説明

D−ドーパクロームトートメラーゼを用いた、脂肪蓄積異常の検出方法と抗肥満物質のスクリーニング方法、並びに肥満の治療・予防剤

【課題】 脂肪の蓄積異常、特に脂肪の過剰蓄積に起因する肥満は、糖尿病、心臓病、動脈硬化等の他の生活習慣病を引き起こす万病の元凶であり、現代人にとって深刻な問題である。しかし、根本的な治療方法は確立されておらず、食事療法や運動療法を用いているのが現状である。そこで、脂肪蓄積異常を早期発見し、脂肪蓄積量を適切な量に調節し維持する方法が望まれている。
【解決手段】 生物由来サンプルにおけるD−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)遺伝子発現量の測定を包含する脂肪蓄積異常の検出方法、脂肪蓄積異常検出用試薬、抗肥満物質のスクリーニング方法、並びにDDTまたはそれをコードする核酸を有効成分として含有する肥満の治療・予防剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪蓄積異常、特に肥満、に関連した、D−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)及びそれをコードする核酸の用途に関する。更に詳細には、生物由来サンプルにおけるDDT遺伝子発現量の測定を包含する脂肪蓄積異常の検出方法、脂肪蓄積異常検出用試薬、抗肥満物質のスクリーニング方法、並びに肥満の治療・予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肥満は、脂肪組織が異常に増加した状態と定義されており、その原因は遺伝的なものではなく、環境因子によるところが大きい。肥満は、糖尿病、心臓病、動脈硬化等の他の生活習慣病を引き起こす万病の元凶であり、現代人にとって深刻な問題である。
【0003】
脂肪組織は主に脂肪細胞で構成されている。脂肪細胞は、脂肪前駆細胞と呼ばれる内部に脂肪を含んでいない細胞から、細胞増殖因子や分化誘導物質の作用を受けて、内部に脂肪滴を含んでいる脂肪細胞に増殖・分化する。脂肪前駆細胞との関係において、脂肪細胞を成熟脂肪細胞と呼ぶこともある。
【0004】
近年、脂肪組織は脂肪を蓄える機能を有するだけではなく、様々な生理活性物質を合成・分泌していることが明らかになってきた。これらの生理活性物質はアディポサイトカイン(adipocytokine)と呼ばれている。特に、肥満となった個体の脂肪組織においてはアディポサイトカインの産生異常が生じており、全身の糖・脂質代謝に重大な影響が及ぶことが知られている。例えば、LIPE(hormone sensitive lipase、ホルモン感受性リパーゼ)、FASN(fatty acid synthase、脂肪酸合成酵素)やペリリピンをコードする遺伝子は、肥満者由来の成熟脂肪細胞において特異的に発現量が上昇しているが、その一方でレプチンをコードする遺伝子は、肥満者由来の成熟脂肪細胞においてその発現量が低下していることが知られている(特許文献1)。
【0005】
上述したように、肥満との関連が知られている遺伝子やタンパク質は多数存在する。また、肥満の予防や治療を目的としてこのような肥満関連因子の発現を調節する医薬組成物に関する発明も多数存在する。例えば、肥満になると血中濃度が低下するアディポネクチンの発現を上昇させるための、ジンゲロール類を有効成分として含有する肥満の治療・予防剤(特許文献1)、リポプロテインリパーゼ(LPL)を抑制する活性を有する新規な単一のポリペプチド(特許文献2)、肥満に関連するシステインジオキシゲナーゼ(COD)の発現を調節する因子の検査方法及びスクリーニング方法(特許文献3)などが挙げられる。
【0006】
また、非特許文献1によれば、痩せ(lean)マウスと比べて、肥満(obese)マウスにおいて発現量の低下が観察された遺伝子の1つはD−ドーパクロームトートメラーゼ(D-dopachrome tautomerase、DDT)をコードする遺伝子である。DDTは種々の組織に偏在する12KDaの細胞内タンパク質であり、D−ドーパクロームを5,6−ジヒドロキシインドールに変換する酵素である。D−ドーパクロームを5,6−ジヒドロキシインドール−2−カルボン酸に変換するトートメラーゼ活性を有するマクロファージ遊走阻止因子(macrophage migration inhibitory factor、MIF)とDDTは高い相同性を有し、構造の類似性も指摘されている(非特許文献1)。
【0007】
DDTやMIFなどのドーパクロームトートメラーゼの生理学的機能については未だ不明な点が多い。例えば、男性の不妊症の診断と治療にMIFのDDT活性を用いる方法(特許文献4)が知られている。しかしながら、DDT発現と脂肪細胞との関係については未だ不明な点が多く、肥満の検査、治療や予防を目的としたDDTの使用に関する報告はない。
【0008】
【特許文献1】特開2006−249064
【特許文献2】特開平6−277065
【特許文献3】特開2006−6231
【特許文献4】WO 03/065979
【非特許文献1】Sanchez et al.、Proteomics(独国)2003年、3巻、p.1500-1520
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
