の1種または2種以上を含有し;Ni,Cr,Mo,Cuを合計で4.1〜10.0質量%を含有する;ことが好ましい。
(6)上記(1)〜(5)に記載の溶接継手では、前記鋼材が、Si:0.05〜0.80質量%、Mn:0.8〜2.5質量%、P≦0.03質量%、S≦0.02質量%、Al≦0.008質量%、Ti:0.005〜0.030質量%を含有し;残部鉄および不可避的不純物である;ことが好ましい。
(7)上記(6)に記載の溶接継手では、前記鋼材が、Cu:0.1〜1.0質量%、Ni:0.1〜6.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.1〜0.5質量%、Nb:0.01〜0.08質量%、V:0.01〜0.10質量%、B:0.0005〜0.0050質量%の1種または2種以上を含有することが好ましい。
(8)上記(1)〜(7)に記載の溶接継手では、前記鋼材の厚みが30mm以上200mm以下であることが好ましい。
(9)上記(1)〜(8)に記載の溶接継手では、前記高エネルギー密度ビームが電子ビームであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
上記した溶接継手によれば、電子ビームなどの高エネルギー密度ビームを用いた溶接における溶接部において、引張残留応力ではなく圧縮残留応力を生じさせる溶接条件として、溶接金属の変態開始温度を下げることができる条件を選択する。これにより、低温で溶接金属を膨張させ、溶接後に溶接部に圧縮残留応力を付与することができるため、疲労特性を向上させることが可能となる。
さらには、高強度鋼板、特に板厚が30mm以上の鋼板に高エネルギー密度ビームを照射し、溶接して突合せ溶接継手とする際、ギガサイクル域の振動環境における耐疲労特性を有し、かつ、破壊靱性値が十分に高い溶接継手を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る突合せ溶接継手を説明する模式図であり、(a)は溶接前の状態を示す厚み方向の断面図、(b)は同溶接継手の溶接後の状態を示す厚み方向の断面図である。
【図2】同溶接継手の疲労試験片の採取位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態の高エネルギー密度ビーム溶接継手(以下、溶接継手と称す。)10について図1(b)を参照して説明する。溶接継手10は、高エネルギー密度ビームを用いて溶接されており、高エネルギー密度ビームとしては、本実施形態では電子ビームを用いた。電子ビームの他には、低真空下で施工が可能な溶接方法(RPEBW:Reduced Pressured Electron Beam Welding:減圧電子ビーム溶接)やレーザービーム溶接を用いることも可能である。
溶接継手10は、一対の鋼材(溶接母材)1と、鋼材1間の突合せ溶接部6に、電子ビームにより溶接され形成された溶接金属4と、を備えており、溶接金属4の組成(質量%)を用いた下記数式(a)により算出されるマルテンサイト変態開始温度Ms(℃)が、250℃以下である。
Ms=371−353C-22Si−24.3Mn−7.7Cu−17.3Ni−17.7Cr−25.8Mo・・・(a)
発明者らは、溶接継手10における溶接部6の冷却速度が大きいため、一般に知られているマルテンサイト変態開始温度を推定する式では、変態開始温度を過大評価してしまうことをつきとめた。そこで、一般の変態開始温度を推定する式を補正し、数式(a)を導いた。
また、マルテンサイト変態終了温度(Mf(℃))は室温であることが望ましい。
なお、一般的に250℃以下で変態開始する変態は、マルテンサイト変態である。しかし、本発明においては厳密に250℃以下でマルテンサイト変態が開始することを確認する必要はなく、250℃以下で体積膨張する変態を開始すればよい。そこで、本発明においては、数値(a)で算出された温度が単に250℃以下であればよい。また、以下では、Msを単に変態開始温度と記す。
【0018】
次に、溶接継手10で用いられる高エネルギー密度ビーム溶接方法について図1(a)を用いて説明する。
図1(a)には、高エネルギー密度ビームの溶接方法の概念図が示されている。図1(a)に示されるように、一対の鋼材1間の開先2の間にインサートメタル3を装入し、高エネルギー密度ビームによりインサートメタル3と一対の鋼材1の開先2の表面とを溶接する。
【0019】
