説明

2型糖尿病に関連するヒトWNT5B遺伝子多型の検出方法及びキット

【課題】 2型糖尿病に関するWNT遺伝子ファミリーの変異の情報を提供する。さらに、WNT遺伝子ファミリーにおいて見出された遺伝子の変異を用いて、2型糖尿病を発症する可能性の高い人を発症前に検出するための方法及びキットを提供する。
【解決手段】 被験者から採取された生物学的な試料についてWNT5B遺伝子の変異を検出する。前記WNT5B遺伝子の変異は、ヒトWNT5B遺伝子の第一イントロンの6974位、第二イントロンの1079位及び1636位、第三イントロンの1016位、第四イントロンの438位、5776位及び6763位、並びに第五イントロンの4244位からなる群より選択される1以上の位置における一塩基多型であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2型糖尿病に関連する遺伝子多型の検出方法に関する。さらに詳細には、ヒトWNT5B遺伝子の一塩基多型を検出することによる、2型糖尿病に罹患する可能性に関する遺伝的素因の検出方法、そのための単離されたポリヌクレオチド、プローブ、PCRプライマー対、及びキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
2型糖尿病は中年以降における最も一般的な生活習慣病の1つであり、我が国を含めた多くの国においてその罹患率が上昇している。2型糖尿病の原因は、末梢組織におけるインスリン抵抗性、及び膵ベータ細胞からのインスリン分泌低下によると考えられているが、その正確な機序は未だ不明である。
【0003】
これまで2型糖尿病に対する感受性を付与する候補遺伝子として、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(PPARG:peroxisome proliferator-activated receptor γ、非特許文献1参照)、カルパイン10(CAPN10:calpain-10、非特許文献2参照)、及びアディポネクチン(APM1:adiponectin、非特許文献3参照)等が報告されているが、これらの遺伝子は全ての糖尿病患者の極く少数の割合について説明できるのみであり、ほとんどの2型糖尿病に対する感受性遺伝子については未だ同定されていない。
【0004】
一塩基多型(SNP)と呼ばれる、配列決定されたゲノムにおいて高頻度に検出される遺伝的変異が、糖尿病を含む種々の病気の有用なマーカーとなっている。発明者らは、インベーダー法とマルチプレックスPCRとの組合せによるハイスループットSNP解析法を用いてゲノムワイドな研究を行い、糖尿病に関連する1つの遺伝子を既に報告している(特許文献1参照)。
【0005】
2型糖尿病患者の多くは、遺伝的な要因に、環境因子(肥満、運動不足、脂肪の多い食生活など)が加わって発症すると考えられている。従って、糖尿病に関する遺伝因子を事前に診断し、発症前に糖尿病に罹患する可能性が高いと分かった人に対しては食事や運動面において注意することによって、糖尿病の発症を未然に防ぐことが可能となる。そのため、遺伝的に糖尿病に罹患する可能性が高い人を事前に検出し、また、糖尿病発症についてのメカニズムを遺伝的に解明するために、2型糖尿病に関連するより多くの多型を同定し、2型糖尿病の発症前診断の確度と有用性を高めることが求められている。
【0006】
一方、WNT遺伝子は、胚の発達や発癌における中心的な役割を果たすことが知られている。最近、WNTファミリーの1つのアイソフォームが脂肪生成(adipogenesis)に重要な役割を果たしていることが報告され(例えば、非特許文献4及び5参照)さらに、WNTシグナル伝達の1つのメディエーターとして知られている低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質5(LRP5:low density lipoprotein receptor-related protein 5)もまた、グルコース誘導性インスリン分泌に関与していることが示された(例えば、非特許文献6参照)。従って、WNTシグナル伝達経路に関連する遺伝子が、2型糖尿病の感受性を付与する候補遺伝子であることが考慮されるが、WNT遺伝子群と2型糖尿病との関連性に焦点をあてた研究は未だ行われていない。
【0007】
【特許文献1】特開2004-215647
【非特許文献1】Altshuler D et la., (2000) Nature Genet 26:76-80
【非特許文献2】Horikawa Y et al., (2000) Nature Genet 26:163-175
【非特許文献3】Hara K et al., (2002) Diabetes 51:536-540
【非特許文献4】Ross SE et al., (2000) Scirnce 11(289):950-953
【非特許文献5】Bennett CN et al., (2002) J Biol Chem 23:30998-31004
【非特許文献6】Fujino T et al., (2003) Proc Natl Acad Sci U S A 100:229-234
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術に鑑みてなされたものであって、2型糖尿病に関するWNT遺伝子ファミリーの変異の情報を提供することを目的とする。さらに、WNT遺伝子ファミリーにおいて見出された遺伝子の変異を用いて、2型糖尿病を発症する可能性の高い人を発症前に検出するための方法及びキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、2型糖尿病に対する感受性の付与に関し、WNTファミリー遺伝子の果たす役割の可能性を調べるために、WNTファミリーメンバーをコードする複数の遺伝子と日本人の2型糖尿病患者との相関研究(ケース・コントロール研究)を行った。その結果、WNT5B遺伝子における特定のSNP座が2型糖尿病と非常に強い相関性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、第一の視点において、本発明のヒト2型糖尿病に関する遺伝的素因の検出方法は、被験者から採取された生物学的な試料についてWNT5B遺伝子の変異を検出することを特徴とする。前記WNT5B遺伝子の変異は、ヒトWNT5B遺伝子の第一イントロンの6974位、第二イントロンの1079位及び1636位、第三イントロンの1016位、第四イントロンの438位、5776位及び6763位、並びに第五イントロンの4244位からなる群より選択される1以上の位置における一塩基多型であることが好ましい。本発明のさらに好ましい実施形態において、WNT5B遺伝子の第三イントロンの1016番目の塩基がチミン(T)からシトシン(C)に、又は第四イントロンの438番目の塩基がグアニン(G)からシトシン(C)に、若しくは5776番目の塩基がシトシン(C)からグアニン(G)に置換されている場合に、前記被験者が2型糖尿病に罹患する可能性の高いことが示される。
