説明

高強度電磁鋼板およびその製造方法

【課題】高速回転モータのロータ材料として好適な、安定して高強度を有し、かつ磁気特性にも優れた高強度電磁鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.005%以下、Si:3.5%超4.5%以下、Mn:0.01%以上0.10%以下、Al:0.005%以下、Ca:0.0010%以上0.0050%以下、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下を含有し、かつCa/S:0.80以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなり、板厚:0.40mm以下、未再結晶の加工組織:10%以上70%以下、引張強さ(TS):600MPa以上、鉄損W10/400:30W/kg以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板、特にタービン発電機や、電気自動車、ハイブリッド自動車の駆動モータ、工作機械用モータなど高速回転機のロータを典型例とする、大きな応力が付加される部品に用いて好適な、高強度で、かつ優れた磁気特性を有する高強度電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、モータの駆動システムの発達により、駆動電源の周波数制御が可能となり、可変速運転や商用周波数以上での高速回転を行うモータが増加している。このような高速回転を行うモータでは、ロータのような回転体に作用する遠心力は回転半径に比例し、回転速度の2乗に比例して大きくなるため、特に中・大型の高速モータのロータ材としては高強度材であることが必要となる。
【0003】
また、近年、ハイブリッド自動車の駆動モータやコンプレッサモータなどで採用が増加している埋め込み磁石型DCインバータ制御モータでは、ロータ外周部にスリットを設けて磁石を埋設している。このため、モータの高速回転時の遠心力により、狭いブリッジ部(ロータ外周とスリットの間部など)に応力が集中する。しかも、モータの加減速運転や振動により応力状態が変化するため、ロータに使用されるコア材料には高強度と共に、高い疲労強度が必要となる。
加えて、高速回転モータでは、高周波磁束により渦電流が発生し、モータ効率が低下すると共に、発熱が生じる。この発熱量が多くなると、ロータ内に埋め込まれた磁石が減磁されることから、高周波域での鉄損が低いことも求められる。
従って、ロータ用素材として、磁気特性に優れ、かつ高強度の電磁鋼板が要望されている。
【0004】
ここに、鋼板の強化手法としては、固溶強化、析出強化、結晶粒微細強化および複合組織強化などが知られているが、これらの強化手法の多くは磁気特性を劣化させるため、一般的には強度と磁気特性の両立は極めて困難とされる。
このような状況下にあって、高張力を有する電磁鋼板について幾つかの提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、Si含有量を3.5〜7.0%と高め、さらに固溶強化のためにTi,W,Mo,Mn,Ni,Co,Alなどの元素を添加して高強度化を図る方法が提案されている。
また、特許文献2には、上記強化法に加え、仕上げ焼鈍条件を工夫することにより結晶粒径を0.01〜5.0mmとして磁気特性を改善する方法が提案されている。
しかしながら、これらの方法を工場生産に適用した場合、熱延後の連続焼鈍工程や、その後の圧延工程などにおいて、板破断などのトラブルが生じやすく、歩留り低下やライン停止が余儀なくされるなどの問題があった。
この点、冷間圧延を、板温が数百℃の温間圧延とすれば、板破断は軽減されるものの、温間圧延のための設備対応が必要となるだけでなく、生産上の制約が大きくなるなど、工程管理上の問題も大きい。
【0006】
また、特許文献3には、Si含有量が2.0〜3.5%の鋼に、MnやNiで固溶強化を図る方法が、特許文献4には、Si含有量が2.0〜4.0%の鋼に対してMnやNiの添加で固溶強化し、さらにNb,Zr,Ti,Vなどの炭窒化物を利用して、高強度と磁気特性の両立を図る技術が、特許文献5には、Si含有量が2.0%以上4.0%未満の鋼において、Nb,Zr,TiおよびVなどの炭窒化物による析出効果および細粒化効果を利用して、高強度と磁気特性の両立を図る技術がそれぞれ提案されている。
しかしながら、これらの手法では、Niなどの高価な元素を多量に添加することや、ヘゲなどの欠陥増加による歩留りの低下で高コストになるという問題があった。また、これらの開示技術では、炭窒化物による析出効果を利用するため、磁気特性の劣化が大きいという問題もあった。
【0007】
一方、特許文献6には、Si:4.0〜7.0%の組成において、冷間圧延後の鋼板を、Si含有量との関係で規定した特定の温度によって熱処理することにより、結晶組織の再結晶率を95%以下とし、残部を実質的に圧延組織として、鋼板強度の強化を図る技術が開示されている。
上記の技術によれば、例えば、700℃で熱処理する場合は、約5.9%以上のSiの添加が必要となるものの、80kgf/mm2以上の高抗張力で、所期した伸びを有し、さらに優れた磁気特性を兼ね備えた実用的な軟磁性材料が得られるとされている。
【0008】
また、特許文献7には、Si:0.2〜4.0%を含有し、フェライト相を主相とする電磁鋼板において、Ti、NbおよびNi等を添加して、鋼材内部に直径:0.050μm以下の金属間化合物を生成することで、鋼板強度の強化を図る方法が開示されている。この方法では、60kgf/mm2以上の抗張力と耐磨耗性を有し、磁束密度や鉄損に優れた無方向性電磁鋼板が、冷間圧延性などを損なうことなく製造できるとされている。
