説明

(メタ)アクリル酸エステルの製造方法

【課題】 (メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)とアルコキシアルカノール(B)とをエステル交換反応させて目的の(メタ)アクリル酸アルコキシアルキル(C)を製造する際に、エステル交換反応液から再利用可能な活性触媒を効率的に回収し、次のエステル交換反応時において触媒の少なくとも一部として再利用する製法を提供する。
【解決手段】本発明は、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステル(C)を含む反応液を加熱し、この化合物を蒸留する蒸留工程と、蒸留工程から得られた有機錫化合物を含む触媒含有液と、有機錫化合物を抽出する有機溶剤とを接触させて有機錫化合物を有機溶剤相に分離させる抽出分離工程と、及び、有機溶剤相から有機錫化合物を回収する回収工程とを備え、回収工程により得られた有機錫化合物を、(A)と(B)におけるエステル交換反応用触媒の一部として再利用する(メタ)アクリル酸エステル(C)の製法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エステル交換反応を利用した(メタ)アクリル酸エステルの製造方法に関し、更に詳しくは、エステル交換反応用触媒として有機錫化合物を用いた場合に、該化合物を経済的且つ工業的に回収して、再利用する(メタ)アクリル酸エステルの製造方法に関する。
なお、本明細書において、「(メタ)アクリル」は、アクリル又はメタクリルを意味し、「(メタ)アクリル酸エステル」を(メタ)アクリレートと記載する場合もある。
【背景技術】
【0002】
従来より、(メタ)アクリル酸アルキルエステルと特定のアルコールを原料として、エステル交換反応により、特定のアルコールをエステル鎖とする(メタ)アクリル酸エステルの製造方法が知られている。該エステル交換の際には、触媒として、硫酸、パラトルエンスルホン酸等の酸物質やテトラアルコキシチタネート等のチタン化合物、ジブチル錫オキサイド等の有機錫化合物が用いられていた。
しかし、これらの触媒は回収して再利用することが困難であり廃棄されていたが、高価であり環境を汚染する恐れのあるチタン化合物や有機錫化合物では、その回収が強く求められていた。
【0003】
かかる問題を解決するため、チタン化合物においては、シリカーチタニア系の触媒を用いたり(特許文献1)、高表面積酸化チタンを用いたり(特許文献2)、シリカ−アルミナにチタン化合物を混合して用いたり(特許文献3)する方法が検討されている。
一方、有機錫化合物においては、シランカップリング剤を用いて錫化合物を担持する方法(特許文献4及び5)が提案されている。しかし、有機錫化合物のエステル交換活性は弱く、かかる方法によって作成された触媒は、単位質量あたりの有効錫濃度が低下し、且つ活性がより不十分であって実用的ではなかった。
また、一般的に、有機化合物はチタン化合物より安価であるため、かかる方法はコストアップにつながり採用し難く、安価かつ簡便であって効率よく回収できる方法が望まれていた。
【0004】
(メタ)アクリル酸アルコキシアルキルエステルは、原料であるアルコキシアルキルアルコール(アルコキシアルカノールということもある)が高価であるため、特にコストの低減が求められている。
【0005】
アクリル酸アルコキシアルキルは、アルキルアクリレートとアルコキシアルカノールを原料とし、有機錫化合物を触媒としたエステル交換による方法が工業的に用いられている。
アクリル酸アルコキシアルキルの製造形態には、バッチ式と連続式があるが、製造に使用された有機錫化合物は、製造目的物質であるアクリル酸アルコキシアルキルや、原料物質であるアルキルアクリレートとアルコキシアルカノールを、蒸留により留去した後、反応缶に在留した成分(高沸缶残)として、一部を再利用することがあるが、その大部分は廃棄物処分される。
全量再利用できない理由としては、有機錫化合物の触媒活性が使用により低下するためと、エステル交換中に原料及び製造目的物のアクリル酸エステルが副反応したり重合反応を起こしたりして、高沸缶残の粘度が増加して、取扱いできなくなるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−275701号公報
【特許文献2】特開平4−266856号公報
【特許文献3】特開2006−347919号公報
【特許文献4】特開平11−255782号公報
【特許文献5】特表2001−506661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、(メタ)アクリル酸アルキルエステルとアルコールとをエステル交換反応させて目的の(メタ)アクリル酸エステルを製造する際に、その反応液から、再利用可能な活性触媒を効率的に回収し、エステル交換反応用触媒の少なくとも一部として、上記(メタ)アクリル酸アルキルエステル及び上記アルコールの反応に再利用する製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は、活性のある有機錫化合物が効率よく回収でき、原料の利用率や製造目的物の収率もまた向上できる方法を鋭意検討した。
