説明

高スループット機能性評価方法、プログラム、及び装置

【課題】生物系評価システム固有の揺らぎや少量のデータによる推定の確度を高い信頼性で確保する高スループット機能性評価方法を提供する。
【解決手段】ヒト由来培養細胞に機能性未知材料、例えば食材成分を混ぜる。食材成分に応答した細胞抽出物を被検試料とし、生体機能性評価能が異なる複数のウエルを備えた評価アレイにかける。評価試験では、抗原抗体反応に基づくイムノアッセイにより、各抗体に対応するバイオマーカーの発現量を測定する。得られた機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値は、機能性既知試料のバイオマーカー発現量と機能性既知材料の機能性値と対応付けられたデータセットを、ブートストラップ法により拡張した仮想データセットと照合し、機能性未知試料の機能性値を推定する。好適な評価機能性未知材料には、食材を含む生物資源、その他の化学物質を挙げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高スループット機能性評価方法、プログラム、及び装置、特に、培養細胞系、食材成分系、バイオマーカーのごとき揺らぎの大きい生物系データを扱って、被検試料の生理活性機能を一度に評価する高スループット機能性評価方法、プログラム、及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高スループット機能性評価方法としては、すでに種々の提案がなされている。例えば、特許文献1は、生物系における改善された特性を有する化合物の組み合わせを系統的に選択する高スループットスクリーニング方法を開示している。特許文献2は、生物学的または化学的アッセイの同時実施に有用な高スループットアッセイシステムを開示している。特許文献3は、共通成分である医薬の性質と、追加成分である賦形剤の性質との観点から評価し、最適組み合わせを選択する高ハイスループット試験を開示している。特許文献4は、既知物質の遺伝子または蛋白質発現プロフィールと、未知物質の同プロフィールを比較して、未知物質の「毒性」を予測する方法を開示している。特許文献5は、既知物質の細胞によるバイオマーカー測定値と、被検物質のバイオマーカー測定値を比較して、被検物質の老化関連疾患や早期発現被検物質あるいは遺伝子を同定する方法を開示している。
【特許文献1】特開2002−328124号
【特許文献2】特表2003−504011号
【特許文献3】特表2003−509657号
【特許文献4】特表2004−503256号
【特許文献5】特表2005−500032号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1〜3の機能性評価方法は、基本的に被検試料の成分別、機能別個別試験方法に関するものである。個別評価系では、多成分を含む食材の多岐にわたる機能性を総合的に評価することは困難である。殊に、同一条件で同時に測定された個別データでないかぎり、個々の異なる測定データを集めても、信頼性の高い複合的機能、それらの相互作用の予測は不可能に近い。食材の評価として、モデル動物を用いたin vivo試験は広く行われているが、ヒトとモデル動物とでは蛋白質や酵素の働きが微妙に異なる。このため、モデル動物試験の結果をヒトにそのまま適用できるとは限らない。最終的にヒトによる臨床試験が必要であるにしても、食材の機能性スクリーニングの段階から、すべてにわたりヒト臨床試験を実施するのは、安全性、効率、費用の点から実際的ではない。
【0004】
特許文献4〜5は、機能性既知材料の測定値と機能性未知材料の測定値を直接照合し、機能性未知材料の機能性を推定する方法を開示しているが、機能性既知試料及び機能性未知試料の調製に、ヒト培養細胞系のごとき評価培養細胞を使用していない。またトレーニングセットとして、機能性既知試料の蛋白質発現測定値と既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値との対応付けがなされていない。特に、生物系評価システム固有の課題、例えば多量の実験データ取得の困難性、データの揺らぎ等を解決する手段が示されていない。
【0005】
本発明は、前記問題点を解消したもので、小数の測定値からでも生物系評価システム固有の変動の少ない高スループット機能性評価方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を解決した本発明の高スループット機能性評価方法、プログラム、及び装置は、下記の発明を含む。
[第1発明]
機能性未知材料の複合的な機能性を評価する方法であって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製するステップと、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付けるステップと、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成するステップと、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製するステップと、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定するステップと、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価するステップと、
を含むことを特徴とする高スループット機能性評価方法。
【0007】
[第2発明]
評価培養細胞がヒト由来培養細胞であることを特徴とする前記第1発明記載の方法。
【0008】
[第3発明]
ステップ(7)の推定をニューラルネットワーク法により行うことを特徴とする前記第1発明記載の方法。
【0009】
[第4発明]
計算機を用いて、機能性未知材料の複合的な機能性を評価するプログラムであって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製するステップと、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付けるステップと、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成するステップと、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製するステップと、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定するステップと、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価するステップと
を含むことを特徴とする計算機上で作動する高スループット機能性評価プログラム。
【0010】
[第5発明]