【0011】
本発明の第二の視点において、上記検出方法に用いることができるポリヌクレオチド、プローブ、及びプライマー対、並びにこれらを含んでなる2型糖尿病の発症前診断キットが提供される。具体的な塩基配列を含む好ましい実施形態については以下の実施例等に詳細に示される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の検出方法により、糖尿病発症前にこれらの多型における変異の有無を検出し、変異があると判断された人に関しては、2型糖尿病の遺伝的素因、すなわち、2型糖尿病に罹りやすい体質を遺伝的に有していることが示唆され、発症前に食事や運動に気をつけるよう指導し、必要があれば、予防的な治療を行って2型糖尿病の発症を予防することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(定義)
本明細書において、以下の用語は特記しない限り次のように定義される。「WNT」とは、脂肪生成、筋形成、神経形成及び乳腺発達等の細胞の運命や分化に影響を与えるタンパク質ファミリー及びこれらをコードする遺伝子の名称である。遺伝子とはcDNA、及びゲノム遺伝子を含む。WNT−1遺伝子は最初にマウス乳癌におけるマウス乳癌ウイルス(MMTV)の挿入部位として同定された。今日では、WNTファミリーは、WNT5Bを含む19の遺伝子からなることが知られている(詳細については、http://www.stanford.edu/~rnusse/wntwindow.html参照)。WNTファミリーのほとんどのタンパク質は細胞から分泌され、細胞表面受容体、すなわちFrizzled受容体(7回膜貫通型)及びその共受容体(LRP5及びLRP6)を介して作用すると考えられている。WNT−1遺伝子は、β−カテニン経路を介して脂肪生成を阻害し、WNT10B遺伝子もまた脂肪生成の初期段階で重要な役割を果たすことが示されている。さらに、LRP5は膵ベータ細胞におけるグルコース誘導性インスリン分泌と肝臓でのコレステロール代謝に何らかの役割を果たしていることが報告されている。
【0014】
「多型」(polymorphism)とは、同一集団上において、ある遺伝子座にある対立遺伝子が二種以上存在し、その頻度が1%以上ある状態をいい、一塩基多型(SNP)、制限酵素切断断片長多型(RFLP)、タンデムリピート多型、マイクロサテライト多型、挿入/欠失型多型等を含む。1個の塩基が他の塩基に置き換わっているものを一塩基多型(SNP)といい、SNPはヒトゲノムにおいては数百塩基対から1000塩基対に1ヶ所の割合で存在すると推測されている。また、2塩基から数十塩基を1単位とする配列が繰返し存在する部位において、その繰返し回数が個人間で異なるものは、タンデムリピート多型やマイクロサテライト多型と呼ばれている。SNPはその存在する位置によって機能が異なり、ポリペプチドの翻訳領域に存在してアミノ酸配列の置換や欠失を引き起こし、遺伝子の機能に影響を与えるものや、プロモーターやイントロン等の発現調節領域に存在して遺伝子発現量に影響を与えるもの、あるいは他の領域に存在して遺伝子発現への影響はほとんど無いもの等がある。
【0015】
本明細書において、「生物学的な試料」とは、生物に由来するポリヌクレオチドを含有する試料であって、種々の組織や細胞から採取される、生きている、若しくは死滅した、又は考古学的な試料をも含む。具体的には体液(血液、尿、唾液等)、皮膚、毛根、粘膜、内臓、胎盤、臍帯血等である。
【0016】
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは一般に、ポリリボヌクレオチドまたはポリデオキシリボヌクレオチドのいずれをもいい、それらは非修飾RNAまたはDNA、あるいは修飾RNAまたはDNAであってもよく、例えばDNA、cDNA、ゲノムDNA、mRNA、未プロセッシングRNAおよびそれらの断片などが挙げられ、それらの長さは特に限定しないが、一般的には約10塩基以上をいう。一方、「ポリヌクレオチド」よりも比較的短いものを「オリゴヌクレオチド」という場合もあり、「オリゴヌクレオチド」の長さは、一般的には、約50塩基以下である。
【0017】
(2型糖尿病に関する遺伝的素因の検出方法)
本発明の一つの実施形態において、被験者から生物学的な試料を採取し、前記試料についてWNT5B遺伝子の変異を検出することを特徴とするヒト2型糖尿病に関する遺伝的素因の検出方法が提供される。ここで、WNT5B遺伝子とは、WNTファミリーの1つの遺伝子であって、成人の前立腺や胎児の脳において中程度に発現し、成人の肝臓や腎臓でわずかに発現していることが知られている遺伝子である。WNT5B遺伝子は、また、軟骨細胞などのいくつかのタイプの細胞の分化や増殖にも関与していることが報告されており、配列番号1に示された塩基配列のヒト由来cDNAを含む。さらに、配列番号1の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつWNT5Bに特徴的な細胞の分化誘導能を有するポリペプチドをコードするヒト由来の同質遺伝子、及び哺乳動物におけるそれらの相同物も含まれる。「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする」という条件は当業者において周知のハイブリダイゼーションの実験条件である。具体的には、2つの核酸断片が、サムブルックら(Sambrook,J.)の「大腸菌におけるクローン遺伝子の発現(Expression of cloned genes in E.coli)」(Molecular Cloning:A laboratory manual:2nd. edition(1989))Cold Spring Harbor Laboratory Press,New York,USA,9.47-9.62および11.45-11.61に記載されたハイブリダイゼーション条件下で、相互にハイブリダイズすることを意味する。
【0018】