その結果、(メタ)アクリル酸エステル製造時、その中でも(メタ)アクリル酸アルコキシアルキルの製造時、高沸缶残中に存在する有機錫化合物について、高沸缶残液と液相分離が可能な有機溶媒を見出し、該有機溶剤を使用して抽出することにより、有機錫化合物、製造目的物、原料等の有用成分を抽出回収し、抽出残渣として重合物、失活した有機錫化合物触媒を含有した高粘度液体を分離して、抽出回収した有機錫化合物触媒をエステル交換反応触媒の少なくとも一部として再使用することを特徴とする(メタ)アクリル酸エステルの製造法を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以下に示される。
<1> (メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)とアルコール(B)とを、有機錫化合物触媒の存在下、エステル交換反応させて(メタ)アクリル酸エステル(C)を製造する方法であって、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)及びアルコール(B)を含む反応液を加熱し、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステル(C)及び副生するアルコール(D)を蒸留する蒸留工程と、上記蒸留工程から得られた、有機錫化合物触媒を含む触媒含有液と、該有機錫化合物触媒を抽出できる有機溶剤とを接触させて、該有機錫化合物触媒を有機溶剤相に抽出する抽出分離工程と、上記有機溶剤相から有機錫化合物触媒を回収する回収工程とを備え、上記回収工程により得られた有機錫化合物触媒を、エステル交換反応用触媒の少なくとも一部として、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)及びアルコール(B)の反応に再利用することを特徴とする(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<2> 上記有機溶剤が直鎖状の無極性溶剤である<1>に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<3> 上記直鎖状の無極性溶剤が脂肪族炭化水素である<1>又は<2>に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<4> 上記無極性溶剤がn−ヘキサンである<3>に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<5> 上記有機錫化合物触媒が、ジブチル錫化合物である<1>乃至<4>のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<6> 上記有機錫化合物触媒が、ジブチル錫ジラウレート又はジブチル錫オキサイドの少なくとも一種である<1>乃至<5>のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<7> アルコール(B)がアルコキシアルカノールである<1>乃至<6>のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<8> (メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)がアクリル酸メチル、アクリル酸n−ブチル又はアクリル酸イソブチルのいずれかであり、アルコール(B)が、2−メトキシエタノール又は3−メトキシブタノールである<1>乃至<7>のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
<9> (メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)がアクリル酸メチルであり、アルコール(B)が、2−メトキシエタノールである<8>に記載の(メタ)アクリル酸2−メトキシエチル(C)の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、(メタ)アクリル酸アルキルエステルとアルコールとをエステル交換反応させて目的の(メタ)アクリル酸エステルを製造する際に、その反応液から再利用可能な活性触媒を効率的に回収し、エステル交換反応用触媒の少なくとも一部として、反応に再利用することから、新規に使用する触媒の使用量の低減が可能である。