【0009】
さらに、特許文献8,9および10には、鋼板に未再結晶組織を残留させた高強度電磁鋼板が提案されている。これらの方法によれば、熱間圧延後の製造性を維持しつつ、比較的容易に高い強度が得られる。
【0010】
しかしながら、これらの材料についてはいずれも、圧延直角方向での鋼板強度のばらつきが大きくなりやすいという問題点があった。
そこで、さらに特許文献11には、Si:3.5%超5.0%以下、Al:0.5%以下、P:0.20%以下、S:0.002%以上0.005%以下およびN:0.010%以下を含み、かつMnをS含有量(質量%)との関係で、
(5.94×10-5 )/(S%)≦ Mn %≦(4.47×10-4)/(S%)
の関係を満足する範囲に、組成を調整したスラブを用いる高強度無方向性電磁鋼板の製造方法が提案されている。
【0011】
しかしながら、やはり上述した技術でも、鋼板強度のばらつきが、実使用上の所望値になったとはいえず、依然として、低鉄損でかつ高強度でありながらも、強度のばらつきが小さい電磁鋼板が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭60−238421号公報
【特許文献2】特開昭62−112723号公報
【特許文献3】特開平2−22442号公報
【特許文献4】特開平2−8346号公報
【特許文献5】特開平6−330255号公報
【特許文献6】特開平4−337050号公報
【特許文献7】特開2005−264315号公報
【特許文献8】特開2005−113185号公報
【特許文献9】特開2006−169611号公報
【特許文献10】特開2007−186790号公報
【特許文献11】特開2010−90474号公報
【特許文献12】特開2001−271147号公報
【特許文献13】特開平11−293426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたもので、高速回転モータのロータ材料として好適な、安定して高強度を有し、かつ磁気特性にも優れた電磁鋼板およびその有利な製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
さて、発明者らは、上記の課題を解決するために、未再結晶回復組織を活用した高強度電磁鋼板の機械強度について綿密な検討を行い、機械強度のばらつきが発生する原因の究明に努めた。
その結果、鋼板中の未再結晶回復組織や介在物の存在形態が、機械強度のばらつきに大きな影響を及ぼしていることを見出すとともに、良好な製造性の下で、低鉄損と安定した高強度とを両立させた電磁鋼板を得るための、鋼組成と鋼組織の制御条件を共に明らかにして、本発明を完成させるに至った。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0015】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、C:0.005%以下、Si:3.5%超4.5%以下、Mn:0.01%以上0.10%以下、Al:0.005%以下、Ca:0.0010%以上0.0050%以下、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下を含有し、かつCa/S:0.80以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなり、板厚:0.40mm以下、未再結晶の加工組織:10%以上70%以下、引張強さ(TS):600MPa以上、鉄損W10/400:30W/kg以下であることを特徴とする電磁鋼板。
【0016】
2.前記高強度電磁鋼板が、質量%でさらに、Sb:0.005%以上0.2%以下、Sn:0.005%以上0.2%以下、P:0.01%以上0.2%以下、Mo:0.005%以上0.10%以下、B:0.0002%以上0.002%以下、Cr:0.05%以上0.5%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記1に記載の電磁鋼板。
【0017】
3.前記1または2に記載の成分組成からなるスラブを、スラブ加熱後、熱間圧延したのち巻取り、ついで熱延板焼鈍し、酸洗後、冷間または温間圧延を施して板厚:0.40mm以下としたのち、仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる無方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記スラブ加熱時の温度を1050℃以上1150℃以下、上記熱間圧延の仕上げ熱延終了後の温度を800℃以上900℃以下、上記巻取り温度を500℃以上650℃以下、上記熱延板焼鈍の温度を900℃以上1000℃以下とし、さらに、上記仕上げ焼鈍を、水素:10vol%以上、露点:−20℃以下の雰囲気中、650℃超800℃未満の温度範囲で施すことを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高強度かつ低鉄損な電磁鋼板を、良好な製造性の下に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】Al、Mnの添加量と引張強度のばらつきとの関係を示すグラフである。
【図2】引張強度のばらつきに対する熱延条件の影響を示すグラフである。
【図3】鉄損に対する仕上げ焼鈍条件の影響を示すグラフである。
