説明

BACクローンを用いる肝細胞癌の発生リスク評価方法及び予後予測方法

【課題】肝細胞癌の発生リスク及び予後不良リスクを決定するための新規な方法を提供する。
【解決手段】本発明は、(a)被験体の肝組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌発生関連領域又は肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が発癌高リスク群又は予後不良群に分類されるか否かを決定するステップを含む、肝細胞癌の発生リスク又は予後不良リスクを検出する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞癌発生関連領域でのDNAメチル化の有無を決定することを含む、肝細胞癌の発生リスクの評価方法に関する。また、本発明は、肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化の有無を決定することを含む、肝細胞癌の予後不良リスクの検出方法に関する。特に、本発明は、特定のBACクローンに含まれるゲノム領域でのDNAメチル化の有無を決定することを含む、肝細胞癌の発生リスクの評価方法及び予後不良リスクの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞癌は、主要な発生要因が明らかになっている癌の種類の1つである。最も多い要因は、肝炎ウイルスの持続感染である。ウイルスの持続感染によって、肝細胞で長期にわたって炎症と再生が繰り返されるうちに、遺伝子の突然変異が蓄積し、肝細胞癌の発生に至ると考えられている。肝炎ウイルスにはA型、B型、C型、D型、E型などの種類があり、肝細胞癌に関連するのは主にB型及びC型の2種類である。
【0003】
世界中で発生する肝細胞癌の約75%がB型肝炎ウイルス(HBV)及びC型肝炎ウイルス(HCV)の持続感染によるものである。日本では、肝細胞癌の80%がHCV、15%がHBVの持続感染に起因するものであると試算されている。
【0004】
慢性肝炎及び肝硬変症は肝細胞癌に対する前癌状態と考えられており、慢性肝炎及び肝硬変症の患者は長く経過観察される。慢性肝炎及び肝硬変症の患者で、肝細胞癌の発生リスクが高ければ、特に密に経過観察をして早期に肝細胞癌を発見し、手術療法等を行うべきである。よって、慢性肝炎又は肝硬変症のために経過観察中の患者の肝生検標本等の試料を用いた、将来肝細胞癌を発症するリスクを評価するための指標の開発が望まれる。
【0005】
また、上記のとおり肝細胞癌の主な原因は肝炎ウイルスの持続感染である。肝切除などの肝臓癌の治療は、その原因である肝炎ウイルスをも根絶するものではない。そのため、肝臓癌が一旦完治しても、再発する場合も少なからずある。再発を防止する方法について様々な試みがなされているが、確実な手段は未だ開発されていない。したがって、肝細胞癌の治療が完了しても、定期的なチェックが必要である。治療法ごとの治療後5年生存率は、肝切除術を受けた患者で50〜60%、穿刺療法を受けた患者で40〜50%、肝動脈塞栓術を受けた患者で約20%である。再発時に早期に治療を開始できるように、個々の個体で肝細胞癌の再発リスクを評価する方法が望まれている。
【0006】
癌細胞ではゲノム配列の欠失及び増幅、CpGアイランドのメチル化による発現抑制、ヒストンタンパク質の脱アセチル化による遺伝子の発現抑制、遺伝子点突然変異等が起こっていることが、頻繁に報告されている。
【0007】
本発明者らは、肝細胞癌の多段階の発癌過程の早期、すなわち前癌段階からDNAメチル化異常が寄与するとの分子病理学的知見を蓄積してきた(非特許文献1及び2)。
【0008】
【非特許文献1】Kanai,Y.et al.,Carcinogenesis,2007,28:2434−2442
【非特許文献2】Kanai,Y.,Pathol.Int.,2008,58:544−558
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のとおり、慢性肝炎及び肝硬変症の患者で将来肝細胞癌を発症するリスクを評価するための指標の開発が望まれ、また肝細胞癌の再発リスクを評価する方法も望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、肝組織検体でのゲノム配列のメチル化について、以下に詳細に説明するようにBAMCA法を用いて網羅的に解析し、複数の肝細胞癌発生関連領域及び肝細胞癌予後関連領域を特定した。
【0011】
本発明は、具体的には以下の特徴を有する。
〔1〕以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌発生関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が発癌高リスク群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の発生リスクを検出する方法。
【0012】
〔2〕前記肝細胞癌発生関連領域が、少なくとも、BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11に含まれるゲノム領域を包含する、上記〔1〕に記載の方法。
【0013】
〔3〕前記肝細胞癌発生関連領域が、BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11に含まれるゲノム領域からなる群より選択される1つ以上のゲノム領域である、上記〔1〕に記載の方法。
【0014】
〔4〕以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が予後不良群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の予後不良リスクを検出する方法。
【0015】
〔5〕前記肝細胞癌予後関連領域が、少なくとも、BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5に含まれるゲノム領域を包含する、上記〔4〕に記載の方法。
【0016】
〔6〕前記肝細胞癌予後関連領域が、BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5に含まれるゲノム領域からなる群より選択される1つ以上のゲノム領域である、上記〔4〕に記載の方法。
【0017】