上記有機溶剤が直鎖状の無極性溶剤である場合には、抽出分離工程を、より円滑に進めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、有機錫化合物触媒の存在下、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)とアルコール(B)とをエステル交換反応させて目的の(メタ)アクリル酸エステル(C)を製造する際に、その反応液から活性な触媒を回収して、これを再利用する製造方法である。
【0012】
本発明の製造方法におけるエステル交換反応は、下記式(1)で示されるように、有機錫化合物触媒の存在下、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(「原料化合物(A)」という)とアルコール(「原料化合物(B)」という)とを反応させて、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステル(「化合物(C)」という)とするものである(反応工程)。この反応工程により、化合物(C)とともに、R−OHで表されるアルコール(「化合物(D)」という)が生成する。
なお、反応系の有機錫化合物触媒は、一部が失活しているものの、大部分は触媒活性を有している。
【化1】


上記反応式(1)において、Rは、水素原子又はメチル基であり、Rは、炭素原子数1〜8の脂肪族炭化水素基、脂環構造を含み且つ炭素原子数3〜8の炭化水素基、又は、芳香環構造を含み且つ炭素原子数6〜8の炭化水素基であり、Rは、炭素原子数1〜20の炭化水素基、水素原子の少なくとも1つがハロゲン原子に置換されてなる、炭素原子数2〜20のハロゲン化炭化水素基、下記一般式(2)で表される有機基、又は、下記一般式(3)で表される有機基である。
【化2】


(式中、R31は、炭素原子数1〜12の脂肪族炭化水素基、脂環構造を含み且つ炭素原子数3〜18の炭化水素基、又は、芳香環構造を含み且つ炭素原子数6〜8の炭化水素基であり、R32は、炭素原子数2〜8の2価の脂肪族炭化水素基である。)
【化3】


(式中、R34及びR35は、互いに同一又は異なって、炭素原子数1〜8の脂肪族炭化水素基、脂環構造を含み且つ炭素原子数3〜8の炭化水素基、又は、芳香環構造を含み且つ炭素原子数6〜8の炭化水素基であり、いずれか一方が水素原子であってよく、R36は、炭素原子数2〜4の2価の脂肪族炭化水素基である。)
【0013】
原料化合物(A)としては、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸sec−ブチル、(メタ)アクリル酸tert−ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸n−オクチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸フェニル、(メタ)アクリル酸ベンジル等が挙げられる。
これらのうち、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸n−ブチル及び(メタ)アクリル酸イソブチルが好ましく、アクリル酸メチル、アクリル酸n−ブチル及びアクリル酸イソブチルがさらに好ましく、アクリル酸メチルが特に好ましい。
【0014】
原料化合物(B)としては、アルカノール類、アルコキシアルカノール類、ハロアルカノール類等の脂肪族アルコール;シクロアルカノール類、アルキルシクロアルカノール類、シクロアルキルアルカノール類等の脂環族アルコール;フェニルアルカノール類、アルキルフェニルアルカノール類、フェノキシアルカノール類等の芳香族アルコール;アミノアルカノール類等が挙げられる。
【0015】
アルカノール類としては、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、tert−ブタノール、n−ペンタノール、n−ヘキサノール、n−ヘプタノール、n−オクタノール、2−エチルヘキサノール、ラウリルアルコール、ステアリルアルコール、トリデカノール等が挙げられる。
【0016】
アルコキシアルカノール類としては、2−メトキシエタノール、3−メトキシブタノール、2−エトキシエタノール、2−プロポキシエタノール、2−ブトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、1−エトキシ−2−プロパノール、1−プロポキシ−2−プロパノール、1−ブトキシ−2−プロパノール、1−tert−ブトキシ−2−プロパノール、3−メチル−3−メトキシブタノール、1−メトキシ−2−ブタノール等が挙げられる。
【0017】
脂環族アルコールとしては、シクロヘキサノール、3,3,5−トリメチルシクロヘキサノール、4−tert−ブチルシクロヘキサノール、イソボルネオール、トリシクロデカノール、アダマンチルアルコール等が挙げられる。
