説明

高成形性耐食複合材料及びその製造方法

【課題】 軽量で厚みが薄いにもかかわらず、曲げや張り出しなどの加工を行ってもクラックが生じることなく成形性に優れ、かつ耐食性にも優れた高成形性耐食複合材料を提供する。
【解決手段】 SUS430からなる芯材3の両面に設けた表層1の厚さを20μmとし、表層1中のチタンの結晶粒径を5μmとして、表層1の厚み方向にチタンの結晶粒2が4個程度になるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐食性と高成形性の双方が要求される燃料電池用セパレータ等に好適に利用できる高成形性耐食複合材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、燃料電池用セパレータ等の高耐食性が要求される環境下では、ステンレス鋼、チタンといった金属材料が使われ、さらに、導電性、軽量化、安価材という機能を付加する意味で、銅、アルミニウム、鉄といった他種金属とのクラッド材、例えば、SUS/Al,Ti/Al,Ti/Cu,Ti/Feといった複合材料が用いられている。
【0003】
他種金属とのクラッド材を用いた燃料電池用セパレータの一例として特許文献1に示すものがある。
【0004】
図5は、固体高分子型燃料電池用セパレータ27の要部を示す断面図である。同図において、クラッド材25が、安価で導電性の高い銅合金からなる芯材3の両面に夫々チタン層21を被覆することにより構成されている。更に該クラッド材25の両面にカーボン皮膜からなる防食層23が形成されている。また、クラッド材25には、紙面に垂直方向にわたって伸びる複数のカソードガス用の溝26が形成され、反対側の面には、複数のアノードガス用の溝28が形成されている。
【0005】
上記クラッド材25は、銅合金からなる芯材3の両面に、夫々チタン層13を押出し又は圧延による塑性加工により被覆し、プレス加工によりカソードガス用の溝26及びアノードガス用の溝28を設けることにより形成することができる。また、カーボン皮膜の防食層23は、チタン層21の表面を研磨してからその上にコーティングされる。
【0006】
上記クラッド材25及びチタン層21の厚さは、軽量化、コストの点からそれぞれ0.3mm以下、30μm以下にすることが望まれる。しかし、クラッド材25は上述した押出し又は圧延による塑性加工により加工硬化しているため、プレス加工による2次成形前に軟化を目的とした焼鈍を行う必要がある。通常、この軟化を目的とした焼鈍は、クラッド材の芯材が銅合金の場合、600〜700℃の温度で数時間程度行われる。
【特許文献1】特開2002−358974号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の熱処理条件で焼鈍を行うとチタン層21におけるチタンの粒径は10〜30μm以上に成長するため、チタン層21の厚みが30μm以下になると、図6に示すようにチタン層21の厚み方向にはチタン結晶粒29が1個しか存在しない状態になる。金属の結晶粒は方位を持っており、特定の方向にしか変形しないことが知られている。特にチタンやチタン合金は結晶構造が六方晶であるため異方性が高い。このため、チタン層21中に結晶粒が1個以下になると、変形できる方向と変形する方向との乖離が大きくなり、曲げや張り出しなどの2次成形を行うと、結晶粒界に大きな歪が生じて破断を生じ、クラックが生じてしまうという不都合があった。
【0008】
従って、本発明の目的は、軽量で厚みが薄いにもかかわらず、曲げや張り出しなどの加工を行ってもクラックが生じることなく成形性に優れ、かつ耐食性にも優れた高成形性耐食複合材料とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記技術的課題に鑑み、本発明者らは鋭意研究を行った結果、クラッド材の芯材となる導電性金属が銅及び銅合金であれば600〜700℃、アルミ及びアルミ合金であれば500〜660℃、鉄及び鉄合金であれば700〜850℃の温度に常温から到達・保持する合計時間が10秒以内である熱処理を行い、熱処理後直ちに熱処理温度の1/2の温度に冷却するまでの時間が10秒以内なるよう冷却することで成形性が著しく改善することを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
即ち、本発明の高成形性耐食複合材料は、導電性材料を用いた芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を被覆してなり、前記表層の厚み方向に前記耐食性金属の結晶粒が複数個存在していることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の高成形性耐食複合材料は、導電性材料を有する芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を被覆してなり、全体の厚さが0.3mm以下、表層の厚さが30μm以下であって、かつ耐食性金属の結晶粒の粒径が10μm以下であることを特徴とする。
【0012】
前記耐食性材料は、チタンまたはチタン合金であることが好ましい。
【0013】