計算機を用いて、機能性未知材料の複合的な機能性を評価する装置であって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製する手段と、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定する手段と、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付ける手段と、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成する手段と、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製する手段と、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定する手段と、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定する手段と、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価する手段と、
を含むことを特徴とする高スループット機能性評価装置。
【0011】
本明細書において、次の用語は下記の意味で用いる。
(1)機能性既知材料とは、何らかの方法で機能性が明らかになっている機能性材料であって、本発明の高スループット機能性評価方法に供し、対応付けモデルを作成するために使用する材料をいう。
(2)機能性既知試料とは、機能性既知材料を評価培養細胞に与えて調製したもので、バイオマーカーによる測定に供する試料をいう。
(3)機能性未知材料とは、本発明の高スループット機能性評価方法に供する機能性未知の材料をいう。
(4)機能性未知試料とは、機能性未知材料を評価培養細胞に与えて調製したもので、バイオマーカーによる測定に供する試料をいう。
(5)食材の機能性とは、食材の三次機能、すなわち体調調節機能を含む生理活性機能をいう。
(6)対応付けデータセットとは、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系で測定された機能性既知材料の機能性値とを対応付けたデータベースをいう。
(7)仮想データセットとは、対応付けデータセットをブートストラップ法により、バイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とが従うであろう分布を推定して合成したデータベースをいう。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高スループット機能性評価方法によれば、下記の利点がある。
【0013】
(1)複数のバイオマーカーを用いて一度に試験することにより、被検材料が食材のごとき多成分系物質であっても、個々のバイオマーカーに対する応答性に加えて、被検材料の多機能を迅速かつ総合的に評価できる。例えば、抗酸化作用、抗変異原作用、アポトーシス誘導作用、ウイルス増殖抑制作用、がん細胞増殖抑制作用、免疫調節作用など、多項目の評価結果を組み合わせて、被検材料の機能性を総合評価できる。
【0014】
(2)生物系の評価システムにおいて、少ない試験回数で信頼性の高い機能性推定値を得ることができる。
【0015】
(3)評価培養細胞としてヒト培養細胞を用いる場合は、動物実験によるin vivo試験とは異なり、ヒトを対象にした臨床試験にもっとも近いかたちでの安全で効率的な機能性の評価が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述する。図1は本発明の好適な高スループット機能性評価方法を示すフローシートである。図1において、本発明は、評価培養細胞の培養、食材、医薬品、医薬品候補物質などからなる被検材料の細胞への供与、細胞抽出物、細胞分泌物などからなる被検試料の調製、統合型イムノアッセイ、及び機能性評価の順で実施し、最後にデータベース中の機能性評価データセットと比較照合して、被検試料の機能性を総合評価する。本発明では、この機能性評価データセットに、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とを対応付けたデータセットをさらにブートストラップ法で合成した分布に従う仮想データセットを用いる。各ステップの順序は、必要に応じて可変である。
【0017】
図1に示す評価培養細胞の培養段階において、好ましく使用することのできる評価培養細胞としては、Jurkat細胞、HL−60細胞、MOLT−4細胞、Huh−7細胞、HepG2細胞、Hep3B細胞、Caco−2細胞、HeLa細胞、MCF−7細胞、A431細胞、S1T細胞、Su9T01細胞、HUT101細胞、PLC/PRF−5細胞、Li90細胞、HUVEC細胞、HMEC細胞、HT17細胞、NIH−3T3細胞、3T3−L1細胞、MH134細胞、dRLh−84細胞、RLN−10細胞、PC12細胞、3Y1細胞などヒト、マウス、ラットなど哺乳動物由来細胞株、またはこれらの細胞株から派生する細胞株を挙げることができる。その中で、ヒト白血病由来細胞、ヒト肝がん由来細胞が特に望ましい。ヒト白血病由来細胞には、S1T細胞、Su9T01細胞、HUT101細胞、Jurkat細胞、HL−60細胞などを挙げることができる。ヒト肝がん由来細胞には、PLC/PRF−5細胞、Li90細胞、Huh−7細胞、HepG2細胞などを挙げることができる。
【0018】
培養条件としては、温度は37℃または通常の哺乳動物細胞が生育する温度とし、炭酸ガス濃度は5%または通常の哺乳動物細胞が生育する濃度が好ましい。酸化されやすい成分の場合は培養における酸素濃度を低くすることが望まれる。
【0019】
培地としては、D−MEM培地、MEM培地、RPMI1640培地、D−MEM/F−12培地、F−10培地、F−12培地、ERDF培地など、確立された哺乳動物細胞用培地、またはそれらを基本とした培地が好ましい。Jurkat細胞やHL−60細胞などヒト白血病由来細胞にはRPMI1640培地を、Huh−7細胞、HepG2細胞などヒト肝がん由来細胞にはD−MEM培地の使用が好適である。細胞の成長を促すためには、牛胎児血清を10%または通常の哺乳動物細胞が生育する濃度で添加してもよい。必要に応じて、非必須アミノ酸、サイトカイン(FGF,HGF,VEGF,インターロイキン−2など)を添加することもできる。ただし、血清で増殖が抑制される細胞株では無血清培養を使用する。
【0020】
培養には、使用する細胞に適した培他の選定に加えて、細胞数、細胞密度、細胞周期などの培養条件を選択するために、必要に応じて予備的な培養実験を実施することが推奨される。
【0021】
図1において、細胞への供与段階に使用する機能性未知の被検材料としては、食材、医薬品、医薬品候補物質など特に限定されないが、本発明は、農産物、林産物、畜産物、水産物等の生物資源およびそれらから調製された多成分系材料への適用で、優れた効果が期待できる。
【0022】
被検材料として使用する好ましい食材としては、ニガウリ、お茶、大豆、甘藷、エンドウ、小松菜、ほうれん草、白菜、キャベツ、レタス、たまねぎ、ピーマン、唐辛子、ミニトマト、なす、ズッキーニ、キュウリ、トウモロコシ、カボチャ、ニンジン、ゴボウ、大根、ブルーベリー、キンカン、日向夏、ヘベズ、マンゴー、ソヨミズ、ウメ、スペアミント、スウィートバジル、イタリアンパセリ、ローズマリー、ステビア、カモミール、シソ、クローバー、ニンニク、シイタケ、ヒラタケ、ナメコ、マイタケ、ハタケシメジ、エリンギ、エノキダケ、米、サトイモ、イチゴ、ミズナ、ニラ、メロン、ペパーミント、レモンバームなど、及びこれらの食材の可食部に加え、葉、種子も含む。また、牛肉、牛乳、豚肉、鶏肉、卵などの動物資源、及びケフィア、ヨーグルト、納豆などの発酵食材、海産物、健康への効果が期待できる茶のような嗜好品を挙げることができる。
