説明

2,3−ジクロロブタジエン−1,3を製造するための方法

1,2,3,4−テトラクロロブタンから、脱塩化水素、脱塩化水素工程で得られた反応生成物の塩素化、および後に続く、塩素化工程の反応生成物からの2,3−ジクロロブタジエン−1,3組成物の分離を含む方法によって、高純度の2,3−ジクロロブタジエン−1,3が製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3を1,2,3,4−テトラクロロブタンから製造するための改良された方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリクロロプレンは、70年以上にわたり、ゴムベルト、ホース、エンジンマウント、接着剤およびゴム形材の製造において有用性が見出されてきた、2−クロロブタジエン−1,3(「クロロプレン」)の商業的に有用な弾性ポリマーである。このポリマーには、ホモポリマー(すなわち、クロロプレンモノマーの共重合単位のみからなるポリマー)であるものも、クロロプレンと他のコモノマーとの共重合単位を含有するコポリマーであるものもある。クロロプレンは反応性が極めて高いため、ホモ重合する傾向がある。共重合によりこのポリマー鎖に導入され得るコモノマーの量は、総モノマー転化率が65%であり、含まれるコモノマーの初期レベルが10モル%である場合、一般的に、テトラクロロブタジエンに関してはわずか約2モルパーセントであり、スチレンおよびイソプレンについてはそれよりさらに少ない。2,3−ジクロロブタジエン−1,3は、クロロプレン自体よりも反応性が高い数少ないモノマーのうちの1つである。この性質が、様々なポリクロロプレンコポリマーの製造におけるコモノマーとしてのその使用を容易にしてきており、そうしたポリクロロプレンコポリマーのほとんどが傑出した耐結晶化性および低温特性を有するものである。
【0003】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3の合成は、脱塩化水素反応を一方法工程として一般的に含む、多くの方法により達成され得る。例えば、米国特許第4,215,078号明細書は、脱塩化水素の方法であって、反応が、塩素/アルカリ電解槽液の組成を有する水酸化ナトリウムと塩化ナトリウムとの水性混合物を用いて行われる方法を記載している。米国特許第4,629,816号明細書は、アルカリ金属水酸化物溶液を、2,3,4−トリクロロブテン−1と、相間移動触媒と、重合阻害剤と、水との混合物に添加するという条件下で行われる、2,3,4−トリクロロブテン−1を脱塩化水素するための方法を開示しており、米国特許第6,380,446号明細書は、種々のハロゲン化アルカン化合物およびハロゲン化アルケン化合物(塩素化ブテンを包含する)の脱ハロゲン化水素における上昇流反応器の使用を記載している。
【0004】
これらの脱ハロゲン化水素方法は、典型的に、ハロゲン化アルカンまたはハロゲン化アルケンを、溶媒中の強塩基と混合することにより、液相において行われる。この塩基は、通常、水溶液として添加されるため、通常、相間移動剤(相間移動触媒ともいう)が反応物の接触を促進するために用いられる。これらの触媒材料は、反応が進行し得るように一方の反応物を他方の相に界面を超えて移動させることにより、異なる相にある反応物間の反応を促進する。この相間移動剤は消費されず、移動作用を繰り返し行う。例えば、Starksら、「Phase−Transfer Catalysis」、Academic Press、New York、N.Y.1978を参照されたい。
【0005】
相間移動触媒は、一部の脱塩化水素反応において、転化率を上昇させるのに非常に効果的であるが、こうしたより高い転化率は、所望の生成物からの除去が困難または不可能な副生物異性体の生成を増大させる原因となり得る。例えば3,4−ジクロロブテン−1を脱塩化水素させてクロロプレンを製造する際、有機反応物中の一部の不純物の反応が、α炭素に位置する塩素置換基(すなわち、「α−塩素」)を含有する副生物のクロロブタジエンを生成する。本明細書で使用される場合、用語「α炭素原子」は、アルカンおよびアルケンについてのIUPAC命名法において一般的に1の番号が振られる、炭素鎖(アルキル鎖またはアルケニル鎖のいずれか)の末端の炭素を意味する。その延長として、β炭素原子は、アルカンおよびアルケンについてのIUPAC命名法において一般的に2の番号が振られる、炭素鎖の末端から2個目(「最後から2番目」または2番目)の炭素原子である。
【0006】
