説明

高分子材料成形品及びその製造方法並びに機械部品

【課題】酸素,水蒸気等のガスが侵入しにくく寸法変化や劣化が生じにくい高分子材料成形品及びその製造方法を提供する。また、少なくとも一部分が高分子材料で構成されているにもかかわらず、高信頼性で長寿命な機械部品を提供する。
【解決手段】樹脂製プーリ10は、転がり軸受11と樹脂部12とからなる。樹脂部12は、高分子材料の射出成形により形成され、転がり軸受11の外輪2の外周面に一体的に取り付けられている。このような樹脂製プーリ10の樹脂部12の表面には、ポリシラザンが転化してなる二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜が被覆されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料を成形してなる高分子材料成形品及びその製造方法、並びに、少なくとも一部分が高分子材料で構成された機械部品に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受に組み込まれる樹脂製の保持器は、その使用温度,使用環境等によって、材料である樹脂の種類が決定される。従来、一般的に使用されている樹脂としては、ガラス繊維や炭素繊維で強化されたポリアミド66,ポリアミド46,ポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトン等があげられる。これらの樹脂の中では、ガラス繊維で強化されたポリアミド66が、適度な耐熱性,強度特性,コストのバランスから、最も多く使用されている。
【0003】
ただし、ポリアミド66が十分に使用可能な温度環境であっても、ポリアミド66の化学構造中に存在するアミド結合に攻撃性を有する薬剤によって影響を受けるような環境下で転がり軸受が使用される場合には、ポリアミド66よりも耐薬品性に優れるポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトン等が保持器の材料として使用されることがあった。しかしながら、ポリフェニレンサルファイドやポリエーテルエーテルケトンは高価であるため、これらの樹脂を保持器の材料として使用することは、転がり軸受全体のコストの上昇につながっていた。
【0004】
また、一般的にポリアミド66等のポリアミド系樹脂(特にガラス繊維強化品) は、靱性の向上や吸水寸法変化の抑制を目的として、一定量の水分を意図的に含有させる調湿処理が施されている。しかしながら、このポリアミド系樹脂中に吸収された水分は、転がり軸受の回転による遠心力や温度上昇で、保持器外へ排出されるため、それによって寸法変化が起こり、何らかの不具合が生じるおそれがあった。
【0005】
このような背景から、樹脂製の保持器の表面に、ガスバリア性を有する被膜を設けて、寸法変化の原因となる水分や劣化の原因となる酸素などの外的因子の侵入を抑制した、高信頼性で長寿命な転がり軸受が提案されている。ガスバリア性を有する被膜としては、例えばダイヤモンドライクカーボン,シリコン粒子の蒸着被膜のような無機材料製の被膜や、例えばエチレンビニル共重合体,ポリ塩化ビニリデンの被膜のような有機材料製の被膜があった。
【0006】
一方、自動車のエンジン補機類を駆動するベルトの案内用プーリとして、転がり軸受の外周に樹脂部を一体成形してなる樹脂製プーリが、従来から採用されている。この樹脂製プーリにおいては、ベルトを案内する樹脂部の外周部の成形精度、ベルトの張力に耐える強度特性、連続負荷使用による高温に対する耐熱性、及び耐塩化カルシウム性(耐薬品性)等が要求される。
【0007】
そこで、上記のような成形精度,強度特性,耐熱性,及び耐塩化カルシウム性を向上させるため、樹脂材料として、ガラス繊維を15〜40質量%程度配合した強化ポリアミド66、強化ポリアミド610、強化ポリアミド612、或いは、ポリフェニレンサルファイドとミネラルの複合材料や、ポリアミド6,ポリアミド66,ポリアミド11,ポリアミド12等のポリアミド樹脂を用いた樹脂製プーリが提案されている(例えば特許文献1,2を参照) 。
【0008】
また、特許文献3には、耐熱性,強度特性,及び耐塩化カルシウム性をバランス良く有する、ポリアミド66,ポリアミド612,及びガラス繊維からなるポリアミド樹脂組成物を用いた樹脂製プーリが提案され、実用化されている。
さらに、特許文献4には、耐熱性,強度特性,及び耐塩化カルシウム性のバランスをより一層向上させた、ポリアミド66,非晶性芳香族ポリアミド,低吸水性ポリアミド,及びガラス繊維からなるポリアミド樹脂組成物を用いた樹脂製プーリが提案され、実用化されている。
【0009】
しかしながら、上記のような耐熱性,強度特性,及び耐塩化カルシウム性を併せ持つ樹脂製プーリは、ポリアミド66以外に、高価な低吸水性ポリアミドを使用しているので、樹脂組成物が高コストであった。また、低吸水性ポリアミドを使用しているため耐塩化カルシウム性は向上しているものの、耐熱性及び強度特性は、ポリアミド66のみを使用したものよりも低かった。そのため、長期間にわたる使用によって、樹脂製プーリに何らかの不具合が発生するおそれがあった。
【0010】
このような背景から、樹脂製プーリの樹脂部の表面に、ガスバリア性を有する被膜を設けて、寸法変化の原因となる水分や劣化の原因となる酸素などの外的因子の侵入を抑制した、高信頼性で長寿命な樹脂製プーリが提案されている。ガスバリア性を有する被膜としては、例えばダイヤモンドライクカーボン,シリコン粒子の蒸着被膜のような無機材料製の被膜や、例えばエチレンビニル共重合体,ポリ塩化ビニリデンの被膜のような有機材料製の被膜があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3506735号公報
【特許文献2】特許第2838037号公報
【特許文献3】特開2000−2317号公報
【特許文献4】特開2007−232106号公報
【特許文献5】特開2000−346082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記のような無機材料製の被膜は、非常に優れたガスバリア性を有し且つ高温下でもガスバリア性が低下することはないが、柔軟性が低いために熱膨張により亀裂が生じやすく、そこから水分や酸素等の外的因子が侵入するおそれがあった。また、上記のような有機材料製の被膜は、柔軟性は高いものの耐熱性が低いため、低温下で使用される場合は非常に優れたガスバリア性を発揮するものの、高温下では被膜が徐々に劣化してガスバリア性が低下するおそれがあった。
【0013】