前記導電性材料は、銅または銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金、鉄または鉄合金のいずれかとすることができる。
【0014】
また、本発明の高成形性耐食複合材料の製造方法は、導電性材料を用いた芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を塑性加工により被覆する工程と、導電性材料が焼鈍される温度にまで加熱、保持する時間が10秒以内で、かつ熱処理温度の1/2の温度に冷却するまでの時間が10秒以内の加熱冷却処理を行う工程とを備えることを特徴とする。かかる加熱冷却処理条件を採用することによって、表層の厚み方向に耐食性金属の結晶粒を複数個存在させることが可能となる。
【0015】
前記耐食性材料は、チタンまたはチタン合金であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の高成形性耐食複合材料は、導電性材料を用いた芯材の表面に被覆した耐食性材料からなる表層中に耐食性金属の結晶粒を複数個存在させて結晶粒の方位の影響を最小に抑えているので、軽量で厚みを薄くした場合に曲げや張り出しなどの加工を行ってもクラックが生じることなく成形性に優れたものとなる。このため、高耐食性と高成形性の両方が要求される燃料電池用セパレータ等に好適に利用できるものとなる。
【0017】
また、本発明の高成形性耐食複合材料の製造方法は、導電性材料が焼鈍される温度にまで加熱、保持する時間が10秒以内で、かつ熱処理温度の1/2の温度に冷却するまでの時間が10秒以内として加熱冷却処理を行なっているので、結晶粒径成長を小さく抑えて、クラッド層に結晶粒を複数個以上生じさせることが可能となる。このため、変形によって早期にクラッド層が割れることを防止できる高成形性耐食複合材料を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明に係る高成形性耐食複合材料の一実施形態について説明する。
図1は、本発明に係る高成形性耐食複合材料を固体高分子型燃料電池用セパレータに用いた場合のセパレータの要部を示す断面図である。
【0019】
同図において、SUS430からなる芯材3の両面に、JIS規格のTP270Cに相当する純チタンからなる表層1が被覆されてクラッド材5とされている。また、クラッド材5には、紙面に垂直方向にわたって伸びる複数のカソードガス用の溝8が形成され、反対側の面には、複数のアノードガス用の溝9が形成されている。
【0020】
ここで、表層1の厚さは20μmとされ、表層1中のチタンの結晶粒径は5μmとされている。従って、図2に示すように、表層1の厚み方向にチタンの結晶粒2が4個あることになる。
【0021】
次に、このような本実施の形態に係る固体高分子型燃料電池用セパレータの製造方法について説明する。
【0022】
まず、芯材3の両面に表層1を冷間圧延クラッド法で接合し、更に、通常の冷間圧延で板厚を減少させて、図3に示すようなクラッド材5を得る。クラッド材5、表層1の厚さは、それぞれ0.2mm、20μmであり、表層1:芯材3:表層1の厚さの比は1:8:1とされている。
【0023】
次に、圧延により加工硬化したクラッド材5に対して軟化を目的とした熱処理を施す。図4に、この熱処理を施すための熱処理装置の一例を示す。
【0024】
図4に示す熱処理装置においては、クラッド材19が移動する上流側から下流側にかけて、送り出しコイル11、ソルトバス13、冷却漕15、巻き取りコイル17が順次設けられている。ソルトバス13では所定温度に加熱・溶融したソルトに直接浸漬して加熱処理を行い、冷却漕15では冷却漕中の冷却材に直接浸漬して冷却処理を行うようになっている。
【0025】
このような構成の熱処理装置において、上記の通り全体の厚さが0.2mmであり、表層1:芯材3:表層1の厚さの比が1:8:1としたクラッド材19を送り出しコイル11から所定の速度で送り、750℃に加熱されたソルトバス13に連続的に浸漬させて熱処理を行う。熱処理が完了したクラッド材19は冷却槽15において直ちに冷却された後、巻き取りコイル17に巻き取られる。ソルトバス13は、加熱・溶融したソルトに直接、浸漬して熱処理を行うので、熱の伝達効率が高く、短時間の昇温が可能である。従って、クラッド材19の移動速度、ソルトバス13の長さ等を調整することによって常温から熱処理温度に到達・保持する合計時間が10秒以内で、熱処理後に熱処理温度の1/2の温度に冷却するまでの時間が10秒以内になるようにすることが可能となる。本実施の形態では、昇温、熱処理、冷却までを10秒以内に行うことにより、クラッド材5の表層1中のチタンの結晶粒径を5μmとすることが可能であった。
【0026】
また、熱処理温度はクラッド材5の芯材3が銅及び銅合金であれば600〜700℃、アルミ及びアルミ合金であれば500〜660℃、鉄及び鉄合金であれば700〜850℃が望ましい。これは芯材3が焼鈍される温度であり、かつ、芯材3の金属と表層1のチタンが反応して生成される硬い金属間化合物の厚みを1μm以下にできるからである。
【0027】
上記の熱処理を施した後、プレス加工によりカソードガス用の溝8およびアノードガス用の溝9を設けることにより図1に示す固体高分子型燃料電池用セパレータを形成することができる。
【0028】
