説明

2電極アーク溶接のアークスタート制御方法

【課題】2電極アーク溶接において、アークスタート部の溶け込み及びビード形状を適正化すること。
【解決手段】消耗電極1aおよび非消耗電極1bを備えた溶接トーチWTを用いてアーク溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法において、消耗電極1aと母材2との間に消耗電極アーク3aを発生させ、その後は消耗電極1aを定常送給速度で送給し、非消耗電極1bと母材2との間に非消耗電極アーク3bを発生させ、その後は余熱期間の間、非消耗電極アーク3bに定常電流値よりも大きな値の余熱電流を通電すると共に、送給速度を余熱電流の値に応じて定常送給速度よりも速い余熱送給速度に切り換え、余熱期間が終了すると、送給速度を定常送給速度に切り換えると共に、非消耗電極アーク3bを通電する電流値を定常電流値に切り換えて定常溶接状態に移行させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を有する溶接トーチを用いて、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させる、2電極アーク溶接において、定常溶接状態に円滑に移行するとともに、良好な溶接ビードを形成するための2電極アーク溶接のアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図4は、2電極アーク溶接装置の一例を示している。同図においては、消耗電極アークがミグアークの場合であり、非消耗電極アークがプラズマアークの場合である。本溶接装置は、破線で囲まれた溶接トーチWT、消耗電極アーク溶接電源(ミグアーク溶接電源)PSM及び非消耗電極アーク溶接電源(プラズマアーク溶接電源)PSPを備えている。溶接トーチWTは、シールドガスノズル52内に、プラズマノズル51、プラズマ電極(非消耗電極)1b及び給電チップ4が同心軸上に配置された構造となっている。シールドガスノズル52とプラズマノズル51との隙間からは、たとえばアルゴンガス等のシールドガス63が供給される。プラズマノズル51とプラズマ電極1bとの間には、たとえばアルゴンガス等のプラズマガス62が供給される。プラズマ電極1bと給電チップ4との間には、たとえばアルゴンガス等のセンターガス61が供給される。
【0003】
給電チップ4に設けられた貫通孔からは、消耗電極(溶接ワイヤ)1aが送給される。給電チップ4は、溶接ワイヤ1aに対して導通している。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMを駆動源とする送給ロール7の回転によって送給される。プラズマ電極1bは、たとえば銅又は銅合金からなり、図外の経路を通る冷却水によって間接的に水冷されている。プラズマノズル51は、たとえば銅又は銅合金からなり、冷却水を通す流路が形成されていることにより、直接冷却されている。溶接トーチWTは、通常ロボット(図示は省略)によって保持された状態で、母材2に対して移動させられる。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間には、ミグアーク(消耗電極アーク)3aが発生する。プラズマ電極1bと母材2との間には、プラズマガス62によって熱的に拘束されたプラズマアーク(非消耗電極アーク)3bが発生する。したがって、ミグアーク3aは、プラズマアーク3bに包まれた状態になっている。
【0004】
消耗電極アーク溶接電源PSMは、給電チップ4を介して溶接ワイヤ1aと母材2との間に、消耗電極アーク溶接電圧Vwaを印加することにより、消耗電極アーク溶接電流Iwaを通電するための電源である。消耗電極アーク溶接電源PSMからは、送給モータWMに対して送給制御信号Fcが送られ、溶接ワイヤ1aの送給速度Fwが制御される。消耗電極アーク溶接電源PSMから消耗電極アーク溶接電圧Vwaが印加されるときは、溶接ワイヤ1aが+側とされる。消耗電極アーク溶接電源PSMは、アークスタート時の一部期間を除き定電圧特性の電源であり、消耗電極アーク溶接電圧Vwaが所望値になるように制御される。また、消耗電極アーク溶接電流Iwaは、溶接ワイヤ1aの送給速度Fwによってその値が定まる。
【0005】
非消耗電極アーク溶接電源PSPは、プラズマ電極1bと母材2との間に非消耗電極アーク溶接電圧Vwbを印加することにより非消耗電極アーク溶接電流Iwbを通電するための電源である。非消耗電極アーク溶接電源PSPから非消耗電極アーク溶接電圧Vwbが印加されるときは、プラズマ電極1bが+側とされる。非消耗電極アーク溶接電源PSPは、定電流特性の電源であり、非消耗電極アーク溶接電流Iwbが所望値になるように制御される。
【0006】
