説明

高分子材料の劣化検査方法および装置

【課題】機器に組み込まれた高分子材料がどの程度劣化を受けているかを非破壊的に検査する。
【解決手段】機器に組み込まれた高分子材料の一部がガラス転移する温度まで局所的に加熱し、そのガラス転移温度から高分子材料の劣化の程度を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高分子材料を用いている機器、例えば、変圧器や、変成器、開閉器、回転機、絶縁用スペーサ、絶縁用ブッシングなどの電気機器の長時間の運転によって、その機器に組み込まれた高分子材料がどの程度劣化を受けているかを判定する高分子材料の劣化検査方法および装置に関し、特に、機器に組み込まれた高分子材料を非破壊的に検査する高分子材料の劣化検査方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、電気機器に組み込まれる絶縁材料などに用いられる高分子材料の不可逆的変成、すなわち、劣化と呼ばれる現象に対する検査には、従来よりさまざまな方法が用いられている。表1は、高分子材料の従来の劣化検査方法を示している。高分子材料の劣化を検査するための各種物性に対する検査項目と、その検査を実施した場合に機器に組み込まれた高分子材料を供試材料の切り出しなどで破壊させる必要があるか否かを示している。表1における各検査項目の説明を以下に述べる。
【0003】
【表1】

高分子材料は、継続的な使用により熱的な劣化を生じるが、その元となる現象は、高分子自体の分子鎖の切断による分子量の減少、末端原子の酸化によるC−C(炭素原子の一重結合部)またはC=C(炭素原子の二重結合部)における炭素原子の遊離、充填材として用いられている異質材料との結合部からの切断などによって生じる。
炭素原子の結合部から炭素原子が遊離すれば、高分子材料の電気的特性に影響が及ぶのでその電気的特性である誘電正接、絶縁破壊電圧、絶縁抵抗などが検査される。しかし、相当に多量に炭素原子が遊離しないと、高分子材料の電気的特性は変化しない。劣化の末期になってはじめて電気的特性に変化が現れる。従って、高分子材料の劣化を検査する方法としては、電気的特性は非常に感度が悪い。なお、絶縁抵抗は、湿度や汚れなど周囲の雰囲気の影響を受け易く検査値の信頼性に欠ける。
【0004】
分子鎖の切断は、高分子材料が力学的に脆くなるという傾向を示し、高分子材料の力学的特性における破断強度の検査項目は重要である。しかし、高分子材料の力学的特性における弾性率や損失、緩和係数(これらの定義は後述される)は、検査値だけでは定量的に劣化の程度を正確に把握することが困難である。ただし、高分子材料の弾性率や損失、緩和係数、熱膨張率などから、その材料のガラス転移温度を求めて高分子材料の劣化を検査する方法があるので、これについては後述される。
音響伝搬特性は、例えば、音の伝搬速度は高分子材料の弾性率やポアソン比、密度などで決定される力学的特性に対応するが、機器に使用している形状での測定は困難であるとともに測定精度の点からも劣っている。
分子の結合特性に基づく検査であるFT・IR(Fourier Transform Infrared Spectrometer フーリエ変換赤外分光法)やATR(Attenuated Total Reflection 全反射吸収法)は、高分子材料に赤外線を射て、その吸収または反射スペクトルを求める方法である。それによって、その材料の分子結合状態を分析し、材料の劣化の程度を知ることができる。この方法は、材料の劣化の程度を詳細に知ることができるという長所があるが、大がかりで精密な測定器による赤外領域の光測定であるために、機器が設置された現地での測定は非常に困難である。
【0005】
表1に示した方法の他に、高分子材料の色を検出する方法もある。これは、C−CまたはC=Cからの炭素原子の遊離や、カルボニル基などの生成による劣化に伴う材料の変色に基づく劣化検査であるが、実用的な高分子材料では、紫外線による劣化を表面のみにとどめたり、劣化による変色を隠したりするための着色剤が副成分として混合されている場合が多く、その変色により検査結果が左右されるため、適正に検査することのできる材料は限定される。
