説明

高速中性子の線量分布測定方法

【課題】 加速器を用いた熱外(熱)中性子照射装置において、照射される熱外(熱)中性子に混入する高速中性子の角度分布および強度の測定を迅速かつ低コストで行える高速中性子の線量分布測定方法を提供すること。
【解決手段】 ターゲットTのビーム照射点Pから陽子ビームBの進行方向に所定距離離れた位置に、中性子による核反応の閾値が0.1MeV以上の放射化箔F1を基準として設置すると共に、この基準とした放射化箔F1の鉛直方向、水平方向或いは斜め方向に、前記ビーム照射点Pを中心として一定距離、所定角度ごとに複数の放射化箔F2・F3…を円周上に配置して、前記中性子照射装置から中性子の照射を行った後、放射化箔F1・F2…中に生成された放射性物質から放出される所定エネルギーのγ線の強度を測定して高速中性子の角度分布及び強度を測定する点に特徴がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速中性子の測定方法の改良、詳しくは、加速器を用いた熱外(熱)中性子照射装置において、照射される熱外(熱)中性子に混入する高速中性子の角度分布と強度を迅速に測定できる高速中性子の線量分布測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、副作用の少ないガン治療法の一つとして、腫瘍部に蓄積させた硼素化合物に熱外中性子を照射し、これらの核反応によって生じる粒子線で周囲のガン細胞を死滅させる硼素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)の研究が行われている。また、このBNCTを広く普及させるために、病院内に設置できる小型加速器を用いたBNCT用治療装置の開発も進んでいる。
【0003】
ところで、上記BNCTにおいては、高速中性子よりもエネルギーの低い熱外中性子が主に利用されるが、加速器を中性子源に用いた場合、陽子ビームが照射されたターゲットからは高速中性子が放出されるため、この高速中性子を減速材によって熱外中性子に減速させる必要がある。
【0004】
しかしながら、上記減速材を用いたとしても全ての高速中性子が熱外中性子に変換されるとは限らず、少量の高速中性子はそのまま通過して放出され、人体に深刻な悪影響を及ぼす危険がある。そのため、減速材を通過させた後、高速中性子がどの程度残っているかを確かめることは、装置の開発時やBNCTの治療時において非常に重要な作業となる。
【0005】
そして従来、高速中性子の線量分布を測定する装置としては、大型の中性子TOFスペクトロメーターや構造が複雑な高速中性子検出半導体スペクトロメーターが知られているが、装置自体が非常に高価であるためコスト負担が大きく、また機器の操作等が面倒であるため迅速な測定作業を行うことが難しかった。
【0006】
また、従来においては、複数の放射化箔を所定間隔で配置して、この放射化箔の放射能を測定することにより中性子の空間分布を調べる方法も提案されているが(特許文献1、非特許文献1参照)、これらの方法では、放射化箔を単に鉛直方向や水平方向に並べるだけであるため中性子源から放出された高速中性子の角度分布を知ることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実公昭54−44159号公報(第1−3頁、第1−2図)
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】加速器施設における放射化量評価の試み 豊田晃弘、江田和由、桝本和義 高エネルギー加速器研究機構 第36回 理工学における同位元素研究発表会(東京、1999) 要旨集p.143
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の如き問題に鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、加速器を用いた熱外(熱)中性子照射装置において、照射される熱外(熱)中性子に混入する高速中性子の角度分布および強度の測定を迅速かつ低コストで行える高速中性子の線量分布測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者が上記課題を解決するために採用した手段を添付図面を参照して説明すれば次のとおりである。
【0011】
即ち、本発明は、加速器から陽子ビームBを導入するビームダクトDの出射部にターゲットT及び減速材Mを配置して成る中性子照射装置に対し、前記ターゲットTのビーム照射点Pから陽子ビームBの進行方向に所定距離離れた位置に、中性子による核反応の閾値が0.1MeV以上の放射化箔F1を基準として設置すると共に、この基準とした放射化箔F1の鉛直方向、水平方向或いは斜め方向に、前記ビーム照射点Pを中心として一定距離、所定角度ごとに複数の放射化箔F2・F3…を円周上に配置して、前記中性子照射装置から中性子の照射を行った後、放射化箔F1・F2…中に生成された放射性物質から放出される所定エネルギーのγ線の強度を測定して高速中性子の角度分布及び強度を測定する点に特徴がある。
