説明

D−アミノ酸の製造のための突然変異株

本発明は、D−アミノ酸の合成のために使用できる特定のE.コリ突然変異株、及びそのような方法に関する。この突然変異株は、特にD−アミノ酸を分解する酵素の欠損を特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D−アミノ酸の製造方法に関する。特にこれらを、組換え微生物を使用し、いわゆるヒダントイナーゼ経路を介して酵素的に得る。本発明は更に、このように改変された微生物に関する。
【0002】
D−アミノ酸は、薬理学的に有効な化合物の製造のために有機合成において中間体としてしばしば利用される化合物である。
【0003】
5−置換ヒダントインを酵素的に加水分解してN−カルバモイル−アミノ酸を得て、これらを更に反応させてエナンチオマー富化された相応のアミノ酸を得ることは、有機化学分野においては標準的方法である(“有機合成における酵素触媒作用”編:ドローズ,ヴァルトマン VCH社、第1版及び第2版("Enzyme Catalysis in Organic Synthesis",eds.:Drauz,Waldmann,VCH1st and 2nd ed.))。鏡像体区別は、ここではヒダントイナーゼによるヒダントインの加水分解の段階か、又は場合によりエナンチオ選択性カルバモイラーゼによるN−カルバモイルアミノ酸の開裂の間の何れにおいても実施することができる。それぞれの場合における酵素は、相応の化合物の光学対掌体の一方を変換するにすぎないので、混合物中で(現場で)その他方をラセミ化し、処理が容易なラセミ体ヒダントインを相応のエナンチオマー富化されたアミノ酸に完全に変換するのを保証する試みがなされている。このラセミ化は、ここではヒダントインの段階で化学的方法(塩基、酸、高温)又は酵素的方法の何れにおいても実施することができ、又は例えばアセチルアミノ酸ラセマーゼによるN−カルバモイルアミノ酸の段階で進行させることができる(DE10050124号)。当然後者の変法は、エナンチオ選択性カルバモイラーゼを利用する場合に限り首尾良く機能する。以下の反応式はこの事象の様子を説明するものである。
【0004】
【化1】

【0005】
ヒダントイナーゼ、カルバモイラーゼ及びラセマーゼ活性を有する組換え微生物を、種々のD−アミノ酸の製造のために使用することは問題をもたらすことが判明している。図1は、アルトロバクター・クリスタロポイエテス(Arthrobacter crystallopoietes)DSM20117由来のD−カルバモイラーゼ及びD−ヒダントイナーゼについて形質転換されたE.コリJM109を用いたヒドロキシメチルヒダントイン及びエチルヒダントインの変換を示す(特許出願DE10114999.9号及びDE10130169.3号による)。反応条件は実施例1により選択される。
【0006】
図1が例示するように、種々の5−一置換ヒダントインの変換においては、形成されたD−アミノ酸の顕著な分解が起きる。このことは、達成できる収率を減少させ、かつこの製造物の後処理を困難にする。
【0007】
当業者は、種々の酵素、例えばD−アミノ酸オキシダーゼ[EC1.4.3.3]、D−アミノ酸デヒドロゲナーゼ[EC1.4.99.1]、D−アミノ酸アミノトランスフェラーゼ[EC2.6.1.21]、D−アミノ酸N−アセチルトランスフェラーゼ[EC2.3.1.36]、D−ヒドロキシアミノ酸デヒドラターゼ[EC4.2.1.14]及びD−アミノ酸ラセマーゼ[EC5.1.1.10]がD−アミノ酸の分解に関与しうることを理解している。またこれらの遺伝子を、標的法又は更に非標的法により不活化させる種々の方法が当業者には知られている[遺伝子ノックアウトのための広宿主域で可動の自殺ベクターのpKNOCK群と標的DNAのグラム陰性菌の染色体への挿入 アレックスアイフ,ミカエル F.著 生物工学技術(1999年)26号(5)、824〜828頁[The pKNOCK series of broad-host-range mobilizable suicide vectors for gene knockout and targeted DNA insertion into the chromosome of Gram-negative bacteria. Alexeyev,Mikhail F.BioTechniques(1999),26(5),824-828];PCR産物を使用するエシェリキア・コリK−12の染色体遺伝子の一段階の不活化 ダツセンコ,キリル A.及びワンナー,バリイ L.