説明

CNT/炭素繊維複合素材、この複合素材を用いた繊維強化成形品、および複合素材の製造方法

【課題】炭素繊維による繊維強化成形品において、その成形品の母材が持つ柔軟性等の特徴を確保しつつ、母材から炭素繊維が剥離することを効果的に防止する。
【解決手段】本複合素材は、炭素繊維の表面に、複数のCNTが絡みついてCNTネットワーク薄膜が形成された構造を有する。この複合素材に母材が含浸されて繊維強化成形品が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブ(以下、CNTという。)と炭素繊維との複合素材、この複合素材を用いた繊維強化成形品、および複合素材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強化繊維を母材である樹脂中に分散させた繊維強化成形品は、力学特性や寸法安定性に優れることから、自動車、航空機、電気・電子機器、玩具、家電製品などの幅広い分野で使用されている。
【0003】
中でも、炭素繊維は、軽量、高強度、高剛性であることから、近年、注目を集めている。なお、本明細書でいう炭素繊維は、ポリアクリルニトリル、レーヨン、ピッチなどの石油、石炭、コールタール由来の有機繊維や、木材や植物繊維由来の有機繊維の焼成によって得られる繊維であり、直径は特には定めないが一般的に約3−15μmを持つものを意味する。
【0004】
このような成形品においては、母材である樹脂と炭素繊維との界面での接着性の点で課題があった。すなわち、母材に樹脂を用いた繊維強化成形品では、繊維と母材との界面での接着性が十分得られず、成形品の力学特性が満足するものではなかった。
【0005】
そこで、繊維の取り扱い性や前記した界面の接着性を改善するために、表面処理やサイジング剤の付与などの試みが行われてきた(例えば特許文献1、特許文献2参照)。
【0006】
しかし、強度向上を目的として母材に対する炭素繊維の含有量を増加すると、炭素繊維同士が接触してしまい、母材が繊維間に十分に浸透せず、結果として強度低下を引き起こすなどの問題があった。この課題を解決するために、炭素繊維強化ワイヤを用いる方法などの例がある(例えば特許文献3参照)。
【0007】
しかし、特許文献3のような手法では、炭素繊維同士が炭化・黒鉛化した炭素で結び付けられているため、成形品の柔軟性を確保することが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−132874号公報
【特許文献2】特開2009−197359号公報
【特許文献3】特許2658470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明者らは、前記した課題を解決するために、鋭意研究し、まず、カーボンナノチューブ(以下、CNTと略する)のような極細炭素繊維を、フィラーとして母材である樹脂に複合させたり、炭素繊維表面に予め付着させたりすることを考えた。
【0010】
しかしながら、CNTを、フィラーとして母材に複合させる場合では、CNTが凝集し易く、分散が不十分であるため、フィラーとしての効果が発現しにくく、一方、その効果を発現させるために、CNTを多量に複合させると、母材そのものの特徴が打ち消されてしまうという課題があった。
【0011】
また、炭素繊維表面にCNTを予め付着させた場合では、CNTの凝集に由来して、炭素繊維表面からのCNTの凝集により形成される層が厚くなり、却って、CNT間における密着強度の弱さに由来して、炭素繊維が母材表面から剥離する原因となる。
【0012】
そこで、本発明は、強化繊維を母材中に分散されてなる繊維強化成形品において、母材が持つ柔軟性等の特徴を確保しつつ、母材から炭素繊維が剥離することを効果的に防止できるようにすることを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)本発明によるCNT/炭素繊維複合素材(以下、複合素材という。)は、炭素繊維の表面に、複数のCNTが絡みついてCNTネットワーク薄膜が形成された構造を有することを特徴とする。
【0014】
前記「絡みついて」とは、CNT単離分散液中に炭素繊維を振動等によりエネルギを加えたときに、該液中でCNTが炭素繊維表面に絡みついた状態である。この場合、CNTは、CNT単離分散液中では単離分散しているので、前記エネルギを印加すると、炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜が形成され、互いに絡み合ってネットワークを形成する。したがって、前記「絡みついて」の形態は、複数のCNTが凝集せず単離分散した状態で絡みついた状態と解釈される。
【0015】
なお、前記CNT単離分散液とは、2以上のカーボンナノチューブが束状に集合した集合物の割合が10%以下であるカーボンナノチューブ分散液を意味する。
【0016】
