説明

高強度電磁鋼板の製造方法

【課題】高速回転モータのロータ材料として好適な、安定して高強度および高疲労特性を有し、かつ磁気特性にも優れた高強度電磁鋼板を提供する。
【解決手段】成分中、質量%で特に、Si:3.5%超5.0%以下、S:0.0005%以上0.0030%以下、Ca:0.0015%以上、Sn及び/又はSb:0.01%以上0.1%以下を含有する組成になるスラブを、湾曲型連続鋳造機で鋳造後、熱間圧延−熱延板焼鈍−1回の冷間圧延−仕上焼鈍の一連の工程によって高強度電磁鋼板を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タービン発電機や、電気自動車、ハイブリッド自動車の駆動モータ、工作機械用モータなど高速回転機のロータを典型例とする、応力の負荷が大きな部品に用いて好適な、高強度で疲労特性に優れ、かつ優れた磁気特性を有する高強度電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、モータの駆動システムの発達により、駆動電源の周波数制御が可能となり、可変速運転や商用周波数以上での高速回転を行うモータが増加している。このような高速回転を行うモータでは、ロータのような回転体に作用する遠心力は回転半径に比例し、回転速度の2乗に比例して大きくなるため、特に中・大型の高速モータのロータ材としては高強度であることが必要となる。
【0003】
また、近年、ハイブリッド自動車の駆動モータやコンプレッサモータなどで採用が増加している埋め込み磁石型DCインバータ制御モータでは、ロータ外周部にスリットを設けて磁石を埋設している。このため、モータの高速回転時の遠心力により、狭いブリッジ部(ロータ外周とスリットの間部など)に応力が集中する。しかも、モータの加減速運転や振動により応力状態が変化するため、ロータに使用されるコア材料には高強度と共に、高い疲労強度が必要となる。
加えて、高速回転モータでは、高周波磁束により渦電流が発生し、モータ効率が低下すると共に、発熱が生じる。この発熱量が多くなると、ロータ内に埋め込まれた磁石が減磁されることから、高周波域での鉄損が低いことも求められる。
従って、ロータ用素材として、磁気特性に優れ、かつ疲労特性にも優れた高強度の電磁鋼板が要望されている。
【0004】
鋼板の強化手法としては、固溶強化、析出強化、結晶粒微細強化および複合組織強化などが知られているが、これらの強化手法の多くは磁気特性を劣化させるため、一般的には強度と磁気特性の両立は極めて困難とされる。
このような状況下にあって、高張力を有する電磁鋼板について幾つかの提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、Si含有量を3.5〜7.0%と高め、さらに固溶強化のためにTi,W,Mo,Mn,Ni,Co,Alなどの元素を添加して高強度化を図る方法が提案されている。
また、特許文献2には、上記強化法に加え、仕上焼鈍条件を工夫することにより結晶粒径を0.01〜5.0 mmとして磁気特性を改善する方法が提案されている。
しかしながら、これらの方法を工場生産に適用した場合、熱延後の連続焼鈍工程や、その後の圧延工程などで板破断などのトラブルが生じやすく、歩留り低下やライン停止が余儀なくされるなどの問題があった。
この点、冷間圧延を、板温が数百℃の温間圧延とすれば、板破断は軽減されるものの、温間圧延のための設備対応が必要となるだけでなく、生産上の制約が大きくなるなど、工程管理上の問題も大きい。
【0006】
また、特許文献3には、Si含有量が2.0〜3.5%の鋼に、MnやNiで固溶強化を図る方法が、特許文献4には、Si含有量が2.0〜4.0%の鋼に対してMnやNiの添加で固溶強化し、さらにNb,Zr,Ti,Vなどの炭窒化物を利用して、高強度と磁気特性の両立を図る技術が提案されている。
しかしながら、これらの手法では、Niなどの高価な元素を多量に添加することや、ヘゲなどの欠陥増加による歩留りの低下で高コストになるという問題があった。また、これらの開示技術で得られた材料の疲労特性については十分な検討がなされていないのが実情である。
【0007】
さらに、耐疲労特性に着目した高強度電磁鋼板として、特許文献5に、Si含有量が3.3%以下の電磁鋼板の鋼組成に応じて結晶粒径を制御することにより、350MPa以上の疲労限を達成する技術が開示されている。
しかしながら、この方法では、疲労限の到達レベル自体が低く、昨今の要求レベル、例えば疲労限強度:500 MPa以上を満足するものではなかった。
【0008】