図3は、高分子材料が熱劣化を受けた場合の熱劣化時間とガラス転移温度との関係を示す特性線図である。横軸は熱劣化時間、縦軸はガラス転移温度Tgであり、ある一定の温度で高分子材料を熱劣化させた場合、一般的には特性線301のような傾向を示す。熱劣化時間の少ない領域(図の変曲点より左側の領域)では、ガラス転移温度Tgが時間とともに急激に増加し、変曲点より右側の領域になると、殆ど一定の割合でガラス転移温度Tgが漸増する。熱劣化時間の少ない領域でガラス転移温度Tgが増加するのは、主として高分子材料の製造時における残存した内部応力に起因するためで、高分子材料の劣化による分子構造の変化ではない。その後の変曲点より右側の領域は、分子構造の劣化による変化であり、検査の対象となる劣化度合いである。すなわち、高分子材料のガラス転移温度Tgを求めることによって、高分子材料の劣化度合いを検査することができる。
【0006】
図4は、高分子材料の熱膨張率からガラス転移温度Tgを求める方法を示す特性線図である。横軸は温度、縦軸は高分子材料の熱膨張であり、一般的には特性線401のような傾向を示す。特性線401の勾配が熱膨張率であり、低温から高温にかけて熱膨張率が変曲する点401Aの温度がガラス転移温度Tgに対応する。従って、高分子材料の伸びの温度特性を求めれば、ガラス転移温度Tgを知ることが出来る。
図5は、高分子材料の粘弾性を示すリサージュ図である。高分子材料に周期的な正弦波振動を加え、その時の変形量(歪み)と反力(応力)の関係を示すとリサージュ図形101,102になる。それぞれ、リサージュ図形101は高分子材料が低温時のもの、リサージュ図形102は高分子材料が高温時のものである。高分子材料に歪みが与えられると、その反力としての応力がある位相だけ遅れる。従って、歪みと応力との関係はリサージュ図形を描き、このリサージュ図形における勾配が弾性率に対応し、リサージュ図形に囲まれた面積が損失に対応する。損失は熱となって消費される。また、損失を弾性率で除した値が緩和係数である。図5において、低温の場合は、リサージュ図形101のように弾性率が大きく、損失や緩和係数は小さい。一方、高温の場合は、リサージュ図形102のように弾性率が小さく、損失や緩和係数が大きい。さらに、温度が高くなると、弾性率はさらに小さくなるが、損失や緩和係数の方は逆に小さくなってしまう。
【0007】
図6は、図5から得られる粘弾性の温度特性を示す特性線図である。横軸は温度、縦軸は高分子材料の粘弾性、すなわち、弾性率・損失・緩和係数である。それぞれ、特性線201(細い実線)が弾性率の温度特性、特性線202(点線)が損失の温度特性、特性線203(太い実線)が緩和係数の温度特性である。図6において、温度T1以下では、損失や緩和係数は殆ど無く、弾性率だけである。温度T2では、弾性率が低下するとともに損失や緩和係数が増大する。さらに、温度が上昇し温度T3になると、弾性率はさらに低下するが損失や緩和係数も減少する。高分子材料の殆どは図6のような傾向になる。温度T2以下をガラス状態、温度T2以上をゴム状態と呼び、温度T2がガラス転移温度Tgである。従って、高分子材料における温度T2を求めれば、ガラス転移温度Tgを知ることが出来る。なお、上記の2つの状態の間での分子構造的変化は、高分子材料の種類により異なるが、温度により最も動きやすい、分子鎖である結晶間の結合や架橋部分の変化に対応しており、これらの部分は熱的な劣化を受ける場合において劣化を受け易い部分に相当する。
【0008】
上述のような粘弾性特性を用いた高分子材料の劣化検査方法が、例えば、特許文献1ないし3に開示されている。
特許文献1には、粘弾性特性を用いた高分子材料の劣化検査方法であって、機器の絶縁部から被測定片を採取し、この被測定片の損失の温度特性を求めるとともに、最も高い温度で現れる損失のピーク温度から前記絶縁部の劣化の程度を検出する方法が記載されている。
特許文献2には、粘弾性特性を用いた高分子材料の劣化検査方法であって、機器から採取した被測定物質の損失を測定し、この被測定物質と同じ材料の試料を種々の温度で劣化させるとともに前記試料の損失を測定し、前記被測定物質の損失と試料とを対比させることによって被測定物質の劣化の程度を検出することが記載されている。
【0009】