脱塩化水素反応における副生物生成の問題を制御する1つの方法は、反応物転化率を、本来達成され得るよりも低いレベルに意図的に制限することによる。しかしながら、反応物転化率を意図的に制限することは、許容し得る生成物純度の達成を可能にするが、同時に、収率を低下させ、重大であり得る経済的および環境的不利益を課する。別の例において、1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素して2,3−ジクロロブタジエン−1,3を生成する際の高転化率条件は、α−塩素置換基(すなわち、α炭素原子に結合している塩素原子)を含有するかなりの量の異性体ジクロロブタジエンを生成する原因となる。α−塩素置換基を含有する異性体生成物の存在は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3の重合反応(クロロプレンとの共重合反応を包含する)におけるそのような混合物のモノマー供給材料としての使用がポリマーの主鎖中に相対的に高い割合のアリル型塩素を生成する原因となり得るため好ましくない。これは、ポリマーの酸化的分解を増大させ得る。
【0007】
β炭素においてのみ塩素を含有する所望の生成物(例えば、2,3−ジクロロブタジエン−1,3)からのα−塩素置換基を含有する異性体の除去は、これらの異性体が一般的に類似した揮発性を有するため困難である。この問題に取り組むために過去に成された試みは、完全には満足できるものではなかった。例えば、米国特許第2,626,964号明細書において、1,2,3,4−テトラクロロブタンの脱塩化水素によって生成される2,3−ジクロロブタジエン−1,3の純度を、この反応において生成される1,2,4−トリクロロ−2−ブテンの脱塩化水素を抑制することによって上昇させる方法が記載されている。純度はいくらか上昇するが、低い全収率および長い反応時間が、この方法の商業的有用性を損ねている。
【0008】
異性体の分離に関する困難性があることから、α−塩素置換基を含有する異性体の生成を許容し得るレベルにまで減少させるために、脱塩化水素反応における転化率は、典型的に、容易に達成され得るよりも低いレベルに意図的に制限される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
1,2,3,4−テトラクロロブタンの脱塩化水素における高転化率、および2,3−ジクロロブタジエン−1,3の生成において中間体として用いられ得る化合物の脱塩化水素における高転化率の達成を可能にすると同時に許容し得る生成物純度を提供する方法を、利用可能にすることは有益である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3組成物を生成するための方法であって:
A.1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物を、少なくとも10-9のKbを有する塩基を含む水性混合物と、前記1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度で接触させ、それにより、1)a)2,3−ジクロロブタジエン−1,3とb)2,3−ジクロロブタジエン−1,3以外の塩素化ブテンを含む塩素化副生物との混合物を含む第1の相および2)水相を含む第2の相の少なくとも2つの相を有する第1の反応生成物を生成する工程と;
B.前記第1の相を前記水相から分離する工程と;
C.前記第1の相を、前記水相から分離した後、前記塩素化副生物をさらに塩素化するには十分ではあるが、前記第1の相に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な量の塩素と接触させて、それにより、第2の反応生成物を生成する工程と;
D.前記第2の反応生成物から2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を単離する工程であって、前記組成物の総重量を基準にして前記組成物の少なくとも90重量%が2,3−ジクロロブタジエン−1,3である、工程と
を含む、方法に関する。
【0011】
本発明は、さらに、2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物であって、
A.1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物を少なくとも10-9のKbを有する塩基を含む水性混合物と、前記1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度で接触させ、それにより、1)a)2,3−ジクロロブタジエン−1,3とb)2,3−ジクロロブタジエン−1,3以外の塩素化ブテンを含む塩素化副生物との混合物を含む第1の相および2)水相を含む第2の相の少なくとも2つの相を有する第1の反応生成物を生成する工程と;
B.前記第1の相を前記水相から分離する工程と;
