説明

高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法および塗膜の密着性向上方法

【課題】 導電性ポリマー粒子を含有するプライマーを利用し、常に安定した高い防錆・防蝕効果を得るための技術を提供すること。
【解決手段】 鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布する高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法並びに被保護鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布する塗膜の密着性向上方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法および塗膜の密着性向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの構造材が鉄材や鋼材で作られているが、これらは空気中の酸素や、水分の影響で錆びるため、種々の防錆・防蝕手段が取られている。
【0003】
古くから、鉄や鋼で作られた鉄鋼材に塗料を塗布し、防錆・防蝕が行われているが、通常の塗料による防錆・防蝕効果は弱く、繰り返し塗布しなければ十分な効果が得られないという問題があった。
【0004】
最近、電気伝導性を有する有機高分子化合物を用いて、鉄鋼材上に防錆皮膜を形成せしめ防蝕する技術が開発され、実用に供されている(非特許文献1)。この技術は、導電性ポリマー粒子を含有するプライマーを鉄鋼材上に塗布するもので、鉄鋼材表面を不動態化させ、その表面電位を貴金属と同じ程度にまで上げるものである。そして、このプライマー層上に塗料を塗布することにより、高い防錆・防蝕性能を得ることが可能となった(特許文献1)。
【0005】
しかしながら、上記のプライマーを使用する防蝕方法においても、十分な防錆・防蝕効果が得られる場合と、そうでない場合があり、この原因を解明し、常に安定した高い防錆・防蝕効果を得るための手段の開発が求められていた。
【0006】
【特許文献1】特表平9−500837号公報
【特許文献2】特許2519551号公報
【特許文献3】特公平8−510275号公報
【非特許文献1】”Materials and Corrosion ”47, 439-445 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、導電性ポリマー粒子を含有するプライマーを利用し、常に安定した高い防錆・防蝕効果を得るための技術の提供をその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、まず、導電性ポリマー粒子を含有するプライマーを利用しながら十分な防錆・防蝕効果が得られない原因の究明を行った。そしてその結果、例えば、ポリアニリンは、酸化還元反応により、エメラルジン塩(ES)、ロイコエメラルジン(LE)およびエメラルジン塩基(EB)となるが、このうち、絶縁性は高いが脆いEBがプライマー中に生成された場合、外力が加わることにより、剥離やクラックが起きやすく、塗膜全体の防錆・防蝕効果を低下させていることを知った。そして、更にこのEBの生成の原因を追及していたところ、プライマー層上に塗布する塗料の層と密接な関係があることを見出した。すなわち、塗料によって上記EB層が生成しやすいものと生成しにくいものがあり、EB層が生成しにくいものを選択することにより、高密着かつ高耐食性の被膜が形成しうることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
従って本発明は、鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布する高耐蝕性鉄鋼材の製造方法である。
【0010】
また本発明は、被保護鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布する塗膜の密着性向上方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法によれば、塗布プライマー層中にEBが生成しにくく、安定して高い防錆・防蝕効果を有し密着性の良い高密着高耐蝕性鉄鋼材が得られる。また、本発明の塗膜の密着性向上方法によれば、被保護鋼材上に、密着性の高い塗膜を形成させることができ、長期間安定した防錆・防蝕効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本明細書中において鉄鋼材とは、鉄や鋼で作られた構造材等の材料の他、鉄とそれ以外の金属の合金で作られた材料を意味する。
【0013】
本発明の高密着高耐蝕性鉄鋼材を製造するには、まず、適当な清浄化処理を行った鉄鋼材に導電性ポリマー粒子を含有するプライマー(以下、「防蝕プライマー」という)を塗布する。この防蝕プライマーは、主に導電性ポリマー粒子と、塗膜形成成分、溶剤等から構成されるものである。これには、必要により有機顔料を加えても良い。
【0014】
防蝕プライマー中の導電性ポリマー粒子の量は、0.1から45質量%(以下、「%」という)程度であり、1から20%であることがより好ましい。
【0015】
この導電性ポリマー粒子は、ポリ共役π電子系を有する有機ポリマーの粒子であり、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン等が挙げられる。このうち、ポリアニリンがより好ましい。このポリアニリンとしては、例えば、特許文献2(PCT/EP 88/00798の実施例2により合成される)や、特許文献3(VERSICON アライドシグナル社製)などで開示されているものを使用することができる。
【0016】
また、この導電性ポリマー粒子の粒径は特に制約されるものではないが、平均粒子径が10nm〜500nm程度のものが好ましい。
【0017】
