説明

2軸ステッチ基材およびプリフォーム

【課題】
賦形性・取扱性に優れた2軸ステッチ基材およびプリフォームを提供する。
【解決手段】
多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化した2軸ステッチ基材であって、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°の範囲内となるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が直交するように積層してステッチ糸にて一体化した2軸ステッチ基材およびそれを用いたプリフォームに関する。より詳しくは、繊維強化樹脂(以下FRPと記す。)を高い生産性で製造するにあたり好適に用いられる、特に賦形性および取扱性に優れた2軸ステッチ基材、およびそれを用いたプリフォームに関するものである。
【背景技術】
【0002】
FRPはその比強度、比弾性率の高さから、航空機用途、一般産業用途、スポーツ用途等の様々な分野で多く利用されている。
【0003】
FRPの代表的な製造方法として、強化繊維基材に予めマトリックス樹脂を含浸させたプリプレグを用い、このプリプレグを積層毎に強化繊維の配列方向がずれるように積層(例えば疑似等方積層)し、マトリックス樹脂を硬化させるオートクレーブ成形法がある。この他にも、FRPの成形コストを低減させるために、樹脂未含浸の強化繊維基材を積層し、その積層体にマトリックス樹脂を注入し、硬化させる樹脂注入成形法がある。
【0004】
主に樹脂注入成形法などに用いられるマトリックス樹脂が未含浸の中間基材としては、従来から織物基材が用いられていたが、近年、強化繊維糸条を並行に配向したシートを交差積層してステッチ糸にて一体化した、いわゆる多軸ステッチ基材が注目を浴びるようになってきた(例えば、特許文献1、2)。かかる多軸ステッチ基材は、従来の織物基材に比べ、強化繊維糸条同士を織り込む手間がないため基材生産性が高く、強化繊維糸条がノンクリンプであることから力学的特性や表面品位の向上が期待できる。また1シートごとの繊維目付を大きくすることが出来、なおかつ予め多方向に積層して一体化することによって1ユニットで所望の構成、特性を有する基材となるため、積層作業が大幅に省力化され安価なFRPが得られるという利点もある。
【0005】
しかしながら、このような多軸ステッチ基材は、一方で、複雑な(例えば二次曲面)形状の成形型に沿わせた場合に、シワなどが発生するといった賦型性に劣るという問題があり、幅広い用途に展開できない問題があった。
【特許文献1】国際公開第01/63033号パンフレット
【特許文献2】特開2002−317371号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり基材生産性が高くかつ積層作業が大幅に省力化される多軸ステッチ基材であるが、複雑形状に賦形が困難であり適用用途が限定される、という問題があった。従って、本発明は、賦形性・取扱性に優れた2軸ステッチ基材およびプリフォームを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するために、次のような手段を採用するものである。すなわち、本発明は次の(1)〜(7)を特徴とするものである。
(1) 多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化した2軸ステッチ基材であって、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°の範囲内である2軸ステッチ基材。
(2)賦形限界せん断変形角(A)、(B)の比が1〜1.2の範囲内である、上記(1)に記載の2軸ステッチ基材。
(3)ステッチ糸Aのステッチ長Saとゲージ長Gaとが実質的に同一であり、かつステッチ長Saが3〜50mmの範囲内である、上記(1)または(2)に記載の2軸ステッチ基材。
(4)シートは、強化繊維糸条が2軸ステッチ基材の長手方向に関して0°または90°に配向するように積層されている、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の2軸ステッチ基材。
(5)ステッチ糸Aがスパンデックスから構成されている、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の2軸ステッチ基材。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の2軸ステッチ基材が二次曲面を有する形状に賦型されているプリフォーム。
(7)複数組の2軸ステッチ基材を含み、かつ、それら複数組の2軸ステッチ基材は、それら複数組の2軸ステッチ基材を縫合するステッチ糸B、および/または、それら複数組の2軸ステッチ基材の間に配置され固着する、粒子、カットファイバー、織物、編物、不織布およびメッシュからなる群から選ばれる少なくとも1種の材料で係合されている、上記(6)記載のプリフォーム。
【発明の効果】
【0008】