芳香族アルコールとしては、ベンジルアルコール、1−フェニルエチルアルコール、2−フェニルエチルアルコール、フェノキシエタノール、フェノキシプロパノール、2−メチルベンジルアルコール、3−メチルベンジルアルコール、4−メチルベンジルアルコール等が挙げられる。
【0018】
アミノアルカノール類としては、N,N−ジメチルアミノエタノール、N,N−ジメチルアミノプロパノール、N,N−ジメチルアミノブタノール、N,N−ジメチルアミノペンタノール、N−ブチルエタノールアミン等が挙げられる。
【0019】
これら原料化合物(B)のうち、有機錫化合物の触媒活性や抽出時の分離性から、アルコキシアルカノール類が好ましく、2−メトキシエタノール又は3−メトキシブタノールがより好ましく、2−メトキシエタノールが最も好ましい。
【0020】
原料化合物(A)及び(B)のエステル交換反応は、有機錫化合物触媒の存在下で行われる。有機錫化合物触媒としては、従来、公知の触媒を用いることができる。
【0021】
有機錫化合物としては、エステル交換能を有するものであれば、特に限定されないが、例えば、ジオクチル錫ビス(イソオクチルチオグリコレート)、ジオクチル錫ビスマレート、ジオクチル錫ビスマレイン酸塩ポリマー、ジオクチル錫ジラウレート等のジオクチル錫化合物、ジブチル錫ビスマレート、ジブチル錫ビスマレイン酸塩ポリマー、ジブチル錫ジラウレート、ジブチル錫ジアセテート、ジブチル錫β−メルカプトプロピオン酸塩ポリマー、ジブチル錫アセトアセトナート、ジブチル錫オキサイド等のジブチル錫化合物、ジメチル錫ビス(イソオクチルメルカプトアセテート)等のジメチル錫化合物、その他に、モノオクチル錫トリス(イソオクチルチオグリコレート)、モノブチル錫オキシド、モノブチル錫ハイドロキシクロライド、モノブチル錫トリオクトエート、シュウ酸錫、オクチル酸錫等が挙げられる。
有機錫化合物触媒は、いずれか1種類を用いても良いが、2種類以上の任意の混合物であっても良い。
触媒活性が大きい上に、沸点が高く蒸留時に製造目的に混入し難い点から、ジブチル錫化合物が好ましく、ジブチル錫ジラウレート又はジブチル錫オキサイドの少なくとも一種がより好ましい。
【0022】
エステル交換反応は、通常、原料化合物(A)及び(B)と、有機錫化合物触媒とを、反応器に供給し、好ましくは90℃〜130℃の範囲の温度で原料化合物(A)及び(B)を反応させて進められる。
エステル交換反応に用いる反応器内の圧力は、減圧、常圧及び加圧のいずれでもよいが、好ましくは減圧下であり、通常、500〜760Torrである。
【0023】
原料化合物(A)及び(B)の配合比(モル比)は、好ましくは0.5:1〜2:1、より好ましくは1:1〜1.6:1、更に好ましくは1:1〜1.5:1である。配合比がこの範囲にあると、化合物(C)を効率よく製造することができる。
また、原料化合物(B)及び有機錫化合物触媒の配合比(モル比)は、好ましくは1:0.0001〜1:0.1、より好ましくは1:0.001〜1:0.05である。上記配合比がこの範囲にあると、エステル交換反応を円滑に進めることができる。上記有機錫化合物触媒の使用量が少なすぎると、反応速度が遅くなって、反応が長時間化し、更に反応缶器中で(A)が重合してしまい、生産性が低下する。
【0024】
エステル交換の反応中における熱重合反応を抑制するために、フェノチアジン、tert−ブチルカテコール、ハイドロキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル等の重合抑制剤を反応器に供給してもよい。
この重合抑制剤の使用量は、上記原料化合物(A)及び(B)の合計量に対して、好ましくは0.0001〜5質量%、より好ましくは0.001〜3質量%である。
【0025】
エステル交換反応において、原料化合物(A)が化合物(D)との共沸混合物を形成する場合には、化合物(D)を反応系外に積極的に排出するために、原料化合物(A)を過剰に供給する。また、副生する化合物(D)等を積極的に反応系外に排出する等の目的で、化合物(D)と共沸混合物を形成する有機溶剤を用いることができる。その例としては、n−ヘキサン、n−ペンタン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソオクタン等が挙げられる。
尚、原料化合物(A)が、原料化合物(B)に対して過剰に供給された場合、副生する化合物(D)は、反応系に残存する原料化合物(A)との共沸混合物として反応系外に排出し、回収することもできる。
【0026】
エステル交換反応後、反応液から化合物(C)を分離するために、反応液が加熱される(蒸留工程)。この蒸留工程により、化合物(C)、並びに、未反応の原料化合物(A)及び(B)を主として含む蒸留留出物が留去され、反応活性を有する有機錫化合物(「活性有機錫化合物」という)及び不活性有機錫化合物を含む高沸缶残物質(「缶出物」という)が残される。なお、本発明において不活性有機錫化合物とは、まったく活性を有しないものだけでなく、活性が低下したものも含む。これら不活性有機錫化合物としては、例えば、有機錫化合物のエステル基が水酸基に置換したもの、有機錫化合物が二量化したもの、副生物や重合物と反応したり配位したもの等が含まれる。