一方、特許文献6および特許文献7には、鋼板に未再結晶組織を残留させた高強度電磁鋼板が提案されている。これらの方法によれば、熱間圧延後の製造性を維持しつつ比較的容易に高い強度を得ることができる。
しかしながら、発明者らが、このように未再結晶組織を残留させた材料について、機械的特性の安定性について評価したところ、ばらつきが大きい傾向にあることが判明した。すなわち、平均的には高い機械的特性を示すものの、ばらつきが大きいため、比較的小さい応力でも短時間で破断する場合があることが判明した。
【0009】
このような機械的特性のばらつきが大きいと、ばらついた機械的特性の範囲で最悪な機械的特性を、必要な機械的特性まで向上させる必要がある。そのための一つの手段として、平均的な機械的特性を向上させることが考えられるが、そのためには未再結晶組織を残留させた材料では、仕上焼鈍を低温化するなどして未再結晶組織を増加させる必要がある。これにより、機械的特性のばらつき自体は解消しないものの、機械的特性の比較的低い部分における特性を底上げすることで、破断等のトラブルを防止することができる。
しかしながら、仕上焼鈍を低温化して未再結晶組織を増加させた場合、鉄損が増加するという問題があった。
すなわち、機械的特性のばらつきが大きくなると、鉄損の増加を余儀なくされる。
従って、機械的特性のばらつき自体を小さくすることは、鉄損の低減にも有効となる。
【0010】
上述したとおり、これまでの技術では、高強度を有し、磁気特性や製造性にも優れた高強度電磁鋼板で、しかも機械強度のばらつきが小さい材料を安価に安定して提供するのは極めて困難なのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭60−238421号公報
【特許文献2】特開昭62−112723号公報
【特許文献3】特開平2−22442号公報
【特許文献4】特開平2−8346号公報
【特許文献5】特開2001−234303号公報
【特許文献6】特開2005−113185号公報
【特許文献7】特開2007−186790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたもので、高速回転モータのロータ材料として好適な、安定して高強度および高疲労特性を有し、かつ磁気特性にも優れた高強度電磁鋼板の有利な製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
さて、発明者らは、上記の課題を解決するために、未再結晶回復組織を活用した高強度電磁鋼板の機械強度や疲労特性について綿密な検討を行い、機械強度や疲労強度のばらつきを小さくし、かつ製造性を良好にするための製造条件について鋭意研究を行った。
その結果、結晶粒の成長を阻害する析出物、特に熱延板焼鈍後および仕上焼鈍後の組織が機械的特性のばらつきに大きな影響を及ぼしていることを見出した。さらに、製造性を良好なものにするためには、Caを添加すること、および湾曲型連続鋳造機でスラブを鋳造した場合に、湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブ幅中央部での表面温度を制御することが、有効であることを見出した。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.0050%以下、
Si:3.5%超 5.0%以下、
Mn:0.10%以下、
Al:0.0010%以下、
P:0.030%以下、
N:0.0040%以下、
S:0.0005%以上 0.0030%以下、
Ca:0.0015%以上および
SnおよびSbのうちから選んだ1種または2種合計:0.01%以上 0.1%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなるスラブを、湾曲型連続鋳造機で鋳造し、スラブ加熱後、熱間圧延し、ついで熱延板焼鈍を施し、酸洗後、1回の冷間圧延によって最終板厚としたのち、仕上焼鈍を施す一連の工程によって高強度電磁鋼板を製造するに際し、
上記湾曲型連続鋳造工程において、スラブが湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブ幅中央部での表面温度を700℃以上とし、
上記熱延板焼鈍工程において、焼鈍温度:850℃以上1000℃以下、焼鈍時間:10秒以上 10分以下の条件下で、熱延板焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が100%で、かつ再結晶粒径が80μm以上300μm以下となる焼鈍条件を選定すると共に、