C.前記第1の相を、前記水相から分離した後、前記塩素化副生物をさらに塩素化するには十分ではあるが、前記第1の相に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な量の塩素と接触させ、それにより、第2の反応生成物を生成する工程と;
D.前記第2の反応生成物から2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を単離する工程であって、前記組成物の総重量を基準にして前記組成物の少なくとも90重量%が2,3−ジクロロブタジエン−1,3である、工程と
を含む方法によって調製される、組成物に関する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の方法は、一般的に、1,2,3,4−テトラクロロブタン(メソ−1,2,3,4−テトラクロロブタンを包含する)からの2,3−ジクロロブタジエン−1,3の製造および単離に適用され得る。
【0013】
本発明の方法は、所望の2,3−ジクロロブタジエン−1,3と、この所望の塩素化ブタジエンとは異なる多数の塩素化アルカン種および塩素化アルケン種を一般的に含有する副生物組成物とを一緒に含む混合物を生成する第1の脱塩化水素工程を含む。次いで、この混合物を、副生物組成物中の塩素化アルカン種および/または塩素化アルケン種の一部または全てをさらに塩素化するには十分であるが、2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な条件下で、好ましくは純度が96%より高い塩素ガスと接触させる。純度96重量%の塩素ガスとは、少なくとも96重量%の塩素を含有し、その残りが他の気体成分(例えば、二酸化炭素、窒素および塩化水素)である塩素ガス組成物を意味する。塩素化反応の生成物は、望まれていない塩素化副生物の大部分からの、所望の2,3−ジクロロブタジエン−1,3の容易な分離に適した物質である。
【0014】
本方法の脱塩化水素工程における反応物である1,2,3,4−テトラクロロブタン組成物は、1,2,3,4−テトラクロロブタンの任意の異性体(メソ−1,2,3,4−テトラクロロブタンを包含し、これが好ましい)を含む。この1,2,3,4−テトラクロロブタンは、純粋な異性体を含み得るが、異性体の混合物であってもよい。この1,2,3,4−テトラクロロブタンはまた、1,2,3,4−テトラクロロブタン以外の化学種(例えば、塩素化ブテンとの混合物)を含み得る。例えば、先の方法工程からの塩素化アルカンと塩素化アルケンとの混合物、または同じ容器内での先の反応工程からの塩素化アルカンと塩素化アルケンとの混合物が、本発明の方法に従って、脱塩化水素されるか、または次の脱塩化水素反応を起こし得る。そのような場合、副生物組成物は、一般的に、塩素化ブタンまたは塩素化ブテンの異性体を含有する。
【0015】
本発明の方法における使用に適する脱ハロゲン化水素剤は、少なくとも10-9のKbを有する塩基である。この塩基は一般的に水溶液の形態であるが、そうでなくてもよい。適切な塩基としては、ピリジン、トリメチルアミン、アンモニア、水酸化アンモニウム、水酸化カルシウム、アルカリ金属水酸化物、およびアルカリ金属アルコキシドが挙げられる。好ましくは、塩基は少なくとも10-9のKbを有し、最も好ましくは、塩基はアルカリ水溶液の場合と同様に完全にイオン化されている。あらゆるアルカリ金属水酸化物水溶液が発明の目的に適するが、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムが好ましい。アルカリは、通常、反応混合物中に過剰に存在する。一般的に、アルカリとハロゲン化反応物のモル比は、約1.01〜2.50である。正確な量は、用いられる触媒の種類および個々の反応物などの要素に基づいて決定される。
【0016】
本発明の方法によれば、脱ハロゲン化水素反応は、1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度にて、液相中で行われる。反応混合物は、通常、少なくとも1つの液体を含有する。例えば、ハロゲン化反応物は、反応条件下で液体であるものであっても、水性または非水性溶媒に溶解させるものであってもよい。反応物が溶液として存在する場合、溶媒は、混和し得るものであっても混和し得ないものであってもよい。好ましい実施形態において、ハロゲン化反応物は液体形態であり、アルカリ金属水酸化物脱ハロゲン化水素剤は水溶液として存在する。さらに、脱ハロゲン化水素は、例えば、米国特許第4,104,316号明細書に開示されるように、非水性溶媒(例えば、メタノール)の存在下で行われ得る。
【0017】
