説明

高強度フィブリン成形体及び人工靭帯

【課題】生体親和性と優れた初期強度を有する人工靭帯に有用な成形体及びこれを用いた人工靭帯を提供する。
【解決手段】1.2〜4倍に濃縮された血漿成分、血小板及びカルシウムイオンを含有する懸濁液を0.5〜72時間静置して固化成形し、得られた成形体を洗浄することにより得られる高強度フィブリン成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い破断強度を有し、移植用人工靭帯として有用な高強度フィブリン成形体及びこれを用いた人工靭帯に関する。
【背景技術】
【0002】
生体成分であるフィブリノーゲンには組織の治癒過程を促進する作用が知られているが、フィブリノーゲン製剤によるC型肝炎ウイルスの感染、HIVウイルス国内感染者の増加や狂牛病などのプリオン病の問題が深刻になる情勢を踏まえ、厚労省は平成15年7月施行の改正薬事法ならびに「安全な血液の安定供給の確保等に関する法律」の中で献血由来(特定生物由来)の血液凝固因子の使用に際しては適応を厳密にするようにとの通達を出しており、自己血液由来のフィブリノーゲンを用いた自己フィブリン糊が注目されるようになっている。
【0003】
また、血小板は細胞内の顆粒の中に血小板由来増殖因子(PDGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、インスリン様成長因子(IGF)などの成長因子を高濃度に含んでおり、血小板を高濃度に含む血漿である多血小板血漿(PRP;platelet rich plasma)を凝固させたゲルは、歯科領域を中心に血管外科や整形外科など医療分野全般で自己血液由来の組織修復材として関心が高まっており、すでに臨床応用されている(非特許文献1,2,3,4,5,6)。血小板内の成長因子は通常すぐに放出されてしまうが、このゲルにはキャリアーとして血小板内の成長因子を徐放性に放出するドラッグ デリバリー システムの効果もあるとされている(非特許文献7)。
【0004】
しかしながら、フィブリノーゲンをトロンビンで活性化させることで得られるフィブリンゲルは、フィブリン糊として医療分野で幅広く用いられているにもかかわらず、その強度は非常に弱く、力学的な引っ張りに対しては容易に断裂するため、靭帯として使用できるような物性は持ち合わせていない。このため、PRPゲルにコラーゲンを添加することで靭帯修復のための仮足場(provisional scaffold)を作製しようとする試みもあるが、特定生物由来のコラーゲンを用いているにもかかわらず、その強度は十分ではない(非特許文献8)。
【0005】
ところで、人工靭帯に関しては、1980年代に汎用された歴史を持つが、磨耗粉による異物反応が生じやすい、経年的な劣化が著しいなどの理由により、ほとんど使用されていない(非特許文献9,10)。
【非特許文献1】Mazzucco L, et al. The use of autologous platelet gel to treat difficult-to-heal wounds: a pilot study. Transfusion 2004;44:1013-10181.
【非特許文献2】Senet P, et al. Randomized trial and local biological effect of autologous platelets used as adjuvant therapy for chronic venous leg ulcers. J Vasc Surg 2003;38:1342-1348.
【非特許文献3】Iba O, et al. Angiogenesis by implantation of peripheral blood mononuclear cells and platelets into ischemic limbs. Circulation 2002;106:2019-2025.
【非特許文献4】Anitua E, et al. Autologous platelets as a source of proteins for healing and tissue regeneration. Thromb Haemost 2004;91:4-15.
【非特許文献5】Marlovits S, et al. A new simplified technique for producing platelet-rich plasma: a short technical note. Eur Spine J 2004;1:S102-106.
【非特許文献6】Ishida K, et al. The regenerative effects of platelet-rich plasma on meniscal cells in vitro and its in vivo application with biodegradable gelatin hydrogel. Tissue Eng. 2007;13:1103-1112.
【非特許文献7】Yazawa M, et al. Basic studies on the clinical applications of platelet-rich plasma. Cell Transplant 2003; 12: 509-518.
【非特許文献8】Murray MM, et al. Enhanced histologic repair in a central wound in the anterior cruciate ligament with a collagen-platelet-rich plasma scaffold. J Orthop Res 2007;25:1007-1017
【非特許文献9】Claes LE, et al. Biological response to ligament wear particles. J Appl Biomater 1995;6:35-41.
