説明

高消光比偏光ガラス

【課題】Ag濃度の高い母材ガラスでのハロゲン化銀粒子の粒径制御を容易にすることによる,高い消光比を示す偏光ガラスのための改善された製造方法,及びこれにより製造される偏光ガラスの提供。
【解決手段】分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスであって,TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,Agを0.4重量%以上含有し,且つ,含まれるAg及びハロゲンの間に,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0,モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及びモル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4なる関係があることを特徴とする偏光ガラス,及び分散されたAgClxBr1-x結晶を含んだガラスを延伸するステップと,次いでこれを還元雰囲気下で還元するステップとを含むその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光アイソレータや液晶プロジェクター等に使用される偏光ガラスの製造方法,特に,可視領域用及び赤外領域用の偏光ガラスを得るために用いることのできる製造方法,並びに当該方法で製造される偏光ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
形状異方性の金属銀粒子を分散して含んだ偏光ガラスの基本的な製造方法が,特許文献1〜3に示されている。これらの方法は,Ag及びハロゲン(Cl,Br又はI)を成分として含むガラスを熱処理してハロゲン化銀粒子を析出させた後,そのガラスを押し出し又は延伸して形状異方性を有するハロゲン化銀粒子を分散して含んだガラスとし,次いでこれを還元処理することにより,形状異方性の金属銀粒子を分散して含んだ偏光ガラスとするものである。
【0003】
また,この種のガラスはフォトクロミック特性を示す場合があるが,高透過率とするためにはフォトクロミック特性は不要であり,上記特許文献2にはCuOを含むフォトクロミックな組成だけでなく,非フォトクロミックな組成としてCuOを実質的に含まないもの,及び(R2O−Al23):B23のモル比が0.25未満(R2Oはアルカリ金属酸化物を示す)であるものも開示されている。しかし,この種のガラスではハロゲン化銀粒子を析出させるための熱処理段階で金属銀粒子が析出してしまうことがある。CuOは,これを防止する,すなわち熱処理段階でハロゲン化銀が金属銀へと還元されてしまうのを防止するための酸化剤の機能を持つものとして,添加されていた。
【0004】
特許文献4には,CuOの代わりにCeO2を含んだ非フォトクロミックガラスの組成が開示されている。CeO2は酸化剤として機能しながら,フォトクロミック特性を発現させない物質として選ばれた。しかしその反面,CeO2は核形成剤として作用し,ガラスを失透させてしまうことがあると記述されている。また,CuOやCeO2は,酸化剤として加えられているものであり,従って,水素還元処理工程においてAgの還元を阻害してしまう恐れがある。
【0005】
更に,別の非フォトクロミックな偏光ガラスとして,特許文献5にはCuO,CeO2のどちらも含まない組成のものが開示されている。このガラスではAl23を少なくし,K2Oを多く含ませることでガラスの塩基性を高め,非フォトクロミックとしている。
【0006】
特許文献6には,単一のガラス溶融装置で数種類のガラスを溶融する際に有用な1重量%未満のTiO2を含む組成が開示されている。
【0007】
偏光ガラスの吸収特性は,それに含有される金属銀粒子のアスペクト比(粒子の長径:短径比)が同じであれば,偏光ガラスの単位面積あたりの金属銀の量によって(すなわち,金属銀粒子の濃度×還元層の厚みによって)決まり,単位面積あたりの金属銀の量が多い方が消光比が高くなる。
【0008】
従って,消光比〔最大透過光量/最小透過光量であり,そのまま又はデシベル(dB)で表示される。〕が高い偏光ガラスを得るためには,金属銀粒子の濃度を高める及び/又は還元層の厚みを増やすという手段を用いることができる。特許文献7には,還元層の厚みは少なくとも10μmであり,好ましくは50μm以上となるように還元すると記載されている。
【0009】
このうち,還元層の厚みを厚くするには,特許文献7〜10に記載されているように,還元温度を高く,還元時間を長くする(12時間以上)方法,及び高い水素分圧(10気圧以上)によって還元処理を強める方法がある。
【0010】
特許文献7〜10によれば,還元温度を高く及び/又は還元時間を長くすることは,延伸ハロゲン化銀粒子の再球体化を招くため,加圧還元によって還元処理を強めているが,ガラス表面が水素で飽和されてしまう圧力を超えてしまうと,それ以上の加圧で還元処理を強めることはできない。また還元処理は固体拡散律速であるため,実用的な時間内で可能な還元層の厚み増加にも限界がある。さらに,加圧還元装置は高温高圧の水素を扱うため,安全性の面において問題がある。
【0011】
従って,高消光比の偏光ガラスを簡便に得るには,金属銀粒子の総析出量を増加させるもう一つの方法,金属銀粒子の濃度を高くする方法が必要となる。
【0012】
特許文献1〜10において実施されているガラス組成ではAg含有量は0.4重量%以下であるため,析出する金属銀粒子の総量も少なくなってしまう。そのため,このガラスで高消光比を得ようとすれば,非常に長時間及び/又は加圧下での還元を行わなければならない。
【0013】
また,Ag量が比較的多い組成,例えば,本明細書の実施例の部において表1比較例6に示すAg含有量が0.4重量%の組成なども,特許文献5には実施例として開示されているが,母材ガラスの成形時にガラスが失透してしまい,ハロゲン化銀粒子の粒径制御が困難となる。
【0014】
あるアスペクト比の金属銀粒子を分散させた偏光ガラスの吸収断面積CABSは,非特許文献1に基づき,式(1)〜(5)を用いて計算することができる。これらの式において,Vは金属銀粒子の体積,N0はガラスの屈折率(=1.5),λは光の波長(μm),Lは反分極因子(depolarization factor),ε1およびε2は銀の誘電率の実部および虚部である。
【0015】
【数1】

