説明

Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法、Ca−Gd−F系透光性セラミックス、光学部材、光学系、及びセラミックス形成用組成物

【課題】蛍石と同程度の高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有するCa−Gd−F系材料を、透光性セラミックスとして提供する。
【解決手段】CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを混合して微粒子混合物を調整し、前記微粒子混合物を焼結し、透明化することで透光性セラミックスを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、カルシウム及びガドリニウムのフッ化物からなるCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法、Ca−Gd−F系透光性セラミックス、光学部材、光学系、及びセラミックス形成用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍石(CaF)は、アッベ数(νd)が95と高く、屈折率分散特性に優れ、光の波長に対する屈折率の分散が小さい。また蛍石は、紫外域から赤外域までの光の透過率が高い。そのため蛍石は、優れた光学材料として知られている。
このような光学材料からなる凸レンズと、他の材料で形成された凹レンズを組み合わせると、色収差を良好に補正することができる。そのため、蛍石は、例えば顕微鏡対物レンズなど、各種の光学系に多数使用されている(例えば特許文献1)。
【0003】
従来、蛍石単結晶が光学系に利用されているが、フッ化カルシウム焼結体として、蛍石セラミックスを製造する方法が、例えば特許文献2によって、知られている。特許文献2には、以下の蛍石セラミックスの製造方法が記載されている。カルシウム化合物とフッ素化合物を溶液中で反応させ、懸濁液を得る。次いで、この懸濁液を密閉容器に入れて100℃以上300℃以下に加熱することでフッ化カルシウム微粒子を作製する。このフッ化カルシウム微粒子を700℃以上1300℃以下に加熱して焼結することで焼結体が形成される。この焼結体に不活性雰囲気中で500Kg/cm以上10000Kg/cm以下の圧力をかけながら、800℃以上1300℃以下に加熱することで、焼結体が透明化し、蛍石セラミックスが形成される。
【0004】
このように製造されたセラミックスは、ボイド等の発生が抑えられた緻密な焼結体であるため、優れた光学特性が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−191933号公報
【特許文献2】特開2006−206359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来より光学系に使用されている単結晶材料の蛍石では、温度上昇の際の熱膨張歪が、結晶方位により異なり、非等方的に発生する。そのため、気温変化によって発生する熱膨張歪により、レンズの結像性能が低下し易い。更に、急激な温度変化により割れが生じ易いため、加工性に劣るという問題点もあった。
【0007】
また、蛍石はアッベ数が高いものの、屈折率(nd)が1.43と非常に低い。そのため、蛍石セラミックスを用いた場合においても、光学的利用範囲が制限され易いという問題点があった。
【0008】
なお、立方晶構造を有するCa−Gd−F系の結晶の存在は知られているが、CaF2とGdF3の比重差が大きいため良質な単結晶を安定して製造することは難しい。そのため、Ca−Gd−F系の結晶を光学材料に適用するのは困難であった。
【0009】
そこで、この発明は、蛍石と同程度の高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有し、かつ光学材料として利用可能な透光性を有するCa−Gd−F系透光性セラミックス、および該透光性セラミックスを用いた光学部材を提供することを課題とする。また、高い屈折率及びアッベ数を有し、温度上昇時の熱膨張が等方的に生じる、Ca−Gd−F系透光性セラミックス、及び該透光性セラミックスを用いた光学部材を提供することを課題とする。さらに、この発明は、このような光学部材を用いた光学系を提供することを他の課題とする。
【0010】
また、この発明は、蛍石と同程度の高いアッベを有し、蛍石より高い屈折率を有するCa−Gd−F系透光性セラミックスを製造可能な製造方法を提供することを別の課題とする。
更に、この発明は、上記Ca−Gd−F系透光性セラミックスを製造するのに好適に使用可能なセラミックス形成用組成物を提供することを別の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスは、(Ca1−XGd)F2+X(ただし、Xは0より大きく0.4以下の数である。)の結晶を含む多結晶体からなり、光を透過可能な透光性を有する。
【0012】
この発明の光学部材は、前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスからなり、所定形状に形成されている。
【0013】
この発明の光学系は、光路に少なくとも一組の凸レンズと、凹レンズとを備えた光学系であり、前記凸レンズ又は前記凹レンズの一方が前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスからなり、他方が前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスとは異なる材料からなる光学系である。上記光学系は、さらに1以上の凸レンズ、および1以上の凹レンズを備えていてもよい。
【0014】
この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法は、CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを混合して微粒子混合物とし、該微粒子混合物を焼結及び透明化することで透光性セラミックスを製造するCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法である。
上記製造方法は、前記CaF微粒子の製造工程および/または前記GdF微粒子工程を含むものであってもよい。
上記製造方法は、前記CaF微粒子および前記GdF微粒子を含む微粒子混合物を調整する工程を含むものであってもよい。
【0015】
更に、この発明のセラミックス形成用組成物は、CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを含有するセラミックス形成用組成物である。
【発明の効果】
【0016】
