説明

9位過酸化脂肪酸の製造方法

【課題】生体触媒を利用して9位過酸化脂肪酸を製造する方法の提供。
【解決手段】以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、多価不飽和脂肪酸の9位を過酸化する工程を含む9位過酸化脂肪酸の製造方法。(a)シロイヌナズナ由来の特定のアミノ酸配列からなるタンパク質。(b)上記アミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質。(c)上記アミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多価不飽和脂肪酸の9位過酸化誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リポキシゲナーゼ(LOX)は、リノール酸、リノレン酸(炭素数18)やアラキドン酸(炭素数20)などの1,4−ペンタジエン構造を持つ不飽和脂肪酸に分子状酸素を直接導入し、ヒドロペルオキシ基(−OOH)を生成する活性を有しており、植物をはじめ、動物やカビ・酵母などの真核微生物等に存在することが知られている(非特許文献1)。動物においては、アラキドン酸からプロスタグランジンが生成する過程でこの酵素が関与していることから、最も研究が進んでいる(非特許文献2)。
【0003】
植物のリポキシゲナーゼについては、α−リノレン酸、リノール酸等の炭素数18の不飽和脂肪酸を基質として、9位と13位の2つの生成物特異性を示すものに分類されることが知られている(例えば、非特許文献1、非特許文献3)。これまでに、ポテト、ダイズ、トマト、エンドウ豆、オオムギ、コムギ、トウモロコシ、キュウリ等に9位及び/又は13位生成物特異性リポキシゲナーゼが存在することが知られており、いくつかのcDNAも単離されている。しかしながら、主に研究がなされているのは、植物ホルモンとして注目されているジャスモン酸の代謝経路に関係する13位特異性のリポキシゲナーゼであり、9位生成物特異性リポキシゲナーゼについての研究は比較的少ない。
【0004】
リポキシゲナーゼは、ロイコトリエン関連化合物等の生理活性物質の生産、小麦粉の色相改善、製パン特性の向上または洗浄剤成分としての利用などが知られている。
また、多価不飽和脂肪酸の9位過酸化誘導体は、揮発性の天然フレーバー及びフレグランス成分や、植物成長調整剤(特許文献1及び2)の原料となりうる。例えばα−リノレン酸の9位過酸化誘導体からはヒドロペルオキシドリアーゼを作用させることにより、トランス−2−シス−6−ノナジエナール、トランス−2−シス−6−ノナジエン−1−オール、シス−3−シス−6−ノナジエナール、シス−3−シス−6−ノナジエン−1−オールなどのスイカ、キュウリ、メロンの香気成分を得ることができ、アレンオキシドサイクラーゼを作用させることにより、α−ケトール脂肪酸などの植物成長調整剤を得ることができる。
【0005】
上記9位過酸化脂肪酸をα-リノレン酸やリノール酸などを原料に酵素合成によって製造する場合、9位生成物特異性リポキシゲナーゼが必須である。しかしながら9位生成物特異性リポキシゲナーゼは商業的に入手できず、植物から抽出するにも材料の入手や処理に大変手間がかかることから、遺伝子組換えを用いた酵素の大量調製の技術の確立が望まれていた。9位生成物特異的リポキシゲナーゼについては、イネの胚芽やバナナに多く存在することが知られ(非特許文献4及び5)、イネにおいては9位生成物特異性リポキシゲナーゼのcDNAが単離され、配列が決定されている(非特許文献6)。また、大腸菌内でイネ・リポキシゲナーゼの発現を行い調製した酵素溶液にて9位過酸化α−リノレン酸の製造が試みられている(特許文献3)。
【特許文献1】特開平9−295908号公報
【特許文献2】特開平11−029410号公報
【特許文献3】特開2002−325577号公報
【非特許文献1】内山充ら、過酸化脂質と生体、23-26, 1985, 学会出版センター
【非特許文献2】山本尚三、蛋白質核酸酵素、44, 1132-1138, 1999
【非特許文献3】Eur. J. Biochem. 1991;199:451-457
【非特許文献4】Lipids 1980;15:1-5、Agric. Biol. Chem. 1980;44:443-445
【非特許文献5】J. Agric. Food Chem. 2006;54:3151-3156
【非特許文献6】Plant Cell Physiol. 2003;44:1168-1175
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、反応性の高い9位生成物特異性リポキシゲナーゼ、及びこれを用いた9位過酸化脂肪酸の製造方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、9位生成物特異性リポキシゲナーゼを探索したところ、NCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/gquery)にて13位リポキシゲナーゼと登録されているシロイヌナズナ由来LOX1が、予想に反して9位過酸化反応を触媒することを明らかとした。また、現在知られている9位生成物特異的リポキシゲナーゼのcDNAを大腸菌で発現すると、多くが不溶性となり活性を示すタンパク質を大量に得られないにもかかわらず、シロイヌナズナ由来LOX1では大腸菌内で良好な活性体として発現でき、本LOX1を用いることにより9位過酸化脂肪酸を効率的に製造できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、多価不飽和脂肪酸の9位を過酸化する工程を含むことを特徴とする9位過酸化脂肪酸の製造方法を提供するものである。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