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、酸素,水蒸気等のガスが侵入しにくく寸法変化や劣化が生じにくい高分子材料成形品及びその製造方法を提供することを課題とする。また、少なくとも一部分が高分子材料で構成されているにもかかわらず、高信頼性で長寿命な機械部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の高分子材料成形品は、高分子材料を成形してなる高分子材料成形品において、ポリシラザンが転化してなる二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜を表面に被覆したことを特徴とする。
また、本発明に係る請求項2の高分子材料成形品の製造方法は、二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜が表面に被覆された高分子材料成形品を製造するに際して、高分子材料を成形してなる高分子材料成形品の表面に、ポリシラザンとアクリル樹脂とを含有するコーティング剤を配した後に、前記ポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させることを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明に係る請求項3の高分子材料成形品の製造方法は、請求項2に記載の高分子材料成形品の製造方法において、前記コーティング剤中に含有されるポリシラザンとアクリル樹脂との質量比が95:5〜50:50であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項4の機械部品は、少なくとも一部分が高分子材料で構成された機械部品において、この高分子材料で構成された部分が、請求項1に記載の高分子材料成形品であることを特徴とする。
【0016】
さらに、本発明に係る請求項5の機械部品は、少なくとも一部分が高分子材料で構成された機械部品において、この高分子材料で構成された部分が、請求項2又は請求項3に記載の高分子材料成形品の製造方法によって製造された高分子材料成形品であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項6の機械部品は、請求項4又は請求項5に記載の機械部品において、転がり軸受,直動案内装置,ボールねじ,プーリ,又は電動パワーステアリング装置用ギヤであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の高分子材料成形品は、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性と柔軟性及び耐熱性とを有する有機無機複合膜を備えているので、寸法変化や劣化が生じにくい。
また、本発明の高分子材料成形品の製造方法は、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性と柔軟性及び耐熱性とを有する有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品を、容易に製造することができる。
【0018】
さらに、本発明の機械部品は、少なくとも一部分が高分子材料で構成されているにもかかわらず、この高分子材料で構成された部分が、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性と柔軟性及び耐熱性とを有する有機無機複合膜で被覆されているため、高温下での使用が可能であるとともに高信頼性で長寿命である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る機械部品の第一実施形態である樹脂製プーリの構造を示す正面図である。
【図2】図1の樹脂製プーリのA−A断面図である。
【図3】本発明に係る機械部品の第二実施形態である円筒ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図4】図3の円筒ころ軸受に組み込まれる保持器の斜視図である。
【図5】第二実施形態の変形例であるアンギュラ玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図6】図5のアンギュラ玉軸受に組み込まれる保持器の斜視図である。
【図7】第二実施形態の別の変形例である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。
【図8】図7の深溝玉軸受に組み込まれる冠形保持器の斜視図である。
【図9】自動車の電動パワーステアリング装置の構成を示す図である。
【図10】図9の電動パワーステアリング装置のハウジング部分の断面図である。
【図11】本発明に係る機械部品の第三実施形態である電動パワーステアリング装置用減速ギヤの構造を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係る高分子材料成形品及びその製造方法並びに機械部品の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
本実施形態の高分子材料成形品は、高分子材料を成形してなる高分子材料成形品であって、その表面の少なくとも一部(好ましくは表面全体)に、ポリシラザンが転化してなる二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜が被覆されたものである。この有機無機複合膜は、二酸化ケイ素とアクリル樹脂のみで構成されていてもよいし、後述する配合剤を含有していてもよい。
【0021】
有機無機複合膜は、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性を有しているので、有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品は、酸素による劣化や、吸水による寸法変化が生じにくい。また、水蒸気透過性も低いので、高分子材料成形品が含む水分量が低下しにくい。よって、水分量の変動による寸法変化も生じにくい。さらに、有機無機複合膜は、融雪剤(塩化カルシウム)等の各種薬品に対する耐性が優れているので、有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品は薬品に起因する不具合が生じにくい。
【0022】