【非特許文献10】Murray AW, et al.10-16 year results of Leeds-Keio anterior cruciate ligament reconstruction. Knee 2004;11:9-14.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、生活の質に対する人々の要求の高まりとともに靭帯再建を必要とする手術の件数は年々増加傾向にあり、その代表例である前十字靭帯再建手術の場合は、全世界で年間25万件以上、本邦では1万6千件程度行われている。
米国のように死体からの同種組織移植が一般的ではない日本やヨーロッパの場合、移植(再建)に用いる再建靭帯にあたっては、主として自己の健常組織(靭帯や腱)を犠牲にして移植用組織片(graft)として用いるのが一般的であるが、組織片として採取された靭帯や腱の機能的損失は深刻である。
このように、生体親和性と優れた初期強度を併せ持ち、生体活性の高い仮足場型人工靭帯の開発は非常に重要である。
従って、本発明の目的は、生体親和性と優れた初期強度を有する人工靭帯に有用な成形体及びこれを用いた人工靭帯を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、生体親和性の観点から自己フィブリンに着目して研究してきたところ、予め濃縮した血漿成分と血小板とカルシウムイオンを懸濁し、これを所定の形状に成形固化させた後、洗浄すれば、コラーゲンなどを添加しなくても、破断強度0.01MPa以上の極めて高強度のフィブリン成形体が得られることを見出した。さらにこのフィブリン成形体を足場型人工靭帯として移植したところ、優れた生着性を有し、正常の靭帯組織同様な靭帯が再生されることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、1.2〜4倍に濃縮された血漿成分、血小板及びカルシウムイオンを含有する懸濁液を0.5〜72時間静置して固化成形し、得られた成形体を洗浄することにより得られる高強度フィブリン成形体を提供するものである。
また、本発明は、上記高強度フィブリン成形体を含有する人工靭帯を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高強度フィブリン成形体は、破断強度0.01MPa以上の優れた初期強度を有し、かつ生体成分だけで構成されていることから生体親和性に優れ、足場人工靭帯として有用である。この人工靭帯は、膝、肘、肩、手関節、足関節、手指の関節等の靭帯や腱の再建手術用材料として有用である。また、本発明の高強度フィブリン成形体は、治療を受ける本人の血液由来の血漿及び血小板から細胞培養などの煩雑な手技を用いることなく簡単な操作で製造できるため、ウイルス感染や細菌感染、生体適合性の問題も解消される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の高強度フィブリン成形体は、1.2〜4倍に濃縮された血漿成分と血小板とカルシウムイオンを含有する懸濁液を0.5〜72時間静置して固化成形し、得られた成形体を洗浄することにより得られる。ここで、血漿成分と血小板とは、同一の血液から分離して調製するのが好ましい。すなわち、まず、血液を90〜4500×gで一段階もしくは二段階で遠心分離して、乏血小板血漿(PPP)と血小板の分画であるバフィーコート及び赤血球成分の3分画、あるいは多血小板血漿(PRP)及びその他の血球成分の2分画に分離し、PPP、血小板あるいはPRPを分取する。二段階で遠心分離する方法としては、バフィーコート法などが挙げられる。これらの操作は、生理的条件、例えば4〜40℃で行うのが好ましい。
【0011】
血漿成分は1.2〜4倍に濃縮するが、より好ましくは2〜3倍に濃縮する。濃縮倍率が1.2倍未満では、十分な強度を有するフィブリン成形体が得られない。また濃縮倍率が4倍を超えると、粘調度が極端に高くなり、好ましくない。濃縮手段としては、限外濾過、乾燥剤、凍結乾燥が挙げられるが、限外濾過、さらにポアサイズが分子量で10,000から300,000の限外濾過、特にタンジェンシャルフロー方式の限外濾過を採用するのが簡便かつ短時間に清潔操作で濃縮を行う点で好ましい。これらの濃縮操作は、生理的条件下、例えば4〜40℃、特に20〜24℃で行うのが好ましい。
【0012】