特許文献3には、結晶性高分子材料が熱履歴を記憶する効果を用いた劣化検査方法であって、製造履歴の分かっているポリエステルフイルムを回転機の巻線や鉄心に張り付け、回転機の運転後に前記ポリエステルフイルムを採取し、示差走査熱量計による測定チャートのピーク値により前記ポリエステルフイルムの熱履歴を推定し、回転機絶縁の劣化の程度を検出する方法が記載されている。
【特許文献1】特開2000−81401号公報
【特許文献2】特開昭59−163552号公報
【特許文献3】特開平1−129731号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、前述したような従来の高分子材料の劣化検査方法は、検査のために機器自体を破壊させる必要があったり、機器据付け現地での検査が困難であったり、測定感度が極めて悪く実用化が難しいなどという問題があった。
すなわち、表1に示されたように、絶縁破壊電圧、破断強度の検査では、高分子材料自体が破壊されてしまう。また、誘電正接、絶縁抵抗、弾性率、損失、緩和係数、熱膨張率、FT・IR、ATRの検査では、供試材料自体は破壊させないが、供試材料の切り出しで機器自体が破壊されてしまう。音響伝搬特性の検査では、機器は破壊させないが、前述したように機器に使用している形状での測定は困難であるとともに、測定精度の点からも劣っているので実用化が難しい。また、変色による劣化度の検査でも、機器は破壊させないが、前述したように適正に検査することのできる材料は限定され実用化が難しい。
【0011】
また、粘弾性特性を用いた特許文献1および特許文献2の方法は、前述したように機器から絶縁部を採取する必要があり、機器自体を破壊させてしまう。さらに、特許文献3の方法は、示差走査熱量計による検査が機器据付け現地では困難であり、また、ポリエステルフイルムを機器から採取するのに機器の運転を一時止める必要があった。
この発明は、上記のような問題点を解消するためになされたもので、この発明の目的は、機器に組み込まれた高分子材料がどの程度劣化を受けているかを据え付け現地で非破壊的にかつ精度よく検査することができる高分子材料の劣化検査方法および装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、この発明によれば、機器に組み込まれた高分子材料の劣化の程度を非破壊的に検査する方法であって、前記高分子材料の一部がガラス転移する温度まで局所的に加熱し、そのガラス転移温度から前記高分子材料の劣化の程度を判定するようにするとよい。
また、かかる方法を実施する装置であって、前記高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の熱膨張率が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えるようにしてもよい。
【0013】
また、かかる方法を実施する装置であって、前記高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部に機械的な振動力を加える駆動手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の粘弾性が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0014】
この発明によれば、機器に組み込まれた高分子材料の劣化の程度を非破壊的に検査する方法であって、前記高分子材料の一部がガラス転移する温度まで局所的に加熱し、そのガラス転移温度から前記高分子材料の劣化の程度を判定するようにすることにより、高分子材料の一部の温度を局所的に変化させるだけなので、従来のように劣化検査のために機器を破壊させないで済ませることができる。また、この方法は機器を現地に据付けたままで検査することができる。
また、かかる方法を実施する装置の発明によれば、高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の熱膨張率が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えるようにすることにより、熱膨張率の変曲点からガラス転移温度を求めるので測定精度がよくなる。
【0015】