図1(b)に示すように、溶接部6に形成された溶接金属4が凝固した後、溶接金属4が室温まで冷却する過程において比較的低温、すなわち、250℃以下で溶接金属4の変態が開始する。この溶接金属4の変態膨張により、溶接部6に発生した圧縮応力5を保持した状態で室温まで維持させる。これにより、溶接継手10の疲労強度を向上させることができる。
【0020】
ここで、変態開始温度が高い場合、溶接金属の変態膨張時に、溶接金属の体積膨張が溶接部の周囲の鋼板から十分に拘束されていないので、溶接部に発生する圧縮応力は小さくなる。この場合、溶接金属が変態膨張した後、溶接金属が室温まで冷却する過程で熱収縮により引張応力が発生する。この熱収縮により、変態膨張は相殺され、その結果、溶接部に形成された溶接金属は引張残留応力状態となり、疲労強度は低下する。
【0021】
この様な理由から、本実施形態では、一対の鋼材1を溶接する際、一対の鋼材1の突合せ部である開先2にインサートメタル3を配置して、電子ビーム(高エネルギー密度ビーム)を用いた溶接により、インサートメタル3と母材である一対の鋼材1とを溶融させて溶接継手10を形成する。溶接継手10の疲労強度向上を十分に達成するためには、溶接金属4の周囲の鋼材1からの十分な拘束力を確保する必要がある。このために、本実施形態では、溶接継手10の溶接部6に形成される溶接金属4の変態開始温度Msが250℃以下となるように、インサートメタル3と鋼材との成分が調整されている。一般的には溶接条件などから溶接金属の幅を事前に予測できるため、インサートメタル3の成分と寸法と、鋼材1の成分と寸法とから、溶接金属の成分を目標の成分に調整すること、つまり溶接金属4の変態開始温度Msを調整することは、容易である。
【0022】
以上、本実施形態に係る溶接継手10は、変態開始温度が250℃以下であるため、溶接金属4は、鋼材1から拘束された状態でマルテンサイト変態する。このとき、溶接金属4は、膨張しようとしているため、鋼材1から圧縮残留応力が付与された状態である。この結果、溶接継手10の疲労特性が、ギガサイクル域の振動環境においても耐え得る耐疲強度まで向上する。さらには、溶接金属の焼入れ性が向上するため、微細な組織となり十分な破壊靱性を有する溶接継手10を提供することができる。
【0023】
本実施形態の溶接継手10に用いられる鋼材1は、特に限定されないが、上記の課題が顕著化する、板厚が30mm以上又は50mm以上の鋼材を用いることが好ましい。また、板厚の上限値は120mm又は200mmであることが好ましい。一対の鋼材としているが、一対の鋼材は必ずしも同一の板厚・成分などでなくてもよい。
また、本実施形態の溶接継手10に用いられる鋼板1の組成は、使用するインサートメタル3の組成との組み合わせによって、形成される溶接金属4の変態開始温度が250℃以下となるように調整されている。使用する鋼材1は、特に限定されないが、好ましくはCを0.2質量%以下に制限された鋼材であり、降伏強度が355MPa以上である。引張強さを690MPa以下又は780MPa以下に制限してもよい。このような高強度鋼板としては、公知の成分組成の溶接用構造用鋼から製造した鋼板でよい。
【0024】
また、鋼材1の組成は、特に限定されないが、例えば、質量%で、C:0.01〜0.08%、Si:0.05〜0.80%、Mn:0.8〜2.5%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Al:0.008%以下、Ti:0.005〜0.030%を含有し;残部鉄および不可避的不純物である鋼組成である;ことが好ましい。そして、この組成を基本成分とし、母材(鋼材1)強度や継手靭性の向上等、要求される性質に応じて、Cr、Mo、Ni,Cu、W、Co、V、Nb、Ti、Zr、Ta、Hf、REM、Y,Ca、Mg、Te、Se、Bの内の1種又は2種以上を合計8%以下で含有する鋼を使用することができる。具体的な例としては、質量で、Cu:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜6.0%、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.1〜0.6%、Nb:0.01〜0.08%、V:0.01〜0.10%、B:0.0005〜0.0050%の1種または2種以上を含有する鋼組成であることが好ましい。一方、鋼材1にこれらの合金成分を含有した場合鋼材価格が非常に高価になる。実用上は、高価な合金成分を含有したインサート材を使用して溶接した方が、はるかに安価な溶接継手を得ることができる。このため、これらの合金成分を制限してもよい。例えば、Ni,Cr,Mo,Cuの内の1種又は2種以上を合計で4%以下、2%以下または1%以下を含有する鋼を使用してもよい。また、Cr、Mo、Ni,Cu、W、Co、V、Nb、Ti、Zr、Ta、Hf、REM、Y,Ca、Mg、Te、Se、Bの内の1種又は2種以上を合計4%以下又は2%で含有する鋼を使用してもよい。