著 PNAS(2000年)97号(12)、6640〜6645頁[One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products,Datsenko,Kirill A.and Wanner,Barry L.PNAS(2000),97(12),6640-6645];エシェリキア・コリK12D−アミノ酸デヒドロゲナーゼ:酵素活性及び構造遺伝子局在についての欠陥突然変異株のポジティブセレクション ワイルド,ヤドヴィーガ及びクロポトスキー,T.著 分子遺伝学及び一般遺伝学(1981年)181号(3)、373〜378頁[D-amino acid dehydrogenase of Escherichia coli K12:positive selection of mutants defective in enzyme activity and localization of the structural gene,Wild,Jadwiga and Klopotowski,T.Mol.Gen.Genet.(1981),181(3),373-378.]]。
【0008】
しかしながら、不運にも、種々の酵素が不活化された場合の細胞増殖について予期できる影響は不明であり、かつ予想できない。また、特定のD−アミノ酸の分解を所望の程度まで減少させるために、どの酵素を不活化すべきか又は種々の酵素の組合せ物を不活化すべきかを予測することもできない。
【0009】
従って本発明の課題は、カルバモイラーゼ/ヒダントイナーゼ経路を介してD−アミノ酸を生成することが可能であり、かつ生成されたD−アミノ酸の高い収率の実現に寄与する微生物を提供することであった。この微生物を、工業的規模で経済的側面及び環境的側面において有利に利用できることが望ましい。特に該微生物は、経済的に好適な通常の条件下で極めて良好な増殖特性、及び十分な遺伝的かつ物理的安定性並びに十分に速いヒダントインの変換速度を有することが望ましい。
【0010】
前記課題は、本請求項により解決される。請求項1から5は、このように改変された特定の微生物に関するものであり、請求項6及び7は、D−アミノ酸の製造方法を保護するものである。
【0011】
N−カルバモイルアミノ酸又は5−一置換ヒダントインから出発するD−アミノ酸の製造のための組換え微生物であって、D−アミノ酸オキシダーゼをコードする遺伝子及び/又はD−セリンデヒドラターゼをコードする遺伝子が突然変異誘発により不活化された微生物を提供することにより、前記課題は驚くべきことであるが有利に解決される。特に、組換え方法により製造され、本発明にかかる遺伝子プロファイルを有する微生物が、実際に安定しており、かつ工業的オーダーに十分な程度のD−アミノ酸を生成することが可能であるということは、驚くべきことと考えられる。
【0012】
使用できる、組換え体の実施態様のための微生物は、原則的に当業者にとってこの目的のために考えられる全種の生物、例えば真菌類、例えばアスペルギルスの種、ストレプトマイセスの種、ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)、ピチア・パストリス(Pichia pastoris)又はサッカロミセス・セレビジエ、若しくは更に原核生物、例えばE.コリ又はバチルスの種である。エシェリキア・コリ属の微生物は、本発明にかかる好ましい微生物とみなすことができる。以下のものが、極めて特に好ましい:E.コリ XL1 Blue、NM522、JM101、JM109、JM105、BL21、W3110、RR1、DH5α、TOP10又はHB101。このように改変された生物は、当業者に公知の方法により製造できる。このことは、増殖させ、かつ十分な量の組換え酵素を生産させるのに役に立つ。このための方法は当業者に十分に知られている(サムブルーク,J.;フリッチュ,E.F.及びマニアティス,T.著(1989年)分子クローニング:実験室用取扱説明書 第2版、コールドスプリングハーバーラボラトリー出版、ニューヨーク(Sambrook,J.;Fritsch,E.F.and Maniatis,T.(1989),Molecular cloning:a laboratory manual,2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,New York))。例えば、前記核酸配列を宿主生物内でプラスミド又はベクターを用いて公知の方法によりクローニングし、かつこのように発現させたポリペプチドを好適なスクリーニング方法を用いて検出できる。