【図4】Al、Mnの添加量と鉄損との関係を示すグラフである。
【図5】Al、Mnの添加量と引張強度のばらつきとの関係を示すグラフである。
【図6】鉄損と引張強度のばらつきに及ぼすスラブ加熱温度と熱延板焼鈍温度の影響を示すグラフである。
【図7】引張強度と鉄損に及ぼす製品板の板厚と仕上げ焼鈍温度の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を具体的に説明する。なお、以下に示す鋼板成分を表す%表示は、とくに断らない限り質量%を意味する。
前述したように、高強度無方向性電磁鋼板を得る手段として、Nb, Zr, Ti, Vなどの炭窒化物の利用を考えた場合、炭窒化物等の析出物は、鋼板が磁化される際の磁壁移動を妨げるので、低鉄損の実現には本質的に不利と考えられる。
【0021】
そこで、発明者らは、炭窒化物等の析出物を利用せずに、鋼板を高強度化させる手段として、未再結晶回復組織の利用に着目した。しかしながら、従来方法で未再結晶組織を利用する場合には、鋼板中での未再結晶組織の存在形態のばらつきが、機械強度のばらつきに大きく影響してしまう傾向にあった。これは、仕上げ焼鈍時、鋼組織では、再結晶進行中の途中段階で焼鈍が終了してしまうので、鋼板の初期粒径や、析出物の量および形態、さらには冷間圧延時の転位導入の程度など、それぞれの条件のわずかな違いが、再結晶の進行程度に大きく影響を及ぼすためと考えられる。
【0022】
従って、上記した諸条件を、ミクロ的に見てもばらつきなく、できるだけ均一にできれば、得られた未再結晶組織の形態も安定すると考えられる。そこで、まず素材成分について検討した。
【0023】
通常の無方向性電磁鋼板では、鉄損低減のために、Siに加えてAl,Mn等の元素を添加することが多い。特にAlは、Si同様、固有抵抗増大効果が大きいため、積極的に添加されている。また、Mnも固有抵抗を高める効果があり、かつ、熱間脆性の改善に有効なため、通常0.15〜0.20%程度は添加されている。
しかしながら、発明者らは、本発明で目的とする高強度を得るためには、Siの方が有利であると考え、まず初めに、Siを主に用い、Alを補助的に用いる成分系を検討した。
【0024】
表1に示す成分組成からなる鋼スラブを、1100℃で加熱した後、2.0mm厚まで熱延した熱延板に950℃の温度で熱延板焼鈍を施した。ついで、酸洗後、板厚:0.35mmに冷間圧延したのち、750℃の温度で仕上げ焼鈍を行った。
かくして得られた鋼板から、磁気特性は圧延方向(L)および圧延直角方向(C)にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性(L+Cの平均)で評価した。また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各10枚ずつ採取して引張試験を行った。
得られた結果を表2に示す。なお、引張強度のばらつき(以下、強度のばらつき、または単に、ばらつきともいう)は、標準偏差σで評価し、表2中では2σで示した。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
表2より、上記したいずれの条件でも、鋼板の引張強さの平均値は650MPa以上であって、通常の電磁鋼板と比較して、高い強度を示した。しかしながら、そのばらつきは小さいとはいえなかった。但し、Alが0.01%と少ない素材では、若干ながらも、引張強度のばらつきが小さい鋼板が認められた。また、鉄損もその鋼板が最も小さかった。
ここに、本発明においては、2σが15MPa以内であれば、引張強度のばらつきは小さいという。というのは、従来の発明(特許文献11)では、2σが25MPa以内の場合にばらつきが小さいとしており、その値の60%となる15MPa以内であれば、従来に比べて、ばらつきは十分に小さいといえるからである。
【0028】
次に、発明者らは、未再結晶組織を利用する場合、すなわち、仕上げ焼鈍時において、再結晶進行中の途中段階で焼鈍を終了させる方法において、Si以外の成分はできるだけ少ない方が、得られた組織のばらつきが小さくなり、併せて引張強度のばらつきも小さくなるのではないかと推定した。
そこで、Si:3.7%で、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下とし、Al量を0.0001〜0.01%、Mn量を0.01〜0.2%の範囲で変化させた成分の鋼スラブを用意した。
【0029】
鋼スラブを、1100℃で加熱した後、2.0mm厚まで熱延した熱延板に、950℃の温度で熱延板焼鈍を施した。ついで、酸洗後、板厚:0.35mmに冷間圧延したのち、750℃の温度で仕上げ焼鈍を行った。
得られた鋼板から、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を、各素材につき10枚ずつ採取して引張試験を行った。そのばらつきを標準偏差σで評価し、2σの数値を図1にプロットする。
【0030】
図1から、Al量が0.005%以下、Mn量が0.15%以下の場合に、引張強度のばらつきが小さい傾向にあることがわかる。しかしながら、上記範囲であっても、なおばらつきが大きいものもあり、Al, Mn量を上記の範囲にするのみでは、引張強度のばらつきを小さくすることはできないことが分かった。
【0031】
そこで、発明者らは、Al量が0.005%以下、Mn量が0.15%以下の条件で、引張強度のばらつきが大きかったものと小さかったものの試験片を詳細に調査・検討した。その結果、Mn量が0.10%以下で、かつSが10質量ppm以上30質量ppm以下の成分素材の場合に、Sが部分的に偏析・濃化しているものがみられ、そのような試料では、特に、強度の低下が大きいことを見出した。