脂肪の蓄積異常、特に脂肪の過剰蓄積に起因する肥満は、糖尿病、心臓病、動脈硬化等の他の生活習慣病を引き起こす万病の元凶であり、現代人にとって深刻な問題である。しかし、根本的な治療方法は確立されておらず、食事療法や運動療法を用いているのが現状である。そこで、脂肪蓄積異常を早期発見し、脂肪蓄積量を適切な量に調節し維持する方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の目的は、上記の課題を解決するために、D−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)またはそれをコードする核酸を用いることを特徴とする、脂肪蓄積異常の検出方法、脂肪蓄積異常検出用試薬、抗肥満物質のスクリーニング方法及び肥満の治療・予防剤を提供することにある。
【発明の効果】
【0011】
新規なアディポサイトカインであるDDTを使用することによって、脂肪細胞の分化機構や成熟脂肪細胞による脂肪分解機構について新たな観点から研究することが可能となり、肥満症の治療方法の確立にも繋げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、上述の課題と実情に鑑み、長年にわたる深い洞察と試行錯誤の結果、DDTは分化初期の小さな脂肪細胞で分泌が亢進するが、肥大した成熟脂肪細胞で分泌量が低下することを発見した。このような特性を利用して、善玉である成熟脂肪細胞と悪玉である肥大した成熟脂肪細胞の識別にDDTを用いることができる。また、肥大した成熟脂肪細胞ではDDTの分泌量が低下することから、DDTタンパク質やそれをコードする核酸、またはDDT遺伝子の発現を亢進する物質が肥満の治療や予防に有効であると考えられる。
【0013】
本発明によれば、前述の課題を解決するための手段として、次の[1]〜[6]項がそれぞれ提供される。
[1]生物由来サンプルにおけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量を測定し、そして
測定値を基準値となる健常者のD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量と比較し、該測定値が基準値よりも低い場合に、過剰な脂肪蓄積が生じていると判断する
ことを包含する脂肪蓄積異常の検出方法。
[2]D−ドーパクロームトートメラーゼ検出用の試薬を包含する、脂肪蓄積異常検出用試薬。
[3]抗肥満物質のスクリーニング方法であって、
(1)成熟脂肪細胞を被検物質で処理し、
(2)処理した成熟脂肪細胞におけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量を測定し、そして
(3)上記(2)の測定値が、被検物質によって処理していない成熟脂肪細胞におけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量と比べて上昇している場合に、該被検物質を抗肥満物質と同定する
ことを包含する方法。
[4]D−ドーパクロームトートメラーゼまたはそれをコードする核酸を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。
[5]成熟脂肪細胞においてD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現を亢進する物質を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。
[6]前記3項の方法によって同定した抗肥満物質を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。

脂肪蓄積異常の検出方法と検出用試薬
本発明は、D−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)の新規なアディポサイトカインとしての特徴を利用した、DDT及びそれをコードする核酸の新たな用途に関するものである。1つの態様として、生物由来サンプルにおけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子発現量の測定を包含する、脂肪蓄積異常の検出方法及び検出用試薬を提供する。
【0015】
本発明者らがDDTと臨床データとの相関性について検討したところ、内臓脂肪組織中の成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子発現量と、ウエスト径、体重、BMI、内臓脂肪面積、空腹時血糖、血清中性脂肪(TG)値及び血清尿酸値との間に負の相関が認められた。また、皮下脂肪組織中の成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子発現量と、ウエスト径、BMI及び血清TG濃度との間に負の相関が認められた(本願の実施例1を参照)。更に本発明者らは、DDTは脂肪前駆細胞では発現しておらず、成熟脂肪細胞で発現しているが、脂肪滴が肥大するにつれてDDT発現量は低下することを見出した(実施例6を参照)。これらの知見によれば、脂肪細胞が過剰に脂肪を蓄積している状態においては、DDT遺伝子の発現量が低下するので、DDT遺伝子の発現量は脂肪蓄積異常の指標となる。
【0016】
本発明の検出方法で使用する生物由来サンプルは、哺乳動物由来のサンプルであり、DDT遺伝子の発現量を測定することができるものであれば特に限定はない。例えば、脂肪組織、脂肪組織から単離した脂肪細胞、血清などが挙げられる。脂肪組織には内臓脂肪組織と皮下脂肪組織があるが、本発明者らの研究によれば、内臓脂肪組織と皮下脂肪組織におけるDDT発現量に大差はない(本願の実施例4と図3を参照)。従って、脂肪組織やそこに含まれる脂肪細胞を生物由来サンプルとして用いる場合には、内臓脂肪組織と皮下脂肪組織のどちらでもかまわない。
【0017】