【0016】
ここで,
【0017】
【数2】

【0018】
【数3】

【0019】
【数4】

【0020】
であり,紡錘形の回転楕円体である金属銀粒子の長軸の長さをa,短軸の長さをbとするとき,(すなわちアスペクト比はa/b),上記式(4)中のeは,次式(5)で算出される。
【0021】
【数5】

【0022】
更に,アスペクト比(a/b)を変えた場合の吸収極大波長λmax(μm)は,上記の式(5)及び(4)を経て,次式(6)で求められる。
【0023】
【数6】

【0024】
上記の式(4)〜(6)から得られるアスペクト比と吸収極大波長λmaxの関係を図1に示す(波長はnm単位で表示)。例えば,λmaxが460nmとなるのは,アスペクト比が1.4:1のときである。
【0025】
また例えば,アスペクト比が2:1及び11:1の紡錘形回転楕円体の場合,長軸方向の反分極因子Lはそれぞれ0.174及び0.018であり,そのような形状をした2とおりの金属銀粒子につき,それらの吸収断面積の計算結果を図2に示す。
【0026】
なお,これらの式から求められるように,金属銀粒子の総量が同じであれば,短波長用の偏光子は吸収断面積が小さくなる。このため,他の条件が同じなら,同じ吸収断面積の可視領域用の偏光子を作製するには,赤外領域用の場合よりも多くの金属銀粒子を析出させることが必要である。
【0027】
高濃度に金属銀粒子のを析出させるためには,偏光ガラス組成のAg成分濃度を高くすることが必要であるが,従来例に示されるようなガラス組成においてAg成分濃度を高めただけのガラスでは,次のような問題点があった。
【0028】
すなわち,延伸前の母材ガラスを作製する際の冷却過程において,母材ガラスの形成時に失透が起こる,すなわちハロゲン化銀粒子が析出してガラスに曇りを生じてしまう,という問題である。
【0029】
この種の偏光ガラスの製造では,作製した母材ガラスを熱処理してハロゲン化銀粒子を析出させる。析出したハロゲン化銀粒子の粒径に依存して,ガラスの透過損失が変化するだけでなく延伸工程を行うための最適条件も変化するため,ハロゲン化銀粒子の粒径制御は重要である。熱処理工程の温度と時間を制御して,一般には,約20〜500nmの範囲に平均粒径を有するハロゲン化銀粒子を析出させればよい。但し,ハロゲン化銀粒子の平均粒径が大きい方が,母材ガラス延伸に伴い粒子も延伸され易くそのため高アスペクト比の粒子を得易いという利点がある一方,平均粒径が余り大きいと偏光ガラスの透過率が,特に波長の短い光ほど,低下し易くなる。従って,対象とする光の波長において達成すべき消光比及び挿入損失に応じて,適した平均粒径とする(又は製造したガラスのうち,ハロゲン化銀粒子の平均粒径が適切なものを選んで用いる)ことが好ましい。このための目安として,例えば,500nm以上650nm未満の可視領域に吸収極大を有する(すなわちこの波長領域において消光比が極大となる)偏光ガラスを得るには,ハロゲン化銀粒子の平均粒径を20〜100nmの範囲とし,650nm以上1300nm未満の波長領域に吸収極大を有する偏光ガラスを得るにはハロゲン化銀粒子の平均粒径を40〜150nmの範囲とし,1300nm以上1600nm未満の波長領域に吸収極大を有する偏光ガラスを得るには,ハロゲン化銀粒子の平均粒径を60〜200nmの範囲とすればよい。
【0030】
更に,母材ガラスの失透は母材ガラス板の端部,中央部とでハロゲン化銀粒子の粒径が異なるという状態を引き起こす。その結果,製品特性にムラが生じてしまい,生産性が悪化する。
【0031】
また,熱処理工程によりハロゲン化銀粒子を析出させるということは,母材ガラス中でのハロゲン化銀の溶解度が低いことを意味する。従って,従来の母材ガラス組成のまま単にAg濃度を高くすると,母材ガラスは熱的に不安定になるため,母材ガラス形成での冷却過程において失透が起きやすくなる。従って高い消光比の偏光ガラスを得ようとして単にAg成分濃度を高めた場合には,母材ガラスの失透が起きる温度域が広がり,ハロゲン化銀結晶の粒径制御ができなくなるため,製品特性に悪影響を及ぼすことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0032】
【特許文献1】米国特許第4,282,022号公報
【特許文献2】米国特許第4,479,819号公報
【特許文献3】米国特許第4,486,213号公報
【特許文献4】米国特許第5,252,524号公報
【特許文献5】特開2003-98349号公報
【特許文献6】特表2005-504711号公報
【特許文献7】米国特許第4,908,054号公報
【特許文献8】米国特許第6,221,480号公報
【特許文献9】米国特許第6,761,045号公報
【特許文献10】米国特許第6,887,808号公報
【非特許文献1】T.P. Seward III, J. Non-Cryst. Solids, Vol.40, pp499-513 (1980).
【非特許文献2】ガラス工学ハンドブック,朝倉書店,1999,pp146-147
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0033】
上記背景のもとで,本発明は,Ag濃度の高い母材ガラスにおいて,失透が起きる温度域を狭い範囲に限定させてハロゲン化銀粒子の粒径制御を容易にすることによる,高い消光比を示す偏光ガラスのための改善された製造方法,及びこれにより製造される偏光ガラスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明者は,種々の組成のガラスを製造して,ハロゲンの拡散速度とハロゲンおよび銀のガラスへの溶解度とを検討することにより,ハロゲン化銀粒子の析出が起こる温度領域を調節し,高いAg成分濃度の母材ガラスにおいても失透を抑制することができるハロゲン種の比率を見出した。すなわち,ガラス組成中のAg量及びハロゲン量の相互比率が所定の範囲に収まるときに上記の目的を達成が可能になることを見出し,更に検討を重ねて本発明を完成させた。すなわち本発明は,以下を提供するものである。
【0035】
(1)分散されたAgClxBr1-x(0≦x≦1)結晶を含んだガラスを延伸するステップと,次いでこれを還元雰囲気下で還元するステップとを含む,分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスの製造方法であって,
該偏光ガラスが,TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラスの製造方法。