【0032】
発明者らは、その原因として、通常のMn, S量の場合では、鋳込み後に析出していたMnSが、1100℃のスラブ加熱中に固溶して、熱延中に再析出する現象が起こるものの、上記したようにMn量が少ないと、液相のFeSが析出しやすくなり、それに伴ってSが部分的に濃化・偏析することで、その部分が割れやすくなり、結果的に強度がばらつくと考えた。
【0033】
また、Al量が少なくなるにつれて、仕上げ焼鈍後の試料表面に生じる酸化物量が多くなる傾向も見られた。これは、Alが多く含有された場合は、Al酸化物が生成するためにそのバリア効果でSi酸化物の生成が抑えられるが、Alが少ない場合は、その効果が少ないので、Siの酸化が進行しやすくなり、その結果、試料表面に生じる酸化物量が多くなるためと考えた。
ここに、表層酸化物の生成は、鉄損の劣化原因になるために、その抑制が必要となる。
【0034】
そこで、発明者らは、鋳込み後に析出しているMnS量を少なくすべく、Caを少量添加し、MnSを硫化カルシウム(CaS)の形態にすることで、上記の現象の発生を抑制でき、強度のばらつきが小さくなるのではないか、と考えた。また、同時に、介在物の形成には、熱延条件の影響および仕上げ焼鈍条件の影響があると考えて、以下の実験を行った。
【0035】
表3に示す成分組成からなる鋼スラブを用意し、1100℃で加熱した後、仕上げ熱延終了後の温度と熱延終了後の巻取り温度を変化させて2.0mm厚まで熱延した。次に950℃の温度で熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.35mmに冷間圧延した。その後、水素濃度と露点を変化させて、750℃の温度で仕上げ焼鈍を行った。
【0036】
【表3】

【0037】
得られた鋼板から、圧延方向および圧延直角方向にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性で評価した。また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各10枚ずつ採取して引張試験を行った。いずれの条件も引張強さは平均値で650MPa以上、と通常の電磁鋼板と比較して高い強度を示した。
【0038】
図2に、引張強度のばらつきに対する熱延条件の影響を示す。仕上げ熱延終了後の温度を800℃以上900℃以下、熱延終了後の巻取り温度を500℃以上650℃以下とした条件で、ばらつきが15MPa以下と非常に小さくなっていることがわかる。
また、図3に、鉄損に示す仕上げ焼鈍条件の影響を示す。水素濃度:10vol%以上で、かつ露点:-20℃以下の条件で、低鉄損(W10/400)が30W/kg以下となっていることがわかる。
なお、上記の良好な鉄損と小さい強度のばらつきが得られた試料で、未再結晶の加工組織の比率を調べたところ、30〜45%であった。
【0039】
本発明において、鋼組織における未再結晶の加工組織の比率を制御することが重要である。ここに、加工組織の比率は、鋼板の圧延方向断面(ND−RD断面)を切り出し、その断面を研磨・エッチングして、光学顕微鏡で観察し、未再結晶組織の面積率を測定する方法で求めた。
【0040】
次に、発明者らは、Al, Mn量の影響をさらに詳細に調べる実験を行った。
Si:4.0%で、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下とし、Al量が0.0001〜0.01%、Mn量が0.01〜0.20%、Ca量が0.0010%以上0.0050%以下の範囲で変化させた成分の鋼スラブを用意した。
【0041】
鋼スラブを1120℃で加熱した後、仕上げ熱延終了後の温度が800℃以上900℃以下、熱延終了後の巻取り温度が500℃以上650℃以下になるように1.8mm厚まで熱延した。次に、975℃の温度で熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.35mmに冷間圧延した。その後、水素濃度:10vol%以上かつ露点:-20℃以下の条件で、730℃の温度による仕上げ焼鈍を行った。
【0042】
かくして得られた鋼板から、圧延方向および圧延直角方向にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性で評価した。
鉄損測定結果を図4に示すが、Al量が0.005%以下、Mn量が0.10%以下の場合に、低鉄損(W10/400が30W/kg以下)となっていることが分かる。
また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各素材につき10枚ずつ採取して引張試験を行った。そのばらつきを標準偏差σで評価し、2σの結果を図5に示す。なお、図示しないが、いずれの条件も引張強さは平均値が700MPa以上と、通常の電磁鋼板と比較して非常に高い強度を示していた。
【0043】
図5から、Al量が0.005%以下、Mn量が0.10%以下の場合に、ばらつきが小さい例が多いことが分かる。しかしながら、依然、上記範囲であっても、ばらつきの大きいものがあった。それらの例を詳細に調べると、S量に比べてCa量が少ない、すなわち、Ca/Sが0.80未満の条件が該当することが分かった。
また、上記の良好な鉄損と高強度で小さいばらつきが得られた試料での未再結晶の加工組織の比率は、45〜60%であった。
【0044】
