説明

高温強度に優れる鋼材およびその製造方法

【課題】耐火鋼材とその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.01〜0.1%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、A1:0.003〜0.1%、Mo:0.010〜0.30%、Nb:0.010〜0.20%、V:0.005〜0.50%を、炭素当量Ceqが0.46%以下を満足するように調整して含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材を、1000〜1350℃の範囲の温度に加熱したのち、圧延終了温度が850℃以上となる熱間圧延を行い、熱間圧延後、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度まで空冷または加速冷却したのち、さらに、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度で圧下率:1.0〜10%とする、少なくとも1パスの熱間圧延を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築や橋梁、船舶などの溶接構造物に幅広く用いられている溶接構造用鋼材に係り、とくに火災時の高温強度(耐火性能と呼ぶ)に優れた、いわゆる耐火鋼材に関する。ここでいう「鋼材」には、厚板、H形鋼等を含むものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶接構造用鋼材は、常温では必要十分な強度を有しているが、350℃を超える温度に曝されると、通常、強度が低下するようになる。このため、このような溶接構造用鋼材を、たとえば建築構造物の構造部材に使用した場合には、火災時における安全性を確保するために、当該構造部材に耐火被覆を施し、鋼材の温度上昇を抑えるなどの工夫が行われている。
【0003】
しかし、最近では、建築構造物のコスト低減や美観上の観点から、耐火被覆の低減や、さらには耐火被覆の省略(無被覆化)が要望されている。このような要望に対し、耐火被覆を必要としない溶接構造用鋼材、すなわち耐火鋼材が開発され、600℃で常温強度規格値の2/3以上の優れた高温強度を保有する耐火鋼材が広く用いられている。
このような耐火鋼材としては、たとえば、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4などに、記載がある。特許文献1〜4に記載された耐火鋼材は、いずれもMoを必須含有し、Mo炭化物の析出により、600℃で所望の優れた強度(高温強度)を確保している。なお、上記した耐火鋼材では、Mo炭化物の析出強化以外に、フェライト粒の微細化、Mo以外の合金元素による固溶強化、析出強化さらには、硬質相の分散による強化などを併用している。
【0004】
しかしながら、Moは希少な資源で高価であることから、多量のMoを含有する耐火鋼材は、Mo原料の高騰により、耐火鋼材の経済的な優位性が損なわれる場合が多い。そのために、低MoとするかあるいはMo無添加とするかの検討が行われている。
例えば、特許文献5、特許文献6には、C:0.001〜0.030%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.4〜2.0%、Nb:0.03〜0.50%、Ti:0.005%以上0.040%未満、N:0.0001〜0.0050%、Al:0.005〜0.030%を含み、さらに、Mg:0.005%以下、REM:0.010%以下の1種または2種を含有し、P、Sを低く制限し、C、Nb、Ti、Nを特定の関係を満足するように調整した耐火鋼材が記載されている。特許文献5、6に記載された技術では、Nbを多量含有させ、さらに炭化物を形成しないようにC量を低く抑えて、固溶Nbのドラッグ効果を利用して、Mo含有鋼材と同等の高温強度を確保できるとしている。なお、特許文献5、6に記載された技術では、Mo:0.10%未満の含有が許容されている。
【0005】
また、特許文献7には、C:0.005〜0.030%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.40〜1.85%、Nb:0.01%以上0.35%未満、N:0.0001〜0.0045%、およびZr:0.005〜0.060%またはREM:0.001〜0.01%の1種または2種を含有し、Al:0.03%以下、さらにP、Sを低く制限し、かつZr、REM、Nが特定の関係を満足し、さらにC、Nbが特定の関係を満足するように調整した耐火H形鋼が記載されている。特許文献7に記載された技術では、高価なMoを含有することなく、優れた高温強度を確保でき、再熱脆化を防止できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許2828054号公報
【特許文献2】特許3596473号公報
【特許文献3】特開平6-10040号公報
【特許文献4】特開平9-137218号公報
【特許文献5】特開2008−121120号公報
【特許文献6】特開2008−121121号公報