生物由来サンプルにおけるDDT遺伝子の発現量は、RNAへの転写レベルとタンパク質への翻訳レベルの2つの段階のいずれかで測定すればよい。RNAへの転写レベルでDDT遺伝子発現量を測定する場合には、生物由来サンプルに存在するDTT遺伝子のmRNA量を測定すればよく、mRNA量を測定する方法に特に限定はない。DDT遺伝子の塩基配列は公知であり(例えば、配列番号1に示したDDTの翻訳領域の塩基配列が挙げられ)、この塩基配列に基づいてDDT検出用プローブを設計することができる。検出用プローブとしては、DDTをコードする核酸(DNA、RNA、cDNA)のアンチセンス鎖の全長または一部であり、プローブとして成立する程度の長さ(例えば、15塩基以上)を有するものを使用することができる。生物由来サンプルが脂肪組織の場合には、in situ ハイブリダイゼーション法、後述する抗DDT抗体を併用するin situ PCR法などによって、DDT遺伝子の発現量を測定することができる。
【0018】
タンパク質への翻訳レベルでDDT遺伝子発現量を測定する場合には、生物由来サンプルにおけるDDTの存在量を測定すればよい。測定するDDTは全長タンパク質でもよいが、DDTに特異的な特徴を有する限り、その部分ペプチドでもかまわない。DDTの存在量を測定する方法に特に限定はなく、例えば、抗DDT抗体を用いた免疫学的な検出方法が挙げられる。抗DDT抗体はDDTタンパク質の全長または断片を用いて公知の方法で作製することもできるが、本願の実施例で使用したDDT−GSTモノクローナル抗体(Abnova製)のような、市販の抗体を使用してもよい。具体的には、抗DDT抗体を用いた脂肪組織の免疫染色や、脂肪組織からのDDTの単離・精製によって、生物由来サンプルにおけるDDTタンパク質の存在量を測定することができる。また、DDTの酵素活性に基づいて、DDTタンパク質を定量することも考えられる。
【0019】
脂肪細胞や血清などを生物由来サンプルとして用いる場合には、後述するスクリーニング方法の工程(2)で採用することのできる方法、例えば、RT−PCRやノーザンブロット法、でDDT mRNA量やDDT存在量を測定し、DDT遺伝子発現量とすることができる。
【0020】
本発明の検出方法で脂肪蓄積異常を検出する際には、DDT遺伝子発現量の測定値を、基準値となる健常者のDDT遺伝子の発現量と比較し、測定値が基準値よりも低い場合に、過剰な脂肪蓄積が生じていると判断する。基準値となる健常者のDDT遺伝子の発現量は、生物由来サンプルを採取した生物と同種であり、且つ健常な(即ち、脂肪蓄積能が正常な)生物から採取した同種のサンプルについて測定した値とする。尚、「同種のサンプル」とは、生物由来サンプルと同じ種類の組織または細胞を意味する。基準値の計測に使用する測定方法は、脂肪蓄積異常の検出に使用する方法と同一でなくても良いが、測定誤差などのバラツキを低減するために、同じ方法であることが望ましい。基準値よりも低い測定値は過剰な脂肪蓄積を表していると考えられるが、測定値が基準値の40%以下、より好ましくは20%以下の場合に、過剰な脂肪蓄積が生じているか、生じやすい状態であると判断することができる。
【0021】
生物由来サンプルにおける過剰な脂肪蓄積は、生物由来サンプルを提供した生物が既に肥満であるか、肥満になりやすい状態であることを意味する。従って、本発明の検出方法は、肥満の診断方法として使用することができる。
【0022】
更に本発明は、DDT検出用の試薬を包含する脂肪蓄積異常検出用試薬を提供する。
本発明の脂肪蓄積異常検出用試薬に含まれるDDT検出用の試薬は、本発明の脂肪蓄積異常検出方法において、DDT遺伝子の発現量の測定に用いることのできる試薬であれば特に限定はない。例えば、DDT遺伝子発現量の測定方法に関連して上述した、DDT mRNAを検出するための核酸プローブ(DNAまたはRNA)、DDTタンパク質を検出するための抗体、DDTの酵素活性を測定するための基質などが挙げられる。
【0023】
本発明の脂肪蓄積異常検出用試薬を用いて生物由来サンプル中のDDT遺伝子発現量を測定することによって、肥満であるか、肥満になりやすい状態にある生物を検出することができる。従って、本発明の検出用試薬は肥満の診断剤として使用することができる。
【0024】
抗肥満物質のスクリーニング方法
他の1つの態様として、本発明は、(1)成熟脂肪細胞を被検物質で処理し、(2)処理した成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量を測定し、そして(3)上記(2)の測定値が、被検物質によって処理していない成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量と比べて上昇している場合に、該被検物質を抗肥満物質と同定することを包含する、抗肥満物質のスクリーニング方法を提供する。
【0025】
本発明のスクリーニング方法の工程(1)では、成熟脂肪細胞を被検物質で処理する。スクリーニングに使用する成熟脂肪細胞に特に限定はなく、生体試料から採取した成熟脂肪細胞でも、脂肪前駆細胞を分化誘導することにより調製した成熟脂肪細胞でもかまわない。また、成熟脂肪細胞は、肥大し、DDT発現量の低下した成熟脂肪細胞でもよい。生体試料から脂肪前駆細胞または成熟脂肪細胞を採取する場合は、内臓脂肪(腸間膜脂肪)や皮下脂肪等から採取することができる。また、脂肪前駆細胞は凍結保存が可能であり、例えば、3T3-L1細胞、3T3-F442A細胞やHIB1B細胞は研究用に市販されているので、入手が容易である。脂肪前駆細胞を分化誘導する方法としては、例えば、インスリン、デキサメタゾン、イソブチルメチルキサンチン等の分化誘導物質を添加した培地で脂肪前駆細胞を培養する方法が挙げられる。分化誘導用にあらかじめ調製された市販の培地を使用してもよい。
【0026】
本発明のスクリーニング方法に使用する被検物質に特に限定はなく、低分子化合物のみならず、ポリヌクレオチド、タンパク質やペプチド等のいかなる物質も適用可能である。