したがって、本発明の複合素材によれば、炭素繊維表面に、CNTが凝集せず単離分散状態で絡みついているので、本発明の複合素材を母材の強度を高める繊維強化材として用いれば、当該母材は炭素繊維との接着界面に存在するCNTネットワーク薄膜を介して炭素繊維に強固に接着されて剥離しにくくなり、かつ、CNTネットワーク薄膜を形成するCNTが少量で済むので、母材の特徴例えば柔軟性やその他を有効に生かした繊維強化成形品を得ることができる。
【0017】
なお、CNTネットワーク薄膜の炭素繊維表面からの厚さは、100nm以下の範囲が好ましい。前記厚さが、100nm超であると、高粘度の母材が浸透するのが妨げられ、却って、強度低下を引き起こすためである。
【0018】
逆に、CNTネットワーク薄膜の炭素繊維表面からの厚さは、100nmを超える範囲も次の点では好ましい。すなわち、この膜厚にした場合、一部のCNTネットワーク薄膜が本体のネットワーク薄膜から剥離して流動する結果、流動したCNTネットワーク薄膜が炭素繊維の隙間に充填してて新たなCNTネットワーク薄膜を形成することが可能となる。なお、CNTネットワーク薄膜の炭素繊維表面からの厚さが100nm超となると、高粘度の母材が浸透するのが妨げられて強度低下を引き起こすことが懸念されるが、この問題は、繊維強化成形品を形成する際に高圧プレスを行うことで解消させることができる。
【0019】
また、CNTネットワーク薄膜の一部は複数の炭素繊維の間で架橋状態で配置されているのが好ましい。そうすれば、架橋状態のCNTネットワーク薄膜の一部によって炭素繊維どうしが連結されることで、CNT/炭素繊維複合素材や繊維強化成形品の強度が向上する。ここでいう架橋状態とは、隣接する炭素繊維それぞれの表面に形成されたCNTネットワーク薄膜の一部が炭素繊維の上方に突出して互いに絡み合った結果、CNTネットワーク薄膜どうしが連結された状態をいう。
【0020】
また、CNTネットワーク薄膜の一部は炭素繊維の表面から突出して配置されていても好ましく、その構成であっても複合素材1や繊維強化成形品の強度を向上させることができる。
【0021】
また、CNTネットワークを形成するCNTの平均長さは、長さ1−10μmで、かつ、直径30nm以下の範囲の多層CNTが好ましい。特に、CNTの最も好ましい直径は、20nm以下である。CNTの平均長さが、1μm未満であれば、短すぎて、繊維同士の絡まりが得られないからであり、長さが10μm超であれば、長すぎて単分散が難しくなるためであり、直径30nm超ではCNTの柔軟性が低下するため炭素繊維表面の曲率に沿って柔軟にネットワークを形成することが難しくなるからである。なお、ここで示す長さは平均的な長さであるので、一部1μm以下のものや10μm以上のCNTが含まれていても良い。
【0022】
また、前記複合素材中におけるCNTの濃度は、母材に対して、0.01−10wt%の範囲が好ましい。
【0023】
また、前記繊維強化成形品中における単位断面積あたりの炭素繊維占有率は、30%以上であるのが好ましい。炭素繊維占有率が30%未満の範囲では、炭素繊維間の距離は数10μm以上となり、炭素繊維間の距離が遠すぎてCNTネットワークによる架橋の効果はほとんど期待できない。これに対して炭素繊維占有率が30%以上の範囲では、炭素繊維間の距離が10μm以下となって、CNTネットワークによる架橋効果が得られやすくなる。
【0024】
(2)本発明による繊維強化成形品は、前記(1)の複合素材中に母材が含浸されたものであることを特徴とする。この母材は、特に限定しないが、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂、フェノキシ樹脂やナイロン等の熱可塑性樹脂のほか、金属、ガラス等を例示することができる。なお、本発明の繊維強化成形品は、複合素材と母材とをプレス成形してなるものであるのが好ましい。
【0025】
(3)本発明による複合素材の製造方法は、複数のCNTを硫酸と硝酸とが混合されてなる混酸液中に浸漬すると共に、その浸漬後、前記複数のCNTを溶媒中に浸漬した状態で超音波をその周波数を切り替えて照射して、複数のCNTが溶媒中に単離分散したCNT単離分散液を得る第1工程と、前記CNT単離分散液中に炭素繊維束を浸漬した状態で、前記CNT単離分散液に振動、光照射、熱等によりエネルギを付与して、炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜を形成する第2工程と、を含むことを特徴とする。なお、前記超音波は、好ましくは、その周波数を28kHから100kHzの間で、適宜、切替えて照射する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の複合素材は、炭素繊維の表面に、複数のCNTが絡みついてCNTネットワーク薄膜が形成された構造を有するので、当該複合素材中に母材を含浸すれば、母材の特徴例えば柔軟性を生かしつつ、母材を炭素繊維表面に剥離しないように強固に接着した繊維強化成形品を得ることができる。