(2)該偏光ガラスに含まれるハロゲンの間に,モル比で,F/(Cl+Br+F)が0.01〜0.4なる関係があることを更に特徴とする,上記(1)の製造方法。
(3)該偏光ガラスの組成が,
SiO2: 40〜63重量%
23: 15〜26重量%
Al23: 5〜15重量%
ZrO2: 7〜12重量%
12O: 4〜16重量%
(ここに,R1は,Li,Na,K及びCsを包括的に表し,但し,Li2O:0〜5重量%,Na2O:0〜9重量%,K2O:0〜12重量%,Cs2O:0〜6重量%である。)
2O: 0〜7重量%
(ここに,R2は,Mg,Ca,Sr及びBaを包括的に表し,但し,MgO:0〜3重量%,CaO:0〜3重量%,SrO:0〜5重量%,BaO:0〜5重量%である。)
ZnO: 0〜6重量%
Ag: 0.4〜1.5重量%
Cl: 0.1〜1.0重量%
Br: 0.01〜0.5重量%
F: 0〜0.2重量%
を含んでなるものであることを特徴とする上記(1)又は(2)の製造方法。
(4)該AgClxBr1-x結晶において,xが0.5以上であることを特徴とする,上記(1)ないし(3)の何れかの製造方法。
5.該偏光ガラスに含まれるAg,Br及びFの間に,重量%でAg×(Br−F)≦0.1なる関係があることを更に特徴とする,上記(1)ないし(4)の何れかの製造方法。
6.該偏光ガラスの消光比が10dB以上である,上記(5)の製造方法。
7.上記(1)ないし(6)の何れかの製造方法により製造された偏光ガラス。
8.分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスであって,
TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
633nmにおける損失が0.6dB以下、消光比が35dB以上であり,
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラス。
9.分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスであって,
TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
532nmにおける損失が2.5dB以下、消光比が30dB以上であり
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラス。
10.該偏光ガラスに含まれるハロゲンの間に,モル比で,F/(Cl+Br+F)が,0〜0.4なる関係があることを更に特徴とする,上記(8)又は(9)の偏光ガラス。
11.該偏光ガラスの組成が,
SiO2: 40〜63重量%
23: 15〜26重量%
Al23: 5〜15重量%
ZrO2: 7〜12重量%
12O: 4〜16重量%
(ここに,R1は,Li,Na,K及びCsを包括的に表し,但し,Li2O:0〜5重量%,Na2O:0〜9重量%,K2O:0〜12重量%,Cs2O:0〜6重量%である。)
2O: 0〜7重量%
(ここに,R2は,Mg,Ca,Sr及びBaを包括的に表し,但し,MgO:0〜3重量%,CaO:0〜3重量%,SrO:0〜5重量%,BaO:0〜5重量%である。)
ZnO: 0〜6重量%
Ag: 0.4〜1.5重量%
Cl: 0.1〜1.0重量%
Br: 0.01〜0.5重量%
F: 0〜0.2重量%
を含んでなるものであることを特徴とする,上記(8)ないし(10)の何れかの偏光ガラス。
12.該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,重量%でAg×(Br−F)≦0.1なる関係があることを更に特徴とする,上記(8)ないし(11)の何れかの偏光ガラス。
13.該偏光ガラスの消光比が10dB以上である,上記(8)ないし(12)の何れかの偏光ガラス。
【発明の効果】
【0036】
上記構成になる本発明によれば,Ag成分濃度が高いにも拘らず,母材ガラスの形成時において液相温度(高温の融液をゆっくりと冷却していった場合にガラスに結晶が析出し始める温度をいう。)を従来の母材ガラスに比して下げることができ,それにより,母材ガラスの失透を抑制することができる。また,結晶化温度(ガラスを低温から加熱していった場合に結晶が析出し始める温度をいう。)も高めることができる。これは,一旦延伸されたハロゲン化銀結晶が,ガラス軟化させて延伸する工程の際に再球体化してしまうという事態の発生を防止できる。このため,本発明によれば,高い濃度でAgを含有する偏光ガラスが容易に得られるため,可視領域(特に460nm以上)及び赤外領域(例えば,最大5000nmまで)の様々な波長に適した,高い消光比の偏光ガラスの製造を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は,アスペクト比と吸収極大波長の関係を示すグラフである。
【図2】アスペクト比が2:1および11:1の同体積の銀粒子の吸収断面積曲線である。
【図3】比較例1〜4に示す組成のガラスにおける熱処理温度と平均粒径の関係を示すグラフである。
【図4】実施例1の偏光ガラスの断面の偏光顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【図5】実施例1の延伸後のガラス断面の走査型電子顕微鏡像を示す図面代用写真である。細長い紡錘状の影は延伸されたハロゲン化銀粒子がエッチングにより選択的に溶解されて生じた穴である。
【図6】実施例1の偏光ガラスの分光透過率曲線。
【図7】実施例20の偏光ガラスの分光透過率曲線。
【図8】実施例21の偏光ガラスの分光透過率曲線。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明において,粒子について「形状異方性」とは,全体として紡錘形をした回転楕円体の粒子の長軸/短軸比(アスペクト比)が,1.4/1又はこれより大きいことをいう。
【0039】
本発明において,異方性金属銀粒子について「配向された」とは,偏光ガラス中に含まれる多数の異方性銀粒子の方向の分布に,全体としてある特定の方向への偏りがある(すなわち等方性でない)ことをいう。
【0040】
本発明において,消光比とは,直線偏光を偏光ガラスに対して垂直に入射させ,偏光ガラスを垂直軸周りに回転させて最小透過光量P1,最大透過光量P2を測定したとき,P2/P1をいい,デシベル(dB)表示では,次の式(6)により与えられる。
【0041】
【数7】