本発明の2軸ステッチ基材は、強化繊維糸条が並行に配列されたシートの複数枚を、該強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸にて一体化しており、さらに、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°であるので、取り扱いに優れ、さらに例えば二次曲面を有する形状に対してシワを発生したり強化繊維糸条間に隙間を発生したりすることなく賦形する効果を発現することができる。かかる賦形性に優れた2軸ステッチ基材を用いると、これまでに賦型できなかった複雑な形状が実現できるだけでなく、積層作業が大幅に省力化され安価なFRPを得られる。かかるFRPは、強化繊維が実質的に真直に(ノンクリンプで)配向されているので、FRPにおいて優れた強度・弾性率などの力学的特性を発現できるだけでなく、外観品位にも優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の2軸ステッチ基材は、多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化してなるもので、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°の範囲内である。なお、本発明において2軸ステッチ基材とは、実質的に2方向にのみ強化繊維糸条が配されている基材であればよく、例えば0°、90°のように2方向2層の積層体だけでなく、0°、90°、0°のように強化繊維糸条の方向が2方向であれば何層の積層体であっても構わない。
【0010】
以下、本発明の詳細について説明する。
【0011】
本発明者らは、2軸を超える多軸ステッチ基材が複雑形状に賦形困難である原因を検討したところ、強化繊維糸条が突っ張り、多軸ステッチ基材の変形を妨げていることがわかった。例えば、45°、0°、−45°、90°方向に強化繊維糸条が配向した多軸ステッチ基材においては、45°、0°、−45°、90°いずれの方向に基材を引っ張っても強化繊維が突っ張り、大きく変形することができない。また、変形を阻止する強化繊維糸条が存在しない角度領域(例えば、−45〜0°の範囲、0〜45°の範囲)が著しく狭く、基材面内でせん断変形しにくい。すなわち、3軸以上の基材においては、強化繊維糸条が60°以下で存在する領域が必ず形成されてしまうため、基材がせん断変形しようとしてもせん断変形が阻止されて賦形性に劣る領域が大きい。
【0012】
一方、比較的複雑形状であっても適用可能な、賦形性が高い0°、90°方向の2方向に強化繊維糸条が配向した2軸基材では、+45°方向または−45°方向に引張ると突っ張る強化繊維が存在せず、かつ、変形を阻止する強化繊維糸条が存在しない角度領域(0〜90°の範囲)が充分に広いため、大きく基材が変形することができる。すなわち、2軸の基材であれば、せん断変形を阻害する強化繊維糸条を実質的に90°ずつ配置することができるので、賦形性を向上できる。
【0013】
さらに考察を進めると、主に基材面内のせん断変形により賦形性が発現しており、2軸の基材がもっとも賦形性を向上できるポテンシャルがあることがわかった。つまり、上述の2軸の基材を複雑形状に賦形しようとすると、基材がシワにならないよう基材面内で変形を吸収し、基材がせん断変形を起こす。2軸の基材においては強化繊維糸条を引き伸ばすより、はるかにせん断変形するほうが簡単であるからである。
【0014】
以上のように、強化繊維糸条を実質的に直交するように配置した2軸の基材とし、さらにその基材面内でのせん断変形に注目することで賦形性向上の糸口をつかめることを見出したことが、本発明の大きな特徴の一つといえるのである。
【0015】
なお、1軸の基材の場合は、並行に配された強化繊維糸条同士を結びつける係合材料(例えば補助糸やプリプレグの場合は樹脂)にもよるが、せん断変形よりも係合材料を切ったり伸ばしたり、強化繊維糸条がシワになるほうが簡単である場合が多い。つまり、複雑形状に賦形した際、係合材料が強化繊維糸条同士を繋ぎ止めることができず、強化繊維糸条がばらつき、強化繊維糸条の存在している部分と存在していない部分に分離してしまう、または、強化繊維糸条にシワが発生し、得られるFRPの品位が低下する場合がある。
【0016】
また、強化繊維糸条が直交しないように2方向に配されている2軸の基材は、せん断変形性に異方性があり、非常に取り扱いにくくなる。
【0017】
本発明においては、賦形性・取扱性に優れた基材を提供するために、多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化するが、強化繊維糸条が実質的に直交とは、複数枚のシートを構成する強化繊維糸条の交差角度が90±10°の範囲内となっていることをいう。以降、このような基材を単に2軸ステッチ基材という。
【0018】
そして、本発明の2軸ステッチ基材は、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°の範囲内である。賦形限界せん断変形角とは、後述するように、これ以上変形させると面内で変形を飲み込むことが出来ずシワになってしまう基材の賦形限界点であって、無緊張下でシワが発生しない最大のせん断変形角をいう。従来から2軸基材のせん断変形性を定量化する手法としてピクチャーフレーム法やバイアスエクステンション法が用いられている。しかし、これらは基材がせん断変形を起こす際の抵抗、すなわち、基材のせん断剛性を測定するものであり、布帛基材を成形型の上にふわっと置いただけで型に沿うかどうかを示すパラメータといえるものの、賦型は、実際には手で押したり、プレス機などで基材に極めて大きな力を加えながら行われるので、賦型性を表すパラメータとして適切とは言い難い。そこで、本発明においては、上記のような賦形限界せん断変形角を用いる。すなわち、本発明は、賦形限界せん断変形角という指標を見出し、さらには、強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれもが45〜80°の範囲内である2軸ステッチ基材とすれば、一般の多軸ステッチ基材より賦形性が遙かに優れ、例えば二次曲面を有する形状に賦型する際にも、シワを発生したり強化繊維糸条間に隙間を発生しにくいことを見出した。
【0019】