この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスは、(Ca1−XGd)F2+X(Xは0より大きく0.4以下の数である。)の結晶を含む多結晶体からなり、光を透過可能な透光性を有する。そのため、この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスは、CaF結晶やGdF結晶とは異なる光学的特性を有する。すなわち、本発明によれば、蛍石と同程度の高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有するCa−Gd−F系透光性セラミックスを提供することができる。しかも、Ca−Gd−F系透光性セラミックスは多結晶体であるため、温度上昇時に等方的に熱膨張歪みが生じ易いという利点を有する。
【0017】
また、この発明の光学部材は、前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスからなるので、蛍石と同程度の高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有する。更に、前記光学部材を有するこの発明の光学系によれば、優れた光学性能を実現し易い。
【0018】
また、この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法によれば、CaF微粒子と、このCaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを混合して微粒子混合物とし、この微粒子混合物を焼結及び透明化する。そのため、微粒子混合物の焼結性を確保し易く、カルシウム及びガドリニウムのフッ化物の多結晶体であって光を透過可能な透光性を有するCa−Gd−F系透光性セラミックスを製造することが可能である。
【0019】
更に、この発明のセラミックス形成用組成物は、CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを含有するので、前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法に好適に使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施例1により作製されたCaF微粒子およびGdF微粒子のTEM写真であり、(a)はCaF微粒子、(b)はGdF微粒子を示す図である。
【図2A】図2Aは実施例1により製造されたCa−Gd−F系透光性セラミックスのX線解析の結果を示すチャートである。
【図2B】図2Bは公知のCGF結晶の粉末X線解析の結果を示すチャートである。
【図3】実施例1により製造されたCa−Gd−F系透光性セラミックスの波長に対する透過率を示すグラフである。
【図4】実施例1乃至3により製造されたCa−Gd−F系透光性セラミックスにおいて、CaF微粒子とGdF微粒子との混合割合を変化させた場合の屈折率変化とアッベ数変化とを示すグラフである。
【図5】実施例1乃至3により製造されたCa−Gd−F系透光性セラミックス及び各種光学ガラスにおいて、アッベ数と部分分散比との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、この発明の実施の形態について説明する。
【0022】
この発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスは、実質的にカルシウム及びガドリニウムのフッ化物の多結晶体であって、光を透過可能な透光性を有するものである。このCa−Gd−F系透光性セラミックスは、内部に光を透過させる部材として使用できる。特に、この透光性セラミックスは、レンズ等の光学部材に好適に使用可能である。
【0023】
このCa−Gd−F系セラミックスは、カルシウムガドリニウムフルオライド(以下、CGFと称す。)の結晶が含有されている多結晶体である。CGFは、(Ca1−XGd)F2+X(Xは0より大きく0.4以下の数である。)により示される組成比(原子比)を有する。組成比は蛍光X線分析や、各種の化学分析法により精度よく測定することが可能である。
【0024】
このCGFの組成比は、製造時の条件の設定等により種々の値に設定可能であるが、Gd成分量を、焼結時の条件でCa成分リッチ相中に固溶するGd成分量の固溶限度以下としてCGFの組成比を調整することが好ましい。この場合、CaFを端成分とするCa成分リッチ相の結晶構造が有効に機能し易い構造が得られる。CaFの結晶系は立方晶であり、GdFは斜方晶であるが、上記範囲の組成のCGFは、立方晶となる。結晶系が立方晶であると、粒界において結晶構造の整合性を確保し易いため、セラミックスを透明化する条件として非常に有利である。
【0025】
上記(Ca1−XGd)F2+Xで示されるCGFの組成比において、Xを0.4より大きくすると、CaFに対するGdイオンの固溶限界を超えるため、透光性を有するセラミックスを得ることが難しい。したがって、Xの上限を0.4とした。Xは0.1以上0.4以下とすることがより好ましい。Xが0.1未満では、蛍石との屈折率の差をあまり大きくすることができない。なお、Gd濃度の高い部位の発生を防止し、安定的に均質な光学特性を得るためには、Xは0.3以下とすることがより好ましい。したがって、Xは0.1以上0.3以下とすることがさらに好ましい。
【0026】
Ca−Gd−F系透光性セラミックスは実質的にCGF結晶からなるものが好適である。但し、所望の屈折率及びアッベ数が得られ、かつ光学材料として利用可能な透光性が得られる範囲において、CGFの結晶と共に、CaFの結晶及びGdFの結晶の一方又は双方が含まれていてもよい。
更に、所望の屈折率及びアッベ数が得られ、かつ光学材料として利用可能な透光性が得られる範囲において、他の不可避成分や焼結助剤等がCa−Gd−F系透光性セラミックスに含有されていてよい。
【0027】
Ca−Gd−F系透光性セラミックスは、上記のCaFの結晶またはGdFの結晶を含まず、実質的にCGF結晶からなるものがより好ましい。またCa−Gd−F系透光性セラミックスは、実質的に均質なCGF結晶からなることが好ましい。例えば、体積1μm×1μm×1μmの領域、好ましくは全体の領域において、CGF結晶の組成式(Ca1−XGd)F2+XにおけるXが、目標値に対し、±10%の範囲内に抑えられていることが好ましい。
【0028】
Ca−Gd−F系透光性セラミックスは、光を透過可能な透光性を有する。この透光性は、Ca−Gd−F系透光性セラミックスの用途に応じた範囲でよい。例えば、使用時に透過させる波長の光の透過率が50%以上とすることができる。本発明が提供するCa−Gd−F系透光性セラミックスを色収差補正用の光学部材として用いる場合の使用波長は、例えば380nm〜780nmの可視光領域であり、代表波長は例えば550nmである。また、各種の光学部材では550nm以下の波長が使用される。そのため、Ca−Gd−F系透光性セラミックスは、550nmの波長の光の透過率が50%以上、より好ましくは350nm以上550nm以下の波長の光の透過率が50%以上としてもよい。なお、上記の波長または波長範囲における光の透過率は、70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましい。
【0029】