溶接開始回路STは、溶接開始信号Stを消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPに出力する。この溶接開始信号Stが入力されると両溶接電源は起動される。溶接開始回路STは、ロボット溶接にあってはロボット制御装置内に設けられている。
【0007】
図5は、上述した溶接装置を用いた場合の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stを示し、同図(B)は溶接ワイヤの送給速度Fwを示し、同図(C)は消耗電極アーク溶接電圧Vwaを示し、同図(D)は消耗電極アーク溶接電流Iwaを示し、同図(E)は非消耗電極アーク溶接電圧Vwbを示し、同図(F)は非消耗電極アーク溶接電流Iwbを示し、同図(G1)〜(G5)は各時刻におけるアーク発生状態を示す模式図である。以下、同図を参照して説明する。
【0008】
(1)時刻t1〜t2の前進送給期間(スローダウン送給期間)
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベルになると、図4の消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPが起動される。このために、同図(B)及び(G1)に示すように、送給速度Fwは正の小さな値に変化し、溶接ワイヤ1aは非常に遅いスローダウン速度での前進送給が開始される。ここで、送給速度Fwが正の値であるときは、図4の送給モータWMは正回転して溶接ワイヤ1aは母材2に近づく方向へ前進送給される。他方、送給速度Fwが負の値であるときは、送給モータWMは逆回転して溶接ワイヤ1aは母材2から離れる方向へ後退送給される。同図(C)に示すように、溶接ワイヤ1aと母材2との間には無負荷電圧が印加され、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間にも無負荷電圧が印加される。
【0009】
(2)時刻t2〜t3の後退送給短絡期間
時刻t2において、同図(G2)に示すように、溶接ワイヤ1aが母材2と接触すると、図4の送給モータWMを逆回転させる。これにより、同図(B)に示すように、送給速度Fwは負の値に変化し、溶接ワイヤ1aが母材2から離れる方向へ後退送給される。同時に、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは数V程度の短絡電圧値になる。また、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaは溶接ワイヤ1aをジュール熱でほとんど加熱しない程度の数十Aの小電流値となる。
【0010】
(3)時刻t3〜t4の後退送給アーク期間
時刻t3において、同図(G3)に示すように、溶接ワイヤ1aの後退送給によってワイヤ先端が母材2から離れると初期状態の消耗電極アーク3aが発生する。この初期状態の消耗電極アーク3aは、ワイヤの溶断ではなく後退送給によって発生し、かつ、アークを通電する電流値も小さいので、スパッタはほとんど発生しない。消耗電極アーク3aが発生すると、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは、短絡電圧値から数十V程度のアーク電圧値に変化する。時刻t3〜t4の予め定めた後退送給アーク期間Tdの間、初期状態の消耗電極アーク3aを維持したままで後退送給を継続する。このために、消耗電極アーク3aのアーク長が次第に長くなる。
【0011】
(4)時刻t4〜t5の再前進送給期間
時刻t4において、上記の後退送給アーク期間Tdが経過すると、図4の送給モータWMを再び正回転に切り換える。これにより、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値に変化し、溶接ワイヤ1aは後退送給から定常送給速度Fwcでの再前進送給に切り換わる。この結果、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaは定常溶接電流値に変化し、同図(G4)に示すように、消耗電極アーク3aは初期状態から定常状態に移行する。時刻t4時点で消耗電極アーク3aはアーク長が長くなっている。それに加えて、時刻t4からの再前進送給によって消耗電極アーク溶接電流Iwaが大きな値になり消耗電極アーク3aも大きく広がった形状になるために、この消耗電極アーク3aの内部はプラズマ雰囲気空間となっている。プラズマ電極1bは、溶接ワイヤ1aと隣接しているので、このプラズマ雰囲気空間はプラズマ電極1b直下にも広く分布している。
【0012】
(5)時刻t5以後の定常溶接期間