賦形限界せん断変形角は次のように求められるものである。まず、強化繊維糸条が長辺方向に関して45°方向と−45°方向とに配され、かつ、短辺長さWと長辺長さLとの比L/Wが3となるように、長方形の試験片を切り出す。次にこの試験片の短辺を固定して長辺方向に試験片の引張試験を実施し、最大引張荷重を取得する。さらに同様の試験条件で同水準の試験片に対し、最大引張荷重の20%にあたる引張荷重を負荷した後、荷重を解放し、対向する2つの長辺の中間点を結んだ線の長さW’を測定し、式1に従って得られるせん断変形角を賦形限界せん断変形角φとして得る。
【0020】
【数1】

【0021】
前記測定法を測定法Zとし、さらに詳しく測定法Zの手順を記述する。
【0022】
まず、図1の拡大図に示すように、長方形の試験片1を、長辺方向27を0°とした時に強化繊維が45°方向28と−45°方向29に配されるよう、調整して切り出す。このとき、長辺長さ21(L)が300mm、短片長さ23(W)が100mmとなるようにする。なお、長辺長さLにはつかみ部長さは含まれておらず、引張荷重を加えるためのつかみ部はクランプ部の大きさに応じて、適宜長さを付け足さなければならない。
【0023】
また、基材種類によっては2方向のせん断変形性を持つことがあり、その場合同一基材に2つの賦形限界せん断変形角が規定されることになる。したがって、本発明においては、試験片を用意する際に、強化繊維糸条が45°と−45°に配向している基材に対して0°方向が長辺となる試験片と、90°方向が長辺となる試験片の両方を用意しなければならない(以下、単に0°方向の試験片、90°方向の試験片と記述する)。すなわち、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした試験片と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした試験片とを用意し、それら2種類の試験片から測定されるそれぞれの賦形限界せん断変形角が、その基材の持つ2方向の賦形限界せん断変形角(A)、(B)として規定される。
【0024】
条件を満たした試験片が用意できたら、次に引張最大荷重を計測する。図1に示すように両短辺を完全固定した状態で引張荷重を加える。例えば万能試験機に試験片のつかみ部をクランプした冶具を取り付け、試験片が破断するまで試験片に引張荷重を加える。引張速度は静的な試験となるよう一定速度で10mm/minで行う。引張荷重を加えると、図1のように試験片形状が変形する。
【0025】
図5に強化繊維糸条が炭素繊維で、かつ、後述するような変則トリコット編により一体化された2軸ステッチ基材の0°方向試験片について引張試験の荷重−変位曲線の一例を示す。最大引張荷重33を取得する引張試験をn=5で実施し、その平均をその水準の最大引張荷重とする。
【0026】
こうして取得した引張最大荷重33の20%の引張荷重34を別に用意した同水準の試験片に対して加える。試験条件は引張最大荷重33を取得した時と同等であり、20%まで引張荷重が達したところで、試験片のクランプを解き、無緊張状態とする。例えば、強化繊維糸条がスポット的に樹脂などで固着されている基材の場合、初期に荷重が大きく上がった後、固着が解かれ荷重が低下する布帛基材もあるが、最初に引張最大荷重20%を超過した点で負荷を停止する。引張荷重の除荷には圧縮荷重を加えないよう注意して行わなければならない。
【0027】
除荷後、幾何学的に試験片の幅からせん断変形角を計算できることを利用し、対向する2つの長辺の中間点を結んだ線の長さである試験片中央幅W’を測定する。図8のように、せん断変形に際して強化繊維糸条13が糸条単位で移動して糸条端部が連続しなくなり、試験片端部がギザギザになっている場合もあるが、それぞれの強化繊維糸条端部はもともと同一線上に乗っていたので、その移動平均をとり、強化繊維糸条13の最も出っ張った部分37とへっこんだ部分38の中間線39を試験片長辺端部と認識し、両長辺の中間点を結んだ線の長さW’を測定する。測定する際には、測定部に反りやシワがないことが条件になるため、図7のように平坦な台11の上に最大引張荷重の20%が負荷された試験片9を載せ、その上からガラス板など透明で平滑な板12をおいてW’を測定する。引張試験後長時間が経過すると強化繊維糸条の変形が回復し幅W’が大きくなる傾向がある布帛基材もあるため、引張最大荷重の20%の引張荷重を負荷してから1分後にW’の測定を行う。少なくとも最大引張荷重の20%を負荷した試験片をN5で測定し、それらの平均値から賦形限界せん断変形角を得る。
【0028】
すべての測定手順は室温下(25℃)で行われる。
【0029】
±45°方向における賦形限界せん断変形角が45°を下回る場合は、複雑な形状の成形型に沿わせた場合に、シワなどが発生しやすく、その結果、幅広い用途には展開できない。そして、本発明においては、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とが共に45°以上である必要があるが、いずれか一方の賦形限界せん断変形角が45°を下回る場合は、その2軸ステッチ基材の賦型性が小さな賦形限界せん断変形角の方によって支配され、結局、複雑な形状の成形型に沿わせた場合にシワなどが発生し易く、幅広い用途には展開できない2軸ステッチ基材となる。一方、2方向の同賦形限界せん断変形角(A)、(B)の一方でも80°を上回る場合は、2軸ステッチ基材の形態を維持することが難しく、取扱性に劣るものとなってしまう。後述するように、2軸ステッチ基材におけるせん断変形性の支配因子はステッチ糸Aにあり、2方向の賦形限界せん断変形角(A)、(B)がいずれも80°より大きいということは、ステッチ糸Aによる拘束が非常にルーズな状態にあることを示している。したがって、本発明の2軸ステッチ基材は、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とが共に45〜80°の範囲内である必要がある。より好ましくは50〜70°、更に好ましくは55〜65°の範囲内である。
【0030】
