説明

高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法

【課題】マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と低温変態促進による母材強度の向上とを図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒を提供する。
【解決手段】パーライト組織からなり、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼からなる高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁床版横締め、タンク鉛直締め、グランドアンカー(法面補強)、プレキャスト部材用吊り具等のコンクリート構造物に適用される高強度PC(プレストレスコンクリート)鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度PC鋼棒は、鋼棒圧延工程で熱間圧延鋼棒母材を直接熱処理することにより所定の強度を得てから、ストレッチ・ブルーイング工程で予荷重を付与し、その後の切断工程で所定の長さに切断することで製造される。
【0003】
このような高強度PC鋼棒を作製する製造装置として、図5に示すように、冷却台101と、冷却台101の上方に設置された冷媒噴射装置102と、を備えた製造装置100がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、上記製造装置100を用いて作製される高強度PC鋼棒として、熱間圧延後の等速冷却を、当該鋼棒のCCT曲線のパーライト変態開始線に接する臨界温度をTCとして、TC〜TC+40℃の温度範囲内でパーライト変態を開始させる。このとき、変態中の最高温度をTC+80℃以下に抑えるようにしたものがある(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−234527号公報
【特許文献2】特開昭61−26730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高強度PC鋼棒を作製するにあたり、冷却速度を大きくし、低温でパーライト変態させることによりパーライト組織中の層状セメンタイト間隔(ラメラー間隔)は小さくなって硬さや強さが上昇する。しかし、冷却速度がパーライト変態の臨界冷却速度より大きくなるとマルテンサイトが析出する。
【0007】
ところが、上記特許文献1に開示された製造装置100によって作製された高強度PC鋼棒および上記特許文献2に開示された高強度PC鋼棒は、冷媒との接触時間を延長し、冷却速度を大きくすることにより強度の上昇を図ることができるが、母材の温度のばらつきのために局所的に臨界冷却速度を上回る部分が出現し、部分的なマルテンサイト、所謂スポットマルテンサイトの生成のリスクが増大していた。すなわち、冷却速度増による高強度化には限界が存在した。
【0008】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、比較的、焼入れ性の低い組成を選択することによりマルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と、低温変態による母材強度の向上を図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決することができる本発明に係る高強度PC鋼棒は、パーライト組織からなり、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態曲線におけるパーライト変態のノーズが10秒以内であることを特徴としている。
【0010】
このように構成された高強度PC鋼棒によれば、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼を用いることで、マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と低温変態促進による母材強度の向上とを図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒を得ることができる。
【0011】
また、上記課題を解決することができる本発明に係る高強度PC鋼棒の製造方法は、パーライト組織からなり、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有する圧延鋼を用いて製造されることを特徴としている。
【0012】
このように構成された高強度PC鋼棒の製造方法によれば、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼を用いることで、マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と低温変態促進による母材強度の向上とを図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒を製造することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法によれば、マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と低温変態促進による母材強度の向上を図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る高強度PC鋼棒の製造方法を適用したPC鋼棒製造装置の側面図である。