上記仕上焼鈍工程において、焼鈍温度:670℃以上 800℃以下、焼鈍時間:2秒以上 1分以内の条件下で、仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が30%以上 95%以下で、かつ連結した未再結晶粒群の圧延方向の長さが2.5mm以下となる焼鈍条件を選定する
ことを特徴とする高強度電磁鋼板の製造方法。
【0015】
2.前記仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の平均結晶粒径が15μm 以上であることを特徴とする前記1に記載の高強度電磁鋼板の製造方法。
【0016】
3.前記1または2のいずれかに記載の高強度電磁鋼板の製造方法において、冷間圧延における圧下率を80%以上とすることを特徴とする高強度電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高強度かつ低鉄損で、しかも安定して高い疲労強度を呈する高強度電磁鋼板を、良好な製造性の下に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】熱延板焼鈍温度が引張強さに及ぼす影響を示すグラフである。
【図2】未再結晶粒群の圧延方向長さと引張強度の2σとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を具体的に説明する。
さて、本発明者らはまず、特性のばらつきの根本的な原因について検討を加えた。特性がばらつくとは、製品内において板幅方向または長さ方向で特性が変動すること、または同様な製造条件で製造した2つの製品の特性が異なることを意味する。製造条件として、例えば仕上焼鈍温度などは厳密には一定の温度ではなく、板幅方向または長さ方向で変動し、また異なるコイルでは厳密に同じ温度とはならない。また、スラブ内の成分も同様に変動する。
【0020】
このような製造条件における温度と成分の変動が、製品の特性のばらつきを生じさせていると考えられる。従って、製品の特性のばらつきを小さくするためには、製造条件の変動を小さくすればよいのであるが、製造条件の変動を小さくするには限界がある。
発明者らは、製品の特性のばらつきを小さくする製造方法とは、製造条件が上述したように変動したとしても、製品の特性がばらつかないような方法であると考えた。
【0021】
上述したような製造条件の変動により、途中工程での材料の性質に最も影響を与えるのは、材料中の析出物の状態であると考えられる。
析出物は、熱延板焼鈍や仕上焼鈍での結晶粒の成長に影響を与える。すなわち、製品板の結晶組織に影響を与える。従って、未再結晶回復組織を活用した高強度電磁鋼板では、再結晶率を制御することが極めて重要であることから、析出物の状態の変動を小さくすることが製品の特性のばらつきを小さくすることと考えられる。
【0022】
析出物の状態の変動を小さくするには、析出物の量を多くして粗大化するか、あるいは析出物がほとんどない状態にすることが考えられる。
ここで、発明者らは、析出物がほとんどない状態にすることを選択した。というのは、析出物がほとんどない方が鉄損に有利なだけでなく、製品板の粒成長性が良いのでセミプロセス材への流用が可能であると考えたからである。
【0023】
以上のことから、発明者らは、材料中の析出物を少なくすれば、製品の特性のばらつきが小さくなると考え、硫化物や窒化物をできるだけ低減できるように、Mn,Al,S,C,Nを極力低減した組成からなる鋼スラブによる実験を行った。
具体的な組成は、3.65%Si−0.03%Mn−0.0005%Al−0.02%P−0.0019%S−0.0018%C−0.0019%N−0.04%Snである。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0024】
しかしながら、上記の鋼スラブを、1100℃で加熱した後、2.0mm厚まで熱延する際に、一部の材料が破断するという問題が生じた。そこで、破断の原因を解明するため、破断した熱延途中材を調査した結果、割れ部にSが濃化していることが判明した。Sの濃化部にはMnの濃化は認められず、濃化したSは熱延時に液相のFeSとなり、破断の原因になったものと考えられる。
かような破断防止のためには、Sを低減すればよいが、製造上Sを下げるには限界があり、脱硫によるコストが増加する。一方、Mnを増加してSをMnSとして固定することが考えられるが、析出したMnSは、方向性電磁鋼板でインヒビターとして用いられているように、結晶粒成長の抑制力が強い析出物である。
【0025】
そこで、発明者らは、この問題の解決策として、Caを用い、Sを結晶粒成長への影響力が小さいCaSとして析出させれば、熱延での破断が防止でき、かつ製品板の特性のばらつきが小さくできるのではないかと考え、以下の実験を行った。