この透光性は、セラミックスの材料をCa及びGdのフッ化物に特定することで得られるものである。例えば、Gdの代わりにCeやYなどのフッ化物として高屈折率物質となり得る物質を用いたとしても、十分な透光性は得られない。その他の希土類のうち、Pr、Nd、Sm、Eu、Tb、Dy、Ho、Er、TmをGdの代わりに用いても透光性は得られるものの、可視光の一部波長を吸収したり、蛍光を発するなどの問題がある。ただし、La、Eu,Tb、Dyについては比較的吸収が少なかったり、蛍光発光強度が弱いため問題にならない可能性がある。
【0030】
このようなCa−Gd−F系透光性セラミックスは、そのまま使用してもよいが、所定形状の光学部材として使用することも可能である。例えばCa−Gd−F系透光性セラミックスを、光の入射面や放射面が、球面形状、非球面形状、平面形状、格子形状等、各種の形状を有する光学部材に加工することができる。更に、同様のCa−Gd−F系透光性セラミックスにより形成された1つ又は2以上の光学部材を組合せて使用することも可能である。或いは、上記光学部材を、他の材料により形成された光学部材と組合せて光学系を構成することにより使用することも可能である。例えば、Ca−Gd−F系透光性セラミックスにより形成された少なくとも一つの光学部材を、光学ガラス、光学プラスチック、光学結晶などから選択される材料で形成された少なくとも一つの光学部材と組合わせて使用することができる。
【0031】
以上のようなCa−Gd−F系透光性セラミックスは、良好な透光性が付与されたCGFの焼結体からなる新規なセラミックスである。そして、このセラミックスやこのセラミックスにより形成された光学部材は、CaF結晶及びGdF結晶の光学特性とは異なる光学特性を有し、従来にない屈折率とアッベ数をもつフッ化物材料となる。具体的には、このセラミックスは、蛍石と実質的に同じ程度に高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有している。例えば、Ca−Gd−F系透光性セラミックスは、屈折率(nd)が1.43以上1.55以下であると共に、アッベ数が85以上95以下の範囲を有している。そのため、このセラミックスは、種々の光学系に利用し易い。
【0032】
しかも、この屈折率及びアッベ数は、後述する実施例の図4に示す通り、CaとGdとの存在割合に対して一次関数的な相関を有している。そのため、CaとGdとの存在割合を調整することで、所望の屈折率及びアッベ数を有するセラミックスを容易に得ることが可能である。
【0033】
更に、このCa−Gd−F系透光性セラミックスは、各種のノーマルガラス(一般的な光学ガラス)と比較して異常部分分散を示す。例えば、アッベ数(νd)に対する部分分散比(Pg,F)の相関は、ノーマルガラスの場合、各後述の実施例の図5に示すように、直線で近似できる分布を示す。これに対し、Ca−Gd−F系セラミックスの場合、アッベ数に対する部分分散比は、上記の直線を離れ、ノーマルガラスとは異なる分布を示す。具体的には、本発明のCa−Gd−F系透光性セラミックスは、アッベ数が85以上95以下、部分分散比が0.53以上0.55以下の特性を有することができる。このため、Ca−Gd−F系セラミックスでは、フラウンフォーファーg線のような一部の光についての屈折率を、ノーマルガラスと異ならせることができる。
【0034】
そのため、上記の異常部分分散を利用し、Ca−Gd−F系セラミックスで形成された部材を他の部材と組み合わせることで、色補正(色収差の補正)や二次スペクトルの除去等を容易に行うことができる。例えば、光路に凸レンズと凹レンズとを備えた光学系の場合、凸レンズ又は凹レンズの一方にこのCa−Gd−F系透光性セラミックスにより形成された部材を用い、他方にCa−Gd−F系透光性セラミックスとは異なる材料によって形成された部材を用いて光学系を構成することにより、効率よく二次スペクトルを除去することが可能である。例えば、上記光学系は、焦点距離の長い望遠レンズなどにも利用することができる。
【0035】
本発明に係るCa−Gd−F系透光性セラミックスから凸レンズ又は凹レンズを製造する場合は、対象の形に近い形状に粗成形したCa−Gd−F系透光性セラミックスの表面を所定形状に加工し、さらに表面に光学研磨を施した後、必要に応じて反射防止加工等を行なえばよい。これらの各工程には公知の方法を適宜用いることができる。
【0036】
このCa−Gd−F系透光性セラミックスは多結晶体であるため、温度上昇時に熱膨張歪が結晶方位に依存する異方性を示すことはなく、等方的に熱膨張歪が生じる。そのため、このセラミックスを加工する際には歪みによる破損が生じ難い。また、このセラミックスに光を透過して使用する際には、気温変化による結像性能の低下を生じ難い。
【0037】
次に、このようなCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法について説明する。
Ca−Gd−F系透光性セラミックスを製造するには、CaF微粒子と、このCaF微粒子とは別に形成されたGdF微粒子とを含有するセラミックス形成用組成物を準備し、このセラミックス形成用組成物を出来るだけ均一に混合して微粒子混合物とし、この微粒子混合物を焼結及び透明化することで製造することができる。
上記の製造方法は、前記セラミックス形成用組成物の調整を含む方法であってもよい。また、前記組成物に用いるCaF微粒子および/またはGdF微粒子の製造を含む方法であってもよい。なお、このセラミックス形成用組成物には、予め作製されたCaF微粒子及びGdF微粒子や、それらの混合物を用いることも可能である
ここで、セラミックス形成用組成物とは加熱、加圧等適宜な処理を施すことでセラミックスを形成可能な材料であって、焼結可能なCaF微粒子及びGdF微粒子を含有するものであればよい。前記組成物に含有されるCaF微粒子及びGdF微粒子は、他の成分の含有量を抑えた高純度の微粒子が好ましい。
【0038】
前記組成物に含有されるCaF微粒子と、GdF微粒子は、それぞれ別に製造されたものとする。例えば、カルシウム化合物とガドリニウム化合物両方を含む混合溶液にフッ素化合物を添加することにより、CaFとGdFを同時に生成せた微粒子混合物、あるいはこれらの成分を両方含む複合微粒子は、本発明では使用しない。このような方法では、焼結性に優れた微粒子を得ることが難しい。
【0039】
上記セラミックス形成用組成物に用いるCaF微粒子は、最大粒径5μm以下、好ましくは3μm以下、さらに好ましくは1μm以下の微粒子であることが望ましい。またGdF微粒子も、最大粒径5μm以下、好ましくは3μm以下、さらに好ましくは1μm以下の微粒子であることが望ましい。粒径5μmを越える粒子が組成物に含まれると、焼結後のセラミックスにおいて、Gd濃度が局所的に異なる部位を生じやすい。なお、組成物の材料が上記の上限値を越える粒径の粒子を含んでいても、微粒子混合物を調整する過程で上限の数値以下に細粒化されればよい。
上記、微粒子には、複数の一次粒子が凝集した凝集体(二次粒子)が含まれている。微粒子混合物を調整する段階において、二次粒子を細粒化し、一次粒子の割合を高めて、CaF2とGdFを均一に混合することが好ましい。
CaF2微粒子は、一次粒子の粒径を200nm以下とすることが好ましい。GdF微粒子は、一次粒子の粒径を200nm以下とすることが好ましい。
【0040】
「CaF2微粒子の作成」