〔7〕DNAメチル化を、BAMCA法によって調べる、上記〔1〕〜〔6〕のいずれか1つに記載の方法。
〔8〕BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11を少なくとも含む、肝細胞癌の発生リスクを評価するためのアレイ。
【0018】
〔9〕BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5を少なくとも含む、肝細胞癌の予後不良リスクを決定するためのアレイ。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、肝細胞癌の発生リスク及び予後不良リスクを判定することができる。慢性肝炎や肝硬変症の患者について肝細胞癌の発生リスクを知ることができれば、より精密な肝細胞癌のスクリーニングを行い、肝細胞癌を早期に発見して治療効果を高めることができる。また、肝細胞癌の予後不良リスクの評価により肝内再発を早期に発見できれば、慢性肝炎や肝硬変症により肝予備能が限られていても、肝内再発巣が小型・少数であるうちに、再度の肝部分切除、穿刺療法、冠動脈塞栓術等を施行できる。さらに、肝細胞癌の予後不良リスクの評価により転移を早期に発見できれば、それらに対して免疫療法や分子標的治療薬などの奏効が期待できる。したがって、本発明は医療・健康科学分野で非常に大きな利益をもたらすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本明細書中、「肝細胞癌」とは、肝臓の実質である肝細胞から発生する原発性肝癌を意味する。
一態様では、本発明は、以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌発生関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が発癌高リスク群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の発生リスクを検出する方法に関する。
【0021】
また、別の態様では、本発明は、以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が予後不良群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の予後不良リスクを検出する方法に関する。
【0022】
好ましい実施形態では、上記の態様のステップ(b)において、DNAメチル化をBAMCA法によって調べる。
【0023】
BAMCA法
本明細書中、BAMCA法とは、acterial rtificial chromosome array−based ethylated pG island mplification(BACアレイに基づくメチル化CpGアイランド増幅法)の略称であり、特定のゲノム領域におけるメチル化を検出することができるアッセイ方法である。
【0024】
以下に、BAMCA法の代表的な態様を例示する。被験組織(癌組織など)と対照組織(正常組織など)から、フェノール/クロロホルム法などによりDNAを調製し、各々のDNAを制限酵素SmaI(メチル化感受性制限酵素;切断後に平滑末端を形成させる)で消化する。この場合、SmaI認識部位がメチル化されている場合には、当該メチル化部位はSmaIで消化されないために、次のステップのXmaI(メチル化非感受性制限酵素;SmaIと同じ配列を認識し、切断後に突出末端を形成させる)で消化される。XmaI切断末端特異的アダプターライゲーションを行い、PCR法で被験組織に由来するXmaI断片を、例えば蛍光色素Cy3にて標識し、増幅する。一方、対照組織に由来するXmaI断片を、例えば蛍光色素Cy5にて標識する。その両者を混合し、数多くのBAC(Bacterial Artificial Chromosome)DNAを搭載した高密度ゲノムアレイ上で競合ハイブリダイゼーション(Comparative Genomic Hybridization)を行う。ここで、被験組織由来DNAにおいて、ある領域の両端のSmaI認識部位がメチル化されていると、当該メチル化部位はSmaIによっては切断されず、当該領域に対応したXmaI断片が生成される。XmaI断片はアダプターライゲーション後のPCRにより標識を伴って増幅される。当該領域が被験組織由来DNAのみでメチル化されており、対照組織ではメチル化されていない場合、当該プローブ配列に対応する配列を含むBACクローンを担持するスポットで、Cy3(被験組織)/Cy5(対照組織)の比が上昇する。例えば、この値が1.0以上となることを指標として、癌特異的にメチル化されたDNA断片に一致する配列を含むBACクローンを同定することができる。この一連のBAMCA法の過程を、図1に示す。
【0025】
競合ハイブリダイゼーションは、例えば、以下の条件により行うことができる:上記のように蛍光色素で標識したDNA断片を、場合により、反復配列をブロックするCot−1DNA(Invitrogen)などの存在下にてエタノール沈殿する。DNAをハイブリダイゼーション溶液(ホルムアミド5mL、硫酸デキストラン1g、20×SCCを混合し滅菌水で7mLに調整)に再懸濁し、SDS及び酵母tRNAを加え、75℃にて10分間変性させる。37℃にて30分間インキュベートした後、DNA溶液を自動マイクロアレイハイブリダイゼーション装置(Hyb4、Genomic Solutions社)にセットしたアレイにアプライし、43℃にて48〜72時間インキュベートし、DNA断片をアレイにハイブリダイズさせる。インキュベート終了後、ハイブリダイゼーション装置を用いて、50%ホルムアミド+2×SSC(pH7.0)で45℃、30秒間の洗浄を6回、0.1×リン酸ナトリウムバッファー+NP40で25℃、30秒間の洗浄を2回、0.2×SSCで25℃、30秒間の洗浄を2回、0.1×SSCで25℃、30秒間の洗浄を2回行う。ハイブリダイゼーション装置からアレイを取り出し、0.1×SSCで室温、5分間の洗浄を行う。
【0026】
ハイブリダイゼーションが完了したアレイにおける蛍光を、例えば、スキャナ(Axon社のGenePix Personal 4100A等)で読み取った後、数値化ソフト(Axon社のGenePix Pro 5.0等)によって数値化し、肝細胞癌検体及び対照検体における各BACクローンの蛍光強度比を算出することができる。
【0027】
肝細胞癌発生関連領域及び肝細胞癌予後関連領域