【0025】
以下、鋼材1としての成分限定の必要性について述べる。また、以下の記載において%とは質量%を示す。
構造用の鋼として十分な強度を得るためには、鋼材1に含有されるCの量は0.01%以上とすることが好ましい。必要に応じて、鋼材1に含有されるCの量を0.02%以上または0.03%以上に制限してもよい。溶接金属4の異常な硬化による靭性低下を防止するために、Cの含有量を0.12%以下に制限してもよい。必要に応じて、鋼材1に含有されるCの量を0.08%以下または0.06%以下に制限してもよい。
溶接金属4で良好な靭性を得るためには、鋼材1に含有されるSiの量を0.80%以下とすることが好ましい。必要に応じて、鋼材1に含有されるSiの量を0.50%以下、0.30%以下または0.15%以下に制限してもよい。Siの含有量の下限は特に定める必要はないが、適切な脱酸処理のために0.05%以上とすることが望ましい。必要に応じて、Siの含有量を0.08%以上に制限してもよい。
Mnはミクロ組織を適正化する効果が大きい安価な元素である。構造用の鋼として必要な強度と靭性を確保するために、鋼材1にMnの量を0.8〜2.5%添加することが好ましい。溶接金属4の異常硬化を防止するために、鋼材1に含有させるMnの量の上限を2.3%、2.0%または1.9%に制限してもよい。
PおよびSは不可避的不純物であるが、靭性等を劣化させるため、それぞれ0.03%以下および0.02%以下に制限することが好ましい。靭性を改善するためには、低い方が望ましく、鋼材1に含有されるPの量の上限を0.02%、0.015%または0.010%に制限し、Sの量の上限を0.015%、0.010%または0.006%に制限してもよい。
溶接金属4の靭性を高めるため、鋼材1のAlの含有量は0.008%以下とすることが望ましい。靭性の向上のために、Alの含有量の上限を0.006%、0.005%または0.003%に制限してもよい。
溶接金属4の靭性を高めるため、適切な量のTi酸化物を生成させることが好ましい。このために、鋼材1に含有されるTiの量は0.005〜0.030%とすることが望ましい。必要に応じて、Tiの含有量の上限を0.025%、0.020%または0.015%に制限してもよい。また、Tiの含有量の下限を0.007%または0.009%に制限してもよい。
Cuは、鋼材1の強度や靭性を向上させる元素であり、必要に応じて添加してよい。強度や靭性を向上させるためには、0.1%以上または0.3%以上のCuを添加してもよい。一方、多量のCu添加による鋼材1の疵等を防止するために、Cu含有量の上限は、1.0%とすることが好ましい。必要に応じて、Cu含有量の上限を0.7%又は0.5%に制限してもよい。
Niは鋼材1および溶接金属4の靭性を向上させるのに有用な元素であり、鋼材1にNiの量を0.1%以上添加してよい。一方、Niは高価であるため、6.0%以下とすることが望ましい。鋼材1の価格を低減させるために、Niの含有量の上限を、2.0%、1.0%または0.5%に制限してもよい。
Moは、強度を向上させるのに有効な元素であり、必要に応じて、鋼材1にMoの量を0.1%以上添加してよい。多量に添加すると溶接金属4が異常に硬化し、靭性が低下するため、0.6%以下とすることが好ましい。必要に応じて、鋼材1に含有されるMoの量を0.2%以下または0.15%以下に制限してもよい。
Nbは、鋼材1の強度や靭性向上に有効な元素であり、必要に応じて、鋼材1にNbの量を0.01%以上添加してよい。多量に添加すると溶接金属4の靭性が低下するため、Nbの含有量は0.08%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Nbの含有量を0.05%以下または0.03%以下に制限してもよい。
Vは、鋼材1の強度の向上に有効な元素であり、必要に応じて、0.01%以上を添加してよい。多量に添加すると溶接金属4の靭性が低下するため、Vの含有量は0.10%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Vの含有量を0.07%以下または0.04%以下に制限してもよい。