3.71%Si−0.03%Mn−0.0005%Al−0.02%P−0.0020%S−0.0019%C−0.0018%N−0.04%Sn−0.0032%Caからなる鋼スラブを、1100℃で加熱した後、2.0mm厚まで熱延した熱延板に、表1に示す種々の温度で熱延板焼鈍を施し、ついで、酸洗後、板厚:0.35mmに冷間圧延したのち、表1に示す温度で仕上焼鈍した。なお、この実験の過程で熱延板の外観を調査したが、割れの発生は認められなかった。
【0026】
【表1】

【0027】
これらの試料からJIS 5号引張試験片を各条件につき圧延方向に5枚ずつ、圧延直角方向に5枚ずつ採取して引張試験を行った。
その結果を図1に示す。なお、ばらつきは標準偏差σで評価し、図1中には±2σの範囲を示した。
同図に示したとおり、いずれの条件とも引張強さは平均値で650MPa以上と、通常の電磁鋼板と比較して非常に高い強度を示したが、熱延板焼鈍温度によってばらつきの程度は大きく異なっており、熱延板焼鈍温度が低い条件1および熱延板焼鈍温度が高い条件4ではばらつきが大きくなった。
【0028】
そこで、これらの試料について、冷延焼鈍板の圧延方向断面を埋め込み研磨して組織観察を行った。
その結果、いずれも再結晶率:60〜80%で、残部は未再結晶組織との混合組織であった。未再結晶部は、正確な判別は困難であるが、元々の熱延板焼鈍後の結晶粒が冷間圧延により展伸した組織がいくつか連なって展伸組織群を形成しているものと思われる。
条件1,4の鋼板は、この未再結晶粒群の圧延方向長さが他の製造条件の鋼板より長い傾向にあることが判明したので、この組織形態の違いが特性ばらつきを大きくする要因ではないかと推察した。
【0029】
そこで、遡って熱延板焼鈍後の組織を観察したところ、条件1は熱延で展伸された圧延組織と再結晶組織による混合した組織で再結晶部の平均粒径は25μmであった。また、条件2〜4は再結晶組織のみからなる組織で、平均結晶粒径は条件2:100μm ,条件3:290μm ,条件4:490μm であった。
従って、熱延板焼鈍後に再結晶率を100%とし、かつ再結晶粒を微細に止めるように熱延板焼鈍後組織を作り込むことが、特性ばらつきを抑制する重要な要件であると考えた。
【0030】
しかしながら、上述のように製造しても、スラブの鋳造を湾曲型連続鋳造機で行った場合には、熱延板に割れが発生する場合があり、大きな割れでは板厚方向に貫通することもあった。
そこで、発明者らは、熱延板で割れが発生した材料の製造条件について、詳細な検討を加えた。
その結果、表2に示すように、湾曲型連続鋳造機を用いてスラブを製造する場合には、スラブが湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブの表面温度が、熱延板の割れと強い相関があり、矯正帯におけるスラブ幅中央部の表面温度が700℃を下回った場合に、熱延板で割れ発生のおそれが大きいことが判明した。
【0031】
【表2】

【0032】
さらに、この熱延板焼鈍後組織の制御に加えて、冷間圧延条件も適正に制御することも、本発明で目標とする冷延板焼鈍時における組織制御に重要であることも併せて見出し、かかる知見結果に基づいて、磁気特性、機械的特性および疲労特性に優れ、しかもかような特性ばらつきの抑制効果が高い未再結晶回復組織を含む高強度電磁鋼板の開発に成功し、本発明を発展、完成させるに至ったのである。
【0033】
次に、本発明において、鋼成分を前記の組成範囲に限定した理由について説明する。
C:0.0050%以下
Cは、炭化物の析出により強度を高める効果を有するが、磁気特性および製品の機械的特性のばらつきには有害となる。本発明の高強度化は主としてSiの置換型元素の固溶強化と未再結晶回復組織を利用することによって達成するので、Cは0.0050%以下に限定する。
【0034】
Si:3.5%超 5.0%以下
Siは、鋼の脱酸剤として一般的に用いられる他、電気抵抗を高めて鉄損を低減する効果を有するため、電磁鋼板を構成する主要元素である。本発明では、Mn,Al,Niなど他の固溶強化元素を用いないため、Siを固溶強化の主体となる元素として、3.5%を超えて積極的に添加する。しかしながら、Si量が5.0%を超えると冷間圧延中に亀裂を生じるほど製造性が低下するため、その上限を5.0%とした。望ましくは4.5%以下である。
【0035】
Mn:0.10%以下
Mnは、MnSとして析出すると磁壁移動の妨げになるだけでなく、結晶粒成長を阻害することで磁気特性を劣化させる有害元素であり、製品の磁気特性のばらつきを小さくするために、0.10%以下に制限する。