血小板濃度の調整は、PPPを濃縮後に、バフィーコートを加えることで行ってもよいが、血液から分離したPRPをそのまま限外濾過などで濃縮することでも血小板の濃縮は可能であり、PRPを90〜400×gで軽遠心することで血小板を沈殿させて濃度を調整して使用してもよい。懸濁液中の血小板含有量は、血小板内に含まれる各種成長因子を有効に利用することを考えれば高濃度のほうが有利であると推察されるが、血小板の過剰な添加がフィブリン成形体の強度を低下させることを考慮すれば、血漿から遠心分離法では分離しきれずに残存する程度の濃度、例えば正常血小板量の1/10濃度から、血漿の原料となった血液量の10倍相当分量、好ましくは5倍相当分程度までとするのが現実的である。血小板には個体差が大きいが、ヒト血液の場合、15×104〜40×104/μL程度が正常範囲とされている。従って、具体的な懸濁液中の血小板含有量は、1×104/μL〜400×104/μL程度が好ましい。
【0013】
カルシウムイオン源としては、塩化カルシウム、グルコン酸カルシウム、L−アスパラギン酸カルシウム、乳酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、グリセロリン酸カルシウム、炭酸カルシウム、クエン酸カルシウム、リンゴ酸カルシウム等の水溶性カルシウム塩を用いるのが好ましく、特に塩化カルシウムとグルコン酸カルシウムが好ましい。懸濁液中のカルシウムイオン濃度は、たとえば5%のクエン酸ナトリウム1容と血液9容を混合した血液を使用した血液から懸濁液を作成した場合には、懸濁液に添加した分量のカルシウムイオンの最終濃度が5〜35mM/L、さらに10〜30mM/L、特に15〜25mM/Lであるのが、フィブリン成形体の強度を向上させる点で好ましい。
【0014】
ここで懸濁液には、フィブリン成形体の強度を向上させたり、強度を調節する目的、あるいは線溶系による溶解を遅延させる目的で、コラーゲン、ゼラチン、トラネキサム酸、アプロチニン、大豆トリプシンインヒビター等を含有させることができる。
【0015】
懸濁液は0.5〜72時間静置することにより固化成形する。ここで、成形は懸濁液を、フィブリン成形体の形状に合わせた容器に充填して静置して固化すればよい。すなわち、円柱状のフィブリン成形体を得る場合には円筒状のチューブ中で固化させればよい。形状としては、薄膜状、角柱状、円柱状等が挙げられる。好ましい静置時間は、1〜48時間、さらに好ましくは3〜24時間である。静置条件は、酵素反応である血液凝固反応が起こりうる生理的条件、例えば25〜40℃が好ましい。
【0016】
本発明においては、静置により得られるフィブリン成形体の強度は十分ではないので、洗浄する。洗浄操作により強度が向上する。洗浄は、フィブリン成形体を洗浄液に浸漬するのが好ましい。ここで洗浄液には、0〜30mM/Lの無機塩含有水溶液を用いるのが好ましい。無機塩含有水溶液としては、0.1〜30mM/Lのカルシウムイオン含有水溶液が好ましい。特に10〜25mM/L塩化カルシウム水溶液が好ましい。
【0017】
また、洗浄工程において、成形体に0.5〜10kPaの荷重を負荷するのが、強度を向上させる点で特に好ましい。ここで荷重は、押圧でもよいし、引張り力でもよい。より好ましい荷重は、1〜8kPa、さらに好ましい荷重は1〜5kPaである。具体的には、成形体全体を長軸方向へのゴムやばねの力で牽引する、長軸方向に垂直な力で圧迫する、静水圧を印加する等することにより荷重を負荷するのが好ましい。荷重の負荷は、0.5〜72時間、さらに1〜48時間、特に6〜24時間継続するのが好ましい。
【0018】
より好ましい荷重負荷手段は、圧迫手段、例えば漬物容器等のように圧迫板で圧迫した状態とする手段である。この手段によれば、成形体全体に一定の荷重を、均一に負荷することができる。
【0019】
洗浄と荷重の負荷により強度が向上する理由は、明確ではないが、成形体中のアルブミン等の不純物が除去されるとともに、成形体構造中の水分が一定量除去され、またこれによって自己由来の凝固第13因子によるフィブリンの架橋が進行することによるものと考えられる。したがって、前記の方法で濃縮した血漿を凍結解凍することでフィブリノーゲンを高濃度に含む沈殿物であるクリオプレシピテートを得た後、アルブミンを高濃度に含むこの上清の一部を取り除くことで、懸濁液における相対的なアルブミンの含有量を減少させ、これを固化成形させることで、この洗浄の過程に要する時間を短縮できる。
【0020】
なお、洗浄及び荷重の負荷工程は、生理的条件である必要はなく、0〜40℃、より好ましくは4〜30℃、さらに好ましくは4〜25℃で行うことができる。
【0021】
上記の操作により、本発明の高強度フィブリン成形体が得られる。得られたフィブリン成形体は、白色の柔軟性を有する成形体である。その破断強度は0.01MPa以上であり、従来知られているフィブリン体の強度からは全く予想できない程度高強度である。好ましい破断強度は0.1MPa以上であり、さらに好ましい破断強度は0.5MPa以上である。
【0022】