以上から、C:0.005%以下、Si:3.5%超4.5%以下、Mn:0.01%以上0.10%以下、Al:0.005%以下、Ca:0.0010%以上0.0050%以下、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下を含有し、かつCa/Sが0.80以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなる素材を用いることで、低鉄損でかつ強度のばらつきが少ない高強度電磁鋼板が得られることが明らかになった。
その際、仕上げ熱延終了後の温度は800℃以上900℃以下、熱延終了後の巻取り温度は500℃以上650℃以下、仕上げ焼鈍時の水素濃度は10vol%以上、露点は−20℃以下の雰囲気とすることが必要であった。
【0045】
なお、Ca添加については、特許文献12に、C:0.005 %以下、(Si+Al)≧1.0 %でかつAl≧0.2 %またはAl≦0.01%、Mn:0.1 〜1.5%、P:0.1%以下を含み、さらにS:0.004 %以下、(Sb+Sn+Cu):0.005〜0.1%を含有する組成で、Caを10〜100ppm添加することにより、介在物や析出物が多くても、鉄損を低減することができる技術が開示されている。
ここに、特許文献12の発明は、仕上げ焼鈍時の粒成長を抑制するMn系硫化物の量を減らして、CaSの形態にすることで、製品板の粒径を大きくして鉄損を改善するものであり、本発明のMn量が少ない場合に、液相のFeSの析出を防止してSの偏析・濃化を抑制し、強度のばらつきを小さくするものとは、その目的・効果が異なっている。また、特許文献12中で、Mn量の最も少ない例は0.15%であり、本発明のMn量の適正範囲である0.01%以上0.1%以下と重複する範囲はない。
【0046】
また、特許文献13では、C:0.005%以下、Si:4.0%以下、Mn:0.05〜1.5%、P:0.2%以下、N:0.005%以下(0を含む)、Al:0.1〜1.0%、S:0.0009%以下(0を含む)を含有する組成で、Caを0.0005〜0.005%を添加することで、疲労特性に優れた無方向性電磁鋼板を製造する技術が開示されているが、特許文献13の発明は、S:9質量ppm以下の材料で、Ca添加により分散した球状のCa-Al酸化物を生成させることによって、疲労強度を向上させることにある。従って、Alを0.1〜1.0%の範囲で含有することが重要であると考えられ、本発明のCa添加とその目的・効果が異なる。また特許文献13中で、Mn量の最も少ない例は0.17%であり、本発明のMn量の適正範囲である0.01%以上0.1%以下と重複する範囲はない。
【0047】
さらに、発明者らは、他の製造条件の影響を調べるために以下の実験を行った。
表4に示す成分組成からなる鋼スラブを用意し、スラブ加熱温度を変化させて加熱した後、仕上げ熱延終了後の温度が870℃〜890℃、熱延終了後の巻取り温度が620℃〜640℃になるように1.6mm厚まで熱延した。次に焼鈍温度を変化させて熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.25mmに冷間圧延した。その後、水素濃度:20vol%かつ露点:-40℃の条件で、720℃の温度で仕上げ焼鈍を行った。
【0048】
【表4】

【0049】
得られた鋼板から、圧延方向および圧延直角方向にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性で評価した。また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各10枚ずつ採取して引張試験を行った。いずれの条件も引張強さは平均値で600MPa以上、と通常の電磁鋼板と比較して非常に高い強度を示した。
【0050】
図6に、鉄損と引張強度のばらつきに及ぼすスラブ加熱温度と熱延板焼鈍温度の影響を示す。スラブ加熱温度が1050℃以上1150℃以下、熱延板焼鈍が900℃以上1000℃以下とした場合に、低鉄損(W10/400が30W/kg以下)が得られ、かつ強度のばらつきが低い(15MPa以下)ことが分かる。
上記した範囲のスラブ加熱温度で、良好な特性が得られる理由については、鋳込み時にCaSとしてではなく、MnSとして析出していたものが、一旦、固溶した後、CaSとして析出するからと考えられる。なお、スラブ加熱温度が低いとMnSを再固溶できず、一方、加熱温度が高いと鋳造時にすでにCaSとして析出していたものまで固溶してしまうため、逆効果になる。
【0051】
また、上記した範囲の熱延板焼鈍温度で、良好な特性が得られる理由については、適度な大きさの熱延板粒径にすることで、冷間圧延時に鋼板内に導入される歪みがミクロ的に適度な分布になるので、仕上げ焼鈍時に再結晶部と未再結晶の加工組織とが適度に分散した組織になるためと考えられる。
なお、上記の良好な鉄損と小さい強度ばらつきが得られた試料での未再結晶の加工組織の比率は55〜70%であった。
以上から、本発明の電磁鋼板を得るには、スラブ加熱温度を1050℃以上1150℃以下、熱延板焼鈍を900℃以上1000℃以下にする必要があることが分かった。
【0052】
続いて、発明者らは、製品板の板厚と仕上げ焼鈍時の焼鈍温度の影響を調べるための実験を行った。
表5に示す成分組成からなる鋼スラブを用意し、鋼スラブを1070℃で加熱した後、仕上げ熱延終了後の温度が830〜850℃、熱延終了後の巻取り温度が580〜600℃になるように1.6mm厚まで熱延した。次に900℃の温度で熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.18〜0.50mmに冷間圧延した。その後、水素濃度:30vol%、露点:-30℃の条件で、600〜850℃の温度範囲による仕上げ焼鈍を行った。