より具体的には、「ストリンジェントな条件」とは約45℃にて6.0×SSCでハイブリダイゼーションを行った後に、50℃で2.0×SSCで洗浄することを指す。ストリンジェンシーの選択のため、洗浄工程における塩濃度を、例えば低ストリンジェンシーとしての約2.0×SSC、50℃から、高ストリンジェンシーとしての約0.2×SSC、50℃まで選択すること、ができる。さらに、洗浄工程の温度を低ストリンジェエンシー条件の室温、約22℃から、高ストリンジェンシー条件の約65℃まで増大させることができる。なお、当業者であれば、SSCの希釈率、ホルムアミド濃度、温度などの諸条件を適宜選択することで、上記の条件と同様のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を実現することができる。
【0019】
ヒトゲノムにおいて、WNT5B遺伝子は第12番染色体のp13.3に存在し、6つのエクソンに分断されて図2に示したような構造を有する。図2は本発明に係るWNT5B遺伝子上に同定されたSNP部位を模式的に表したものである。ヒトWNT5B遺伝子は、WNT5Bのコード領域のみならず、イントロン、5’フランキング領域、3’フランキング領域をも含む。図2には、全部で87個のSNPの存在部位が示されているが、#は、2型糖尿病と強い関連性を示すイントロン4(+438、C/G)のSNPであり、*は、IMS−JSTのSNPデータベースから選択されたSNPsを示す。
【0020】
2型糖尿病との関連性(相関性)は、臨床的な方法によって2型糖尿病と診断された被験者集団(症例群)と一般集団(対照群)から得た生物学的試料を分析し、本発明に係る多型性との関連をカイ2乗法等により統計的に分析することによって、これらの変異が2型糖尿病と関連しているか否かを検定することができる。ハーディ・ワインベルグ平衡(Nielsen DM, et al., (1998) Am J Hum Genet 63:1531-1540)や連鎖不平衡(LD)係数(D’及びΔ;Devlin B, et al., (1995) Genomics 20:311-322)等の統計的解析は、当業者に公知のプログラム等を用いて行うことができる。
【0021】
本発明の好ましい実施形態において、2型糖尿病との関連性を有するSNPは、第一イントロンの6974位のシトシン(C)/チミン(T)(以下「C/T」と称する場合があるが、この場合、出現頻度の高い野生型塩基を先に、出現頻度の低い変異型塩基を後に記載する。)、第二イントロンの1079位及び1636位のシトシン(C)/グアニン(G)、第三イントロンの1016位のシトシン(C)/チミン(T)、第四イントロンの438位のシトシン(C)/グアニン(G)、5776位のグアニン(G)/シトシン(C)、及び6763位のシトシン(C)/チミン(T)、並びに第五イントロンの4244位のアデニン(A)/シトシン(C)である。
【0022】
さらに好ましい実施形態において、ヒトWNT5B遺伝子の第一イントロンにおける6974番目の塩基がチミン(T)からシトシン(C)に置換されている場合(以下このような塩基置換を、「T6974C」と称する。)、第二イントロンの1079番目の塩基がグアニン(G)からシトシン(C)に置換されている場合(G1079C)及び1636番目の塩基がグアニン(G)からシトシン(C)に置換されている場合(G1636C)、第三イントロンの1016番目の塩基がチミン(T)からシトシン(C)に置換されている場合(T1016C)、第四イントロンの438番目の塩基がグアニン(G)からシトシン(C)に置換されている場合(G438C)、5776番目の塩基がシトシン(C)からグアニン(G)に置換されている場合(C5776G)及び6763番目の塩基がチミン(T)からシトシン(C)に置換されている場合(T6763C)、並びに第五イントロンの4244番目の塩基がアデニン(A)からシトシン(C)に置換されている場合(A4244C)のいずれか1つ以上の一塩基多型を含む場合、前記被験者が2型糖尿病に罹患する可能性の高いことが示される。
【0023】
上記WNT5B遺伝子の多型を決定する方法としては、以下のような種々の公知技術を用いて、(1)少なくとも多型部位を含む対立遺伝子の一部の塩基配列の決定、(2)多型部位に特異的にハイブリダイズするプローブ(アリル特異的プローブ)による検出、(3)多型部位を含む遺伝子断片の分子量の測定等の方法により行うことができる。例えば、ダイレクト・シークエンシング法等によりゲノムDNAから直接SNPを検出することができる。一方、特定のゲノムDNA領域を増幅した後、上記(1)〜(3)の検出手段を用いることもできる。DNAを増幅するための種々の方法は当業者に公知であり、例えば、所望のDNA断片をクローン化したり、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、連結酵素連鎖反応(LCR)、鎖置換増殖方法(SDA;Walker G. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 89, 392-396 (1992))、転写反応に基づいた増殖方法( Kwoh D. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 86, 1173-1177 (1989))、自己持続複製反応(Guatelli J. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 87, 1874-1878 (1990))、Q−βレプリカーゼシステム(Lizardi P. et al. Bio/Technology 6, 1197-1202 (1988))、核酸配列に基づいた増殖反応(NASBA;Lewis R. Genetic Engineering News 12, 1 (1992))、修復連鎖反応(RCK)、LAMP法(WO00/28082)等により行うことができるがこれらに限定されない。
【0024】
増殖反応産物は、種々の方法によりSNPを決定することができ、例えば、塩基配列の決定、MALDI−TOF質量分析法等による分子量の測定、及び制限酵素断片長の解析(RFLP)等が含まれる。一本鎖立体配置多型(SSCP)による検出技術もまた、アクリルアミドゲル等に基づく分離方法であるが、非変性条件下で行われる。好適なキャピラリー電気泳動によって行うこともできる。この技術は、種々のDNA断片をそれらの立体配置(コンフォメーション)に従って識別し得る(Orita et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 86, (1989), Cotton Mutat. Res. 285, 125-144 (1993), Hayashi Genet. Anal. Tech. Appl. 9, 73-79 (1992))。