【特許文献7】特開2008−179881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献5,6に記載された技術では、Cを低く調整する必要があり、精錬時間(脱炭時間)が長くなるという問題や、例えばMn添加の副原料として、Cを含まない金属Mnを利用する必要があり、材料コストが高騰するという問題もある。また、特許文献5,6に記載された技術では、極低C化、高Nb含有に伴い再熱脆化が発生しやすくなることや、更なる高温強度の増加を必要とするなどの問題もある。また、特許文献7に記載された技術では、Cを低く調整する必要があり、精錬時間(脱炭時間)が長くなるという問題や、例えば副原料として、Cを含まない原料を利用する必要があり、材料コストが高騰するという問題がある。
【0008】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、Mo含有量を極力低減した組成でも、安定して所望の高温強度を確保できる、高温強度に優れた耐火鋼材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、Mo含有量を極力低減した状態でも、所望の高温強度を安定して確保するための方策について、鋭意研究した。従来Mo含有量を低減したあるいは削減した鋼組成で、耐火性能を向上させるためには、Nbを含有させ、固溶Nbのドラッグ効果を利用していたが、本発明者らは、固溶Nbではなく、Nbの炭窒化物Nb(C,N)、さらにはVの炭窒化物V(C,N)に着目した。
【0010】
そして、本発明者らの更なる研究により、20nm未満の微細な析出物(Nbの炭窒化物およびVの炭窒化物)を適正量析出させることで、火災時に析出するMo量(高温加熱時に炭化物として析出するMo量)が飛躍的に増加し、Mo含有量が少なくても、高温強度が安定して増加すること、すなわち、Mo含有量と火災時にMo炭化物として析出するMo量の比、析出Mo比率(Mo歩留)が飛躍的に向上し、Mo含有量が少なくても、高温強度が向上することを知見した。
【0011】
本発明はかかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.01〜0.1%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Al:0.003〜0.1%、Mo:0.010〜0.30%、Nb:0.010〜0.20%、V:0.005〜0.50%を、次(1)式
炭素当量Ceq(%)=C+Si/24+Mn/6+Mo/4+V/14+Ni/40+Cr/5‥‥(1)
(ここで、C,Si,Mn,Mo,V,Ni,Cr:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.46%以下を満足するように調整して含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、鋼中に質量%で、粒径20nm未満の析出物として析出したNb量およびV量の合計が0.03〜0.15%であることを特徴とする高温強度に優れた耐火鋼材。
【0012】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする耐火鋼材。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.003〜0.02%を含有することを特徴とする耐火鋼材。
【0013】
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする耐火鋼材。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする耐火鋼材。
【0014】
(6)鋼素材を、熱間圧延して所定寸法の鋼材とするに当たり、前記鋼素材を、質量%で、C:0.01〜0.1%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、A1:0.003〜0.1%、Mo:0.010〜0.30%、Nb:0.010〜0.20%、V:0.005〜0.50%を、次(1)式
炭素当量Ceq(%)=C+Si/24+Mn/6+Mo/4+V/14+Ni/40+Cr/5‥‥(1)
(ここで、C,Si,Mn,Mo,V,Ni,Cr:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.46%以下を満足するように調整して含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材とし、前記熱間圧延が、1000〜1350℃の範囲の温度に加熱したのち、圧延終了温度が850℃以上となる熱間圧延を行う熱延工程と、該熱延工程後、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度まで空冷する冷却工程と、該冷却工程後、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度で圧下率:1.0〜10%とする、少なくとも1パスの熱間圧延を行う析出誘起処理工程と、を順次施す工程であることを特徴とする高温強度に優れた耐火鋼材の製造方法。
【0015】
(7)(6)において、前記冷却工程における前記空冷に代えて、平均で20℃/s以下の冷却速度で冷却する加速冷却とすることを特徴とする耐火鋼材の製造方法。
(8)(6)または(7)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする耐火鋼材の製造方法。
【0016】
(9)(6)ないし(8)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.003〜0.02%を含有することを特徴とする耐火鋼材の製造方法。