なお、市販のポリアニリンプライマーとして、「CORRPASSIV」(日本オルメコン社製)が使用されているので、これを防蝕プライマーとして使用することもできる。
【0018】
上記した防蝕プライマーの塗布は、特に制限はなく、一般的な塗布方法、例えば、はけ塗り、吹きつけ塗装、浸漬塗装、静電スプレー塗装等で行うことができる。また塗布回数は、1回塗り、多層塗りのいずれであっても良いが、例えば、9ないし60μm程度の適度な厚さのプライマー層を均一に形成させるためには、多層塗りを行うことが好ましい。
【0019】
以上のようにして、防蝕プライマー層が形成された鉄鋼材は、次に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料(以下、「上塗塗料」という)が塗布される。
【0020】
この上塗塗料であるエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料は、その塗膜形成成分としては、従来公知のエポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂およびフッ素樹脂が挙げられる。これらの樹脂は、必要とされる塗膜の強度、厚さに応じ適宜選択使用される。
【0021】
この上塗塗料においては、硬化剤の選択が重要である。すなわち、使用される硬化剤としては、イソシアネート系化合物であることが必要である。このイソシアネート系化合物としては、ヘキサエチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、ジメチルビフェニレンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジイソシアネートジメチルベンゼン、ジイソシアネートジメチルシクロヘキサン等が挙げられる。なお、上記した上塗塗料の硬化剤としては、イソシアネート系化合物以外に、ポリアミドアミン、ポリアミン、ケチミン等が使用されるが、これらを使用した場合には、防蝕プライマー中にEB層が形成され、密着性や耐食性が低下することがある。
【0022】
本発明の上塗塗料中には、前記塗膜成分の他、各種の顔料を配合することができる。このうち、有色顔料として、各種の無機顔料、例えば、酸化鉄、カーボンブラック、酸化クロム、紺青、群青等や、有機顔料、例えば、タール系色素をレーキ化したもの等の配合が可能である。
【0023】
また、本発明の上塗塗料は、水系塗料であっても溶剤系塗料であっても良く、その溶剤成分としては、水や、炭化水素系溶剤、脂肪族系溶剤、芳香族系溶剤、アルコール系溶剤、エステル系溶剤、ケトン系溶剤、エーテル系溶剤、塩素系溶剤等の有機系溶剤が使用される。これらの溶剤成分は、塗膜形成成分等の他の配合成分に応じ、適宜選択使用することができる。
【0024】
更にまた、本発明の上塗塗料は、上記した成分の他、一般に塗料組成物において用いられる各種添加剤を適宜使用することができる。このような添加剤としては、例えば、可塑剤、顔料分散剤、乳化剤、増粘剤、飛散防止剤などが挙げられる。
【0025】
上記の上塗塗料の塗布は、通常の塗料の塗布方法により実施することができる。すなわち、はけ塗り、吹きつけ塗装、浸漬塗装、静電スプレー塗装、静電粉体塗装、電着塗装等の種々の塗装方法を用いて、前記防蝕プライマー層が形成された鉄鋼材上に塗布することが可能である。またその塗布も、1回塗り、多層塗りのいずれであっても良い。
【0026】
また、上記上塗塗料による塗布は、これを中塗り塗装とし、その上に更に仕上塗装を行っても、また、これを最終塗装としても良い。
【0027】
本発明方法により、安定した防錆・防蝕効果が得られる理由は、まだ明確でない部分もあるが、一応次のように考えられている。すなわち、塗料中に強アルカリ性の成分が含まれている場合、この塗料層と接するプライマー層中のポリアニリンは、EBに変化し、EB層が形成される。そしてこのEB層は、弾力のないものであるため、外力により簡単に破壊され、この結果腐食が進行する。これに対し、塗料中に強アルカリ性の成分を含まない場合は、EB層の形成を防ぎ、高い密着強度を得ることができるため、十分な耐蝕性を有するのである。
【実施例】
【0028】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0029】
参 考 例 1
プライマー組成物の製造:
以下に示した成分を、常法により混合し、プライマー組成物を製造した。
【0030】
( 組 成 )
成 分 質量%
1. 変成アルコール 55
2. ブチラール樹脂 10
3. ポリアニリン 8
4. ブラウン顔料 4
5. ブタノール 残部
【0031】
実 施 例 1
密着性試験:
(1)参考例1のプライマー組成物を、その平均厚さが約15μmとなるよう酸洗い鋼板(1.6×70×150mm)にバーコーターにより塗布した(下塗)。このプライマー層を常温で乾燥させた後、表1に示す各種の塗料を、エアスプレーを使用する吹き付け塗装によりその平均厚さが約30μmとなるよう塗布し(中塗)、更に室温で乾燥させ、試験試料を得た。
【0032】
(2)得られた各試料について、引張試験機(引張付着試験器ADO−90;(株)サンコウ電子研究所製)を用い下記の方法で引張試験を行った。すなわち、試験試料と引張試験用ジグの両方の表面を#240程度のサンドペーパーで荒らし、2液型のエポキシ樹脂接着剤で接着した。次いで、この接着部分をクランプで締め付けて固定し、少なくとも3日間以上硬化乾燥させた。引張試験用ジグの周辺の塗膜を専用工具で削り取り、付着抵抗する面積を試験試料と引張試験用ジグの接着面とした。更に、引張試験用治具を接着した試験試料を引張試験機にセットし、引張試験機上部のハンドルを一定速度となるように回して行き、塗膜が破断した時の引張強度の数値を引張試験機から読み取り、これを破壊強度とした。また、この破断部分について、どこで破断が生じたか観察を行った。この結果も表1に併せて示す。
【0033】
【表1】