【0025】
TaqMan法(商標)と呼ばれる方法は、アリル特異的なオリゴヌクレオチドと鋳型とのハイブリダイゼーション、及びPCR法を同時に行い、蛍光エネルギー移動現象を用いてSNPを検出する方法である(Livak et al., PCR Methods and Applications 4:357-362, 1995、及び米国特許第5528848号参照)。蛍光色素と消光物質により標識したアリル特異的プローブを標的部位にハイブリダイズさせて、この部位を含む領域を増幅するように設計したプライマーでPCRを行うと、プライマーからの伸長反応が進むと同時にTaqポリメラーゼの5’ヌクレアーゼ活性によりハイブリダイズしたプローブが切断される。蛍光色素が消光物質と離れると蛍光が生じ、また、PCR反応により鋳型が増幅するため蛍光強度は指数関数的に増強する。2種類のアリルに特異的なプローブを異なる蛍光色素で標識しておけば、1回のアッセイでホモ接合体とヘテロ接合体とを区別することができる。
【0026】
DNAの増幅を伴なわない種々の方法が開発されている。例えば、インベーダー法(商標)は2種類のオリゴヌクレオチド(インベーダープローブとアリルプローブ)を用い、これらのプローブが鋳型DNAと形成する特異的な構造を認識して切断する特殊な酵素反応に基づいており、例えば、米国特許第5846717号、第5614402号、第5719028号、第5541311号及び第5843669号等に記載されている。この方法は目的とする塩基配列を2種類の異なるプローブで認識する。第1のプローブは一般的にインベーダープローブと呼ばれ、目的塩基配列の第1の部位に実質的に相補的である。第2のプローブはアリルプローブと呼ばれ、その3’末端側は目的塩基配列の第2の部位と実質的に相補的であるが、5’末端側には鋳型と非相補的で一本鎖を形成するテール又はフラップと呼ばれる配列を含む。これらのプローブが鋳型の隣接する領域にハイブリダイズすると、SNP部位にインベーダープローブの3’末端が侵入し、この構造がCleavaseにより切断されてフラップが遊離する。遊離したフラップはあらかじめ標識しておくことにより定量することができる。好ましくは、遊離したフラップを定量するために蛍光色素とクエンチャーで標識された第3のFRET(fluorescence resonance energy transfer)プローブ(フラップと相補的な配列、及び自己相補的な配列を含む)を用いることができる。遊離したフラップはFRETプローブと結合して特異的な構造を形成し、CleavaseによりFRETプローブの蛍光色素部分が切断されて蛍光が発生する。フラップ−FRETプローブを2組用意し、異なる蛍光色素で標識することにより、1回のアッセイで各ホモ接合体とヘテロ接合体とを区別することができる。
【0027】
MALDI−TOF質量分析法は、プライマーの蛍光標識を必要とせず、短時間で大量のサンプルを処理することができる方法である。SNP部位に隣接するプライマーを作製し、PCR増幅させたサンプルDNAを鋳型として、ddNTPを用いて1塩基分だけプライマー伸長反応を行う。伸長反応生成物の質量分析により、付加したddNTPを識別する。
【0028】
RCA(rolling circle amplification)法は、環状の一本鎖DNAを鋳型としてDNAポリメラーゼがその上を移動しながら長い相補鎖DNAを合成していくDNA増幅手段をSNPタイピングに応用したものである。SNP(アリル)の識別をRCA法による増幅の有無で行う。すなわち、ゲノムDNAとアニールし、環状になりうる一本鎖プローブ(パドロックプローブ)をゲノムDNAにハイブリダイズさせて連鎖反応を行う。プローブの端を識別したいSNPの部位としておけば、その部位がマッチしていれば連結され環状となってRCAによる増幅が起こるが、ミスマッチであれば連結されず環状とならないためRCA増幅は起こらない。この2種類の増幅反応を識別することによってSNPを決定することができる(Lizardi, P.M. et al., Nat. Genet. 19, 225 (1998))。
【0029】
多型部位を含む種々のオリゴヌクレオチドプローブをマイクロアレイ上に配置したDNAチップを用いて、PCR増幅させた蛍光標識cDNAやcRNAとハイブリダイゼーションするDNAチップ法は、多くのSNPsを迅速に検出する手段として有用である。オリゴヌクレオチドを光リソグラフィー技術によりアレイ上で合成して1チップ上に数千から数十万個のプローブを配置させたもの(Affymetrix社製、米国特許第5424186号、同第5744101号、及び同第6040138号等参照)や、あらかじめ調製したcDNAやオリゴヌクレオチドをピン又はインクジェット方式によりガラス上に固定化する方法等が知られている(米国特許第6040138号参照)。
【0030】
(ポリヌクレオチド、プライマ−対、及びキット)
本発明の他の実施形態において、上記ヒトWNT5B遺伝子多型を含むポリヌクレオチド、上記多型を含むDNA断片を増幅するためのプライマー対、上記多型を検出するためのポリヌクレオチド、プローブ及びそのためのキットが提供される。
【0031】
一つの実施形態において、本形態のポリヌクレオチドは、配列番号3若しくは配列番号4のいずれかに示された少なくとも10個の連続するヌクレオチド、又はその相補体からなり、かつ配列番号3の1016位、並びに配列番号4の438位及び5776位から選択されるいずれか1つの一塩基多型を含む単離されたポリヌクレオチドであって、前記いずれか1つの一塩基多型は、2型糖尿病に罹患する可能性に関している単離されたポリヌクレオチドである。従って、上記3ヶ所の一塩基多型の何れも含まないポリヌクレオチドは本形態に含まれない。これらの塩基配列は好ましくは配列番号3の1016位のチミンがシトシンに、配列番号4の438位のグアニンがシトシンに、又は配列番号4の5776位のシトシンがグアニンに置換されているものを含む。
【0032】
これらのポリヌクレオチドは、天然物であっても、合成物であっても良い。例えば、cDNAやゲノムDNAを組換えDNA技術を用いて宿主細胞内で複製して製造することができる。あるいは、試験管内で合成して製造しても良い。合成方法としてはPCR等によりDNAを増幅することも、化学的に合成することもできる。これらのポリヌクレオチドは、本発明に係る遺伝子多型を検出するために用いることができる。
【0033】