CaF微粒子は、カルシウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で100℃以上300℃以下に加熱して作製することができる。
【0041】
CaF微粒子の作成に用いるカルシウム化合物としては、酢酸塩、乳酸塩、シュウ酸塩、アスコルビン酸塩、アルギン酸塩、安息香酸塩、炭酸塩、クエン酸塩、グルコン酸塩、パントテン酸塩、サリチル酸塩、ステアリン酸塩、酒石酸塩、グリセリン酸塩、トリフルオロ酢酸塩等のカルシウムの有機酸塩を用いてもよく、カルシウムの塩化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩等の無機塩を用いてもよい。カルシウム化合物としては、酢酸カルシウムを用いることが特に好ましい。酢酸カルシウムは水への溶解度が高く、硫酸塩や塩化物のような不純物イオンが残り難いため好適である。
【0042】
フッ素化合物としては、フッ化水素酸(フッ酸)等を用いることができる。フッ素化合物としてフッ酸を用いれば、不純物イオンが残り難く好適である。
【0043】
カルシウム化合物とフッ素化合物との反応は、それぞれを溶解して水溶液とし、常温常圧下で、カルシウム化合物水溶液中にフッ素化合物水溶液を徐々に注入することで反応させることができる。
【0044】
この反応時には、反応混合物中にGdイオン等のような他のイオンが出来るだけ少ないことが好ましい。反応混合物中にCaイオンとフッ素イオン以外の他のイオンが共存すると、これらのイオンが形成されるCaF微粒子に取り込まれることにより、CaFの結晶性が低下し、粒子が凝集し易くなる。そのため、後述する焼結において、強く凝集された粒子が解離できず、セラミックス中にボイドが残留して密度が低下するなどの問題を生じ、焼結性が悪化し易い。焼結においては、焼結条件の僅かな変化でも高密度の焼結体が得られなくなることが多い。他のイオンは焼結性に敏感に影響して焼結性を悪化させるため、出来るだけ少なく抑えることが好適である。
【0045】
また、反応時には、フッ素化合物をカルシウム化合物に対する化学当量(CaFに換算した場合の化学当量)より多い過剰量とするのが好適である。結晶性を向上させて凝集を抑え易くするためである。その結果、フッ素欠損が少なく、結晶性の高いCaF微粒子が形成される。
【0046】
更に、フッ素化合物水溶液の注入時には攪拌を行い、更に、注入終了後も攪拌を続けることが好ましい。生成されるCaF結晶からなる一次粒子の凝集を抑えるためである。強く凝集した状態の粒子が生成された場合、焼結及び透明化の際に加熱加圧しても、凝集状態が解離できず、ボイドが残留したり、緻密なセラミックスを得にくくなる。そのため、CaF結晶生成期間中は十分に攪拌を行うことが好適である。
【0047】
上記のように、常温常圧下でカルシウム化合物とフッ素化合物とを反応させた後に、反応混合物を密閉容器に収納し、100℃以上300℃以下で加熱・加圧処理を行う水熱反応処理を行うことが好ましい。
常温常圧下でカルシウム化合物とフッ素化合物とを反応させるだけでは、反応は十分に進行せず、結晶はフッ素欠損の多いフッ化物となっている。そのため、得られる反応混合物中の結晶の化学量論比はCa1に対してFが2より小さいく、結晶性が低く、凝集し易い。
そのため、上記のように所謂水熱反応を更に行い、カルシウム化合物とフッ素化合物の反応を完結させることが好ましい。水熱反応処理に用いる容器は特に限定されない。例えば、テフロン(登録商標)製のオートクレーブ等の密閉容器を用いてもよい。好ましい処理温度は120−180℃である。圧力は、この温度範囲における水の飽和蒸気圧である0.2−1.0MPaが好ましい。
【0048】
これによりCaF微粒子のCa1に対するFの割合を実質的に2にでき、結晶性の高いCaF微粒子を形成できる。そのため、CaF微粒子の表面が安定になり、微粒子間の凝集力を小さくし易い。その結果、比較的低温でも高密度に焼結し易い、焼結性に優れたCaF微粒子を得ることができる。
なお、上記の方法によれば、たとえば、一次粒子の平均粒径100〜200nmのCaF微粒子を得ることができる。
【0049】
「GdF微粒子の作成」
一方、GdF微粒子は、CaF微粒子の作製とほぼ同様に、ガドリニウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で100℃以上300℃以下に加熱して作製することができる。
【0050】
ガドリニウム化合物としては、カルシウム化合物と同様のガドリニウムの有機酸塩や無機物を用いることができる。すなわち、酢酸塩、乳酸塩、シュウ酸塩、アスコルビン酸塩、アルギン酸塩、安息香酸塩、炭酸塩、クエン酸塩、グルコン酸塩、パントテン酸塩、サリチル酸塩、ステアリン酸塩、酒石酸塩、グリセリン酸塩、トリフルオロ酢酸塩等のガドリニウムの有機酸塩を用いてもよく、ガドリニウムの塩化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩等の無機塩を用いてもよい。ガドリニウム化合物としては、酢酸ガドリニウムを用いることが好ましい。フッ素化合物としては、フッ酸を用いることができる。
まず、CaFの作成時と同様、ガドリニウム化合物とフッ化物のそれぞれを水溶液として常温常圧下で徐々に反応させる。ここでは、ガドリニウム化合物を十分溶解させるために微量の硝酸等の無機酸を添加してもよい。
【0051】
この反応時には、反応混合物中に存在するCaイオン等の他のイオンを出来るだけ少なくすることが好ましい。これにより、形成されるガドリニウムフッ化物の結晶性低下を抑制し、焼結性を向上させることができる。また、フッ素化合物水溶液をガドリニウム化合物水溶液(例えば酢酸ガドリニウム水溶液)に対し、化学当量(GdFに換算した化学当量)より多くなるように過剰量注入することが好ましい。これにより、ガドリニウムフッ化物の結晶性低下を抑制し、微粒子間の凝集力を弱くすることができる。更に、フッ素化合物水溶液の注入時及びその後に攪拌を続けることで、一次粒子の凝集を抑えることが好ましい。
【0052】
そして、上記の反応後には、密閉容器内に反応混合物を収容して密閉し、100℃以上300℃以下、好ましくは120−180℃で加熱・加圧処理する水熱反応処理を行うことにより、ガドリニウム化合物とフッ素化合物の反応を完結させるのが好適である。これによりフッ素欠損を抑え、GdF微粒子の結晶性を高くすることができる。そのため、粒子が凝集し難くすることができ、比較的低温でも高密度に焼結し易いGdF微粒子を得ることができる。
なお、上記の方法によれば、たとえば、一次粒子の平均粒径50〜100nmのGdF微粒子を得ることができる。
【0053】
このようにして得られたCaF微粒子を含有する反応混合物及びGdF微粒子を含有する反応混合物は、何れも強酸性の水溶液中に結晶の微粒子が分散された懸濁液となっている。そのため、遠心分離機等により固液分離し、室温以上200℃以下の温度で乾燥することで、乾燥粉末とする。固液分離或いは更に乾燥によって強酸性の水溶液を分離することで、その後の処理や保管時において取扱が容易になる。更に、液相中の不純物の混入も抑制できる。また、CaF微粒子とGdF微粒子の両者を一定の割合で混合する際に、粉末であれば正確に秤量できるので屈折率などの光学性能が安定する。
【0054】