(10)(6)ないし(9)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする耐火鋼材の製造方法。
【0017】
(11)(6)ないし(10)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、前記組成に加えてさらに、質量%で、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする耐火鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Nb、VおよびMoを必須含有し、しかもMo含有量を極力低減した組成でも、安定して所望の高温耐力を確保でき、優れた高温強度を有する鋼材を、容易にしかも安価に、かつ安定して製造することができ、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、本発明鋼材の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り、質量%は単に%で記す。
C:0.01〜0.1%
Cは、鋼の強度を増加させる元素であり、本発明では、圧延状態でNb(C,N)、V(C,N)を有効に析出させるとともに、高温加熱時(火災時)に所定量以上のMo炭化物を、析出させ、高温強度を高めるために、必要不可欠な元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、0.1%を超えて含有しても、その効果が飽和するとともに、溶接性が低下する。そのため、Cは0.01〜0.1%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.02〜0.08%である。
【0020】
Si:0.01〜1.0%
Siは、固溶して強度を増加させる有効な元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超える含有は溶接熱影響部(HAZ)の靭性を著しく低下させる。このため、Siは0.01〜1.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.05%〜0.6%である。
【0021】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは、Siと同様に、強度を増加させる比較的安価な元素であり、溶接構造用鋼材の高強度化には重要な元素である。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。0.1%未満ではその効果は小さい。一方、2.0%を超えて含有すると、上部ベイナイト変態を促進させるため、母材靭性や溶接熱影響部の靭性を低下させる。このため、Mnは0.1〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.5〜1.8%である。
【0022】
P:0.030%以下
Pは、粒界や最終凝固位置等に偏析する傾向が強く、とくに中心偏析部などでは、靱延性や溶接熱影響部の靭性を低下させる等の悪影響を及ぼす。このため、Pはできるだけ低減することが望ましい。しかし、0.030%以下であれば、その悪影響は小さいため、Pは0.030%以下に限定した。なお、好ましくは、0.025%以下である。
【0023】
S:0.030%以下
Sは、鋼中では、MnS等の硫化物系介在物として存在し、延性、靭性を低下させる悪影響を及ぼす。また、Pと同様に、鋼材の脆化を助長する。そのため、Pと同様に,できるだけ低減することが望ましい。しかし、0.030%以下であれば、その悪影響は許容できる。このため、Sは0.030%以下に限定した。なお、好ましくは、0.025%以下である。
【0024】
Al:0.003〜0.1%
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような効果を得るためには、0.003%以上の含有を必要とする。一方、0.1%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果を期待できなくなる。このため、Alは0.003〜0.1%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.050%である。
【0025】
Mo:0.010〜0.30%
Moは、火災時(600℃加熱時)にMo炭化物を形成し、高温強度を安定的に確保する作用を有し、鋼材の耐火性能を十分発揮するために有効な元素である。このような効果を確保するためには、0.010%以上の含有を必要とする。一方、0.30%を超える含有は、材料コストの高騰を招く。このため、Moは0.010〜0.30%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.05%〜0.30%である。
【0026】
Nb:0.010〜0.20%
Nbは、本発明において極めて重要な元素である。本発明では、圧延され冷却された鋼材中に、微細なNb(C,N )を多量析出させ、火災時のMo炭化物の析出を促進させる。これにより、Mo含有量が少なくても、得られる高温強度を高くすることができ、Mo含有量を低減することができる。このような効果を得るためには、0.010%以上の含有を必要とする。一方、0.20%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないばかりか、粗大なNb(C,N)が析出し、鋼材が脆化するとともに、溶接部も脆化するなどの悪影響がある。このため、Nbは0.010〜0.20%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.015〜0.15%である。