Bは、鋼材1の強度の向上に有効な元素であり、必要に応じて、鋼材1にBの量を0.0005%以上添加してよい。多量に添加すると溶接金属4の靭性が低下するため、Bの含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Bの含有量を0.0020%以下または0.0015%以下に制限してもよい。
CaおよびREMは、耐ラメラテア特性向上に有効な元素であり、必要に応じて、鋼材1にCaおよびREMの量を0.0005%以上添加してよい。多量に添加すると鋼材1の靭性が低下するため、これらの含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。
Mgは、鋼材1の溶接熱影響部の靭性向上に有効であり、0.0003%以上添加してよい。多量に添加すると鋼材の靭性が低下するため、Mgの含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。
【0026】
溶接金属4の組成は、例えば、Ni:0.5〜4.0%およびCr:0.5〜6.0%を含有することが好ましい。これにより、変態開始温度Msを250℃以下にし易くなる。また、高価なNiの含有量を抑えることにより、低コストで疲労強度を向上させた溶接継手10を得ることができる。この場合、さらに、質量で、Mo:0.1〜2.0%、およびCu:0.1〜5.0%の1種または2種を含有し;Ni,Cr,Mo,Cuを合計で1.1〜10.0%を含有する鋼組成である;ことが好ましい。このように、Mo,Cuの1種または2種を含有させることにより、疲労強度を向上させ、十分な破壊靱性を得ることが可能となる。
または、溶接金属4の組成を、上記の他に、例えば、Ni:4.0〜6.0%を含有するようにしても良い。この場合、Niの含有量を多くすることにより、靱性を向上させることが可能となる。この場合、さらに、質量で、Cr:0.1〜6.0%、Mo:0.1〜2.0%、およびCu:0.1〜5.0%の1種または2種以上を含有し;Ni,Cr,Mo,Cu合計で4.1〜10.0%を含有する鋼組成である;ことが好ましい。このように、Mo,Cuの1種または2種を含有させることにより、疲労強度を向上させ、十分な破壊靱性を得ることが可能となる。
【0027】
Niは、溶接金属4の変態開始温度Msを低くし、溶接継手10の疲労強度向上のために有効な元素である。さらに、強度や靭性などの継手特性を向上させる元素でもある。溶接金属にNiを含有させる場合のNi含有量の下限は、疲労強度の向上効果が十分に期待できる最低限として0.5%とするのが好ましい。確実に疲労強度を向上させるためには、Ni含有量の下限を1.0%または2.0%とすることが、より望ましい。また、溶接金属のNi含有量が6.0%を上回る場合では、溶接金属4が低温で変態するベイナイトやマルテンサイトに変態せずオーステナイトのままで冷却が終了する可能性があり、疲労強度向上が期待できなくなる。これにより、Ni含有量の上限を6.0%とすることが好ましい。
【0028】
CrおよびMoは、溶接金属4の変態開始温度Msを低減させ、強度を向上させ、焼入性を確保させる元素である。特に、CrとMoは、Niよりも、溶接金属4の強度向上および焼入性確保の効果が高い。この効果を利用し、溶接金属4をマルテンサイトなどの変態温度が低い組織に変態させ、溶接継手10の疲労強度をより向上させるためには、Cr、Moの含有量は、0.1%以上とすることが好ましい。一方、CrとMoは、Niに比べて溶接金属4の靭性向上の効果は低いため、過度に含有させると、溶接金属4の靭性が低下する恐れが生じるため、Crの含有量の上限は6.0%、Moの含有量の上限は2.0%とすることが好ましい。
なお、Niの含有量が4.0%以下の場合、溶接金属4の変態開始温度Msを確実に250℃以下とするために、0.5%以上のCrの含有が必要である。Niの含有量が2.0%以下の場合にCrの含有量の下限を1.5%または2%に制限し、Niの含有量が1.0%以下の場合にCr含有量の下限を2.0%または2.5%に制限してもよい。溶接金属4の靭性低下をさけるために、Cr含有量の下限を4.0%または3.0%に制限してもよい。同様な理由により、Moの含有量の下限を1%、0.5%または0.2%に制限してもよい。必要に応じて、Niの含有量が4.0%を超える場合でも、Crの含有量の下限を0.5%に制限してもよい。
【0029】