好ましい実施形態では、本発明において用いる「肝細胞癌発生関連領域」は、以下に示すようにBAMCA法などの適切な方法により、そのDNAメチル化と肝細胞癌の発生リスクとの関連が示されたゲノム領域である。
【0028】
本発明者らは、全染色体領域を網羅的に解析するために、正常肝組織と肝細胞癌症例より得られた非癌肝組織に対して、約4500種類のBAC DNAを搭載した高密度ゲノムアレイであるMCG Whole Genome Array−4500(Inazawa et al.,Cancer Sci.,95(7):559−563,2004)を用いてBAMCA法を実施して、ウィルコクソン検定により正常肝組織と肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織でメチル化パターンに差異を有するBACクローンを特定した。さらに、それらBACクローンに含まれる肝細胞癌発生関連領域でのメチル化パターンの解析により、正常肝組織検体と肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織検体とを区別することが可能であることを示した。すなわち、本発明において、「肝細胞癌発生関連領域」とは、限定するものではないが、以下の25のBACクローンに含まれるゲノム領域を包含する:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11。
【0029】
好ましい実施形態では、試験対象の検体において、上記の25のBACクローンのうち14クローン以上で、以下の実施例に記載する表1に示したものなどの判断基準を満たす場合に、肝細胞癌の発癌高リスク群に属すると判断することができる。
【0030】
また、別の好ましい実施形態では、本発明において用いる「肝細胞癌発生関連領域」は、以下に示すようにBAMCA法などの適切な方法により、そのDNAメチル化と肝細胞癌の発生リスクとの関連が示されたゲノム領域である。
【0031】
本発明者らは、上記と同様、MCG Whole Genome Array−4500(Inazawa et al.,上掲)を用いてBAMCA法を実施して、ウィルコクソン検定により予後良好群肝細胞癌組織と予後不良群肝細胞癌組織でメチル化パターンに差異を有するBACクローンを特定した。さらに、それらBACクローンに含まれる肝細胞癌予後関連領域でのメチル化パターンの解析により、予後良好症例と予後不良症例とを区別することが可能であることを示した。すなわち、本発明において、「肝細胞癌予後関連領域」とは、限定するものではないが、以下の41のBACクローンに含まれるゲノム領域を包含する:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5。
【0032】
好ましい実施形態では、試験対象の検体において、上記の41のBACクローンのうち32クローン以上で、以下の実施例に記載する表2に示したものなどの判断基準を満たす場合に、肝細胞癌の発癌高リスク群に属すると判断することができる。
【0033】
また、別の好ましい実施形態では、本発明において用いる「肝細胞癌予後関連領域」は、以下に示すようにBAMCA法などの適切な方法により、そのDNAメチル化と肝細胞癌の予後不良リスクとの関連が示されたゲノム領域である。
【0034】
ここで、上記のBACクローンは、RPCI BACライブラリー11に含まれるクローンであり、該ライブラリー中での参照番号により示されている。RPCI BACライブラリー11は、ヒト男性の血液から採取したゲノムを、制限酵素EcoRIで消化し、BACベクターに挿入することにより作製されたライブラリーである。RPCI BACライブラリーはRPCI(Roswell Park Center Institute)から入手可能である。また、一部のクローンについては、その全長配列をデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)から入手可能である。全長配列がデータベースに登録されていないクローンについても、NCBI Clone Registryデータベースから、ゲノム上の位置、末端配列などについての情報を得ることができる(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/clone/index.html)。全長配列又は末端配列がデータベースから入手可能な64クローンについての、全長配列又は末端配列のGenBank登録番号を以下に挙げる:
【0035】
全長配列 末端配列
肝細胞癌発生関連領域
RP11−104J13 BZ749024
CG734233
CG734234
RP11−52I2 BZ749151
BZ749150
RP11−29M22 B87623
BZ749120
BZ749121
RP11−21K1 AC026482
RP11−109B15 AQ322002
AQ350073
RP11−88B24 AZ516128
AQ286618
AQ286616
RP11−112B7 AC093630
RP11−48D21 AQ199448
AQ199451
RP11−120E20 AC060812
AC136364
RP11−334E6 AP003396
RP11−17M17 B82786
B82787
RP11−319E16 AC006206
RP11−1100L3 AC025259
RP11−799O6 AC023499
RP11−119J21 AQ341140
RP11−332N6 AZ081796
AZ081799
RP11−529E4 AZ081792
AZ081800
RP11−89M4 AQ283382
AQ283385
RP11−215M5 AC027467
RP11−348B12 AC021618
RP11−134G22 AQ344412
RP11−354I12 AL078613
RP11−55J11 AQ083481
AQ083482
RP11−480M11 AL159988
肝細胞癌予後関連領域
RP11−89K16 AZ517254
AQ282949
AQ282950
RP11−201O14 AC025493
AL356320
RP11−156K6 AC040897
AC093118
AL355673
RP11−553K8 AL157402
RP11−89E10 AZ517014
AQ282738
AQ282741
RP11−90B13 AZ517979
AQ283528
AQ283531
RP11−449B19 AQ584248
AQ584252
RP11−30M1 AC013456