【0053】
【表5】

【0054】
得られた鋼板から、圧延方向および圧延直角方向にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性で評価した。また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各10枚ずつ採取して引張試験を行った。
【0055】
図7に、引張強度と鉄損に及ぼす製品板・板厚と仕上げ焼鈍時・焼鈍温度の影響を示す。焼鈍温度が800℃以上では強度が600MPaに達しないことがわかる。この時、未再結晶の加工組織の比率は10%未満であった。また、焼鈍温度が650℃以下では、鉄損(W10/400)が30W/kg超となった。この時、未再結晶の加工組織の比率は70%超であった。更に、板厚が0.40mmを超えると、強度600MPa以上かつ鉄損(W10/400)が30W/kg以下の特性を得ることはできなかった。
従って、本発明では、板厚を0.40mm以下、仕上げ焼鈍時の焼鈍温度を650℃超800℃未満に限定した。
【0056】
次に、本発明において、鋼成分を前記の組成範囲に限定した理由について説明する。
C:0.005%以下
Cは、炭化物の析出により強度を高める効果を有するが、本発明における鋼板の高強度化は、主としてSiなどの置換型元素の固溶強化と未再結晶回復組織の利用によって達成するため、必ずしも必須ではない。むしろ、磁気特性を劣化させ、また高Si鋼の加工性を低下させる影響が大きいので、Cは0.005%以下に限定する。好ましくは0.0035%以下である。
【0057】
Si:3.5%超 4.5%以下
Siは、鋼の脱酸剤として一般的に用いられる他、電気抵抗を高めて鉄損を低減する効果が有り、無方向性電磁鋼板を構成する主要元素である。また、無方向性電磁鋼板に添加されるMn,Al,Niなど他の固溶強化元素と比較して高い固溶強化能を有するため、高抗張力化、高疲労強度化、低鉄損化を最もバランス良く達成することができる元素である。従って、本発明における固溶強化の主体となる元素として、3.5%を超えて積極的に添加する。しかしながら、Si量が4.5%を超えると抗張力は増加するものの疲労強度は急激に低下し、また冷間圧延中に亀裂を生じるほど製造性が低下するため、その上限を4.5%とした。
【0058】
Mn:0.01%以上0.10%以下
Mnは、Siと同様に、電気抵抗を高めて鉄損を低減する効果があるだけでなく、鋼を固溶強化する作用も有し、また熱間脆性を改善する上でも有効な元素であるため、通常、無方向性電磁鋼板においては、0.2%以上程度添加されている。しかしながら、本発明で目的とする、低鉄損でかつ強度のばらつきが少ない高強度電磁鋼板を得るためには、Mn量を0.01%以上0.10%以下と少なくすることが必須であり、本発明において重要な点である。
【0059】
Al:0.005%以下
Alは、Siと同様、鋼の脱酸剤として一般的に用いられており、電気抵抗を増加して鉄損を低減する効果が大きいため、無方向性電磁鋼板の主要構成元素の一つである。しかしながら、本発明で目的とする低鉄損でかつ強度のばらつきが少ない高強度電磁鋼板を得るためには、窒化物量を極めて少なくする必要があることから、Al量を0.005%以下にすることが必須であり、本発明の重要な点である。
【0060】
Ca:0.0010%以上0.0050%以下
本発明において、CaはMn量を少なくして良好な特性を得るために必須の元素であるが、0.0010%未満ではその効果は充分ではない。一方、0.0050%を超えると、その効果は飽和して単にコスト増となることから、上記範囲に限定した。
【0061】
S:0.0030%以下
Sは、含有量が0.0030%を超えると、粗大なMnSやCaSの析出が増加し、疲労強度の低下や引張強度のばらつきの増加要因となったり、好適な鋼板組織に制御したりすることが難しくなる。従って、その上限を0.0030%とする。
【0062】
N:0.0030%以下
Nは、前述したCと同様、磁気特性を劣化させるので0.0030%以下に制限する。
【0063】
Ca/S:0.80以上
Ca/Sが0.80に満たない場合、Sを固定するためのCa量が不足する。特に本発明のようにMn量が0.01%以上0.10%と少ない場合、スラブ加熱時などに液相のFeSが析出して、Sが偏析・濃化しやすくなり、それが、強度のばらつきの原因になるため、上記範囲に制限することが必要である。
【0064】
以上、本発明の無方向性電磁鋼板にかかる基本成分について説明したが、本発明では、その他、磁気特性向上や高強度化のために、従来より利用されている元素を必要に応じて添加することも可能である。その添加量は添加コストや製造性を低下させない範囲で調整することが好ましいが、具体的には以下のとおりである。
【0065】
Sb,Sn:0.005%以上 0.2%以下
Sb,Snはいずれも、無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性を高める効果を有するが、その効果を得るには、Sb,Snを単独添加または複合添加、いずれの場合においてもそれぞれ0.005%以上添加する必要がある。一方、過剰に添加すると鋼が脆化し、鋼板製造中の板破断やヘゲの発生が増加するため、Sb,Snは単独添加または複合添加いずれの場合もそれぞれ0.2%以下とする。
【0066】
P:0.01%以上0.2%以下