【0012】
なお、本願明細書中における「高速中性子」とは、0.1MeV以上のエネルギーを持つ中性子を意味するものとする。
【0013】
また、本発明では、上記手段に加えて、放射化箔に閾値が1.9〜3.0MeVの27Al(n,p)27Mg反応、及び閾値が3.2〜6.0MeVの27Al(n,alpha)24Na反応を起こすアルミ箔を使用すると共に、放射性物質からのγ線測定時に24Na/27Mg生成比を算出して高速中性子のエネルギー分布についても同時に計測するという技術的手段を採用することもできる。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、熱外(熱)中性子照射装置の減速材の周囲に、ターゲットのビーム照射ポイントから一定距離、所定角度ごとに高速中性子の照射で核反応を起こす放射化箔を設置して、この放射化箔に中性子を照射した後、放射化箔中の放射性物質から放出される所定のエネルギーを持つγ線の強度を測定することにより、減速材から放出される高速中性子の角度分布及び強度を同時に測定することが可能となる。
【0015】
また、上記高速中性子の測定は、放射化箔を固定するための治具さえあれば一般的な計測器具を用いて測定することが可能であるため、高価な専用器具を揃える必要はなく、機器操作の煩わしさやコスト面での大きな負担を強いられる心配もない。
【0016】
そして、上記測定により得られた高速中性子の線量分布のデータは、BNCT治療装置の開発におけるターゲットや減速材、反射材等の設計に活かすことができ、また、治療装置の使用時における安全性の確認にも利用できる。
【0017】
したがって、本発明により、測定作業を効率化することができ、かつ、コスト負担の軽減も図れる高速中性子の線量分布測定方法を提供できることから、本発明の実用的利用価値は頗る高い。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例1における高速中性子の線量分布の測定状態を表す状態説明図である。
【図2】本発明の実施例1における高速中性子の測定を行うために用いる治具を表す全体上面図である。
【図3】ニッケルの放射化断面積を表すグラフである。
【図4】本発明の実験例1における高速中性子の線量分布の測定結果を表すグラフである。
【図5】アルミニウムの放射化断面積を表すグラフである。
【図6】本発明の実験例2における高速中性子の線量分布の測定結果を表すグラフである。
【図7】本発明の実験例2における高速中性子のエネルギー分布の測定結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
『実施例1』
実施例1について以下に説明する。まず実施例1では、陽子ビームBを出射可能な加速器(AVFサイクロトロン)と、この加速器からの陽子ビームBを導入するビームダクトDと、このビームダクトDの出射部に配置されたターゲットTと、このターゲットTの前方に配置された減速材Mとを備える中性子照射装置を使用する(図1参照)。
【0020】
そして、上記ターゲットTのビーム照射点Pから陽子ビームBの進行方向に10cm離した位置に基準となる放射化箔F1を設置し、その基準とした放射化箔F1の鉛直方向に、前記ビーム照射点Pを中心として距離は一定のまま、30°ごとに放射化箔F2・F3…を配置していく。
【0021】
なお実施例1では、陽子ビームBの照射方向(基準となる放射化箔F1の位置)を0°、反時計回りを正方向として0°〜120°の範囲内に放射化箔F2・F3…を配置しており、減速材Mの後方側にも放射化箔F5を配置している。
【0022】
また、上記放射化箔Fを各角度で固定するための治具Jとしては、図2に示すようなベルト状の固定部を複数備えたものを使用し、この治具JをビームダクトDの出射部に取り付けている。
【0023】
次に、上記中性子照射装置と放射化箔F・F…を用いて行った高速中性子の線量分布の測定実験の結果を以下に示す。なお、放射性物質の生成率はHP-Ge検出器を用いて所定エネルギーのγ線の強度を測定することにより算出している。
【0024】
[実験例1]
まず、この測定実験では、1)ベリリウム(Be)の厚板、2)ベリリウムの厚板+タンタル(Ta)の薄板(500μm)、3)ベリリウムの厚板+タンタルの薄板(220μm)の3種類のターゲットTを用意して、各ターゲットTについて測定を行った。
【0025】
また実験例1では、放射化箔Fとして中性子による核反応の閾値が0.1〜1MeVのニッケル箔を使用した。ちなみに、このニッケル箔に高速中性子が衝突すると58Ni(n,p)58Co反応が起こり、810.7KeVのγ線を放出する放射性物質58コバルトが生成される。なお、ニッケルの放射化断面積については図3に示す通りである。また、58コバルトの半減期は、70.9dである。