また、本発明は、以下の(a)〜(c)から選択される9位生成物特異性リポキシゲナーゼを提供するものである。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、多価不飽和脂肪酸の9位過酸化誘導体を効率的に製造することができる。従って、本発明は、揮発性の天然フレーバー及びフレグランス成分や、植物成長調整剤の原料を製造するための方法として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の9位過酸化脂肪酸の製造方法は、以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質からなる9位生成物特異性リポキシゲナーゼが使用される。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
【0011】
ここで、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(9位生成物特異性リポキシゲナーゼ)は、NCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/gquery)の照会番号GO0016165にて13位リポキシゲナーゼと登録されているシロイヌナズナ由来LOX1に相当する。当該タンパク質と他の9位生成物特異性リポキシゲナーゼとのアミノ酸配列の同一性は、ポテト由来のPotato tuber LOXとは66.3%、タバコ由来のTabaco LOXとは68.5%、大麦由来のBarley grain LOX−Aとは55.6%、イネ由来のRice LOX1とは56.4%である。
【0012】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、シロイヌナズナから単離し得るが、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列を挿入した発現ベクターを導入した組換え宿主より製造することもできる(後記実施例1参照)。特に、大腸菌内において、イネ由来9位生成物特異性リポキシゲナーゼ(Rice LOX1、特開2002−325577号公報)に比べて良好な活性体として発現される(実施例2参照)。
【0013】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同一なタンパク質もまた、本発明で使用される脂肪酸9位過酸化酵素に包含される。「実質的に同一なタンパク質」とは、脂肪酸9位過酸化活性を有する限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列において1又は数個、例えば、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をいう。
【0014】
「実質的に同一なタンパク質」としてはまた、脂肪酸9位過酸化活性を有する限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列と、70%以上の配列同一性、好ましくは80%以上の配列同一性、より好ましくは85%以上の配列同一性、さらに好ましくは90%以上の配列同一性、さらにより好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。アミノ配列の同一性は、例えば、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,227,1435(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search Homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0015】
所与のタンパク質と実質的に同一なタンパク質は、公知の技術によって取得される。例えば、実質的に同一なタンパク質は、部位特異的変異法によって、所与のタンパク質のアミノ酸配列から特定の部位のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加等されるようにそのタンパク質の遺伝子の塩基配列を改変することによって得られる。また、上記のような改変された塩基配列を有するポリヌクレオチドは、従来知られている他の突然変異処理によっても取得できる。他の突然変異処理としては、配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNAをヒドロキシアミン等でインビトロ処理する方法、及び配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNAを保持する微生物等を紫外線照射もしくはニトロソグアニジン等の通常人工突然変異に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。