形成された分子について考えられる全ての検出反応は、原則的にこの検出に好適である。特に、原則的に好適な検出反応は、アンモニア及びアンモニウムイオンについて考えられる全ての検出反応、例えばネスラー試薬法(フォーゲル,A.,I.著(1989年)フォーゲル定量的化学分析教本 ジョン ワイリー&サン社、第5版、679〜698頁、ニューヨーク(Vogel,A.,I.,(1989) Vogel's textbook of quantitative chemical analysis,John Wiley & Sons,Inc.,5thed.,679-698,New York))、ベルトロー反応とも呼ばれるインドフェノール反応(ヴァンガー,R.著(1969年)水の化学における窒素分析についての新たなる局面 水について VCH出版、第36巻、263〜318頁(Wanger,R.,(1969)Neue Aspekte zur Stickstoffanalytik in der Wasserchemie,Vom Wasser,VCH-Verlag,vol.36,263-318,Weinheim))、特にグルタミン酸デヒドロゲナーゼを用いる酵素的定量(ベルクメイヤー,H.,U.,及びブートラー,H.−O.著(1985年)アンモニア:酵素的分析方法 VCH出版、第3版、第8巻:454〜461頁、ヴァインハイム(Bergmeyer,H.,U.,and Beutler,H.-O.(1985)Ammonia,in:Methods of Enzymatic Analysis, VCH-Verlag, 3rd edition,vol.8:454-461,Weinheim))又は更にアンモニウム感受性電極を用いる検出である。更に、HPLC法がアミノ酸の検出のために使用され、例えばo−フタルジアルデヒド及びN−イソブチリル−システインに基づく誘導体法がアミノ酸のエナンチオマー分離のために使用される(ブレックナー,H.,ヴィットナー R.,及びゴーデル H.著(1991年)o−フタルジアルデヒド及びN−イソプロピル−システインを用いて誘導体化されたDL−アミノ酸の完全自動化高速液体クロマトグラフィーによる分離 食品サンプルへの応用 生物化学分析144号、204〜206頁(Brueckner,H.,Wittner R.,and Godel H.,(1991),Fully automated high-performance liquid chromatographic separation of DL-amino acids derivatized with o-Phthaldialdehyde together with N-isopropyl-cysteine.Application to food samples,Anal.Biochem.144,204-206))。考えられるプラスミド又はベクターは、原則的に当業者にとってこの目的のために利用可能な全ての実施態様となる。そのようなプラスミド及びベクターは、例えばスチュディエ(Studier)ら(スチュディエ,W.F.;ローゼンバーク A.H.;ダン J.J.;デュベンドロフ J.W.著(1990年)クローニングされた遺伝子の直接的発現のためのT7RNAポリメラーゼの使用 酵素学的研究法185号、61〜89頁(Studier,W.F.;Rosenberg A.H.;Dunn J.J.;Dubendroff J.W.;(1990),Use of the T7 RNA polymerase to direct expression of cloned genes, Methods Enzymol.185,61-89))又はNovagen社、Promega社、New England Biolabs社、Clontech社又はGibco BRL社の冊子に見出すことができる。更なる好ましいプラスミド及びベクターは:グローヴァー,D.M.著(1985年)DNAクローニング:実用的アプローチ 第1〜3巻、IRL出版社、オックスフォード(Glover,D.M.(1985),DNA cloning: A Practical Approach,vol.I-III,IRL Press Ltd.,Oxford);ロドリゲス,R.L.及びデンハルト,D.T(編)(1988年)ベクター:分子クローニングベクターとその使用に関する研究 179〜204頁、バターワース社、ストーンハム(Rodriguez,R.L. and Denhardt,D.T(eds)(1988),Vectors: a survey of molecular cloning vectors and their uses,179-204,Butterworth,Stoneham);ゲッデル,D.V.