説明

高出力レーザ照射装置

【課題】 高出力レーザー光を空間に出射し、目標に照射するレーザ照射装置においては、大気中にレーザ光を伝播させるため、大気の揺らぎの影響を補正する大気補償装置が必要であった。
【解決手段】 照射対象にレーザ光を照射し、照射対象表面にて反射した反射光を反射光受信器にて受信し、大気補償信号処理部にて大気による歪みを受けた光波面を検出する。大気補償信号処理部では検出した波面を反転させた波面形状を出力させるよう制御信号を各光移相器へ出力し、信号を受けた各光移相器が各光路のレーザ光位相を変化させることにより、合成後の高出力レーザ光波面形状が変化し、照射対象へ照射される。この制御を繰り返すことによって大気の影響を補正し、常に照射対象上でレーザ光の集光スポットの拡大を抑制することができ、遠距離における対象にも十分な照射効果を与えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高出力レーザ光を空間に出射し、目標に照射するレーザ照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高出力レーザ光を空間に出射し、標的に照射することで、標的を破壊する高出力レーザーシステムが一般に知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
高出力レーザ光を空間に出射する際、大気伝播するレーザ光は、大気の揺らぎによって光波面の乱れが生じ、その状態で集光した場合、集光スポットが拡がり、集光スポット内のエネルギー密度は低下する。伝播距離が長くなればなるほどその影響は増大するため、遠距離の照射対象に対して十分な照射効果を与えることができない。
【0004】
一方、光の大気揺らぎ問題を解決するため、大気を伝播して遠方から到達した光の光波面を光波センサにより検出し、検出した波面形状を反転させた形状に変化した形状可変鏡にて、歪んだ光波面を補正する補償光学装置が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−340555号公報
【特許文献2】特開平6−250108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に示される従来の補償光学装置を、レーザ照射装置に適用した場合、高出力レーザ光による形状可変鏡の鏡面への熱負荷が大きく、形状可変鏡が熱変形してしまい、鏡面が歪んだ光波面を補正することができなくなるという課題がある。
【0007】
レーザ光を広げることでこの熱負荷を低減させることはできるが、この場合、大口径の鏡面を利用することになり、鏡自体の重量が増加する。このため、レーザ光波面の鏡の形状を変化させるアクチュエータの力学的負荷が大きくなり、光波面の揺らぎに対応するための高速な大気補償が困難になるという、別の課題が生じてしまう。
【0008】
この発明は、かかる問題点を解決するためになされたもので、大気の揺らぎによるレーザ光波面の歪みを補正することで、集光スポットの拡がりを抑制することのできる、高出力レーザ照射装置を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明による高出力レーザ照射装置は、レーザを発生するレーザ光源と、上記レーザ光源により発生したレーザ光を分配する光分配器と、上記光分配器により分配された各レーザ光の位相をそれぞれ可変する複数の光移相器と、上記各光移相器により位相可変されたレーザ光をそれぞれ増幅する複数の光増幅器と、上記各光増幅器により増幅されたそれぞれのレーザ光を合成して出力する出力光学系と、上記出力光学系から出射され、照射対象にて反射されて、大気を伝播して戻ってきた反射光を検出する反射光受信器と、上記反射光受信器の検出信号から大気揺らぎによる光波面の歪みを検出し、当該光波面の歪みを補正するように上記光移相器の可変位相を制御する大気補償信号処理部と、を備えたものである。
【発明の効果】
【0010】
この発明によれば、大気の揺らぎによるレーザ光波面の歪みを補正することで、照射対象における集光スポットの拡がりを抑制することができる。また、遠距離の照射対象に対して、大気の揺らぎによる照射対象へのレーザ照射エネルギーの低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明に係る実施の形態1による高出力レーザ照射装置の構成を示す図である。
【図2】この発明に係る実施の形態2による反射光受信器の一例を示す図である。