【0027】
本発明の複合素材の製造方法では、CNTが単離分散した液中に、炭素繊維を浸漬し、その浸漬した状態で、振動等のエネルギを付与するので、CNTが少量であっても炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜が絡むように付着形成した複合素材を製造することができ、このような複合素材に母材を含浸させると、母材の特徴例えば柔軟性を生かしつつ、複合素材の炭素繊維がCNTネットワークにより母材から剥離しにくく、炭素繊維により強化された成形品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1(a)は、本発明の実施形態に係る複合素材の概念構成を示す図、図1(b)は、実施形態の複合素材においてCNTネットワーク薄膜の炭素繊維表面からの厚さを示す図である。
【図2】図2(a)は、本発明の複合素材のSEM像、図2(b)は、そのSEM像の模式図である。
【図3】図3は、実施形態の複合素材を用いた繊維強化成形品の概念構成図である。
【図4】図4(a)は、本発明のCNT単離分散液製造工程で製造したCNT単離分散液を、図4(b)は、一般のCNT分散液を、それぞれポリオールに分散した後シリコン基板上に少量滴下し、オーブン中で400℃にて1時間乾燥したときのCNTのSEM像である。
【図5】図5(a)は、CNT単離分散液中のCNTのTEM像、図5(b)は、図5(a)の拡大TEM像、図5(c)は、従来のCNT分散液中のCNTのTEM像、図5(d)は、図5(c)の拡大TEM像である。
【図6】図6(a)は、従来の繊維強化成形品の製造方法において炭素繊維中にエポキシ樹脂を投入する前の状態を示す図、図6(b)は、炭素繊維中にエポキシ樹脂を投入した状態を示す図である。
【図7】図7(a)は、本発明の繊維強化成形品の製造方法において炭素繊維中にエポキシ樹脂を投入する前の状態を示す図、図7(b)は、炭素繊維中にエポキシ樹脂を投入した状態を示す図である。
【図8】図8は、本発明の他の実施形態に係る複合素材の概念構成を示す図である。
【図9】図9(a)は、本発明のさらに他の実施形態に係る複合素材の概念構成を示す図、図9(b)は、さらに他の実施形態の複合素材においてCNTネットワーク薄膜の炭素繊維表面からの厚さを示す図である。
【図10】図10は本発明のさらに他の実施の形態の複合素材のSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、添付した図面を参照して、本発明の実施の形態に係るCNT/炭素繊維複合素材(以下、複合素材という。)とそれを用いた繊維強化成形品について説明する。この実施形態では母材が樹脂であるが、本発明は、これに限定されない。
【0030】
図1(a)は、本発明の複合素材の構成を概念的に示す図である。図1(a)に示すように、複合素材1は、複数の炭素繊維3と、これら複数の炭素繊維3それぞれの表面に、CNT5が絡みついてなるCNTネットワーク薄膜7とが複合化された構造を有する。図面では、図解の都合で炭素繊維3は複数本で図示されている。炭素繊維3は、前記したごとく、ポリアクリルニトリル、レーヨン、ピッチなどの石油、石炭、コールタール由来の有機繊維や、木材や植物繊維由来の有機繊維の焼成によって得られる、直径が約3−15μmの繊維である。
【0031】
図1(b)は、前記複合素材1において、CNTネットワーク薄膜7の、炭素繊維3の表面からの厚さの説明に用いる図であり、図1(a)で示す炭素繊維3の平面図を示す。CNTネットワーク薄膜7は、複数の炭素繊維3の表面それぞれに形成されているが、各炭素繊維3の表面上に形成されるCNTネットワーク薄膜7の平均膜厚(t)は、100nm以下である。CNTネットワーク薄膜7は、炭素繊維3の表面から100nmを超えると、ほとんど存在しなくなり、CNTネットワーク薄膜7としての機能を果たさなくなる。このようにCNTネットワーク薄膜7は、炭素繊維3の表面に対して局所的に偏在する。
【0032】
本実施の形態では、CNTネットワーク薄膜7の膜厚(t)が100nm以下であると限定したが、この限定は上述したように平均膜厚の限定であって、CNTネットワーク薄膜7のすべての部位が100nm以下であるという意味ではない。CNTネットワーク薄膜7を構成するCNTは、ネットワーク状に幾層にも重なって炭素繊維3の表面に形成されており、CNTの積層数が多数になる部位も部分的に存在する。さらには、複合素材1や複合素材1を用いた繊維強化成形品では、複合素材1が樹脂等の母材に分散して構成されるが、図8に示すように、CNTネットワーク薄膜7が母材中に展開することでCNTネットワーク薄膜7を構成するCNTの一部7aは炭素繊維3の表面から突出して配置されるようになる。このように、CNTネットワーク薄膜7においては、CNT積層数が多数となった部位やCNTの一部が炭素繊維3の表面から突出した部位が存在するが、そのような部位においては部分的に膜厚(t)が100nmを超えてしまう。しかしながら、その部位はCNTネットワーク薄膜7の一部である。本発明では、CNTの一部7aが炭素繊維3の表面から突出した部位が部分的に存在することを踏まえて、CNTネットワーク薄膜7の平均膜厚(t)が100nm以下であると規定した。なお、CNTネットワーク薄膜7の厚みは、分散液中のCNT濃度や、分散液に用いる溶媒の種類や、炭素繊維3の表面形状を調整することで制御できる。