【0027】
成熟脂肪細胞を被検物質で処理する方法に特に限定はなく、例えば、成熟脂肪細胞を被検物質の存在下で培養すればよい。この際の培養方法にも特に限定はなく、一般的な動物細胞の培養方法をそのまま適用することができる。培地としては、例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640等の基礎培地に仔ウシ血清等の成分を適宜添加したものを用いることができる。また、市販の脂肪細胞培養用にあらかじめ調製された培地を用いてもよい。
【0028】
被験物質の存在量(培養脂肪細胞への添加量)及び培養脂肪細胞への添加スケジュールは被試験物質の溶解性、物理的性質、特性等を考慮して適宜選択することができるが、成熟脂肪細胞の増殖を阻害しない範囲から選択することが好ましい。例えば、被検物質の最終濃度が0.001〜500μMの範囲内になるように添加すればよい。具体的には、被験物質を培養液に溶解し、それを細胞培養上清に終濃度が上記範囲内となるように添加し、更に1〜3日間細胞を培養することができる。被検物質が脂肪酸などの非水溶性物質の場合は、超音波処理により適当な溶液に懸濁した後、培養細胞に添加することができる。
【0029】
工程(2)においては、処理した成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量を測定する。DDT遺伝子の発現量は、RNAへの転写レベルとタンパク質への翻訳レベルの2つの段階で測定することができる。RNAへの転写レベルでDTTの発現量を測定する場合は、DTT遺伝子のmRNA量を測定する。この際の測定試料は、成熟脂肪細胞から全RNAを抽出することによって調製することができる。全RNAを成熟脂肪細胞から抽出する際には公知の方法が使用でき、例えば、グアニジンチオシアネート/塩化セシウム法により抽出することができる。その他、市販のRNA抽出キットを使用することにより、全RNAを簡便に抽出することもできる。また、DTT遺伝子のmRNA量を測定する方法としては、DTT遺伝子のmRNAを特異的に定量できる方法であれば特に制限はなく、例えば、RT−PCR、定量PCR、DNAマイクロアレイ、ノーザンブロット等を用いることができる。特に、RT−PCRは簡単かつ迅速にDTT遺伝子のmRNA量を測定できるので、きわめて好適である。RT−PCRを行うためのプライマーは、公知のDTT遺伝子の塩基配列(例えば、本願の配列番号1の塩基配列)に基づいて設計することができる。このようなプライマーの一例として、本願の実施例4で使用したプライマー(配列番号2と3)が挙げられる。
【0030】
一方、タンパク質の定量によってDTT遺伝子の発現量を測定する場合は、成熟脂肪細胞の細胞内にあるDTT量と、成熟脂肪細胞が分泌したDTT量のいずれかを測定することができる。細胞内のDTT量を測定する場合は、成熟脂肪細胞の抽出液を測定試料とすることができる。例えば、成熟脂肪細胞を遠心分離等の方法で回収した後、低張処理あるいは機械的処理等によって細胞を破砕し、細胞抽出液を得ることができる。得られた細胞抽出液は必要に応じて粗精製等の前処理を行ってもよい。成熟脂肪細胞が分泌したDTT量を測定する場合は、例えば、培養上清やその濃縮物を測定試料とすればよい。DTT量を測定する方法としては、DTTを特異的に測定できる方法であればよく、例えば、市販のDTT特異的抗体を使用した免疫測定法やウェスタンブロッティングを用いることができる。免疫測定法の例としては、酵素免疫測定法(ELISA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)等が挙げられる。
【0031】
続いて工程(3)では、上記(2)の測定値を、被検物質によって処理していない成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量と比較する。被検物質によって処理していない成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量は、上記(2)の測定値(即ち、被検物質によって処理した成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量)と同じ方法で測定する。尚、測定誤差などの測定値への影響を低減し、より正確な比較を行うために、被検物質によって処理した場合も、処理なしの場合も、測定値を内部標準などで補正してから比較することが望ましい。
【0032】
上述したように、DDTの発現は、脂肪前駆細胞にはなく、分化初期の小さな脂肪細胞では亢進し、肥大した成熟脂肪細胞では低下する。DDTの発現は成熟脂肪細胞の肥大と密接な関係があり、DDT発現の上昇は、成熟脂肪細胞の肥大(即ち、脂肪蓄積)の予防または低減につながると考えられる。そのため、本発明においては、成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子の発現量を上昇させる被検物質を抗肥満物質と同定する。本発明のスクリーニング方法によって同定された抗肥満物質は、後述する肥満の治療・予防剤の有効成分として有用である。また、DDT遺伝子の発現に影響を与える抗肥満物質は、脂肪細胞の分化機構や成熟脂肪細胞による脂肪分解機構について新たな観点から研究する上で有用であると考えられる。
【0033】
肥満の治療・予防剤