このような本発明の2軸ステッチ基材は、たとえば、多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化する際に、ステッチ糸Aのステッチ長Saとゲージ長Gaとを実質的に同一長にするとともに、ステッチ長Saを3〜50mmの範囲内とすることで得られる。
【0031】
すなわち、ステッチ長Sa、ゲージ長Gaは2軸ステッチ基材の賦型性および取扱性を左右する重要なパラメータとなる。2軸織物の場合、その材料のせん断変形特性は強化繊維糸条間の間隔により支配されるが、2軸ステッチ基材のせん断変形特性を支配するのはステッチ糸Aのピッチであり、これが基材の長手方向および幅方向に実質的に同一であるとすれば、2軸ステッチ基材における各ニッティングポイントを等距離間隔に配置することにより、せん断変形性の異方性が小さい組織とすることができる。なお、実質的に同一とは、上述効果に対し支障をきたさない範囲を指しており、具体的にはステッチ長/ゲージ長=0.9〜1.1の範囲内である。
【0032】
かかるステッチ長Saとは、2軸ステッチ基材の長手方向におけるステッチの間隔を表しており、すなわち、ループ1コース当たりの距離に相当する。かかるゲージ長Gaとは、2軸ステッチ基材の幅方向におけるステッチの間隔を表しており、すなわち、編成幅をウェル数で割返した距離に相当する。
【0033】
ステッチ長Saは、上述したように、3〜50mm程度が好適である。ステッチ長Saが3mm未満であると、ステッチ糸Aによる強化繊維糸条の拘束が強くなり、賦型性が損われる場合がある。ステッチ長Saが50mmを越えると、賦型性は向上するものの、拘束力が低下するため取扱性が悪く、また賦型の際、強化繊維糸条がステッチ内で蛇行したり、偏ったりするといった問題が発生する場合がある。より好ましくは、2軸ステッチ基材を製造する際引き揃えられた強化繊維糸条の元々の幅の1〜5倍程度が良く、ステッチ長Saで言えば4〜20mmの範囲内がよい。さらに好ましくは5〜15mm、とりわけ好ましくは6〜10mmの範囲内がよい。
【0034】
なお、従来、FRP製造に用いられていた基材は、2軸ステッチ基材の場合、ステッチ糸Aのステッチ長Saとゲージ長Gaとが実質的に異なるうえに、一般的にステッチ長Saが小さく、賦形限界せん断変形角が45°をはるかに下回り、また、もっとも賦形性が高いと言われていた織物の場合でさえ、賦形限界せん断変形角は30〜45°程度であった。
【0035】
また、本発明の2軸ステッチ基材は、1ループあたりのステッチ糸A長さを長くして、ステッチ糸Aの張力を緩めることでも得られる。適正なループ長を与えることにより、取扱性を低下させることなく、賦形性を向上することが出来る。このとき、例えば大きな伸縮性を有する素材からなるステッチ糸Aを適用することで、賦形性をさらに向上することが出来る。かかる観点からステッチ糸Aはスパンデックス(ポリウレタン弾性繊維)や、ポリアミドまたはポリエステル加工糸が好ましい。
【0036】
本発明においては、賦形限界せん断変形角(A)、(B)の比が1〜1.2の範囲内であることが好ましい。ここで、大きい方の賦形限界せん断変形角を小さい方の賦形限界せん断変形角で除したものを比として用いる。2種類の賦形限界せん断変形角の比が1.2を超える場合、せん断変形性の異方性が強くなり、均一に変形が起きにくく賦形が難しい場合がある。1〜1.1の範囲内であると、せん断変形性の異方性が最小限に抑えられるため、とりわけ好ましい。
【0037】
本発明の2軸ステッチ基材において、賦形限界せん断変形角(A)、(B)の比を1〜1.2の範囲内とするためには、例えばステッチ糸Aの編組織として、1/1トリコット編や鎖編と1/1トリコット編とを複合した図3に示すような変則1/1トリコット編などを選択すればよい。
【0038】
また、図2に示すような最も一般的な鎖編で一体化した+45°/−45°基材では、ステッチ糸Aが鎖状に連続している方向に引張る0°方向試験片とステッチ糸Aが入っていない方向に引張る90°方向試験片とでは、前者が非常に小さい賦形限界せん断変形角を示すのに対し、後者は非常に大きな賦形限界せん断変形角を示す。そのため、かかる賦形限界せん断変形角の比が1.2より大きくなってしまう。しかしながら、例えば1ループあたりのステッチ糸A長を長くし、好ましくは1ループあたりのステッチ糸A長を長くするとともに大きな伸縮性を有する素材からなるステッチ糸Aを適用し、さらに、ステッチ糸Aのステッチ方向と直交する方向に挿入糸を挿入することで、賦形限界せん断変形角(A)、(B)の比を1〜1.2の範囲内にすることができる。すなわち、0°方向試験片において、ステッチ糸Aが突っ張り変形を阻害していたところ、かかる1ループあたりのステッチ糸A長を長くし、好ましくは1ループあたりのステッチ糸A長を長くするとともに大きな伸縮性を有する素材からなるステッチ糸Aを適用することにより、基材はより変形しやすくなり、賦形限界せん断変形角を向上することが出来る。一方、90°方向試験片において、阻害するステッチ糸がなくだらだらと変形していたところ、挿入糸を挿入することにより変形を阻害し、0°方向試験片の賦形限界せん断変形角と同程度に調整することが出来る。かかる挿入糸は2軸ステッチ基材の形態安定および取扱性も向上することが出来る。かかる挿入糸は、FRPにおいて実質的に強度を担う必要はなく、挿入糸の繊度は10〜200texの繊度であるのが好ましい。かかる範囲より小さいと、形態安定および取扱性の向上効果が充分ではなくなる場合がある。一方、かかる範囲より大きいとFRPの重量が重くなり過ぎる場合がある。
【0039】
さらに、本発明においては、強化繊維糸条が基材の長手方向に関して0°方向および90°方向に配向されている構成が好ましい。かかる構成の場合、ステッチを施す装置の性質上、せん断変形を起こす方向(±45°方向)にステッチ糸Aが連続的に存在させることができないため、無理なく賦形性を向上できる構成とできる。例えば、図3の矢印40が示す基材の長手方向に関して0°、90°と強化繊維糸条を配列した後、変則1/1トリコット編により一体化すると、本発明の効果を最大限に発現することができるため、本発明における好ましい態様といえる。