【0033】
CNTネットワーク薄膜7は、CNT5が炭素繊維3の表面にネットワーク状に分布しているから、CNTネットワークと称することもできるが、ネットワーク全体では薄膜状となっているために、CNTネットワーク薄膜と称しており、その名称に限定される趣旨ではない。
【0034】
また、炭素繊維3の表面全体のすべてでCNTが1つのネットワークを構成していなくても、1つの炭素繊維3の表面に対して互いに独立した複数のCNTネットワークが存在していてもよい。また、1つの炭素繊維3の表面の全体にCNTネットワーク薄膜7が存在していなくてもよく、部分的にCNTネットワーク薄膜7が形成されていてもよい。
【0035】
また、CNTネットワーク薄膜7を形成するCNT5の平均長は、1−10μmである。そしてこれらCNT5は、平均直径約30nm以下、より好ましくは平均直径約20nm以下、長さ1μm以上の多層CNTにより構成されている。また、複合素材1中でのCNT濃度は、母材に対して、0.01−10wt%であり、より好ましくは0.01−5wt%である。
【0036】
図2(a)は、本発明の複合素材のSEM像であり、図2(b)は、図2(a)の模式図である。これらの図において、9は炭素繊維、11はCNTネットワーク薄膜である。SEM像で示す複合素材は、この炭素繊維9と、CNTネットワーク薄膜11とで構成される。CNTネットワーク薄膜11は、炭素繊維9の表面に複数のCNT13がネットワーク化して形成されている。
【0037】
図3は、実施形態の複合素材を用いた繊維強化成形品の概念構成図である。実施形態の繊維強化成形品は、母材が樹脂である。この繊維強化成形品は、複合素材が、母材である樹脂(マトリクス樹脂)13中に分散されて構成される。樹脂13中に複数の炭素繊維15が分散しているが、炭素繊維15表面には、複数のCNT17により形成されたCNTネットワーク薄膜19が形成されている。炭素繊維15は、CNTネットワーク薄膜19により樹脂13に強固に接着しており、これにより、その剥離強度が向上している。この場合、CNTネットワーク薄膜19を構成するCNT17の濃度は低いので、樹脂13の柔軟性等の特徴が打ち消されてしまうことがない。
【0038】
以下、本実施形態の複合素材とそれを用いた繊維強化成形品の製造方法を説明する。
【0039】
本発明に用いるCNTとしては、例えば特開2007−126311号公報に記載されているような熱CVD法を用いてシリコン基板上にアルミ、鉄からなる触媒膜を成膜し、CNTの成長のための触媒金属を微粒子化し、加熱雰囲気中で炭化水素ガスを触媒金属に接触させることにより製造したものを用いる。アーク放電法、レーザ蒸発法などその他の製造方法により得たCNTを使用することも可能であるが、CNT以外の不純物を極力含まないものを使用することが好ましい。この不純物についてはCNTを製造した後、不活性ガス中での高温アニールにより除去してもかまわない。この製造例で製造したCNTは、長さが数100μmから数mmという高いアスペクト比でもって直線的に配向された長尺CNTである。CNTは単層、多層を問わないが、好ましくは、多層のCNTである。
【0040】
(1)CNT単離分散液を得る工程
この工程は、CNTが単離分散した溶液を製造する工程である。単離分散とは、CNTが1本ずつ物理的に分離して絡み合っていない状態で溶液中に分散している状態を言い、2以上のカーボンナノチューブが束状に集合した集合物の割合が10%以下である状態を意味する。
【0041】
まず、未処理のCNT80mgをビーカーに入れ、混酸240ml(硝酸60ml、硫酸180ml)を加えた後、1時間静置して、CNTと混酸とをよくなじませ、その後の超音波処理でCNTの分散の均一化を図った。
【0042】
この処理により、CNTは、溶媒に対して分散性が向上した。そして、前記超音波処理後のCNTを溶媒であるDMF(N,N-ジメチルホルムアミド)溶液やTHF(テトラヒドロフラン)溶液中において、さらに超音波で分散処理して、CNT分散液を調製した。このときの超音波周波数は28kHzと40kHzとの順次切替の発振で行った。この処理により、混酸中のCNTは、1本1本に単離分散した状態となった。なお、前記超音波は、上記28kHzと40kHzとの順次の切替に限定される趣旨ではなく、28kHから100kHzまでの間で、適宜、切替えて超音波を照射するとよい。