好ましくは、相間移動触媒を用いて2つの混和し得ない液体(すなわち、有機相および水相)間の接触を促進し、それにより脱塩化水素反応を促進する。しかしながら、本発明の方法は、相間移動触媒の不在下でも行い得る。好ましい触媒は、第四級アンモニウム塩、とりわけ、第四級アンモニウム塩化物、特に、式R1234NClにより表されるものであって、R1、R2およびR3の各々は、独立してC1〜C20アルキル、C2〜C20アルケニル、またはC7〜C20アラルキルであり、R4はC6〜C20アルキル、C6〜C20アルケニル、ベンジル、(C6〜C20)アルキル置換ベンジル、または(C6〜C20)アルケニル置換ベンジルであるものである。これらの第四級アンモニウム塩化物中のR1基、R2基、およびR3基の各々はまた、窒素原子に対してβ位にヒドロキシル基またはエーテル基を含有し得る。第四級アンモニウム化合物の量は、一般的に、出発ハロゲン化アルカンまたはアルケンの約0.01重量%〜10重量%である。他の相間移動触媒としては、アミンオキシド(例えば、米国特許第3,876,716号明細書に開示されるアミンオキシド)および第四級ホスホニウム化合物(例えば、米国特許第3,639,493号明細書に開示される第四級ホスホニウム化合物)が挙げられる。
【0018】
必要に応じ、他の成分(例えば、重合阻害剤、安定剤および分散剤)が、反応混合物中に含まれ得る。そうした必要に応じた成分の使用は、反応物および生成しようとする生成物の性質によって決まる。
【0019】
本発明の方法において、1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物と塩基とは、反応器において液相中で接触させ、それにより、1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素して脱塩化水素生成物を生成するのに十分な温度を達成する原因となる発熱反応を開始する。反応器は多段気泡反応器であることが好ましいが、他の反応器(例えば、連続タンク反応器または単段沸騰反応器)が用いられ得る。気泡反応器は、この反応器においては反応の間に解放される熱が生成物(すなわち、その結果として生成された脱塩化水素化合物)を蒸発させ、この蒸気が攪拌手段を提供することから好ましい。
【0020】
塩素化アルケンを脱ハロゲン化水素するための好ましい方法は米国特許第6,380,446号明細書に、詳細に記載されている。記載されている反応器は多段式であり、好ましくは少なくとも3段を有し、最も好ましくは4段〜20段である。垂直塔反応器は、並流流動様式の確立を非常に簡単にすることから、好ましくは、反応器は垂直塔反応器である。そうした流動様式は高転化率の達成に資する。つまり、並流上昇流反応器が用いられる場合、蒸発した生成物はその浮力により反応物と一緒に上昇する。液相を通じた気体生成物の移動によって引き起こされる攪拌は、機械的攪拌の必要性をなくす。他の実施形態において、本発明の脱ハロゲン化水素方法工程は、一連の連続した別個のタンクまたは容器中で行われ得る。
【0021】
好ましい実施形態において、1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物とアルカリ金属水酸化物水溶液は、反応器への導入前に予め混合される。混合デバイスの例としては、機械的攪拌機を備えた槽、攪拌槽型反応器、連続攪拌槽型反応器、ポンプおよび静止型定常ミキサー(motionless stationary mixer)が挙げられる。反応は、混合デバイス中で開始させる。この発熱反応は熱を供給し、いくらかのエバポレーションが気泡反応器への導入時に起こる点まで蒸気圧を上昇させる。一部のエバポレーションは、第1混合デバイス(とりわけ、それが攪拌反応器である場合)中でも起こり得る。本発明の実施に特に有用な混合デバイスとしては、ホモジナイザー、コロイドミル、攪拌槽型反応器および遠心ポンプが挙げられる。
【0022】
脱塩化水素反応は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3、ならびに種々の異性体ブテン(例えば、1,2,4−トリクロロ−2−ブテン;2,3,4−トリクロロ−1−ブテン)、他のジクロロブタジエン異性体(例えば、1,2−および1,3−ジクロロブタジエン−1,3の両方のeおよびz異性体の両方)、および他の塩素化副生物(例えば、塩素化アルコール)を生成する。一方の異性体2,3,4−トリクロロブテン−1は、脱塩化水素を経て2,3−ジクロロブタジエン−1,3を生成する。2,3−ジクロロブタジエン−1,3および塩素化副生物の多くは、1,2,3,4−テトラクロロブタンよりも低い沸点を有する。したがって、蒸留による2,3−ジクロロブタジエン−1,3の単離をこの段階で行うとすると、2,3−ジクロロブタジエン−1,3と、1,2−および1,3−ジクロロブタジエン−1,3の両方のeおよびz異性体の両方との混合物が得られる。
【0023】