他の一つの実施形態において、ヒトWNT5B遺伝子と特異的にハイブリダイズし、前記遺伝子の一部からなるDNA断片を増幅しうるPCRプライマー対であって、増幅されたDNA断片が、前記遺伝子の第一イントロンの6974番目、第二イントロンの1079番目及び1636番目、第三イントロンの1016番目、第四イントロンの438番目、5776番目及び6763番目、並びに第五イントロンの4244番目からなる群より選択されるいずれかの塩基を含むことを特徴とするPCRプライマー対が提供される。本形態のプライマー対は、ヒトWNT5B遺伝子の上記多型部位の上流及び下流の特定の領域の各鎖と実質的に相補的になるように設計される。これらの各プライマーは、25〜2500塩基対離れた領域においてハイブリダイズすることができるが、増幅産物の塩基配列の決定又は分子量の解析を容易にするため、増幅産物の大きさが100〜500塩基対であることが好ましい。より好ましくは、増幅産物の大きさは80〜200塩基対である。これらのオリゴヌクレオチドプライマーの長さは10〜30塩基の範囲内であれば良いが、好ましくは18〜25塩基のものを、更に好ましくは配列番号5と6、配列番号7と8、配列番号9と10に示したそれぞれ20〜22塩基のオリゴヌクレオチドプライマーを用いることができる。これらのプライマーは増幅されたDNA断片の検出を容易にするために標識することができる。標識としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光色素、ストレプトアビジン、アビジン、磁気ビーズ、抗原及び抗体等が用いられる。
【0034】
さらに別の実施形態において、ヒトWNT5B遺伝子と特異的にハイブリダイズし、前記遺伝子の第一イントロンの6974位、第二イントロンの1079位及び1636位、第三イントロンの1016位、第四イントロンの438位、5776位及び6763位、並びに第五イントロンの4244位からなる群より選択される1以上の位置における一塩基多型を検出することのできるポリヌクレオチドが提供される。検出方法には種々の方法があるが、例えば、インベーダー法による検出を行う場合は、SNP部位から鋳型の3’側に相補的に結合するように設計されたインベーダープローブとSNP部位から鋳型の5’側に相補的な配列を含み、その5’側に鋳型の配列とは無関係な配列(フラップ)を有するアリルプローブとが提供される。SNP部位の配列であるインベーダープローブの3’末端は任意の塩基でよい。
【0035】
TaqManプローブは、SNP部位を含み、鋳型と相補的な約20塩基程度の長さのポリヌクレオチドである。5’末端はFAMやVIC等の蛍光色素により、また、3’末端はクエンチャー(消光物質)により標識される。
【0036】
RCA法に用いるパドロックプローブは、両端がゲノム上のSNP周辺約20塩基ずつからなり、その2つをバックボーンと呼ばれる特異的な配列が連結する。
【0037】
1つの実施形態として、ヒトゲノムDNAを直接又は、増幅されたDNA断片を用いて塩基配列を決定することができる。塩基配列決定用のシークエンスプライマーとしては、SNP部位の上流又は下流の適当な部位と実質的に相補的になるように設計される。これらのシークエンスプライマーの長さは10〜30塩基の範囲内であれば良いが、好ましくは18〜25塩基のものを用いることができる。これらのオリゴヌクレオチドは当業者において公知の種々の方法で化学合成される。また、検出を容易にするために標識されたものであっても良い。標識方法としては、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、ストレプトアビジン、アビジン、ビオチン、磁性微粒子、抗原及び抗体等を用いることができる。
【0038】
他の実施形態において、2型糖尿病の発症前診断キットが提供される。このキットには、上記ヒトWNT5B遺伝子の多型を含むDNA断片を増幅するためのプライマー対、及び上記多型を検出するためのポリヌクレオチドの何れか又は両方が含まれる。被験試料からまず目的DNAを増幅し、増幅したDNAを用いて遺伝子多型を決定することができる。一方、DNAの増幅反応を行わずに、ゲノムDNAから直接多型を決定することも可能である。このような方法としてはインベーダー法等が挙げられる。キットには、任意に選択されるものとして、DNAの抽出試薬、精製試薬、PCRのための試薬、例えば10倍濃縮緩衝液や耐熱性DNAポリメラーゼ、4種類のヌクレオチド三リン酸(dNTPs)等を含むことができる。
【実施例1】
【0039】
WNT遺伝子ファミリーにおける糖尿病関連SNPの同定
[DNA試料の調製]
滋賀医科大学、東京女子医科大学、順天堂大学、川崎医科大学、又は千葉西総合病院の外来診療室に定期的に通院している2型糖尿病患者の末梢血よりDNA試料を調製した。糖尿病の診断は、世界保健機構(WHO)の診断基準に従って行った。2型糖尿病は、ゆっくりとした成人発症型の病状を示す被験者として臨床的に規定される。抗グルタミン酸デカルボキシラーゼ抗体陽性の被験者、又はミトコンドリア病(ミトコンドリア筋障害、脳障害、乳酸アシドーシス、及び発作性発症)及びMaturity-onset diabetes of the young(MODY)の患者は除外した。対照被験者は、日本のいくつかの医学研究所において募集された一般集団のメンバー(564人の対照群1と、375人対照群2)から構成された。書面によるインフォームドコンセントを各患者から取得し、実験方法については理化学研究所及び本研究に参加したそれぞれの研究機関における倫理委員会の承認を受けた。DNAの抽出は、標準的なフェノール/クロロホルム法を用いて行った。すなわち、末梢血液約10mlを3000rpm、5分間遠心して血清を除去し、赤血球溶解液を加え室温で20分インキュベートした。3000rpmで5分間遠心し沈殿(白血球成分)を回収し、プロテネースKで37℃、4時間以上処理した。等量のフェノールを加え3000rpmで10分間遠心して水相を回収し、続いて、フェノールクロロホルム処理、クロロホルム処理の後、イソプロパノールでDNAを沈殿させた。沈殿を70%エタノールでリンスした後TE溶液に溶解した。
【0040】
[SNP遺伝子型の特定]