【0040】
このような本発明の2軸ステッチ基材は、一般の織物基材と同様に多くの積層パターンに対応でき、かつ、一般の多軸ステッチ基材より取扱性が遙かに優れ、織物基材と同等もしくはそれ以上の賦形性を有することから、適用用途の広い工業的な基材となる。
【0041】
本発明で用いる強化繊維糸条の種類としては、FRP用の強化材となるものであれば特に制限はなく、例えば、炭素繊維、黒鉛繊維、ガラス繊維、および、アラミド、パラフェニレンベンゾビスオキサゾール、ポリビニルアルコール、ポリエチレン、ポリアリレート等の有機繊維等が挙げられ、これらの1種または2種類以上を併用することができる。中でも、炭素繊維は、比強度・比弾性率に優れ、好ましく用いられる。
【0042】
本発明で用いるステッチ糸Aの種類としては、例えば、ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレン、ビニルアルコール、ポリフェニレンサルファイド、ポリアラミド、ポリウレタン、それらの組成物等から選ぶことができる。本発明における最大の課題である賦形性を最大限に向上するためには、ステッチ糸A自体が大きな伸縮性を有するのが好ましく、かかる観点からスパンデックス(ポリウレタン弾性繊維)や、ポリアミドまたはポリエステル加工糸が好ましい。また、ステッチ糸Aの形態としては、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸、それらの加工糸(捲縮糸、合糸、カバリング糸など)、紡績糸などいずれであってよいが、好ましくは基材表面の平滑性を得るためにマルチフィラメント糸であるのが好ましい。マルチフィラメント糸であれば、賦形時や成形時に加圧することで、マルチフィラメントの配列位置が移動し、マルチフィラメント糸の厚みを薄くすることができる。更に好ましくは、マルチフィラメント糸の加工糸(捲縮糸、合糸、カバリング糸など)である。かかる加工糸にすることにより、上述の通りステッチ糸A自体が大きな伸縮性を有するものとなる。具体的には、スパンデックスに低融点繊維をカバリングした加工糸などが挙げられる。
【0043】
挿入糸としては共重合ポリエステル、共重合ポリアミド、共重合ポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレン、ビニルアルコール、ポリフェニレンサルファイド、ポリアラミド、それらの組成物等からなる有機繊維、もしくは炭素繊維、ガラス繊維、セラミック繊維、金属繊維などの無機繊維、さらには、それらの混合糸から選ぶことができるが、価格の面からガラス繊維であるのが好ましい。
【0044】
上記した本発明の2軸ステッチ基材は、平面や一次曲面の形状はもちろんのこと、特に二次曲面を有する形状のプリフォームに賦型するときにその効果を発揮する。二次曲面とは、例えば半球状などの形状を指し、一次曲面のように、単純に曲線を一方向に押し出したような形状ではない複雑形状を指す。従来の多軸ステッチ基材を用いた場合は、例えば300mm以下の曲率を有する二次曲面の形状に賦型する場合はシワや間隙が生じ、賦型は困難であった。しかしながら、本発明の2軸ステッチ基材を1組もしくは複数組用いてプリフォームを成形する場合には、2軸ステッチ基材が上述の特徴を有することから、曲率の小さい二次曲面の形状にもシワや間隙がなく賦型でき、良好な品位のプリフォームを得ることができるのである。
【0045】
複数組の2軸ステッチ基材を用いてプリフォームを構成する場合は、2軸ステッチ基材を積層し、積層した2軸ステッチ基材同士の間に係合材料を配置して一体化するのが好ましい。係合材料としては、後述するような固着材料を使うと2軸ステッチ基材をニードルなどでこれ以上損傷させることがないので好ましい。また、選定する固着材料の種類によっては、耐衝撃性を高める機能を果たし、2軸ステッチ基材間(層間)で生じるクラックのストッパーの機能を果たす。更には、マトリックス樹脂が流れるための流路を形成する機能も果たし、含浸性をも向上させることができる。
【0046】
かかる固着材料の形態としては、粒子、カットファイバー、織物、編物、不織布およびメッシュから選ばれる少なくとも1種であるのが好ましい。中でも粒子またはカットファイバーであると固着材料が不連続状であるためプリフォームへの賦型性に優れ、本発明の効果を最大限に発現することができる。また、その種類としては、例えばエポキシ、フェノール、ビニルエステル、不飽和ポリエステル、それらの組成物等の熱硬化性樹脂や、ポリビニルホルマール、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリエーテルスルフォン、ポリエーテルイミド、共重合ポリエステル、共重合ポリアミド、共重合ポリオレフィン、それらの組成物等の熱可塑性樹脂や、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂との組成物等を使用できる。
【0047】
また、別の視点からは、複数組の2軸ステッチ基材をステッチ糸Bにて一体化することも好ましい。ステッチ糸で複数組の2軸ステッチ基材を一体化する場合、2軸ステッチ基材をニードルで若干損傷させる場合があり得るが、プリフォームとしての取扱性が格段に向上するだけでなく、マトリックス樹脂が流れるための流路を厚み方向に確実に形成することができ、含浸性をとりわけ向上させることができる。
【実施例】
【0048】
(使用した基材)
賦形限界せん断変形角を測定する、強化繊維糸条が2方向に配列し、かつ直交している基材として、以下の5種類のものを用意した。