脱塩化水素反応は、水相および2,3−ジクロロブタジエン−1,3と塩素化副生物との混合物を含む有機相の少なくとも2つの相を有する混合物を生成する。塩素化副生物組成物は、塩素化ブテンおよび他の塩素化化合物、ならびに少なくとも1つのα−塩素置換基を有するジクロロブタジエン−1,3異性体を含有し得る。脱塩化水素反応が気泡反応器中で行われる場合、2,3−ジクロロブタジエン−1,3と;塩素化副生物と;未反応の1,2,3,4−テトラクロロブタンと;中間体と;水とを含む混合物が最初の脱塩化水素工程において生成され、この混合物は蒸発して単一の気相を形成し、この気相は凝縮させると水相および有機相を形成する。
【0024】
脱塩化水素反応の所望の生成物である2,3−ジクロロブタジエン−1,3を精製し単離するために、2,3−ジクロロブタジエン−1,3と塩素化副生物組成物との混合物を含有する相は、通常、そして好ましくは水相から分離され、さらに処理される。この分離は、任意の手段により行われ得るが、好ましくは、蒸留または水蒸気蒸留、それに続くデカンテーションまたは遠心分離によって行われ得る。気泡反応器が利用される場合、2,3−ジクロロブタジエン−1,3と副生物組成物との混合物を含有する相は、水と一緒に蒸発する。2,3−ジクロロブタジエン−1,3、副生物、未転化の反応物および中間体ならびに水を含有する気相は、塔頂で凝縮させる。2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含有する有機相は、デカンテーションまたは遠心分離により分離され得る。
【0025】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含有する相は、いったん水相から分離して、好ましくはイオン性触媒の存在下で、塩素ガスと接触させる。あるいは、水相と有機相の両方を含有する第1の反応生成物は、それらの相を分離せずに、塩素ガスと接触させ得る。収率がより高く、その後の生成物単離がより扱い易くなることから、両相を分離する前者の方法の方が好ましい。
【0026】
塩素化工程において有用なイオン性触媒は、塩化物塩の形態、または反応混合物の成分と反応してインサイチュで塩化物塩を生成する物質(すなわち触媒前駆体)の形態で反応混合物に添加され得る塩素イオン源である。この反応のイオン性触媒として作用する適切な化合物の代表的な例には、第四級アンモニウム塩化物、第四級ホスホニウム塩化物および三元スルホニウム塩化物がある。第一アミン、第二アミン、または第三アミンの塩酸塩も利用し得る。添加されてインサイチュで触媒を生成し得る物質の例としては、第一、第二、もしくは第三のいずれかのアミン、あるいは類似のホスフィン類または硫化物類が挙げられる。これらの化合物は、反応混合物中の塩素置換された材料のうちの1種以上、または塩化水素と反応して塩素イオン源を形成し得る。塩素イオンの前駆体の他の例には、アニオンが塩素イオンではないが、反応媒体中でイオン交換反応を行って塩素イオンを生成し得る塩がある。第四級アンモニウム塩化物は、界面活性剤として一般に市販されていることから、好ましい触媒種である。代表的な第四級アンモニウム化合物としては、ブチルトリエチルアンモニウム塩化物、ジラウリルジメチルアンモニウム塩化物、アミルトリエチルアンモニウム塩化物、テトラオクチルアンモニウム塩化物、ヘキシルトリメチルアンモニウム塩化物などが挙げられる。好ましい第四級ホスホニウム化合物としては、例えば、テトラブチルホスホニウム塩化物、メチルトリオクチルホスホニウム塩化物、トリメチルオクタデセニルホスホニウム塩化物、およびトリエチル−(2−ブロモエチル)ホスホニウム塩化物が挙げられる。触媒として用いられ得るスルホニウム化合物としては、トリメチルスルホニウム塩化物、ジヘキシルエチルスルホニウム塩化物、ジヘキシルエチルスルホニウム塩化物、メチルジオクタデシルスルホニウム塩化物、ジブチルプロピルスルホニウム塩化物およびシクロヘキシルジメチルスルホニウム塩化物が挙げられる。例えば、次いで反応して反応混合物中で塩素イオン源を生成し得る遊離塩基としてアミンを添加することによりインサイチュで触媒を生成することは、通常、より好都合である。ピリジンは、触媒前駆体として特に有用である。反応媒体中でインサイチュで触媒を生成する他の化合物には、カルボン酸アミド(例えば、ホルムアミド、アセトアミド、2−ピロリドン、2−ピペリドン、およびN−ブチルアセトアミド)がある。他の有用な触媒前駆体としては、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン−1,8およびN−メチルピロリドンが挙げられる。触媒前駆体濃度は、一般的に、反応混合物中の液体の量を基準にして20ppm〜200ppmの範囲にわたる。しかしながら、個々の触媒にもよるが、1%もの濃度で使用され得る。
【0027】