また、かかる方法を実施する装置の発明によれば、高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部に機械的な振動力を加える駆動手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の粘弾性が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えるようにすることにより、粘弾性の変曲点からガラス転移温度を求めるので測定精度がよくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明は、機器に組み込まれた高分子材料の劣化の程度を非破壊的に検査する方法であって、前記高分子材料の一部がガラス転移する温度まで局所的に加熱し、そのガラス転移温度から前記高分子材料の劣化の程度を判定することを特徴とするものであり、以下、実施例を用いて、この発明による劣化検査方法および劣化検査装置について詳細に説明するが、この発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0017】
図1は、この発明の実施例1にかかる高分子材料の劣化検査装置の構成を示すブロック図である。高分子材料1が、その一部1Pの劣化の程度を検査しようとする被検査材料である。加熱手段は、赤外線2Aを発射する照射光源2と、赤外線2Aの強度を制御する制御器3と、赤外線2Aの照射方向を変える光路調整器4と、赤外線2Aを高分子材料1上の一部1Pに収束させる照射形状調整器5とから構成されている。変位計測手段は、光学式変位計6であり、一部1Pの変位を光学的に計測しその変位に比例した電気信号6Aを出力する。温度計測手段は、光学式温度計7であり、一部1Pの温度を光学的に計測しその温度に比例した電気信号7Aを出力する。判定手段は、XYプロッター8であり、光学式変位計6からの電気信号6Aと光学式温度計7からの電気信号7Aを受けて一部1Pの温度に対する変位の特性、すなわち、熱膨張の温度特性図を作成する。
【0018】
図1の装置により、次のようにして、高分子材料1の熱膨張率の変曲点からガラス転移温度を求め、高分子材料1の劣化検査を行うことができる。図1において、照射光源2から赤外線2Aが発射され、その赤外線2Aは、途中で光路調整器4によって方向が変えられ、照射形状調整器5に入光する。照射形状調整器5では赤外線2Aを収束させて高分子材料1を照射し、一部1Pを局部的に加熱するようになっている。一部1Pは加熱によって熱膨張するのて一部1Pの上面が上方へ膨らむ。その膨らみを光学式変位計6が取らえてその変位に比例した電気信号6Aを出力する。一方、一部1Pの温度は、光学式温度計7が取らえてその温度に比例した電気信号7Aを出力する。XYプロッター8は、電気信号6Aと電気信号7Aを受けて図4のような熱膨張の温度特性図を描く。前述されたように、その特性図における変曲点がガラス転移温度Tgに対応するので、このガラス転移温度Tgから高分子材料1の劣化の程度を判定することができる。
【0019】
この装置は、高分子材料1の一部1Pの温度を局所的に変化させるだけなので劣化検査のために機器を破壊させないで済ませることができる。また、機器を現地に据付けたままで検査することができる。
図1における加熱照射による高分子材料1の変形の過程を見ると、まず、照射光源2から入射した熱は、高分子材料1の照射点から表面方向(図1の左右前後方向)と深さ方向(図1の下方向)に熱拡散伝導により広がっていく。
その拡散方程式は、直交3次元系の場合、数1の式で与えられる。
【0020】
【数1】

ここで、Tは温度、tは時間、Qは熱量、ρは密度、cは比熱、λは熱伝導率である。一般的な材料の場合、ρは1ないし2×103 (kg/m3 )、cは 0.5ないし1(kJ/kgK)、λは10-5ないし10-4(1/K)である。拡散係数はλ/ρであり、10-8ないし10-7(kJ/K2 3 )となる。数1の式によれば、直径1ないし5mm程度の範囲の表面を10秒間加熱しても、拡散による温度の広がりは数mm程度であり、局所的な加熱状態が保たれることが分かる。