かかる缶出物は、通常、高粘度であり分離し難いので、蒸留工程を途中で止めて、未反応の原料化合物(A)及び(B)並びに化合物(C)及び(D)を若干と含むものであってもよい。
【0027】
本発明は、缶出物に含まれている、活性有機錫化合物の再利用のために、更に、抽出分離工程及び回収工程を備えるものである。
【0028】
本発明において、抽出分離工程は、蒸留工程から得られた有機錫化合物を含んだ缶出物である触媒含有液と、該有機錫化合物を抽出可能な有機溶剤(「有機溶剤(S1)」という)とを接触させて、有機錫化合物を有機溶剤相に抽出する工程である。
さらに加えて、触媒含有液及び有機溶剤(S1)の接触により、活性有機錫化合物及び有機溶剤(S1)を含む有機溶剤相(「抽出相」ともいう)と、この有機溶剤に溶解しない物質からなる相(「抽残相」ともいう)とに分離させる工程である。
【0029】
有機溶剤(S1)は、触媒含有液に含まれた活性有機錫化合物を確実に抽出相に存在させ、且つ2相分離により、不溶解物を除去できることから、好ましくは無極性溶剤であり、その作用に優れることから、特に好ましくは直鎖状の無極性溶剤である。この無極性溶剤としては、脂肪族炭化水素等の炭化水素系溶剤が挙げられる。
なお、無極性溶剤は、単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
脂肪族炭化水素としては、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソオクタン、石油エーテル、石油ベンジン等が挙げられ、好ましくはn−ヘキサンである。
有機溶剤(S1)は、有機錫化合物触媒を抽出した後、蒸留回収した有機溶媒も使用可能である。
これらの溶剤を用いることにより、触媒含有液に含まれた活性有機錫化合物を抽出相に、不活性有機錫化合物を抽残相に、それぞれ存在させ、活性有機錫化合物及び不活性有機錫化合物を効率よく分離することができる。
【0030】
なお、触媒含有液は、蒸留工程から得られた缶出物をそのまま用いてもよいし、缶出物の組成、粘度等に応じて、活性有機錫化合物の抽出効率を向上させるために、他の成分を添加して、触媒含有液の粘度を低下させたものであってもよい。
すなわち、蒸留工程により得られた缶出物が極めて高粘度であって抽出分離操作がおこない難い場合、抽出分離が不十分になり、活性有機錫化合物の回収率が低下してしまう。このような場合には、上記缶出物に、例えば、原料化合物(B)及び化合物(C)を含む成分を添加する等により、好ましい性状の触媒含有液を調製し、これを用いることができる。
【0031】
抽出分離工程において、触媒含有液と有機溶剤(S1)の接触方法は、特に限定されず、一方を他方へ添加してよいし、両者を同時に添加してもよい。また、バッチ式及び連続式のいずれでもよい。これらの場合、2相の分離をより確実なものとするために、撹拌・混合を十分に行い、その後、静置する。
抽出分離工程の具体的な方法としては、スタティックミキサー等のインラインミキサーや撹拌翼を取り付けた撹拌機を用いて、触媒含有液及び有機溶剤(S1)を十分に攪拌・混合させた後、静置分離槽に送液して相分離させる方法等が挙げられる。分離装置としては、撹拌・混合及び抽出分離をより円滑に進めるために、混合槽及び分離槽が一体化された装置を用いることもできる。
また、多孔板式抽出塔や回転円板式抽出塔等の連続式抽出塔を用いることもできる。
【0032】
触媒含有液から活性有機錫化合物を抽出するための有機溶媒(S1)の使用量は、2相分離を実現する範囲で適宜選ぶことができる。
上記触媒含有液100質量部に対して、好ましくは100〜2,000質量部、より好ましくは500〜1,000質量部、更に好ましくは600〜800質量部である。有機溶剤(S1)の使用量が上記範囲にあると、効率的な抽出分離及びその短時間化を図ることができる。
【0033】
上記抽出分離工程における、触媒含有液及び有機溶剤(S1)の抽出温度は、抽出相の沸点以下で行われる。通常、10℃〜80℃の温度であり、好ましくは沸点より20℃〜60℃といった低い温度にすることで、効率的な抽出分離ができる。
触媒含有液及び有機溶剤(S1)を接触させ、混合液を静置することにより、2相に分離された場合、有機溶剤(S1)を含む抽出相と不活性有機錫化合物を主として含む粘性成分からなる抽残相に分かれる。上記触媒含有液が、原料化合物(A)及び(B)、化合物(C)及び(D)、他の化合物等を含有した場合には、抽出相は、活性有機錫化合物、有機溶剤(S1)、原料化合物(A)及び(B)並びに化合物(C)及び(D)を含み、抽残相は、不活性有機錫化合物及び有機溶剤(S1)に溶解しない物質である原料化合物(A)及び化合物(C)の重合物を含む。