著(1990年)異種遺伝子発現系 酵素学的研究法185号、3〜7頁(Goeddel,D.V.(1990),Systems for heterologous gene expression,Methods Enzymol.185,3-7);サムブルーク,J.;フリッチュ,E.F.及びマニアティス,T.著(1989年)分子クローニング:実験室用取扱説明書 第2版、コールドスプリングハーバーラボラトリー出版、ニューヨーク(Sambrook,J.;Fritsch,E.F. and Maniatis,T.(1989),Molecular cloning: a laboratory manual,2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,New York)に見出すことができる。E.コリ中での特に好ましいD−カルバモイラーゼのクローニングベクターは、例えば発現制御のための構成的かつ更に誘導的なプロモーターを有するpBR322、pACYC184、pUC18又はpSC101の誘導体である。特に好ましいプロモーターは、lac、tac、trp、trc、T3、T5、T7、rhaBAD、araBAD、λpL又はphoAプロモーターであり、これらは当業者に十分知られている[エシェリキア・コリ内での遺伝子の高レベル発現達成への戦略 マクライズ S.C.著 微生物学誌60号(3)、512〜538頁[Strategies for achieving high-level expression of genes in Escherichia coli,Makrides S.C.Microbiol.Rev.60(3),512-538]]。これらの生物のD−アミノ酸オキシダーゼ(dadA)又はD−セリンデヒドラターゼ(dsdA)の不活化は、ここでは当業者に知られている上記の方法により実施する。D−カルバモイラーゼ活性を有する、D−セリンデヒドラターゼ欠損株又はD−アミノ酸オキシダーゼ欠損株の組換え体の実施態様の製造については、例えば基本的な分子生物学的方法が当業者に知られている(サムブルーク,J.;フリッチュ,E.F.及びマニアティス,T.著(1989年)分子クローニング:実験室用取扱説明書 第2版、コールドスプリングハーバーラボラトリー出版、ニューヨーク(Sambrook,J.;Fritsch,E.F.and Maniatis,T.(1989),Molecular cloning:a laboratory manual,2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,New York))。更に、種々のD−カルバモイラーゼ、例えば好ましく使用されるアグロバクテリウムの種、アルトロバクターの種又はバチルスの種若しくはラルストニア・ピッケッチイ(Ralstonia pickettii)由来のものの遺伝子配列が知られている(特にUS5858759号、US5807710号、US6083752号、US6083752号、US6083752号、US6083752号、US6083752号から)。同様の方法は、付加的にヒダントイナーゼを含有し、場合によりヒダントインラセマーゼ又はカルバモイルラセマーゼを含有する生物の製造のためにも使用できる。ここで利用されるのが望ましい好ましいヒダントイナーゼは、テルムスの種、バチルスの種、マイコバクテリウムの種、コリネバクテリウムの種、アグロバクテリウムの種、E.コリ、バークホルデリアの種、シュードモナスの種、又はアルトロバクターの種由来のものである。ヒダントインラセマーゼは、好ましくはシュードモナスの種、アルトロバクターの種、又はアグロバクテリウム種から使用することができ、場合により補助物質、例えば金属イオン、例えばMn2+を添加する。
【0013】
このように、好結果の突然変異株エシェリキア・コリDSM15181及びエシェリキア・コリDSM15182を製造することができた。従ってこれらは、これらから誘導されうる更なる突然変異株と共に、本発明の次の対象となる。
【0014】