Pは、比較的少量の添加でも大幅な固溶強化能が得られるため、高強度化に極めて有効である。しかしながら、過剰な添加は、Pの偏析による脆化によって、鋼板の粒界割れや圧延性の低下をもたらすので、P量は0.2%以下に制限する。なお、固溶強化能の明確な効果を発現させるには0.01%以上の添加が必要なため、上記範囲とする。
【0067】
Mo:0.005%以上0.10%以下
Moは、耐酸化性を向上させることにより表面性状を改善する効果がある。しかしながら、含有量が0.005%未満では充分な効果が得られず、一方、0.10%を超えて添加してもその効果は飽和し、コスト高ともなるので、上限は0.10%とする。
【0068】
B:0.0002%以上0.002%以下
Bは、粒界偏析することにより粒界強度を向上させる元素であり、特にPの粒界偏析による脆化を抑制する効果が顕著である。その効果を得るには、0.0002%以上の添加が必要であり、また0.002%を超えて添加してもその効果は飽和するので、上記範囲とする。
【0069】
Cr:0.05%以上0.5%以下
Crは、本発明におけるSiを主体成分とする鋼板に対し、表面性状改善に有効であり、0.05%以上の添加でその効果が明確になるが、0.5%を超えるとその効果は飽和するので、添加する場合は上記範囲とする。
【0070】
上記したような、必須成分および抑制成分にすることで、結晶粒の成長性に影響する析出物状態の変動を小さくして、製品の機械特性のばらつきを小さくすることができる。
なお、本発明では、上述しないその他の元素は、Feおよび不可避的不純物であるが、不可避的不純物は、製品の機械特性のばらつきを大きくしてしまうため、製造上問題のないレベルまで低減することが望ましい。
【0071】
次に、本発明における鋼板組織形態の限定理由について述べる。
本発明の高強度電磁鋼板は、再結晶粒と未再結晶粒の混合組織で構成されるが、この組織を適正に制御することが重要である。
まず、未再結晶粒の加工組織の面積率を、鋼板圧延方向断面(板幅方向に垂直な断面)組織において10%以上70%以下の範囲に制御する必要がある。未再結晶面積率が10%未満では、従来の無方向性電磁鋼板と比較して十分に優位な強度が得られなくなる。一方、未再結晶率が70%を超えると、強度は十分に高いものの、低鉄損が得られなくなる。より好ましい未再結晶率は15〜65%である。
【0072】
次に、本発明の電磁鋼板を得るための好適な製造方法における、諸条件の限定理由について述べる。
本発明における高強度電磁鋼板の製造工程は、一般の無方向性電磁鋼板に適用されている工程および設備を用いて実施することができる。なお、本発明において、電磁鋼板とは無方向性電磁鋼板を意味する。
上記工程としては、例えば、転炉あるいは電気炉などで所定の成分組成に溶製された鋼を、脱ガス設備で二次精錬し、連続鋳造または造塊後の分塊圧延により鋼スラブとしたのち、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延または温間圧延、仕上げ焼鈍および絶縁被膜塗布焼き付けといった工程が挙げられる。また、直接鋳造法を用いて、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接製造してもよい。
ここで、所望の鋼組織を得るためには、鋼板の製造条件を以下に述べるように制御することが重要である。
【0073】
まず、熱間圧延に際して、スラブ加熱温度を1050℃以上1150℃以下とし、鋳込時に、CaSとしてではなくMnSとして析出していた硫化物を、適切な固溶状態とすることが必要である。すなわち、スラブ加熱温度が1050℃未満の場合、MnSを固溶させることができず、一方1150℃を超えると、鋳込時にCaSとして析出していたものまで再固溶してしまうので、上記範囲に限定する必要がある。
【0074】
続いて、熱間圧延は、仕上げ熱延終了後の温度が800℃以上900℃以下、熱延終了後の巻取り温度が500℃以上650℃以下になるように行うことが必要である。この条件にすることにより、スラブ加熱時に固溶したMnSが、FeSの液相になることなく、CaSの形態に変化するからである。
ついで、熱延板焼鈍を行うが、その際、熱延板焼鈍温度を900℃以上1000℃以下にすることが必要である。熱延板焼鈍を、この範囲の温度にすることで、熱延板の粒径が適度な大きさになり、冷間圧延時に鋼板内に導入される歪みがミクロ的に適度な分布になるので、仕上げ焼鈍時に再結晶部と未再結晶の加工組織とが適度に分散した組織になると考えられる。
【0075】
次に、冷間または温間圧延を施して最終板厚にするが、このとき圧下率は75%超とするのが望ましい。75%以下では、引き続く仕上げ焼鈍の際に必要となる再結晶核の量が不足するため、未再結晶組織の分散状態を適正に制御しにくくなるからである。また、最終板厚は0.40mm以下にする必要がある。というのは、0.40mmを超えると高強度(600MPa以上)と低鉄損(W10/400≦30W/kg)の両立が難しくなるからである。
【0076】
ついで、仕上げ焼鈍を施すが、その際、強還元性雰囲気である、水素:10vol%以上、露点:−20℃以下の雰囲気下で、かつ焼鈍温度を650℃超800℃未満の範囲にすることが必要である。
上記のような強還元性雰囲気にすることで、本発明のように、Al量が少なくてSi量が多い成分系においても、鉄損劣化を招かない程度に、鋼板の表層酸化物等の生成を抑制できると考えられる。
【0077】
加えて、焼鈍温度が650℃以下では、鋼組織の再結晶化が十分に進行せずに磁気特性が大幅に劣化する。一方、焼鈍温度が800℃以上では、未再結晶組織が10%未満となってしまい、鋼板の強度低下の原因となる。