更に別の態様においては、本発明は、DDTまたはそれをコードする核酸、あるいは成熟脂肪細胞においてDDT遺伝子の発現を亢進する物質を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤を提供する。上述したように、DDTの発現は脂肪前駆細胞にはなく、分化初期の小さな脂肪細胞では亢進し、肥大した成熟脂肪細胞では少なくなる。DDTの存在量と成熟脂肪細胞の肥大との間には負の相関関係があるので、DDTやそれをコードする核酸、あるいはDDT遺伝子の発現量を上昇させる物質を患者に投与し、肥大した成熟脂肪細胞に存在するDDT量を上昇させることによって、脂肪細胞の肥大を減少または防止し、その結果、肥満を治療・予防することができる。
【0034】
本発明の治療・予防剤の有効成分として使用するDDTはそのアディポサイトカインとしての機能を有する限り特に限定はない。従って、全長DDTタンパク質のみならず、その部分ペプチドを使用することもできる。
【0035】
DDT遺伝子の発現を亢進する物質も本発明の治療・予防剤の有効成分として使用することができる。DDT遺伝子の発現を亢進する物質としては、本発明のスクリーニング方法によって同定した抗肥満物質が好ましい。
【0036】
本発明の治療・予防剤は経口的または非経口的にヒト等の哺乳動物に対し投与することができる。経口的に投与する場合には、本発明の治療・予防剤の剤形に特に限定はなく、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の通常の形態で使用することができる。また、非経口的に投与する場合には、本発明の治療・予防剤を溶液、乳剤、懸濁液等の通常の液剤の形態で使用することができる。前記形態の治療・予防剤を非経口的に投与する方法としては、例えば、注射する方法、坐剤の形で直腸に投与する方法等を挙げることができる。
【0037】
本発明の治療・予防剤は、有効成分の他に、薬学的に許容される担体、賦型剤、結合剤、安定剤、希釈剤等を含有してもよい、また注射剤型で用いる場合には、許容される緩衝剤、溶解補助剤、等張剤等を添加することもできる。
【0038】
本発明の治療・予防剤の有効成分として使用するDDTをコードする核酸も、アディポサイトカインとしての機能を有するDDTをコードする核酸であれば特に限定はなく、DNAでもRNAでもかまわない。また、全長塩基配列のみならず、cDNAや部分配列も使用することができる。公知の遺伝子治療の技術に基づいてこのような核酸を包含する薬剤を調製することができる。このような薬剤を細胞または生体に導入し、DDT発現量を増加させることによって、成熟脂肪細胞の肥大を減少または防止し、肥満を予防または治療することが考えられる。
【0039】
本発明の治療・予防剤の投与量は、投与される哺乳動物の年令、性別、体重、疾患の程度や現在のDDTレベル、有効成分の種類、投与形態等に基づいて、適宜選択することができる。また、1日の投与量を1回または数回に分けて投与することができる。
【0040】
また、本発明の治療・予防剤は、他の適当な抗肥満薬、例えば、食欲抑制剤、腸管吸収抑制剤、消化酵素阻害剤、代謝昂進ホルモン剤、脂肪合成阻害剤、インスリン分泌抑制剤と併用して用いてもよい。更に食事療法、運動療法とも併用して用いられ得る。この場合、他の抗肥満薬単独での処置の活性または効果、並びに他の抗肥満療法単独での処置の効果を増進し得る。
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
D−ドーパクロームトートメラーゼと臨床データとの相関性
D−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)と肥満に関連する臨床データとの相関性について検討するために、同一患者から内臓脂肪組織と皮下脂肪組織を採取した(患者数は20例)。採取した脂肪組織の一部分を成熟脂肪細胞と間質・血管画分(stromal-vascular fraction、SVF)細胞に分画し、脂肪組織全体、成熟脂肪細胞、SVF細胞のそれぞれから全RNAを抽出した。脂肪組織の分画と全RNAの抽出は、後述する実施例4と同様に行った。
【0043】
抽出した全RNAからcDNAを合成し、リアルタイムRT−PCR法にてDDTのmRNA量を測定した。得られたDDT mRNA量と、ウエスト径、体重、BMI、内臓脂肪面積、空腹時血糖、血清中性脂肪(トリグリセリド、TG)値、血清尿酸値を含む臨床パラメータとの相関解析は、Personの相関係数をSPSS 14.0J for windows(SPSS社製)で算出することによって行った。尚、脂肪面積の測定は、Fat Scan V3.0(N2システム社製)を用いて行った。
【0044】
その結果、内臓脂肪組織中の成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子発現量と、ウエスト径、体重、BMI、内臓脂肪面積、空腹時血糖、血清TG値及び血清尿酸値との間に負の相関が認められ、皮下脂肪組織中の成熟脂肪細胞におけるDDT遺伝子発現量と、ウエスト径、BMI及び血清TG値との間に負の相関が認められた。
【実施例2】
【0045】
C末端にFLAGタグを付加したDDTの発現
DDTが分泌蛋白であるか否かについて確認するために、C末端にFLAGタグを付加したDDT(DDT-CFLAG)を293FT細胞に発現させ、その培養上清にFLAG抗体陽性シグナルが認められるか否かを検証した。
【0046】
ヒト脂肪前駆細胞であるSGBS細胞を後述する実施例5と同様に脂肪細胞に分化させ、そこからcDNAを調製し、ヒトDDTの翻訳領域cDNA(配列番号1)をPCRで増幅した。次に、発現プラスミドpcDNA3.1+(Invitrogen社製)のBamHI−EcoRI間にFLAGタグをコードするDNAを挿入したものを準備し、該プラスミドのHindIII−BamHI間に、ヒトDDTの翻訳領域cDNAを挿入することで、ヒトDDTをサブクローニングした(DDT-CFLAG 発現ベクター)。尚、対照実験として、空のベクター、分泌蛋白質であるYKL-40の遺伝子を組み込んだベクター(ポジティブコントロール)及び分泌性ではないパラフィブロミン(PFC)の遺伝子を組み込んだベクター(ネガティブコントロール)も用意した。
