説明

高靭性大入熱溶接用鋼およびその製造方法

【課題】船舶等に用いて好適な、入熱量が350kJ/cm以上の溶接熱影響部靭性および強度特性に優れ、かつ母材の引張強さが590MPa以上でvTrsが−45℃以下である高靭性大入熱溶接用鋼およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%でC:0.001〜0.015%、Si:0.01〜0.80%
Mn:1.0〜2.0%、P、S、Al:0.005〜0.10%、Mo:0.30〜1.5%、B:0.0003〜0.0050%、Ti:0.005〜0.050%、N:0.0010〜0.0060%、Nb:0.01〜0.05%、更にCu、Ni、Cr、V、W、Ca、Mg、Zr、REMの1種以上を含有する鋼。上記組成の鋼素材を、950℃〜1250℃に加熱後、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50%以上、圧延終了温度:680〜830℃の条件で熱間圧延を施し、その後1.0℃/s以上の冷却速度で580℃以下まで冷却する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶、海洋構造物、低温貯蔵タンク、ラインパイプおよび土木・建築の分野などの溶接構造物に用いて好適な、入熱量が300kJ/cm以上の大入熱溶接を施した際の溶接熱影響部の低温靭性および強度特性に優れ、かつ母材の引張強さが590MPa以上で脆性破面遷移温度(vTrs)が−45℃以下である高靭性大入熱溶接用鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、建築、土木等の分野で使用される鋼材は、これらの構造物の大型化に伴い、製造容易性や良好な使用性能(加工性や溶接性)を備えることを前提に高強度厚肉化され、最近では、造船用鋼として板厚50mmのYP460N/mm級鋼が開発実機化されている。このような鋼材には、エレクトロガス溶接など溶接入熱300kJ/cm以上での大入熱溶接施工が施されることが多く、溶接熱影響部(以下、HAZとも言う)の靭性確保が課題とされている。
【0003】
大入熱溶接によるHAZ靭性の低下に対し、従来から、多くの対策が提案され、例えば、鋼中のTiNの微細分散により熱影響部におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制してHAZ靭性を向上させる技術はすでに実用化されている。
【0004】
特許文献1には、鋼中のTiN系介在物中にNbを含有させて、大入熱溶接時には同介在物中からNbを固溶させて溶接熱影響部におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制し、小入熱溶接時には同介在物中にNbをとどめてベイナイト化を抑制することでHAZ靭性を向上させる技術が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、溶接熱影響部においてTi酸化物がフェライト核として優れることを知見して、鋼中にTi酸化物を均一分散させた大入熱溶接用鋼が記載されている。
【0006】
一方で、溶接用高張力鋼材では、溶接により溶接熱影響部の軟化が生じ、溶接継手としての強度低下が問題となるが、上記従来技術では、HAZ組織をフェライト主体の組織とすることで、HAZ靭性を確保するため、HAZ軟化を助長させてしまい、HAZ強度の低下(軟化)防止には効果が認められなかった。
【0007】
そのため、特許文献3では、HAZ靭性とHAZ軟化の問題を同時に達成する手法として、HAZ組織を強度の高いベイナイトに制御することが記載されているが、溶接熱影響部の強度と靭性を向上することに主眼がおかれて、HAZ軟化領域の強度特性は不安定であり、TS490MPa以上の母材(板厚40mm以上)でvTrsが−20〜−40℃程度とさらに母材の靭性も不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−218010号公報
【特許文献2】特開昭57−51243号公報