時刻t5時点で、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間に無負荷電圧が印加されており、かつ、プラズマ電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G5)に示すように、非消耗電極アーク(プラズマアーク)3bが誘発されて発生する。非消耗電極アーク3bが発生すると、同図(E)に示すように、非消耗電極アーク溶接電圧Vwbは無負荷電圧からアーク電圧値に低下し、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは予め定めた定常電流値Ipcとなる。そして、この時刻t5の時点で、消耗電極アーク3a及び非消耗電極アーク3bが共に発生している状態になり、アークスタートが完了して溶接状態は定常状態に収束する。
【0013】
2電極アーク溶接において、上述したようなアークスタート制御を行うことによって、スパッタの発生が少ない確実なアークスタート性を得ることができる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2007−144509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述した2電極アーク溶接のアークスタート制御方法によって、消耗電極アーク及び非消耗電極アークを確実に発生させることができる。しかしながら、アークスタート時点では母材への入熱が十分でないために、アークスタート部の溶け込みが浅くなり、ビード断面形状も凸形状になる。ビード断面形状が凸形状になると、ビード止端部のなじみが悪いために、溶接部の機械的特性が低下することになる。さらには、ビード外観も美しさに欠けることになる。また、2電極アーク溶接は、熱源が2つあるために、溶接速度を比較的速くして使用されることが多い。このような高速溶接では、上記の問題がより顕著となる。
【0016】
そこで、本発明では、アークスタート部の溶け込みを適正化することができ、かつ、ビード断面形状が凸形状になることを改善することができる2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を備えた溶接トーチを用い、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させることにより溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法において、
前記消耗電極と母材との間に前記消耗電極アークを発生させ、前記消耗電極アークが発生した後は前記消耗電極を定常送給速度で送給するステップと、
前記非消耗電極と母材との間に前記非消耗電極アークを発生させ、前記非消耗電極アークが発生した後は予め定めた余熱期間の間、前記非消耗電極アークに定常電流値よりも大きな値の余熱電流を通電すると共に、前記消耗電極の送給速度を前記余熱電流の値に応じて前記定常送給速度よりも速い余熱送給速度に切り換えるステップと、
前記余熱期間が終了すると、前記消耗電極の送給速度を前記余熱送給速度から前記定常送給速度に切り換えて前記消耗電極アークを定常溶接状態に移行させると共に、前記非消耗電極アークを通電する電流値を前記余熱電流の値から前記定常電流値に切り換えて前記非消耗電極アークを定常溶接状態に移行させるステップと、
を有することを特徴とする2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0018】
第2の発明は、前記余熱送給速度から前記定常送給速度への切換時及び前記余熱電流の値から前記定常電流値への切換時に傾斜を設けた、
ことを特徴とする第1の発明記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、余熱電流の通電によってアークスタート時に母材に対して充分な入熱を供給することができる。また、余熱電流の大きさに応じて送給速度を早くすることによって、消耗電極アークのアーク長を適正値に維持することができる。このために、アークスタート部の溶け込み及びビード断面形状を適正化することができ、かつ、安定した溶接状態を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図4】従来技術における2電極アーク溶接装置の構成図である。
【図5】従来技術における2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。同図は、上述した図4と対応しており、同一物には同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図4に、電流検出回路IDを追加したものである。さらに、同図に示す消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPのシーケンス制御は図2で後述するが、このシーケンス制御が図5とは異なっている。
