説明

魚血合肉の褐変抑制方法

【課題】−20℃付近の温度帯いわゆる高温度凍結保存された魚肉血合肉の、保存及び流通中での褐変を抑制する方法を提供する。
【解決手段】魚の死後硬直前状態の魚から得られる魚肉であってATPが残存する血合肉を含む該魚肉を、−30℃以下の温度で急速凍結を行い、冷凍保存及び流通中での血合肉の褐変を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚の血合肉の冷凍保存中の褐変を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
養殖カンパチやブリなどの魚の冷凍フィレは、東南アジア、欧米等に輸出されるが、輸送・流通中に血合肉の色調が褐色に変化し商品価値を損なうことが課題となっている。魚の血合肉が冷凍保存中に褐変する原因は、血合肉に多量に存在する色素蛋白質のミオグロビンが酸化され褐色を呈するメトミオグロビンが生成するためである。これを防止するためのいくつかの手法が講じられているが、一般には、マグロ普通肉やブリ類血合肉の凍結肉の色調保持のために-35℃以下での超低温保存が必須となっている(非特許文献1)。そうすることで6ヶ月程度の保存で血合肉の褐変は発生しない。このほかに、マグロ普通肉を対象としたメトミオグロビンの生成(「メト化」という)抑制方法として、高濃度酸素処理、真空・窒素置換法(以上、非特許文献1)、トレハロース添加法(特許文献1)、ヒノキチオール類による処理法(特許文献2、3)、海洋性糸状菌培養上清による処理法(特許文献4)、死後硬直後の段階的冷凍処理法(特許文献5)などが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-247967号公報
【特許文献2】特開平7-135895号公報
【特許文献3】特開平7-135896号公報
【特許文献4】特開2008-104384号公報
【特許文献5】特開平10-286060号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】新版 食品冷凍技術 発行 社団法人 日本冷凍空調学会 平成21年9月25日初版発行 5.4.3 ミオグロビンのメト化 p.87-89
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
-35℃以下の超低温下での保存のためには、設備を含めて高コストとなるため、一般的な輸送・流通時の温度である-20℃付近まで保存温度を高めることができれば設備コストやランニングコストを低減することが可能になる。しかし、そのような高い温度では、血合肉の褐変が急速に進行するという課題がある。
【0006】
本発明は、-20℃付近の温度での保存であっても魚の血合肉の褐変をほぼ完全に抑制する簡便な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、以下の特徴を包含する。
【0008】
(1) 魚の状態が死後硬直前の魚から得られる魚肉であってATPが残存している血合肉を含む該魚肉を急速凍結することを含む、魚の冷凍保存及び流通中の血合肉の褐変を抑制する方法。
【0009】
(2) 魚がブリ類である、上記(1)に記載の方法。
【0010】
(3) 急速凍結を-30℃以下の温度で行う、上記(1)又は(2)に記載の方法。
【0011】
(4) 冷凍保存及び流通を一般冷凍食品流通温度の-20℃付近で行う、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によって、一般的な冷凍食品流通温度下での魚の血合肉のメト化の進行を顕著に抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】死後硬直前および死後硬直後の魚肉を-50℃で急速凍結処理後に、-15℃で2週間保存したカンパチの血合肉の色調を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明をさらに説明する。
【0015】
上記のとおり、本発明は、魚の状態が死後硬直前の魚から得られる魚肉であってATPが残存している血合肉を含む該魚肉を急速凍結することを含む、魚の冷凍保存中の血合肉の褐変を抑制する方法を提供する。
【0016】
生きている魚の筋肉中にはATPが約5〜10mM程度存在している。魚を水揚げする際には、〆操作を行い、同時に体温を下げるが、〆操作と保存がうまくいくとATP濃度は数時間維持される。その後、ATP濃度は低下し、死後硬直が始まる。死後硬直を起こすとATPはほぼ消失する。魚の血合部分は、死後硬直後、メト化により鮮紅色から褐色に変化する。
【0017】
死後硬直の有無は、筋肉内のATPを測定することで判定可能であり、具体的には、死後硬直前には筋肉中に1mM超から約10mMのATPが存在する、一方、死後硬直後には筋肉中にATPが約1〜0mMとなり、通常、ほとんど存在しない。本明細書における魚の「死後硬直前」とは、魚の筋肉中にATPが残存している状態を指し、具体的には、少なくとも1mM、好ましくは少なくとも2〜4mM、のATPが保持されている状態をいう。
【0018】
ATP含量は、魚肉から10%過塩素酸で抽出した抽出物を水酸化カリウム水溶液で中和定容し、ATPをHPLCで定量することによって決定することができる(Murata et al. Extractive components in the skeletal muscle from ten different species of scomb fishes. Fisheries Science 60(4),473-478 (1994))。
【0019】
本発明の方法が適用可能な魚は、特に赤身の魚、例えばカンパチ、ブリなどのブリ類、カツオなどが含まれるが、これらに限定されない。好ましい魚は、漁獲からフィレ加工・冷凍処理を計画的に行うことが可能で、適正な〆操作と冷却保存処理などで凍結処理時にATPを血合肉内に残すことを行うことが可能な養殖魚であり、さらに刺身とした場合の血合肉の色調(鮮赤色)が重要な品質評価要素となる養殖ブリ類である。なお、現状の養殖魚の凍結商品を製造する際は、この様な処理管理は行われておらず、上記のような製造管理をするためには製造手順を大きく変更する必要がある。
【0020】
本発明の方法では、魚の死後硬直前の血合肉を含む魚肉(フィレやドレス状態)を急速凍結することを特徴とする。ここで、血合肉とは、魚肉の体側表面にある暗赤色を呈する筋肉部分をいう。
【0021】
魚の死後硬直前の時間をできる限り延長するために、魚を水揚げした直後に〆操作を行う。そして、この間に、血合肉を含む魚肉をフィレなど任意の形状に切り出し、すぐに急速凍結する。
【0022】
急速凍結は、-30℃以下、好ましく-40℃以下、さらに好ましくは-50℃以下の温度で行う。そのための方法としては、例えばエアブラスト法、エタノールブライン浸漬法、コンタクトフリーザー凍結法などが挙げられる。急速凍結に必要な時間は、約2時間以内、好ましくは約60分以内である。
【0023】
急速凍結された血合肉を含む魚肉は、通常、-15℃〜-30℃、好ましくは-20℃付近の一般冷凍食品流通温度で冷凍保存・流通することが可能となる。
【0024】
そうすることで、後述の実施例で証明されるように、非常に簡便な方法で、魚の血合肉は、一般的な冷凍食品流通温度下でのメト化の進行が顕著に抑制される。
【実施例】
【0025】
本発明をさらに以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されない。
【0026】
[実施例1]
カンパチを例として本発明の有効性を以下に説明する。
<試験手順>
カンパチを即殺した後、氷水中で放血冷却し、30分後に3枚に卸して2枚のフィレを得た。1枚のフィレは「死後硬直前」に-50℃で急速凍結し、もう1枚は「死後硬直後」に同様に急速凍結した。これらのフィレを-15℃又は-20℃で14日あるいは30日間保存し、冷凍保存によるメト化の進行を測定した。
【0027】
<メト化率測定法>
各凍結保存サンプルから、ミオグロビンを調製した。解凍中の色調変化が速いので、凍結状態で血合肉を切り出し、それを細切し0.1M KCl(pH7.0)溶液によるミオグロビンの抽出を素早く行った。血合肉ホモジナイズ液の遠心分離上清液には、脂質成分が含まれ濁りがあるため、硫安分画を行って清澄溶液とした。55〜90%飽和硫安画分をミオグロビン として分析に供した。
【0028】
メト化率は、藤尾の方法(冷凍マグロ肉の肉食保持に関する研究-II,藤尾方通 日水誌(1965) Vol.31(7),p.534-539)に従い、540nmと503nmの吸光値から540nm/503nmの比を求め算出した。
【0029】
<結果>
-15℃で2週間保存したカンパチの血合肉の色調を撮影した結果を、図1に示す。死後硬直前に凍結したサンプルの色調は赤色を示すが、死後硬直後に凍結したものでは褐変化が進行していることが明確に認められる。
【0030】
さらにメト化率の測定結果を表1に示す。
【表1】