次に、ガラス転移点の測定であるが、一般的な硬質の高分子材料のガラス転移温度は、100℃程度以上であるために機器の検査では、50K以上の温度差を取ることが出来る。1mmの大きさの材料部分が1Kの温度当たり熱膨張する変位量は、0.01−0.1μmであるが、実際には周囲の低温部が拘束するので、その変位量は、ポアソン比に応じて20−30%程度大きくなる。変位計の精度としては、レーザを用いた装置の場合、0.01μmが実現可能である。そのため、一般的な高分子材料においては、1Kの分解能でガラス転移点が測定できる。光学式温度計の精度も1Kは容易なため、変位計と温度計の分解能の合計でも2Kである。熱膨張の大きな材料の場合は、それ以上の分解能が得られる。
【0021】
また、図1において、照射光源2の照射光としては、赤外波長のレーザであるGdYAGレーザや炭酸ガスレーザなどの高指向型光源を用いることができる。高分子材料を局所的に加熱する技術としては、レーザフォーミングが知られている。その技術は、例えば、「高温学会誌」第30巻,第1号,P.47−P.54(2004年1月)“YAGレーザによるプラスチックのレーザフォーミング”に開示されている。
この論文には、YAGレーザの照射でもってプラスチックを局所的に加熱し、プラスチック製品を微細成形する方法が紹介されている。
レーザフォーミングでは、プラスチックを局所的に加熱しているが、その目的は、あくまでもプラスチックの成形であって、ガラス転移温度を求めることではない。従って、上記論文に記載されたレーザフォーミングの技術は、ここで言う発明とは明らかに異なるものである。
【0022】
なお、図1における照射光源2として、その他に、一般的なタングステン電球や高輝度放電ランプなども用いることができる。後者の場合は、無指向光源なので共焦点の楕円反射鏡などを用いて、被検査点である高分子材料1の一部1Pに集中させて照射することが、被照射面を限定させるために必要である。その際、光学式変位計が用いている波長と干渉しないように、その波長をカットするフイルタを用いることは、変位の計測精度向上に有効である。
また、図1の装置は、機器を構成している高分子材料1に対して非接触であるために、機器の運転中でも安全に適用することができるというメリットがある。
なお、図1において、光学式変位計6として可視波長の半導体レーザの干渉による微小変位計が用いられる他に、被検査点である高分子材料1の一部1Pに歪みゲージなどを貼り付け、直接一部1Pの歪みを計ってもよい。その場合は、歪みゲージ自体が熱照射を受けるので被検査面と同様の熱線輻射率を持つように表面処理をする必要がある。さらに、歪みゲージの厚さ方向の熱抵抗を小さくして高分子材料1にまで熱が良く伝わるようにする。光学式温度計7の代わりに、温度ゲージを被検査点に貼り付け、直接一部1Pの温度を計ってもよい。また、温度ゲージと歪みゲージを併せて用いることもでき、さらには、温度ゲージと歪みゲージとが一体に構成されたゲージを用いることもできる。
【実施例2】
【0023】
図2は、この発明の実施例2にかかる高分子材料の劣化検査装置の構成を示す要部断面図である。高分子材料1が、その一部1Pの劣化の程度を検査しようとする被検査材料である。加熱手段は、高分子材料1に接触するように設けられた熱導体15に埋め込まれたヒータ14である。駆動手段は、図示されていない磁性体よりなるとともにソレノイド13が巻回された棒状の伝達子12である。変位計測手段は、伝達子12の上部に固着された変位センサ11である。温度計測手段は、熱導体15の高分子材料1に近い所に埋め込まれた温度センサ16である。
図2の装置により、次のようにして、高分子材料1の粘弾性の変曲点からガラス転移温度を求め、高分子材料1の劣化検査を行うことができる。図2において、図示されていない電力供給装置からヒータ14に給電され熱導体15が加熱される。その熱でもって高分子材料1の一部1Pを局部的に加熱する。ソレノイド13は交流電流によって励磁され、伝達子12が上下に振動するので、一部1Pに周期的な押圧力が加わる。温度センサ16は、一部1Pの温度を検知してその温度に比例した電気信号を図示されていない判定手段に送る。この判定手段は、同時に変位センサ11から出力された一部1Pの変位に比例した電気信号も同時に受ける。判定手段は、温度に比例した電気信号と、変位に比例した電気信号を受けて図6のような弾性率や損失、緩和係数の温度特性図を描く。前述されたように、その特性図における弾性率や損失、緩和係数の変曲点がガラス転移温度Tgに対応するので、このガラス転移温度Tgから高分子材料1の劣化の程度を判定することができる。