【0043】
図4(a)に、上記工程で製造したCNT単離分散液を、また、図4(b)に一般のCNT分散液を、それぞれシリコン基板上に少量滴下し、オーブン中で400℃にて1時間乾燥したときのCNT18とCNT20それぞれのSEM像を示す。図4(a)のCNT単離分散液では、SEM像で明らかであるように、CNT18は、1本1本、単離分散したアスペクト比の高い繊維状であることが判る。これに対して、図4(b)の一般のCNT分散液では、CNT20のアスペクト比が小さいため、ネットワークを形成するには不適切であることが判る。また、図4(b)中において、矢印で示す箇所には、CNT20が単離せずに凝集している状態が示される。
【0044】
図5(a)(b)に、上記工程で製造したCNT単離分散液中のCNTのTEM像を示す。図5(a)(b)で示すように、CNT21は、すべてがチューブ状で直径もほぼ20nm以下で揃っており、均一に薄膜ネットワークを形成するのに適した形状であることが判る。
【0045】
図5(c)(d)に、一般のCNT分散液中のCNTのTEM像を示す。図5(c)(d)で示すように、CNTは粒状に、かつ形状も様々な状態で凝集しており、23で示すCNTはカップスタック状であり、25で示すCNTは細チューブ状であり、27で示すCNTは、アモルファス状である。
【0046】
(2)炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜を形成する工程
この工程(2)は、前記工程(1)で製造したCNT単離分散液中に炭素繊維束を浸漬した状態で、当該単離分散液に振動、光照射、熱等によりエネルギを付与して炭素繊維表面にCNTのネットワークを局所的に偏析形成する工程である。この実施形態の工程(2)では、振動によりエネルギを付与する。すなわち、前記工程(1)で得られたCNTの単離分散液に炭素繊維束を浸漬した。この炭素繊維束は、東レ製(T700)を使用した。そして、前記炭素繊維束が浸漬されているCNT単離分散液を振とう器で、例えば、100rpm、10分間にわたり、振動エネルギを加え、炭素繊維表面にCNTを偏析させた。そして、その後で、炭素繊維をCNT単離分散液中から引き出し、乾燥させると、炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜が局所的に偏析されて形成された複合素材を得ることができた。なお、炭素繊維束3としては、上述した東レ製(T700)の他、繊維長数mmの市販のチョップドファイバや繊維長数10〜数100μmの市販のミルドファイバを用いることができる。また、CNT偏析後の炭素繊維を乾燥させる方法としては、自然乾燥の他、エバポレータを用いて溶媒(DMF溶液)を蒸発させて乾燥させてもよい。また、CNTと炭素繊維の密着性を向上させる目的で、添加材を加えても良い。このときの添加剤とは、樹脂や溶媒に可溶な無機物を意味する。
【0047】
また、前記エネルギとしては振動以外に、光照射、加熱等がある。光照射の場合は、CNT単離分散液に対して、例えば、紫外光や赤外光を照射して炭素繊維表面にエネルギを加えることである。このとき、炭素繊維表面で吸収されたエネルギにより、温度が上昇した場合、この熱エネルギも、CNTネットワーク薄膜を偏析させる一因となりうる。ここで言う「光」とは、ここで例示した波長範囲に限られるものではなく、X線からマイクロ波までを含むものである。また、分散液全体をオーブン等で加熱することで、CNTネットワーク薄膜を形成するに必要なエネルギを付与することができる。
【0048】
次に、図6、図7を参照して、従来と本発明それぞれの繊維強化成形品の製造方法を比較説明する。図6は、従来の繊維強化成形品の製造方法であり、まず、図6(a)で示すようにビーカー29に母材であるエポキシ樹脂31とCNT33入りの溶液を炭素繊維35中に投入すると、図6(b)で示すように、CNT33が上層側の炭素繊維35でろ過されてしまい、下層側の炭素繊維35に含浸したエポキシ樹脂31は、直接、炭素繊維35と接触しており、炭素繊維35がその表面から剥離しやすい構造となる。
【0049】
図7は、本発明の繊維強化成形品の製造方法であり、図7(a)で示すように、ビーカー37からエポキシ樹脂39を本発明の複合素材45中に投入する。この複合素材45は、上述したように、CNTネットワーク薄膜41が炭素繊維43表面に形成されてなるので、図7(b)で示すように、複合素材45中に入り込んだエポキシ樹脂39はその複合素材45で強固に接着され、複合素材45がエポキシ樹脂39表面から剥離することがなくなっている。
【0050】