【0036】
Al:0.0010%以下
Alは、Siと同様、鋼の脱酸剤として一般的に用いられており、電気抵抗を増加して鉄損を低減する効果が大きいため、無方向性電磁鋼板の主要構成元素の一つである。しかしながら、本発明では製品の機械的特性のばらつきを小さくするため窒化物量を極めて少なくする必要があることから、0.0050%以下に制限する。
【0037】
P:0.030%以下
Pは、比較的少量の添加でも大幅な固溶強化能が得られるため、高強度化に極めて有効であるが、過剰な添加は偏析による脆化で粒界割れや圧延性の低下をもたらすので、P量は0.030%以下に制限する。
【0038】
N:0.0040%以下
Nは、前述したCと同様、磁気特性劣化および製品の機械的特性のばらつきを大きくするので、0.0040%以下に制限する。
【0039】
S:0.0005%以上 0.0030%以下
本発明では製品の機械的特性のばらつきを小さくするため、硫化物量を極めて少なくする必要があり、0.0030%以下に制限する。無方向性電磁鋼板においてSは、一般的に、MnSなどの硫化物を形成し磁壁移動の妨げになるだけでなく、結晶粒成長を阻害することで磁気特性を劣化する有害元素であるので、極力低減することは磁気特性の向上に寄与する。とはいえ、脱硫によるコスト増を押さえるため、0.0005%以上とした。
【0040】
SnおよびSbのうちから選んだ1種または2種合計:0.01%以上 0.1%以下
Sn,Sbはいずれも、集合組織を改善し磁気特性を高める効果を有するが、その効果を得るには、Sb,Snを単独添加または複合添加するいずれの場合にも0.01%以上添加する必要がある。一方、過剰に添加すると鋼が脆化し、鋼板製造中の板破断やヘゲが増加するため、Sn,Sbは単独添加または複合添加いずれの場合も0.1%以下とする。
【0041】
Ca:0.0015%以上
本発明では、Mnが通常の無方向性電磁鋼板に比較して低いため、Caは鋼中でSを固定することで液相のFeSの生成を防止し、熱延時の製造性を良好にする。その効果を得るには、0.0015%以上添加する必要がある。しかしながら、あまりに多量の添加はコストが増加するため、上限は0.01%程度とすることが好ましい。
【0042】
上記したような、必須成分および抑制成分にすることで、結晶粒の成長性に影響する析出物状態の変動を小さくできるため、製品の機械的特性のばらつきを小さくすることができる。
なお、本発明では、その他の元素は製品の機械的特性のばらつきを大きくするため、製造上問題のないレベルで低減することが望ましい。
【0043】
次に、本発明における鋼板組織形態の限定理由について述べる。
本発明の高強度電磁鋼板は、再結晶粒と未再結晶粒の混合組織で構成されるが、この組織を適正に制御し、未再結晶粒群を適度に分散させることが重要である。
まず、再結晶粒の面積率を、鋼板圧延方向断面(板幅方向に垂直な断面)組織において30%以上95%以下の範囲に制御する必要がある。再結晶面積率が30%未満では、鉄損が増加し、一方再結晶率が95%を超えると、従来の無方向性電磁鋼板と比較して十分に優位な強度が得られなくなる。より好ましい再結晶率は65〜85%である。
【0044】
また、連結した未再結晶粒群の圧延方向の長さを2.5mm以下とすることも重要である。ここで、連結した未再結晶粒群とは、異なる熱延後の結晶粒および/または異なる熱延板焼鈍後の結晶粒が圧延により展伸した組織が幾つか連なって展伸組織を形成している未再結晶粒の固まりを意味し、圧延方向断面組織を観察し、10群以上の未再結晶粒群の圧延方向長さを測定した平均値で規定する。この未再結晶群長さを2.5mm以下に抑制することによって、製品の機械的特性のばらつきを低減し、安定的に高強度・高疲労特性を有する材料を製造することが可能となる。より好ましい未再結晶群長さは0.2〜1.5mmである。
【0045】
この理由については、必ずしも明らかではないが、未再結晶粒の圧延展伸組織の界面が亀裂に影響することが考えられる。
すなわち、この未再結晶粒群は、板厚方向に圧縮、圧延方向と圧延直角方向に展伸した形状であるが、本発明ではこの未再結晶粒群が再結晶粒と混在している。未再結晶粒群と再結晶粒は機械的特性が大幅に異なるため、引張応力により亀裂が発生した場合、この未再結晶粒群と再結晶粒の境界に沿って亀裂が伝播し、破壊に至るものと考えられる。本発明では析出物がほとんど存在しないため、通常の析出物が存在する未再結晶回復組織を活用した高強度電磁鋼板よりも、未再結晶粒群と再結晶粒の境界に沿っての亀裂は発生しにくくなっていると考えられる。しかしながら、本発明においても未再結晶粒群が粗大であると、未再結晶粒群の先端への応力集中が大きくなり、機械的特性のばらつきを大きくする。