【0027】
V:0.005〜0.50%
Vは、V(C,N)として微細析出し、常温強度、高温強度を増加させ、鋼材の強度増加に寄与する。また、Nbと同様に、V(C,N)として微細析出し、火災時のMo炭化物の析出を促進させる。これにより、Mo含有量が少なくても、得られる高温強度を高くすることができ、Mo含有量を低減することができる。このような効果を得るためには、0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.50%を超える含有は表面品質を低下させ、溶接熱影部を脆化させる。このため、Vは0.005〜0.50%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.30%である。
【0028】
上記した成分が基本の成分であるが、基本成分に加えてさらに、選択元素として、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ti:0.003〜0.02%、および/または、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種、および/または、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種、を選択して含有できる。
【0029】
Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上
Cu、Ni、Cr、Bはいずれも、鋼材の強度を増加させる元素であり、必要に応じて、選択して1種または2種以上含有できる。
Cu:0.01〜1.0%
Cuは、0.5%程度までの含有では固溶強化により、それ以上では析出強化により鋼材の強度増加に寄与する。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超える含有は、鋼材の表面品質を低下させる。このため、含有する場合には、Cuは0.01〜1.0%の範囲に限定することが好ましい。
【0030】
Ni:0.01〜1.0%
Niは、固溶強化により鋼材の強度増加に寄与するとともに、低温靭性の向上にも寄与する。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが好ましいが、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できず、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Niは0.01〜1.0%に限定することが好ましい。
【0031】
Cr:0.05〜1.0%
Crは、固溶強化により鋼材の強度増加に寄与するとともに、セメンタイトの分解を抑える作用を有し、これにより、焼戻時の軟化抵抗の向上にも寄与する。このような効果を得るためには、0.05%以上含有することが望ましいが、1.0%を超えて含有すると、溶接性が低下するとともに、スケール剥離性が阻害され、表面品質が低下する。このため、含有する場合には、Crは0.05〜1.0%の範囲に限定することが好ましい。
【0032】
B:0.0001〜0.003%
Bは、微量含有で、焼入れ性を高める有効な元素であり、厚肉H形鋼等の鋼材の高強度化に寄与する。このような効果を得るためには0.0001%以上含有することが望ましいが、0.003%を超える含有は、炭窒化物を形成して靭性を低下させる。このため、含有する場合は、Bは0.0001〜0.003%の範囲に限定することが好ましい。
【0033】
Ti:0.003〜0.02%、
Tiは、TiNを形成して大入熱溶接熱影響部のミクロ組織を微細化させ、靭性向上に有効に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには、0.003%以上含有することが好ましいが、0.02%を超えて含有すると、粗大なTiNが析出しやすくなり、Nb、Vを含む析出物(Nb炭窒化物およびV炭窒化物)の微細分散を阻害する。このため、含有する場合には、Tiは0.003〜0.02%の範囲に限定することが好ましい。
【0034】
Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種
Ca、REMはいずれも、介在物の形態制御に有効に寄与する元素であり、とくに介在物の形態制御を介して、偏析部の靭性、延性向上や、溶接熱影響部の靭性向上に有効に寄与する元素であり、必要に応じて、選択して1種または2種を含有できる。このような効果を得るためには、それぞれ0.0005%以上含有することが望ましいが、それぞれ0.005%を超える含有は、鋼の清浄度を低下させる。このため、含有する場合には、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%の範囲に、それぞれ限定することが好ましい。
【0035】
Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種