更に本発明にかかる方法においては、例えばヒダントインを前記細胞又は細胞構成成分を用いて好適な溶剤、例えば水中で、6.0〜11、好ましくは7〜10のpH値で、かつ10〜100℃、好ましくは30〜70℃、特に好ましくは37〜60℃で変換し、その際、該溶剤に更なる水溶性又は非水溶性の有機溶剤を添加してよい。また、当該酵素をその使用のために遊離形態で使用することもできる。更にこの酵素は、インタクトな寄生生物の構成成分として、又は任意の所望の程度まで精製された宿主生物の破砕された細胞塊と組み合わせて利用することもできる。組換え細胞を、凝集、架橋又は固定化形態で、例えば寒天、アガロース、カラギナン、アルギン酸塩、ペクチン、キトサン、ポリアクリルアミド又は他の合成担体を用いて使用することもできる(生物工学技術における固定化系の化学的局面 ナブラティル,マリアン;スターディック,アーネスト著 化学新聞(2000年)94号(6)、380〜388頁(Chemical aspects of immobilized systems in biotechnologies.Navratil,Marian;Sturdik,Ernest.Chemicke Listy(2000),94(6),380-388);固定化生物触媒と生体材料の工業的応用 チバタ,イチロー著 分子細胞生物学の発展(1996年)15A(生物化学技術)151〜160頁(Industrial applications of immobilized biocatalysts and biomaterials.Chibata,Ichiro.Advances in Molecular and Cell Biology (1996),15A(Biochemical Technology),151-160);遺伝的に改変された細胞の固定化:高安定性への新たなる戦略 クマー,P.K.R.;シュウゲール,K.著 生物工学誌(1990年)14号(3〜4)、255〜272頁(Immobilization of genetically engineered cells:a new strategy for higher stability.Kumer,P.K.R.;Schuegerl,K.Journal of Biotechnology (1990), 14(3-4),255-72.))。
【0015】
従って、本発明にかかる微生物を用いるD−アミノ酸の製造方法は、本発明の次の対象となる。好ましくは、D−アミノ酪酸、D−セリン、D−メチオニン、D−トリプトファン又はD−フェニルアラニンを製造する。好ましくは、細胞がD−カルバモイラーゼ活性及びヒダントイナーゼ活性を有し、かつdadA及び/又はdsdAが不活化された生物を、このD−アミノ酸の製造方法に使用する。ここでは、L−、D−又はDL−カルバモイルアミノ酸と、十分に公知のヒダントイナーゼを介して相応のカルバモイルアミノ酸に変換できる5−一置換ヒダントインの両方が、出発物として適することが挙げられるのが望ましい(“有機合成における酵素触媒作用”編:ドローズ、ヴァルトマン VCH社、第1版及び第2版("Enzyme Catalysis in Organic Synthesis",eds.:Drauz,Waldmann,VCH,1st and 2nd ed.))。ここでは、使用するdadA及び/又はdsdA欠損株は、カルバモイラーゼとヒダントイナーゼとを同時発現させることができ、場合により更にヒダントインラセマーゼ又はカルバモイルアミノ酸ラセマーゼを同時発現させることができ、かつ遊離形態又は固定化形態の何れにおいても利用することができる(上記参照のこと)。
【0016】
現在判明しているように、種々の酵素の不活化は、種々のD−アミノ酸の分解を十分な程度(>10時間の範囲で、<10%の分解率)まで減少させるために必要である(図2を参照のこと)。D−セリンの分解については、驚くべきことに、D−アミノ酸オキシダーゼ(dadA)の遺伝子の不活化はその分解を効率的に減少させるのに十分ではないことが判明した。このアミノ酸の分解を効率的に減少させるために、D−セリンヒドラターゼを付加的に不活化するのが望ましい。それに対して、dadAの不活化によりセリンが>3倍で減少する分解がもたらされることが文献に報告されている[エシェリキア・コリK12のD−アミノ酸デヒドロゲナーゼ:酵素活性及び構造遺伝子局在についての欠陥突然変異株のポジティブセレクション ワイルド,J.;クロポトスキー,T.著 分子遺伝学及び一般遺伝学(1981年)181号(3)、373〜378頁[D-Amino acid dehydrogenase of Escherichia coli K12:positive selection of mutants defective in enzyme activity and localization of the structural gene. Wild,J.;Klopotowski,T.Mol.Gen.Genet.(1981),181(3),373-378]]。更に該文献に記載されている結果に対して、驚くべきことにD−セリンは、例えばD−メチオニンと比較して極めて速く分解されることが判明した。