【0034】
上記抽出分離工程により2相に分離させた後の回収工程は、(i)抽出相をそのまま反応系に回収する工程、(ii)抽出相中に含まれる有機溶剤(S1)の一部あるいは全部を除去回収する工程、のいずれであってもよい。
【0035】
上記回収工程において、抽出相を加熱して、有機溶剤(S1)を留去することにより、活性有機錫化合物を高濃度とすることができる。この加熱により、有機溶剤(S1)を全量留去させてよいし、一部を残存させてもよい。留去された有機溶剤(S1)は、抽出分離工程において再利用することができる。また、有機溶剤(S1)が化合物(D)と共沸混合物を形成する場合には反応工程において再利用することができる。
【0036】
エステル交換反応、抽出分離、抽出相の有機溶媒留去等の操作は、アクリル酸エステルの重合や着色を抑制するため、酸素含有窒素雰囲気であることが好ましい。
【0037】
本発明は、上記回収工程により得られた活性有機錫化合物を、エステル交換反応用触媒の一部として再利用し、(メタ)アクリル酸エステルを製造するものである。
(メタ)アクリル酸エステルを製造する際には、回収された活性有機錫化合物のみを用いてよいし、回収された活性有機錫化合物と、新規の有機錫化合物触媒とを併用してもよい。
【0038】
以上の説明から明らかなように、本発明の製造方法は、原料成分を無駄なく反応に有効
活用できるため、高い経済効率を有する連続製造に好適である。
【0039】
本発明において、好ましい態様は、以下に示される。
[1]原料化合物(A)としてアクリル酸メチルを、原料化合物(B)として2−メトキシエタノールを用いて、アクリル酸2−メトキシエチル(C)を製造する方法において、有機溶剤(S1)として、n−ヘキサンを用いる方法。
[2]原料化合物(A)としてアクリル酸イソブチルを、原料化合物(B)として3−メトキシブタノールを用いて、アクリル酸3−メトキシブチル(C)を製造する方法において、有機溶剤(S1)として、n−ヘキサン、n−ペンタン、n−オクタン又はイソオクタンを用いる方法。
【実施例】
【0040】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0041】
<実施例1>
攪拌機、温度計、並びに、冷却器及び分留塔を備える精留装置が配設された反応器に、3375.4g(39.2mol)のアクリル酸メチルと、2001.8g(26.3mol)の2−メトキシエタノールと31.3g(0.050mol)のジブチル錫ジラウレート(有機錫化合物触媒)と15.6g(0.063mol)のジブチル錫オキシド(有機錫化合物触媒)を仕込み、エステル交換を7時間行った。
その後、生成したアクリル酸2−メトキシエチルと、未反応のアクリル酸メチル及び2−メトキシエタノールと、副生したメチルアルコールとを含む反応液を加熱することにより、これらの一部を留去させ、表1に示される組成を有する缶出液(以下、「触媒含有液(CC1)」という。)を得た。この触媒含有液(CC1)には、活性有機錫化合物及び不活性有機錫化合物が含まれ、有機錫化合物含有量は、Sn換算で3.1質量%であった。尚、表1におけるアクリル酸2−メトキシエチル、アクリル酸メチル、2−メトキシエタノール及びメチルアルコールの含有量は、ガスクロマトグラフ分析により求めた。
また、錫(Sn)含有量は後述する方法でICP発光分析装置によりSnを定量した。
【0042】
【表1】

【0043】
表1中のSnの含有量は、以下の方法で定量した。
<錫(Sn)含有量の算出方法>
(1)試料0.2〜1gを100ml石英ビーカーに採取し、0.1mgまで秤量した。
(2)硫酸2mlを加えてヒーター上で加熱し、炭化させた。
(3)硝酸を少量ずつ添加して加熱する操作を繰り返し、炭化物を分解した。
(4)淡黄色になる程度までに分解したら、更に過酸化水素を少量ずつ添加して分解を継続した。
(5)硫酸白煙が発生するまで加過熱をつづけ、黒色になり、これ以上炭化しなくなってから、放冷した。
(6)塩酸(1+1)25mlを加え、100℃のホットプレート上で不溶解物が認められなくなるまで加温した。
(7)室温まで放冷後、液を塩酸(1+1)25mlで100mlメスフラスコに洗い移した。
(8)純水で標線に合わせて供試液とした。
(9)供試液をICP発光分析装置(ドイツSPECTRO社製、商品名CIROS−120)で測定し、検量線法によりSnを定量した。
【0044】
その後、触媒含有液(CC1)を80.0g採取し、n−ヘキサン480.0gとともに分液ロートに投入した。この混合液を、室温(25℃)で1分間振盪し、静置したところ、白色沈殿物が生成した。そして、n−ヘキサンに溶解した活性有機錫化合物を含む上相液545.0gと、不活性有機錫化合物を含み、Sn換算の錫含有量が0.52質量%である下相液15.0gとを回収した。