より好ましくは、上記反応混合物を含む懸濁液の固液分離後に、反応混合物に水またはアルコール等の洗浄用溶媒を注入して遠心分離し、上澄み液を除去する等の洗浄処理を1乃至複数回行うのが好適である。これにより強酸性の液や不純物をより効率良く除去することが可能である。アルコール等の有機溶媒を用いると、乾燥時に起こる微粒子同士の凝集力を弱くする効果があり、後述する分散処理を容易にするので好適である。
【0055】
「組成物の調整」
そして、これらの乾燥粉末状のCaF微粒子とGdF微粒子とを混合してセラミックス形成用組成物とする。このセラミックス形成用組成物とは、焼結及び透明化することで、透光性セラミックスを形成可能な材料である。上記セラミックス形成用組成物は、前記のようなCaF微粒子及びGdF微粒子が決められた重量比で正確に含有されていればよく、均一に混合されていてもよい。また、粉末状であってもよく、スラリー等のように分散液中に分散或いは懸濁されていてもよい。
【0056】
次いで、上記セラミックス形成用組成物を準備した後、セラミックス形成用組成物をスラリー又は懸濁液として湿式混合により混合する。これによりCaF微粒子及びGdF微粒子を出来るだけ均一に混合する。湿式混合により混合すると、乾式混合より均一に混合できるうえ、CaF微粒子及びGdF微粒子の一次粒子に、過剰な応力による損傷を与え難いので好ましい。
この湿式混合においては、それぞれの粒子の凝集状態をできるだけ解離させて一次粒子にまで破壊し、両者をナノレベルで均一に混合することが好ましい。
【0057】
湿式混合に供されるCaF微粒子及びGdF微粒子は、例えば、上記のように作製時に凝集を抑え易くして製造しても、一次粒子が複数凝集した二次粒子となっている。また、CaF微粒子及びGdF微粒子を作製後に乾燥させた場合にも凝集が大きくなり易い。例えば、一次粒子径がCaFで150nm程度、GdFで70nm程度であったとしても、二次粒子は10μm程度となることもある。
【0058】
CaF粒子及びGdF粒子が大きな塊状の二次粒子の形態のままで混合され、焼結されると、焼結時にCaF微粒子とGdF微粒子との接触面積が少なくなり易い。この場合、十分な固相反応が起こり難くなる。すると、最終的に得られるCa−Gd−F系透光性セラミックスにおいて、微視的にCaF結晶相とGdF結晶相とが生じ、微視的に不均一な組成のムラが生じることになる。それを解決するために反応温度を高くすると、今度はフッ化物からのフッ素の離脱が起きてしまい、透過率を低下させる原因になってしまう。また、CGF結晶のCa-rich相中においても、CaとGdの組成比に不均質性が生じる場合がある。その結果、屈折率にムラ(不均質分布)が生じ、Ca−Gd−F系透光性セラミックスに入射する光に対し、セラミックス中の内部散乱が大きくなり、透過率を低下させたり、所望の屈折率やアッベ数等の光学特性が得られなくなる。
そのため、粒子の凝集状態を出来るだけ解離させ、凝集粒子(二次粒子)を破壊して一次粒子の割合を高め、一次粒子同士を出来るだけ均一に混合させることが好ましい。
【0059】
二次粒子の凝集状態を解離するのに有効な手段は、化学的処理による凝集力低下と、機械的処理による凝集粒子破壊できある。
化学的な凝集力低下においては、水熱処理を終了したCaF及びGdFのスラリーを乾燥させる際、プロパノールなどの高級アルコールに置換・洗浄してから乾燥させると、凝集力を弱くすることができ、その後の機械的凝集破壊が容易になる。
CaF微粒子を作製する際、酢酸カルシウムは酢酸ガドリニウムと異なり蒸留水に容易に大量に溶解できるので硝酸は不要であるが、硝酸を添加した方が完成した乾燥粉末の凝集力が低下するので好ましい。
【0060】
一方、機械的凝集破壊としては、攪拌羽根等による攪拌、ビーズミル、高圧ホモジナイザー、高速旋回機、超音波分散等の分散機を用いて機械的凝集破壊を行ってもよい。
【0061】
機械的凝集破壊の場合、過剰な応力を与えると、一次粒子に応力が残留したり破損が生じるため、焼結の段階でセラミックスが割れたり反りを生じる易くなる。また、ビーズミルなどのメディアタイプの装置を用いた場合、ビーズ自身あるいは装置の摩耗からくるコンタミネーションが問題になることがあるので、一般的に用いられている部分安定化ジルコニアより窒化珪素または炭化珪素のビーズが好ましい。さらに好ましいのは、ビーズなどの分散媒体を使用しない、すなわちメディアレスタイプの装置である高圧ホモジナイザーを用いて分散を行うことが好ましい。
【0062】
その後、CaF微粒子及びGdF微粒子が分散液中に均一に混合された微粒子混合物を遠心分離機により固液分離する。凝集粒子が破壊されて一次粒子にまで分散されると遠心分離が困難になる場合がある。そこで、溶液のpHをアルカリ性にすると再凝集が起きて容易に遠心分離できるようになる。このアルカリ液としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの無機アルカリの溶液、テトラメチルアンモニムハイドロオキサイド(TMAH)や2-ヒドロ岸エチルトリメチルアンモニウムハイドロオキサイドなどの有機アルカリの溶液などが挙げられる。有機アルカリ液であれば、無機アルカリ液のように、ナトリウムやカリウムなどの不純物が分散液中に混入する問題がない。また、有機アルカリ液は、加熱することで容易に分解・離脱するため、Ca−Gd−F系透光性セラミックス中に残留し難くて好適である。pHは7以上のアルカリ性にすると遠心沈降するようになるが、12以上13.5以下にすると均一な焼結体が得られるので好ましい。
【0063】
この場合の再凝集は、一端CaFとGdFの一次粒子が均一混合された後に起こるものであるから、粉末全体としては組成の均一性は保たれているので問題ない。遠心分離して、上澄み液を捨ててから100℃で乾燥させると乾燥粉末が得られる。あるいは遠心分離機を用いずに、凍結乾燥法や噴霧乾燥法などにより直接乾燥粉末を得ることも可能である。
上記の凝集解離により、CaF微粒子及びGdF微粒子のそれぞれ80%以上(個数比)、好ましくは95%以上を一次粒子とすることが望ましい。
このようにして、CaF微粒子及びGdF微粒子の凝集を解離し、破壊することで、ほぼ一次粒子にまで分散させながら湿式混合を行えば、各々の一次粒子がより均一に混合できる。これにより、焼結後のセラミックスにおいて、内部の組成むら、即ち、屈折率むらを少なくすることができ、内部均質性に優れた透明セラミックスを得ることができる。
【0064】
上記湿式混合において、CaF微粒子とGdF微粒子との混合割合は、所望のCa−Gd−F系透光性セラミックスの屈折率及びアッベ数の少なくとも一方に基づいて定めることができる。前述の通り、屈折率及びアッベ数はCaとGdとの存在割合に対応して一次関数的な相関を有しているからである。
【0065】
上記のように、湿式混合を行うことで、CaF微粒子及びGdF微粒子の一次粒子が出来るだけ均一に混合された状態の微粒子混合物が作製される。微視的に見ると、湿式混合により微粒子混合物中でCaFとGdFの一次粒子が接近して存在するようになると、CGFが生成される固相反応がより低温で進行する利点もある。その結果、焼結時に起こるフッ素抜けを抑制できて透過率が向上するので好ましい。
【0066】