【0023】
食材中の好ましい被検材料としては、カテキン、エピカテキン、エピガロカテキン、ガロカテキン、カテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピガロカテキンガレート(EGCG)などを含むカテキン類、ダイゼイン、ダイジン、ゲニステイン、ゲニスチン、グリシテイン、グリシチン、フォルモノネチンなどを含むイソフラボン類、シアニジン、ペラルゴニジン、デルフィニジンなどを含むアントシアニン類、ケルセチン、ミリセチン、ルチン、レスベラトロール、ケンフェロール、セサミン、クルクミン、リモニン、ガンマ−アミノ酪酸(GABA)、アスタキサンチン、ガランギン、シトラール、トリゴネリン塩酸塩、エラグ酸、キナ酸、サポニン、カプサイシン、ハイドロコルチゾン、オレイン酸、ベンジルイソチオシアネート、マンギフェリン、アピゲニン、ルテオリン、クロロゲン酸、リモネン、スクアレン、レチノール、ロズマリン酸、カフェ酸、リポ酸などの化学物資、カロテノイド類、アラキドン酸、リノレン酸などを含む多価不飽和脂肪酸、9c11tCLA、10t12cCLAなどを含む共役リノール酸類、その他リバビリン、インターフェロン類など多様な化合物を挙げることができる。エピガロカテキンガレート、ゲニステイン、リポ酸など健康への効果が期待できるものは、特に好ましい。
【0024】
被検材料の調製に際しては、生物資源、例えば食材、その凍結乾燥物などから抽出物を評価培養細胞に供与する。抽出溶媒には、水、エタノール、メタノール、酢酸エチル、ヘキサン、アセトン、あるいはこれらの二つ以上を混合した溶媒等を好適に用いる。抽出物は、必要に応じて、さらに高性能液体クロマトグラフィ(HPLC)、 オープンカラム等により分画、精製してもよい。
【0025】
抽出物と細胞を作用させる混合時間は、作用開始時を0時間とし、1時間、2時間、3時間、6時間、9時間、12時間、18時間、24時間、36時間、48時間、72時間などから検討する。24時間以内で機能性を判定できる場合には、それ以上作用させるには及ばない。
【0026】
細胞へ供与する抽出物の濃度は、0.5μM、1μM、1.5μM、2μM、3μM、4μM、5μM、7μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、45μM、50μM、70μM、100μM、200μM、300μM、500μM、1000μMおよびこれらの濃度の1000倍および1/1000倍の濃度の中から、被検材料および評価培養細胞に適した濃度を選定する。通常、0.5μMから1000μMの範囲が望ましい。さらに抽出物が、食材抽出物などのようにその濃度が不明な場合には、段階希釈法にて最適な実験結果が得られる濃度を決定してもよい。酸性または塩基性抽出物の場合は、中和してから添加するのが望ましい。
【0027】
図1における被検試料の調製段階では、食材などからの抽出物を供した評価培養細胞が応答した後、浮遊細胞の場合は、遠心分離により細胞と細胞分泌物を分離する。接着細胞の場合は、ピペット操作で細胞と細胞分泌物を分離し、細胞分泌物はそのまま被検試料とする。必要に応じて、細胞破砕物は密度勾配遠心、連続遠心などにより、核、ミトコンドリア、小胞体などの特定の細胞小器官を採取し、さらなる細胞小器官抽出物としたものも被検試料とすることもある。細胞の破砕は、細胞破砕装置、例えばテフロン(登録商標)ホモジナイザー、ダウンスホモジナイザー、ポリトロンタイプホモジナイザー、超音波破砕装置、ビーズ破砕装置などによる破砕、または界面活性剤、例えばTriton X−100、Triton X−114、NP−40、CHAPS、SB3−10、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸、CA−630、Tween20などによる破砕、または細胞破砕装置と界面活性剤の併用による破砕から、任意に選択すればよい。必要に応じて、EDTA等のキレート剤を加えても良い。破砕の後は、遠心分離装置により細胞抽出物および残さに分離し、細胞抽出物を被検試料とする。
【0028】
図1における統合型イムノアッセイ段階では、イムノアッセイを基盤としたバイオマーカーに特異的な抗体を使用する。好適には、バイオマーカーとの抗原抗体反応を利用する。イムノアッセイには、ELISA、ウエスタンブロッティング、抗体チップ(抗体アレイ)、ビーズアレイ、イムノクロマトなどを利用する。代表的なイムノアッセイであるELISAには非特許文献1を、ウエスタンブロッティングには非特許文献2を、そしてイムノクロマトには非特許文献3を挙げることができる。測定部位として、ELISAの場合は、マイクロプレート上での特異的抗体による検出を行う。マイクロプレートには、6,12,24,48,96,384、及び1536ウエルのプレートなどがあるが、96ウエルが一般的である。ウエスタンブロッティングの場合は、膜上で特異的抗体による検出を行う。膜には、PVDF膜、ニトロセルロース膜などを使用できる。
【非特許文献1】石川栄治ほか、編「酵素免疫測定法 第3版」医学書院、東京、1987
【非特許文献2】高津聖志ほか、編「タンパク質研究のための抗体実験マニュアル」羊土社、東京、2004
【非特許文献3】Zuk RF,Ginsberg VK,Houts T,Rabbie J,Merrick H,Ullman EF,Fischer MM,SiztoCC,Stiso SN,Litman DJ.Enzyme imunochromatography:a quantitative immunoassay requiring noinstrumentation.Clin Chem.1985 Jul;31(7):1144−50
【0029】
同様に、イムノアッセイに抗体チップ(抗体アレイ)を用いる場合は、PVDF膜、ニトロセルロース膜などの膜、スライドグラスあるいは類似の基盤上で、特異的抗体による検出を行う。ビーズアレイの場合はビーズ上で、イムノクロマトの場合はスティック上で、特異的抗体による検出を行う。検出は、抗体(一次抗体、二次抗体)に標識した酵素の反応による発色法、化学発光法、化学蛍光法や抗体に直接蛍光色素を標識した蛍光法があり、簡便な発色法や感度が高く定量性の良い化学発光法が望ましい。酵素には、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼの使用が好適である。
【0030】
イムノアッセイとしては、多数の試料の同時解析、定量解析、分析装置の価格などを考慮した場合、ELISA法を用いることが特に好ましい。
【0031】
図1に示す機能性評価段階における評価の主たる機能性は、健康に関する機能性である。健康に関する機能性は、評価目的により異なるので必ずしも特定はできないが、食材の場合、抗酸化作用、抗変異原作用、アポトーシス誘導作用、がん細胞転移抑制作用、がん細胞増殖抑制作用、抗ストレス作用、免疫調節作用、抗ウイルス作用、ウイルス増殖抑制作用、動脈硬化抑制作用、血清脂質改善作用、高血圧予防作用、抗炎症作用、抗肥満など多様な機能を挙げることができる。特に、抗酸化作用、アポトーシス誘導作用、がん細胞増殖抑制作用など、がんの予防に関連する機能性の評価が期待されている。