さらに、有機無機複合膜は柔軟性を有しているので、有機無機複合膜に損傷が生じにくくガスバリア性の低下が生じにくい。よって、有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品は、長期間にわたって優れたガスバリア性が維持される。さらに、有機無機複合膜は耐熱性を有しているので、有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品は、高温下で使用されても有機無機複合膜が劣化しにくくガスバリア性の低下が生じにくい。
【0023】
また、有機無機複合膜が二酸化ケイ素のみで構成されていると、その脆さ故に柔軟性がなくクラックが入りやすいが、有機無機複合膜中にはアクリル樹脂が含有されているので、アクリル樹脂がバインダーの役割を果たすため、強靱でクラックが入りにくい有機無機複合膜を形成することが容易となる。
ここで、有機無機複合膜について、さらに詳細に説明する。まず、ポリシラザンについて説明する。ポリシラザンは、炭素などの有機成分を含まず、ケイ素,窒素,及び水素のみから構成される無機ポリマーであり、−(SiH2 NH)−(ただし、Hの全部又は一部が、アルキル基,フェニル基等の置換基で置換されていてもよい)を繰り返し単位とする。そして、ポリシラザンは、大気中での加熱処理や常温下での加湿処理により二酸化ケイ素(SiO2 )や窒化ケイ素(Si3 4 )等に転化するセラミック前駆体である。
【0024】
ポリシラザンとしては、例えば、特開平7−305029号公報や特開2000−073012号公報に開示のものがあるが、本発明には公知又は市販のポリシラザンを問題なく使用することができる。ポリシラザンの種類としては、鎖状ポリシラザン,環状ポリシラザン等があげられる。そして、鎖状ポリシラザンとしては、ペルヒドロポリシラザン,ポリメチルヒドロシラザン,ポリN−メチルシラザン,ポリN−(トリエチルシリル)アリルシラザン,ポリN−(ジメチルアミノ)シクロヘキシルシラザン,フェニルポリシラザン等のポリオルガノシラザンがあげられる。
【0025】
これらのポリシラザンは、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。なお、これらの中でも耐食性に優れる点で、ペルヒドロポリシラザン,ポリメチルヒドロシラザン,ポリN−メチルシラザン,フェニルポリシラザンが好ましい。また、市販のポリシラザンとしては、例えば、AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「NAX120」、「NP110」、「NL110A」などがあげられる。
【0026】
次に、アクリル樹脂について説明する。アクリル樹脂としては、例えば、特開平7−305029号公報に開示のものがあるが、本発明には公知又は市販のアクリル樹脂を問題なく使用することができる。アクリル樹脂の具体例としては、アクリル酸エステル(アルコール残基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、2−エチルヘキシル基、シクロヘキシル基、フェニル基、ベンジル基、フェニルエチル基等を例示できる);メタクリル酸エステル(アルコール残基は上記と同じ);2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシプロピルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート等のヒドロキシ基含有モノマー;アクリルアミド、メタクリルアミド、N−メチルメタクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、N−メトキシメチルアクリルアミド、N−メトキシメチルメタクリルアミド、N−フェニルアクリルアミド等のアミド基含有モノマー;N,N−ジエチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジエチルアミノエチルメタクリレート等のアミノ基含有モノマー;グリシジルアクリレート、グリシジルメタクリレート、アリルグリシジルエーテル等のエポキシ基含有モノマー;スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸、及びそれらの塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等)等のスルホン酸基又はその塩を含有するモノマー;クロトン酸、イタコン酸、アクリル酸、マレイン酸、フマール酸、及びそれらの塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等)等のカルボキシル基又はその塩を含有するモノマー;無水マレイン酸、無水イタコン酸等の酸無水物を含有するモノマー;その他ビニルイソシアネート、アリルイソシアネート、スチレン、ビニルメチルエーテル、ビニルエチルエーテル、ビニルトリスアルコキシシラン、アルキルマレイン酸モノエステル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アルキルイタコン酸モノエステル、塩化ビニリデン、酢酸ビニル、塩化ビニル等の単量体の組合せからつくられたものが例示される。市販のアクリル樹脂としては、例えば、AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「BR101」,「BR102」などがあげられる。
【0027】
また、有機無機複合膜の厚さは特に限定されるものではないが、0.2μm以上10μm以下が好ましく、1μm以上5μm以下がより好ましい。有機無機複合膜の厚さが0.2μm以上であれば、有機無機複合膜が被覆される高分子材料成形品の表面の面粗度に関係なく、均一に有機無機複合膜を設けることができ、膜欠陥の発生を抑制することができる。また、有機無機複合膜の厚さが10μm以下であれば、クラックが入りにくく、膜の形成が容易となる。
【0028】
一方、高分子材料成形品を構成する高分子材料の種類は、特に限定されるものではないが、ポリアミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトンがあげられる。ただし、高分子材料成形品のコストを考慮すると、ポリアミド樹脂が好ましい。ポリアミド樹脂としては、ポリアミド11,ポリアミド12,ポリアミド46,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリアミド610,ポリアミド612等の脂肪族ポリアミド樹脂や、変性ポリアミド6T,ポリアミド9T等の芳香族ポリアミド樹脂があげられる。そして、これらのポリアミド樹脂の中でも、比較的安価なポリアミド66,ポリアミド46
がより好ましい。これらの高分子材料は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0029】