【0023】
電流検出回路IDは、非消耗電極アーク溶接電流Iwbを検出して、電流検出信号Idを消耗電極アーク溶接電源PSMに入力する。このようにする理由は、図2で後述するように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbと溶接ワイヤ1aの送給速度Fwとの同期を取るためである。
【0024】
図2は、本発明の実施の形態1に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stを示し、同図(B)は溶接ワイヤの送給速度Fwを示し、同図(C)は消耗電極アーク溶接電圧Vwaを示し、同図(D)は消耗電極アーク溶接電流Iwaを示し、同図(E)は非消耗電極アーク溶接電圧Vwbを示し、同図(F)は非消耗電極アーク溶接電流Iwbを示し、同図(G1)〜(G5)は各時刻におけるアーク発生状態を示す模式図である。同図は、図1の消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPのシーケンス制御を示すことになる。同図において、時刻t1〜t5までの期間の動作は、上述した図5と同一であるので説明は省略する。以下、同図を参照して時刻t5以後の動作について説明する。
【0025】
(5)時刻t5〜t6の余熱期間Th
時刻t5時点で、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間に無負荷電圧が印加されており、かつ、プラズマ電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G5)に示すように、非消耗電極アーク(プラズマアーク)3bが誘発されて発生する。非消耗電極アーク3bが発生すると、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは、0Aから定常電流値Ipcよりも大きな値に予め定めた余熱電流値Ihとなる。また、同図(E)に示すように、非消耗電極アーク溶接電圧Vwbは、無負荷電圧からアーク電圧値に低下する。そして、この時刻t5の時点で、消耗電極アーク3a及び非消耗電極アーク3bが共に発生している状態になる。予め定めた余熱期間Thの間、同図(F)に示すように、余熱電流Ihの通電が継続する。ここで、図1に示すように、消耗電極アーク溶接電源PSMは、電流検出信号Idの値によって余熱電流Ihの通電を判別することができる。そして、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、余熱電流値Ihに応じた余熱送給速度Fhになる。余熱電流値Ihは定常電流値Ipcよりも大きな値であるので、余熱送給速度Fhも定常送給速度Fwcよりも早い速度になる。送給速度Fwを余熱電流値Ihに応じて早くする理由は、以下の通りである。すなわち、大きな値の余熱電流Ihの通電によって溶接ワイヤ1aも加熱されるために、消耗電極アークのアーク長が燃え上がった状態になり、大粒のスパッタが発生する不安定な溶接状態になる。このような状態になるのを防止するために、送給速度Fwを早くすることによって、溶接ワイヤ1aの燃え上がりが生じないようにしている。したがって、送給速度Fwは、余熱電流Ihが通電しても消耗電極アーク3aのアーク長を適正値のままで維持することができるように設定される。同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaはアーク長が適正値に維持されているために、略定常値のままである。また、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaは、送給速度Fwが早くなっても余熱電流Ihからも加熱されるために、定常値に近い値となる。この余熱期間Th中の余熱電流Ihの通電によって、母材2に対して充分な入熱を供給することができる。
【0026】
(6)時刻t6〜t7のダウンスロープ期間Tdw
時刻t6において上記の余熱期間Thが終了すると、予め定めたダウンスロープ期間Tdwに入る。このダウンスロープ期間Tdw中は、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは、余熱電流値Ihから傾斜を有して定常電流値Ipcまで低下する。同様に、同図(E)に示すように、非消耗電極アーク溶接電圧Vwbも傾斜を有して定常電圧値まで低下する。また、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、余熱送給速度Fhから傾斜を有して定常送給速度Fwcまで低下する。このダウンスロープ期間Tdwを設けている理由は、余熱期間Thから円滑に定常溶接状態に移行させるためである。