RP11−89B13 AQ283638
AQ283640
RP11−255O19 AC016922
AC090945
RP11−421F9 AC011323
AC133141
RP11−122D19 AC018354
AC115282
RP11−36K8 AQ046927
RP11−101N17 AQ320386
AQ320389
RP11−177L7 AQ417441
AQ417443
RP11−13O14 B76187
B83433
B76186
RP11−88H16 AQ286809
AZ516248
AZ516251
AQ286806
RP11−91G9 AQ281366
AQ281369
RP11−79K22 AP006201
RP11−126B8 AQ348946
RP11−89P11 AQ285645
AQ285646
RP11−88N8 AC087532
AF305874
RP11−85C21 AL161456
RP11−714M16 AL355273
RP11−48A2 AQ201929
AQ201931
RP11−206I1 AQ421505
AQ421506
RP11−35F11 AQ045307
AQ045308
RP11−158I9 AP004609
RP11−74I8 AQ238261
AQ269234
RP11−167B4 AC007217
RP11−368N21 AC009086
RP11−303G21 AZ081885
AZ081886
RP11−151M19 AQ377052
AQ377055
RP11−135N5 AC015799
RP11−398A1 AZ254639
AZ301142
RP11−15A1 AC006213
RP11−697B10 AC027218
RP11−79A3 AZ520660
AQ281479
AQ282170
RP11−29H19 B87579
RP11−36N5 AQ045129
【0036】
データベースに配列情報が開示されていない以下の2クローン:RP11−328M17及びRP11−180L21に関しては、それぞれについてSTS(Sequence−tagged site)配列が特定されている。STS配列については、以下に示すコード番号を用いてデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?db=unists)を検索することにより、具体的な情報を得ることができる。それぞれのクローンに対して特定されているSTS配列についての情報を、以下に挙げる:
【0037】
RP11−328M17
UniSTS:63189
D22S922
フォワードプライマー:TATCTTGATGGTGGTGTTGG(配列番号1)
リバースプライマー:TTCCTCAGTTTTACCTGTGCT(配列番号2)
PCR産物サイズ:121−123bp,Homo sapiens
GenBank登録番号:Z50896
【0038】
RP11−180L21
UniSTS:49969
D2S2182
フォワードプライマー:GCTCGAAAAATGATTTGATCC(配列番号3)
リバースプライマー:GGCTAAGCCTAGATGCTTGA(配列番号4)
PCR産物サイズ:228−242bp,Homo sapiens
GenBank登録番号:Z52423
【0039】
当業者であれば、上記の入手可能な配列情報をもとに、前記BACライブラリーから、本発明に係るBACクローンを入手することが可能である。
【0040】
繰り返して言うが、本発明の方法を実施するために用いる肝細胞癌発生関連領域及び肝細胞癌予後関連領域は、上記のBACクローンに含まれるゲノム領域には限定されず、BAMCA法などの適切な方法によりそのメチル化が肝細胞癌と関連付けられる他の領域であり得る。
【0041】
肝細胞癌発生関連領域でのDNAメチル化を、BAMCA法をはじめとする、下記で例示するような公知の手法を用いて検査することにより、肝細胞癌の発生リスクを評価することが可能であり、また、肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化を検査することにより、肝細胞癌の予後不良リスクを決定することが可能である。
【0042】
DNAメチル化
本明細書中、「CpGアイランド」とは、高等生物、特に哺乳動物のゲノム配列中、非翻訳領域に存在するG(グアニン)C(シトシン)含量が多い領域である。「CpGアイランド」の「C」はシトシン、「G」はグアニン、「p」はシトシンとグアニンとの間のホスホジエステル結合を表している。すなわち、CpGアイランドには、隣接したシトシンとグアニンとがホスホジエステル結合で結合されたジヌクレオチドの繰り返し配列が含まれる。CpGアイランドの長さは約300〜3000塩基対である。CpGアイランドは、一般に、全配列中にCpG配列を統計的に期待される6%と同じか又はそれを上回る割合で含む。CpGアイランド以外のゲノム領域では、CGサプレッションのため、CpG配列の含量は1%以下である。
【0043】
本明細書中、「DNAメチル化」(又は単に「メチル化」)とは、上記のCpG配列において、シトシンの5位の炭素がメチル化されていることを意味する。
【0044】
正常肝組織10検体及び肝細胞癌症例からの非癌肝組織15検体に対して、上記のBAMCA法により解析し、ウィルコクソン検定及びサポートベクターマシンアルゴリズムを利用して、正常肝組織と肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織とを区別することが可能な25BACクローンを特定した。続いて、これらのクローンを用いた階層的クラスタリングにより、正常肝組織と肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織とを別のクラスターに分類することが可能であることを示した(図2)。
【0045】
肝細胞癌の発生リスクに関わるそれらの領域でのメチル化の有無の判定基準を、例としてBAMCA法を用いて求めた。その例を図3に示す。また、各BACクローンについて求めた判定基準を、以下の実施例中の表1に示す。
【0046】
これらの結果は、本実施例に記載の方法により特定された肝細胞癌発生関連領域に関してDNAメチル化の有無を解析することにより、例えば前癌状態にある被験者の検体の中から、肝細胞癌が発生するリスクが高い群を非常に高感度かつ特異性高く分類することが可能であることを意味している。
【0047】