【特許文献3】特開2000−345282号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、入熱量350kJ/cm以上の大入熱溶接を施した際のHAZ強度およびHAZ靭性に優れ、かつ引張強さが590N/mm以上でvTrsが−45℃以下と母材靭性に優れる高靭性大入熱溶接用鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、引張強さが590N/mm以上の高強度鋼に関して、母材靭性の改善および入熱量300kJ/cm以上の大入熱溶接を施したときの溶接熱影響部の強度特性と低温靭性を安定的に向上すべく鋭意検討を行い、以下の知見を得た。説明において%は質量%とする。
【0011】
1.大入熱HAZ靭性を改善するには、特許文献3に記載されているように、HAZ組織をベイナイトとすることが有効である。さらに、Cを0.015%以下まで低減することによって、靭性を阻害する島状マルテンサイト(MA)の生成がほとんど認められなくなり、HAZ靭性が向上する。
【0012】
2.大入熱溶接を施した際のHAZ軟化は、ベイナイトの回復・再結晶現象に起因するもので、回復・再結晶抑制効果の大きなNbとMoをそれぞれ0.010%、0.30%以上含有することにより、HAZ軟化を効果的に抑制することとができ、高HAZ強度を安定的に確保することができる。
【0013】
3.大入熱溶接熱影響部特性に優れ、かつ引張強さが590N/mm以上の鋼の母材靭性を改善するには、鋼組成においてP:0.020%以下およびS:0.0050%以下とすることが有効である。
【0014】
4.また、上記成分組成を有する鋼素材を、950℃〜1250℃に加熱後、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50%以上、圧延終了温度:680〜830℃の条件で熱間圧延を施し、その後1.0℃/s以上の冷却速度で580℃以下まで冷却することによって母材靭性を向上させることができる。
【0015】
本発明は、上記知見をもとに、さらに検討を加えてなされたものであり、すなわち、本発明は、
1.質量%で
C:0.001〜0.015%
Si:0.01〜0.80%
Mn:1.0〜2.0%
P:0.020%以下
S:0.0050%以下
Al:0.005〜0.10%
Mo:0.30〜1.5%
B:0.0003〜0.0050%
Ti:0.005〜0.050%
N:0.0010〜0.0060%
Nb:0.010〜0.050%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなり、溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率が80%以上であることを特徴とする高靭性大入熱溶接用鋼。
2.質量%で、さらに、Cu:0.10〜0.60%、Ni:0.10〜1.0%、Cr:0.10〜0.80%、V:0.02〜0.10%、W:0.05〜0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする1記載の高靭性大入熱溶接用鋼。
3.質量%で、さらに、Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.001〜0.02%、REM:0.001〜0.02%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする、1または2記載の高靭性大入熱溶接用鋼。
4.1〜3のいずれか一つに記載の成分組成を有する鋼素材を、950℃〜1250℃に加熱後、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50%以上、圧延終了温度:680〜800℃の条件で熱間圧延を施し、その後1.0℃/s以上の冷却速度で580℃以下まで冷却することを特徴とする高靭性大入熱溶接用鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、サブマージアーク溶接、エレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接などの入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接で優れた溶接熱影響部の強度・靭性バランスを有する、引張強さが590N/mm以上でvTrsが−45℃以下である鋼が得られ、特に、HAZ軟化を効果的に抑制して、高HAZ強度を安定的に確保することができるので、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下の説明において%は質量%とする。
C:0.001〜0.015%