【図3】この発明に係る実施の形態2による高出力レーザ照射装置の動作処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1に係る高出力レーザ照射装置の構成を示すブロック図である。図において、高出力レーザ照射装置は、主に、高出力レーザ7と、レーザ放射器11と、大気補償信号処理部12から構成される。
【0013】
高出力レーザ7は、基準レーザ光源1と、光分配器2と、複数(N個、Nは4以上の整数)の光移相器3と、複数(N個)の光増幅器4と、複数(N+1)個の部分反射鏡5と、光位相同期処理回路6から構成される。光分配器2は、基準レーザ光源1から出力されたレーザ光を、所要(N+1個)の光路に分配する。光分配器2により分配された光路のうちN個の光路のレーザ光は、各々の光移相器3と、1つの部分反射鏡5にそれぞれ入力される。光増幅器4は、光分配器2により分配され、光移相器3により各位相シフトされた各々の光路のレーザ光を、所定の出力まで増幅する。各光増幅器4により増幅された各々のレーザ光は、大部分がN個の部分反射鏡5の各々を透過して、レーザ放射器11へ出力される。また、各光増幅器4により増幅された各々のレーザ光の一部は、部分反射鏡5において反射され、光位相同期処理回路6へ入力される。
【0014】
光位相同期処理回路6では、基準となるレーザ光の位相に対する、増幅された各光路のレーザ光の位相誤差を検出する。この際、光位相同期処理回路6は、後述する補正位相をオフセット値として、レーザ光の位相誤差からこのオフセット値を差し引き、レーザ光の位相の誤差を検出する。光位相同期処理回路6では、各光路のレーザ光の位相誤差が0になり、各光路のレーザ光が同期するように、各光路の光移相器3へ位相制御信号を出力する。以上のようにフィードバック制御を行うことで、高出力レーザ7より光波面の位相が高精度に調整された高出力レーザ光が、レーザ放射器11へ出力される。なお、光位相同期処理回路6は、後述する補正位相が0の場合には、部分反射鏡5に入射する各光増幅器4からのレーザ光の波面が、概ね真平面になるように位相を同期させる。
【0015】
レーザ放射器11は、出力光学系8と反射鏡9と反射光受信器10から構成される。高出力レーザ7の各部分反射鏡5から出力された高出力レーザ光は、出力光学系8により合成され、出力光14として空間に出射される。出力光学系8は、複数の集光レンズと複数の反射鏡により構成され、高出力レーザ7の各部分反射鏡5を透過した高出力レーザ7が位相の揃った2次元平面の波面をなし、かつ位相ずれのない光ビームを合成して出力するように光路が設けられている。出力光学系8から出射される高エネルギーの出力光14は、大気中を伝播して照射対象(標的)13へ集光される。この時、出力光14の一部が照射対象13の表面で反射光15として反射される。この反射光15は、再び大気中を伝播して戻り、レーザ放射器11の反射鏡9に入射する。このレーザ放射器11に入射した反射光15は、反射鏡9により反射光受信器10にて受光される。反射光受信器10は、受光した光を電気信号に変換することで、反射光15の光波面の歪みによる、反射光の波面各部における基準波面位相からの波面位相変化を検出し、この波面位相変化に応じた電気信号を出力する。反射光受信器10の詳細な構成例は、実施の形態2で後述する。
【0016】
反射光受信器10により出力された電気信号は、大気補償信号処理部12へ入力される。大気補償信号処理部12は、反射光受信器10からの波面各部における波面位相変化に応じた電気信号に基づいて、波面各部における波面位相変化を相殺する波面位相補正量を、光移相器3毎の位相補正量として算出する。大気補償信号処理部12により算出された光移相器3毎の位相補正量は、位相制御信号として光移相器3へ出力される。また、大気補償信号処理部12は、光移相器3毎の位相補正量を光位相同期処理回路6に補正位相として出力する。
【0017】
光移相器3は、光位相同期処理回路6からの位相制御信号と、大気補償信号処理部12からの位相制御信号を加算した信号に従い、各光路のレーザ光の位相を制御する。この光移相器3によるレーザ光の位相制御により、照射対象13に照射されるレーザ光の光波面形状における波面を反転させた形状の光波面形状を形成するように、出力光14の波面形状が変化する。これにより、伝播先における大気の揺らぎによる光波面の歪み効果が相殺され、照射対象13における集光スポットが最適な径になるよう補正される。
【0018】
また、基準レーザ光源1からのレーザ光は、光増幅器4の後段で高出力レーザ光に増幅されるが、その後段に設けられた部分反射鏡5および出力光学系8は、可動部や変形部を設ける必要がないので、熱負荷への構造強度が強い構造部材で構成することができるので、高出力レーザ光による熱負荷の影響(光学系の熱変形による光波面の歪みの発生)は抑制される。また、反射鏡9と反射光受信器10は、大気の往復により減衰した反射光15が入射するので、熱負荷の影響は抑制される。