遺伝子型特定実験のためのSNPはIMS−JST日本SNPデータベース(http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)から選択した。11種類のWNT遺伝子に全部で45個のSNPが見出された。まず最初に、188人の2型糖尿病患者(症例群1)、及び564人の一般集団(対照群1)における各SNPの遺伝子座位における遺伝子型をインベーダーアッセイ又はタックマン法により決定した。インベーダーアッセイを行う前に、マルチプレックスPCRにより標的部位を増幅した。マルチプレックスPCRは、16.6mMの(NH4)2SO4、67mMのTris(pH8.8)、6.7mMのMgCl2、10mMの2−メルカプトエタノール、6.7μMのEDTA、1.5mMのdNTP、10xTaqmix(2.5U/μlのTaqポリメラーゼ、31.25U/μlのTaq抗体)、0%又は10%のDMSO、0.25μM各プライマーの反応液中で、変性95℃、アニーリング60℃、伸長72℃のサイクルを40回繰り返して行った。得られたPCR産物を希釈して。384プレートに分注した後、風乾して、3μlのインベーダー反応液及びプローブミックスを加えた。63℃で20分間反応させた後、蛍光測定し、遺伝子型を判定した。
【0041】
また、タックマン法は、ゲノムDNA(1ng/ウェル)を384プレートに分注した後、風乾して、タックマン反応液5mlを加えた。PCR反応を行った後、蛍光測定し、遺伝子型を判定した。なお、これらの実験に用いたプライマーやプローブの塩基配列の一例を以下に示した。
【0042】
【表1】

【0043】
(インベーダーアッセイに用いたプローブの塩基配列)
イントロン3+1016の塩基がCであるものを検出する特異的プローブ:
5'-ATGACGTGGCAGACCGGCATCTCGCATGTCCTTTG-3'(配列番号11)
イントロン3+1016の塩基がTであるものを検出する特異的プローブ:
5'-CGCGCCGAGGT GGCATCTCGCATGTCCTTTG-3'(配列番号12)
イントロン3+1016の塩基がCであるかTであるかを検出するインベーダープローブ:5'-CCAGAGTCTGTCTGGGGCATTN-3'(配列番号13、但しNは任意の塩基)
イントロン4+438の塩基がCであるものを検出するための特異的プローブ:
5'-ATGACGTGGCAGACGAAGTGGAAGAGGCAAAAATC-3'(配列番号14)
イントロン4+438の塩基がGであるものを検出するための特異的プローブ:
5'-CGCGCCGAGGCAAGTGGAAGAGGCAAAAATC-3'(配列番号15)
イントロン4+438の塩基がCであるかGであるかを検出するためのインベーダープローブ:5'-CTATCTCTCTGTCAAAGGTTN-3'(配列番号16、但しNは任意の塩基)
【0044】
(タックマン法に用いたプローブの塩基配列)
イントロン4+5776の塩基がGであるものを検出するTaqManプローブ:
5'-CCTCTAAATACCCAGATCA-3'(配列番号17)
イントロン4+5776の塩基がCであるものを検出するTaqManプローブ:
5'-CCTCTAAATACGCAGATCA-3'(配列番号18)
【0045】
以下に示した統計的な解析において、ハプロタイプ構造の解析はEMアルゴリズムを用いたハプロタイプフェージングの推定とハプロタイプブロックの構築により行った。SNPs間の相互作用を解析するために、ロジスティック回帰分析を行った。個人が対照群よりも症例群に属している確立pは、以下のロジスティックモデルに従って一連のSNPsによる影響を受けることが推測される。例えば、1つのSNPについては:logit(p)=a+a+aである。ここでは、遺伝子型が1/1、1/2及び2/2のそれぞれについて、x=−1,0及び1、並びにx=−0.5,0.5及び−0.5のコード化スキームを用いて加算効果xと優性/劣性効果xを表した。重みは、最大尤度法により推測し、帰無仮説logit(p)=a(一定値)との比較により検定した。複数のSNPsに対しては、さらに追加のSNPs主要効果に加え相互作用効果を追加してそれらの効果が有意か否か段階的に検定した。検定はRを用いて行った。集団構造を評価するために、無作為に選択した66個のSNPsについてWrightのF統計を実施し、それぞれのグループ間の単一の統計値(FST)を計算した。遺伝子型解析の結果、11種類のWNT遺伝子における40個のSNPについて遺伝子型を特定することができた。結果を下記表1に示す。
【0046】
【表2】


【0047】
統計的な解析により有意差(p<0.05)を示した6個のSNP座位(WNT2遺伝子内の2つ、WNT5A遺伝子内の2つ、及びWNT5B遺伝子内の2つ)について、さらに別の試料(733人の患者と375人の対照者)を用いて解析した。その結果、染色体12p13.3に存在するWNT5B遺伝子の2つのSNP座位のみが2型糖尿病と関連していることが分かった(イントロン4+438、C/G;CC対CG+GG、χ=15.6、P=0.00008、オッズ比=1.74[95%信頼区間1.32−2.29]、イントロン4+6763、C/T;CC対CT+TT、χ=8.3、P=0.04、オッズ比=1.46[95%信頼区間1.13−1.88]、表3参照)。
【0048】
【表3】

【0049】
この結果が、WNT5B遺伝子の代わりにその近傍にある他の遺伝子と2型糖尿病との関連性を反映している可能性を除外するために、この遺伝子座周辺に存在し、対立遺伝子の頻度が0.1以上である34個のSNPを用いて連鎖不平衡(LD)マッピングを行った。イントロン4のSNP(+438、C/G)周辺の夫々2つのSNP間におけるLD係数(D’及びΔ)を計算した。本解析で用いた全てのSNPsの変異型対立遺伝子(minor allele)の頻度は10%以上である。その結果を図1に示す。*は、イントロン4のSNP(+438、C/G)を表わす。図1に示したように、このSNP部位の上流約20kb及び下流約10kbにわたって連鎖不平衡であることが分かった。それ故、2型糖尿病への感受性にとって重要な領域は30kbの連鎖不平衡ブロック内に存在すると思われ、この領域内にはWNT5B遺伝子のみが含まれる。従って、この遺伝子座における2型糖尿病との関連性は、WNT5B遺伝子自身によって説明することができることが結論付けられた。
【0050】
[WNT5B遺伝子領域における新たなSNPの発見]
次に、WNT5B遺伝子の全領域における遺伝的な多型を検索し、76個の新規SNPを同定した。図2に示したように、この遺伝子全体では合計87個のSNPが存在するが、WNT5B遺伝子のコード領域内には1つの変異も見出すことができなかった。これら87個のSNP部位のうち、45個のSNPについて遺伝子型を特定することができた。第2の患者及び対照者の試料(症例群2及び対照群2)による関連性を解析した結果、下記表4に示したように、いくつかのSNP部位が2型糖尿病と有意な関連性を示し、特に、第3イントロン及び第4イントロンに存在するSNPが2型糖尿病との強い関連性を示した(イントロン3+1016、χ=14.8、P=0.0001、オッズ比=1.73[95%信頼区間1.31−2.29]、イントロン4+438、χ=15.6、P=0.00008、オッズ比=1.74[95%信頼区間1.32−2.29]、イントロン4+5776、χ=15.9、P=0.00007、オッズ比=1.73[95%信頼区間1.32−2.27])。