母材およびHAZ組織をMAのほとんど認められないベイナイト組織として優れた靱性を確保するためには、C含有量を0.015%以下に抑制する必要がある。また、Cを0.001%未満まで低減することは製鋼の生産性の著しい低下を招くので、0.001〜0.015%とする。好ましくは、0.001〜0.012%である。
【0018】
Si:0.01〜0.80%
Siは、固溶強化によって鋼の強度を上昇させる元素であり、590MPa以上の引張強さを確保するために、0.01%以上を添加する。しかしながら、0.80%を超えて含有させると、溶接性を損ない、また母材およびHAZ靭性が低下するなどの悪影響が生じるため、0.01〜0.80%とする。
【0019】
Mn:1.0〜2.0%
Mnは極低炭素域での鋼のフェライト変態を抑制し、鋼材の組織をベイナイト化することで強度を増大させる効果を有している。溶接入熱が350kJ/cmを超える大入熱溶接時においても、HAZのフェライト変態を抑制し、ベイナイト単相組織とするため、1.0%以上のMn含有を必要とする。一方、2.0%を超えて含有すると、母材およびHAZ靭性が低下するため、1.0〜2.0%とする。
【0020】
P:0.020%以下、S:0.0050%以下
PとSは、不可避的に混入する不純物元素である。 Pは、Feの結晶粒界に偏析してFe原子間の結合力を弱め、Feの低温域での脆性破壊を助長して、0.020%を超えての含有は、母材の靭性を著しく低下させるので0.020%以下とする。Sは、Pと同様に粒界偏析し、また硫化物の生成が母材の靭性を低下させ、0.0050%を超えての含有は母材の靭性を著しく低下させるので0.0050%以下とする。好ましくは、P:0.015%以下、S:0.0040%以下である。
【0021】
Mo:0.30〜1.5%
Moは、鋼組織のベイナイト化を促進し、大入熱溶接によるベイナイトの回復・再結晶を抑制する作用を有するので、母材およびHAZ組織をベイナイト化する本発明鋼では必須の元素である。
【0022】
溶接熱影響部(HAZ)最軟化領域におけるベイナイト分率を80%以上としてHAZ軟化を抑制し、高HAZ強度を安定的に確保するため、Moは0.30%以上とし、一方、1.5%を超えると効果が飽和するようになるため、0.30〜1.5%の範囲とする。
【0023】
本発明において、「溶接熱影響部(HAZ)最軟化領域」とは、入熱量が300kJ/cm以上の大入熱溶接(たとえば、入熱量が350〜400kJ/cmのエレクトロガス溶接(EGW))によって継手を作製した後、板厚の1/2位置において溶接金属からHAZを含んで母材に向かって1mmピッチでヴィッカース硬さ(荷重:98N)を測定した際のHAZ硬さが最小となる領域(HAZ硬さが最小の位置から±0.5mmの領域)である。
【0024】
また、「高HAZ強度」とは、母材に対してHAZの軟化が小さい場合をさすが、本発明においては、特に、板厚の1/2位置において溶接金属中心から左右の母材に向かってHAZを含んで1mmピッチで荷重:98Nで行い、得られた硬さ分布から求まる、ΔHV=(母材平均硬さ)−(HAZ硬さ最小値)が、15以下である場合と定義する。ここで、母材平均硬さとは、前述の硬さ分布において、母材部の3点以上の硬さの平均値とする。
【0025】
Al:0.005〜0.10%
Alは、溶鋼の脱酸剤として作用する元素であり、十分な脱酸効果を得るためには0.005%以上の添加を必要とする。しかしながら、0.10%を超えると鋼の清浄度が低下し、母材およびHAZ靭性が低下するようになるため、0.005〜0.10%とする。
【0026】
B:0.0003〜0.0050%
Bは、フェライト変態を抑制し、組織をベイナイト化する作用を有する。この効果は、0.0003%以上の含有で発現するが、0.0050%を超えると効果が飽和し、冷却中のBNの析出によって逆にフェライト変態を促進してHAZ強度が低下する場合があるので、Bの含有量は0.0003〜0.0050%とする。
【0027】
Ti:0.005〜0.050%
Tiは、鋼中に微細なTiNとして分散し、大入熱溶接時のHAZのオーステナイト粒成長をピンニング効果によって抑制し、靭性を向上させる作用を有する。また、鋼中のNをTiNとして固定することにより、BNの析出を抑制し、前述のBの作用を促進する効果がある。
【0028】
このような効果を得るためには、0.005%以上必要とするが、0.050%を超えるとTiNの粗大化により靭性が低下するようになるため、Tiの含有量を0.005〜0.050%とする。
【0029】