【0032】
機能性評価に適用するバイオマーカーとしては、抗酸化作用、抗変異原作用、アポトーシス誘導作用、がん細胞増殖抑制作用、抗ストレス作用、免疫調節作用、抗ウイルス作用、ウイルス増殖抑制作用などの各機能性に関係がある蛋白質を挙げることが出来る。さらに、機能性に関わりその発現量が変化するバイオマーカーとともに、発現量がほとんど変化しないハウスキーピングタンパク質(G6PDH、GAPDH、actinなど)をコントロールマーカーとして取扱い、これらを含めてバイオマーカーとするのが望ましい。例えば、表1に示すタンパク質がこれらのバイオマーカー候補となり得る。
【0033】
【表1】

A:ハウスキーピング(コントロール)、B:アポトーシス誘導作用、C:抗酸化作用、D:がん細胞増殖抑制作用、E:抗ストレス作用、F:抗ウイルス作用。関連する機能がある場合○を記入
【0034】
バイオマーカーは、文献および公開データベース上の公知情報、プロテオーム解析、DNAマイクロアレイ(DNAチップ)解析などの個別評価系による解析結果にから選定することができる。公開データベースには、米国NCBIにあるPubMedを使用して検索できるデータベースおよびインターネットを通じて検索できるデータベースを挙げることができる。
【0035】
プロテオーム解析は、IPGストリップを使用した1次元目等電点電気泳動、2次元目SDS−PAGEによる2次元電気泳動、電気泳動パターンの色素染色によるイメージ解析、タンパク質スポットの質量分析装置による解析及び同定により行うことができる。特に、定量性にすぐれた蛍光色素によるプレラベル標識による蛍光ディファレンシャル解析が望ましい。
【0036】
DNAマイクロアレイ(DNAチップ)解析は、市販のDNAマイクロアレイ(DNAチップ)例えば、GeneChipプローブアレイ(Affymetrix社)、CodeLink Bioarraay(アマシャム・バイオサイエンス社)およびこれらに類するものを使用することが出来るが、GeneChipプローブアレイ(Affymetrix社)を使用することが好ましい。
【0037】
本発明に適用する抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、抗血清、リコンビナント抗体のいずれもバイオマーカーに対する特異性があれば使用可能であるが、モノクローナル抗体の使用が好ましい。モノクローナル抗体は、実験動物としてマウスを使用してバイオマーカーに対する抗原を免役した後、非特許文献5に記載された方法により調製する。抗原には、精製タンパク質、リコンビナントタンパク質、合成ペプチドなどを使用できる。
【非特許文献4】Galfre,G.,Milstein,C.,Preparation of monoclonal antibodies:stratebies and procsdures,Methods Enzymol.1981;73(Pt B):3−46.
【0038】
また抗体には、市販されているものであっても、バイオマーカーに対する特異性があれば、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、抗血清、リコンビナント抗体のいずれの抗体も使用可能である。
【0039】
図1における最終段階としての機能性総合評価の一つは、機能性既知試料を評価して得られたバイオマーカー発現量パターンからなるデータベースと、機能性未知試料のバイオマーカー発現量パターンとの直接的な比較により行う方法を示しているが、後述するように機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の既知または個別評価系によって得られた機能性値とを対応付けたデータセットを作成する。次いで、ブートストラップ法によりバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とが従うであろう分布を推定・合成して、生物由来の変動、揺らぎを吸収した仮想データセットを作成する。本発明では、この仮想データセットによって、抗酸化作用、抗変異原作用、アポトーシス誘導作用、がん細胞増殖抑制作用、抗ストレス作用、免疫調節作用、抗ウイルス作用、ウイルス増殖抑制作用など、機能性未知材料の機能性値を定量的に推定する。本発明では、この推定を多変量解析によるデータベースの分類、統計処理により行う。具体的には、学習法、確率法、クラスタリング法などを挙げることができる
【0040】
さらに詳しくは、図1のデータベースには、先ずin vivoおよび評価培養細胞系で機能性が確認されている機能性既知材料のデータを蓄積する。データ取得には、in vivoおよび培養細胞系で機能性が確認されている機能性既知材料を評価培養細胞に供与して応答した細胞抽出物及び/または分泌物を得、得られた細胞抽出物及び/または分泌物を機能性既知試料として、イムノアッセイによるバイオマーカー発現量を測定する。
【0041】
図1における機能性総合評価方法では、先ず機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とを対応付けしたデータセットを作成する。次いで、この対応付けデータセットからブートストラップ法により合成した分布からなる仮想データセットを作成する。ブートストラップ法の適用は、必ずしもこの順序によらず、対応付けデータセットの作成前に行うこともできる。次に、機能性未知の食材または食材成分を評価培養細胞に供与して、機能性未知材料に応答した細胞抽出物及び/または分泌物を得、得られた細胞抽出物及び/または分泌物を機能性未知試料とし、イムノアッセイによりバイオマーカーの発現量測定値を得る。本発明では、この機能性未知試料のバイオマーカー測定値と前記仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定する。この推定には、多変量解析によるデータベースの分類、例えば、学習法、確率法、クラスタリング法などによる統計処理を行う。
【0042】
本発明においては、健康に関するポジティブな機能性に加えて、副作用や毒性のごときネガティブな機能性に関しても、バイオマーカーの変化の方向、組合せなどから、総合的に判定できる。これにより、食材、医薬品、医薬品候補物質のポジティブな機能性の相互効果に加えて、ネガティブな機能性の相殺効果も併せて評価することができる。
【0043】
本発明における機能性既知材料の機能性データには、既知の機能性値に加えて、個別の機能性測定法による機能性測定結果を利用することもできる。機能性測定法としては、レプリコンアッセイ、TCID50法などの抗ウイルス作用、MTTアッセイ、WST8アッセイなどのがん細胞増殖抑制作用、DPPHラジカル消去活性測定、レポータージーンアッセイなどの抗酸化作用、硫酸転移酵素を用いたAmes変法、Ames法、小核試験法、Recアッセイなどの抗変異原性、コルチコステロン、GOT試験などの抗ストレス作用、TUNEL法、ANNEXIN V法、DNAラダー法、カスパーゼ活性測定法などのアポトーシスアッセイ等を挙げることができる。
【0044】