【0042】
本発明における偏光ガラスの組成についてより詳しく説明する。
SiO2は,ガラスの耐候性を向上させるが,溶融を難化させる効果がある。これらの兼ね合いから,SiO2の含有量は,40〜63重量%とするのが好ましく,40〜60重量%とするのがより好ましく,42〜60重量%とするのが更に好ましい。
【0043】
23はハロゲン化銀粒子の析出を促進するが,ガラスの耐候性を悪化させる。これらの兼ね合いから,B23の含有量は,15〜26重量%とするのが好ましく,16〜25重量%とするのがより好ましい。
【0044】
Al23は,ガラスの耐候性を著しく向上させる成分であり,その点では多く含有させる方が良いが,その反面ガラスの溶融を難化させ,その結果として失透性を増大させ方向にも働く。耐候性を得るためには,Al23の含有量は5重量%以上であることが必要である。他方,ガラスの良好な溶融を確保するためには,Al23含有量は15重量%以下とするのが好ましく,12重量%以下とするのがより好ましく,10重量%以下とするのが更に好ましい。
【0045】
ZrO2は,ガラスの耐候性を著しく向上させる成分であり,その点では多く含有させる方が良いが,その反面ガラスの溶融を難化させ,その結果として失透性を増大させる方向にも働く。耐候性を得るためには,ZrO2の含有量は7重量%以上であることが必要である。他方,ガラスの失透性を抑えるためには,ZrO2の含有量は12重量%以下とする必要があり,10重量%以下とすることが好ましい。
【0046】
TiO2は,ガラスの耐候性を向上させまた屈折率を上昇させる効果を有する。また,TiO2は,紫外線吸収能があるためフォトクロミズム抑制に寄与するが,ガラス中での核形成効果が高く,失透性を増大させる。特にTiO2により引き起こされる失透は,TiO2含有量に大きく依存し,後に述べるハロゲン種の比率とは関係せずに起こるため,TiO2を含有させる場合にもその量は1.7重量%以下としなければならない。ガラスを高屈折率化する等の必要がない場合には,できるだけ少ないほうが好ましい。
【0047】
アルカリ金属酸化物R12O(ここに,R1は,Li,Na,K及びCsを包括的に表す。)は,耐候性とハロゲン化銀による失透性に著しい影響を与える。すなわち,耐候性の向上にはR12Oは少ないほどよいが,少ないとガラスの溶融を難化させて失透性を高める。これらの兼ね合いから,R12Oの含有量合計は4〜16重量%とし,各酸化物別ではそれぞれ,Li2Oが0〜5重量%,Na2Oが0〜9重量%,K2Oが0〜12重量%,Cs2Oが0〜6重量%とすることが好ましい。また,含有させるアルカリ金属の種類を増やせば混合アルカリ効果によって耐候性の向上につながるため,各アルカリ金属を少量ずつ含有させるのが有利である。ただし,Cs2Oは高価であるため,含有させなくともよい。そのため,それら各酸化物の含有量は,より好ましくは,Li2Oが0〜4重量%,Na2Oが0〜8重量%,K2Oが0〜10重量%である。更に好ましい含有量はそれぞれ,Li2Oは0〜3重量%,Na2Oは0〜6 重量%,K2Oは0〜9重量%である。
【0048】
アルカリ土類金属R2Oは,分相性と耐候性の向上に著しい影響を与える。R2Oは必須ではないが0〜7重量%の量で含有させてよい。各酸化物別では,MgOは0〜3重量%,CaOは0〜3重量%,SrOは0〜5重量%,BaOは0〜5重量%とすることが好ましい。アルカリ土類金属も混合アルカリ効果を起こすため,耐候性の向上には,多くの種類を少量ずつ含むことが好ましい。またアルカリ土類の中でもMgOはガラスの粘性−温度曲線を比較的ゆるやかにする,いわゆるロングなガラスにする効果があるため,延伸工程の作業性にも良い影響を与える。
【0049】
ZnOは,耐候性を向上させ,またロングなガラスにする効果もあるため含有させてよいが,含有量が多すぎると失透性が増大する。これらの兼ね合いから,ZnOの含有量は0〜6重量%とするのが好ましい。
【0050】
高い消光比を得るためにはAgの含有量を多くすることが有利であり,特に1気圧で還元処理を行う場合には,Agの含有量は,0.4重量%以上とするのが好ましく,0.42重量%以上とするのがより好ましく,0.45重量%以上とするのが更に好ましい。更に,可視領域用偏光子の場合には,Agの含有量は,0.5重量%とすることがより好ましい。しかしながら,Agの含有量が多すぎると,ハロゲン比率を制御しても失透を抑えることが困難になるため,含有量は1.5重量%以下とするのが好ましく,1.2重量%以下とするのがより好ましい。
【0051】
還元工程を行う前にガラス中のハロゲン化銀粒子が金属銀粒子へと自然に還元されてしまう事態を防ぐため,ClとBrの合計含有量をAgの含有量よりも多くする必要がある。モル比で表すとき,Ag/(Cl+Br)は0.2〜1.0であることが好ましく,0.3〜0.8であることがより好ましく,0.4〜0.7であることが更に好ましくい。ここでハロゲン種のうちFを除外しているが,AgF結晶は熱的に不安定であり,析出し得ないためである。
【0052】
ハロゲンの含有量はハロゲン化銀粒子の析出に最も大きな影響を与える。Clの含有量は0.1〜1.0重量%,Brは0.01〜0.5重量%,Fは0〜0.2重量%とし,重量%で表すときAg×(Br−F)≦0.1であり,且つ,モル比で表すときCl/(Cl+Br+F)は0.5〜0.95,Br/(Cl+Br+F)は0.05〜0.4,そしてF/(Cl+Br+F)は0〜0.4とすることが好ましい。
【0053】