【0027】
(7)時刻t7以後の定常溶接期間
時刻t7において、上記のダウンスロープ期間Tdwが終了すると、定常溶接状態になる。すなわち、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは定常電流値Ipcになり、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度Fwcになる。これにより、アークスタートは完了する。
【0028】
上記の余熱電流値Ih及び余熱期間Thは、母材の材質、板厚、継手等に応じて、アークスタート部の溶け込み及びビード断面形状が適正化されるように、実験によって予め設定される。上記の余熱送給速度Fhは、余熱電流値Ihに応じて、余熱期間Th中の消耗電極アークのアーク長が燃え上がることなく適正値に維持されるように設定される。余熱電流値Ihは定常電流値Ipcよりも大きな値に設定されるために、余熱送給速度Fhは定常送給速度Fwcよりも速い速度になる。上記のダウンスロープ期間Tdwは、余熱電流値Ihから定常電流値Ipcの切換時において、溶接状態が余熱期間の状態から定常状態へと円滑に移行するように設定される。したがって、ダウンスロープ期間Tdwを除去しても溶接状態の移行が円滑である場合には、ダウンスロープ期間Tdwを設ける必要はない。この場合には、余熱期間Thが終了した時点で、余熱電流値Ihから定常電流値Ipcに直ぐに切り換えられると共に、余熱送給速度Fhから定常送給速度Fwcに直ぐに切り換えられる。例えば、上記の各パラメータの数値例を挙げると、定常電流値Ipc=50〜150Aの範囲において、余熱電流Ih=200〜300A、余熱期間Th=200〜1000ms及びダウンスロープ期間Tdw=50〜300ms程度の範囲に設定される。
【0029】
アークスタート部の溶け込みを改善するために、消耗電極アーク溶接電流Iwaを初期的に大きくするいわゆるホットスタート方法を採用することも考えられる。しかし、消耗電極アーク溶接電流Iwaは突き出し長さ、アーク負荷状態等に影響されて変化する。このために、安定した入熱を母材に供給することが難しいという問題があった。これに対して、余熱電流Ihは電極と母材との距離、アーク負荷状態等によらず一定値であるために、安定した入熱を母材に供給することができる。
【0030】
上述した実施の形態1によれば、余熱電流の通電によってアークスタート時に母材に対して充分な入熱を供給することができる。また、余熱電流の大きさに応じて送給速度を早くすることによって、消耗電極アークのアーク長を適正値に維持することができる。このために、アークスタート部の溶け込み及びビード断面形状を適正化することができ、かつ、安定した溶接状態を維持することができる。
【0031】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、実施の形態1に対して消耗電極アークを発生させる方法が異なっている。すなわち、実施の形態1では、図2の時刻t2〜t4の期間のように、消耗電極アークは溶接ワイヤを後退移動させることによって発生する。これに対して、実施の形態2では、消耗電極アーク溶接における通常のアークスタート方法と同様に、溶接ワイヤを前進送給だけを行いアークを発生させる。以下、実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法について説明する。
【0032】
実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置は、上述した図1と同一である。但し、消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPのシーケンス制御が、実施の形態1とは異なっており、このシーケンス制御については図3で後述する。
【0033】
図3は、本発明の実施の形態2に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stを示し、同図(B)は溶接ワイヤの送給速度Fwを示し、同図(C)は消耗電極アーク溶接電圧Vwaを示し、同図(D)は消耗電極アーク溶接電流Iwaを示し、同図(E)は非消耗電極アーク溶接電圧Vwbを示し、同図(F)は非消耗電極アーク溶接電流Iwbを示し、同図(G1)〜(G4)は各時刻におけるアーク発生状態を示す模式図である。同図は、図1の消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPのシーケンス制御を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0034】
(1)時刻t1〜t2の前進送給期間(スローダウン送給期間)