【0017】
芳香族又は脂肪族D−アミノ酸、例えばD−フェニルアラニン、D−メチオニン、D−又はD−アミノ酪酸の分解については、セリンとは対照的に、D−アミノ酸オキシダーゼの不活化により十分に解決される。しかしながら驚くべきことに、D−フェニルアラニンについては両方の欠失(ΔdsdAとΔdadA)が肯定的な効果を示す一方で、D−メチオニンについてはdsdAの欠失が付加的な効果を示さない。これらの結果を図2にまとめる(E.コリBW25113の種々の突然変異株を用いた種々のアミノ酸の分解。E.コリET3は、D−アミノ酸オキシダーゼを欠失している(ΔdadA);E.コリET4は、付加的にD−セリンデヒドラターゼを欠失している(ΔdsdA)。反応条件については、実施例3を参照のこと)。
【0018】
本明細書中に引用した参考文献はまた、開示に含まれるものとみなす。
【0019】
生物DSM15181(ET3)及びDSM15182(ET4)は、Degussa AG社により2002年4月9日付でDeutsche Sammlung fuer Mikroorganismen und Zellkulturen[ドイツ微生物及び細胞培養物保存機関]、マッシェロダー通り1b、D−38124 ブラウンシュヴァイク(Mascheroder Weg 1b,D-38124 Braunschweig)に寄託されている。
【実施例】
【0020】
実施例1:組換えE.コリ細胞を用いたD−アミノ酸の製造
化学処理コンピテントE.コリJM109(Promega社製)を、pJAVI16(図3参照)を用いて形質転換した。このプラスミドは、アルトロバクター・クリスタロポイエテスDSM20117由来のD−カルバモイラーゼ及びD−ヒダントイナーゼを有する。D−ヒダントイナーゼ及びD−カルバモイラーゼの配列を、配列番号1及び3に示す(更にDE10114999.9号及びDE10130169.3号を参照のこと)。
【0021】
pJAVIER16を用いて形質転換したE.コリ細胞を、個々にLBアンピシリンプレート(アンピシリン濃度:100μg/ml)上に播いた。個々のコロニーを、1mMのZnClを有する2.5mlのLBアンピシリン培地に植菌し、かつ30時間にわたり37℃及び250rpmでインキュベートした。この培養物を、1mMのZnCl及び2g/lのラムノースを有する100mlのLBアンピリシン培地中で1:50に希釈し、かつ18時間にわたり30℃でインキュベートした。この培養物を10分間にわたり10000gで遠心分離し、この上清を捨て、かつ菌体を秤量した。pH7.5の種々のヒダントイン誘導体、例えば100mMのDL−ヒドロキシメチルヒダントイン又はDL−エチルヒダントインをこの菌体に、1リットルにつき湿潤菌体40gの菌体濃度になるように添加した。この反応溶液を37℃でインキュベートした。種々の時間の後に、試料を採り出し、かつ遠心分離し、形成されたアミノ酸をHPLCを用いて定量した。
【0022】
実施例2:DsdA及びDadA欠損E.コリ株の製造
E.コリBW25113(CGSCにCGSC7636の番号下で寄託)において、DadAをダツセンコ及びワンナーにより記載されている方法により欠失させた。(PCR産物を使用するエシェリキア・コリK−12の染色体遺伝子の一段階の不活化 ダツセンコ,キリル A及びワンナー,バリイ L.著 PNAS(2000年)97号(12巻)、6640〜6645頁(One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products,Datsenko,Kirill A.and Wanner,Barry L.PNAS(2000),97(12),6640-6645))。このために、以下のプライマーをpKD13(CGSCにCGSC7633の番号下で寄託)からのクロラムフェニコール耐性部分の増幅のために使用した:
5’_AACCAGTGCCGCGAATGCCGGGCAAATCTCCCCCGGATATGCTGCACCGTATTCCGGGGATCCGTCGACC_3’:配列番号5
5’_AGGGGTACCGGTAGGCGCGTGGCGCGGATAACCGTCGGCGATTCCGGGGATCCGTCGACC−3’:配列番号6
【0023】