N:0.0010〜0.0060%
Nは、製鋼過程において鋼中に不可避的に混入する元素であるが、鋼中に固溶元素として多量に存在すると、靭性を著しく低下させる。一方、Tiと結合してTiNを形成すると、オーステナイト粒のピンニング効果によってHAZ組織を微細化することができる。十分な量のTiNを形成するためには、0.0010%以上の含有が必要であるが、0.0060%を超えると靭性の低下を招くようになるため、0.0010〜0.0060%とする。
【0030】
Nb:0.010〜0.050%
Nbは、MnやMoと同様に、極低炭素域での鋼材の組織をベイナイト単相組織とする。また、大入熱溶接HAZにおけるベイナイトの回復・再結晶を抑制し、HAZ最軟化領域におけるベイナイト分率を80%以上としてHAZ軟化を抑制し高HAZ強度が安定的に得られるように作用する。このような効果を得るため、0.010%以上のNb添加が必要である。しかし、Nb含有量が過剰の場合には、大入熱溶接時の冷却過程でNb(C,N)が析出し、靭性低下を生じる。このため、0.050%以下とする。
【0031】
本発明においては、MoおよびNbを上述のように適正量添加することが重要であり、これにより、HAZ軟化が効果的に抑制されるので、従来であればHAZ軟化が発生するような領域においても所定の強度が確保できる、すなわち、高HAZ強度を安定的を得ることができるのである。
【0032】
以上が本発明の基本成分組成であるが、更に特性を向上させるため、Cu、Ni、Cr、V、W、Ca、Mg、Zr、REMのうちから選んだ1種または2種以上を添加させることが可能である。
【0033】
Cu:0.10〜0.60%、Ni:0.10〜1.0%、Cr:0.10〜0.80%、V:0.02〜0.10%、W:0.05〜0.50%のうちから選んだ1種または2種以上
Cu、Ni、Cr、V、Wはいずれも、主に固溶強化によって鋼の強度を上昇させる元素である。しかしながら、含有量がそれぞれ下限に満たないとその効果が十分でなく、一方、上限を超えると溶接性が低下し、また合金添加コストが増加するようになるので、添加する場合は、それぞれ上記の範囲とすることが好ましい。
【0034】
Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.001〜0.02%、REM:0.001〜0.02%のうちから選んだ1種または2種以上
Ca、Mg、Zr、REMはいずれも、酸化物、硫化物を形成して鋼中に分散し、ピンニング効果によって大入熱溶接HAZのオーステナイト粒径を微細化し、靭性向上に寄与する。しかしながら、含有量がそれぞれ下限に満たないとその効果が乏しく、一方、上限を超えると粗大な酸化物、硫化物が増加し、靭性を低下させるようになるので、添加する場合は、それぞれ上記の範囲とすることが好ましい。
【0035】
溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率が80%以上
本発明では、溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率を80%以上と規定する。本発明において、「溶接熱影響部(HAZ)最軟化領域」とは、入熱量が300kJ/cm以上の大入熱溶接(たとえば、入熱量が350〜400kJ/cmのエレクトロガス溶接(EGW))によって継手を作製した後、板厚の1/2位置において溶接金属からHAZを含んで母材に向かって1mmピッチでヴィッカース硬さ(荷重:98N)を測定した際のHAZ硬さが最小となる領域(HAZ硬さが最小の位置から±0.5mmの領域)である。この「溶接熱影響部最軟化領域」の鋼組織を光学顕微鏡観察を行い、合計5視野の組織写真を画像解析して再結晶フェライトの面積分率を測定し、これを全体(100%)から差し引くことによって求められる値とする。溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率が80%未満の場合、軟質な再結晶フェライトの生成により、母材平均硬さとHAZ硬さ最小値の差(ΔHV)が15を上回り、HAZ強度が不安定となる。
【0036】
溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率を80%以上とするためには、溶接入熱による母材のベイナイトの回復・再結晶を抑制することが必要であり、上述したように、NbとMoをそれぞれ0.010%以上、0.30%以上含有することが有効である。これにより、母材平均硬さとHAZ硬さ最小値の差(ΔHV)が15以下の、「高HAZ強度」が安定して達成される。