すなわち、例えば上記の25クローンに含まれるゲノム領域について、メチル化の有無を検査し、その結果を陽性対照及び陰性対照と比較することにより、肝細胞癌の発生リスクを評価することができる。
【0048】
さらに、異なる予後を有する症例(予後良好群:肝切除術後4年以上生存した症例;予後不良群:肝切除術後6ヵ月以内に再発して1年以内に死亡した症例)の肝細胞癌組織の11検体について、上記のBAMCA法により解析し、ウィルコクソン検定を利用して、予後良好症例と予後不良症例とを区別することが可能な41BACクローンを特定した。続いて、これらのクローンを用いた階層的クラスタリングにより、予後良好群と予後不良群とを別のクラスターに分類することが可能であることを示した(図5)。
【0049】
肝細胞癌の予後に関わるそれらの領域でのメチル化の有無の判定基準を、例としてBAMCA法を用いて求めた。その例を図6に示す。また、各BACクローンについて求めた判定基準を、以下の実施例中の表2に示す。
【0050】
これらの結果は、本実施例に記載の方法により特定された肝細胞癌予後関連領域に関してDNAメチル化の有無を解析することにより、肝細胞癌症例の中から、予後不良な群を非常に高感度かつ特異性高く分類することが可能であることを意味している。
【0051】
すなわち、例えば上記の41クローンに含まれるゲノム領域について、メチル化の有無を検査し、その結果を陽性対照及び陰性対照と比較することにより、肝細胞癌の予後不良リスクを決定することができる。
【0052】
ゲノム領域におけるDNAメチル化の状態を調べるためには、上記のBAMCA法(図1)の他に、PCRを利用する別の方法、及びサザンブロッティングを利用する方法などを用いることができる。
【0053】
PCRを利用する別の方法としては、以下のものなどを挙げることができる:
(a)バイサルファイトシークエンシング法:ゲノムDNAをバイサルファイト変換するとシトシンがウラシルに変換されるが、メチル化シトシンにおいてはこの反応がほとんど進まず、シトシンのままとなる。この反応を利用すれば、DNAメチル化状態の差が塩基配列に変換される。バイサルファイト変換したゲノム領域をPCR増幅してクローン化するなどし、塩基配列を決定することにより、DNAメチル化の有無を知ることができる。
(b)COBRA法(Combined bisulfite restriction analysis、バイサルファイト変換−制限酵素法):(a)と同様にゲノムDNAをバイサルファイト変換して塩基配列を変化させた後に、当該ゲノムDNAを制限酵素で切断して制限酵素の認識部位が残っているか残っていないかを調べることにより、DNAメチル化の有無を知ることができる。
(c)メチル化特異的PCR法:(a)と同様にゲノムDNAをバイサルファイト変換し、塩基配列を変化させた後に、当該ゲノムDNAを鋳型として、塩基配列が変化している場合(メチル化がない)に増幅できるプライマー、又は塩基配列が変化していない場合(メチル化がある)に増幅できるプライマーを用いてそれぞれPCR反応を行い、PCR産物の有無によってDNAメチル化の有無を知ることができる。
【0054】
サザンブロッティングを利用する方法は、以下のように実施することができる。試験する検体中のゲノムDNAをメチル化感受性制限酵素で消化すると、メチル化されている認識部位は切断されず、メチル化されていない認識部位は切断される。消化済みのDNAをアガロースゲル電気泳動により分離し、DNA断片をナイロンメンブレンなどにトランスファーし、32Pなどで標識した標的特異的なプローブをハイブリダイズさせる。このとき、検出されるバンドの長さの違いから、対象となる領域のメチル化の有無を知ることができる。
【0055】
これらの方法において用いる「メチル化感受性制限酵素」とは、例えばSmaI及びHpaIIであり、好ましくはSmaIである。それらのメチル化感受性酵素と同じ認識配列を認識する非メチル化感受性酵素は当業者が容易に知ることができ、これをメチル化感受性酵素と組み合わせて上記のようなDNAメチル化の検査方法において用いることができる。
【0056】
これらの方法を用いるメチル化の検査における、肝細胞癌発生関連領域又は肝細胞癌予後関連領域でのメチル化の有無の判定基準は、当業者ならば公知の統計学的手法等を用いて適宜決定することができる。具体的には、例えば、肝細胞癌検体の予後不良群を陽性対照とし、予後良好群を陰性対照として、所望のDNAメチル化検査法により肝細胞癌予後関連領域のDNAメチル化状態を調べる。その結果を陽性対照と陰性対照とで比較することにより、各肝細胞癌予後関連領域について有意な測定値の閾値を決定する。それにより、その閾値を用いたメチル化検査で陽性(又は陰性)と判定された場合に、検査対象の検体を予後不良群に含めるべきであると規定することができる。
【0057】
アレイ
本発明は、さらに、上記のように特定された25のBACクローン又は41のBACクローンを搭載した、肝細胞癌の発生リスク又は予後不良リスクを決定するためのアレイにも関する。
【0058】
この場合、「アレイ」とは、適切な基板上にゲノム配列を含む複数のDNAを位置特異的な様式で定着(スポット)させたデバイスを意味する。基板は、好ましくは固体基板であり、具体的には、ガラス、プラスチック、メンブレン等が挙げられる。好ましい基板はスライドガラスのようなガラス基板である。ガラス製の固体基板には、DNAの定着の前に、ポリ−L−リジン、アミノシラン、金・アルミニウム等の凝着によるコーティングを施すことが望ましい。
【0059】
本発明を、実施例を用いて以下により詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によりなんら制限されるものではない。
【実施例1】
【0060】
肝細胞癌発生リスク
検体
国立がんセンター中央病院(日本、東京)で部分肝切除術を受けた肝細胞癌患者の外科切除された組織から、非癌肝組織の15検体を得た。組織学的検査から、これらの検体のうち5検体において慢性肝炎が、9検体において肝硬変が見られ、1検体においては顕著な組織学的知見は見られなかった。
【0061】
比較のために、肝細胞癌を患っていない患者から正常肝組織の10検体を得た。これらの検体について、顕著な組織学的知見は見られなかった。正常肝組織を採取した患者は、9人が原発性大腸癌の肝転移のために部分肝切除術を受け、1人は胃の消化管間質腫瘍の肝転移のために部分肝切除術を受けた。
【0062】
BAMCA法