次いで、ロータリーエバポレーターを用いて、上相液を、圧力600Torrの条件で、70℃に加熱し、n−ヘキサンを蒸発させて449.5g回収した。残液(以下、「回収触媒含有液(RC1)」という。)95.5gのGC分析を行ったところ、表2に示す組成を有し、Sn含有量が2.5質量%であった。
【0045】
【表2】

【0046】
表1及び表2に記載された錫含有量を用いて、下記式(1)により、活性有機錫化合物の回収率96.3%を得た。
錫触媒回収率(質量%)=(n−へキサンを一部留去後の有機錫化合物触媒を含有する上相(RC1)中のSn質量)÷(有機錫化合物触媒を含有する液(CC1)中のSn質量)×100 式(1)
【0047】
<回収した有機錫化合物触媒の活性度試験>
ジムロート冷却管を付したガラス製フラスコに2−メトキシエタノール183.2g(2.41mol)、アクリル酸メチル317.5g(3.69mol)、実施例1で得られた回収有機錫触媒含有液70.9g(Sn換算で1.77g)、フェノチアジン1.12gを投入し、内温92〜102℃になるようオイルバスで加温した。ガスクロマトグラフィーにて、反応液中の(A)、(C)、(D)各成分の組成(質量%)を測定した。その結果を表3に示す。
【0048】
【表3】


回収触媒含有液を使用しても、アクリル酸2−メトキシエチルの生成が認められ、回収有機錫触媒は十分な触媒活性を有していた。
【0049】
<ガスクロマトグラフィー(GC)の測定条件>
カラム : 島津ジーエルシー社製「ZB−1」(溶融シリカキャピラリーカ ラム、膜厚1.0μm、内径0.32mm、長さ60m)
カラム温度 : 60℃→170℃(昇温速度5℃/分),170℃→250℃(昇温速度20℃/分),250℃で保持
GC注入口温度 : 350℃
検出器 : FID
検出器温度 : 350℃
キャリアガス : 窒素(流速4.3ml/分、スプリット比1/12)
【0050】
<実施例2>
n−ヘキサンの使用量を660gとした以外は、実施例1と同様にして処理を行った。即ち、分液ロートに、触媒含有液(CC1)80.0g及びn−ヘキサン659.8gを投入し、2相に分離させた後、上相液721.0g及び下相液12.3gを得た。
その後、ロータリーエバポレーターを用いて、上相液を、圧力600Torrの条件で、70℃に加熱し、n−ヘキサン629.0g、及び、残液(以下、「回収触媒含有液(RC2)」という。)92.0gを得た。回収触媒含有液(RC2)におけるSn含有量の分析値は2.6質量%であった。
上記式(1)を用いて、活性有機錫化合物の回収率96.5%を得た。
【0051】
<実施例3>
攪拌機、温度計、並びに、冷却器及び分留塔を備える精留装置が配設された反応器に1282.0g(10mol)のアクリル酸イソブチルと、952.7g(6.8mol)の3−メトキシブタノールと8.0g(0.013mol)のジブチル錫ジラウレート(有機錫化合物触媒)と4.0g(0.016mol)のジブチル錫オキシド(有機錫化合物触媒)を仕込み、エステル交換を7時間行った。
その後、生成したアクリル酸3−メトキシブチルと、未反応のアクリル酸イソブチル及び3−メトキシブタノールと、副生したイソブチルアルコールとを含む反応液を加熱することにより、これらの一部を留去させ、表4に示される組成を有する缶出液(以下、「触媒含有液(CC3)」という。)を得た。この触媒含有液(CC3)には、活性有機錫化合物及び不活性有機錫化合物が含まれ、有機錫化合物含有量は、Sn換算で2.9質量%であった。
【0052】
【表4】

【0053】
その後、触媒含有液(CC3)を80.0g採取し、n−ヘキサン 570.2gとともに分液ロートに投入した。この混合液を、室温(25℃)で1分間振盪し、静置したところ、2相に分離した。そして、n−ヘキサンに溶解した活性有機錫化合物を含む上相液630.3gと、不活性有機錫化合物を含み、Sn含有量が0.3質量%である下相液15.8gとを回収した。
次いで、ロータリーエバポレーターを用いて、上相液を、圧力600Torrの条件で、70℃に加熱し、n−ヘキサンを蒸発させて520.0g回収した。残液(以下、「回収触媒含有液(RC3)」という。)110.3gのGC分析を行ったところ、表5に示す組成を有し、Sn含有量が1.9質量%であった。
【0054】
【表5】

【0055】
表4及び表5に記載されたSn含有量を用いて、上記式(1)により、活性有機錫化合物の回収率90.3%を得た。
【0056】
<比較例1>
実施例1において、n−ヘキサンを320.0g変更した以外は、実施例1と同様の操作を実施した。その後、分液ロートにて3時間静置したが、分相や析出することはできなかった。
【0057】
<比較例2>