図2は、本発明の食材機能性推定方法を実行するためのコンピュータシステムの構成を示すブロック図である。図2において、計算機21は入出力インターフェース21a、中央演算装置21b、主記憶装置21cを備えている。入出力インターフェース21aには計算機21が他のコンピュータシステム(図示せず)と通信回線を介してデータ、プログラムを交換するためのネットワーク装置22が接続されている。また、入出力インターフェース21aには、入力装置であるキーボード23およびマウス24と、出力装置であるモニタ25およびプリンタ26が接続されている。さらに、入出力インターフェース21aには、ハードディスク、フラッシュメモリ、磁気テープ装置、光磁気ディスク装置等の補助記憶装置27が接続されていてもよい。
【0045】
中央演算装置21bは、コンピュータシステムを制御・統括すると同時に、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値とその機能性値間の学習と汎化、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値に対応付けられる機能性値の発現確率の導出、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値のクラスタリング、及び各クラスと機能性値間の対応付け、並びにブートストラップ法によるバイオマーカー発現量測定値が従うであろう分布の推定、合成などを行う。中央演算装置21bによる一時的、または最終的な演算結果は、たとえばDRAMからなる主記憶装置21cまたは補助記憶装置27に記録される。主記憶装置21cにはコンピュータシステムを制御するプログラムも格納する。
【0046】
演算に用いられるデータ、およびコンピュータシステムを制御するコマンドは、キーボード23またはマウス24を通じてコンピュータシステムに入力することができる。これらのデータおよびコマンドはネットワーク装置22を通じて接続されている他のコンピュータシステム(図示せず)を介して入力することもできる。
【0047】
機能性未知材料が持つ機能性の推定結果は、モニタ25またはプリンタ26に表示することができる。これらの結果は、ネットワーク装置22を通じて接続している他のコンピュータシステム(図示せず)を通じて出力することもできる。
【0048】
図2のコンピュータシステム21において、学習法により機能性未知材料の機能性値を推定する手順は、およそ以下の通りである。すなわち、入力手段を介して入力された機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性値は不揮発性記憶である補助記憶装置27に格納されており、これらを一旦主記憶装置21cに格納する。次に中央演算装置21bにより機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値間の関係を学習する。学習により獲得されたバイオマーカー発現量測定値と機能性値間の対応付けデータセットは、主記憶装置21cまたは補助記憶装置27に格納される。本発明では、このときブートストラップ法によりバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とが従うであろう分布から合成した仮想データセットをあわせて作成し、同様に格納する。機能性未知試料によるバイオマーカー発現量測定値が入力手段を介して入力されたとき、中央演算装置21bは主記憶装置21cまたは補助記憶装置27に格納された機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値とからなる仮想データセットから、機能性未知材料の機能性値を推定し、出力装置を介して出力する。
【0049】
図3は、学習法を用いるときの本発明の好適な機能性推定法を示すフローシートである。学習法による本発明の実施は、機能性既知試料の調製を行うステップ1、調製した機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップ2、機能性値を測定するステップ3、バイオマーカー発現量と機能性値の関係を対応付けしたデータセットを作成するステップ4、対応付けデータセットからブートストラップ法により合成した分布に従う仮想データセットを作成するステップ5、機能性未知試料の調製を行うステップ6、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップ7、仮想データセットを汎化して、機能性未知材料の機能性値を推定するステップ8、推定された機能性値をもとに機能性未知材料の機能性を総合評価するステップ9、総合評価結果を表示するステップ10からなる。
【0050】
図4は、学習をニューラルネットワークで行う方法を示す。図4においては、補助記憶装置27に格納されている機能性既知試料のバイオマーカー発現量と機能性既知材料の機能性値を主記憶装置21cに読み込んだのち、バイオマーカー発現量を入力信号、機能性値を教師信号とした学習サンプルとし、階層型ニューラルネットワーク上で誤差逆伝播学習法により、ニューラルネットワークの出力と機能性値間の誤差が極小となるように重み42を調節する。ニューラルネットワークおよび誤差逆伝播学習法には、非特許文献6を挙げることができる。
【非特許文献5】P.H.Winston、Artificial Intelligence Third Edition、Addison Wesley、1992
【0051】
生物系の評価システムでは、バイオマーカー発現量と機能性値の組み合わせからなる学習サンプル数が、使用するニューラルネットワークの規模に比べて相対的に少ない傾向にある。本発明では、ブートストラップ法を用いることにより、その数を適宜増やすことができる。一般的に、細胞に被検材料を接触させてバイオマーカーや機能性の測定値を得る場合には、被検材料の濃度等が厳密に一致していても、生きた細胞を実験に用いることに伴う測定値の変動、ゆらぎは避けられない。さらに、これに測定時の誤差が加わりことを考慮すると、細胞を用いたデータ測定を基礎とする有効なデータベースの構築には、非常に多くのサンプル(実験回数)が必要となる。したがって、実験や測定に非常に多くの時間と手間を要し、高スループットでの評価は実質的に困難となる。しかし、細胞を用いたバイオマーカーや機能性の測定といえども自然現象の観測である。厳密に同一環境での実験であれば同一の測定値が得られるであろうことが期待でき、測定に伴う誤差は正規分布に従うことが多い。そこで、本発明では、ブートストラップ法を用いて、少数の測定データから,測定値が従うであろう分布を推定して合成し、この分布に従う評価用の仮想データセットを構築する。これにより、本発明では、少数の実験回数からでも高スループットでの機能性の推定が高い確度で可能となる。ブートストラップ法は、前述の学習法のニューラルネットワーク法に限らず、確立法、クラスタリング法等にも適用可能である。

【非特許文献6】石井健一郎、上田修功、前田英作、村瀬洋、パターン認識、オーム社、1998
【0052】
機能性未知試料の機能性の推定値は、機能性未知試料によるバイオマーカー発現量測定値がニューラルネットワークに入力されたとき、ニューラルネットワーク上に記憶された機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値の関係を汎化するとともに、ブートストラップ法により推定、合成された仮想データセットから求める。