Cuも、CrとMo同様に、溶接金属4の変態開始温度Msの低減、強度向上および焼入性確保の効果がある元素である。Cuは、変態開始温度Msの低減、強度向上および焼入性確保の効果を得るために、Cu含有量の下限を0.1%とするのが好ましい。しかし、Cuは溶接金属中に過度に添加しすぎると溶接金属にCu割れを発生させるおそれがあるため、Cu含有量の上限値は5.0%とするのが好ましい。より好ましくは、Cuの含有量の上限値が0.3%である。
【0030】
本発明の溶接金属4は、さらに、以下の目的で成分元素を以下の含有範囲で含有することができる。
【0031】
Bは焼入性を飛躍的に向上させる元素であり、溶接金属4の焼入性を確保し、溶接金属4のミクロ組織をより高強度にする。また、高温で変態開始する組織の生成を抑え、より低い温度で変態するミクロ組織にする作用がある。一般的に、鋼材1に比べ溶接金属4は酸素含有量が高いため、Bは酸素と結合し上記した効果を奪われてしまう恐れがある。しかしながら、本実施形態の対象であるRPEB溶接では、酸素量や窒素量が極めて少なくなっているため、溶接金属中のBによる上記焼入れ性およびミクロ組織制御による引張り強度および疲労強度を改善するためでも、B含有量の下限は0.0003%で十分である。一方、B添加量の上限は、0.0003%を上回る量を添加してもB添加で得られる効果があまり増加しないので、0.005%とすることが好ましい。
【0032】
Nb、V,Tiはいずれも溶接金属4中で炭化物を形成し強度を増加させる働きをもつ元素であり、Nb、V、Tiの1種または2種以上を溶接金属4中に少ない量含有することで継手強度の向上が図れる。Nb、V、Tiの1種または2種以上の合計含有量の下限は、0.005%を下回ると、継手強度の向上があまり期待できなくなるため、その合計含有量の下限を0.005%とするのが好ましい。一方、上記合計含有量が0.3%を上回ると、溶接金属4の強度が過大になり、継手特性上、問題が生じるため、上記合計含有量上限を0.3%とするのが好ましい。なお、Tiに関しては、溶接金属4の強度向上効果に加えて、溶接アークを安定させる働きがあるため、Tiを含有させる場合には、好ましくはTi含有量の下限を0.003%とすることが望ましい。また、溶接金属4の靭性向上のために、Alの含有量の下限を0.003%、0.005%または0.008%に制限してもよい。
【0033】
溶接金属4の組成を上記のようにするためには、インサートメタル3を用いて電子ビーム溶接などを行う。溶接条件からビード幅すなわち溶接金属4の幅が精度よく推定できるので、目標とする溶接金属4の成分となるように、インサートメタル3の成分及びその厚さを選定するとよい。例えば、インサートメタル3として、純Ni、または、Ni:1〜10%、Cr:0.1〜2.0%、Mo:0.1〜2.0%、およびCu:0.1〜5.0%の1種または2種以上を合計で0.5〜10.0%含有するメタル箔を使用することができる。
【0034】
本実施形態では、溶接金属4の硬さは、母材である鋼材1の硬さの140%以内であることが好ましい。溶接金属4は、変態開始温度Msを低温化させ、溶接金属4の変態時の膨張量を室温で活用できるようにするため、マルテンサイト組織化することが望ましい。しかしながら、溶接金属4の組織が硬すぎると局所的な応力の増大による破壊靱性値δcの低下をまねくので、140%以下に抑制することが好ましい。
【0035】
溶接金属4の組成がNi:0.5〜6.0%、Cr:0.1〜6.0%、Mo:0.1〜2.0%、およびCu:0.1〜5.0%の1種または2種以上を合計で0.5〜10.0%、好ましくは、1.1〜10.0%を含有するような条件を満たし、さらに、母材となる鋼材1とインサートメタル3を使用して形成した溶接金属4との成分間のバランスを適切に調整することや溶接後の冷却速度を調整することが好ましい。これにより、溶接金属4の硬度が高くなり過ぎないようにすることができるので、溶接金属4と鋼材1との硬度差(溶接金属4の硬さが、鋼材1の硬さの140%以内)を調整することができる。
また、溶接金属4の変態開始温度Msを確実に低減させるためにも、溶接金属4におけるNi、Cr,MoおよびCuの含有量の合計を、0.5%以上、1.0%、2.0%または3.0%以上に制限してもよい。
また、溶接金属4の異常な硬化を防止して溶接金属4の靭性を向上させるために、溶接金属4の組成を用いた下記数式(b)により算出される溶接金属4の焼入性指数Dが、0.1以上3.0以下であることが好ましい。
=0.36√C(1+0.7Si)(1+3.33Mn)(1+0.35Cu)(1+0.36Ni)(1+2.16Cr)(1+3Mo)・・・(b)