次に、このようにして得られた乾燥粉末を、金型一軸プレス装置等により加圧して、成形体を作製する。さらに静水圧プレスにかけると、金型一軸プレスでしばしば発生するラミネーション(プレス方向と垂直方向に層状に剥離する現象)を防ぐことができ、大型の成形体を作製するのに有利であり好ましい。この成形体を、大気中700℃以上1000℃以下に加熱して焼結し、焼結体(前駆焼結体)を作製する。このとき、CaF微粒子及びGdF微粒子の一次粒子の凝集が破壊されていると共に、CaF微粒子及びGdF微粒子の結晶性が高いため、高密度に焼結でき、高い相対密度の焼結体を得ることが可能である。
700℃未満では、乾燥体の焼結を行うことが難しい。他方、焼結温度が1000℃をこえると、結晶構造からフッ素が脱離する現象が顕著となり、セラミックスの透明度が低下する。したがって、温度の上限は1000℃とした。好ましい温度範囲は、800℃以上900℃以下である。
【0067】
その後、この焼結体を、アルゴンまたは窒素などの不活性雰囲気中において、500Kg/cm以上3000Kg/cm以下の圧力で加圧しつつ、700℃以上1300℃以下の温度に加熱する(二次焼結)ことにより透明化する。この透明化は、例えば熱間等方圧加圧装置(HIP)を用いて行うことができる。
【0068】
このとき、加圧される間に焼結体内部に残留していた気孔が外部に押し出されて透明になり、上記の焼結体(前駆焼結体)より更に高密度化し、より高い相対密度の透明な焼結体とすることが可能である。これにより、Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造が完了する。
なお、上記の前駈焼結体の形成時、および透明化の進行中において、CaF微粒子とGdF微粒子は、CaとGdの拡散を伴う反応(反応焼結)を生じ、CGF結晶の多結晶体が形成される。加圧・加熱時の温度が700℃未満では、CaF微粒子とGdF微粒子の反応が生じ難いため、CGF結晶の濃度分布を均一化することが難しい。したがって、温度の下限は700℃とした。他方、温度が1300℃を超えると、固液分離を生じる可能性があり、また加圧条件下でもフッ素の脱離を制御するのがむずかしい。従って、透明化時の温度の上限は1300℃とした。好ましい温度範囲は、800℃以上1200℃以下、より好ましい温度範囲は、900℃以上1000℃以下である。
【0069】
上記の過程で製造されるセラミックスは、CGF結晶を含む多結晶体である。多結晶体に粗大な結晶が含まれた場合、熱膨張の等方性が阻害される可能性がある。そのためセラミックスを構成する多結晶体において、結晶粒径は100μm以下とすることが望ましい。
なお、上記の方法では、微粒子混合物の焼結と透明化を、前駆焼結体を形成する一次焼結と、透明化を行う二次焼結の二段階で行ったが、一個の装置内で温度・圧力を所定の履歴に従って変動させることにより、焼結と透明化を行ってもよい。
【0070】
上記のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法では、CaF微粒子と、このCaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを混合して微粒子混合物とし、この微粒子混合物を焼結及び透明化する。このような製造方法によれば、微粒子混合物の焼結性を確保し易い。そのため、蛍石と同程度に高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有するCa−Gd−F系透光性セラミックスを製造することが可能である。
【0071】
また、微粒子混合物から焼結体を作製し、この焼結体を不活性雰囲気中で加圧しつつ、加熱することにより透明化するので、焼結体を高密度化して、透明度の高いCa−Gd−F系透光性セラミックスを製造できる。
【0072】
更に、CaF微粒子を、カルシウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で所定温度に加熱して作製するので、焼結性に優れたCaF微粒子を作製できる。
【0073】
また、GdF微粒子を、ガドリニウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で所定温度に加熱して作製するので、焼結性に優れたGdF微粒子を作製できる。
【0074】
更に、CaF微粒子とGdF微粒子とを湿式混合して微粒子混合物を作製するので、CaF微粒子及びGdF微粒子の一次粒子に過剰な応力が作用し難く、焼結時に割れや反り等が生じ難い。
【0075】
特に、CaF微粒子とGdF微粒子とを高圧ホモジナイザーを用いて湿式混合すれば、コンタミネーションを最小限に抑えつつ凝集破壊できる。
【0076】
更に、所望の屈折率及びアッベ数の少なくとも一方に基づいて、CaF微粒子とGdF微粒子との混合割合を調整して混合するので、所望の屈折率及びアッベ数を有するCa−Gd−F系透光性セラミックスを容易に製造できる。
【実施例】
【0077】
以下、この発明の実施例について説明する。
[実施例1]
「CaF微粒子の作製」
【0078】
酢酸カルシウム水和物180.4g(1mol)に蒸留水を640gと硝酸10mlを加えて、前記水和物を完全に溶かし、酢酸カルシウム水溶液を調製した。
【0079】
濃度50%のフッ化水素酸(フッ酸)163.8g(4mol)に同じ重量の蒸留水を加えてフッ酸水溶液を調製した。
【0080】
羽根付き攪拌棒(羽根径10cm)を300rpmで回転させ、酢酸カルシウム水溶液を攪拌しながら、酢酸カルシウム水溶液にフッ酸水溶液をゆっくり注入した。酢酸カルシウム水溶液を収納するプラスチックビーカー(直径13cm)の側面にフッ酸水溶液の注入口を取り付け、ローラーチューブポンプで吸い出したフッ酸水溶液を酢酸カルシウム水溶液の中に約1時間かけて注入した。
【0081】
フッ酸水溶液の注入が終了した後、そのまま攪拌を6時間続け、凝集した粒子を破壊して粒径を小さくしつつ、CaFスラリーを作製した。
【0082】
得られたCaFスラリーを、テフロン(登録商標)製オートクレーブに入れて密閉し、145℃で24時間加熱・加圧することにより水熱反応を行い、CaF微粒子が懸濁されたスラリーを完成した。このスラリーを遠心分離機にかけて粒子を沈降させ、上澄み液捨てたのちイソプロピルアルコールを加えて粒子を再分散させた。再び遠心分離機にかけ、上澄み液を捨てた。この操作をもう一度繰り返し、沈降した粒子を100℃で乾燥して乾燥CaF粉末を得た。このようにアルコール置換と遠心分離を繰り返すことにより、CaF微粒子をイソプロピルアルコールでよく洗浄し、乾燥時に起こる一次粒子同士の凝集力をできるだけ弱めた。
「GdF微粒子の作製」
【0083】
GdF微粒子をCaF微粒子と同様な方法で作製した。
【0084】
酢酸ガドリニウム水和物290.4gに蒸留水を1000g加え、さらに硝酸を加えて酢酸ガドリニウム水和物を完全に溶かし、酢酸ガドリニウム水溶液を調製した。
【0085】
濃度50%のフッ酸183.8g(5mol)に同じ重量の蒸留水を加えてフッ酸水溶液を調製した。
【0086】