この点、連結した未再結晶粒群の圧延方向長さが上記の範囲であれば、必要とする強度レベルに応じて再結晶比率は30〜95%の範囲で適宜調整することができる。すなわち、必要な強度レベルが高ければ再結晶率を低くし、一方磁気特性が重視される場合には、再結晶率を高めるように調整することができる。強度レベルは主として未再結晶組織の比率に依存する。したがって、磁気特性を改善するには再結晶粒の平均結晶粒径を大きくすることが有効であり、平均結晶粒径は15μm以上とすることが好ましい。なお、平均結晶粒径の上限値は100μm程度とすることが好ましい。平均結晶粒径のより好ましい範囲は20〜50μmである。
【0046】
次に、本発明に従う製造方法および中間組織の限定理由について述べる。
本発明の高強度電磁鋼板の製造工程は、一般の無方向性電磁鋼板に適用されている工程および設備を用いて実施することができる。
例えば、転炉あるいは電気炉などで所定の成分組成に溶製された鋼を、脱ガス設備で二次精錬し、連続鋳造または造塊後の分塊圧延により鋼スラブとしたのち、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延、仕上焼鈍および絶縁被膜塗布焼き付けといった工程である。
ただし、本発明では、連続鋳造は、湾曲型連続鋳造機で行う場合を対象とする。
【0047】
ここで、所望の鋼組織を得るためには、製造条件を以下に述べるように制御することが重要である。
まず、湾曲型連続鋳造機によるスラブ鋳造に際して、湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブ表面温度を、スラブ幅中央部での温度で700℃以上とする。
というのは、湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブ幅中央部での表面温度が700℃未満であると、熱延板に割れが生じ易くなるからである。ここに、矯正帯におけるスラブ幅中央部での表面温度は、例えば、湾曲帯での冷却水による冷却条件等を変更することにより制御することができる。
【0048】
次に、熱間圧延に際して、スラブ加熱温度は1000℃以上1200℃以下とすることが好ましい。特にスラブ加熱温度が高温になると、エネルギーロスが大きくなり不経済なだけでなく、スラブの高温強度が低下してスラブ垂れなど製造上のトラブルが発生しやすくなるため、1200℃以下とすることが好ましい。
【0049】
本発明に従う仕上焼鈍後組織を得るには、熱延板焼鈍後の組織を、再結晶率:100%とし、かつ再結晶粒の平均粒径を80μm以上 300μm以下とする必要がある。
上記の鋼組織とするには、熱延板焼鈍の温度を850℃以上、1000℃以下とする必要がある。
というのは、焼鈍温度が850℃未満では、熱延板焼鈍後に再結晶率を安定して100%とすることが難しく、一方焼鈍温度が1000℃超になると、熱延板焼鈍後の平均再結晶粒径が300μm を超える場合が生じるようになるからである。また、本発明のように析出物量が少ない鋼では、焼鈍温度が1000℃を超えると析出物が固溶し冷却時に粒界に再析出するため、結晶粒の成長性に悪影響を及ぼすことが考えられる。
また、再結晶率を安定的に100%とする観点からは、焼鈍時間は10秒以上とすることが、一方平均再結晶粒径を300μm以下とする観点からは、焼鈍時間は10分以内とすることが必要である。
【0050】
そして、上記した焼鈍温度:850℃以上 1000℃以下、焼鈍時間:10秒以上 10分以下の条件の下で、熱延板焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が100%で、かつ再結晶粒径が80μm以上300μm以下となる焼鈍条件を選定するのである。
ここで、熱延板焼鈍後の組織を再結晶率:100%とするのは、加工組織が残存する条件では、加工組織状態のばらつきが、製品板の機械的特性のばらつきを大きくするからである。
【0051】
次に、上記の熱延板焼鈍後、1回の冷間圧延で最終板厚とする、いわゆる1回冷延法を適用して、冷間圧延を施す。このときの圧下率は80%以上とすることが好ましい。というのは、圧下率が80%に満たないと、引き続く仕上焼鈍の際に必要となる再結晶核の量が不足するため、未再結晶組織の分散状態を適正に制御しにくくなるからである。
これらの焼鈍後組織と圧下率の条件を共に満たすことにより、引き続く仕上焼鈍での未再結晶組織の分散状態を適正に制御することが可能となる。これは、中間組織を微細化し、圧延加工で十分な歪みを導入することにより、仕上焼鈍における再結晶核が分散、増加するためであると推定される。