ハロゲン種で最も比率の大きい成分はClである。Clの含有量は0.1〜1.0重量%とすることが上述のように好ましく,0.15〜0.7重量%とするのがより好ましく,は0.2〜0.6重量%とするのが更に好ましい。また,ハロゲン種中でのモル比Cl/(Cl+Br+F)は,好ましく0.5〜0.95,より好ましくは,0.5〜0.9,更に好ましくは0.55〜0.85。
【0054】
Brを加えると,ClとBrの間には混合易移動イオン効果が現れ,ハロゲンの拡散速度を小さくすることができる。拡散速度が小さくなれば粒径制御が容易になるほか,結晶化温度が高くなり,延伸工程でのハロゲンの拡散によるハロゲン化銀の再球体化を抑制する効果が得られる。そのためには,Brの含有量を0.01〜0.5重量%とするのが好ましく,0.03〜0.3重量%とするのがより好ましく,0.05〜0.25重量%とするのが更に好ましい。混合易移動イオン効果を得るためには,モル比率Br/(Cl+Br+F)を0.05〜0.4とすることが好ましく,0.05〜0.35とすることがより好ましく,0.05〜0.25とすることが更に好ましい。
【0055】
しかしBrは液相温度を高め,失透性を増大させる効果も持つ。その場合,失透はBrの溶解度が低いことが主要因である。AgBr結晶の析出速度は,Ag濃度とBr濃度とに比例し,Fを含まない場合には重量%で表すときAg×Br≦0.1とすることで失透を抑制できることを,本発明は見出した。
【0056】
Fを加えると液相温度は低下するが,FとClの間での混合易移動イオン効果の働きは弱く,FとClのみでは拡散速度への影響は見られない。そのため,ハロゲン種としてClとFのみを含みBrを含まないものは好ましくない。しかしながら,FとBrの間には混合易移動イオン効果が働くため,F,Cl,Brの三種のハロゲンをすべて含む場合にハロゲンの拡散速度は最も小さくなる。
【0057】
このように,Fを含有させて液相温度を低下させ,同時に,ハロゲンの拡散速度も更に小さくすることで,AgおよびBrを従来のものより多くガラスに含有させても失透を抑制することが可能となる。またこの場合において,重量%でAg×(Br−F)≦0.1とすると更に良い結果が得られることを,本発明者は見出した。すなわち実施例に示した各表に見られるように,Ag×(Br−F)の値を小さくすることにより,900℃での1時間の熱処理によっても失透しない,耐失透性の非常に高いガラスを作製することもできる。
【0058】
但し,Fを過剰に加えると液相温度が下がりすぎて,ハロゲン化銀の結晶析出が阻害されてしまう場合がある。そのため,Fの含有量は,0〜0.2重量%とするのが好ましく,0〜0.15重量%とするのがより好ましく,0〜0.1重量%とするのが更に好ましい。また,混合易移動イオン効果を得るためにはF/(Cl+Br+F)は,0〜0.4とすることが好ましく,0.01〜0.3とするのがより好ましく,0.05〜0.3とするのが更に好ましい。
【0059】
実施例の部に示すように,Brを含むガラスでは,Brを含まないガラスに比して,析出するハロゲン化銀粒子の平均粒径が小さくなり,ハロゲンの拡散速度が遅くなる傾向がある(図3)。
【0060】
また,同じガラスなら温度が高いほど析出ハロゲン化銀粒子の粒径が増大することが分かる。更に,ハロゲン化銀の粒子は,ガラス中に析出し成長するものであるから,当然ながら平均粒径は,熱処理時間を延ばすと大きくなる方向にある。従って,温度及び時間を調整することにより,粒径を操作することができる。熱処理温度は,軟化点より数十℃高い温度であり,通常は650 〜 800℃とすればよく,また処理時間は通常1〜10時間とすればよい。簡便には,ガラスの試料を作製して例えば上記範囲の中央付近の温度及び時間で熱処理し,得られたガラス中のハロゲン化銀の粒径を確認して,必要なら熱処理温度又は熱処理時間を変化させることにより,所望の熱処理条件を設定し,その後は,ガラスの組成が同じである限り,同じ条件で熱処理を行うようにすればよい。
【0061】
析出するハロゲン化銀中でBrの割合が多くなると,ハロゲン化銀粒子のバンドギャップが狭くなり,ガラスは白色から黄色へと変化し,可視光領域の吸収損失への影響が無視できなくなる。このため,可視光領域での使用を考えると,析出するハロゲン化銀粒子AgClxBr1-xにおいて,xは0.5以上であるのが好ましく,より好ましくは0.7以上である。
【0062】
本発明の偏光ガラスの製造方法について説明する。
母材ガラス組成が上記の組成範囲となるように各種酸化物,ハロゲン化物,水酸化物,硝酸塩,硫酸塩,炭酸塩等,原料を調合し,周知の方法を用いて溶融する。ガラス融液を鋳型に流し出し,成形し,熱処理を行ってハロゲン化銀粒子を析出させる。
【0063】
次に,こうして出来た熱処理済母材ガラスを精密研磨し,板状のプリフォームを作製する。次いで,これを延伸する。延伸はガラスの粘度が106〜109ポアズ(P)となる温度で,50〜500kgf/cm2の応力をかけて行う。この延伸により,ガラス中のハロゲン化銀粒子も延伸されて,形状異方性となる。延伸は,ハロゲン化銀粒子のアスペクト比が少なくとも2:1以上になるように行う。アスペクト比に特に上限はなく,目的に応じて適宜設定することができる。どの程度まで延伸するかは目的として使用する波長およびガラスの粘度,印加する応力により異なるが,通常は,長さが2〜1000倍程度,つまり断面積が1/2〜1/1000倍程度になる範囲で延伸すればよい。そのような延伸は1工程で行ってもよいが,高い倍率で延伸を行うには,2以上の工程に分け,一つの延伸工程を経たガラスを適宜のサイズに分割した後,各々を更に次の延伸工程に付す,という手順で行ってもよい(各工程の延伸倍率の積が最終的な延伸倍率となる)。延伸後のガラス中のハロゲン化銀粒子のアスペクト比の測定は,例えばサンプル断面の走査型顕微鏡による観察により行うことができる。従って,所望のアスペクト比が得られる延伸条件は,適宜変更した条件で得られるガラス中のハロゲン化銀粒子のアスペクト比の値から,簡単に見出すことができる。