溶接金属4の焼入性指数Dが3.0を超えると、溶接金属の硬さが高くなり靭性が低下するため、焼入性指数Dは3.0以下が好ましい。必要に応じて、D値の上限を1.2、0.9または0.7に制限してもよい。一方、焼入性指数D値が低過ぎると、マルテンサイト組織とならないため、D値を0.1以上とすることが望ましい。確実にマルテンサイト組織とするために、D値の下限を0.2以上、0.25以上または0.3以上に制限してもよい。
【0036】
本実施形態では、高エネルギー密度ビームを用いた溶接の条件を特に限定しないが、例えば、電子ビーム溶接の場合、板厚80mmを使用したとき、電圧175V,電流120mA,溶接速度125mm/分程度の条件で行われる。また、電子ビーム溶接は、通常、10〜3mbar以下の高真空下で溶接が行われるが、上述のRPEBW法のような低真空度、例えば、1mbar程度の真空下で溶接した溶接継手であっても、本実施形態を適用することができる。
【0037】
また、電子ビーム溶接時に電子ビームの照射領域が大きくなると、鋼材1に与える入熱量が過大となり、FL部(Fusion Line、鋼材1と溶接金属4との境界部)の組織が粗大化してしまい、安定してFL部の破壊靭性値δcを確保する上で好ましくない。
【0038】
また、RPEBW溶接を用いて溶接継手10を作製する場合は、真空チャンバー内で、高真空状態で電子ビーム溶接(EBW溶接)により作製した溶接継手に比べ、溶接金属の幅が増大する傾向にある。
【0039】
このため、本実施形態では、RPEBW溶接を用いた場合でも、溶接継手10の破壊靭性値δcを安定して確保するために、図1(b)に示す溶接金属4の幅wを、母材である鋼材1の板厚tの20%以下又は10%以下とすることが好ましい。
本実施形態において、溶接部6の局部的な急速加熱及び急速冷却に適しているため、高エネルギー密度ビームとして電子ビームを用いたが、これに限るものではない。
【0040】
次に、本発明を実施例に基づいて説明するが、実施例における条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。すなわち、本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件ないし条件の組み合わせを採用し得る。
【実施例】
【0041】
表1に示す化学成分を有する鋼材1〜20を使用して表2に示す成分を有するインサートメタルを挿入して、表3に示す溶接条件により電子ビーム溶接及びレーザービーム溶接によって突合せ溶接して溶接継手を形成した。
表中の変態開始温度Ms(℃)は、上述したように、Ms=371−353C−22Si−24.3Mn−7.7Cu−17.3Ni−17.7Cr−25.8Moの数式を用いて求めた。
図2に示される溶接継手内において、継手疲労試験片23を採取し、継手疲労試験片23の裏面23aを機械研削して試験片の表面側から疲労亀裂が発生するように工夫した。軸力、応力比0.1、繰り返し速度5Hzにて疲労試験を行い、2×10回の疲労強度を求めた。さらに、図2の溶接継手内において超音波試験片24を採取し、2×10回の疲労強度、および2×10回までのギガサイクルでの疲労強度を求め、その低下比率をもとめ、継手疲労試験で求めた2×10回の疲労強度にその低下比率をかけて、ギガサイクル下での継手疲労強度(推定値)を評価した。その結果を溶接条件とともに表4、表5に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
【表4】

【0046】
【表5】

【0047】
溶接継手の性能に関し、破壊靱性値δc(mm)は、CTOD(Crack Tip Opening Displacement:亀裂先端開口変位)試験において、−10℃の試験温度で求めた値である。CTOD試験とは、欠陥が存在する構造物の破壊靱性を評価する試験の一つであり、本実施例では、3本の溶接継手の平均値を求めた。
【0048】
継手引張強度(MPa)は、(財)日本海事協会(NK:Nippon Kaiji Kyokai)鋼船規則・同検査要領(K編 材料)U1号試験片を作製して、継手引張試験を行った結果であり、破断した強度を示すものである。
【0049】