【0053】
機能性の推定値は、図2のモニタ装置25、プリンタ26、またはネットワークを介して接続した他のコンピュータ(図示せず)上に表示する。
【実施例】
【0054】
(機能性既知試料のバイオマーカー発現量と機能性既知材料の機能性値との学習結果及びブートストラップ法により推定、合成した分布からなる仮想データセットから、機能性未知試料のバイオマーカー発現量から機能性未知材料の機能値を推定し、総合評価する例)
【0055】
バイオマーカー発現量測定及びがん細胞増殖抑制試験の評価培養細胞として、ヒトT細胞白血病細胞株Jurkat細胞を用いた。細胞は、10%牛胎児血清(FCS)含有PRMI1640培地を用いて、37℃、5% COガスで平衡化したCOインキュベータ内で培養した。対数増殖期にあるJurkat細胞を3×105cells/mlの細胞密度でプラスティックシャーレに接種し、次いで学習用の機能性既知材料及び機能性未知材料を添加した。
【0056】
学習用の機能性既知材料としては、EGCG、ゲニステイン、リポ酸、アラキドン酸、クルクミン、ダイゼイン、ケルセチン、シアニジン、レスベラトロール、トランス10シス12共役リノール酸(10t,12c-CLA)を用いた。これらの各化合物を表2に示す終濃度になるように細胞に添加した。機能性未知材料としては、カプサイシン及びブルーベリー葉抽出物を用いた。Jurkat細胞を24時間培養した後に、細胞を回収して4℃のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、細胞数を計測した。これらの細胞数をコントロールの細胞数で除すことでがん細胞増殖抑制作用を示した。結果を表3に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
細胞数が1×107 cells/mlとなるように細胞溶解緩衝液(1 mM EDTA, 0.005% Tween20, 0.5% Triton X-100を含有するPBS)を加え、穏やかに撹拌した後にプロテアーゼ阻害剤を加え、その上清を各被検試料とした。
【0060】
各被検試料中に含まれる各バイオマーカー量の測定は、ELISAによって行った。バイオマーカーとしては、thioredoxin, survivin, heat shock protein 70(HSP70), X-linked inhibitor of apoptosis protein(XIAP), Fas-associated death domain protein(FADD), thioredoxin reductase 1(TXNRD1), heat shock protein 90(HSP90), IFN-inducible antiviral protein Mx(MxA), tumor-associated hydroquinone oxidase(tNOX)の9種類について測定した。またサンプルを標準化する際に用いるglycelaldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)についても測定した。
【0061】
一例として、thioredoxinの測定について説明する。以下の操作の温度は全て37℃で行った。抗ヒトthioredoxinマウス抗体(500 ng/ml:50 mM炭酸緩衝液、pH9.6)を96穴マイクロプレートの各穴に100μlずつ添加し、2時間静置してプレートに固定化した。0.05% Tween20含有PBS(TPBS)で各穴を1回洗浄した後、1% BSA含有PBSを各穴に300μlずつ添加し、2時間静置しブロッキングを行った。各穴をTPBSで3回洗浄した後、10倍に希釈した細胞抽出液を各穴に100μlずつ添加し、2時間反応させた。各穴をTPBSで3回洗浄した後、検出抗体として抗ヒトthioredoxinヤギ抗体(100 ng/ml:1% BSA含有PBS)を各穴に100μlずつ添加し、さらに1時間反応させた。各穴をTPBSで3回洗浄した後、二次抗体として西洋わさびパーオキシダーゼ(HRP)で標識されている抗ヤギIgGマウス抗体(200 ng/ml:1% BSA含有PBS)を100μl添加し、さらに1時間反応させた。最後にTPBSで4回洗浄して基質溶液(0.3 mg ABTS (p-2,2'-azino-bis-(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonic acid) diammonium salt))と0.03% H2O2含有0.1 Mクエン酸緩衝液, pH4)を100μlずつ添加し、10分間反応させ、405-490 nmの吸光度をマイクロプレートリーダーで測定した。他のバイオマーカーについても概略は同様に行い、使用した抗体類の一覧を表4に示した。
【0062】
【表4】

【0063】
吸光度として得られた各バイオマーカー発現量のデータを標準化するために、それぞれの吸光度をGAPDHの吸光度で除し、単位GAPDH発現量当たりのバイオマーカー発現量とした。さらに、これらの値をコントロール被検試料のバイオマーカー発現量で除すことで、試験群のバイオマーカー発現量をコントロールに対する相対値として得た。一例として、学習用既知材料をJurkat細胞に添加した際のバイオマーカー発現量を表5に示す。また機能性未知試料の発現量を表6に示す。
【0064】
【表5】

化合物名の後の数値は細胞に添加した濃度を表す。
【0065】
【表6】

【0066】
レプリコン細胞の調製:HCVのゲノムRNAは、ウイルス粒子を構成するコアとエンベロープの構造タンパク質翻訳領域、ウイルスゲノム複製などに機能する非構造タンパク質翻訳領域とに大別される。この構造タンパク質翻訳領域をルシフェラーゼ翻訳領域・EMCV IRES(脳心筋ウイルス内部リボゾーム結合配列)・ネオマイシン耐性遺伝子に置換したサブゲノムレプリコンRNAを作成し、得られたRNAをヒト肝がん細胞Huh-7の細胞質に導入する。サブゲノムレプリコンRNAが導入されたHuh-7は、同時にネオマイシン耐性能を有するので、Geneticin (G418)による選択が可能となる。このようにして得られた細胞を、HCVレプリコンRNAの産生量の評価に供試する。なお、HCVレプリコンRNAの産生量は下記に説明するルシフェラーゼアッセイ法により測定する。この細胞の継体には、DMEM10(GIBCO社のGlutaMAX Media Dulbecco's Modified Eagle Medium (D-MEM)(1×),liquid (High glucose,contains sodium pyruvate))にFBS(Hyclone社)10%、Penicillin-Streptomycin(GIBCO社)、およびGeneticin(invitrogen社)を添加した培地を用いる。アッセイを行なう際のアッセイ培地には、DMEM10にFBSを5%、およびPenicillin-Streptomycinを添加したもの(但し、Geneticinは加えない。)を用いる。
【0067】