Zr、Mgはいずれも、酸化物を形成して、大入熱溶接部のミクロ組織を微細化して大入熱溶接部の靭性向上に寄与する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種を含有できる。このような効果を得るためには、それぞれ0.0001%以上含有することが望ましいが、それぞれ0.003%を超えて含有すると、鋼材の清浄性を低下させる。このため、含有する場合には、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%の範囲に限定することが好ましい。
【0036】
なお、本発明鋼材では、上記した範囲の成分を、さらに次(1)式
炭素当量Ceq(%)=C+Si/24+Mn/6+Mo/4+V/14+Ni/40+Cr/5‥‥(1)
(ここで、C,Si,Mn,Mo,V,Ni,Cr:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.46以下を満足するように調整する。上記した(1)式で定義される炭素当量Ceqが、0.46を超えると、溶接性や溶接熱影響部靭性を低下させる。このため、炭素当量Ceqは0.46以下に限定した。好ましくは0.44以下である。なお、(1)式中のNi,Crについては、選択元素として含有する場合にはその含有量を、選択元素として含有しない場合には零として計算するものとする。
【0037】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、不可避的不純物としては、O:0.0030%以下、N:0.0070%以下が許容できる。
つぎに、本発明鋼材の組織限定理由について説明する。
本発明鋼材は、上記した組成を有し、さらに、鋼中に質量%で、粒径20nm未満の析出物として、Nb炭窒化物およびV炭窒化物が、Nb、V換算で合計、0.03〜0.15%、析出した組織を有する。
【0038】
Nb炭窒化物およびV炭窒化物の粒径が20nm以上では、所望の高温強度向上への寄与が少ない。本発明では、Nb炭窒化物およびV炭窒化物の粒径を、粒径20nm未満に限定した。
鋼中に、粒径20nm未満の析出物として析出したNb炭窒化物およびV炭窒化物の析出量がNb、V換算で合計、すなわち粒径20nm未満の析出物として析出したNb量、V量が合計で、0.03%未満では、高温加熱時のMo炭化物の析出促進が十分でなく、一方、0.15%を超えて多量に析出すると、降伏比が高くなり構造物として耐震性が低下する。また、このような微細なNb析出物および微細なV炭窒化物を多量析出させるためには、熱間圧延条件、その後の冷却条件を高度に管理する必要があり、生産性を低下させる。このため、圧延まま状態での、粒径20nm未満のNb炭窒化物およびV炭窒化物の析出量、すなわち、粒径20nm未満の析出物として析出したNb量およびV量の合計を、0.03〜0.15%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.03〜0.12%である。
【0039】
なお、粒径20nm未満のNb炭窒化物およびV炭窒化物の析出量はつぎのようにして、求めるものとする。
対象とする鋼材から、電解抽出用試験片を採取し、電解抽出残渣法を用いて、電解残渣を抽出し、析出Nb量、析出V量を求める。電解抽出残渣法では、まず、試験片を、10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン−1mass%塩化テトラメチルアンモニウム・メタノール)中で、定電流電解する。そして、得られた電解液をろ過し、ろ過済みの電解液についてICP発光分光分析装置を用いて分析し、電解液中のNb量、V量をそれぞれ測定する。
【0040】
なお、電解液のろ過は、まず、100nmの多孔質フィルタで100nm以上の大きさの残渣(粒子)を捕捉し、次に20nmの多孔質フィルタを用いてろ過し、100nm〜20nmの大きさの残渣(粒子)を捕捉し、ついで、この20nmのフィルタで捕捉できなかった残渣(粒子)を、20nm未満の微細な析出物として、得られたろ過後の電解液についてNb量、V量を分析する。そして得られたNb量およびV量の合計を電解重量で除して、粒径20nm未満の微細な析出物として析出した、NbおよびV量(質量%)とする。
【0041】
つぎに、本発明耐火鋼材の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成を有する鋼素材に、熱間圧延として、熱延工程、冷却工程、および析出促進処理工程を順次施して、所定の寸法形状を有する鋼材とする。
鋼素材の製造方法については、特に限定する必要はなく、上記した組成の溶鋼を転炉等の常用の溶製方法を用いて溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法で、スラブ、ビームブランク等の鋼素材とすることが好ましい。
【0042】
鋼素材は、まず、再加熱されたのち、熱延工程を施される。
熱間圧延のための加熱温度は、1000〜1350℃の範囲の温度とする。加熱温度が1000℃未満では、Nbの固溶が不十分で、微細なNb析出物を多量に分散させることができず、Mo炭化物の析出促進を達成できない。一方、1350℃を超える高温では、スケールロスが増加し、歩留りが低下するとともに、加熱のための燃料原単位が低下する。このため、鋼素材の再加熱温度は1000〜1350℃の範囲の温度に限定した。なお、好ましくは1100〜1250℃である。Nbの完全固溶という観点からは、好ましくは1200℃以上である。
【0043】
また、熱延工程では、加熱された鋼素材に、厚板圧延機、H形鋼圧延機等のリバース圧延機で、熱間圧延を施し、所望の厚鋼板、H形鋼等の鋼材とする。熱間圧延は、圧延終了温度を850℃以上とする、オーステナイト域での圧延とする。圧延終了温度が850℃未満では、組織が微細化し常温での降伏比が高くなりやすく、構造物の耐震性が低下する。このため、熱間圧延の圧延終了温度は850℃以上に限定した。なお、好ましくは900℃以上である。