【0064】
例えば,1300〜1600nmのような赤外領域に吸収極大を持つ偏光ガラスを得るには,粘度が例えば約108Pの場合,200〜400kgf/cm2の応力を印加し、延伸後の断面積が1/20〜1/50となるように延伸すればよい。また粘度は,市販の粘度測定装置を用いて測定することができる(例えば,オプト企業製広範囲粘度測定装置WRVM−313を用いて平行板測定法で測定)。
【0065】
上述のとおり,偏光ガラスの吸収極大波長λmaxとガラス中に含まれる金属銀粒子のアスペクト比の間には,図1に示した関係がある。従って,例えば可視領域内のある波長で吸収極大波長λmaxを持つ偏光ガラスを得るには,赤外光より短波長側に吸収極大を持たせるよう,赤外領域に吸収極大λmaxを持つ偏光ガラスの場合に較べてガラス中に含まれる金属銀粒子のアスペクト比が小さくなるように,延伸を調節すればよい。これは例えば,同じ母材硝子で赤外領域用の偏光ガラスを製造する場合に比して,延伸応力を小さくすることにより行うことができる。
【0066】
延伸したガラスを,ガラス転移点以下の温度にて,水素雰囲気で還元処理を行う。本発明においては,水素雰囲気の加圧は不要であり,非加圧下(常圧,すなわち1気圧)で還元処理を効果的に行うことができる。この還元処理により,少なくともガラスの表面層に存する形状異方性のハロゲン化銀粒子が形状異方性の金属銀粒子へと変換される。こうして得られる形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだガラスは,偏光特性を示す。なおここに,形状異方性金属銀粒子について,「少なくとも表面層に含んだ」とは,ガラスの中心部のハロゲン化銀粒子までが金属銀粒子へと変換される必要が無いことを示すに過ぎず,「表面層」が特定の厚みの層でなければならないことを意味しない。すなわち,形状異方性金属銀粒子が,少なくとも表面側に,ある深さに亘って含まれていればよい。
【実施例】
【0067】
以下,本発明の偏光ガラスの製造方法について,実施例を参照して説明するが,本発明がそれら実施例に限定されることは意図しない。
【0068】
〔実施例1〜17〕
<母材ガラスの製造>
表1−1〜2−2に示す実施例1〜17の組成からなる母材ガラスを作製した。すなわち,それぞれの組成を与えるように混合した原料を500ccの白金坩堝にて1450〜1600℃で溶解した後,鋳型に流し込み,ガラス転移点以下まで一旦冷却し,母材ガラスブロックを得た。表において,「失透」は,母材ガラスブロックの失透の有無を示す。
【0069】
これらの実施例の母材ガラスブロックを,上記表に示すように700〜760℃に保持した電気炉中で2〜8時間熱処理を行い,熱処理済母材ガラスブロックを作製した。この熱処理済母材ガラスは,ハロゲン化銀結晶の析出によって白色または黄色に濁っていた。これらの何れのガラスにおいても,紫外光を照射によるガラスのフォトクロミズムは観察されなかった。「900℃熱処理」は,900℃での1時間の熱処理での濁りの有無を示す。
【0070】
また,熱処理済母材ガラスについて,析出したハロゲン化銀結晶の粒径の計測を行った。計測の手順は次のとおりである。すなわち,熱処理済母材ガラスを破断して平滑面を得た。得られた平滑面を5重量%HF水溶液で15秒間エッチングした。析出粒子部分が選択的に溶解してできる球形の孔を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して行った。
【0071】
<延伸>
実施例1〜17の熱処理済母材ガラスを60×500×5mmに加工し,プリフォームを得た。このプリフォームを,粘度が約108Pとなる温度まで加熱し,約300〜350kgf/cm2の引張応力を印加して延伸した。延伸後の断面積は延伸前の約1/27〜1/43であった。このときのハロゲン化銀のアスペクト比は約5:1〜25:1であった。例として,図5に実施例1の延伸後のガラスの断面の走査型電子顕微鏡像を示す。延伸方向と平行な方向に破断し,5重量%HF水溶液で15秒間のエッチングを行った後の像である。
【0072】
<還元処理>
延伸したガラスを10mm角に切断した後,0.2mm厚に精密研磨し,水素還元処理を施した。還元処理は,大気圧下で100%水素ガスを流量10ml/分でフローしながら460℃で4時間行った。
【0073】
<評価>
こうして得られた偏光ガラスについて,消光比を,1310nm及び1550nmの2点において測定した。消光比の測定のためには,偏光ガラスに反射防止膜を施した。グラントムソンプリズムを介して直線偏光としたコリメータビームを偏光ガラスに入射させ,偏光ガラスを回転させて最小透過光量P1,最大透過光量P2を測定し,前記式(7)によって消光比を求めた。また,上記の各波長における透過光量測定位置での偏光ガラスが無い場合における光量P0を測定し,次式(8)によって同波長での挿入損失(dB表示)を求めた。
【0074】
【数8】