このように本発明のフィブリン成形体は柔軟性と高強度を有することから、人工靭帯、人工硬膜、人工骨膜、創傷被覆材、組織欠損部の充填材料等として有用であり、特に足場型人工靭帯として有用である。通常のフィブリンゲルはもろく、縫合糸で固定することは不可能であるが、本発明成形体は縫合糸をかけても裂けない強度を有する。本発明のフィブリン成形体を靭帯や腱の移植用足場として使用する場合には、血漿及び血小板のいずれも患者由来のものを用いるのが好ましい。
【0023】
本発明のフィブリン成形体を用いて靭帯や腱の再建術を行うには、膝、肘等の再建が必要な部位にフィブリン成形体を移植すればよい。このとき、フィブリン成形体は、所望の形状、例えば細いヒモ状、生理的靭帯の形状を模した扁平な形状等に切断して用いることができる。
【実施例】
【0024】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0025】
実施例1
抗凝固剤として5%クエン酸ナトリウム水溶液100mLを添加したウシ血液900mLを3000×gで15分間遠心分離して、血漿成分及びバフィーコートの層を分画採取した。血漿成分はさらに3000×g、15分の遠心分離を行い血漿の層に混入した赤血球を取り除き、さらに分画分子量10000(ドイツHannoverにあるVivascience AG社のVivaflow 50を使用)で限外濾過して2倍に濃縮した。一方、バフィーコートは3000×gで15分の遠心分離を2回行いバフィーコートの層に混入した赤血球を取り除き、これに血漿を加えて10mLに調整した。濃縮血漿11.6mL、この量の血漿に対応する血小板量に相当するバフィーコート0.12mL、及び1M CaCl2 0.27mLをポリプロピレン(PP)製又はPET製チューブに加えて混合した(図1)。得られた懸濁液を37℃インキュベーター中に3時間静置した。3時間後懸濁液がゲル化しているのが確認された(図2)。得られた成形体をチューブから取り出し、10mM CaCl2水溶液に浸した(図3)。その状態で、漬物容器(東京都品川区新輝合成株式会社製ピクレK−10)で1晩(約15時間)、加圧開始時3.3KPa、加圧終了時1.3KPaの加圧をしたところ、高強度フィブリン成形体が得られた(図4)。成形体は幅14mm、長さ69〜73mm、厚さは1mmであった。
得られたフィブリン成形体の引張強度(破断強度)を測定した。試験方法は、島津社製機械式引張試験機EZ−TESTを用い、クロスヘッド速度10mm/minで評点間距離30mmで行った。その結果、最大荷重7〜17N、最大応力0.50〜1.22MPaであった。
【0026】
実施例2
(1)バフィーコートの添加量を変化させる以外は、実施例1と同様にしてフィブリン成形体を得た。バフィーコートの添加量は、実施例1の2分の1倍に相当する0.06mL、3倍に相当する0.36mL、5倍に相当する0.60mL、7倍に相当する0.84mL、10倍に相当する1.20mLとした。さらに、全くバフィーコートを添加しない場合についても行った。その結果、バフィーコートを加えない場合には、血漿より実施例1と同様に作成した懸濁液にカルシウムを添加してから凝固までに3時間以上を要し、72時間でも凝固しない場合があった。得られた成形体を実施例1と同様に加圧して得られた高強度フィブリン形成形体の強度は0.40〜0.80MPaであった。また、バフィーコート添加量の増加に伴い、カルシウム及びバフィーコート添加から固化までの時間は短縮したが、実施例1と同様にして最終的に得られた高強度フィブリン成形体の強度は、バフィーコートを5倍以上添加した場合には概ね0,50MPa以下まで低下した。すなわち、バフィーコート量(血小板量として)が、懸濁液に対応する血液量に相当する血小板量の5を超えると概ね強度が低下する傾向がみられた。
【0027】
(2)限外濾過による血漿成分の濃縮度を1倍から4倍に変化させる以外は、実施例1と同様にしてフィブリン成形体を得た。その結果、血漿成分の濃縮度は2〜3倍が、フィブリン成形体の強度の向上に良好であることが判明した。
【0028】
(3)1M CaCl2水溶液の添加量を変化させる以外は、実施例1と同様にしてフィブリン成形体を得た。懸濁液に加えたカルシウムイオンの最終濃度は、実施例1での添加量に相当する0.25mM、および0.10mM、0.20mM、0.30mM、0.45mMとした。0.10mMではゲル化しないサンプルがあった。0.45mMでは固化は起こらなかった。0.20mM及び0.30mMでは確実にゲル化がみられた。固化によって得られた成形体を実施例1の要領で加圧して得られた高強度フィブリン成形体については、破断強度は0.58〜1.14MPaとなった。
【0029】
(4)懸濁液の静置時間を変化させて、実施例1と同様にしてフィブリン成形体を得た。その結果、静置時間が3時間以下の場合には固化が不十分であることが多く、12時間以上の静置には特に強度を高める効果はみられなかった。