【図2】本発明に係る引張強さ試験の結果を示すグラフである。
【図3】本発明に係る恒温変態曲線を示すグラフである。
【図4】図3に対する恒温変態曲線の比較例を示すグラフである。
【図5】従来のPC鋼棒製造装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図を参照して本発明の好適な実施形態を説明する。
【0016】
図1は本発明に係る高強度PC鋼棒の一実施形態を示すもので、図1は高強度PC鋼棒の製造方法を適用したPC鋼棒製造装置の側面図である。
【0017】
本発明の一実施形態である高強度PC鋼棒は、質量%において、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2を含有する圧延鋼を用いる。
【0018】
次に、図1を参照してPC鋼棒製造装置について説明する。なお、図1はPC鋼棒製造装置における熱間圧延後の冷却部を主として示している。
【0019】
図1に示すように、PC鋼棒製造装置10は、移送用コンベヤ11を有する冷却台12と、この冷却台12に向けて空気、空気・水ミスト、スプレイ等の冷媒を噴射する冷媒噴射機構13と、から構成される。
【0020】
移送用コンベヤ11は、回転軸が水平な両端の回転体14,15に無端状の搬送チェーン16を架け渡している。また、この搬送チェーン16の表面に複数の押し爪17を所定の間隔に立設している。移送用コンベヤ11は、複数本が並列に平行に設置される。なお、搬送チェーン16は、チェーンによって構成しているが、チェーンに代えてベルト状のものやワイヤロープ等も使用することができる。
【0021】
移送用コンベヤ11には、不図示の回転用コンベヤが組み付けられている。回転用コンベヤは、移送用コンベヤ11と同様に、回転軸が水平な両端の回転体に無端状の搬送チェーンを架け渡している。回転用コンベヤは、隣り合う移送用コンベヤ11の間にそれぞれ配置されている。
【0022】
回転用コンベヤの上面側の走行間と移送用コンベヤ11の上面側の走行間とは、互に平行に設けられている。また、回転用コンベヤの上面側の走行面が移送用コンベヤ11の上面側の走行面よりも上方に位置するように設けられている。また、移送用コンベヤ11の押し爪17の先端は、回転用コンベヤの走行面よりも上方に突出している。
【0023】
回転用コンベヤと移送用コンベヤ11とは同一回転方向に回転しており、移送用コンベヤ11の走行線は熱間圧延鋼棒母材1の軸心に対して直交するように設けられている。また、回転用コンベヤの走行線は熱間圧延鋼棒母材1の軸心に対して数度〜数10度の角度を有するように設けられている。
【0024】
回転用コンベヤと移送用コンベヤ11とは、搬送方向上流側が低く、搬送方向下流側が高くなるように設置されている。そのため、冷却台12の傾斜角を数度〜数10度に設定している。なお、冷却台12は水平であっても、逆に上流側が下流側よりも高くなるようにしてもよい。
【0025】
冷却台12の上流側には、不図示の供給ローラが設置されている。この供給ローラによって熱間圧延鋼棒母材1が移送用コンベヤ11の上流位置において、移送用コンベヤ11に直交する方向に長手方向を配置されて供給される。
【0026】
また、冷却台12の上流側には、供給ローラによって熱間圧延された熱間圧延鋼棒母材1を移送用コンベヤ11の上流端に供給するための不図示のけり出し機構を設けている。熱間圧延鋼棒母材1は、このけり出し機構によって移送用コンベヤ11の上流端部に押し出されてから、移送用コンベヤ11の押し爪17に押圧されながら上流側から下流側へ向けて移送される。
【0027】
このとき、熱間圧延鋼棒母材1は、移送用コンベヤ11よりも走行面が上方に位置する回転用コンベヤの走行面に接している。このため、回転用コンベヤの走行によって回転力を与えられて自転する。熱間圧延鋼棒母材1が自転する速度は回転用コンベヤの走行速度を変更させることによって適宜変更することができる。
【0028】
また、回転用コンベヤの走行線は熱間圧延鋼棒母材1の軸心に対して傾斜している。このため、熱間圧延鋼棒母材1は自転しながら熱間圧延鋼棒母材1の軸心方向に移動する。したがって、熱間圧延鋼棒母材1は、回転用コンベヤおよび移送用コンベヤ11の押し爪17との接触点が軸心方向と周方向のいずれの方向にも常時移動しながら、冷却台12の上流側から下流側に向けて移送される。
【0029】
そして、熱間圧延鋼棒母材1の移送中に冷媒噴射機構13から冷媒が熱間圧延鋼棒母材1に向けて噴射されることで、熱間圧延鋼棒母材1を全長に亘って均一に冷却する。冷却された熱間圧延鋼棒母材1は、冷却台12の下流端まで移送されて高強度PC鋼棒2に製造され、冷却台12の下流端に設置した不図示の搬出ローラによって搬出される。
【0030】
次に、移送中の熱間圧延鋼棒母材1の温度変動について説明する。