【0051】
続いて、EMアルゴリズムを用いてハプロタイプ構造を調べたところ、イントロン4+438C/Gを含む5つのSNPs(WNT5B遺伝子内で0.15以上の対立遺伝子頻度を有する)が1つのハプロタイプブロックを構成することが分かった。図3Aには、5つのSNP、すなわち、56:イントロン3+439、57:イントロン3+1016、58:イントロン4+438、67:イントロン4+5776、及び71:イントロン4+6763によって構成されるハプロタイプを示す。図3Aに示した5つの一般的なハプロタイプは集団の90%以上をカバーした。2型糖尿病と夫々のハプロタイプとの関連性について調べた結果、ハプロタイプ1と2が2型糖尿病と有意な相関性を示すことが分かった(:ハプロタイプ1対その他:χ=4.41、P=0.036、オッズ比=1.24、95%信頼区間1.01〜1.52、:ハプロタイプ2対その他:χ=5.59、P=0.018、オッズ比=0.77、95%信頼区間0.63〜0.96)。しかしながら、これらのハプロタイプの相関性は単一の部位ほど強くはない。なお、図3Bの縦軸Δは、イントロン4+438のSNPとWNT5B遺伝子内の他のSNPとの間のLD係数を計算し、プロットしたものである。
【0052】
さらに、ロジスティック回帰分析によりSNPs間の関連性について評価した結果、WNT5B遺伝子のイントロン4+438部位のSNPと、WNT2遺伝子の3’−フランキング領域+1629部位のSNPとの間に有意な関連性を見出した(WNT5B遺伝子の劣性SNPにWNT2遺伝子の追加的SNPを加算すると、相関性;P=0.007、混合された経験的P=0.000035、オッズ比=2.22、95%信頼区間1.58〜3.11)であった。
【0053】
【表4】

【実施例2】
【0054】
脂肪細胞におけるWNT5B遺伝子の発現
2型糖尿病の原因におけるWNT5B遺伝子の関与の可能性を調べるために、まず最初にマウスWNT5B遺伝子の脂肪生成中の発現パターンを定量的リアルタイムPCRにより調べた。分化誘導後0、1,2、3、4、5、6、7、及び10日目の3T3−L1細胞から全RNAを抽出し、定量的リアルタイムPCRを行った。その結果、図4に示したように、WNT5B遺伝子の発現は分化誘導2日後に最も大量であり、その後さらに脂肪細胞への分化に伴って急速に減少した。
【0055】
次に、脂肪細胞の分化に対するマウスWNT5B遺伝子の過剰発現の影響を調べた。マウス3T3−L1細胞は、ヒューマンサイエンス研究資源バンク(日本、大阪)から入手して、集密になるまで培養し、脂肪細胞に分化誘導した。分化誘導後の種々の段階においてマウス3T3−L1細胞からトリゾール試薬(商品名、インビトロジェン社)を用いて全RNAを抽出し、オリゴdTプライマーを用いて逆転写反応を行った。脂肪生成中の内在性WNT5B遺伝子の発現、及びWNT5Bを過剰発現する3T3−L1細胞内でのマウスPPAR−γ(PPARG)、マウスC/EBP−α(CEBPA)、マウスアディポネクチン(APM1)、及びマウスレプチン(LEP)遺伝子の発現を、分化誘導後の種々の段階で抽出された全RNAを用いて、SYBRグリーン検出リアルタイム定量RT−PCR(Mx3000PTMマルチプレックス定量PCRシステム、Stratagene社)により調べた。測定結果はマウス36B4(Arbp)により標準化した。上記各遺伝子の検出のために用いたプライマーは以下のとおりである。
【0056】
WNT5B用センス鎖:5'-CCAGTGCAGAGACCGGAGATG-3'(配列番号19);アンチセンス鎖:5'- GTTGTCCACGGTGCTGCAGTTC-3'(配列番号20)
Arbp用センス鎖:5'-CAACGGCAGCATTTATAACCC-3' (配列番号21);アンチセンス鎖:5'- CCCATTGATGATGGAGTGTGG-3', (配列番号22)
PPARG用センス鎖:5'-TTTGAAAGAAGCGGTGAACCAC-3'(配列番号23);アンチセンス鎖:5'-ACCATTGGGTCAGCTCTTGTG-3', (配列番号24)
CEBPA用センス鎖:5'-AAAGCCAAGAAGTCGGTGGAC-3'(配列番号25);アンチセンス鎖:5'-GGTCATTGTCACTGGTCAACTCC-3', (配列番号26)
APM1用センス鎖:5'-GGGTGAGACAGGAGATGTTGGAATG-3'(配列番号27);アンチセンス鎖:5'-GCCAGTAAATGTAGAGTCGTTGACG-3'(配列番号28),
LEP用センス鎖:5'-TCCAGAAAGTCCAGGATGACACCAA-3'(配列番号29);アンチセンス鎖:5'-TCAGCATTCAGGGCTAACATCCAAC-3'(配列番号30)
【0057】
各増幅反応は、1xEX Taq緩衝液、200nMdNTP、1/20000SYBRグリーン、800nMの遺伝子特異的プライマー、0.05U/mlのET TaqDNAポリメラーゼ、2.75ng/mlのTaqStart抗体、及び5ngの鋳型DNAを含む25μlの反応溶液中で、50℃で2分間、95℃で10分間インキュベートした後、95℃で30秒間と60℃で60秒間のサイクルを40回繰り返した。
【0058】
マウスWNT5B遺伝子をコードするアデノウイルスベクターは、アデノウイルス発現ベクターキット(タカラバイオ株式会社、日本)を用いて構築した。分化誘導48時間前に、3T3−L1細胞を感染効率50(pfu/cell)のウイルスで6時間感染させ、分化誘導後の所定日に試料を調製した。
【0059】
分化誘導後の指定された日に細胞をPBSで2回洗浄し、続いて3.7%ホルムアルデヒドで2時間固定した。固定された細胞をオイルレッドO(oil red O)で15分間室温にてインキュベートした。細胞を水で1回洗浄後、細胞内の染色された脂肪液滴を光学顕微鏡で観察した。定量化のため、色素をイソプロパノールで抽出し、540nmの吸光度を測定した。
【0060】