【0037】
なお、上述の溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率の測定に当たっては、再結晶フェライト粒の面積分率を全体から差し引くことによって求めている。ここで、ベイナイトおよび再結晶フェライト以外の組織としては、マルテンサイト、島状マルテンサイト(MA)、パーライトなど生成する可能性があるもののこれらの組織はベイナイトと同等かそれ以上の硬さ(すなわち強度)を有するので、便宜上、これらの組織分率もベイナイト分率に含めて溶接熱影響部最軟化領域の組織分率を判断してかまわない。
【0038】
次に本発明の製造条件について説明する。上記成分組成に調整した鋼素材を製造し、加熱後、熱間圧延し、その後、冷却する。鋼素材の製造方法は特に限定されるものではなく、例えば、転炉で溶製させた溶鋼を連続鋳造してスラブを製造することができる。なお、以下の温度は特に記載しない限り鋼板の板厚方向の平均温度を表す。板厚方向の平均温度は、板厚、表面温度および冷却条件などから、シミュレーション計算により求められる。
【0039】
加熱温度:950〜1250℃
圧延前の組織を均一な整粒オーステナイト組織にするためには、950℃以上の温度に加熱する必要があるが、加熱温度が1250℃を超えると組織が著しく粗大化し、最終的に得られる鋼組織も粗大化して靭性が低下するため、加熱温度は950〜1250℃とする。
【0040】
オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50%以上
オーステナイト未再結晶温度域における圧下量を増加させると、オーステナイト粒から変態するベイナイトのパケットサイズが微細化され、ベイナイト組織の靭性が向上する。
【0041】
また、オーステナイト未再結晶温度域における圧下量の増加は、オーステナイト粒内に蓄積される転位の密度を増加させる。これにより、転位の一部が変態後のベイナイト組織に受け継がれ、さらに強度を増加させる。このような効果は、950℃以下のオーステナイト未再結晶温度域における累積圧下量が大きくほど顕著となるため、50%以上とする。
【0042】
圧延終了温度:680〜830℃
圧延終了温度を低下させると、再結晶微細オーステナイト粒からの変態によるベイナイト組織の微細化およびベイナイト組織の高転位密度化の効果によって鋼材の強度・靭性が向上する。しかし、圧延終了温度を680℃未満にまで低下させると、圧延中にオーステナイト→フェライト変態が開始し、生成したフェライトが加工される結果、靭性の低下や異方性の増大といった問題が生じる。一方、圧延終了温度は830℃を超えると、上記効果が得がたくなる。よって、圧延終了温度は680〜830℃とする。
【0043】
圧延後の冷却速度:1.0℃/s以上
引張強さが590N/mm以上の母材の強度を確保するため、圧延後に加速冷却プロセスを適用し、1.0℃/s以上の冷却速度で冷却する。1.0℃/s未満であると、ベイナイト変態が不十分となり、母材の強度が低下する。
【0044】
冷却停止温度:580℃以下
冷却停止温度が580℃を超えると、未変態オーステナイトに合金元素の濃化が生じて、硬化相が生成しやすくなり、靭性が低下するようになるため、冷却停止温度は580℃以下とする。
【0045】
本発明では、冷却後、さらに焼戻し処理を施してもよい。焼戻し処理は、冷却時に生成したベイナイトの強度・靭性の調整およびベイナイトラス間に生成したMAを分解して靭性を向上させるために施すものであるが、最高加熱温度が500℃に満たないと上記の効果が十分でなく、一方650℃を超えると強度が著しく低下するようになるので、焼戻し処理を実施する場合には、焼戻し温度を500〜650℃とすることが好ましい。
【実施例】
【0046】
表1に示す種々の成分組成になる溶鋼を、転炉で溶製し、連続鋳造法でスラブ(板厚300mm)とした後、表2に示す条件で、加熱処理、圧延処理および冷却処理を施して、板厚:50〜60mmの厚鋼板とした。得られた厚鋼板の引張特性、母材靭性および溶接熱影響部の強度および靭性を以下に述べる方法で評価した。尚、HAZ最軟化領域のベイナイト分率は前述の方法で求めた。
【0047】
(1)引張特性
各厚鋼板の板厚中心部から、平行部14φ×85mm、標点間距離70mmの丸棒引張試験片を試験片長手方向が板幅方向と一致するように採取して引張試験を実施し、降伏強度(0.2%耐力)と引張強さを測定した。