【0019】
この実施の形態1による高出力レーザ照射装置は上記のように構成され、特許文献2に開示される形状可変形鏡を使わずとも、大気補償することが可能となる。このため、複雑な光学系を必要とせずに、また熱負荷による光学系への大きな影響を受けることなく、遠距離の目標に対して最適な照射効果を与えることができるという効果を奏する。
【0020】
以上説明したとおり、実施の形態1によるレーザ照射装置では、レーザ光の位相を電気的に制御することによって、大気を伝播する高出力レーザ光の波面形状を、照射対象に照射される光波面の歪みが相殺されるように制御することができる。このため、長距離伝播することにより増大する大気揺らぎに対して、速い制御速度で大気揺らぎによる波面歪みを補償することができる。また、大気揺らぎによるレーザ照射スポットの拡大による、照射対象へのレーザ照射エネルギー密度の低下を抑制することができるので、レーザ照射装置の有効範囲を、従来の大気補償装置では対応できなかった距離まで延伸させることが可能になる、という効果を奏する。
【0021】
実施の形態2
この実施の形態2では、実施の形態1で説明した高出力レーザ照射装置における、反射光受信器10の詳細構成と、反射光受信器10を用いた高出力レーザ照射装置の動作例について説明する。図2は、この発明に係る実施の形態2による反射光受信器の一例を示す図である。
【0022】
図2に示すように、反射光受信器10は、マイクロレンズアレイ16と、受光素子アレイ17によって構成される。マイクロレンズアレイ16は、入力された反射光15を分割及び集光する。受光素子アレイ17は、複数の受光素子が2次元配列されて構成されており、マイクロレンズアレイ16による各集光ビームをそれぞれの受光素子が個別に受信する。
受光素子アレイ17の各受光素子は、高出力レーザ7内のN個の各光路と一対一で対応付けられており、各受光素子の受信光はそれぞれ電気信号へ変換され、大気補償信号処理部12へ出力される。反射光受信器10においては、反射光15が平面波として反射光受信器10に入力した場合の、受光素子アレイ17上でのビームスポット位置の基準位置が予め特定されている。受光素子アレイ17のそれぞれの受光素子は、受光素子上のビームスポット位置に応じて異なる電気信号を出力することで、ビームスポット位置の基準位置からの変化量を検出することができる。
なお、マイクロレンズアレイ16に入射する反射光15の光強度が減衰するように、反射鏡9やマイクロレンズアレイ16の前段に光減衰器を設けても良いが、この場合、光減衰器により光波面の位相が変化しないようにしておく。
【0023】
大気補償信号処理部12は、高出力レーザ7内の各光路のレーザ光の位相の変化量と、受光素子アレイ17上の各ビームスポット位置の基準位置からの変化量との対応関係を示すデータが、内部データベースに予め記録されている。
大気補償信号処理部12は、検出されたビームスポット位置の基準位置からの変化量に基いて、内部データベースに予め記録された受光素子アレイ17上の各ビームスポット位置の変化量と高出力レーザ7内の各光路のレーザ光の位相の変化量の対応関係を示すデータを参照することで、対応する高出力レーザ7内の各光路のレーザ光の位相の変化量を得る。この際、内部データベースの記録データについて、内挿補間計算や外挿補間計算を適宜行うことで、高出力レーザ7内の各光路のレーザ光の位相の変化量を求めても良い。
【0024】
大気補償信号処理部12は、受光素子アレイ17上の各ビームスポット位置の基準位置からの変化量に基いて、大気によって乱れた波面を反転させた形状に、照射されるレーザ光の波面が変化するように、制御すべき高出力レーザ7内の各光路のレーザ光の位相変化量を導出する。
【0025】
反射光受信器10は以上のように構成され、次のように動作する。図3は、実施の形態2による高出力レーザ照射装置による大気補償処理の一例を示したフローチャートである。
ここで、高出力レーザ照射装置は、ピッチ軸およびヨー軸周りに回転可能な2軸ジンバル上に設置されており、2軸ジンバルを駆動制御することで高出力レーザ照射装置がピッチ軸およびヨー軸周りに回動する。オペレータは2軸ジンバルを操作することにより、高出力レーザ照射装置の高出力レーザ光の出射方向が、所望方向を指向するように調整することができるものとする。また、高出力レーザ照射装置は、オペレータによりレーザ照射の開始や停止を操作できるものとする。
【0026】
まず、他の光学機器にて、照射対象13とすべき目標の捕捉および追尾が行われ、追尾した目標の位置、速度および存在方向の情報が出力される。オペレータは、他の光学機器から出力された目標の位置、速度および存在方向の情報に基いて、照射対象13とすべき目標を選択する(ステップS110)。