【0044】
熱延工程終了後、得られた鋼材は、ついで冷却工程を施される。冷却工程は、(Ar変態点−30℃)〜(Ar変態点−130℃)の範囲の温度まで空冷する工程とする。なお、空冷に代えて、加速冷却としてもよい。空冷に代えて、加速冷却を施すことにより、圧延能率の低下を抑制できる。このようなことから、加速冷却は、20℃/s以下の冷却速度での冷却とすることが好ましい。20℃/sを超えて冷却を速くすると、逆に、微細Nb、V析出物の析出量が低下する。
【0045】
冷却工程終了後、析出誘起処理工程を施す。析出誘起処理工程は、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の温度範囲で、圧下率:1.0〜10%とする、少なくとも1パスの熱間圧延を行う工程とする。これにより、Nb析出物であるNb(C,N)、V析出物であるV(C,N)が歪誘起析出して、α相中に微細にかつ多量に析出する。これにより、室温の強度が上昇するとともに、火災時に高温に加熱された際に、Mo炭化物の析出が促進され、高温耐力が増加する。
【0046】
少なくとも1パスの熱間圧延を行う温度が、(Ar3変態点−30℃)を超える高温では、生成するNb、V析出物の量が少ない。一方、(Ar3変態点−130℃)未満となる低温では、圧延負荷が増加し、熱間圧延が困難となる場合が多く、さらに加工フェライトの増加により、降伏強さが高くなり耐震性を低下する。このため、析出促進処理の温度は(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の温度範囲に限定した。なお、好ましくは(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−100℃)の温度範囲であり、より好ましくは(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−70℃)の温度範囲である。なお、Ar3変態点は、次式
Ar3変態点(℃)=910−273C+25Si−74Mn−54Ni−8Cu−15Cr−10Mo
(ここで、C,Si,Mn,Ni,Cu,Cr,Mo:各元素の含有量(質量%))
を用いて算出するものとする。なお、上記した式に記載の元素を含有しない場合には、当該元素を零として計算するものとする。
【0047】
なお、Nb,V析出物の歪誘起析出を、肉厚中心部までに効率的に生じさせるために、析出誘起処理工程では、少なくとも1パスの熱間圧延後に、鋼材の表面温度と中心温度の温度差を30℃以上、すなわち表面温度が中心温度よりも30℃以上低くする、ことが望ましい。
また、少なくとも1パスの熱間圧延の圧下率が、1.0%未満では、Nb,V析出物の歪誘起析出量が少ない。一方、10%を超えると、圧延負荷が増加し、熱間圧延が困難となる。このため、少なくとも1パスの熱間圧延の圧下率は1.0〜10%の範囲に限定した。なお好ましくは2〜8%である。
【0048】
析出誘起処理工程後は、空冷で室温まで冷却する。
以下、実施例に基づいて、さらに本発明について説明する。
【実施例】
【0049】
表1に示す組成を有する溶鋼を、転炉で溶製し、連続鋳造法で鋳片(スラブまたはビームブランク)とした。これら鋳片を表2に示す加熱温度に加熱したのち、表2に示す条件で、熱延工程、冷却工程、析出誘起処理工程を施し、表2に示す板厚(肉厚)の鋼材(厚鋼板、H形鋼)とした。得られた鋼材から、JIS Z 2201の規定に準拠して、圧延方向と平行方向が試験片長さ方向となるように、JIS1A号試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して、室温(25℃)で引張試験を実施し、引張特性(降伏強さYP、引張強さTS、降伏比)を求めた。また、得られた鋼材から、JIS G 0567の規定に準拠して、圧延方向と平行方向が試験片長さ方向となるように、高温引張試験片(直径:10mmφ、GL:50 mm)を採取し、JIS G 0567の規定に準拠して、高温引張試験(試験温度:600℃)を実施し、高温耐力(600℃)(0.2%耐力σ600)を求めた。
【0050】
また、得られた鋼材の圧延まま状態から試験片を採取して、Nb、Vの電解抽出残渣分析を行った。電解抽出条件は、10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン−1mass%塩化テトラメチルアンモニウム・メタノール)中で、定電流電解し、得られた電解液を最終的に20nmの多孔質フィルタを用いてろ過し、ろ過済みの電解液についてICP発光分光分析装置を用いて分析し、電解液中のNb、V量を測定し、得られたNb、V量を電解重量で除して、20nm未満の微細な析出物となっているNb、V量(析出Nb量、析出V量(質量%))とした。
【0051】
また、得られた鋼材(圧延まま)に、さらに、600℃×30minの熱処理を施し、Moの電解抽出残渣分析を行った。電解抽出残渣分析は、Nbの電解抽出残渣分析と同様な手法で行い、20nm未満の微細な析出Mo量(質量%)を得た。これらの値を用いて、得られた析出Mo量とMo含有量との比、析出Mo比率(Mo歩留)を算出した。
得られた結果を表4に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