本方法は、必ずしもそうではないが、好ましくは、フリーラジカル阻害剤の存在下で行われる。慣用のフリーラジカル阻害剤としては、酸素、フェノール(例えば、4−tert−ブチルカテコール)、芳香族アミン(例えば、フェニルα−ナフチルアミン、フェノチアジン、およびN’−ニトロソジフェニルアミン)、および他の阻害剤(例えば、硫黄)が挙げられる。実際的な阻害剤濃度は、反応混合物中に含まれる液体の量を基準にして約20〜80ppmであることが見出された。
【0028】
塩素は、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは96%の純度を有する。塩素化の間に用いられる条件は、塩素と接触させることになる組成物中に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%以下をさらに塩素化させるにすぎないようなものである。
【0029】
より低い純度の塩素が用いられると、収率が、例えば5%も低下することが見出された。さらに、塩素の商業的供給源に含まれることのある不活性な汚染物質(例えば、二酸化炭素、塩化水素、窒素)の存在は、さらなる処理装置および方法が必要となる環境を脅かす要因となり得、それにより費用および複雑さを増大し得る。
【0030】
塩素化反応は、種々ある反応器のうちの任意の反応器で行われ得る。例えば、栓流反応器、連続攪拌槽型反応器、気泡塔反応器、ループ反応器、およびバッチ反応器が用いられ得る。栓流反応器およびバッチ反応器が好ましい。連続攪拌槽型反応器は、収率が損なわれるため好ましくない。これは、この種の反応器においてはβ−塩素置換基のみを含有する所望の異性体生成物の塩素化が増大するためである。十分な触媒を用いると、反応は極めて迅速であり、高温のホットスポットの形成が、ジャケット付き栓流反応器を用いてホットスポット温度を制御することを必要とし得る。ホットスポット位置でのプロセス滞留時間を最小限に抑えるべきであり、125℃を超える温度を数秒に制限して2,3−ジクロロブタジエン−1,3モノマーの二量体化を最小限に抑えるべきである。ジャケット付き栓流反応器を用いる場合、塩素化反応が行われた後に、周囲温度より低い(例えば、0℃より低い)温度へのプロセス液の冷却を可能にするのに十分な長さの滞留時間を有することが好都合である。一般的に、塩素化反応は、0℃と150℃の間の温度で行われる。
【0031】
脱塩化水素反応の塩素化副生物中に含まれる塩素化ブテンは、塩素に対して2,3−ジクロロブタジエン−1,3よりも反応性が高い。その結果、塩素化ブテンと2,3−ジクロロブタジエン−1,3との混合物の塩素化は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3と高度に塩素化された副生物組成物との混合物である反応生成物の生成をもたらすことになる。結果として生じる高度に塩素化された副生物組成物は、2,3−ジクロロブタジエン−1,3よりもかなり高い沸点を有する化学種から成る。2,3−ジクロロブタジエン−1,3と、対する副生物の塩素化ブテン異性体および他の塩素化された化学種との塩素化に関する反応性の差異の大きさは著しく、予想外である。この反応性の差異の源は、α−塩素置換基および対するβ−塩素置換基の存在に関連する化学構造の差異であると考えられるが、その大きさは、普通に予想され得る大きさを超える。この予想外の差異のため、脱塩化水素反応の塩素化副生物が2,3−ジクロロブタジエン−1,3と比較して優先的に塩素化される条件下において、塩素化反応を行うことが可能である。つまり、副生物組成物はさらに塩素化されるが、一緒に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3のさらなる塩素化は20%未満に制限されるような条件下で、塩素化反応を行うことが可能である。好ましくは、一緒に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3の10%未満がさらに塩素化され、さらに好ましくは、一緒に含まれる2,3−ジクロロブタジエン−1,3の5%未満が塩素化される。
【0032】
そのような結果を得るための典型的な条件としては、上記反応器中での2,3−ジクロロブタジエン−1,3および塩素化副生物を含む組成物と、この組成物中に含まれるα−塩素置換基を有する塩素化ブテン1モル当たり0.5モルと3.0モルの間の塩素である量の塩素との反応が挙げられる。好ましくは、α−塩素置換基を有する塩素化ブテン1モル当たり0.75モルと2.5モルの間の塩素が用いられ、最も好ましくは、α−塩素置換基を有する塩素化ブテン1モル当たり0.85モルと2.25モルの間の塩素が用いられる。
【0033】