その結果を図5A,Bに示した。WNT5Bを過剰発現させた細胞は、対照実験としてlacZ遺伝子を発現させた細胞に比べて、顕著に3T3−L1細胞の分化を促進した(脂肪液滴の含量は、分化誘導後4日、7日、及び10日後で夫々1.6倍、1.9倍及び1.7倍、P<0.05)。なお、2つのグループ間の統計的有意性は独立のt−検定を用いて解析し、P値<0.05で有意性ありと考えられる。
【0061】
脂肪生成段階で重要な役割を果たすと思われるCEBPA及びPPARG遺伝子の発現についても、WNT5Bの過剰発現細胞で評価した(図6A及び6B)。さらに、同じ細胞におけるいくつかのアディポサイトカインの発現も調べたところ、APM1及びLEP遺伝子の発現が顕著に増加していることが分かった。一方、IL−6やRSTNの発現は、WNT5Bの過剰発現細胞と対照細胞とで変化なかった(データ未提示)。
【0062】
これらの結果より、前駆脂肪細胞におけるWNT5B遺伝子の過剰発現は、対照細胞に比べて明らかに脂肪細胞への分化を促進することが示された。分化した脂肪細胞は内分泌細胞として働くことが知られており、いわゆるアディポサイトカインと呼ばれるいくつかのサイトカインを分泌することができる。脂肪細胞によって産生、分泌されるこれらのサイトカインは、全身的なインスリン感受性に関わっていると考えられている。したがって、WNT5B遺伝子の過剰発現によって、3T3−L1細胞におけるAPM1やLEPの発現が顕著に増加するという上記の結果から、個人間におけるWNT5B遺伝子の発現や働きの違いが、アディポサイトカインの産生を含む脂肪細胞の機能に影響を与えることによって2型糖尿病に対する感受性に寄与していることが推測される。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】WNT5B遺伝子周辺の連鎖不平衡マッピングを示す。
【図2】WNT5B遺伝子において同定された多型を示す。
【図3】A)WNT5B遺伝子内のハプロタイプ構造の分析と推定されたハプロタイプ頻度を示す。B)LD係数を示す。
【図4】3T3−L1細胞の分化におけるWNT5B遺伝子の発現パターンを示す。
【図5】3T3−L1細胞の脂肪生成におけるWNT5B遺伝子の過剰発現の影響を示す。A)は分化誘導後5日目にオイルレッドOで脂肪液滴を染色した。B)はオイルレッドO染色の定量的な解析である。*は対照細胞(lacZ)に対してP<0.05であることを示す。
【図6】3T3−L1脂肪細胞の遺伝子発現における過剰発現させたWNT5B遺伝子の影響を示す。A)はPPARG遺伝子、B)はCEBPA遺伝子、C)はアディポネクチン遺伝子及びD)はレプチン遺伝子である。*は対照細胞(lacZ)に対してP<0.05であること、**はP<0.01であることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された生物学的な試料についてWNT5B遺伝子の変異を検出することを特徴とする、ヒト2型糖尿病に関する遺伝的素因の検出方法。
【請求項2】
前記WNT5B遺伝子の変異が、ヒトWNT5B遺伝子の第一イントロンの6974位、第二イントロンの1079位及び1636位、第三イントロンの1016位、第四イントロンの438位、5776位及び6763位、並びに第五イントロンの4244位からなる群より選択される1以上の位置における一塩基多型である請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記一塩基多型が、第一イントロンのT6974C、第二イントロンのG1079C及びG1636C、第三イントロンのT1016C、第四イントロンのG438C、C5776G及びT6763C、並びに第五イントロンのA4244Cからなる群より選択される1つ以上の一塩基多型を含む場合、前記被験者が2型糖尿病に罹患する可能性の高いことを示す請求項1又は2に記載の検出方法。
【請求項4】
配列番号3若しくは配列番号4のいずれかに示された少なくとも10個の連続するヌクレオチド、又はその相補体からなり、かつ配列番号3の1016位、並びに配列番号4の438位及び5776位におけるいずれか1つの一塩基多型部位を含む単離されたポリヌクレオチドであって、前記一塩基多型は、2型糖尿病に罹患する可能性に関していることを特徴とする単離されたポリヌクレオチド。
【請求項5】
ヒトWNT5B遺伝子と特異的にハイブリダイズし、前記遺伝子の第一イントロンの6974位、第二イントロンの1079位及び1636位、第三イントロンの1016位、第四イントロンの438位、5776位及び6763位、並びに第五イントロンの4244位におけるいずれか1つの一塩基多型を検出することのできる単離されたポリヌクレオチド。
【請求項6】
前記ポリヌクレオチドが、アリル特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション、ダイレクト・シークエンス法、インベーダー法、RCA法、質量分析法、TaqMan法、及びDNAチップ法からなる群より選択されるいずれかの方法において使用することができる請求項5に記載のポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載のポリヌクレオチドからなるプローブ。
【請求項8】
配列番号11〜18のいずれか1つのポリヌクレオチドからなる請求項7に記載のプローブ。
【請求項9】
ヒトWNT5B遺伝子と特異的にハイブリダイズし、前記遺伝子の一部からなるDNA断片を増幅しうるPCRプライマー対であって、増幅されたDNA断片が、前記遺伝子の第一イントロンの6974番目、第二イントロンの1079番目及び1636番目、第三イントロンの1016番目、第四イントロンの438番目、5776番目及び6763番目、並びに第五イントロンの4244番目からなる群より選択されるいずれかの塩基を含むことを特徴とするPCRプライマー対。
【請求項10】
配列番号5と6、配列番号7と8、又は配列番号9と10に示した塩基配列からなる請求項9に記載のPCRプライマー対。
【請求項11】
請求項4〜6のいずれか一項に記載のポリヌクレオチド、請求項7若しくは8に記載のプローブ、及び/又は請求項9若しくは10に記載のPCRプライマー対を含む、2型糖尿病の発症前診断キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−115811(P2006−115811A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−309811(P2004−309811)
【出願日】平成16年10月25日(2004.10.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】