従って、本発明では、仕上げ焼鈍を、水素:10vol%以上、露点:−20℃以下の雰囲気下で、かつ焼鈍温度を650℃超800℃未満の範囲で行うものとする。
【0078】
なお、上記した仕上げ焼鈍に引き続いて、既知のコーティング処理を行っても良いのはいうまでもない。この際、良好な打抜き性を確保するためには、樹脂を含有する有機コーティングが望ましく、一方溶接性を重視する場合には半有機や無機コーティングを適用することが望ましい。
【実施例】
【0079】
〔実施例1〕
表6に示す成分組成からなる鋼スラブを、表7に示す条件で、スラブ加熱、熱間圧延、熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.35mmまで冷間圧延を施したのち、仕上げ焼鈍・コーティング処理を行った。その際、仕上げ焼鈍後の試料について、鋼板の圧延方向断面(ND−RD断面)を研磨、エッチングして光学顕微鏡で観察し、未再結晶組織の面積率を求めた。
【0080】
得られた無方向性電磁鋼板から、圧延方向および圧延直角方向にエプスタイン試験片を切り出し、磁気特性を測定した。磁気特性はL+C特性で評価した。また、圧延直角方向にJIS 5 号引張試験片を各条件毎に10枚ずつ採取し、引張試験を行って引張強度(TS)の平均値とばらつきを調査した。
得られた結果を表7に併記する。なお、TSのばらつきは標準偏差σで評価し、表中には2σで示した。ここに、2σが15MPa以内であれば、前述したように、TSのばらつきは小さいといえる。
【0081】
【表6】

【0082】
【表7】

【0083】
表7に示したとおり、本発明の製造条件、鋼組織を満足する発明例(No.5,6,8,9,11,12,14,15)はいずれも、TSのばらつきが小さく、安定した製品特性を示していることが分かる。
これに対し、本発明の適正範囲外の鋼種Fを用いたNo.1〜3は、TSのばらつきが大きい。また、その他、スラブ加熱温度や熱延条件、仕上げ焼鈍雰囲気等が、本発明の適正範囲を外れているNo.7,10,13もまた、TSのばらつきが大きい。
【0084】
〔実施例2〕
表8に示す成分組成からなる鋼スラブを、表9に示す種々の条件で板厚:0.18〜0.50mmまで冷間圧延したのち、仕上げ焼鈍・コーティング処理を行って無方向性電磁鋼板を製造した。これらについて、実施例1の場合と同様、磁気特性(L+C特性)と引張強度(TS)の平均値およびそのばらつきについて調査した。その結果を表9に併記する。なお、各評価は実施例1と同様の方法で行った。
【0085】
【表8】

【0086】
【表9】

【0087】
表9から明らかなように、本発明の製造条件、鋼組織を満足する発明例(No.2,3,5,6,8,9,11,12)はいずれも、TSのばらつきが小さく、安定した製品特性を示していることが分かる。
これに対し、製品板厚が0.40mm超のものを用いたNo.1,4は、鉄損が大きい。また、その他、スラブ加熱温度や熱延条件、仕上げ焼鈍雰囲気等が、本発明の適正範囲を外れているNo.7,10は、TSのばらつきが大きい。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、磁気特性に優れるのはいうまでもなく、強度特性に優れ、しかもそのばらつきが小さい高強度無方向性電磁鋼板を、安定して得ることができ、高速回転モータのロータ材料などの用途に好適に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005%以下、Si:3.5%超4.5%以下、Mn:0.01%以上0.10%以下、Al:0.005%以下、Ca:0.0010%以上0.0050%以下、S:0.0030%以下、N:0.0030%以下を含有し、かつCa/S:0.80以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなり、板厚:0.40mm以下、未再結晶の加工組織:10%以上70%以下、引張強さ(TS):600MPa以上、鉄損W10/400:30W/kg以下であることを特徴とする電磁鋼板。
【請求項2】
前記高強度電磁鋼板が、質量%でさらに、Sb:0.005%以上0.2%以下、Sn:0.005%以上0.2%以下、P:0.01%以上0.2%以下、Mo:0.005%以上0.10%以下、B:0.0002%以上0.002%以下、Cr:0.05%以上0.5%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の成分組成からなるスラブを、スラブ加熱後、熱間圧延したのち巻取り、ついで熱延板焼鈍し、酸洗後、冷間または温間圧延を施して板厚:0.40mm以下としたのち、仕上げ焼鈍を施す一連の工程からなる無方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記スラブ加熱時の温度を1050℃以上1150℃以下、上記熱間圧延の仕上げ熱延終了後の温度を800℃以上900℃以下、上記巻取り温度を500℃以上650℃以下、上記熱延板焼鈍の温度を900℃以上1000℃以下とし、さらに、上記仕上げ焼鈍を、水素:10vol%以上、露点:−20℃以下の雰囲気中、650℃超800℃未満の温度範囲で施すことを特徴とする電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−149337(P2012−149337A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−202265(P2011−202265)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】