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベルになると、図1の消耗電極アーク溶接電源PSM及び非消耗電極アーク溶接電源PSPが起動される。このために、同図(B)及び(G1)に示すように、送給速度Fwは正の小さな値に変化し、溶接ワイヤ1aは非常に遅いスローダウン速度での前進送給が開始される。同図(C)に示すように、溶接ワイヤ1aと母材2との間には無負荷電圧が印加され、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間にも無負荷電圧が印加される。
【0035】
(2)時刻t2〜t3のアーク長を長くする期間
時刻t2において、同図(G2)に示すように、溶接ワイヤ1aが母材2と接触すると、その直後に消耗電極アーク3aが発生する。消耗電極アーク3aが発生すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwはスローダウン速度よりも速い予め定めた定常送給速度Fwcに変化する。同時に、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaは0Aから定常溶接電流値に変化する。また、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは、その値を時刻t2からの時間経過に伴ってスロープ状に上昇させる。これにより、同図(G3)に示すように、消耗電極アーク3aのアーク長は次第に長くなっていく。消耗電極アーク3aのアーク長が長くなるのに伴い、アーク形状は大きく広がった形状になり、この消耗電極アーク3aの内部はプラズマ雰囲気空間となっている。プラズマ電極1bは、溶接ワイヤ1aと隣接しているので、このプラズマ雰囲気空間はプラズマ電極1b直下にも広く分布している。この時点では、未だ非消耗電極アーク3bは発生していない。
【0036】
これ以後の動作は、上述した図2における時刻t5以後の動作と基本的には同一である。すなわち、同図の時刻t3〜t4の期間が図2の時刻t5〜t6の期間に相当し、同図の時刻t4〜t5の期間が図2の時刻t6〜t7に相当し、同図の時刻t5以後の期間が図2の時刻t7以後の期間に相当する。以下、時刻t3以後の動作について説明する。
【0037】
(3)時刻t3〜t4の余熱期間Th
時刻t3時点で、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間に無負荷電圧が印加されており、かつ、プラズマ電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G4)に示すように、非消耗電極アーク(プラズマアーク)3bが誘発されて発生する。非消耗電極アーク3bが発生すると、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは、0Aから余熱電流値Ihとなる。この余熱電流値Ihは、定常電流値Ipcよりも大きな値に予め設定されている。また、同図(E)に示すように、非消耗電極アーク溶接電圧Vwbは、無負荷電圧からアーク電圧値に低下する。そして、この時刻t3の時点で、消耗電極アーク3a及び非消耗電極アーク3bが共に発生している状態になる。予め定めた余熱期間Thの間、同図(F)に示すように、余熱電流Ihの通電が継続する。ここで、図1に示すように、消耗電極アーク溶接電源PSMは、電流検出信号Idの値によって余熱電流Ihの通電を判別することができる。そして、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、余熱電流値Ihに応じた余熱送給速度Fhになる。余熱電流値Ihは定常電流値Ipcよりも大きな値であるので、余熱送給速度Fhも定常送給速度Fwcよりも早い速度になる。送給速度Fwを余熱電流値Ihに応じて早くする理由は、以下の通りである。すなわち、大きな値の余熱電流Ihの通電によって溶接ワイヤ1aも加熱されるために、消耗電極アークのアーク長が燃え上がった状態になり、大粒のスパッタが発生する不安定な溶接状態になる。このような状態になるのを防止するために、送給速度Fwを早くすることによって、溶接ワイヤ1aの燃え上がりが生じないようにしている。したがって、送給速度Fwは、余熱電流Ihが通電している状態で消耗電極アーク3aのアーク長が適正値になるように設定される。このように、消耗電極アーク3aのアーク長は、時刻t3時点の長い状態から速やかに適正値へと短くなるために、同図(C)に示すように、消耗電極アーク溶接電圧Vwaは、時刻t3時点の大きな値から速やかに略定常値に低下する。また、同図(D)に示すように、消耗電極アーク溶接電流Iwaは、送給速度Fwが早くなっても余熱電流Ihからも加熱されるために、定常値に近い値となる。この余熱期間Th中の余熱電流Ihの通電によって、母材2に対して充分な入熱を供給することができる。