【0026】
そして、加速器から30MeVの陽子ビームを出射して所定時間、中性子を照射した後、ニッケル箔をγ線測定器にかけて放射性物質の生成率を計測したところ、単位陽子電流あたりの58コバルトの生成率として図4に示す測定結果を得ることができた。
【0027】
この測定結果からターゲットTの種類によって、角度ごとの高速中性子の強度及びその分布に大きな違いがあることが確認できる。ちなみに、高速中性子の線量分布が変化する要因としては、1)加速器の種類、2)陽子ビームの強度とその分布、ビームエネルギーとその分布、3)ターゲットの材質・厚み・形状、4)減速材や反射材の構造などが挙げられる。
【0028】
[実験例2]
次に、実験例2では放射化箔Fに核反応の閾値が1.9〜3.0MeV、3.2〜6.0MeVのアルミ箔を用いて測定を行った。ターゲットTや減速材M、陽子ビームB等のその他の条件については、実験例1と同様である。
【0029】
なお、アルミ箔に高速中性子が衝突すると閾値1.9〜3.0MeVにおいて27Al(n,p)27Mg、また閾値3.2〜6.0MeVにおいて27Al(n,alpha)24Na反応が起こり、843.8keVのγ線を放出する放射性物質27マグネシウムと1368.6のγ線を放出する放射性物質24ナトリウムとが生成される。なおアルミニウムの放射化断面積は図5に示す通りである。また、27マグネシウムと24ナトリウムの半減期は、それぞれ9.5minと15hである。
【0030】
そして、実験例1と同じように所定時間、中性子を照射した後、アルミ箔をγ線測定器にかけたところ、単位陽子電流あたりの27マグネシウム及び24ナトリウムの生成率として図6に示す測定結果を得ることができた。
【0031】
また実験例2では、上記27マグネシウム及び24ナトリウムの生成率を計測する際に、24Na/27Mg生成比についても算出することで、高速中性子のエネルギー分布の計測結果も得られた(図7参照)。
【0032】
本発明は、概ね上記のように構成されるが、本発明は図示の実施形態に限定されるものではなく、「特許請求の範囲」の記載内において種々の変更が可能であって、例えば、円周上に配置する放射化箔Fの位置や数に関しては、正確な測定結果が得られる範囲内で自由に変更することができ、ニッケル箔とアルミ箔を同時に使用することもできる。
【0033】
また、本発明の測定方法はBNCT治療装置の中性子源以外にも、AmBe中性子源やCf中性子源、核爆弾探知用中性子源などに利用することができ、何れのものも本発明の技術的範囲に属する。
【産業上の利用可能性】
【0034】
近年、BNCT治療装置を始めとして様々な分野で加速器を用いた中性子源の利用が進んでおり、それらの機器の開発において、高速中性子の角度分布や強度の測定は非常に重要な役割を果たす。
【0035】
そのような中で、本発明の高速中性子の線量分布測定方法は、開発コストが嵩むことなく開発作業を迅速に進められる有用な技術であるため、市場における需要は大きく、その産業上の利用価値は非常に高い。
【符号の説明】
【0036】
B 陽子ビーム
D ビームダクト
T ターゲット
M 減速材
P ビーム照射点
F 放射化箔
J 治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器から陽子ビームBを導入するビームダクトDの出射部にターゲットT及び減速材Mを配置して成る中性子照射装置に対し、前記ターゲットTのビーム照射点Pから陽子ビームBの進行方向に所定距離離れた位置に、中性子による核反応の閾値が0.1MeV以上の放射化箔F1を基準として設置すると共に、この基準とした放射化箔F1の鉛直方向、水平方向或いは斜め方向に、前記ビーム照射点Pを中心として一定距離、所定角度ごとに複数の放射化箔F2・F3…を円周上に配置して、前記中性子照射装置から中性子の照射を行った後、放射化箔F1・F2…中に生成された放射性物質から放出される所定エネルギーのγ線の強度を測定して高速中性子の角度分布及び強度を測定することを特徴とする高速中性子の線量分布測定方法。
【請求項2】
放射化箔に核反応の閾値が1.9〜3.0MeVの27Al(n,p)27Mg反応、及び閾値が3.2〜6.0MeVの27Al(n,alpha)24Na反応を起こすアルミ箔を使用すると共に、放射性物質からのγ線測定時に24Na/27Mg生成比を算出して高速中性子のエネルギー分布についても同時に計測することを特徴とする請求項1記載の高速中性子の線量分布測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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