本実施の形態では、熱処理を短時間で行うことによってチタンの結晶粒径成長を小さく抑えて、図2に示すように表層1にチタンの結晶粒2を複数個以上生じさせることによって、結晶粒の方位の影響を最小に抑えているので、プレス加工の際の変形によってもクラッド材5が割れることを防止できる。また、熱処理を短時間で行うことにより表層1のチタンと芯材3の金属との反応による硬い金属間化合物の発生も最小限にできるので、成形性の向上に寄与することができる。
【0029】
また、本実施の形態では、表層1に純チタンを使用し、熱処理条件だけでチタン結晶粒の微細化を図ったが、チタンに結晶粒を微細化させる第2元素を添加したチタン合金を使用し、結晶粒の微細化を促進することもできる。
【実施例】
【0030】
図3に示したクラッド材5において、全体の厚さを0.2mm、表層1の厚さを20μm、表層1:芯材3:表層1の厚さの比を1:8:1とし、図4に示す熱処理装置を用いて、熱処理温度を750℃、昇温、熱処理、冷却までの合計時間を10秒として、熱処理を施した。このようにして得られたクラッド材5にJIS−Z−2247に準じたエリクセン試験を行い、成形性の評価を行った。結果を表1に示す。また比較のため、図4に示す熱処理装置において昇温、熱処理、冷却までの合計時間を30秒として熱処理を行ったもの(比較例1)、及び従来の熱処理方法である真空焼鈍炉により熱処理時間を8時間としたもの(比較例2)の結果も合わせて示す。
【0031】
【表1】

【0032】
上記結果より、本実施例による熱処理方法では、結晶粒径が小さいため、高いエリクセン値を有し優れた成形性を示したが、従来の真空焼鈍炉による熱処理法である比較例2では結晶粒が粗大化し、更にチタンからなる表層1と芯材3との間に金属間化合物も大量に生成してしまうため、エリクセン値が大幅に低下した。また、ソルトバスを用いて熱処理時間を30秒とした比較例1の場合、比較例2よりはやや良い数値になるものの、本実施例のものに比べてエリクセン値はかなり低下していた。よって、本実施例による熱処理方法によって優れた成形性が得られることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本実施の形態に係る固体高分子型燃料電池用セパレータの要部を示す断面図である。
【図2】本実施の形態に係る固体高分子型燃料電池用セパレータにおける表層中のチタンの結晶粒径を示す概念図である。
【図3】本実施の形態に係る固体高分子型燃料電池用セパレータに用いられるクラッド材を示す断面図である。
【図4】本実施の形態において用いられる熱処理装置を示す説明図である。
【図5】従来の固体高分子型燃料電池用セパレータの要部を示す断面図である。
【図6】従来の固体高分子型燃料電池用セパレータにおけるチタン層中のチタンの結晶粒径を示す概念図である。
【符号の説明】
【0034】
1 表層
2 結晶粒
3 芯材
5 クラッド材
7 セパレータ
13 ソルトバス
15 冷却槽
19 クラッド材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性材料を用いた芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を被覆してなり、前記表層の厚み方向に前記耐食性金属の結晶粒が複数個存在していることを特徴とする高成形性耐食複合材料。
【請求項2】
導電性材料を有する芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を被覆してなり、全体の厚さが0.3mm以下、表層の厚さが30μm以下であって、かつ耐食性金属の結晶粒の粒径が10μm以下であることを特徴とする高成形性耐食複合材料。
【請求項3】
前記耐食性材料がチタンまたはチタン合金であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の高成形性耐食複合材料。
【請求項4】
前記導電性材料が、銅または銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金、鉄または鉄合金のいずれかであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の高成形性耐食複合材料。
【請求項5】
導電性材料を用いた芯材の表面に、耐食性材料からなる表層を塑性加工により被覆する工程と、導電性材料が焼鈍される温度にまで加熱、保持する時間が10秒以内で、かつ熱処理温度の1/2の温度に冷却するまでの時間が10秒以内の加熱冷却処理を行う工程とを備えることを特徴とする高成形性耐食複合材料の製造方法。
【請求項6】
前記耐食性材料がチタンまたはチタン合金であることを特徴とする請求項5記載の高成形性耐食複合材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−15705(P2006−15705A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−198308(P2004−198308)
【出願日】平成16年7月5日(2004.7.5)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】