図1中に一点鎖線で示すように、900℃で搬入された熱間圧延鋼棒母材1には、冷媒噴射機構13から冷媒が噴射され、低温変態の促進が図られる。これにより、搬送方向上流側の位置A1で、680℃の変態前温度最下限値に達する。
【0031】
その後、パーライト変態に伴う復熱が認められ、これにより上流端と下流端との中間の位置A2で、730℃に達する。
【0032】
そして、下流端に向けて移送を続ける熱間圧延鋼棒母材1の温度は漸次低下していく。ここでは、冷媒の噴射により変態発熱の抑制を図ることができる。そして、変態が完了した熱間圧延鋼棒母材1は、500℃に冷却された高強度PC鋼棒2に製造されて搬出される。
【0033】
以上説明したように、本発明の一実施形態に係る高強度PC鋼棒およびその製造方法によれば、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態曲線におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼を用いた。これにより、マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と低温変態促進による母材強度の向上とを図って安定した特性を有する高強度PC鋼棒を得ることができる。
【実施例】
【0034】
次に、本発明に係る高強度PC鋼棒および高強度PC鋼棒の製造方法の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
【0035】
実施例には、以下の6種の比較例を適用した。比較例の各成分を表1に示す。
比較例は、C:0.7〜0.74、Si:0.65〜0.95、Mn:1.1〜1.35、Cr:0.65〜0.95の質量%を含有する圧延鋼である。
【0036】
【表1】

【0037】
[温度変動測定]
先ず、比較例における移送中の熱間圧延鋼棒母材の温度変動について調べた。
【0038】
図1中に二点鎖線で示すように、900℃で搬入された熱間圧延鋼棒母材1は、位置B1で、650℃の変態前温度最下限値に達し、位置B2で、700℃に達する。そして、下流端に近づくのに従って温度が漸次低下していく。
【0039】
[引張強さ試験]
次に、引張強さについて、冷却条件を変更して引張強さ試験を行った。引張強さ試験では、冷媒噴射機構13による冷却を実施した熱間圧延鋼棒母材1、比較例の熱間圧延鋼棒母材、冷媒噴射機構13による冷却を実施しなかった空冷の熱間圧延鋼棒母材、について調べた。試験結果を図2に示す。なお、図2では、空冷を△印で、冷媒噴射機構13によるミスト冷却を◇印でそれぞれ示す。比較例の熱間圧延棒鋼母材は、○印で示す。
【0040】
図2により明らかなように、比較例と比べて、冷却噴射機構13による冷却を実施した実施例は約50N/mm高い引張強度を示した。また、空冷の熱間圧延鋼棒母材1と比べて約20N/mm高い引張強度を示しており、低温変態促進による強度向上効果が確認された。
【0041】
[恒温変態曲線からの変態の推定]
次に、比較例を用いて、恒温変態曲線(TTT線図)からの変態の推定を行った。実施例の恒温変態曲線を図3に、比較例の恒温変態曲線を図4にそれぞれ示す。
【0042】
図3および図4により明らかなように、実施例のパーライト変態開始線は高温短時間側にある。そのため、焼入れ性が低い。また、パーライト変態は冷却中に短時間で完了してしまうためにマルテンサイト生成リスクが低いことが確認できた。
【0043】
このように、高強度PC鋼棒2の製造にあたり、マルテンサイト生成のリスクを回避しつつ、合金元素による固溶強化と熱間圧延鋼棒母材1の強度向上とを図ることができた。また、低温変態プロセスとの組み合わせにより、さらなる高強度化を達成することができた。
【0044】
尚、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が自在である。その他、上述した実施形態における各構成要素の材質、形状、寸法、数値、形態、数、配置場所、等は本発明を達成できるものであれば任意であり、限定されない。
【符号の説明】
【0045】
1 熱間圧延鋼棒母材
2 高強度PC鋼棒
10 PC鋼棒製造装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーライト組織からなり、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼からなることを特徴とする高強度PC鋼棒。
【請求項2】
パーライト組織からなり、C:0.63〜0.65、Si:2.1〜2.3、Mn:0.5〜0.6、Cr:1.1〜1.3、V:0.05〜0.10、Co:0.1〜0.2の質量%を含有し、恒温変態におけるパーライト変態のノーズが10秒以内である圧延鋼を用いて製造されることを特徴とする高強度PC鋼棒の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−255035(P2010−255035A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−105120(P2009−105120)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】