上記の検体について、BAMCA法を実施した。以下に説明するBAMCA法の実施の詳細については、文献(Misawa A. et al., Cancer Research,65:10233−10242,2005;Sugino Y et al.,Oncogene,26:7401−13,2007;Tanaka K et al.,Oncogene,26:6456−68,2007)にも記載されている。
【0063】
肝細胞癌組織(被験肝組織)、正常肝組織(被験肝組織)、及び参照として用いた正常肝組織の混合物(参照正常肝組織)から、フェノール/クロロホルム法によりDNAを調製し、各々のDNAを制限酵素SmaI(メチル化感受性制限酵素;切断後に平滑末端を形成させる)で消化した。この場合、SmaI認識部位がメチル化されている場合には、当該メチル化部位はSmaIで消化されないために、次のステップのXmaI(メチル化非感受性制限酵素;SmaIと同じ配列を認識し、切断後に突出末端を形成させる)で消化される。XmaI切断末端特異的アダプターライゲーションを行い、PCR法で被験肝組織に由来するXmaI断片を蛍光色素Cy−3にて標識し、増幅した。一方、参照正常肝組織に由来するXmaI断片を蛍光色素Cy−5にて標識した。蛍光色素での標識は、BioPrime array CGH genomic labeling system(Invitrogen)を用いて行った。アダプターライゲーション及びPCRに用いたオリゴヌクレオチドの配列は、以下の通りである:
Adaptor−L:AGCACTCTCCAGCCTCTCACCGAC(配列番号5)
Adaptor−S:CCGGGTCGGTGA(配列番号6)
【0064】
PCRはAdaptor−Lと同一の配列を有するプライマーを用いて行った。
被験肝組織由来のDNA断片と参照正常肝組織由来のDNA断片の両者を混合し、4361種類のBACクローンを搭載した高密度CGHアレイ(MCG Whole Genome Array−4500;Inazawa et al.,Cancer Sci.,95(7):559−563,2004)上で競合ハイブリダイゼーション(Comparative Genomic Hybridization)を行った。競合ハイブリダイゼーションは、以下の条件により行った:上記のように蛍光色素で標識したDNA断片を、反復配列をブロックするCot−1DNA(Invitrogen)の存在下にてエタノール沈殿した。DNAをハイブリダイゼーション溶液(ホルムアミド5mL、硫酸デキストラン1g、20×SCCを混合し滅菌水で7mLに調整)に再懸濁し、SDS及び酵母tRNAを加え、75℃にて10分間変性させた。37℃にて30分間インキュベートした後、DNA溶液を自動マイクロアレイハイブリダイゼーション装置(Hyb4、Genomic Solutions社)にセットしたアレイにアプライし、43℃にて72時間インキュベートし、DNA断片をアレイにハイブリダイズさせた。インキュベート終了後、ハイブリダイゼーション装置を用いて、50%ホルムアミド+2×SSC(pH7.0)で45℃、30秒間の洗浄を6回、0.1×リン酸ナトリウムバッファー+NP40で25℃、30秒間の洗浄を2回、0.2×SSCで25℃、30秒間の洗浄を2回、0.1×SSCで25℃、30秒間の洗浄を2回行った。ハイブリダイゼーション装置からアレイを取り出し、0.1×SSCで室温、5分間の洗浄を行った。
【0065】
ハイブリダイゼーションが完了したアレイにおける蛍光を、スキャナ(Axon社のGenePix Personal 4100A)で読み取った後、数値化ソフト(Axon社のGenePix Pro 5.0)によって数値化し、解析ソフト(三井情報株式会社のAcue2)によって解析して、被験検体及び対照検体における各BACクローンの蛍光強度比を算出した。
【0066】
ここで、肝細胞癌組織由来DNAにおいて、ある領域の両端のSmaI認識部位がメチル化されていると、当該メチル化部位はSmaIによっては認識されず、当該領域に対応したXmaI断片が生成される。XmaI断片はアダプターライゲーション後のPCRにより標識を伴って増幅され、プローブが生成される。その結果、当該プローブ配列に対応する配列を含むBACクローンを担持するスポットで、Cy3(被験検体)/Cy5(正常対照)の比が上昇する。例えば、この値が1.0以上となることを指標として、癌特異的にメチル化されたDNA断片に一致する配列を含むBACクローンを同定することができる。BAMCA法の過程を、図1に示す。
【0067】
肝細胞癌発生関連領域の同定
DNAメチル化パターンの解析により肝細胞癌の発生リスクを決定するのに有効なゲノム領域を特定するために、検体を正常群及び発癌高リスク群に分類するのに有益なBACクローンを同定した。同定の手順は以下の通りである。
【0068】
はじめに、正常肝組織検体と肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織検体とでメチル化パターンが異なる512BACクローンをウィルコクソン検定を用いて特定した。ここから、サポートベクターマシンアルゴリズムを用いたスポットランキング解析により、40クローンを選び出した。ウィルコクソン検定については、例えば、市原清志著「バイオサイエンスの統計学」(南江堂、1990年)、50ページに記載されており、サポートベクターマシンアルゴリズムについては、例えば、David W. Mount著、岡崎康司・坊農秀雄監訳「バイオインフォマティクス第2版」(メディカル・サイエンス・インターナショナル、2005年)、607ページ、及びNello Cristianini、John Shawe−Taylor著、大北剛訳「サポートベクターマシン入門」(共立出版、2005年)などに記載されている。
【0069】
続いて、各検体が発癌高リスク群に属することを判定するときの「感度」及び「特異性(特異度)」を、以下のように規定した:
感度=所定の判断基準により発癌高リスク群に属するとされた症例数/肝細胞癌症例からの非癌肝組織検体数×100(%)
特異度=所定の判断基準により正常群に属するとされた症例数/正常肝組織検体数×100(%)。
【0070】
この感度及び特異度が最大となるように、各クローンについて以下に示すカットオフ値を設定した。
【0071】
上記で設定した感度又は特異度が70%以上となった25のBACクローンを特定した。それらのクローンに含まれるゲノム領域を、肝細胞癌発生関連領域と称した。
【0072】
同定された肝細胞癌発生関連領域のBACクローンは、以下の25クローンである:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11。