【0052】
ついで、仕上焼鈍を施すが、この際の焼鈍温度は670℃以上800℃以下とする必要がある。というのは、焼鈍温度が670℃未満では再結晶が十分に進行せず磁気特性が大幅に劣化する場合があることに加え、連続焼鈍における板形状の矯正効果が十分に発揮されず、一方800℃を超えると未再結晶組織が消失し、強度低下の原因となるからである。
また、再結晶率を30%以上とする観点からは、焼鈍時間は2秒以上とすることが、一方、再結晶率を95%以下とする観点からは、焼鈍時間は1分以内とする必要がある。
【0053】
そして、上記した焼鈍温度:670℃以上 800℃以下、焼鈍時間:2秒以上 1分以下の条件の下で、仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が30〜95%で、かつ連結した未再結晶粒群の圧延方向の長さが2.5mm以下となる焼鈍条件を選定するのである。
【0054】
上記した仕上焼鈍後、鉄損を低減するために鋼板の表面に絶縁コーティングを施すことが有利である。この際、良好な打抜き性を確保するためには、樹脂を含有する有機コーティングが、一方溶接性を重視する場合には、半有機や無機コーティングを適用することが望ましい。
【0055】
上述したとおり、本発明は、製品板の未再結晶組織を活用し高強度を確保した状態で、可能な限り鉄損を低減することも目的としている。このような状態で鉄損を低減するには、製品板の再結晶粒は大きい方がよく、そのためには粒成長性を向上させることが有効であり、粒成長性を阻害する析出物を極力低減することが必要となる。しかしながら、析出物を極力低減(C,Mn,S,Al,Nを低減)して製造すると熱延での板の破断が生じてしまうという問題が生じる。この問題を解決するためには、Ca添加が極めて有効となる。さらに、本発明では、機械的特性のばらつきが小さくなることから、十分な機械的特性が得られる条件内で、鉄損をできる限り低減することが可能となる。
【実施例1】
【0056】
表3に示す成分組成になる鋼スラブを、湾曲型連続鋳造機を用い、表4に示す条件で製造し、ついで同じく表4に示す条件で、スラブ加熱、熱間圧延、熱延板焼鈍を施し、酸洗後、板厚:0.35mmまで冷間圧延を施したのち、仕上焼鈍を行った。ただし、鋼種Aは熱延板で割れが発生したため、熱延板焼鈍以降の工程は施さなかった。
また、鋼種BのNo.3の条件および鋼種CのNo.10の条件でも、熱延板に割れが発生したため、熱延板焼鈍以降の工程は施さなかった。一方、鋼種BのNo.4〜9の条件および鋼種CのNo.11〜14の条件では、熱延板に割れは発生しなかった。
【0057】
そして、鋼種BのNo.4〜9の条件および鋼種CのNo.11〜14の条件では、熱延板焼鈍後および仕上焼鈍後の試料について、鋼板の圧延方向断面(板幅方向に垂直な断面)を研磨、エッチングして光学顕微鏡で観察し、再結晶率(面積率)および求積法により再結晶粒の平均粒径(公称粒径)を求めた。さらに、仕上焼鈍後の圧延方向の断面組織について、未再結晶群の圧延方向長さを10群以上測定し、その平均値を算出した。
さらに、得られた製品板の磁気特性および機械的特性を調査した。磁気特性は圧延方向(L)および圧延直角方向(C)にエプスタイン試験片を切り出し測定し、L+C特性のW10/400(磁束密度:1.0T、周波数:400Hzで励磁したときの鉄損) で評価した。機械的特性は、圧延方向(L)に5枚ずつ、圧延直角方向(C)に5枚ずつJIS 5号引張試験片を切り出し、引張試験を行って引張強度(TS)の平均値とばらつきを調査した。
得られた結果を表5に示す。
【0058】
なお、ばらつきは標準偏差σで評価し、表5には2σで示した。ここに、2σが40 MPa以内であれば、ばらつきは小さいといえる。また、これらの試料の、展伸した未再結晶粒群の圧延方向長さと引張強度の2σとの関係について調べた結果を図2に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
表5および図2に示したとおり、鋼種Bを用いたNo.4〜9は、主として熱延板焼鈍温度を変化させたものであるが、TS平均値は650MPa以上と通常の電磁鋼板と比較して非常に高い強度を示した。しかしながら、仕上焼鈍板の未再結晶粒連結群の長さが2.5mm超えと本発明の範囲外でのNo.4,7ではTSのばらつきが大きい。
これに対し、仕上焼鈍板の未再結晶粒連結群の長さが2.5mm以下と本発明の範囲内のNo.5,6,8,9ではTSのばらつきが2σで40MPa以内と極めて小さい。