その後、オペレータの操作により2軸ジンバルが駆動制御され、高出力レーザ照射装置の高出力レーザ光の出射方向が、選択した照射対象13となる目標の存在方向を指向するように調整が行われる。調整後、オペレータの操作により、高出力レーザ照射装置のレーザ照射が開始される(ステップS111)。
【0027】
受光素子アレイ17にて、反射光を検出できた場合(ステップS112)、大気補償信号処理部12は、受光素子アレイ17から出力される電気信号に基づいて、受光素子アレイ17の各受光素子上におけるビーム集光位置の検出を行う(ステップS113)。
【0028】
もし、受光素子アレイ17にて反射光が検出されなかった場合には、大気補償信号処理部12は、受光素子アレイ17からの電気信号の強度が所定の閾値以下であることを検出し、照射対象13へのレーザ照射による反射光15が検出されないと判定する。大気補償信号処理部12は、反射光15が検出されないと判定すると、オペレータに反射光15が非検出であることを知らせる。
オペレータは、反射光15が非検出であることを知ると、再度ステップS110からステップS111の処理に戻り、他の光学機器に対し再び目標捕捉および追尾処理を指示して、他の光学機器による目標捕捉および追尾の情報(目標の位置、速度および存在方向の情報)から、照射対象13とすべき目標を再選択し、高出力レーザ照射装置に対して再選択した照射対象13へのレーザ照射を開始させる。
【0029】
大気補償信号処理部12は、ステップS113にてビーム集光位置を検出した後、集光位置が許容値内にあるか否かの判断を行う(ステップS114)。
判断の結果、許容値内でなければ都度、大気補償信号処理部12により、高出力レーザ7の光移相器3について光位相制御を行うことで、ビーム集光位置の最適化を行う(ステップS115)。
【0030】
並行して、オペレータは、他の光学機器による目標捕捉および追尾の情報(目標の位置、速度および存在方向の情報)や目標の画像情報から、目標の存否や目標の破壊状況を判断し、目標の破壊確認を行う(ステップS116)。
目標の破壊が確認され次第、オペレータは高出力レーザ照射装置によるレーザ照射を終了する(ステップS117)。
【0031】
以上説明したとおり、実施の形態2によるレーザ照射装置は、反射光受信器10によりレーザ反射光の波面位相の歪みを検出し、レーザ光の位相を電気的に制御するだけで、簡素に大気揺らぎを補償することができる。このため、例えば従来の特許文献2に示すような、形状可変鏡の鏡面制御による大気揺らぎ補償装置をレーザ照射装置に付設した場合に比べて、レーザ照射装置の規模縮小やシステムの簡素化が可能となるという効果がある。また、システムの簡素化により、レーザ照射装置の整備性向上にもつながるという効果が得られる。
【符号の説明】
【0032】
1 基準レーザ光源、2 分配器、3 光移相器、4 光増幅器、5 部分反射鏡、6光位相同期処理回路、7 高出力レーザ、8 出力光学系、9 反射鏡、10 反射光受信器、11 レーザ放射器、12 大気補償信号処理部、13 照射対象、14 出力光、15 反射光、16 マイクロレンズアレイ、17 受光素子アレイ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザを発生するレーザ光源と、
上記レーザ光源により発生したレーザ光を分配する光分配器と、
上記光分配器により分配された各レーザ光の位相をそれぞれ可変する複数の光移相器と、
上記各光移相器により位相可変されたレーザ光をそれぞれ増幅する複数の光増幅器と、
上記各光増幅器により増幅されたそれぞれのレーザ光を合成して出力する出力光学系と、
上記出力光学系から出射され、照射対象にて反射されて、大気を伝播して戻ってきた反射光を検出する反射光受信器と、
上記反射光受信器の検出信号から大気揺らぎによる光波面の歪みを検出し、当該光波面の歪みを補正するように上記光移相器の可変位相を制御する大気補償信号処理部と、
を備えた高出力レーザ照射装置。
【請求項2】
上記反射光受信器は、反射光を上記光分配器により分配された各レーザ光に対応した光信号に分割して集光するレンズアレイと、上記レンズアレイにより分割して集光された光信号をそれぞれ受光し、基準となる光波面からの位相ずれに応じた信号を、上記大気補償信号処理部に出力する受光素子アレイと、を備えた請求項1記載の高出力レーザ照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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