また、高分子材料として、樹脂と繊維強化材とからなる樹脂組成物を用いてもよい。そうすれば、高分子材料の耐熱性,強度特性が優れたものとなる。繊維強化材としては、ガラス繊維,炭素繊維等があげられる。ガラス繊維で強化されたポリアミド樹脂(特にポリアミド66)は、耐熱性,強度特性が優れるとともに安価であるため、最も好適である。さらに、高分子材料には、潤滑剤,熱安定剤,酸化防止剤,熱伝導性改良剤,可塑剤等の各種添加剤を配合してもよい。
【0030】
このような高分子材料を成形する方法は特に限定されるものではなく、慣用の樹脂成形方法を問題なく採用可能である。例えば、射出成形法等の溶融成形法や機械加工による成形法や焼結成形法があげられる。
このような有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品は、寸法変化や酸素,薬品による劣化などの不具合が生じにくく、しかも、高温下で使用されても長期間にわたって前記不具合が生じにくいので、転がり軸受等の機械部品を構成する部材として好適である。高分子材料で構成された部材は、金属製部材と比較すると前記不具合が生じやすいため、機械部品の信頼性や寿命を低下させる傾向があるが、本実施形態の高分子材料成形品を備える機械部品は、少なくとも一部分が高分子材料で構成されているにもかかわらず、高信頼性で長寿命である。
【0031】
本実施形態の高分子材料成形品を適用可能な機械部品は、特に限定されるものではないが、例えば、転がり軸受,直動案内装置,ボールねじ,プーリ,又は電動パワーステアリング装置用ギヤがあげられる。
次に、有機無機複合膜を備える本実施形態の高分子材料成形品の製造方法について説明する。まず、高分子材料を成形してなる高分子材料成形品の表面に、ポリシラザンとアクリル樹脂とを含有するコーティング剤を均一の厚さにコーティングする。コーティングの方法は特に限定されるものではないが、液状のコーティング剤であれば、例えば、刷毛等による塗布のほか、スプレーコーティング,エアドクターコーティング,ブレードコーティング,ディップコーティング,電着コーティング等があげられる。このような方法によるコーティングを1回又は複数回行って、有機無機複合膜の膜厚が所望の値となるように、コーティング剤の厚さを制御すればよい。
【0032】
そして、コーティング剤をコーティングした高分子材料成形品に対して、ポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させる処理を施すと、二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜が被覆された高分子材料成形品が得られる。ポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させる処理としては、例えば、大気中,常温下で2週間放置する処理があげられる。この処理により、ポリシラザンが二酸化ケイ素に転化するとともに結晶化が進行し、十分なガスバリア性を有する有機無機複合膜が形成される。
【0033】
ただし、常温下での処理は、結晶化に長時間を要するので、加熱下で放置する処理が好ましい。加熱により、結晶化速度を促進することができる。加熱温度は、例えば、50℃以上220℃以下が好ましく、80℃以上170℃以下がより好ましい。また、加熱時間は30分以上120分以下が好ましい。
なお、全てのポリシラザンが二酸化ケイ素に転化している方が、有機無機複合膜の前記諸性能が優れているため好ましいが、一部のポリシラザンが二酸化ケイ素に転化しておらず、有機無機複合膜中にポリシラザンとして存在していてもよい。
【0034】
コーティング剤中に含有されるポリシラザンとアクリル樹脂との質量比は、95:5〜50:50とすることが好ましい。ポリシラザンの割合が50質量%未満であると、有機無機複合膜中の二酸化ケイ素の含有量が少なくなるため、有機無機複合膜のガスバリア性が不十分となるおそれがある。一方、ポリシラザンの割合が95質量%超過であると、有機無機複合膜中のアクリル樹脂の含有量が少なくなるため、有機無機複合膜の柔軟性が不十分となるおそれがある。その結果、高分子材料成形品の熱膨張により有機無機複合膜にクラックが発生して、ガスバリア性が低下してしまうおそれがある。このような不都合がより生じにくくするためには、ポリシラザンとアクリル樹脂との質量比は、95:5〜80:20とすることがより好ましい。
【0035】
コーティング剤としては、ポリシラザンとアクリル樹脂とを溶媒に溶解したコーティング液が好ましい。コーティング液を用いた場合には、ポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させるとともに、溶媒を蒸発させて除去(乾燥)する必要がある。乾燥方法は、高分子材料成形品の表面に被覆されたコーティング液中の溶媒を除去することができるならば、特に限定されるものではないが、加熱,減圧,気流等の環境下におくことにより乾燥することができる。
【0036】
溶媒の種類は、ポリシラザンと反応せず且つポリシラザンを溶解可能なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素;ペンタン、ヘキサン、イソヘキサン、メチルペンタン、ヘプタン、イソヘブタン、オクタン、イソオクタン等の脂肪族炭化水素;シクロペンタン、メチルシクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等の脂環式炭化水素;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素、ブロモホルム、塩化エチレン、塩化エチリデン、トリクロロエタン等のハロゲン化炭化水素;エチルエーテル、ジオキシエタン、ジメチルジオキサン、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン等のエーテル類等があげられる。これらの溶媒は、1種を単独で使用してもよいし2種以上を併用してもよい。
【0037】
コーティング液における溶質(ポリシラザンとアクリル樹脂)の濃度は特に限定されるものではないが、高分子材料成形品の表面にコーティング液をコーティングする処理の操作性を考慮すると、5質量%以上20質量%以下が好ましい。また、この濃度によって有機無機複合膜の厚さが決定するので、5質量%未満であると、有機無機複合膜の厚さ薄くなり、ガスバリア性が不十分となるおそれがある。一方、20質量%超過であると、溶質が凝集しやすく白化が起こりやすい。
【0038】