【0016】
また、上記のような塩基の置換、欠失、挿入、若しくは付加等の改変には、微生物の種あるいは菌株による差等、天然に生じる改変も含まれる。上記のような改変を有するDNAを適当な細胞で発現させ、発現産物の酵素活性を調べることにより、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同一のタンパク質及びそれをコードするDNAが得られる。
【0017】
本発明における「脂肪酸9位過酸化活性」とは、1,4−ペンタジエン構造を持つ多価不飽和脂肪酸の9位に分子状酸素を直接導入し、ヒドロペルオキシ基(−OOH)を生成する活性をいう。
【0018】
本発明の9位過酸化脂肪酸の製造方法は、上記の9位生成物特異性リポキシゲナーゼを含む生体触媒を用いて多価不飽和脂肪酸の9位過酸化反応(9位にヒドロペルオキシ基を導入する工程)を含むものである。すなわち、多価不飽和脂肪酸を、上記の9位生成物特異性リポキシゲナーゼを含む生体触媒と接触させることにより9位に分子状酸素を導入し、過酸化反応終了後、反応混合物から目的の9位過酸化脂肪酸を単離することにより行うことができる。
【0019】
本発明の方法において、生体触媒は、上記の9位生成物特異性リポキシゲナーゼを含む限り、任意の形態で用いられ得る。これらの酵素を含む生体触媒としては、例えば、本発明の酵素を産生する動物細胞、植物細胞、微生物菌体(生菌体、死滅菌体、休止菌体若しくは静止菌体等)等の生体細胞、又はその培養物;本発明の酵素を含むオルガネラ(細胞小器官);上記生体細胞やオルガネラのホモジネート又は抽出物;粗酵素;及び精製酵素等が挙げられる。上記の本発明の酵素を産生する生体細胞等は、天然に存在するものであっても、遺伝子操作を初めとする種々の方法で改変された変異体であってもよい。これらの生体触媒は、単独で使用されても組み合わせて使用されてもよく、また、そのまま使用されてもよいが、溶液、懸濁液等の液体形態や、任意の固相担体に固定された形態であってもよい。
【0020】
固相担体に固定された生体触媒としては、上記生体触媒を、任意の水不溶性固相担体に公知の方法に従って固定したものが挙げられる。生体触媒を固形担体に固定化することにより、バッチ反応における回収・再使用が容易で、かつ半連続、連続反応にも容易に使用可能となることから、長期且つ繰り返して使用可能な固定化生体触媒が得られる。
【0021】
担体への結合法としては、例えば、特開平11−192096号公報に記載されるような、物理的吸着法、イオン結合法、共有結合法、架橋法、包括法又はこれらの組み合わせが挙げられる。結合に用いられる担体としては、例えば、以下:活性炭、多孔性ガラス、酸性白土、漂白土、カオリナイト、アルミナ、シリカゲル、ベントナイト、ヒドロキシアパタイト、リン酸カルシウム、金属酸化物のような無機物質;デンプン、グルテンのような天然高分子;多孔性の合成樹脂;セラミック;限界濾過膜や限界濾過膜でできた中空糸;疎水基をもつブチル−ヘキシルセファデックス;タンニンをリガンドとするセルロース誘導体;イオン交換基をもった多糖類(DEAE−Sephadex);イオン交換樹脂;天然又は合成高分子のゲル又はマイクロカプセルが挙げられる。
【0022】
本発明の方法においては、必要に応じて、上記の脂肪酸9位過酸化酵素とともに、適切な酵素、その他の本発明の過酸化反応に必要な物質が用いられる。例えば、過酸化反応の副産物として生じる活性酸素や過酸化水素の無毒化を目的とし、スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ等が用いられる。上記動物、植物細胞、オルガネラ、微生物菌体等は、LOXを保護する上記の酵素系を含有している点で、好ましい生体触媒である。
【0023】
以上に示した生体触媒を用いた本発明の方法による9位過酸化脂肪酸の製造は、化学的手法に比べてマイルドな条件で行うことができる。例えば、生体触媒に含まれる本発明の酵素と原料の多価不飽和脂肪酸との反応においては、pHは通常、本発明の酵素の至適pH(pH6〜10、好ましくはpH7〜9)付近に緩衝液を用いて調整される。反応温度は10〜40℃、好ましくは20〜30℃である。反応時間は、1分〜24時間、好ましくは10分〜16時間である。反応系には、原料の多価不飽和脂肪酸の溶解性を向上させる為に、適宜ノニオン、アニオン、カチオン、両性等の界面活性剤を添加してもよい。同様に、多価不飽和脂肪酸の溶解性向上の為に有機溶媒を添加してもよい。これらの有機溶媒は、酵素活性を阻害せず、原料脂肪酸を溶解するものであれば、いずれの溶媒も使用可能である。具体例としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類等の極性溶媒、ピリジン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、キノリン等の含窒素溶媒、ジメチルスルホキシド等の含硫黄溶媒、芳香族や飽和、不飽和炭化水素等の非極性溶媒等が使用され得るが、エタノール5%添加が最も好ましい。
【0024】