塩素化副生物組成物の高度に塩素化されているという性質のため、反応生成物は、比較的純粋な2,3−ジクロロブタジエン−1,3の画分と、濃縮された高度に塩素化された副生物とに容易にかつ経済的に分離される。分離(すなわち、単離)は、例えば、沸点が低い方の2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含有する画分を急蒸発させて取り出すか、または副生物を凝固させて取り除くことにより達成され得る。沸点が低い方の画分を急蒸発させる方が好ましい。2,3−ジクロロブタジエン−1,3の沸点と高度に塩素化された副生物の多くのものの沸点とは、複合蒸留塔が必要でなく、高純度の(すなわち、90%以上の純度を有する)生成物が4未満の理論分別段数で達成され得る程度まで異なる。
【0034】
本発明の方法は、1,2,3,4−テトラクロロブタンから、α炭素にて塩素を含有するジクロロブタジエンを相対的に含まない2,3−ジクロロブタジエン−1,3組成物を得るための効率的な手段を提供する。先行技術の方法を用いては、塩素化副生物組成物からの分離が本発明の方法の場合と同程度に効率的でかつ経済的であるというようには1,2,3,4−テトラクロロブタンから2,3−ジクロロブタジエン−1,3を製造することはできなかった。また、先行技術の方法を用いては、α塩素置換基を含有する2種、3種または4種の異性体副生物ではなく、α塩素置換基を含有する1種の顕著な異性体副生物のみを含有する生成物の製造をもたらすようには1,2,3,4−テトラクロロブタンから2,3−ジクロロブタジエン−1,3を製造することはできなかった。
【0035】
本発明は、以下の特定の実施形態の実施例によりさらに説明される。
【実施例】
【0036】
実施例1
圧搾空気式攪拌機を備えた反応器に、100モル部のメソ−1,2,3,4−テトラクロロブタン、ビス(β−ヒドロキシプロピル)ココ−ベンジルアミン塩化物相間移動触媒および水中フェノチアジンの水性混合物を加えた。この混合物中の相間移動触媒の量は、総有機物供給量を基準にして1重量%であり、混合物中のフェノチアジンの量は、総有機物供給量を基準にして2000重量百万分率であった。混合物の温度を80℃に調節し、次いで、この有機混合物に、220モル部の水溶液中水酸化ナトリウム(18重量%水酸化ナトリウム)を約10分間かけて添加した。反応器の温度を生成物のエバポレート除去により、60℃と80℃の間に制御した。水酸化ナトリウム溶液の添加を開始してから約30分後に反応が止まるまで、蒸気を塔頂から取り出し、凝縮した。塔頂凝縮液をデカントして、水相から有機液相を分離した。有機相は72.4モル%の2,3−ジクロロブタジエン−1,3、2.5モル%の1,2,4−トリクロロ−2−ブテン、0.9モル%の2,3,4−トリクロロブテン−1、1.0モル%の未反応のメソ−テトラクロロブタン、20.9モル%の他のジクロロブタジエン異性体および2.3モル%の未同定の化合物を含んでいた。
【0037】
有機相を攪拌型反応器に導入し、1重量%のN−メチルピロリドンを添加した。周囲温度の高純度塩素のレクチャーボトル(純度99.9%)からの塩素蒸気をこの液に通気し、アリコートを時々取り出して組成をモニタリングした。2種のジクロロブタジエン異性体のみがガスクロマトグラフ分析により検出され得るまで、塩素を流し続けた。次いで、この混合物を60℃に加熱し、ガスクロマトグラフ分析により決定されるヒール(heel)中のジクロロブタジエン異性体のレベルが、10%未満に減少するまでエバポレートした。塔頂蒸気を凝縮させた。凝縮生成物は、95%の2,3−ジクロロ−1,3−ブタジエンおよび5%の別のジクロロブタジエン異性体を含んでいた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を製造するための方法であって、
A.1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物を少なくとも10-9のKbを有する塩基を含む水性混合物と、前記1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度で接触させ、それにより、1)a)2,3−ジクロロブタジエン−1,3とb)2,3−ジクロロブタジエン−1,3以外の塩素化ブテンを含む塩素化副生物との混合物を含む第1の相および2)水相を含む第2の相の少なくとも2つの相を有する第1の反応生成物を生成する工程と;
B.前記第1の相を前記水相から分離する工程と;
C.前記水相から分離した後に、前記第1の相を、前記塩素化副生物をさらに塩素化するには十分ではあるが、前記第1の相に含まれる前記2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な量の塩素と接触させて、それにより、第2の反応生成物を生成する工程と;
D.前記第2の反応生成物から2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を単離する工程であって、前記組成物の総重量を基準にして前記組成物の少なくとも90重量%が2,3−ジクロロブタジエン−1,3である、工程と