【0031】
凍結直後のメト化率では、死後硬直「前」と「後」の影響は認められない。なお、-15℃の保存は、虐待試験に相当するものとして行った。-15℃での保存では、死後硬直「前」凍結と死後硬直「後」凍結でメト化の進行に明確な差が認められ、死後硬直「前」凍結でメト化が遅れることが確認できた。-20℃保存30日のメト化率は、死後硬直「前」サンプルでスタート時の値と同値を示したのに対して、死後硬直「後」の凍結サンプルではメト化率は62.9%と明らかに高い結果となり、死後硬直「前」状態で凍結することにより、メト化の進行は抑制されていることが確認できた。
【0032】
以上の結果から、魚の「死後硬直前」状態で急速凍結したカンパチの血合肉は、-20℃のような一般的な冷凍食品流通温度下で保存してもメト化の進行が顕著に抑制されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の方法によって、一般的な冷凍食品流通温度下での魚の血合肉のメト化の進行を顕著に抑制することが可能となるため、従来-20℃付近の温度帯でのメト化を抑制するということが不可能であったブリ類冷凍フィレの輸送・流通時の課題を克服し、冷凍保存、解凍後の刺身生鮮食品の品質を維持するうえで産業上有益である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚の状態が死後硬直前の魚から得られる魚肉であってATPが残存している血合肉を含む該魚肉を急速凍結することを含む、魚の冷凍保存及び流通中の血合肉の褐変を抑制する方法。
【請求項2】
魚がブリ類である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
急速凍結を-30℃以下の温度で行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
冷凍保存及び流通を一般冷凍食品流通温度の-20℃付近で行う、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−196181(P2012−196181A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62769(P2011−62769)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【出願人】(506095733)有限会社敬天水産 (1)
【Fターム(参考)】