生体触媒として生体細胞培養物を利用する場合、例えば、当該培養物に原料多価不飽和脂肪酸を添加することができる。9位過酸化反応に必要な補酵素等は、細胞内のものを利用すればよいが、必要に応じて培養物中に添加してもよい。原料及び適切な物質を添加した培養物を、適切な培養条件下で一定時間保持することにより、培養物中の本発明の酵素と多価不飽和脂肪酸とが反応し、9位過酸化脂肪酸が生成される。上記適切な培養条件及び時間は、用いる細胞の種類によって異なるが、当業者の通常の知識に従って適宜設定すればよい。
【0025】
本発明における多価不飽和脂肪酸とは、分子内に二重結合を2個以上有する(1,4−ペンタジエン構造を持つ)脂肪酸の総称である。本発明の製造方法においては、炭素数が18〜22のものが好適であり、更に分子内に二重結合を2〜6個有するものが好適である。具体的には、例えばリノール酸、α−リノレン酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、及びそのナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。これらの原料多価不飽和脂肪酸は、単独もしくは組み合わせて使用され得る。
【0026】
本発明の方法により製造される9位過酸化脂肪酸の例としては、上記の原料脂肪酸の9位にヒドロペルオキシ基が導入されたものが挙げられる。
【0027】
斯くして製造された9位過酸化脂肪酸は、反応終了後、反応系から単離され、回収される。単離は、当該分野で公知の任意の方法によって行うことができる。例えば、反応物を遠心又は濾過することによって、生成物を生体触媒から分離し、その後、クロマトグラフィーを行うことによって、高純度な生成物を含む画分を得ることができる。
【実施例】
【0028】
以下に本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
実施例1 シロイヌナズナ由来LOX1の取得
(i)大腸菌によるLOX1の発現
タンパク質生産用宿主としてEscherichia coli BL21Star (DE3)(インビトロジェン)を用いた。LOX1を高発現するベクターであるpETLOX1は、LOX1遺伝子をpET21a(ノバジェン)のマルチクローニングサイトに挿入したプラスミドである。LOX1遺伝子の増幅は市販シロイヌナズナcDNAライブラリー(インビトロジェン)を鋳型とし、プライマーとしてrbsLOX1/SalI FW、LOX1/XhoI RVを使用して行った(配列番号2,3)。PCRにはPyrobest DNAポリメラーゼ(タカラバイオ)を用いた。PCRの組成は添付のプロトコールに従った。PCR条件は、98℃ 1分の後に、98℃ 10秒、55℃ 30秒、72℃ 3分のサイクルを25回行った。増幅した約2.7kbpのDNA断片をSalI、XhoIで処理し、pET21aのSalI、XhoIサイトに挿入した。pETLOX1が導入された大腸菌の形質転換体を以下の様に培養し、タンパク質の発現誘導を行った。即ち、アンピシリン100ppmを含むLB培地5mL(大型試験管を使用)に1白金耳の形質転換体を植菌し、37℃、250rpmで一晩培養し種培養液とした。種培養液をアンピシリン100ppmを含むLB培地500mL(500mL坂口フラスコに100mL仕込み、計5本)に1%(v/v)植菌し、37℃、150rpmでOD600=約0.4になるまで振盪培養した。次に終濃度としてイソプロピル−β―D−ガラクトピラノシド(IPTG)を0.5mM、FeCl3・6H2Oを0.001%となるよう添加し、更に17℃、120rpmで20時間振盪培養した。培養液を4℃、8000rpmで15分間遠心して集菌し、50mM Tris−HCl (pH8.0)緩衝液10mLで1回洗菌を行った。
【0029】
(ii)組換えタンパク質の精製
回収した菌体を、コンプリートミニEDTAフリー(ロシュ)を1錠/10mLとなるように溶解させた50mM Tris−HCl (pH8.0)7mLに懸濁し、懸濁液中の菌体を超音波破砕した後、破砕液を4℃、15000rpmで15分間遠心し、上清6.7mLを取得し組換えLOX1を含む菌体抽出液を得た。
【0030】
実施例2 組換えLOX1の活性確認
実施例1記載のように調製した酵素液を用いて、リポキシゲナーゼの活性を測定した。10mMのα-リノレン酸Na水溶液(0.1% Tween80を含む)0.25mL、0.2Mのリン酸Na緩衝液(pH7)0.1mL、蒸留水0.145mLを15mL容量のチューブに入れ、25℃で5分間振盪した。その後、酵素液0.005mLを加え、5分間振盪反応した。酵素液添加時および5分後に0.2mLずつ抜き取り、0.1mLの1M HCl溶液を入れた15mLチューブ中にそれぞれ加えた。そこに、ヘキサン:エタノール(10:1)溶液5mLをそれぞれ加え、1分間良く混和した。活性は、上層の有機相における吸光度(234nm)の増加により算出した。この吸収は、生成したヒドロペルオキシド体のジエン構造(分子吸光係数:25000M-1cm-1)に基づく。その結果、234nmの吸光度は、5分後の値から酵素液添加時の値を引くと、1.307−0.079=1.23増加した。1分で1μmolのヒドロペルオキシド体を生成する活性を1unitとすると、調製した酵素溶液1μLあたりの活性は0.0246unit/μL、大腸菌培養終了時の培養液あたりの活性に変換すると329.6unit/Lとなる。一方、プラスミドを持たない宿主大腸菌BL21(DE3)を培養・集菌して得られた粗抽出液を用いた場合、吸光度の増加はまったく認められなかった。イネ由来9位特異的リポキシゲナーゼを大腸菌で発現させている特開2002−325577号公報によると、大腸菌培養終了時の培養液あたりの活性は188.9unit/Lであり、本発明記載のシロイヌナズナ由来LOX1は、大腸菌での活性発現に適したリポキシゲナーゼであることが判明した。