また、コーティング液には、所望により、ポリシラザンの二酸化ケイ素への転化反応を促進する触媒を混合してもよい。この触媒としては、例えばパラジウム,アミン系化合物,アミン系化合物と銀粒子の混合物があげられる。なお、コーティング液に用いる触媒と溶媒の組み合わせについては、前述した触媒と溶媒の中から選択すれば、いずれの組み合わせであっても問題なく有機無機複合膜を形成することができる。ただし、200℃以下の温度且つ短時間で転化反応を完了することができ、しかも高分子材料成形品に悪影響をほとんど与えないことから、アミン系化合物とキシレンの組み合わせが最も好ましい。
【0039】
さらに、コーティング液には、所望により、配合剤を混合してもよい。配合剤としては、例えば、タルク,炭酸カルシウム,カオリン等の無機材料や、アントラキノン系化合物等の油溶性有機染料や、カーボンブラックがあげられる。配合剤の添加量は、コーティング液全体の0.05質量%以上30質量%以下が好ましく、1質量%以上5質量%以下がより好ましい。
【0040】
さらに、高分子材料成形品の表面には、コーティング液をコーティングする前に、コーティングする面に対して、有機無機複合膜の密着性を向上させる処理を施すことが好ましい。この処理としては、コロナ放電処理,プラズマ活性化処理,グロー放電処理,逆スパッタ処理,粗面化処理等の公知の表面活性化処理や、エチレンイミン系,アミン系,エポキシ系,ウレタン系,ポリエステル系等のプライマー剤を用いたプライマー処理があげられる。
【0041】
以下に、本実施形態の高分子材料成形品を適用した機械部品の実施形態を示す。
〔機械部品の第一実施形態〕
図1は、本発明に係る機械部品の一実施形態である樹脂製プーリの構造を示す正面図であり、図2は、図1の樹脂製プーリのA−A断面図である。
本実施形態の樹脂製プーリ10は、転がり軸受11と樹脂部12とからなる。この転がり軸受11は、内輪1と、外輪2と、前記両輪1,2の間に転動自在に配された複数の転動体3と、前記両輪1,2の間に転動体3を保持する保持器4と、前記両輪1,2の間の開口部を覆うシール装置5,5と、を備えている。なお、保持器4及びシール装置5は、備えていなくてもよい。また、シール装置5は、図2に示すような接触ゴムシールでもよいし、シールドのような非接触シールでもよい。
【0042】
また、樹脂部12は、高分子材料の射出成形により形成され、転がり軸受11の外輪2の外周面に一体的に取り付けられている(樹脂部12が、本発明の構成要件である高分子材料成形品に相当する)。具体的には、樹脂部12は、転がり軸受11の外輪2が嵌合される内径側円筒部12aと、外径側円筒部12bと、両円筒部12a,12bを連結する円板部12cと、樹脂部12を補強するために放射状に形成された複数のリブ12dと、からなる。そして、外径側円筒部12bの外周面12eが、図示しない駆動用ベルトのベルト案内面をなす。なお、外輪2の外周面には、樹脂部12の脱着を防止する凹溝が形成されている。
【0043】
樹脂部12を構成する高分子材料の種類は特に限定されるものではないが、樹脂製プーリにおいては、駆動時におけるベルトの振れに起因する振動の発生を抑制して騒音を低減するために、ベルトを案内する外径側円筒部12bの外周面12eの真円度(凹凸量) が良好であることが求められるとともに、ベルトの張力に耐える機械的強度と耐熱性が良好であることが求められる。そのため、樹脂部12を構成する高分子材料としては、ガラス繊維,炭素繊維等の充填材や各種添加剤(潤滑剤,熱安定剤,酸化防止剤,熱伝導性改良剤,可塑剤等)を樹脂に配合した樹脂組成物が好ましい。
【0044】
好ましい樹脂の例としては、ポリアミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトンがあげられる。ポリアミド樹脂としては、ポリアミド11,ポリアミド12,ポリアミド46,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリアミド610,ポリアミド612等の脂肪族ポリアミド樹脂や、変性ポリアミド6T,ポリアミド9T等の芳香族ポリアミド樹脂があげられる。
【0045】
そして、樹脂組成物のコスト,耐熱性,及び強度特性のバランスから判断すると、耐熱性と耐疲労性に優れるポリアミド66をベース樹脂としガラス繊維を強化材とする樹脂組成物が最も好適である。ガラス繊維の配合量は、樹脂組成物全体の25質量%以上55質量%以下が好ましい。ガラス繊維の配合量が25質量%未満であると、樹脂組成物の耐熱性や強度特性が不十分となるおそれがある。一方、55質量%超過であると、樹脂組成物の溶融粘度が高くなり、成形性が不十分となるおそれがある。
【0046】
また、ポリアミド66の分子量は、射出成形性を考慮すると、数平均分子量で13000以上30000以下が好ましく、耐疲労性及び高成形精度をさらに考慮すると、数平均分子量で18000以上26000以下がより好ましい。ポリアミド66の数平均分子量が13000未満であると、分子量が低すぎるため耐疲労性が低くなり、実用性が低くなる。一方、ポリアミド66の数平均分子量が30000超過であると、耐疲労性は優れているものの、樹脂製プーリに必要な衝撃強度等の機械的強度を達成するためにガラス繊維を25質量%以上55質量%以下含有させると、樹脂組成物の溶融粘度が高くなり、樹脂部12を射出成形法により高精度で製造することが困難となる。
【0047】
このような樹脂製プーリ10の樹脂部12の表面には、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性に加えて、柔軟性及び耐熱性を有する有機無機複合膜(図示せず)が被覆されている。なお、この有機無機複合膜は、樹脂部12の表面全体に被覆することが最も好ましいが、樹脂部12の表面の一部分に被覆してもよい。
本実施形態の樹脂製プーリ10は、樹脂部12の表面に有機無機複合膜が設けられているので、各種薬品(例えば塩化カルシウム)に対する耐性が優れている。そのため、樹脂部12を構成する樹脂組成物のベース樹脂として、耐薬品性にやや劣るポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用したとしても、樹脂部12が薬品に侵されにくい。よって、例えば融雪剤(塩化カルシウム)に起因する不具合が抑制されるので、本実施形態の樹脂製プーリ10は、高信頼性で長寿命である。
【0048】
また、ポリアミド66等のポリアミド樹脂を繊維強化材で補強した樹脂組成物は、成形精度,強度特性,及び耐熱性が優れるとともに比較的安価であるので、樹脂部12を構成する樹脂組成物のベース樹脂としてポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用すれば、本実施形態の樹脂製プーリ10は、安価且つ高信頼性で長寿命である。