なお、実施形態では母材は、エポキシ樹脂であったが、この樹脂に限定されず、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ユリア樹脂)、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、熱硬化性ポリイミドなどの熱硬化性樹脂や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル/スチレン樹脂、アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン樹脂、メタクリル樹脂、塩化ビニルなどの熱可塑性樹脂、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレンテレフタレート、超高分子量ポリエチレン、ポリカーボネイト等のエンジニアリングプラスチック、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、液晶ポリマー、ポリテトラフロロエチレン、ポリエーテルイミド、ポリアリレート、ポリイミド等のスーパーエンジニアリングプラスチックを例示することができる。
【0051】
また、母材としては、樹脂以外に、アルミニウム、銅、チタン、シリコン等の金属やその酸化物を含む無機材料を含むことができる。
【0052】
以上説明したように本実施形態の複合素材は、炭素繊維の表面に、複数のCNTが絡みついてCNTネットワーク薄膜が形成された構造を有するので、この複合素材に母材を含浸して繊維強化成形品を製造した場合、CNTネットワーク薄膜を形成するCNTが量的に少量でも、母材の特徴例えば柔軟性やその他を有効に生かしつつ母材の強度を高めることができる。また、本実施形態の複合素材は、炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜が予め付着して構成されているので、当該複合素材に母材である樹脂を含浸させた場合に、各炭素繊維間でのCNTネットワーク薄膜の偏在が少なく、繊維強化成形品全体にわたり、繊維強化の効果を得ることができる。さらにまた、本実施の形態の複合素材において、炭素繊維の密度を高くして繊維強化成形品を製作しても、CNTネットワーク薄膜中に十分に母材である樹脂が含浸されるので、炭素繊維間での剥離が生じることがない。
【0053】
上述した実施の形態では、CNTネットワーク薄膜7の炭素繊維3の表面からの平均膜厚(t)は、100nm以下とした。しかしながら、本発明には、CNTネットワーク薄膜7の炭素繊維3の表面からの平均膜厚(t)が、100nmを超える範囲となった実施の形態もある。すなわち、平均膜厚(t)が100nmを超えて300nm以下の状態では、CNT/炭素繊維複合素材1中の炭素繊維3やこの複合素材1を含む繊維強化成形体中の炭素繊維3を、限りなく最密充填に近づけた場合でも、炭素繊維3の表面をCNTネットワーク薄膜7で被覆したうえで、一部のCNTやCNTネットワークを本体のネットワーク薄膜7から剥離させて流動させることができる。そうすれば、流動させたCNTやCNTネットワーク3を炭素繊維3の隙間へ充填させて新たなCNTネットワーク薄膜7を形成することが可能となる。平均膜厚(t)が300nmを超えて2um以下の状態では、成形体にしたときの炭素繊維3の占有率が低い状態であってもCNTネットワーク薄膜7で炭素繊維3の間を架橋することが可能となる。平均膜厚(t)が2umを超えて特に10um以上の状態では、CNT凝集物が付着している状態と同じとなって樹脂流れが阻害され、気泡が生じやすくなり、母材自体が持つ強度を低下させるため適切ではなく、その場合には、CNTの表面と母材との密着性を改善するなどの対策をとる必要が生じる。以上のことから、CNTネットワーク薄膜7の炭素繊維3の表面からの平均膜厚(t)は、100nmを超える範囲であっても好ましく、この場合、上限の厚さを2umに設定するのがさらに好ましい。
【0054】
さらにまた、複合素材1や、複合素材1を用いた繊維強化成形品では、炭素繊維3の含有量を増加させると、CNTの付着総量を増加させることができるうえに、繊維強化成形品の作製において高圧プレス成形製法を併用することで隣接する炭素繊維3どうしの離間間隔を狭めることが可能となる。そのため、複合素材1における炭素繊維3の含有量を増加させると、100nmを超える平均膜厚(t)を有するCNTネットワーク薄膜7を形成することが可能となるうえに、複合素材1や複合素材1を用いた繊維強化成形品において、図9(a)、図9(b)、図10に示すように、隣接する炭素繊維3の間の一部に架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’を形成することが可能となる。架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’が形成されると、母材の強度を向上させるというさらなる効果が得られる。以下、このことをさらに詳細に説明する。
【0055】