ルシフェラーゼアッセイ法:マグネシウム存在下で、ルシフェリンとATPから酸化ルシフェリンとAMPを作る反応をルシフェラーゼが触媒する。ルシフェラーゼアッセイ法は、この時発生する光を発光検出器で検出して、得られた光量に基づいてルシフェラーゼ活性を評価する方法である。本発明では便宜上、この光量をHCVレプリコンRNA量とする。
【0068】
HCVレプリコンRNA産生抑制試験
白色の96wellプレートに被検細胞(レプリコン細胞)の懸濁液(2.5×104 cells/ml)を90μlずつ加え、37℃、5%CO存在下、相対湿度100%の条件で24時間培養した。食材成分及び/または食材抽出物である被検材料を調製し、既知材料としては、EGCG、ゲニステイン、リポ酸、アラキドン酸、クルクミン、ダイゼイン、ケルセチン、シアニジン、レスベラトロール、10t,12c-CLAを用いた。表1記載の終濃度に従い上記96wellプレートに添加した。この後、さらに72時間培養し、室温で30分以上静置後、ルシフェラーゼアッセイ試薬(Promega社製、Steady-GloTM Luciferase Assay System)を100μl/well加えて、よくピペッティングした。5分以上放置してから発光検出器(ベックマンコールター社製、DTX800)で発光測定を行った。コントロールとして、上記被検材料の代わりにDMSOを用いて上記と同様にして調製した反応液について、同様に発光量を測定した。
【0069】
発光測定値から、コントロールに対する百分率を求め、被検材料の各濃度における被検細胞の相対ルシフェラーゼ活性(%)を算出した。前述するように、当該相対ルシフェラーゼ活性(%)はHCVレプリコンRNA量を反映している。得られた結果は、表7に示した。
【0070】
【表7】

【0071】
機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値から相対ルシフェラーゼ活性を予測するため、ニューラルネットワークを構築した。表5に示した濃度の機能性既知材料を与えたとき、表7に示した相対ルシフェラーゼ活性値を出力するようニューラルネットワークを学習させた。ニューラルネットワークの出力は最大値が1であるので、表7に示した相対ルシフェラーゼ活性値の値を測定で得られた最大値2.27で除し、これをニューラルネットワークの学習時の教師信号とした。ニューラルネットワークの学習には誤差逆伝播学習法を用いた。
【0072】
ニューラルネットワークの学習の成否を判定するため、表5、表7に示した学習用データセットからダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMの2つを除いて学習を行った。
【0073】
ニューラルネットワークは入力ニューロン9、中間ニューロン4、出力ニューロン1とし、閾値調整のため中間ニューロン、出力ニューロンには常に−1を出力するニューロンからの入力を与えた。ニューラルネットワーク中の重みの初期値は−2.0から2.0までの間の乱数とし、学習係数は0.7、慣性係数は0.4に設定し、学習回数が1データ当たり40,000回に達するか、すべてのデータで推定誤差が0.1以下になったときに学習を停止させ、対応付けデータセットを得た。
【0074】
対応付けデータセットの有効性を確認のために除いたダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMの2つのデータを学習済みのニューラルネットワークに入力したとき、表8に示したニューラルネットワークの出力(推定値)が得られた。表8には推定精度を示すために当該物質の相対ルシフェラーゼ活性の測定値(実測値)と推定誤差の絶対値も同時に示しており、これらの値は相対ルシフェラーゼ活性測定実験で得られた最大値2.27で除した後の値である。表8に示したとおり、ダイゼイン70μMでは基準値以下の推定誤差絶対値で相対ルシフェラーゼ活性を推定することが可能であったが、レスベラトール100μMでは推定誤差の絶対値が大きく推定ができていない。
【0075】
【表8】

【0076】
表8では、学習用の機能性既知試料のバイオマーカー測定値と機能性既知材料の機能性値の実験データ数はn=1である。このため、これらの測定値が従うであろう分布をブートストラップ法で推定、合成し、n=10とした仮想データセットを構築した。この仮想データセットを用いて、表8と同じ推定を行った結果を表9に示す。
【0077】
【表9】

【0078】
表9から、ブートストラップ法による仮想データセットを用いて機能性未知試料の機能性値を推定すると、少量の実験データでも、生物系固有のデータの揺らぎが吸収されて、より精度の高い推定値が得られることが分かった。
【0079】
表5、表7に示した学習データからダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMを除いて学習を行ったニューラルネットワークに対し、表6に示した学習に用いていない材料(機能性未知材料に相当)によるバイオマーカー発現量を提示して相対ルシフェラーゼ活性値の推定を行った。表6に示したバイオマーカー発現量を仮想データセットによる学習を行ったニューラルネットワークに提示したときの相対ルシフェラーゼ活性の推定値とその実測値を表10に示す。なお、相対ルシフェラーゼ活性の実測値は1回のみの測定であり、ダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMの推定時と同じく相対ルシフェラーゼ活性測定実験で得られた最大値2.27で除した後の値である。表10に示したとおり、ブルーベリー葉抽出物50μg/mlの相対ルシフェラーゼ活性については規定誤差以下で推定に成功しており、カプサイシン10μMについても1回目は、規定誤差以下での推定に成功した。
【0080】
【表10】

【0081】
相対ルシフェラーゼ活性と同様に、がん細胞増殖抑制についてもブートストラップ法で合成した仮想データセットをニューラルネットワークで学習させて推定を行った。学習には表5に示したバイオマーカー発現量を入力、表3に示したがん細胞増殖抑制の(2)の平均値を教師信号とした。ニューラルネットワークの最大出力が1であるので、教師信号の値は表3の(2)の平均値を1.20で除した値とした。ニューラルネットワークの構成、及び学習に用いたパラメータは相対ルシフェラーゼ活性推定時と同じである。ダイゼイン70μM、レスベラトール100μMを除いて学習を行った後、これら2つの化合物によるバイオマーカー発現量をニューラルネットワークに与えたとき、表11の出力が得られた。表11には推定精度を示すために当該物質のがん細胞増殖抑制作用の測定値(実測値)と推定誤差の絶対値も同時に示しており、これらの値はがん細胞増殖抑制作用測定実験で得られた最大値1.20で除した後の値である。表11に示したとおり、学習に用いていない濃度でのがん細胞増殖抑制作用を規定誤差以下で推定することが可能であることが示された。
【0082】
【表11】

【0083】