【0024】
この装置は、実施例1の場合と同様に、高分子材料1の一部1Pの温度を局所的に変化させるだけなので劣化検査のために機器を破壊させないで済ませることができる。また、機器を現地に据付けたままで検査することができる。
図2の装置で熱膨張率からガラス転移温度Tgを求めることもできる。しかし、熱導体15や伝達子12も温度上昇するので熱膨張する。高分子材料1に対し小さい熱膨張率を持った熱導体15や伝達子12を用いても、両者の熱膨張変位が混在して測定誤差が大きくなるという欠点がある。図2の装置によって、熱膨張による変位でなく周期的な振動力による粘弾性変位を測定することによって、熱膨張の影響を除去することができる。また、熱導体15と高分子材料1との接触状況によっては変位信号に誤差が生じ、信号レベルの絶対的な大きさに影響が出る可能性がある。しかし、周期的な振動力による粘弾性でもってガラス転移温度Tgを求める方法は、弾性率や損失、緩和係数の相対値もそのガラス転移温度Tgを境にして変化するので測定誤差は小さい。
【0025】
この装置も、実施例1の場合と同様に高分子材料1の一部1Pの温度を局所的に変化させるだけなので劣化検査のために機器を破壊させないで済ませることができる。また、機器を現地に据付けたままで検査することができる。なお、変位センサ11から出力される電気信号は、ソレノイド13の交流成分となるので、特定領域の成分だけを増幅するロックインアンプを使うことによって、高いSN比を実現することができる。現地に設置された機器の場合、電気的機械的ノイズが多いが、ロックインアンプを用いて予め決められた特定周波数のみを検出するという狭帯域測定方式は大きなノイズ除去効果がある。
なお、この発明による劣化検査方法および装置の検査対象となる高分子材料としては、例えば、エポキシ樹脂などの熱硬化性高分子材料でもよく、また、ポリアミド系樹脂などの熱可塑性高分子材料であってもよい。
【0026】
また、この発明による劣化検査方法および装置の検査対象となる機器としては、高分子材料を用いている機器であれば全て対象となるが、特に、高分子材料の劣化の検査、診断が必要となる機器としては、高分子材料が絶縁部材として組み込まれた各種の電気機器があり、例えば、樹脂絶縁された変圧器や、計器用変成器、開閉器、絶縁用スペーサ、絶縁用ブッシングなどの変電機器や回転機がある。
なお、例えば上記の変電機器の場合、検査対象となる高分子材料が、機器の種類、定格や高分子材料の使用部位などにもよるが、通常、数10cm程度の大きさを持っているのに対して、この発明による劣化検査対象となる部分、すなわち、劣化検査のために加熱したり機械的な振動力を加えたりする部分は数mm程度という極めて小さい領域に限定することができるため、この発明の劣化検査方法および装置を適用する上での問題はない。
【0027】
また、劣化の原因となる、機器の使用時における高分子材料の温度は、その場所により異なるものであり、熱伝達の性質から、発熱部に近い部分、上部にある部分、対流の悪い部分がより温度が高くなり、劣化をより受け易いため、実際の劣化検査では、高分子材料全体のうち、上記のような、より温度が高くなる部分を選択して検査を行うことになる。 そして、機器に組み込まれた高分子材料において、上記のように、温度の高い部分と温度の低い部分とがある場合には、温度の低い部分は、劣化をほとんど受けないことから、劣化を受けていないサンプルとして扱うことができ、過去に製造された材料であるために未劣化のサンプルを入手できない場合でも、簡易的な方法として、劣化検査にける比較サンプルとして用いることができる。
また、この発明による劣化検査方法および装置は、検査対象の高分子材料の一部を局所的に加熱し、例えば数十分程度の短い時間とは言え、少なくともガラス転移する温度まで、実際にはガラス転移点よりもある程度高い温度まで上昇させるため、多少の劣化は誘発されることを考慮しておく必要かある。しかしながら、機器に組み込まれた高分子材料に対する据え付け現地での劣化検査は、通常、上述の変電機器に対する定期検査のように、その実施頻度は年に数回程度のものであるから、下記の実例でも説明するように、検査対象の高分子材料の機能を損なうような実質的な問題はなく、この発明による劣化検査方法および装置は充分に適用可能である。