増幅産物によるE.コリBW25113(pKD46)(CGSCにCGSC7630の番号下で寄託)の形質転換及びカナマイシン耐性クローンの選択により、E.コリET2の単離を実現した。クロラムフェニコール耐性部分をダツセンコ及びワンナーのプロトコールにより抜いた後に、菌株E.コリET3を単離することができた。E.コリET3のdsdAの欠失のために、pKD13からのクロラムフェニコール耐性部分を、同様に以下のプライマーを用いて増幅した:
5’_GCGGGCACATTCCTGCTGTCATTTATCATCTAAGCGCAAAGAGACGTACTGTGTAGGCTGGAGCTGCTTC_3’:配列番号7
5’_GCAGCATCGCTCACCCAGGGAAAGGATTGCGATGCTGCGTTGAAACGTTAATGGGAATTAGCCATGGTCC_3’:配列番号8
【0024】
この増幅産物によるE.コリET3(pKD46)の形質転換及びカナマイシン耐性クローンの選択により、dadA及びdsdAの両方が欠失したE.コリET4の単離を実現した。
【0025】
実施例3 D−アミノ酸の分解についての調査
2.5mlのLB培地にE.コリBW25113、E.コリET3及びE.コリET4の個々のコロニーを植菌し、かつ18時間にわたり37℃及び250rpmでインキュベートした。これらの培養物を、100mlのLB培地中で1:50に希釈し、かつ18時間にわたり37℃でインキュベートした。この培養物を10分間にわたり10000gで遠心分離し、上清を捨て、かつ菌体を秤量した。pH7.5の100mMの種々のD−アミノ酸溶液(例えば、D−メチオニン、D−フェニルアラニン、D−アミノ酪酸、D−セリン)を菌体に、1リットルにつき湿潤菌体100gの菌体濃度になるように添加した。これらの反応溶液を37℃でインキュベートし、その10時間後に遠心分離した。澄明な上清を、残留しているアミノ酸の濃度についてHPLCを用いて分析した。記載した%分解率は、出発濃度と、10時間にわたるインキュベーションの後の最終濃度との比から算出した。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】アルトロバクター・クリスタロポイエテスDSM20117由来のD−カルバモイラーゼ及びD−ヒダントイナーゼを用いて形質転換したE.コリJM109を用いたヒドロキシメチルヒダントイン及びエチルヒダントインの変換を示す。
【図2】E.コリBW25113の種々の突然変異株を用いた種々のアミノ酸の分解を示す。
【図3】pJAVIERI16を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−カルバモイルアミノ酸又は5−一置換ヒダントインから出発するD−アミノ酸の製造のための組換え微生物であって、D−アミノ酸オキシダーゼをコードする遺伝子及び/又はD−セリンデヒドラターゼをコードする遺伝子が突然変異誘発により不活化された微生物。
【請求項2】
エシェリキア・コリ属の生物であることを特徴とする請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
アグロバクテリウムの種、アルトロバクターの種又はバチルスの種由来のD−カルバモイラーゼの遺伝子を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の微生物。
【請求項4】
エシェリキア・コリDSM15181又はこれから誘導される突然変異株。
【請求項5】
エシェリキア・コリDSM15182又はこれから誘導される突然変異株。
【請求項6】
請求項1から5の何れか1項に記載の微生物を用いるD−アミノ酸の製造方法。
【請求項7】
D−アミノ酪酸、D−セリン、D−メチオニン、D−トリプトファン又はD−フェニルアラニンを製造することを特徴とする請求項6に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公表番号】特表2006−504428(P2006−504428A)
【公表日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−548747(P2004−548747)
【出願日】平成15年10月15日(2003.10.15)
【国際出願番号】PCT/EP2003/011432
【国際公開番号】WO2004/042047
【国際公開日】平成16年5月21日(2004.5.21)
【出願人】(501073862)デグサ アクチエンゲゼルシャフト (837)
【Fターム(参考)】