CaF微粒子の作製と同様に、酢酸ガドリニウム水溶液を攪拌しながら、フッ酸水溶液を酢酸ガドリニウム水溶液の中にゆっくり注入した。注入終了後そのまま攪拌を続け、凝集した粒子を破壊して粒径を小さくしつつ、GdFスラリーを作製した。更に、得られたGdFスラリーに、CaFと同様にして水熱反応処理を行い、GdF微粒子が懸濁されたスラリーを完成させた。CaFと同様に、遠心沈降させた粒子を100℃で乾燥し、乾燥GdF粉末を得た。
【0087】
得られたCaF微粒子とGdF微粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)写真を図1A,図1Bに示す。一次粒子径はCaFで約150nm、GdFで約70nmであった。TEMを用い高倍率で観察すると粒子内に格子像が見られたことから、どちらの粒子もよく結晶化していることが確認された。低倍率で観察すると、どちらの粒子も多数の一次粒子が凝集した二次粒子を形成しており、最大で10μm程度となっていた。
「湿式混合」
【0088】
完成したCaF微粒子が懸濁されたスラリーとGdF微粒子が懸濁されたスラリーとを、モル比でGd/Ca=0.3となるように秤量して混合し、セラミックス形成用組成物とした。この混合粉末が重量比で20%となるように蒸留水を加え、超音波分散機に20分間かけ、おおまかに凝集粒子を破壊した微粒子分散液を作成した。さらに、市販の湿式分散装置(ナノマイザー(登録商標)、NM2−L200、吉田機械興業社製)にかけ、200MPaの圧力で凝集粒子を破壊し、液中でCaF2とGdF3微粒子が均一に混合された状態を実現した。
このセラミックス形成用組成物 懸濁液にTHAMを加え、pHを13にしてから遠心分離機にかけた。上澄み液を捨て、100℃で12時間乾燥させてセラミックス形成用混合粉末を得た。
「焼結」
【0089】
乾燥粉末4gを直径20mmの金型を用いて一軸プレス成形して成形体とし、さらに50MPaで静水圧プレスして成形体を作製した。この成形体を空気中800℃で1時間焼結することにより、白色の焼結体を得た。
「透明化」
【0090】
次に、熱間等方圧加圧(HIP)装置(Dr.HIP、神戸製鋼社製、商標)により、アルゴン雰囲気中で1000Kg/cmの等方圧をかけながら、前記焼結体を1000℃で2時間加熱した。この処置により、焼結体内部に残留していた閉気孔が外部に押し出されて透明になり、Ca−Gd−F系透光性セラミックスが得られた。
[実施例2、3]
【0091】
湿式混合におけるGd/Caのモル比を0.1、0.4とする他は、実施例1と同一にしてCa−Gd−F系透光性セラミックスを得た。
【0092】
以上の実施例1〜3で得られたCa−Gd−F系透光性セラミックスについて以下の測定を行った。
「CGF結晶」
【0093】
実施例1において得られたCa−Gd−F系透光性セラミックス(Ca0.7Gd0.32.3)について、X線解析を行った結果を図2A及び表1に示すと共に、JCPDSに記載されたCGF結晶(Ca0.88Gd0.122.12)の公知データを図2B及び表1に示す。
【0094】
【表1】

【0095】
実施例1のCa−Gd−F系透光性セラミックス(Ca0.7Gd0.32.3)のX回折パターンと、JCPDS01−070−6178のCGF結晶(Ca0.88Gd0.122.12)のX線回折パターンとを比較すると、両者はほぼ一致している。ピーク位置に若干の差が存在するのは、Gd/Ca比が異なることに起因して格子定数に若干の差が存在するためである。従って、両者のX線回折パターンの比較から、実施例1により得られたCa−Gd−F系透光性セラミックスはCGF結晶からなるもの又はCGF結晶を含有するものであり、単にCaF微粒子とGdF微粒子とが緻密に焼結されたものではないことが確認できた。
「透過率」
【0096】
得られた透光性セラミックス(厚さ4mm)の透過率を図3に示す。光の波長550nmにおける透過率は87.7%であった。微粒子混合物の調整において、化学的な処理による凝集力の低下と、機械的な凝集破壊を併用すると、微粒子混合物を焼結、透明化して得られたセラミックスにおいて光の透過率が向上することが確認された。これは、微粒子混合物の段階で、凝集粒子が一次粒子にまで分散されたため、焼結体内部の組成むらが低下したと考慮される。さらに、CaFとGdFの一次粒子同士が接近したおかげで固相反応が促進され、二次焼結温度が比較的低温の950℃で透明化できたため、焼結体からのフッ素の離脱も抑制できたためと考慮される。
「屈折率」
【0097】
CaF微粒子とGdF微粒子との混合比であるGd/Caを0.1、0.3及び0.4に変化させて作製された実施例1〜3のCGF透明セラミックスにおいて、フラウンフォーファーg線、F線、e線、d線、C線における屈折率(ng、nF、ne、nd、nC)を測定した結果を表2に示す。なお屈折率の測定は、カールツァイスイエナ社製屈折計PR−2を用いて行った。
【0098】
【表2】

「微粒子の混合比とアッベ数の相関」
【0099】
CaF微粒子とGdF微粒子の混合比であるGd/Caを0.1、0.3及び0.4に変化させて作製された実施例1〜3のCGF透明セラミックスにおいて、Gd/Caに対する屈折率(nd)とアッベ数との関係を図4に示す。
【0100】
GdF微粒子の添加量の増加と共に屈折率は上昇する傾向を示し、反対にアッベ数は低下する傾向を示した。屈折率は、Gd/Ca=0である蛍石の1.43からGd/Ca=0.4の1.52まで上昇した。Gd/Ca=0.4ではアッベ数は87に低下したものの依然として低分散の領域にある。従って、Gd/Caが0より大きく0.4以下の範囲では、低分散でありながら高屈折率である、従来にない透明材料が得られていた。
「異常部分分散比」
【0101】
前述の各線で測定された屈折率に基づいて、部分分散比を算出し、アッベ数と部分分散比との相関を、各種光学ガラス(ノーマルガラス)の相関と共に図5に示す。図中黒丸印●が各種光学ガラスの相関を示している。
【0102】
なお、部分分散比(Pg,F)は、フラウンホーファーg線、F線、C線の屈折率に基づいて、次式により算出した。次式(1)において、ngはg線の屈折率、nFはF線の屈折率、nCは、C線の屈折率である。
【0103】
Pg,F=(ng−nF)/(nF−nC) (1)
【0104】
なお、アッベ数(νd)は、下記の式(2)により算出される。下記の式において、ndはフラウンホーファーd線の屈折率、nFはF線の屈折率、nCはC線の屈折率である。
【0105】
νd=(nd−1)/(nF−nC) (2)
【0106】
各種光学ガラスでは部分分散比はほぼ一直線上に並んでいるが、実施例1〜3で得られたCGF透明セラミックスは3種類ともこの直線から大きく離れており、各種光学ガラスには見られない異常部分分散性が確認できた。
【0107】
特にGd/Ca=0.1では最も離れており、2次スペクトルを減少させるのに大きな効果が得られる。焦点距離の長い望遠レンズでは2次スペクトルの影響が大きいため、このようなCGF透明セラミックスを用いることで、色収差を減少させるのに有効である[比較例1]
【0108】
酢酸ガドリニウムの代わりに、酢酸セリウムを用いる他は、実施例1と全く同一にしてセラミックスを作製したところ、透明なセラミックスは得られなかった。
[比較例2]
【0109】