【0048】
(2)母材靭性
各厚鋼板の板厚中心部から、2mmVノッチシャルピー試験片を試験片長手方向が圧延方向と一致するように採取し、母材の脆性破面遷移温度(vTrs)を求めた。
【0049】
(3)溶接熱影響部の強度および靭性ならびにベイナイト分率
エレクトロガス溶接(EGW)(入熱量:350〜400kJ/cm)によって継手を作製し、硬さ試験片、継手シャルピー試験片を採取した。ヴィッカース硬さ試験を、板厚の1/2位置において溶接金属中心から母材に向かってHAZを含むように1mmピッチで荷重:98Nで行い、硬さ分布を測定し、ΔHV(=(母材平均硬さ)−(HAZ硬さ最小値))を求めた。また、同じ試験片の硬さ分布を測定した面をさらに研磨してからナイタール腐食して、溶接熱影響部最軟化領域について光学顕微鏡観察(倍率:200倍)を実施し、5視野について再結晶フェライトの面積分率を画像解析により求めて、これを100%から差し引くことにより、溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率を求めた。
【0050】
HAZ靭性は、シャルピー衝撃試験をボンド部から1mmの箇所にノッチを入れたシャルピー試験片を用いて、試験温度‐20℃において行い、3本の吸収エネルギー(vE−20)の平均値により評価した。
【0051】
表3にこれらの試験結果を示す(表2、3の鋼材No.は共通で同じ鋼材を指す)。本発明例であるNo.1〜9ではいずれも引張強さが590N/mm以上で脆性破面遷移温度も‐45℃以下と優れた母材特性を有していることが確認された。また、本発明鋼は、溶接熱影響部のシャルピー衝撃吸収エネルギー値(試験温度‐20℃、3回の平均値)が100J以上で、なおかつΔHV≦15であり、優れたHAZ靭性と高HAZ強度を安定的に確保している。一方、化学成分や製造条件の少なくとも1つが本発明範囲を外れる比較例であるNo.10〜24は、母材強度:引張強さが590N/mm以上、母材靭性:vTrs≦−45℃、HAZ靭性:vE−20≧100J(3本平均値)、高HAZ強度:ΔHV≦15、のうち少なくとも1つが達成されなかった。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001〜0.015%
Si:0.01〜0.80%
Mn:1.0〜2.0%
P:0.020%以下
S:0.0050%以下
Al:0.005〜0.10%
Mo:0.30〜1.5%
B:0.0003〜0.0050%
Ti:0.005〜0.050%
N:0.0010〜0.0060%
Nb:0.010〜0.050%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなり、溶接熱影響部最軟化領域のベイナイト分率が80%以上であることを特徴とする高靭性大入熱溶接用鋼。
【請求項2】
質量%で、さらに、Cu:0.10〜0.60%、Ni:0.10〜1.0%、Cr:0.10〜0.80%、V:0.02〜0.10%、W:0.05〜0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の高靭性大入熱溶接用鋼。
【請求項3】
質量%で、さらに、Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.001〜0.02%、REM:0.001〜0.02%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または請求項2記載の高靭性大入熱溶接用鋼。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一つに記載の成分組成を有する鋼素材を、950℃〜1250℃に加熱後、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50%以上、圧延終了温度:680〜830℃の条件で熱間圧延を施し、その後1.0℃/s以上の冷却速度で580℃以下まで冷却することを特徴とする高靭性大入熱溶接用鋼の製造方法。

【公開番号】特開2013−49894(P2013−49894A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188575(P2011−188575)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】