n−ヘキサンをトルエンに変更した以外は、実施例1と同様の操作を実施した。その後、分液ロートにて3時間静置したが、分相や析出することはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
上記のとおり、本発明の有機錫化合物触媒の回収方法は、比較的低沸点のn−ヘキサンに代表される無極性溶媒により高い回収率で錫成分を回収することができる。
室温抽出も可能であるうえ、回収された有機錫触媒の触媒活性が十分であり、工業的に有用であるのみならず、環境に悪影響を及ぼす缶出物を低減する効果がある。
本発明の有機錫化合物触媒を用いた(メタ)アクリル酸エステルの製造方法において、(メタ)アクリル酸アルキルエステルとアルコールとを反応させて、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステルを製造する際に、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステルを含む反応液に残存している、再利用可能な活性触媒を回収し、次回の製造に利用することで、新規に使用する有機錫化合物触媒の配合量を低減することができる。これにより、一旦、配合した有機錫化合物触媒が失活させるまで、有効利用できることから、コスト低減や連続製造に好適である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)とアルコール(B)とを、有機錫化合物触媒の存在下、エステル交換反応させて(メタ)アクリル酸エステル(C)を製造する方法であって、
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)及びアルコール(B)を含む反応液を加熱し、エステル交換された(メタ)アクリル酸エステル(C)及び副生するアルコール(D)を蒸留する蒸留工程と、
上記蒸留工程から得られた、有機錫化合物触媒を含む触媒含有液と、該有機錫化合物触媒を抽出できる有機溶剤とを接触させて、該有機錫化合物触媒を有機溶剤相に抽出する抽出分離工程と、
上記有機溶剤相から有機錫化合物触媒を回収する回収工程とを備え、
上記回収工程により得られた有機錫化合物触媒を、エステル交換反応用触媒の少なくとも一部として、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)及びアルコール(B)の反応に再利用することを特徴とする(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項2】
上記有機溶剤が直鎖状の無極性溶剤である請求項1に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項3】
上記直鎖状の無極性溶剤が脂肪族炭化水素である請求項1又は2に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項4】
上記無極性溶剤がn−ヘキサンである請求項3に記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項5】
上記有機錫化合物触媒が、ジブチル錫化合物である請求項1乃至4のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項6】
上記有機錫化合物触媒が、ジブチル錫ジラウレート又はジブチル錫オキサイドの少なくとも一種である請求項1乃至5のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項7】
アルコール(B)がアルコキシアルカノールである請求項1乃至6のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項8】
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)がアクリル酸メチル、アクリル酸n−ブチル又はアクリル酸イソブチルのいずれかであり、アルコール(B)が、2−メトキシエタノール又は3−メトキシブタノールである請求項1乃至7のいずれかに記載の(メタ)アクリル酸エステル(C)の製造方法。
【請求項9】
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(A)がアクリル酸メチルであり、アルコール(B)が、2−メトキシエタノールである請求項8に記載の(メタ)アクリル酸2−メトキシエチル(C)の製造方法。


【公開番号】特開2011−126836(P2011−126836A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−288571(P2009−288571)
【出願日】平成21年12月21日(2009.12.21)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【Fターム(参考)】