さらに、有機無機複合膜はガスバリア性を有しているので、樹脂の劣化の原因となる酸素等のガスを遮断することができる。また、有機無機複合膜は水蒸気バリア性も有しているので、水蒸気が透過しにくく、水分(水蒸気) を遮断することができる。よって、樹脂部12の劣化や吸水による寸法変化に起因する樹脂製プーリ10の不具合の発生が抑制されるので、本実施形態の樹脂製プーリ10は高信頼性で長寿命である。
【0049】
このような樹脂製プーリ10は、例えば、自動車に搭載されるエンジン補機類の駆動用ベルトやその他のベルトのテンショナ用プーリ、又はアイドラプーリとして好適に使用することができる。
なお、この第一実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0050】
また、転がり軸受11の接触ゴムシールに使用されるゴムの種類は特に限定されるものではないが、ニトリルゴム,水素添加ニトリルゴム,アクリルゴム等を原料ゴムとし、それに各種充填材を配合したものを用いることができる。さらに、転がり軸受11内に充填される潤滑剤の種類は特に限定されるものではなく、一般的な潤滑油やグリースを用いることができるが、樹脂製プーリ10の使用温度を考慮して、ポリα−オレフィン油,アルキルジフェニルエーテル油等を基油、ジウレア等を増ちょう剤とし、酸化防止剤,摩耗防止剤等の潤滑剤用添加剤が配合されたグリースが好ましい。
【0051】
〔第一実施形態の実施例〕
図1の樹脂製プーリとほぼ同様の構成の樹脂製プーリの樹脂部の表面に、有機無機複合膜を形成したものを用意して、その耐塩化カルシウム性を評価した。
樹脂製プーリは、呼び番号6203DDL18の深溝玉軸受をコアとしたインサート成形により、深溝玉軸受の外輪の外周に樹脂部を一体形成してなるものである。この深溝玉軸受は、接触ゴムシールを備えるとともに、外輪の外周面に凹溝を有している。また、樹脂部を構成する高分子材料は、ガラス繊維を30質量%含有するポリアミド66(宇部興産株式会社製のUBEナイロン2020GU6)であり、ヨウ化銅系の熱安定剤を含有している。このポリアミド66の数平均分子量は20000である。
【0052】
被膜を形成するためのコーティング液は、以下のようにして調整した。パーハイドロポリシラザン(AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「NAX120」)をキシレンに溶解して、濃度5,10,15,20質量%の各ポリシラザン溶液を調整した。また、アクリル樹脂(AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「BR101」)をキシレンに溶解して、濃度20質量%のアクリル樹脂溶液を調整した。そして、各ポリシラザン溶液とアクリル樹脂溶液とを、10:0、9:1、7:3の割合(質量比)で混合して、各混合溶液を得た。
【0053】
これらの混合溶液に樹脂製プーリの樹脂部をそれぞれ浸漬して、樹脂製プーリの樹脂部の表面に混合溶液を均一にコーティングした。170℃,1時間の条件で加熱処理を施して、キシレンを蒸発させるとともにポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させた。その後、大気中、常温下で2週間静置することにより完全に硬化させて、被膜を形成した。そして、このようにして被膜を形成した樹脂部を用いて、樹脂製プーリを製造した。また、前記被膜を備えていないことを除いては前記樹脂製プーリと全く同様の構成の樹脂製プーリを併せて製造した。そして、これらの樹脂製プーリについて、耐塩化カルシウム性を評価した。試験方法は以下の通りである。
【0054】
まず、樹脂製プーリを80℃の熱水中に2時間浸潰して吸水させた後に、濃度50質量%の塩化カルシウム水溶液に5分間浸漬した。次に、1470Nのラジアル荷重を負荷した状態で、樹脂製プーリを恒温槽内に放置して、恒温槽内の温度を以下のように変化させた。すなわち、20℃から110℃まで30分かけて昇温した後に、110℃で2時間保持し、さらに30分かけて20℃まで降温した後、20℃で1時間保持した。
【0055】
そして、前記温度変化を1サイクルとして繰り返し、2サイクル毎に樹脂製プーリを前記塩化カルシウム水溶液に5分間浸漬した。樹脂部のクラックの発生の有無を2サイクル毎に確認しながら、10サイクルまで試験を行った。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
その結果、前記被膜を備えている樹脂製プーリは、2サイクルでは樹脂部にクラックが発生しなかったのに対し、前記被膜を備えていない樹脂製プーリは2サイクルでクラックが発生した。この結果から、前記被膜を樹脂部の表面に形成したことにより、樹脂部への水分(塩化カルシウム水溶液)の浸入が遮断されたため、耐塩化カルシウム性が向上したことが分かる。
【0058】
また、前記被膜にアクリル樹脂が含まれていない場合、すなわち二酸化ケイ素のみからなる被膜を備える場合には、ポリシラザン溶液のポリシラザン濃度が高いものほど早い段階でクラックが発生した。これは、ポリシラザン濃度が高いほど被膜が厚くなるため、樹脂部の熱膨張に被膜が追従できずに微細なクラックが被膜に発生し、そこから塩化カルシウム水溶液が浸入したものと考えられる。
【0059】
しかしながら、前記被膜にアクリル樹脂が含まれている場合、すなわち二酸化ケイ素とアクリル樹脂からなる有機無機複合膜を備える場合には、有機無機複合膜が柔軟性を有しているため、樹脂部の熱膨張に有機無機複合膜が追従してクラックが発生しにくい。よって、塩化カルシウム水溶液の浸入が遮断され、耐塩化カルシウム性が向上したものと考えられる。
【0060】
〔機械部品の第二実施形態〕
図3は、本発明に係る機械部品の別の実施形態である円筒ころ軸受の構造を示す部分縦断面図であり、図4は、図3の円筒ころ軸受に組み込まれる保持器の斜視図である。
第二実施形態の円筒ころ軸受20は、軌道面を有する内輪21と、内輪21の軌道面に対向する軌道面を有する外輪22と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体(円筒ころ)23と、内輪21と外輪22との間に転動体23を保持する樹脂製の保持器24と、を備えている。この保持器24は、外輪22の内径面22a(保持器案内面)によって案内される外輪案内方式の保持器である。なお、図示はしていないが、ゴムシールやシールドのようなシール装置を備えていてもよい。また、内輪21と外輪22の間に形成される軸受内部空間には、潤滑油,グリース等の潤滑剤を配してもよい。
【0061】