【0030】
(5)懸濁液中に高濃度に含まれるアルブミンを相対的に減らした上でカルシウムイオンを添加して固化させた方が、最終的に得られる高強度フィブリン成形体の強度が強くなると考えられたため、実施例1の方法で作成した懸濁液を凍結解凍し、これによって高濃度のフィブリノーゲンが含まれるクリオプレシピテートとその上清を得た。得られた上清を分子量300000のフィルター(米国Millipore社製Pellicon XL;濾過膜の種類はBiomax)で限外濾過した。この操作によって大部分のアルブミンは濾過されずに分離された。得られた濾液をクリオプレシピテートを混合し、これを懸濁液にして実施例1の方法で高強度フィブリン成形体を作成したところ、その破断強度は1.27〜1.55MPaとさらに改善された。加圧に要する時間も短縮した。
【0031】
実施例3
実施例1と同様にしてウサギの血液から得られたフィブリン成形体を用いて、ウサギの膝の靭帯再建術を行った。すなわち、日本白色家兎の両膝の内側側副靭帯を全切除し、そこに右膝のみウサギ同種血液より作製した本発明のフィブリン成形体を移植し、左膝は切除したままとした。
埋め込み(再建)手術から8週間後、フィブリン成形体を埋め込んだ右膝には内側側副靭帯様の修復組織ができていた(図5)が、靭帯を切除しただけの左膝には靭帯様の組織は存在しなかった。
上記靭帯様組織のHE染色(図6、左)では長軸方向への走行性を持った線維性組織の中に線維芽細胞と思われる紡錘形の核を持った細胞が多数存在し、シリウスレッド染色(図6、右)では長軸方向に規則正しく配列するコラーゲン線維が豊富に含まれていた。
また、フィブリン成形体と埋め込んだ骨孔の骨とフィブリン成形体の境界の脱灰標本では、靭帯と骨との境界は正常組織にみられる靭帯−骨移行部(direct insertion)と類似した像を呈していた(図7)。
【0032】
実施例4
日本白色家兎5羽の両膝膝蓋靭帯の中央部2分の1を切除し、右膝のみにウサギの同種血液から作製したフィブリン成形体を移植し、左膝は切除したままとした。
埋め込み手術から12週間後に両膝の膝蓋靭帯を取り出した。腱を切除した部分に見られた修復組織の中央部分の厚みはフィブリン成形体を移植した右膝が平均2.1mmで左膝の平均1.5mmよりも厚かった。島津社製機械式引張試験機EZ−TESTを用い、クロスヘッド速度10mm/minで取り出した膝蓋腱の破断強度試験を行った。フィブリン成形体を移植した右膝の膝蓋靭帯の方が破断強度は強かった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】懸濁液をチューブに添加した状態を示す図である。
【図2】静置後ゲル化した状態を示す図である。
【図3】取り出したフィブリン成形体を示す図である。
【図4】加圧後のフィブリン成形体を示す図である。
【図5】移植8週間後の状態を示す図である。
【図6】移植8週間後のHE染色組織(左)及びシリウスレッド染色(右)を示す図である。
【図7】移植3週間後のHE染色組織を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1.2〜4倍に濃縮された血漿成分、血小板及びカルシウムイオンを含有する懸濁液を0.5〜72時間静置して固化成形し、得られた成形体を洗浄することにより得られる高強度フィブリン成形体。
【請求項2】
前記懸濁液が、血小板を正常血小板量の1/10濃度から、血漿の原料となった血液量の10倍相当分量含有し、成形体作成の過程である固化の段階におけるカルシウムイオンの最終濃度が5〜35mM/Lである請求項1記載の高強度フィブリン成形体。
【請求項3】
静置を4〜40℃で行う請求項1又は2記載の高強度フィブリン成形体。
【請求項4】
静置による固化成形を、所定の容器中で固化させることにより行う請求項1〜3のいずれか1項記載の高強度フィブリン成形体。
【請求項5】
洗浄が、得られた成形体に0.5〜10kPaの荷重を負荷しつつ行われる請求項1〜4のいずれか1項記載の高強度フィブリン成形体。
【請求項6】
破断強度が0.01MPa以上である請求項1〜5のいずれか1項記載の高強度フィブリン成形体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の高強度フィブリン成形体を含有する人工靭帯。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−297212(P2009−297212A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−154207(P2008−154207)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】