A.平織基材CO6343B(東レ社製):炭素繊維フィラメントが3000本束ねられた糸条が2軸に直交している、平織組織の織物。
B.平織基材BT70−30(東レ社製):炭素繊維フィラメントが12000本束ねられた糸条が2軸に直交して平織組織した織物。
C.2軸ステッチ基材C:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が+45°/−45°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが2.3mmで鎖編により一体化されている+45°/−45°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
D.2軸ステッチ基材D:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが2.3mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
E.2軸ステッチ基材E:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが2.3mm、ステッチ長Saが2.3mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
F.2軸ステッチ基材F:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが55mm、ステッチ長Saが55mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
G.2軸ステッチ基材G:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが3mm、ステッチ長Saが3mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
H.2軸ステッチ基材H:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが5mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
I.2軸ステッチ基材I:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが10mm、ステッチ長Saが10mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
J.2軸ステッチ基材J:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが50mm、ステッチ長Saが50mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
K.2軸ステッチ基材K:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が+45°/−45°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが5mmで鎖編により一体化されている+45°/−45°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてスパンデックスを用い、実質的に無張力状態で強化繊維を一体化する一方、ステッチ糸Aのステッチ方向と垂直方向に45tex(ECE225 1/2)のガラス繊維からなる挿入糸を配した
L.2軸ステッチ基材L:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/45°の2層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが5mmで変則1/1トリコット編で一体化されている0°/45°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
M.多軸ステッチ基材M:炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が45°/0°/−45°/90°の4層に引き揃えられ、ゲージ長Gaが5mm、ステッチ長Saが2.3mmで鎖編で一体化されている45°/0°/−45°/90°ステッチ基材。ステッチ糸Aとしてポリエステルマルチフィラメント糸を用いた。
N.非拘束シートN: 炭素繊維フィラメントが24000本束ねられた糸条が0°/90°の2層に引き揃えてシート状にしただけの非拘束のシート
(実施例1〜5)
上記G〜Kの基材に対して、測定法Zを適用して賦形限界せん断変形角を測定した。すべての試験手順は室温(25℃)中で実施し、詳細は以下のとおりであった。
【0049】
強化繊維糸条が2方向に配向した布帛基材から、100mm×340mm(内、両端のつかみ部がそれぞれ100mm×20mm)の長方形状の試験片を2種類切り出した。1種類は、強化繊維方向を45°と−45°として、0°方向に長辺、90°方向に短辺を取った試験片(0°方向試験片)、もう1種類は、強化繊維方向を45°と−45°として、90°方向に長辺、0°方向に短辺を取った試験片(90°方向試験片)で、それぞれ10枚ずつ切り出した。
【0050】
引張最大荷重を測定するため、試験片を万能試験機INSTRON5566にセットした。長方形の試験片の短辺を両方、長手方向に20mm設けたつかみ部でチャックに完全固定し、図1のように長辺長さL、すなわちチャック間21が300mm、短辺長さW、すなわち試験片幅23が100mmとした。引張速度が10mm/minとなるように試験片を一定速度で引張った。万能試験機から出力された変位と荷重との関係を見比べながら、最大引張荷重を測定した。続けて同様の試験を行い、各基材の0°方向試験片および90°方向試験片に対してそれぞれn=5で測定を行い、それらの平均から最大引張荷重を測定した。図6に2軸ステッチ基材Hの0°方向試験片の荷重−変位曲線を示した。