【0034】
この結果から明らかなように、被膜型性樹脂がエポキシ系樹脂で、硬化剤がアミン系の塗料(番号1〜12、16)の塗膜の破断は、凝集破壊B(下塗塗膜内部破壊)もしくは界面破壊A/B(素地と下塗塗膜の層間破壊)が多い傾向であった。また、破断面の色調は青もしくは青に近い緑であり、破壊強度の数値の最高は1.6であった。この原因は下塗塗膜の全部または一部(上層部)がES体からEB体に変化したためと判断された。なお、これらのうち数種の塗膜の破断傾向は凝集破壊C(中塗塗膜内部破壊)であったが、その破壊強度の数字も最高が1.3であり、いずれも中塗塗膜の強度が弱かったためと考えられる。
【0035】
これに対し、エポキシ、ウレタン系、フッ素の各樹脂を塗膜成分とし、硬化剤がイソシアネート系化合物である塗料(番号17〜24)の塗膜の破断傾向は、凝集破壊C(中塗塗膜内部破壊)もしくは凝集破壊B(下塗塗膜内部破壊)であり、界面破壊はなかった。そして、凝集破壊B(下塗塗膜内部破壊)の破断面の色調は緑でES体の状態であり、破壊強度の数値も最低値で2.0であった。また、凝集破壊C(中塗塗膜内部破壊)のもの数値には2.0以下のものがあったがこれは中塗塗膜の強度に問題があったと思われ、下塗塗膜はES体の状態であると判断された。
【0036】
その他、酸化重合系各種塗料(番号13〜15、25〜27)の塗膜は、界面破壊B/Cもしくは凝集破壊Cであった。界面破壊B/Cのものは、破壊強度の数値自体が0.5〜1.2と低く、下塗塗膜との親和性に劣ると考えられた。また、凝集破壊Cのものも破壊強度の数値が0.7〜1.1と低く、中塗塗膜の強度が弱いものであった。
【0037】
このようなことから、ポリアニリン等の導電性ポリマーを含有する防蝕プライマーに組み合わせる中塗塗料としては、エポキシ系、ウレタン系、フッ素系樹脂である塗膜成分に、硬化剤としてイソシアネート系化合物を用いたものが良いことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上説明した本発明の高耐蝕性鉄鋼材の製造方法および鉄鋼材の防蝕方法によれば、鉄鋼材中に塗布した防蝕プライマー層中にエメラルジン塩基(EB)層ができにくいため、防蝕プライマー層が本来有する防蝕効果を十分に発揮することができる。
【0039】
従って、本発明方法は、高耐蝕性鉄鋼材の製造方法として、あるいは既に設置された鉄鋼材の防蝕方法として有用なものである。

以 上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布することを特徴とする高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法。
【請求項2】
プライマー塗布層の厚みが、9ないし60μmである請求項第1項記載の高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法。
【請求項3】
硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料の塗布層の厚みが、15ないし175μmである請求項第1項または第2項記載の高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法。
【請求項4】
プライマー中の導電性ポリマー粒子の含有量が、0.1ないし45質量%である請求項第1項ないし第3項の何れかの項記載の高密着高耐蝕性鉄鋼材の製造方法。
【請求項5】
被保護鉄鋼材上に、導電性ポリマー粒子を有効成分として含有するプライマーを塗布し、次いでその上に硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料を塗布することを特徴とする塗膜の密着性向上方法。
【請求項6】
プライマー塗布層の厚みが、9ないし60mである請求項第5項記載の塗膜の密着性向上方法。
【請求項7】
硬化剤としてイソシアネート系化合物を使用するエポキシ系、ウレタン系またはフッ素系樹脂塗料塗布層の厚みが、15ないし175μmである請求項第5項または第6項記載の塗膜の密着性向上方法。
【請求項8】
プライマー中の導電性ポリマー粒子の含有量が、0.1ないし45質量%である請求項第5項ないし第7項の何れかの項記載の塗膜の密着性向上方法。


【公開番号】特開2006−326459(P2006−326459A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−152419(P2005−152419)
【出願日】平成17年5月25日(2005.5.25)
【出願人】(390029698)テック大洋工業株式会社 (10)
【Fターム(参考)】