本発明例はいずれも、析出Mo比率が高く、高い高温耐力(600℃での耐力)を確保できている。本発明例はいずれも、低いMo含有量で優れた耐火性能を確保できている。一方、20nm未満の微細な析出物が少ない本発明の範囲を外れる比較例は、析出Mo比率が低くなり、所望の優れた耐火性能を確保できていない。また、20nm未満の微細な析出物が本発明範囲を満足していても、Mo含有量が本発明範囲を外れる比較例(鋼材No.8)は、析出Mo量が少なく所望の優れた耐火性能を確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01〜0.1%、 Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.1〜2.0%、 P:0.030%以下、
S:0.030%以下、 A1:0.003〜0.1%、
Mo:0.010〜0.30%、 Nb:0.010〜0.20%、
V:0.005〜0.50%
を、下記(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.46%以下を満足するように調整して含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、鋼中に質量%で、粒径20nm未満の析出物として析出したNb量およびV量の合計が0.03〜0.15%であることを特徴とする高温強度に優れた耐火鋼材。

炭素当量Ceq(%)=C+Si/24+Mn/6+Mo/4+V/14+Ni/40+Cr/5‥‥(1)
ここで、C,Si,Mn,Mo,V,Ni,Cr:各元素の含有量(質量%)
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐火鋼材。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.003〜0.02%を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐火鋼材。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の耐火鋼材。
【請求項5】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の耐火鋼材。
【請求項6】
鋼素材を、熱間圧延して所定寸法の鋼材とするに当たり、
前記鋼素材を、質量%で、
C:0.01〜0.1%、 Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.1〜2.0%、 P:0.030%以下、
S:0.030%以下、 A1:0.003〜0.1%、
Mo: 0.010〜0.30%、 Nb:0.010〜0.20%、
V:0.005〜0.50%
を、下記(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.46%以下を満足するように調整して含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材とし、
前記熱間圧延が、1000〜1350℃の範囲の温度に加熱したのち、圧延終了温度が850℃以上となる熱間圧延を行う熱延工程と、該熱延工程後、
(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度まで空冷する冷却工程と、該冷却工程後、(Ar3変態点−30℃)〜(Ar3変態点−130℃)の範囲の温度で圧下率:1.0〜10%とする、少なくとも1パスの熱間圧延を行う析出誘起処理工程と、
を順次施す工程であることを特徴とする高温強度に優れた耐火鋼材の製造方法。

炭素当量Ceq(%)=C+Si/24+Mn/6+Mo/4+V/14+Ni/40+Cr/5‥‥(1)
ここで、C,Si,Mn,Mo,V,Ni,Cr:各元素の含有量(質量%)
【請求項7】
前記冷却工程における前記空冷に代えて、平均で20℃/s以下の冷却速度で冷却する加速冷却とすることを特徴とする請求項6に記載の耐火鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、B:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項6または7に記載の耐火鋼材の製造方法。
【請求項9】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.003〜0.02%を含有することを特徴とする請求項6ないし8のいずれかに記載の耐火鋼材の製造方法。
【請求項10】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、REM:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項6ないし9のいずれかに記載の耐火鋼材の製造方法。
【請求項11】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Zr:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項6ないし10のいずれかに記載の耐火鋼材の製造方法。

【公開番号】特開2013−72118(P2013−72118A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−212539(P2011−212539)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】