【0051】
次に、各水準残りの5枚の試験片に対し、最大引張荷重の20%を同様の試験により負荷した。荷重が20%に達したところで、下部チャック、上部チャックの順に試験片のつかみ部を解放し、図7のような平滑な台11の上に試験片9を置いてガラス板12でその試験片を挟んだ。このようにして、対向する2つの長辺の中間点を結んだ線の長さW’を荷重除荷後1分経過した時点で測定した。その際、長辺端部のギザギザは図8の基準に従い、強化繊維糸条端部13の最も出っ張った部分37と引っ込んだ部分38の中間線39を長辺端部と認識し、W’の測定を行った。
【0052】
こうして測定された最大引張荷重、W’から、式1より各方向における賦形限界せん断変形角θを求めた。結果を表1に示す。2軸ステッチ基材Gは、ゲージ長Gaとステッチ長Saが等しく3mmという編組織になっており、0°方向試験片、90°方向試験片ともに賦形限界せん断変形角が45°であり、等方的なせん断変形を起こした。また、2軸ステッチ基材Hは、ゲージ長Ga、ステッチ長Saがそれぞれ等しく5mmであり、0°方向試験片、90°方向試験片ともに賦形限界せん断変形角は55°と大きく、従来、賦型性に優れているといわれていた平織物と同等以上の賦形性が得られるものであった。2軸ステッチ基材I、Jは2軸ステッチ基材G、Hに比べ、さらにゲージ長Gaおよびステッチ長Saをそれぞれ、10mm、50mmと大きくした編組織となっており、それぞれ0°方向試験片、90°方向試験片ともに賦形限界せん断変形角が65°、79°と大きく賦形性が向上した。ただし、ゲージ長Gaおよびステッチ長Saが大きくなるとともに取扱性が若干低下する傾向があった。2軸ステッチ基材Kは鎖編で一体化されており、基材G〜Jと編組織が異なるものの、0°方向試験片、90°方向試験片、それぞれの賦形限界せん断変形角が46°、49°と賦形限界せん断変形角の比は1.07と十分等方的なせん断変形性を見せた。また、いずれの賦形限界せん断変形角も45°以上であり、十分な賦形性を有すると共に、挿入糸を挿入したことにより、取扱性も高かった。
【0053】
【表1】

【0054】
(実施例6〜10)
図9のように半球状の型17への2軸ステッチ基材G〜Kの賦形を行い、実施例1〜5で賦形限界せん断変形角が0°方向、90°方向いずれも45°以上と平織物以上であった2軸ステッチ基材G〜Kの賦形性が高いことを確認した。
【0055】
半球の直径は200mmであり、500×500mmに切り出した2軸ステッチ基材14を210mm直径の穴が空いたプレート15と16で挟み込み、半球状の型17に押しつけた。
【0056】
その結果、いずれの2軸ステッチ基材も、プレート15と16の間で滑りながら、型17に賦形された。また、表2に示すように、2軸ステッチ基材G、H、I、Kに関しては、賦形後も基材にシワや厚み方向のうねりは発生せず、きれいな外観を得ることが出来た。2軸ステッチ基材Jについては若干の繊維蛇行が見られた。表2にそれぞれの基材の賦形後の外観について示した。
【0057】
【表2】

【0058】
(比較例1〜6)
実施例1〜5と同様に、A〜Fの基材に対して、測定法Zを適用して賦形限界せん断変形角を測定した。測定された賦形限界せん断変形角を表3にまとめた。また、図4のa)、b)に2軸ステッチ基材Cの0°方向試験片、90°方向試験片の、図5に2軸ステッチ基材Dの0°方向試験片のそれぞれの荷重−変位曲線を示した。
【0059】
従来、賦形性が高いとされていた基材A,Bは0°方向試験片、90°方向試験片何れも45°を下回る賦形限界せん断変形角を有していた。一方、2軸ステッチ基材Cは、0°方向と90°方向で賦形限界せん断変形角が大きく異なるという結果が得られた。0°方向の場合には、図2a)に示すように、引張方向に鎖編が施されており、ステッチ糸自体が突っ張って抵抗となり変形を妨げていたため、低い賦形限界せん断変形角となった。一方、90°方向の場合には、図2b)が示すように引張方向と垂直に鎖編が施されており、変形を阻害するものが存在しないため、だらだらと変形した。2軸ステッチ基材Dは0°方向と90°方向の賦形限界せん断変形角が同じであり、ステッチ糸Aの編組織によっては平織物と同様に等方的なせん断変形が可能であることがわかったが、いずれも45°を下回る賦形限界せん断変形角を有していた。2軸ステッチ基材Eも0°方向と90°方向の賦形限界せん断変形角が同じであったが、ステッチ長およびゲージ長がいずれも2.3mmと小さいため、強化繊維に対する拘束が強く、33°とそれほど高くない賦形限界せん断変形角を示した。さらに2軸ステッチ基材Fはステッチ長およびゲージ長がいずれも55mmと大きく、0°方向と90°方向の賦形限界せん断変形角81°と大きく、賦形性は高いと思われるが、ステッチ糸による拘束が小さすぎて取扱性が非常に悪かった。
【0060】
【表3】

【0061】
(比較例7〜15)
実施例6〜10と同様に、A〜Fの基材及びL〜Nの基材について、図9に示した半球状の型17への賦形を行い、賦形性を検証した。表4にそれぞれの基材の賦形後の外観についてまとめた。平織基材である基材A、Bおよび2軸ステッチ基材D、Eは、いずれもほとんどの領域できれいに賦形出来ていたが、半球の縁のあたりで若干のシワや厚み方向のうねりが発生していた。2軸ステッチ基材Cについては、全面にシワが発生し、全く賦形出来なかった。2方向の賦形限界せん断変形角が異なる場合、低い賦形限界せん断変形角で賦形性が決まってしまうと推測された。2軸ステッチ基材Fについては、全面に賦形することが出来たが、繊維蛇行が大きく、一部で目隙が生じた。2軸ステッチ基材Lについては、ほとんどの領域できれいに賦形出来ていたが、半球の縁のあたりで若干のシワや厚み方向のうねりが発生した。またせん断変形性に異方性があり、一方向にのみ大きな変形がおこり、結果目隙が発生した。多軸ステッチ基材Mについては、全面にシワが発生し、全く賦形出来なかった。せん断変形を妨げる方向に強化繊維が配向していることが原因と考えられた。非拘束シートNについては、せん断変形が起きず、強化繊維同士の繋がりもないため、シートに大きな割れが生じ、目隙となった。