保持器24は、高分子材料の射出成形により形成される(保持器24が、本発明の構成要件である高分子材料成形品に相当する)。保持器24を構成する高分子材料の種類は特に限定されるものではないが、保持器においては、寸法精度が良好であることが求められるとともに、機械的強度と耐熱性が良好であることが求められる。そのため、保持器24を構成する高分子材料としては、ガラス繊維,炭素繊維等の充填材や各種添加剤(潤滑剤,熱安定剤,酸化防止剤,熱伝導性改良剤,可塑剤等)を樹脂に配合した樹脂組成物が好ましい。
【0062】
好ましい樹脂の例としては、ポリアミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド,ポリエーテルエーテルケトンがあげられる。ポリアミド樹脂としては、ポリアミド11,ポリアミド12,ポリアミド46,ポリアミド6,ポリアミド66,ポリアミド610,ポリアミド612等の脂肪族ポリアミド樹脂や、変性ポリアミド6T,ポリアミド9T等の芳香族ポリアミド樹脂があげられる。
【0063】
このような保持器24の表面には、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性に加えて、柔軟性及び耐熱性を有する有機無機複合膜(図示せず)が被覆されている。なお、この有機無機複合膜は、保持器24の表面全体に被覆することが最も好ましいが、保持器24の表面の一部分に被覆してもよい。
本実施形態の円筒ころ軸受20は、保持器24の表面に有機無機複合膜が設けられているので、各種薬品(例えば塩化カルシウム)に対する耐性が優れている。そのため、保持器24を構成する樹脂組成物のベース樹脂として、耐薬品性にやや劣るポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用したとしても、保持器24が薬品に侵されにくい。よって、例えば融雪剤(塩化カルシウム)に起因する不具合が抑制されるので、本実施形態の円筒ころ軸受20は、高信頼性で長寿命である。
【0064】
また、ポリアミド66等のポリアミド樹脂を繊維強化材で補強した樹脂組成物は、成形精度,強度特性,及び耐熱性が優れるとともに比較的安価であるので、保持器24を構成する樹脂組成物のベース樹脂としてポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用すれば、本実施形態の円筒ころ軸受20は、安価且つ高信頼性で長寿命である。
さらに、有機無機複合膜はガスバリア性を有しているので、樹脂の劣化の原因となる酸素等のガスを遮断することができる。また、有機無機複合膜は水蒸気バリア性も有しているので、水蒸気が透過しにくく、水分(水蒸気) を遮断することができる。よって、保持器24の劣化や吸水による寸法変化に起因する円筒ころ軸受20の不具合の発生が抑制されるので、本実施形態の円筒ころ軸受20は高信頼性で長寿命である。
【0065】
なお、この第二実施形態は本発明の一例を示したものであり、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として円筒ころ軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、深溝玉軸受,アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0066】
図5は、第二実施形態の変形例であるアンギュラ玉軸受の構造を示す部分縦断面図であり、図6は、図5のアンギュラ玉軸受に組み込まれる保持器の斜視図である。また、図7は、第二実施形態の別の変形例である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図であり、図8は、図7の深溝玉軸受に組み込まれる冠形保持器の斜視図である。これらのアンギュラ玉軸受及び深溝玉軸受の構成は、第二実施形態の円筒ころ軸受20とほぼ同様であるので、その説明は省略する。なお、図5〜8においては、図3,4と同一又は相当する部分には、図3,4と同一の符号を付してある。
【0067】
〔第二実施形態の実施例〕
図8の保持器とほぼ同様の構成の樹脂製の冠形保持器の表面に、有機無機複合膜を形成したものを用意して、その水蒸気バリア性を評価した。
評価に用いる冠形保持器は、呼び番号6203の深溝玉軸受に組み込まれる保持器であり、高分子材料の射出成形により形成されたものである。また、冠形保持器を構成する高分子材料は、ガラス繊維を25質量%含有するポリアミド66(BASF社製のウルトラミッドA3HG5)であり、アミン系酸化防止剤を含有している。
【0068】
被膜を形成するためのコーティング液は、以下のようにして調整した。パーハイドロポリシラザン(AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「NP110」)をキシレンに溶解して、濃度5,10,15,20質量%の各ポリシラザン溶液を調整した。また、アクリル樹脂(AZエレクトロニックマテリアルズ株式会社製の「BR101」)をキシレンに溶解して、濃度20質量%のアクリル樹脂溶液を調整した。そして、各ポリシラザン溶液とアクリル樹脂溶液とを、10:0、9:1、7:3、5:5の割合(質量比)で混合して、各混合溶液を得た。
【0069】
これらの混合溶液に樹脂製保持器をそれぞれ浸漬して、樹脂製保持器の表面に混合溶液を均一にコーティングした。150℃,1時間の条件で加熱処理を施して、キシレンを蒸発させるとともにポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させた。その後、大気中、常温下で2週間静置することにより完全に硬化させて、被膜を形成した。また、前記被膜を備えていないことを除いては前記樹脂製保持器と全く同様の構成の樹脂製保持器を併せて作製した。そして、これらの樹脂製保持器について、水蒸気バリア性を評価した。試験方法は以下の通りである。
【0070】
まず、80℃の真空恒温槽内に樹脂製保持器を1週間保持し、絶乾状態とした。そして、絶乾状態の樹脂製保持器の質量を測定した。次に、この絶乾状態の樹脂製保持器を、温度80℃、相対湿度80%の高温高湿槽内に1週間保持し、吸湿させた。そして、吸湿させた樹脂製保持器の質量を測定し、下記式により吸湿率を算出した。なお、下記式における質量の単位は、いずれもgである。
【0071】
吸湿率(%)=(吸湿後質量−絶乾質量)/絶乾質量×100
【0072】
【表2】

【0073】
結果を表2に示す。なお、表2に示した吸湿率の数値は、前記被膜を備えていない樹脂製保持器の吸湿率を100とした場合の相対値である。