【0075】
ハロゲン化銀結晶AgClxBr1-xにおけるxの決定は,粉末X線回折で行った。回折線から格子定数を算出し,Vegard則に基づいて求めた。
【0076】
各ガラスの組成(重量%)及び側手の結果を下記の表に示す。
【0077】
【表1−1】

【0078】
【表1−2】

【0079】
【表2−1】

【0080】
【表2−2】


【0081】
これらの表に示すとおり,Ag量の多い組成を用いることで,大気圧下,460℃,4時間の条件で還元を行った製品であっても反射防止膜を製膜した後の消光比は,1310nm及び1550nmにおいて何れも56dB以上であり,良好な偏光特性が得られ,また挿入損失も,1310nmで0.03dB〜0.04dB,1550nmで0.03〜0.05dBと僅かであった。
【0082】
例として,実施例1の偏光ガラスの断面の偏光顕微鏡像を示す(図4)。上記条件での還元処理により,偏光ガラスの両表面層にそれぞれ厚さ約25μmの還元層の形成が認められる。図6は,実施例1の偏光ガラスの分光透過率曲線を示す。ここに,実線で示された分光透過率曲線は,ガラスの延伸方向に対して電場の振動方向が平行となる角度で直線偏光が入射した場合のものであり,破線は,ガラスの延伸方向に対して電場の振動方向が垂直となる角度で直線偏光が入射した場合のものである(図7及び8において同じ。)図は,得られたガラスが赤外領域において優れた偏光特性を有することを示している。実施例2〜17のガラスについても,同様の分光透過率曲線が得られた(データ示さず)。
【0083】
〔比較例1〜5〕
表3−1に示す比較例1〜5は,偏光ガラス製造における条件検討に供した組成の異なるガラスを示し,図3は,処理温度と析出粒子の径との関係を調べるために,比較例1〜4に示す組成のガラスを,様々な温度で4時間熱処理したときの析出粒子の平均粒径(個数平均径)を比較したものである。これらのガラスは,他の成分及び含量は同じであり,ハロゲンの含量及び相互比率のみが異なる。これらのうち,Brを含むガラス(比較例3及び4)では平均粒径が小さく,ハロゲンの拡散速度が遅くなっていることがわかる。また図3は,同じガラスなら,熱処理温度が高い程,同じ時間内に析出するハロゲン化銀粒子の粒径が大きくなることが分かる。
【0084】
【表3−1】


【0085】
〔比較例6〜8〕
表3−2に示す比較例6〜8は,前記特許文献5,4及び8に記載された実施例の偏光ガラスの組成,処理条件及び性能であり,これらのガラスについても,同表に記載の組成に従ってガラスを製造して,失透性その他熱処理時の変化を観察した。なお比較例6〜8中の記号「※」を付した結果は,本発明者が比較のために実際に作製し溶融したガラスについての結果である。比較例6及び7のガラスについては失透が認められた。また比較例8のガラスは,Ag成分濃度が0.24重量%と低いにも拘わらず濁りが生じ易い。
【0086】
【表3−2】