また、鋼種Cを用いたNo.11〜14は、主として仕上焼鈍温度を変化させたものであるが、No.11では仕上焼鈍温度が660℃と低く、仕上焼鈍板の再結晶率が27%、仕上焼鈍板の再結晶粒径が13μmと本発明の範囲外であり、鉄損が高い。また、No.14では仕上焼鈍温度が820℃と高く、仕上焼鈍板の再結晶率が97%と本発明の範囲外であり、TSの平均値が低い。
これに対し、本発明の範囲内であるNo.12,13では、鉄損、TSの平均値、TSのばらつきいずれもが良好である。
【0063】
図2に示した、圧延方向断面の組織観察より求めた未再結晶粒群の長さと引張強さの標準偏差2σの関係から明らかなように、特に未再結晶粒群の長さを1.5mm以下とした場合には、ばらつきが大幅に低減されている。
【実施例2】
【0064】
表6に示す成分組成になる鋼スラブを、湾曲型連続鋳造機を用い、表7に示す条件で製造し、ついで同じく表7に示す種々の条件で板厚:0.35mmまで冷間圧延したのち、仕上焼鈍を施して、電磁鋼板を製造した。この際、鋼種Dは冷間圧延中に割れが発生したため、以降の処理を中止した。
その他の電磁鋼板について、磁気特性(L+C特性)と引張強度(TS)の平均値およびそのばらつきについて調査した。なお、評価は実施例1と同様の方法で行った。また、熱延板焼鈍後および仕上焼鈍後の試料についての焼鈍後の再結晶率および再結晶粒の平均粒径の測定、ならびに仕上焼鈍後の未再結晶群の圧延方向長さの測定は、実施例1と同様の方法で行った。
得られた結果を表8に示す。
【0065】
【表6】

【0066】
【表7】

【0067】
【表8】

【0068】
表8から明らかなように、本発明の成分組成および鋼組織を満足する発明例はいずれも、TSのばらつきが非常に小さく、安定した特性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、磁気特性に優れるのはいうまでもなく、強度特性に優れしかもそのばらつきが小さい高強度無方向性電磁鋼板を、安定して得ることができ、高速回転モータのロータ材料などの用途に好適に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.0050%以下、
Si:3.5%超 5.0%以下、
Mn:0.10%以下、
Al:0.0010%以下、
P:0.030%以下、
N:0.0040%以下、
S:0.0005%以上 0.0030%以下、
Ca:0.0015%以上および
SnおよびSbのうちから選んだ1種または2種合計:0.01%以上 0.1%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなるスラブを、湾曲型連続鋳造機で鋳造し、スラブ加熱後、熱間圧延し、ついで熱延板焼鈍を施し、酸洗後、1回の冷間圧延によって最終板厚としたのち、仕上焼鈍を施す一連の工程によって高強度電磁鋼板を製造するに際し、
上記湾曲型連続鋳造工程において、スラブが湾曲帯を通過した直後の矯正帯におけるスラブ幅中央部での表面温度を700℃以上とし、
上記熱延板焼鈍工程において、焼鈍温度:850℃以上1000℃以下、焼鈍時間:10秒以上 10分以下の条件下で、熱延板焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が100%で、かつ再結晶粒径が80μm以上300μm以下となる焼鈍条件を選定すると共に、
上記仕上焼鈍工程において、焼鈍温度:670℃以上 800℃以下、焼鈍時間:2秒以上 1分以内の条件下で、仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率が30%以上 95%以下で、かつ連結した未再結晶粒群の圧延方向の長さが2.5mm以下となる焼鈍条件を選定する
ことを特徴とする高強度電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の平均結晶粒径が15μm 以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の高強度電磁鋼板の製造方法において、冷間圧延における圧下率を80%以上とすることを特徴とする高強度電磁鋼板の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−136764(P2012−136764A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−291479(P2010−291479)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】