【0047】
6穴ディッシュにおいて、培地として10% FBSを含むDMEMを用い、293FT細胞を80%コンフルエントまで培養した。各ベクターについて2ウェルの細胞を用意した。1ウェルに付き0.5μgの発現ベクターを使用し、Effectene Transfection Reagent(QIAGEN社製)のプロトコールに従って、発現ベクターを細胞に導入した。
【0048】
発現ベクターの導入から24時間後には、1ウェルの細胞を細胞融解バッファー(50mM Tris-Cl(pH 8.0)、150mM NaCl、0.1% Nonidet P-40)に溶解して細胞融解物を回収し、これを発現確認用サンプルとした。残りの1ウェルについては、発現ベクターの導入から24時間後にウェルをPBSで3回洗浄した。次に、2mlのFBSを含まないDMEMを加えて更に24時間培養し、上記と同様に培養上清を回収した。回収した培養上清のうちの20μlは、ウェスタンブロッティングのための培養上清サンプルとして保存した。
【0049】
回収した培養上清の残りを2,000rpmで遠心分離し、得られた上清を0.45μmのフィルターで濾過した。次に4倍量の冷アセトン(8ml)を加え、−80℃で1時間放置後、10,000rpmで遠心分離した。上清を廃棄し、残った沈殿を50μlの0.1% Triton-Xを含むPBS(PBS−T)50μlに懸濁し、濃縮培養上清とした。
【0050】
DDT-CFLAG発現ベクター導入細胞及び対照実験(空のベクターを導入した細胞、YKL-40発現ベクターを導入した細胞とPFC発現ベクターを導入した細胞)のそれぞれから調製した細胞融解物、培養上清及び濃縮培養上清について、ウェスタンブロッティングを行った。具体的には、各サンプルに1/4量の5×SDSバッファーを加えて煮沸した後、15%アクリルアミドゲルを用いたSDS−PAGEで展開した。展開したタンパク質のバンドをImmobilon-P(Millipore社製)PVDF膜に転写し、2,000倍に希釈したマウス抗FLAGモノクローナル抗体(SIGMA製)及び80,000倍に希釈したのHRP標識抗マウスIgG(GE Healthcare社製)と共にPVDF膜をインキュベートし、Immobilon Western Chemiluminescent HRP Substrate(Millipore社製)を用いて抗体と結合したバンドを検出した。結果を図1に示す。
【0051】
図1から明らかなように、対照となる分泌蛋白YKL40の陽性シグナルは293FT細胞の培養上清原液及び濃縮培養上清(レーン7と11)に認められたものの、DDTのシグナルは培養上清原液(レーン6)には認められなかった。しかし、濃縮培養上清(レーン10)からはDDTのシグナルが認められた。このことからDDTは少量ながら培養上清中に分泌されていることが判明した。
【実施例3】
【0052】
抗ヒトDDT抗体を使用したDDTの検出
同一患者から採取した内臓脂肪組織と皮下脂肪組織をそれぞれコラゲナーゼで処理し、成熟脂肪細胞を単離した。単離した成熟脂肪細胞をCellmatrix コラーゲンゲル培養キット(新田ゼラチン社製)のプロトコールに従い、10% NCS-Ham's F12培地を用いてコラーゲンゲル包埋培養を行った。
【0053】
培養した内臓脂肪由来の成熟脂肪細胞と皮下脂肪由来の成熟脂肪細胞について、実施例2と同様に発現確認用のサンプル、培養上清と濃縮培養上清を調製した。次に、マウス抗FLAGモノクローナル抗体の代わりに1000倍に希釈した抗ヒトDDT抗体(DDT−GSTモノクローナル抗体、Abnova製)を用いる以外は実施例2と同様にウェスタンブロティングを行った。また、抗ヒトDDT抗体がDDTを認識することを確認するために、実施例2で調製したDDT-CFLAG発現ベクター導入細胞の細胞融解物と培養上清もサンプルとして使用し、更に1000倍に希釈したマウス抗FLAGモノクローナル抗体を用いたウェスタンブロティングも行った。結果を図2に示す。
【0054】
図2から明らかなように、内臓脂肪組織から単離した成熟脂肪細胞と皮下脂肪組織から単離した成熟脂肪細胞のコラーゲンゲル包埋培養の培養上清からは、DDT陽性シグナルを検出することはできなかった。この結果は、DDTの分泌濃度は非常に少ないことを示している。
【実施例4】
【0055】
脂肪組織におけるDDT発現細胞の同定(1)
同一患者から内臓脂肪組織と皮下脂肪組織を採取した(患者数は20例)。1〜2gの脂肪組織をハサミで細切し、0.2% コラゲナーゼ(Collagenase S-1;新田ゼラチン社製)と0.2% BSAを含むMEM培地に加え、37℃で20分間ゆっくりと攪拌し、細胞懸濁液を得た。得られた細胞懸濁液をメッシュフィルター(104×121μm;共進理工社製)で濾過し、900rpmで2分間遠心した。遠心サンプルの最上層を成熟脂肪細胞画分、沈殿をSVF細胞画分として回収した。それぞれの画分を10% NCS-Ham's F12培地で2回洗浄後、全RNAを抽出した。成熟脂肪細胞からの全RNA抽出はRNeasy Lipid Tissue Kit(QIAGEN社製)で行い、SVF細胞からの全RNA抽出はトリゾール(Invitrogen社製)を用いて行った。
【0056】