【0087】
〔実施例18〜21〕
表4に示す実施例18〜21の組成からなる母材ガラスを作製した。すなわち,それぞれの組成を与えるように混合した原料を500ccの白金坩堝にて1450〜1600℃で溶解した後,鋳型に流し込み,ガラス転移点以下まで一旦冷却し,母材ガラスブロックを得,表に示した条件で実施例1〜17と同様に処理し,評価を行った。
【0088】
【表4】


【0089】
表4に示すとおり,実施例18〜21のガラスは,何れも可視領域において優れた偏光特性を示した。実施例20及び21の偏光ガラスの分光透過率曲線を図7及び8にそれぞれ示す。図より,それらの偏光ガラスが,可視領域内において広範囲にわたり偏光特性を有していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は,高い消光比を示す偏光ガラスを,従来のような高圧ではなく常圧の水素ガスを用いた還元により容易に得ることを可能にする。当該方法は,従って相対的に安全性が高くコスト効率に優れる。また,これにより得られる偏光ガラスは,光アイソレータやプロジェクター等,偏光を生じさせ或いは偏光を使用する機器において,高消光比の偏光ガラスとして利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散されたAgClxBr1-x(0≦x≦1)結晶を含んだガラスを延伸するステップと,次いでこれを還元雰囲気下で還元するステップとを含む,分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスの製造方法であって,
該偏光ガラスが,TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラスの製造方法。
【請求項2】
該偏光ガラスに含まれるハロゲンの間に,モル比で,F/(Cl+Br+F)が0.01〜0.4なる関係があることを更に特徴とする,請求項1の製造方法。
【請求項3】
該偏光ガラスの組成が,
SiO2: 40〜63重量%
23: 15〜26重量%
Al23: 5〜15重量%
ZrO2: 7〜12重量%
12O: 4〜16重量%
(ここに,R1は,Li,Na,K及びCsを包括的に表し,但し,Li2O:0〜5重量%,Na2O:0〜9重量%,K2O:0〜12重量%,Cs2O:0〜6重量%である。)
2O: 0〜7重量%
(ここに,R2は,Mg,Ca,Sr及びBaを包括的に表し,但し,MgO:0〜3重量%,CaO:0〜3重量%,SrO:0〜5重量%,BaO:0〜5重量%である。)
ZnO: 0〜6重量%
Ag: 0.4〜1.5重量%
Cl: 0.1〜1.0重量%
Br: 0.01〜0.5重量%
F: 0〜0.2重量%
を含んでなるものであることを特徴とする請求項1又は2の製造方法。
【請求項4】
該AgClxBr1-x結晶において,xが0.5以上であることを特徴とする,請求項1ないし3の何れかの製造方法。
【請求項5】
該偏光ガラスに含まれるAg,Br及びFの間に,重量%でAg×(Br−F)≦0.1なる関係があることを更に特徴とする,請求項1ないし4の何れかの製造方法。
【請求項6】
該偏光ガラスの消光比が10dB以上である,請求項5の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6の何れかの製造方法により製造された偏光ガラス。
【請求項8】
分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスであって,
TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
633nmにおける損失が0.6dB以下、消光比が35dB以上であり,
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラス。
【請求項9】
分散され配向された形状異方性金属銀粒子を少なくとも表面層に含んだ偏光ガラスであって,
TiO2を1.7重量%を超えて含有せず,
Agを0.4重量%以上含有し,且つ,
532nmにおける損失が2.5dB以下、消光比が30dB以上であり,
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,
モル比で,Ag/(Cl+Br)が0.2〜1.0
モル比で,Cl/(Cl+Br+F)が0.5〜0.95,及び
モル比で,Br/(Cl+Br+F)が0.05〜0.4
なる関係があることを特徴とする,偏光ガラス。
【請求項10】
該偏光ガラスに含まれるハロゲンの間に,モル比で,F/(Cl+Br+F)が,0〜0.4なる関係があることを更に特徴とする,請求項8又は9の偏光ガラス。
【請求項11】
該偏光ガラスの組成が,
SiO2: 40〜63重量%
23: 15〜26重量%
Al23: 5〜15重量%
ZrO2: 7〜12重量%
12O: 4〜16重量%
(ここに,R1は,Li,Na,K及びCsを包括的に表し,但し,Li2O:0〜5重量%,Na2O:0〜9重量%,K2O:0〜12重量%,Cs2O:0〜6重量%である。)
2O: 0〜7重量%
(ここに,R2は,Mg,Ca,Sr及びBaを包括的に表し,但し,MgO:0〜3重量%,CaO:0〜3重量%,SrO:0〜5重量%,BaO:0〜5重量%である。)
ZnO: 0〜6重量%
Ag: 0.4〜1.5重量%
Cl: 0.1〜1.0重量%
Br: 0.01〜0.5重量%
F: 0〜0.2重量%
を含んでなるものであることを特徴とする,請求項8ないし10の何れかの偏光ガラス。
【請求項12】
該偏光ガラスに含まれるAg及びハロゲンの間に,重量%でAg×(Br−F)≦0.1なる関係があることを更に特徴とする,請求項8ないし11の何れかの偏光ガラス。
【請求項13】
該偏光ガラスの消光比が10dB以上である,請求項8ないし12の何れかの偏光ガラス。

【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−150122(P2010−150122A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136209(P2009−136209)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(000178826)日本山村硝子株式会社 (140)
【Fターム(参考)】