複合素材1を用いた繊維強化成形品における強度を低下させる要因の一つに、炭素繊維3と樹脂13との間の密着強度が低いことが挙げられる。そのため、強度の低い繊維強化成形品の破断面を観察すると、樹脂13と炭素繊維3とが剥離している箇所が見出される。架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’が形成されると、CNTネットワーク薄膜7’が隣接する炭素繊維3どうしをつなぎとめる役割を果たすために、炭素繊維3同士の剥離や亀裂が防止される。これにともない、繊維強化成形品における破断強度やじん性をはじめとした強度特性が向上する。
【0056】
なお、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’では、平均膜厚(t)を炭素繊維3の表面からCNTネットワーク薄膜7’が突出する量とするのではなく、図9(b)に示すように、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’の一方表面から他方表面に至る厚みの平均値を平均膜厚(t)と規定することができる。その場合の平均膜厚(t)は、炭素繊維3の表面からCNTネットワーク薄膜7’が突出する量と同様、100nm以下となる。炭素繊維3の表面からCNTネットワーク薄膜7’が突出する量と架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’の一方表面から他方表面に至る厚みとが同一となるのは次の理由によっている。すなわち、本実施の形態で用いるCNTは、単離分散液の状態であるため、CNT5は炭素繊維3の表面に沿って密着してCNTネットワーク薄膜7を形成する。そのため、炭素繊維3の表面に沿って密着したCNT5からなるCNTネットワーク薄膜7の平均膜厚(t)と、炭素繊維3の表面から突出するCNTネットワーク薄膜7’の一方表面から他方表面に至る厚みとは同一となる。
【0057】
CNTネットワーク薄膜7は、複数の炭素繊維を結びつける構造(上述した架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’)にならなくとも、図8に示すようにCNTネットワーク薄膜7の一部7aが炭素繊維3に絡み付いた状態で炭素繊維3の表面から突出してだけであっても、この構成により母材とCNTネットワーク薄膜7との間の密着性を補強することができる。この補強効果は、CNTネットワーク薄膜7の表面と母材との密着性を改善するなどの処理を行った場合に顕著に現れる。なお、このときのネットワーク長は特にこだわらない。
【0058】
また、一部のCNTネットワーク薄膜7は、母材と複合素材1とを混合する工程において炭素繊維3の表面から剥離して母材中に浮遊する。このようにして浮遊するCNTネットワーク薄膜7は、繊維強化成形品作製時のプレス成型工程において、樹脂流れと共に流動して炭素繊維3の隙間へ充填されて新たに炭素繊維3を架橋する構造を形成して、繊維強化成形品の強度を向上させる働きをする。
【0059】
CNTネットワーク薄膜7の炭素繊維3の表面からの平均膜厚(t)は、次のようにして測定した。すなわち、CNT/炭素繊維複合素材1から任意の素材束を取り出して金属性の試料台に導電性テープ等で固定する。取り出した素材束では一部の炭素繊維3が剥離して剥離部位のCNTネットワーク薄膜7が露出している。そこで、このようにして露出しているCNTネットワーク薄膜7の断面の厚さの平均値(t)をSEMで観察して測定した。
【0060】
架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’を形成する構成では、繊維強化成形品中における単位断面積あたりの炭素繊維3の占有率を30%以上とする。炭素繊維占有率が30%未満では、隣接する炭素繊維3の間の離間距離は数10μm以上となる結果、炭素繊維3の間の離間距離が遠すぎて架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’がほとんど形成されない。これに対して、炭素繊維3の占有率が30%以上になると、炭素繊維3の間の離間距離が10μm以下となって、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’が形成されやすくなる。以下、このことをさらに詳細に説明する。
【0061】