【0062】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明にかかる2軸ステッチ基材およびプリフォームは、FRP型、輸送機器(自動車、船舶、航空機、自転車など)、スポーツ用品および構造物の補修・補強をはじめ、その他の一般産業に用いられるFRPの強化材として好適に用いられ、とりわけ輸送機器等の構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】賦形限界せん断変形角の測定法Zの模式図である。
【図2】一般的な鎖編で一体化した+45°/−45°基材の賦形限界せん断変形角測定時の様子を示す模式図である。
【図3】本発明の2軸ステッチ基材の一実施態様を示す模式図である
【図4】比較例で用いた2軸ステッチ基材Cの測定法Zにおける荷重−変位曲線の一例である。
【図5】比較例で用いた2軸ステッチ基材Dの測定法Zにおける荷重−変位曲線の一例である。
【図6】実施例で用いた2軸ステッチ基材Hの測定法Zにおける荷重−変位曲線の一例である。
【図7】賦形限界せん断変形角の測定法Zにおける一工程を示す模式図である。
【図8】賦形限界せん断変形角の測定法Zにおける一工程を示す模式図である。
【図9】実施例、比較例における各種基材の賦形試験の様子を示す模式図である。
【符号の説明】
【0065】
1 測定法Zの試験前試験片形状
2 測定法Zの試験中試験片形状
3 せん断変形が起きている部位(網掛部)
4 鎖編の2軸ステッチ基材
5 鎖編のステッチ糸A
6 0°方向強化繊維糸条
7 90°方向強化繊維糸条
8 変則1/1トリコット編のステッチ糸A
9 測定法Zで最大引張荷重の20%を負荷された後の試験片
10 測定法Zの試験片つかみ部
11 平坦な台
12 透明で平滑な板
13 強化繊維糸条
14 基材
15 押さえ治具上プレート
16 押さえ治具下プレート
17 半球状の賦形型
21 測定法Zの試験片長辺長さL
22 測定法Zの試験片の変位量
23 測定法Zの試験片短辺長さW
24 測定法Zの試験中の対向する2つの長辺の中間点を結んだ線の長さ
25 測定法Zの引張試験前の強化繊維方向
26 測定法Zの引張試験中の強化繊維方向
27 測定法Zの試験片長辺方向(0°方向)
28 測定法Zの試験前試験片の強化繊維方向(45°方向)
29 測定法Zの試験前試験片の強化繊維方向(−45°方向)
30 測定法Zの試験前試験片の2方向の強化繊維のなす角(90°)
31 ゲージ長Ga
32 ステッチ長Sa
33 測定法Zで測定した最大引張荷重
34 測定法Zで測定した最大引張荷重の20%
35 測定法Zにおいて試験片の対向する2辺の長辺の中間点を結んだ線
36 測定法Zにおいて試験片の対向する2辺の長辺の中間点を結んだ線の試験後の幅W’
37 強化繊維糸条の最も出っ張った線
38 強化繊維糸条の最もへっこんだ線
39 強化繊維糸条の最も出っ張った線37と強化繊維糸条の最もへっこんだ線38との中間線
40 基材長手方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数本の強化繊維糸条が並行に配列されたシートを複数枚、強化繊維糸条が実質的に直交するように積層してステッチ糸Aにて一体化した2軸ステッチ基材であって、配列された強化繊維糸条の一方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(A)と、配列された強化繊維糸条の他方向を0°とした場合の±45°方向における賦形限界せん断変形角(B)とがいずれも45〜80°の範囲内である2軸ステッチ基材。
【請求項2】
賦形限界せん断変形角(A)、(B)の比が1〜1.2の範囲内である、請求項1に記載の2軸ステッチ基材。
【請求項3】
ステッチ糸Aのステッチ長Saとゲージ長Gaとが実質的に同一であり、かつステッチ長Saが3〜50mmの範囲内である、請求項1または2に記載の2軸ステッチ基材。
【請求項4】
シートは、強化繊維糸条が2軸ステッチ基材の長手方向に関して0°または90°に配向するように積層されている、請求項1〜3のいずれかに記載の2軸ステッチ基材。
【請求項5】
ステッチ糸Aがスパンデックスから構成されている、請求項1〜4のいずれかに記載の2軸ステッチ基材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の2軸ステッチ基材が二次曲面を有する形状に賦型されているプリフォーム。
【請求項7】
複数組の2軸ステッチ基材を含み、かつ、それら複数組の2軸ステッチ基材は、それら複数組の2軸ステッチ基材を縫合するステッチ糸B、および/または、それら複数組の2軸ステッチ基材の間に配置され固着する、粒子、カットファイバー、織物、編物、不織布およびメッシュからなる群から選ばれる少なくとも1種の材料で係合されている、請求項6記載のプリフォーム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−162151(P2007−162151A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−357250(P2005−357250)
【出願日】平成17年12月12日(2005.12.12)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】