0.5μgの全RNAから、Primescript RT reagent Kit(TaKaRa社製)を用いて20μlの系でcDNA合成を行った。合成したcDNAを20μlのTEバッファーで希釈し、希釈したcDNA 1μlをPower SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems社製)によるリアルタイムRT−PCRに付し、DDT mRNA量を測定した。RT−PCRの反応条件は、95℃で10分間変性させた後、95℃で15秒、60℃で1分を45サイクル実施した。内部標準としてGAPDH、TBP、HPRT1の3種を用い、DDT mRNA量を補正した。DDT、GAPDH、TBP及びHPRT1のmRNA量の測定に使用したプライマーは以下の配列である。
DDT
フォワード: TCCATCCTGGGCAAACCTG(配列番号2)
リバース: GGGCTAGCTCCTTGGTGAGAAAC(配列番号3)
GAPDH
フォワード: GAAGGTGAAGGTCGGAGTC(配列番号4)
リバース: GAAGATGGTGATGGGATTTC(配列番号5)
TBP
フォワード: TGCTGCGGTAATCATGAGGATA(配列番号6)
リバース: TGAAGTCCAAGAACTTAGCTGGAA(配列番号7)
HPRT1
フォワード: GGCAGTATAATCCAAAGATGGTCAA(配列番号8)
リバース: GTCAAGGGCATATCCTACAACAAAC(配列番号9)
【0057】
結果を図3に示す。(尚、使用したサンプル数は20例だったが、その内の3例については内部標準物質の測定値が小さかったため、図3の結果には含めなかった。)
図3から明らかなように、SVF画分に比べて、成熟脂肪細胞画分にDDT mRNAの発現が高いことが認められた。成熟脂肪細胞画分のDDT mRNA発現量については、内臓脂肪と皮下脂肪の間では大きな差は認められなかった。
【実施例5】
【0058】
脂肪組織におけるDDT発現細胞の同定(2)
ヒト脂肪前駆細胞株であるSGBS細胞を培養し、成熟脂肪細胞に誘導した。具体的には、6穴ディッシュで100%コンフルエントに培養したSGBS細胞に分化培地(DMEM/HAM=1:1、0.01mg/ml トランスフェリン、20nM インスリン、10μM コルチゾル、200pM 甲状腺ホルモン(T3)、25nM デキサメタゾン、500μM IBMX、2μM トログリタゾン)を加えて4日間培養し、続いて培地を維持培地(DMEM/HAM=1:1、0.01mg/mlトランスフェリン、20nM インスリン、10μM コルチゾル、200pM T3)に交換して更に培養した。維持培地は3日ごとに交換した。
【0059】
分化誘導開始から9日目の細胞をPBSで3回洗浄し、10%ホルマリンで10分間の固定を行った。固定した細胞をPBSで3回洗浄し、0.2% Triton-Xと共に10分間インキュベートした。細胞をPBSで3回洗浄した後、そこに250倍に希釈したマウスDDTモノクローナル抗体(Abnova社製)あるいは250倍に希釈したマウスPref-1抗体(R&Dシステムズ社製)を加え、2時間反応させた。マウスPref-1抗体は脂肪前駆細胞を検出するために使用した。PBSで3回洗浄した後に、Alexa488標識ヤギ抗マウスIgG(Molecular Probe社製)を加え、37℃で30分間反応させた。細胞をPBSで6回洗浄した後、倒立顕微鏡(TE2000U、ニコン社製)の下で観察した。尚、細胞核を染色するDAPI染色も行った。蛍光画像はDIGITAL SIGHT DS-L1(ニコン社製)を用い、露光時間1秒の条件で撮影した。結果を図4に示す。
【0060】
図4から明らかなように、脂肪滴をもった細胞がDDT−Alexa488陽性に発色したが、脂肪前駆細胞から陽性シグナルは観察されなかった。これらの結果から、DDTは成熟脂肪細胞で発現していることが確認された。
【実施例6】
【0061】
脂肪前駆細胞の分化誘導におけるDDT発現の変動
実施例5と同様にヒト脂肪前駆細胞株であるSGBS細胞を培養し、成熟脂肪細胞に誘導した。誘導開始から0日、3日、6日、9日と12日目に細胞をサンプリングし、その全RNAを抽出した。全RNAの抽出は、RNA抽出試薬としてISOGEN(ニッポンジーン社製)を用いて行った。
【0062】
抽出した全RNAについて、実施例4と同様にDDTのmRNA量をリアルタイムRT−PCRにより測定した。その際、内部標準としてGAPDHを用いた。結果を図5の(A)に示す。また、誘導開始から6日目、9日目と12日目のSGBS細胞の可視光での観察写真を図5の(B)に示す。
【0063】
脂肪細胞は分化誘導後の日数が経過するにつれて脂肪滴が肥大してくることが図5の(B)から明らかである。更に図5の(A)の結果からは、誘導開始3日目からDDTの遺伝子発現が上昇し、6日目で発現はピークに達し、それ以降、脂肪細胞の脂肪滴が大きくなるにつれてDTT遺伝子の発現が減少する傾向が見られる。
【実施例7】
【0064】
組み換えヒトDDTの作製
脂肪細胞に分化させたSGBS細胞のcDNAを調製し、そこからヒトDDTの翻訳領域cDNA(配列番号1)をPCRで増幅した。次にヒトDDTの翻訳領域cDNAを発現ベクターpGEX6p−3(GE Healthcare社製)のBamHI−NotI間に挿入してDDT−GST融合蛋白発現ベクターを構築した。
【0065】
DDT−GST融合蛋白発現ベクターで大腸菌株BL21(TaKaRa社製)を形質転換した。形質転換した細胞を、最終濃度50μg/mlのアンピシリンを含む500mlのLB培地を用いて、OD 600nmが0.5になるまで培養した。続いて、最終濃度が0.5mMとなるようにIPTGを加えて16℃で一晩振とう培養した。培養液を6,000rpmで10分間遠心して沈殿(菌体)を回収し、10mlのソニケーションバッファー(50mM Tris-Cl(pH 8.0)、50mM NaCl、1mM EDTA、1mM DTT)に懸濁した。菌体の懸濁液を超音波処理に付して大腸菌を破砕した。そこに終濃度が1%になるようにTriton-Xを加え、遠心分離した。得られた上清を可溶化画分として回収し、沈殿を10mlのPBS−Tに懸濁して不溶性画分とした。可溶化画分と不溶性画分のSDS−PAGEを行ったところ、可溶性画分からはDDT−GST融合蛋白質と推定されるサイズ(37kDa)にバンドが確認された。