【0038】
(4)時刻t4〜t5のダウンスロープ期間Tdw
時刻t4において上記の余熱期間Thが終了すると、予め定めたダウンスロープ期間Tdwに入る。このダウンスロープ期間Tdw中は、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは、余熱電流値Ihから傾斜を有して定常電流値Ipcまで低下する。同様に、同図(E)に示すように、非消耗電極アーク溶接電圧Vwbも傾斜を有して定常電圧値まで低下する。また、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、余熱送給速度Fhから傾斜を有して定常送給速度Fwcまで低下する。このダウンスロープ期間Tdwを設けている理由は、余熱期間Thから円滑に定常溶接状態に移行させるためである。
【0039】
(5)時刻t5以後の定常溶接期間
時刻t5において、上記のダウンスロープ期間Tdwが終了すると、定常溶接状態になる。すなわち、同図(F)に示すように、非消耗電極アーク溶接電流Iwbは定常電流値Ipcになり、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度Fwcになる。これにより、アークスタートは完了する。
【0040】
上述した実施の形態2における各パラメータの設定方法は、実施の形態1と同様である。また、実施の形態2の効果についても、実施の形態1と同様である。
【0041】
上述した消耗電極アーク溶接として、ミグ溶接、マグ溶接、パルスアーク溶接、交流パルスアーク溶接等を使用することができる。また、上述した非消耗電極アーク溶接として、ティグ溶接、プラズマアーク溶接、パルスティグ溶接、パルスプラズマアーク溶接、交流ティグ溶接、交流プラズマアーク溶接等を使用することができる。
【符号の説明】
【0042】
1a 消耗電極(溶接ワイヤ)
1b 非消耗電極(プラズマ電極)
2 母材
3a 消耗電極アーク(ミグアーク)
3b 非消耗電極アーク(プラズマアーク)
4 給電チップ
7 送給ロール
51 プラズマノズル
52 シールドガスノズル
61 センターガス
62 プラズマガス
63 シールドガス
Fc 送給制御信号
Fh 余熱送給速度
Fw 送給速度
Fwc 定常送給速度
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ih 余熱電流
Ipc 定常電流値
Iwa 消耗電極アーク溶接電流
Iwb 非消耗電極アーク溶接電流
PSM 消耗電極アーク溶接電源
PSP 非消耗電極アーク溶接電源
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
Td 後退送給アーク期間
Tdw ダウンスロープ期間
Th 余熱期間
Vwa 消耗電極アーク溶接電圧
Vwb 非消耗電極アーク溶接電圧
WM 送給モータ
WT 溶接トーチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を備えた溶接トーチを用い、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させることにより溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法において、
前記消耗電極と母材との間に前記消耗電極アークを発生させ、前記消耗電極アークが発生した後は前記消耗電極を定常送給速度で送給するステップと、
前記非消耗電極と母材との間に前記非消耗電極アークを発生させ、前記非消耗電極アークが発生した後は予め定めた余熱期間の間、前記非消耗電極アークに定常電流値よりも大きな値の余熱電流を通電すると共に、前記消耗電極の送給速度を前記余熱電流の値に応じて前記定常送給速度よりも速い余熱送給速度に切り換えるステップと、
前記余熱期間が終了すると、前記消耗電極の送給速度を前記余熱送給速度から前記定常送給速度に切り換えて前記消耗電極アークを定常溶接状態に移行させると共に、前記非消耗電極アークを通電する電流値を前記余熱電流の値から前記定常電流値に切り換えて前記非消耗電極アークを定常溶接状態に移行させるステップと、
を有することを特徴とする2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
前記余熱送給速度から前記定常送給速度への切換時及び前記余熱電流の値から前記定常電流値への切換時に傾斜を設けた、
ことを特徴とする請求項1記載の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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