【0031】
実施例3 組換えLOX1の過酸化位置の特定
LOX1による脂肪酸過酸化位置の決定を順相HPLCにて行った(Current Microbiology (2007)54:315-319)。リノール酸はWako製99%品を用いた。酵素反応は以下のように行った。終濃度として、50mM Tris−HCl(pH9.0)、LOX1を含む菌体抽出液もしくは大豆リポキシゲナーゼ(SIGMA)(1g/L)を50μL/mLになるよう調製し、25℃で2分インキュベートした。インキュベートした溶液に1.0g/Lリノール酸(エタノールに溶解)を添加し、25℃、150rpmで16時間インキュベートした。反応液に濃塩酸を2%(v/v)添加した後、酢酸エチル5%(v/v)で抽出した。
上記酢酸エチル抽出物を窒素パージして乾固しリノール酸の酸化物を得た。リノール酸の大豆LOX酸化物およびLOX1酸化物 2mgをクロロホルム:メタノール=2:1溶液1mLに溶解した後、トリフェニルホスフィン (TPP)100mgを添加、攪拌し、室温で2時間インキュベートした。サンプルを窒素パージして乾固した後、ヘキサン:イソプロパノール:酢酸=98:2:0.1溶液1mLに溶解させHPLC分析に供した。HPLCはカラムにZorbax SIL column 4.6×250mm (Agilent)、溶離液にヘキサン:イソプロパノール:酢酸=98:2:0.1を用い、カラムオーブン温度30℃、流速1mL/min、注入量2μLの条件で行った。過酸化脂肪酸の標準物質として、自動酸化したリノール酸を用いた。リノール酸の自動酸化は、室温にてリノール酸に1週間空気を通気することにより調製した。その結果、リノール酸のLOX1反応物より9−ヒドロペルオキシ−(E,Z)−10,12−オクタデカジエン酸が認められ、かつ13位過酸化物由来のピークは認められなかったことから、LOX1は9位特異的リポキシゲナーゼであることが明らかとなった(図1)。尚、ピークの同定は先行文献(Current Microbiology (2007)54:315-319)の情報より行った。
【0032】
実施例4 9−ヒドロペルオキシ−(E,Z)−10,12−オクタデカジエン酸の製造
100mL容の大型試験管にリノール酸 10mgを取り、そこに1M Tris−HCl(pH9)1mL、及び実施例1にて調製したLOX1酵素溶液0.5mL、MilliQ水8.5mLを加え、25℃、スターラーを用い400rpmにて3時間攪拌した。反応終了後、濃塩酸200μLを添加した後、ヘキサン:エタノール(10:1)溶液10mLを加え、1分間混和した。また、反応開始時より濃塩酸200μLを加え、酵素反応を進行させない系を対照とした。上層の有機相を回収し、窒素パージして乾固したところ、LOX1反応産物から4.3mg、対照から4.0mgの固形物を得た。固形物を0.0043g/Lとなるようヘキサンで溶解し、234nmの吸収を測定したところ、LOX1反応産物は0.324、対照は0.039であった。対照との234nmの吸光度の差は0.285であり、この値より過酸化脂質量を換算した結果、3.6mgの9−ヒドロペルオキシ−(E,Z)−10,12−オクタデカジエン酸を得た(純度83.7%、収率36%)。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】順相HPLCによる、組換えシロイヌナズナ由来LOX1の過酸化位置の同定(LOX反応物の順相HPLC分析結果)。A:リノール酸自動酸化物の還元産物、B:リノール酸大豆LOX過酸化物の還元産物、C: リノール酸LOX1過酸化物の還元産物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、多価不飽和脂肪酸の9位を過酸化する工程を含むことを特徴とする9位過酸化脂肪酸の製造方法。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号1で示されるアミノ配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
【請求項2】
原料の多価不飽和脂肪酸が炭素数18〜22の脂肪酸である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
以下の(a)〜(c)から選択される9位生成物特異性リポキシゲナーゼ。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸9位過酸化活性を有するタンパク質

【図1】
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【公開番号】特開2010−110246(P2010−110246A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−284504(P2008−284504)
【出願日】平成20年11月5日(2008.11.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】