を含む、方法。
【請求項2】
工程Aを相間移動触媒の存在下で行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程Cをイオン性触媒の存在下で行う、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
工程Aを気泡反応器中で行う、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3;塩素化副生物;未反応の1,2,3,4−テトラクロロブタン;中間体;および水を含む混合物が工程Aにおいて生成され、前記混合物は蒸発して単一の気相を形成し、前記気相は凝縮させると水相および有機相を形成する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物であって、
A.1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物を少なくとも10-9のKbを有する塩基を含む水性混合物と、前記1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度で接触させ、それにより、1)a)2,3−ジクロロブタジエン−1,3とb)2,3−ジクロロブタジエン−1,3以外の塩素化ブテンを含む塩素化副生物との混合物を含む第1の相および2)水相を含む第2の相の少なくとも2つの相を有する第1の反応生成物を生成する工程と;
B.前記第1の相を前記水相から分離する工程と;
C.前記水相から分離した後に、前記第1の相を、前記塩素化副生物をさらに塩素化するには十分ではあるが、前記第1の相に含まれる前記2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な量の塩素と接触させ、それにより、第2の反応生成物を生成する工程と;
D.前記第2の反応生成物から2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を単離する工程であって、前記組成物の総重量を基準にして前記組成物の少なくとも90重量%が2,3−ジクロロブタジエン−1,3である、工程と
を含む方法によって調製される、組成物。
【請求項7】
工程Aが相間移動触媒の存在下で行われる、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
工程Cがイオン性触媒の存在下で行われる方法によって調製される、請求項6に記載の組成物。
【請求項9】
工程Aが気泡反応器中で行われる方法によって調製される、請求項6に記載の組成物。
【請求項10】
2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を製造するための方法であって、
A.1,2,3,4−テトラクロロブタンを含む組成物を少なくとも10-9のKbを有する塩基を含む水性混合物と、前記1,2,3,4−テトラクロロブタンを脱塩化水素するのに十分な温度で接触させ、それにより、1)a)2,3−ジクロロブタジエン−1,3とb)2,3−ジクロロブタジエン−1,3以外の塩素化ブテンを含む塩素化副生物との混合物を含む第1の相、および2)水相を含む第2の相の少なくとも2つの相を有する第1の反応生成物を生成する工程と;
B.前記第1の反応生成物を、前記塩素化副生物をさらに塩素化するには十分であるが、前記第1の相に含まれる前記2,3−ジクロロブタジエン−1,3の20%超をより高度に塩素化された化学種に転化させるには不十分な量の塩素と接触させ、それにより、第2の反応生成物を生成する工程と;
C.前記第2の反応生成物から2,3−ジクロロブタジエン−1,3を含む組成物を単離する工程であって、前記組成物の総重量を基準にして前記組成物の少なくとも90重量%が2,3−ジクロロブタジエン−1,3である、工程と
を含む、方法。
【請求項11】
前記塩素が少なくとも96%の純度を有する、請求項1、6または10に記載の方法。

【公表番号】特表2011−507873(P2011−507873A)
【公表日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−539737(P2010−539737)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【国際出願番号】PCT/US2008/087186
【国際公開番号】WO2009/085837
【国際公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(597035953)デュポン パフォーマンス エラストマーズ エルエルシー (44)
【Fターム(参考)】