酢酸ガドリニウムの代わりに、酢酸イットリウムを用いる他は、実施例1と全く同一にしてセラミックスを作製したところ、透明なセラミックスは得られなかった。
[比較例3]
【0110】
CaF微粒子とGdF微粒子とを別々に作製する代わりに、酢酸カルシウム及び酢酸ガドリニウムを混合してフッ酸と反応させて微粒子を得る他は、実施例1と同一にしてセラミックスを作製したところ、透明なセラミックスは得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明によれば、蛍石と同程度の高いアッベ数を有すると共に、蛍石より高い屈折率を有するCa−Gd−F系材料を、透光性セラミックスとして提供することができる。上記、透光性セラミックスは一般的な光学ガラスに比べ、異常部分分散性を示すので、この透光性セラミックスを光学部材として用いることにより、優れた光学性能の光学系を実現できる。また本発明は、上記透光性セラミックスの製造方法、およびこの製造に用い得る組成物を提供することができる。そのため、本発明は産業利用上、高い有用性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法であって、
CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを混合して微粒子混合物を調整し、
前記微粒子混合物を焼結し、透明化することで透光性セラミックスを製造する、Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法であって、
前記微粒子混合物を700℃以上1000℃以下に加熱して前駆焼結体を作製し、
該前駆焼結体を不活性雰囲気中で500Kg/cm以上3000Kg/cm以下の圧力で加圧しつつ、700℃以上1300℃以下の温度に加熱することにより、前記透明化を行う、Ca−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項3】
更に、カルシウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で100℃以上300℃以下に加熱して、前記CaF微粒子を作製する工程を含む、請求項1又は2に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項4】
更に、ガドリニウム化合物とフッ素化合物とを水溶液中で反応させ、次いで密閉容器内で100℃以上300℃以下に加熱して、前記GdF微粒子を作製する工程を含む、請求項1乃至3の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法であって、
前記微粒子混合物の調整において、前記CaF微粒子と前記GdF微粒子とを湿式混合して前記微粒子混合物を作製する、請求項1乃至4の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項6】
前記湿式混合において、前記CaF微粒子と、前記GdF微粒子のそれぞれにおける一次粒子同士の凝集力を化学的に低下する請求項5に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項7】
前記CaF微粒子と前記GdF微粒子とをアルカリ液中で湿式混合する請求項6に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ液が有機アルカリ液である請求項7に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項9】
機械的混合手段を用いて前記湿式混合を行う請求項5乃至8の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項10】
前記微粒子混合物の調整において、前記CaF微粒子と、前記GdF微粒子のそれぞれにおける、一次粒子同士の凝集を機械的に破壊する、機械的凝集破壊工程を更に含む請求項1乃至請求項9のいずれか1項に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項11】
所望の屈折率又はアッベ数の少なくとも一方に基づいて、前記CaF微粒子と前記GdF微粒子との混合割合を調整して混合することを特徴とする請求項1乃至10の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項12】
前記透光性セラミックスが、(Ca1−XGd)F2+X(Xは0より大きく0.4以下の数である。)の結晶を含む多結晶体であることを特徴とする請求項1乃至11の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスの製造方法。
【請求項13】
(Ca1−XGd)F2+X(Xは0より大きく0.4以下の数である。)の結晶を含む多結晶体からなり、光を透過可能な透光性を有するCa−Gd−F系透光性セラミックス。
【請求項14】
請求項13に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスであって、550nmの波長の光の透過率が50%以上であるCa−Gd−F系透光性セラミックス。
【請求項15】
屈折率が1.43以上1.55以下であると共に、アッベ数が85以上95以下であることを特徴とする請求項13又は14に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックス。
【請求項16】
アッベ数が85以上95以下であるとともに、部分分散比が0.53以上0.55以下である、請求項13乃至15の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックス。
【請求項17】
請求項13乃至16の何れか一つに記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスからなり、所定形状に形成されている光学部材。
【請求項18】
光路に少なくとも一組の凸レンズと、凹レンズとを備えた光学系であり、前記凸レンズ又は前記凹レンズの一方が請求項13乃至16に記載のCa−Gd−F系透光性セラミックスからなると共に、他方が前記Ca−Gd−F系透光性セラミックスとは異なる材料からなる光学系。
【請求項19】
CaF微粒子と、該CaF微粒子とは別に作製されたGdF微粒子とを含有することを特徴とするセラミックス形成用組成物。
【請求項20】
前記CaF微粒子と前記GdF微粒子とが液中に懸濁又は分散されていることを特徴とする請求項19に記載のセラミックス形成用組成物。
【請求項21】
CaFの一次粒子と、GdFの一次粒子が混合されている、微粒子混合物を含む請求項19または20に記載のセラミックス形成用組成物。

【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−20917(P2011−20917A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−89518(P2010−89518)
【出願日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】