表2から分かるように、前記被膜にアクリル樹脂が含まれていない場合(すなわち二酸化ケイ素のみからなる被膜を備える場合)と比較して、前記被膜にアクリル樹脂が含まれている場合(すなわち二酸化ケイ素とアクリル樹脂からなる有機無機複合膜を備える場合)の方が、吸湿率が低かった。これらの結果から、有機無機複合膜を樹脂製保持器の表面に形成したことにより、外部及び内部の水蒸気に対してバリヤ性が優れていることが分かる。すなわち、有機無機複合膜により、外部の水蒸気の吸収が抑制されるとともに、内部に吸収された水分の外部への排出が抑制された。
【0074】
〔機械部品の第三実施形態〕
図9は、自動車の電動パワーステアリング装置の構成を示す図であり、図10は、図9の電動パワーステアリング装置のハウジング部分の断面図である。また、図11は、本発明に係る機械部品の一実施形態である電動パワーステアリング装置用減速ギヤ(ウォームホイール及びウォーム)の構造を示す斜視図である。
【0075】
自動車の電動パワーステアリング装置70には、操舵補助出力発生用電動モータの出力をステアリングシャフトに伝達するため、図11のような電動パワーステアリング装置用減速ギヤ(ウォームホイール81及びウォーム82)が組み込まれている。電動パワーステアリング装置70のハウジング71内に備えられているウォームホイール81及びウォーム82は、入力軸72の回転に伴って生じた電動モータ73の回転駆動力を出力軸74に伝達する機能を有している。
【0076】
このウォームホイール81及びウォーム82は、高分子材料、例えばガラス繊維(含有量は30質量%)で強化されたポリアミド66(宇部興産株式会社製UBEナイロン1015GU6)で構成されている(ウォームホイール81及びウォーム82が、本発明の構成要件である高分子材料成形品に相当する)。そして、ウォームホイール81及びウォーム82の表面には、酸素,水蒸気等の外的因子の侵入を抑制するガスバリア性に加えて、柔軟性及び耐熱性を有する有機無機複合膜(図示せず)が被覆されている。なお、この有機無機複合膜は、ウォームホイール81及びウォーム82の表面全体に被覆することが最も好ましいが、ウォームホイール81及びウォーム82の表面の一部分に被覆してもよい。
【0077】
本実施形態の電動パワーステアリング装置70は、ウォームホイール81及びウォーム82の表面に有機無機複合膜が設けられているので、各種薬品(例えば塩化カルシウム)に対する耐性が優れている。そのため、ウォームホイール81及びウォーム82を構成する樹脂組成物のベース樹脂として、耐薬品性にやや劣るポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用したとしても、ウォームホイール81及びウォーム82が薬品に侵されにくい。よって、例えば融雪剤(塩化カルシウム)に起因する不具合が抑制されるので、本実施形態の電動パワーステアリング装置70は、高信頼性で長寿命である。
【0078】
また、ポリアミド66等のポリアミド樹脂を繊維強化材で補強した樹脂組成物は、成形精度,強度特性,及び耐熱性が優れるとともに比較的安価であるので、ウォームホイール81及びウォーム82を構成する樹脂組成物のベース樹脂としてポリアミド66等のポリアミド樹脂を使用すれば、本実施形態の電動パワーステアリング装置70は、安価且つ高信頼性で長寿命である。
【0079】
さらに、有機無機複合膜はガスバリア性を有しているので、樹脂の劣化の原因となる酸素等のガスを遮断することができる。また、有機無機複合膜は水蒸気バリア性も有しているので、水蒸気が透過しにくく、水分(水蒸気) を遮断することができる。よって、ウォームホイール81及びウォーム82の劣化や吸水による寸法変化に起因する電動パワーステアリング装置70の不具合の発生が抑制されるので、本実施形態の電動パワーステアリング装置70は高信頼性で長寿命である。
【0080】
以上説明した第一〜第三実施形態は本発明の一例を示したものであり、本発明は上記の各実施形態に限定されるものではない。第一〜第三実施形態においては、機械部品の例として樹脂製プーリ,円筒ころ軸受,及び電動パワーステアリング装置用減速ギヤをあげて説明したが、本発明は、他の種々の機械部品に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,直動ベアリング等の転動装置である。
【符号の説明】
【0081】
10 樹脂製プーリ
11 転がり軸受
12 樹脂部
20 円筒ころ軸受
24 保持器
70 電動パワーステアリング装置
81 ウォームホイール
82 ウォーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料を成形してなる高分子材料成形品において、ポリシラザンが転化してなる二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜を表面に被覆したことを特徴とする高分子材料成形品。
【請求項2】
二酸化ケイ素とアクリル樹脂とを含有し且つガスバリア性を有する有機無機複合膜が表面に被覆された高分子材料成形品を製造するに際して、
高分子材料を成形してなる高分子材料成形品の表面に、ポリシラザンとアクリル樹脂とを含有するコーティング剤を配した後に、前記ポリシラザンを二酸化ケイ素に転化させることを特徴とする高分子材料成形品の製造方法。
【請求項3】
前記コーティング剤中に含有されるポリシラザンとアクリル樹脂との質量比が95:5〜50:50であることを特徴とする請求項2に記載の高分子材料成形品の製造方法。
【請求項4】
少なくとも一部分が高分子材料で構成された機械部品において、この高分子材料で構成された部分が、請求項1に記載の高分子材料成形品であることを特徴とする機械部品。
【請求項5】
少なくとも一部分が高分子材料で構成された機械部品において、この高分子材料で構成された部分が、請求項2又は請求項3に記載の高分子材料成形品の製造方法によって製造された高分子材料成形品であることを特徴とする機械部品。
【請求項6】
転がり軸受,直動案内装置,ボールねじ,プーリ,又は電動パワーステアリング装置用ギヤであることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載の機械部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−77269(P2012−77269A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−226633(P2010−226633)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】