炭素繊維占有率が30%以上50%未満の範囲では、炭素繊維3の間の離間距離が3−10μmとなり、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’が得られやすくなる。炭素繊維占有率が50%以上70%以下では、炭素繊維3の間の離間距離は1−3μmとなり、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’がさらに得られやすくなる。炭素繊維占有率が70%を超えて炭素繊維の充填上限値(最密充填の状態)までの範囲では、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’が成型時の樹脂流れと共に炭素繊維の隙間へ高密度に充填されて、炭素繊維3の表面を被覆したCNTネットワーク薄膜7と母材(充填物)とが一体化する結果、架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’による強度向上効果が最も発揮される。なお、このような炭素繊維3の高充填状態は、例えばプレス機等の高圧処理により実現することができる。
【0062】
上述した複合素材中の単位断面積あたりの炭素繊維占有率は、例えば、次のようにして算出することができる。すなわち、複合素材1を含んだ繊維強化成形品の破断面をSEM等の電子顕微鏡で観察する。炭素繊維3が短繊維である場合、繊維強化成形品における炭素繊維3の向きはランダムとなる。そのため、観察領域において少なくとも炭素繊維3の断面が10本以上密集して見える視野を抽出し、抽出した視野中において単位断面積あたりの炭素繊維3の占有率を測定により算出する。
【0063】
また、繊維強化成形品の製造方法には、上述した方法の他、エポキシ樹脂39が充填された複合素材45を金型に注入して高圧プレスすることで本発明の繊維強化成形品を成形してもよい。そうすれば、炭素繊維3の離間間隔を狭めることができるうえ、図9(a)、(b)、図10を参照して前述した架橋状態のCNTネットワーク薄膜7’を形成しやすくなる。
【符号の説明】
【0064】
1 複合素材
3,9,15 炭素繊維
5,13,17 CNT
7,11,19 CNTネットワーク薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維の表面に、複数のカーボンナノチューブ(CNT)が絡みついてCNTネットワーク薄膜が形成された構造を有する、ことを特徴とするCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項2】
CNTネットワークの炭素繊維表面からの厚さは、100nm以下である、請求項1に記載のCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項3】
CNTネットワークの炭素繊維表面からの厚さは、100nmを超える、請求項1に記載のCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項4】
前記CNTネットワーク薄膜の一部は複数の前記炭素繊維の間で架橋状態で配置されている、請求項1ないし3のいずれかに記載のCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項5】
前記CNTネットワーク薄膜の一部は前記炭素繊維の表面から突出して配置されている、請求項1ないし3のいずれかに記載のCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項6】
前記CNTは、長さ1−10μmで、かつ、直径20nm以下の多層CNTである、請求項1ないし5のいずれかに記載のCNT/炭素繊維複合素材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載のCNT/炭素繊維複合素材中に母材が含浸してなる、ことを特徴とする繊維強化成形品。
【請求項8】
前記CNTの濃度が、前記母材に対して0.01−10wt%であるである、請求項7に記載の繊維強化成形品。
【請求項9】
単位断面積あたりで前記炭素繊維の占有率は、30%以上である、請求項7または8に記載の繊維強化成形品。
【請求項10】
前記複合素材と前記母材とをプレス成形してなる、請求項7ないし9のいずれかに記載の繊維強化成形品。
【請求項11】
請求項1に記載の複合素材を製造する方法であって、
複数のCNTを硫酸と硝酸とが混合されてなる混酸液中に浸漬すると共に、その浸漬後、前記複数のCNTを溶媒中に浸漬した状態で超音波をその周波数を切り替えて照射し、複数のCNTが溶媒中に単離分散したCNT単離分散液を得る第1工程と、
前記CNT単離分散液中に炭素繊維束を浸漬した状態で、前記CNT単離分散液に振動、光照射、熱等によりエネルギを付与して炭素繊維表面にCNTネットワーク薄膜を形成する第2工程と、
を含むことを特徴とする複合素材の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−76198(P2013−76198A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−28935(P2012−28935)
【出願日】平成24年2月13日(2012.2.13)
【出願人】(000111085)ニッタ株式会社 (588)
【Fターム(参考)】