表4、表5を参照すると、継手No.2、6、8、10および12では、変態開始温度が、250℃を超えているため、溶接金属4において溶接部に引張り残留応力が存在し、2×10回の疲労強度、ギガサイクル下での継手疲労強度が大幅に低下していることがわかる。これに対して、継手No.1,3、4、5、7、9、11、13〜20では、溶接部が250℃以下の温度で変態が生じ、圧縮残留応力が働いているため、2×10回の疲労強度がいずれも260MPaを超えており、かつ、ギガサイクル下での継手疲労強度がいずれも200MPaを超えている。したがって、継手No.1,3、4、5、7、9、11、13〜20では、ギガサイクル下での継手疲労強度が大きく低下していないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、高強度鋼板を高エネルギー密度ビームによる溶接して溶接構造体とする際、ギガサイクル域の振動環境における耐疲労特性を有し、かつ、破壊靱性値δcが十分に高い溶接継手を形成することができ、洋上風力発電塔の基礎部材として産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0051】
1 鋼材
2 開先
3 インサートメタル
4 溶接金属
5 圧縮応力
6 溶接部
21 鋼板
22 溶接ビード
23 継手疲労試験片
24 超音波疲労試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の鋼材と;
前記一対の鋼材間の突合せ溶接部に、高エネルギー密度ビームにより溶接されて形成される溶接金属と;を備え、
前記一対の鋼材のCの含有量が0.01〜0.08質量%の範囲であり、
前記溶接金属の質量%の組成を用いた下記数式(a)により算出される変態開始温度Msが、250℃以下であり、前記突合せ溶接部に圧縮残留応力が付与されていることを特徴とする溶接継手。
Ms(℃)=371−353C−22Si−24.3Mn−7.7Cu−17.3Ni−17.7Cr−25.8Mo・・・(a)
【請求項2】
前記溶接金属が、Ni:0.5〜4.0質量%およびCr:0.5〜6.0質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接継手。
【請求項3】
前記溶接金属が、Mo:0.1〜2.0質量%、およびCu:0.1〜5.0質量%の1種または2種を含有し;
Ni,Cr,Mo,Cuを合計で1.1〜10.0質量%を含有する;
ことを特徴とする請求項2に記載の溶接継手。
【請求項4】
前記溶接金属が、Ni:4.0〜6.0質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接継手。
【請求項5】
前記溶接金属が、Cr:0.1〜6.0質量%、Mo:0.1〜2.0質量%、およびCu:0.1〜5.0質量%の1種または2種以上を含有し;
Ni,Cr,Mo,Cuを合計で4.1〜10.0質量%を含有する;
ことを特徴とする請求項4に記載の溶接継手。
【請求項6】
前記鋼材が、Si:0.05〜0.80質量%、Mn:0.8〜2.5質量%、P≦0.03質量%、S≦0.02質量%、Al≦0.008質量%、Ti:0.005〜0.030質量%を含有し;
残部鉄および不可避的不純物である;
ことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項7】
前記鋼材が、Cu:0.1〜1.0質量%、Ni:0.1〜6.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.1〜0.5質量%、Nb:0.01〜0.08質量%、V:0.01〜0.10質量%、B:0.0005〜0.0050質量%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項6に記載の溶接継手。
【請求項8】
前記鋼材の厚みが30mm以上200mm以下であることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項9】
前記高エネルギー密度ビームが電子ビームであることを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−102405(P2012−102405A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−277549(P2011−277549)
【出願日】平成23年12月19日(2011.12.19)
【分割の表示】特願2011−518622(P2011−518622)の分割
【原出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】