【0073】
上記で特定した肝細胞癌発生関連領域25クローンについて、発癌高リスクの判定基準並びに感度及び特異度を以下の表1に示す。判定基準の数値は、上記で詳述したBAMCA法で得られる蛍光測定値のCy3/Cy5比である。
【0074】
【表1】

【0075】
上記で特定した25クローンを用い、2次元階層的クラスタリングにより、上記のBAMCA法を用いて得られた測定結果を分析し、25の検体を2つのクラスター(発癌高リスククラスター及び正常クラスター)に分類した(図2)。非常に簡略化して言えば、これらのクラスターはDNAメチル化パターンの違いにより分類されたと言うことができる。2つのクラスターは、肝細胞癌症例から得た非癌肝組織(慢性肝炎又は肝硬変状態にあるものを含む)と正常肝組織のそれぞれに対応していた。
【0076】
検出値の閾値の一例を図3に示す。この中で、例えば、RP11−17M17については、BAMCA法での蛍光測定値のCy3/Cy5比が0.93未満であるとき、肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織検体を感度93.3%、特異度90.0%で肝細胞癌高リスク群に分類することができる。
【0077】
表1の判断基準を満たすBACクローン数のヒストグラムを、図4に示す。正常肝組織群では判断基準を満たすBACクローンの数は少なく(図4:左側)、肝細胞癌症例より得られた非癌肝組織群では判断基準を満たすBACクローンの数は多く(図4:右側)、その差異は明瞭である。このヒストグラムに基づいて、表1の判断基準を14BACクローン以上で満たす非癌肝組織を発癌高リスク群と判断することとすると、肝細胞癌症例より得られた非癌肝組織を感度・特異度ともに100%で発癌高リスク群に分類することができる。
【0078】
上記の方法が妥当であることを確認するために、検証セットの18検体において同様の解析を行った。表1の判断基準を14BACクローン以上で満たす非癌肝組織を発癌高リスク群と判断する場合、検証セットの肝細胞癌症例から得られた非癌肝組織(9検体)を、感度・特異度ともに100%で発癌高リスク群に分類することができた。
【0079】
これらの結果は、本実施例に記載の方法により特定された肝細胞癌発生関連領域に関してDNAメチル化の有無を解析することにより、特にこれらの領域のうちの14領域以上で所定の判断基準を満たすか否かを検討することにより、発癌リスクの高い群を非常に高感度かつ特異性高く分類することが可能であることを意味している。
【実施例2】
【0080】
肝細胞癌予後不良リスク
検体
国立がんセンター中央病院(日本、東京)で部分肝切除術を受けた肝細胞癌患者の外科切除された組織から、原発性肝細胞癌組織の19検体を得た。19検体のうち、5検体は肝切除術後4年以上生存した患者からのもの(予後良好症例)であり、6検体は肝切除術後6ヵ月以内に再発し、1年以内に死亡した患者からのもの(予後不良症例)であった。
【0081】
肝細胞癌予後関連領域の同定
上記と同様にBAMCA法を行い、予後良好症例と予後不良症例の11検体についての結果に基づき、両症例群でBAMCA法のシグナル比が顕著に異なる41のBACクローンを選択した。
【0082】
同定された肝細胞癌予後関連領域のBACクローンは、以下の41クローンである:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5。
【0083】
続いて、各検体が予後不良群に属することを判定するときの「感度」及び「特異性(特異度)」を、以下のように規定した:
感度=所定の判断基準により予後不良群に属するとされた症例数/予後不良症例検体数×100(%)
特異度=所定の判断基準により予後良好群に属するとされた症例数/予後良好症例検体数×100(%)。
【0084】
この感度及び特異度が最大となるように、各クローンについて以下に示すカットオフ値を設定した。
【0085】
上記の肝細胞癌予後関連領域41クローンについて、予後不良の判定基準並びに感度及び特異度を以下の表2に示す。判定基準の数値は、実施例1で詳述したBAMCA法で得られる蛍光測定値のCy3/Cy5比である。
【0086】
【表2】


【0087】
41のBACクローンを用いた2次元階層的クラスタリングを図5に示す。予後良好群の5検体と、予後不良群の6検体は、異なるクラスターに分類された。
【0088】
検出値の閾値の一例を図6に示す。この中で、例えば、RP11−201O14については、BAMCA法での蛍光測定値のCy3/Cy5比が1.22未満であるとき、予後不良クラスターに属する検体を感度100%、特異度100%で予後不良群に分類することができる。
【0089】
表2の判断基準を満たすBACクローン数のヒストグラムを、図7に示す。予後良好群では判断基準を満たすBACクローンの数は少なく(図7:左側)、予後不良群では判断基準を満たすBACクローンの数は多く(図7:右側)、その差異は明瞭である。
【0090】
続いて、19の全検体について、表2の判断基準に基づき評価した。19検体を、判断基準を満たすBACクローンの数(32クローン以上 vs.32クローン未満)に基づいて2群に分けた。図8は、全19患者についてのカプラン・マイヤー生存曲線を示している。表2の判断基準を32クローン以上で満たした患者の無病生存率(図8A:実線)は、表2の判断基準を32クローン未満しか満たさなかった患者の無病生存率(図8A:点線)と比較して、有意に短かった(P=0.0004)。表2の判断基準を32クローン未満でしか満たさなかった患者は、観察期間中には1人も死亡しなかった(図8B:点線)。
【0091】
これらの結果は、本実施例に記載の方法により特定された肝細胞癌予後関連領域に関してDNAメチル化の有無を解析することにより、特にこれらの領域のうちの32領域以上で所定の判断基準を満たすか否かを検討することにより、予後不良な群を非常に高感度かつ特異性高く分類することが可能であることを意味している。
上記の実験は、国立がんセンター(日本、東京)倫理委員会により承認を得て行った。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、肝細胞癌の発生リスク及び予後不良リスクを判定することができる。したがって、本発明は医療・健康科学分野で用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】BAMCA法の概略を示す模式図である。