表3、表5に示した学習データからダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMを除いた仮想データセットを学習したニューラルネットワークに対し、表6に示した学習に用いていない材料(機能性値未知材料に相当)によるバイオマーカー発現量を提示してがん細胞増殖抑制作用値の推定を行った。表6に示したバイオマーカー発現量を学習済みニューラルネットワークに提示したときのがん細胞増殖抑制作用の推定値とその実測値を表12に示す。なお、がん細胞増殖抑制作用の実測値は1回のみの測定であり、ダイゼイン70μM、レスベラトロール100μMの推定時と同じくがん細胞増殖抑制作用測定実験で得られた最大値1.20で除した後の値である。表12に示したとおり、ブルーベリー葉抽出物50μg/mlのがん細胞増殖抑制作用について2回目は規定誤差以下で推定に成功し、1回目と平均値についてもほぼ規定誤差での推定に成功した。カプサイシン10μMについてはすべて規定誤差以下での推定に成功した。
【0084】
【表12】

【0085】
このように、本発明によれば、機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と機能性既知材料の機能性値を組にしたデータセットから、さらにブートストラップ法により推定、合成した分布をもつ仮想データセットを用いることにより、少ない実験回数でも生物系固有の変動、揺らぎを吸収し、高い精度で機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値から機能性未知材料の機能性値を定量的に推定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の高スループット機能性評価方法は、食材、医薬、医薬候補物質等の評価に利用できる。特に食材のような多成分系物質の機能性を総合的に評価するのに適し、機能性食材開発、特定保健用食材の開発に当たり、動物実験によるin vivo評価試験を行う前の予備試験、あるいはヒトを対象にした臨床試験前の予備試験などに好適に利用できる。加えて、農水林産のごとき生物資源生産物出荷前の機能性評価試験、家畜、人工飼育魚介類等の農水産栽培試料及び同出荷物の機能性評価試験等にも利用できる。特に、生物系の評価システムのような少ない実験回数で高い確度の推定値を得たい分野への適用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明に係わる高スループット機能性評価法の概念的手順を示すフロー図である。
【図2】本発明に係わる高スループット機能性評価を行う計算機システムのブロック図である。
【図3】本発明において、学習法により機能性を推定する場合の典型的な手順を示すフロー図である。
【図4】本発明において、学習法により機能性を推定するときに利用する典型的なニューラルネットワークの図である。
【符号の説明】
【0088】
21 計算機
21a 入出力インターフェース
21b 中央演算装置
21c 主記憶装置
22 ネットワーク装置
23 キーボード
24 マウス
25 モニタ
26 プリンタ
27 補助記憶装置
41 ニューロン
42 重み
43 結合リンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機能性未知材料の複合的な機能性を評価する方法であって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製するステップと、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付けるステップと、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成するステップと、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製するステップと、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定するステップと、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価するステップと、
を含むことを特徴とする高スループット機能性評価方法。
【請求項2】
評価培養細胞がヒト由来培養細胞であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
ステップ(7)の推定をニューラルネットワーク法により行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
計算機を用いて、機能性未知材料の複合的な機能性を評価するプログラムであって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製するステップと、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付けるステップと、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成するステップと、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製するステップと、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定するステップと、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定するステップと、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価するステップと
を含むことを特徴とする計算機上で作動する高スループット機能性評価プログラム。
【請求項5】
計算機を用いて、機能性未知材料の複合的な機能性を評価する装置であって、
(1)評価培養細胞に機能性既知材料を付与して、機能性既知試料を調製する手段と、
(2)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性既知試料を付与し、機能性既知試料のバイオマーカー発現量を測定する手段と、
(3)機能性既知試料のバイオマーカー発現量測定値と、既知または個別評価系による機能性既知材料の機能性値とを対応付ける手段と、
(4)対応付けられたデータセットからブートストラップ法により分布を合成し、合成した分布に従う仮想データセットを作成する手段と、
(5)評価培養細胞に機能性未知材料を付与して、機能性未知試料を調製する手段と、
(6)機能性評価機能が異なる複数の測定部位を備えた評価系に、機能性未知試料を付与し、機能性未知試料のバイオマーカー発現量を測定する手段と、
(7)機能性未知試料のバイオマーカー発現量測定値と仮想データセットとを照合し、機能性未知材料の機能性値を推定する手段と、
(8)推定された機能性値に基づき、機能性未知材料の機能性を総合評価する手段と、
を含むことを特徴とする高スループット機能性評価装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−22762(P2008−22762A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−198145(P2006−198145)
【出願日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【出願人】(306024609)財団法人宮崎県産業支援財団 (23)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】