【0028】
すなわち、実例として、検査対象の高分子材料がF種155℃のエポキシ樹脂である場合、その劣化後のガラス転移温度は150℃程度となり、その測定のためには少なくともも180℃程度の温度には上昇させることが必要である。しかしながら、180℃でも寿命時間が2500から4000時間であるので、1回の劣化検査での加熱時間が0.5時間であるとした場合、その加熱による受けるれ劣化の程度は1/5000から1/8000に相当する僅かなものとなるので、例えば年に2回検査を行う場合、2500から4000年程度耐えることになる。また、この発明では、検査対象となる部分、すなわち、劣化検査のために加熱する部分は数mm程度という、高分子材料全体に比べて極めて小さい領域に限定することができるので、劣化検査の度に検査対象箇所、すなわち、加熱箇所を、以前の劣化検査での加熱箇所と重複しないように少しずらすことも可能であり、これにより、検査自体による劣化の程度を更に軽減することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
この発明は、変圧器や、変成器、開閉器、回転機、絶縁用スペーサ、絶縁用ブッシングなどの電気機器の長時間の運転によって、その機器に組み込まれた高分子材料がどの程度劣化を受けているかを据え付け現地で非破壊的に検査するのに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この発明の実施例1にかかる高分子材料の劣化検査装置の構成を示すブロック図
【図2】この発明の実施例2にかかる高分子材料の劣化検査装置の構成を示す要部断面図
【図3】高分子材料が熱劣化を受けた場合の熱劣化時間とガラス転移温度との関係を示す特性線図
【図4】高分子材料の熱膨張率からガラス転移温度Tgを求める方法を示す特性線図
【図5】高分子材料の粘弾性を示すリサージュ図
【図6】図5から得られる粘弾性の温度特性を示す特性線図
【符号の説明】
【0031】
1:高分子材料、2:照射光源、3:制御器、4:光路調整器、5:照射形状調整器、6:光学式変位計、7:光学式温度計、8:XYプロッター、11:変位センサ、12:伝達子、13:ソレノイド、14:ヒータ、15:熱導体、16:温度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機器に組み込まれた高分子材料の劣化の程度を非破壊的に検査する方法であって、前記高分子材料の一部がガラス転移する温度まで局所的に加熱し、そのガラス転移温度から前記高分子材料の劣化の程度を判定することを特徴とする高分子材料の劣化検査方法。
【請求項2】
請求項1に記載の高分子材料の劣化検査方法を実施する装置であって、前記高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の熱膨張率が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えたことを特徴とする高分子材料の劣化検査装置。
【請求項3】
請求項1に記載の高分子材料の劣化検査方法を実施する装置であって、前記高分子材料の一部の温度を局所的に変化させる加熱手段と、前記一部の温度を計測し信号を出力する温度計測手段と、前記一部に機械的な振動力を加える駆動手段と、前記一部の変位を計測し信号を出力する変位計測手段と、この変位計測手段の出力信号と前記温度計測手段の出力信号とから前記一部の粘弾性が温度変化に対して変曲するガラス転移温度を求め前記一部の劣化の程度を判定して報知する判定手段とを備えたことを特徴とする高分子材料の劣化検査装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−90765(P2006−90765A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−274442(P2004−274442)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(591083244)富士電機システムズ株式会社 (1,717)
【Fターム(参考)】