【図2】正常肝組織検体及び肝細胞癌症例からの非癌肝組織検体についての肝細胞癌発生関連領域のDNAメチル化パターンに基づく階層的クラスタリングを示す図である。
【図3】各BACクローンにおける、発癌リスクの判定のための判断基準を示す図である。BAMCA法における蛍光強度比の散布図として示されている。
【図4】表1の判断基準を満たすBACクローン数のヒストグラムである。
【図5】肝細胞癌検体についての肝細胞癌予後関連領域のDNAメチル化パターンに基づく階層的クラスタリングを示す図である。
【図6】各BACクローンにおける、予後不良クラスターの判定のための判断基準を示す図である。BAMCA法における蛍光強度比の散布図として示されている。
【図7】表2の判断基準を満たすBACクローン数のヒストグラムである。
【図8】全19患者についてのカプラン・マイヤー生存曲線である。
【配列表フリーテキスト】
【0094】
配列番号1〜4:プライマー
配列番号5及び6:アダプター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌発生関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が発癌高リスク群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の発生リスクを検出する方法。
【請求項2】
前記肝細胞癌発生関連領域が、少なくとも、BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11に含まれるゲノム領域を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記肝細胞癌発生関連領域が、BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11に含まれるゲノム領域からなる群より選択される1つ以上のゲノム領域である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
以下のステップ:
(a)被験体の肝臓組織由来のゲノムDNAを準備するステップ、
(b)(a)で準備したゲノムDNAについて、肝細胞癌予後関連領域でのDNAメチル化の有無を調べるステップ、及び
(c)ステップ(b)で明らかになったDNAメチル化パターンから、該被験体が予後不良群に分類されるか否かを決定するステップ
を含む、肝細胞癌の予後不良リスクを検出する方法。
【請求項5】
前記肝細胞癌予後関連領域が、少なくとも、BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5に含まれるゲノム領域を包含する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記肝細胞癌予後関連領域が、BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5に含まれるゲノム領域からなる群より選択される1つ以上のゲノム領域である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
DNAメチル化を、BAMCA法によって調べる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
BACクローン:RP11−104J13、RP11−52I2、RP11−29M22、RP11−21K1、RP11−109B15、RP11−88B24、RP11−112B7、RP11−48D21、RP11−120E20、RP11−334E6、RP11−17M17、RP11−319E16、RP11−1100L3、RP11−799O6、RP11−119J21、RP11−332N6、RP11−529E4、RP11−89M4、RP11−215M5、RP11−348B12、RP11−134G22、RP11−328M17、RP11−354I12、RP11−55J11、及びRP11−480M11を少なくとも含む、肝細胞癌の発生リスクを評価するためのアレイ。
【請求項9】
BACクローン:RP11−89K16、RP11−201O14、RP11−156K6、RP11−553K8、RP11−89E10、RP11−180L21、RP11−90B13、RP11−449B19、RP11−30M1、RP11−89B13、RP11−255O19、RP11−421F9、RP11−122D19、RP11−36K8、RP11−101N17、RP11−177L7、RP11−13O14、RP11−88H16、RP11−91G9、RP11−79K22、RP11−126B8、RP11−89P11、RP11−88N8、RP11−85C21、RP11−714M16、RP11−48A2、RP11−206I1、RP11−35F11、RP11−158I9、RP11−74I8、RP11−167B4、RP11−368N21、RP11−303G21、RP11−151M19、RP11−135N5、RP11−398A1、RP11−15A1、RP11−697B10、RP11−79A3、RP11−29H19、及びRP11−36N5を少なくとも含む、肝細胞癌の予後不良リスクを決定するためのアレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−148426(P2010−148426A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−329872(P2008−329872)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.発行者:日本癌学会 刊行物名:第67回 日本癌学会学術総会記事 掲載頁:253頁 刊行物発行年月日:2008年9月30日 2.発行者:株式会社先端医学社 刊行物名:分子消化器病 12 巻数・号数:Vol.5 No.4 2008 掲載頁:370頁〜375頁 刊行物発行年月日:2008年12月1日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究、「健康安心プログラム/個別化医療の実現のための技術融合バイオ診断技術開発/染色体解析技術開発/癌の染色体構造異常の解析と診断のコンテンツ開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】