【0066】
4℃の条件下でGlutathione Sepharose 4B(GE Healthcare社製)をカラムに充填し、カラム体積の5倍量のPBS−Tで平衡化した。そこに可溶性画分を添加し、カラム体積の5倍量のPBS−Tで洗浄した。160 UのPreScission プロテアーゼ(GE Healthcare社製)をカラムに添加し、4℃で16時間インキュベートすることによりカラム中でGSTとDDTを切り離した。4mlのソニケーションバッファーでDDTを溶出し、この溶出画分を新しいGlutathione Sepharose 4B充填カラムに添加し、素通り画分をDDT画分として回収した。DDTの精製確認はSDS−PAGEとCBB染色、抗DDT抗体によるウェスタンブロッティング、及び質量分析により行った。
【0067】
最後に5ml容のZeba Desalt Spin Column(Pierce社製)でDTTを脱塩し、PBSにバッファー置換を行った。蛋白質の定量をBradford法で行ったところ、2.5mg/ml(200μM)のDDT溶液が4ml得られた。この溶液を精製DDT画分とした。
【0068】
精製DDT画分、分化誘導開始から3日目、6日目、9日目と12日目のSGBS細胞の濃縮培養上清、分化誘導開始から9日目の細胞融解物、及び実施例2と同様に調製したDDT-CFLAG発現ベクター導入細胞の細胞融解物について、DDT抗体によるウェスタンブロッティングを行った。結果を図6に示す。
【0069】
図6から明らかなように、精製DDT画分(レーン6)からは、DDT抗体で強いシグナルが得られた。この結果は、DDTが正常に精製されたことを示している。
【実施例8】
【0070】
成熟脂肪細胞における遺伝子発現に対するDDTの影響
6穴ディッシュを用いて、ヒト脂肪前駆細胞株であるSGBS細胞を実施例5と同様に成熟脂肪細胞に分化誘導した。分化誘導開始から9日目の細胞をPBSで3回洗浄した後に、以下の成分のいずれかを培養細胞に添加した:2ml DMEM(DMEM)、100ng/ml GH(GH)、2.5μg/ml 組み換えDDT(DDT)、1/1000倍希釈した精製YKL−40(微量と思われる)(YKL)、50% マクロファージ培養上清(Mphage CM)、50% DDT−CFLAG発現293FT培養上清(DDT-FT CM)及び50% ベクター発現293FT培養上清(V FT CM)。尚、上記濃度は最終濃度であり、添加物の容量が2mlとなるようにDMEMも添加した。
【0071】
成分の添加後に更に24時間培養し、各細胞からISOGEN(ニッポンジーン社製)を用いて全RNAを抽出した。次に、以下の遺伝子発現量をmRNAの定量によって測定した:aP2、PPARγ、アディポネクチン、レプチン、AEBP−1、LIPE(ホルモン感受性リパーゼ)、INSR(インシュリン受容体)、PLIN(ペリリピン)、GLUT4、DGAT2(ジアシルグリセロールO−アシルトランスフェラーゼホモログ2)、FASN(脂肪酸シンターゼ)、GPAM(グリセロール 3−リン酸アシルトランスフェラーゼ)、MCP−1及びIL−6。具体的には、0.5μgの全RNAからPrimescript RT reagent Kit(TaKaRa社製)を用いて、20μlの系でcDNA合成を行った。合成したcDNAを20μlのTEバッファーで希釈し、希釈したcDNA 1μlについて、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems社製)によるリアルタイムRT−PCRを行い、各遺伝子のmRNA量を測定した。RT−PCRの反応条件は、95℃で10分間変性させた後、95℃で15秒、60℃で1分を45サイクル実施した。内部標準としてGAPDHを用い、mRNA量を補正した。結果を図7A〜図7Cに示す。
【0072】
図7A〜図7Cから明らかなように、DDTで成熟脂肪細胞を処理しても、脂肪細胞の分化マーカーであるaP2遺伝子、PPARγ遺伝子、アディポネクチン遺伝子やレプチン遺伝子、脂肪前駆細胞マーカーであるAEBP−1遺伝子には変動が見られなかった(図7A)。脂質代謝に関わる遺伝子群については、組み換えDDTによる処理によってLIPE遺伝子の発現量が約2倍に上昇した(図7B)。また、INSR遺伝子、PLIN遺伝子、GLUT4遺伝子、DGAT2遺伝子、FASN遺伝子、GPAM遺伝子の発現にも変動は見られなかった(図7B)。更に、炎症性サイトカインであるMCP−1やIL−6の遺伝子発現にも影響は見られなかった(図7C)。
【産業上の利用可能性】
【0073】
新規なアディポサイトカインであるD−ドーパクロームトートメラーゼ(DDT)を使用することによって、脂肪細胞の分化機構や成熟脂肪細胞による脂肪蓄積や脂肪分解機構について新たな観点から研究することが可能となり、肥満の治療方法の確立にも繋げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】C末端にFLAGタグを付加したDDTを発現するベクターを導入した293FT細胞(DDT-CFLAG)及び対照実験となる細胞[空のベクターを導入した細胞(Vector)、YKL-40発現ベクターを導入した細胞(YKL40CHA)とPFC発現ベクターを導入した細胞(PFCFLAG)]のそれぞれから調製した細胞融解物、培養上清及び濃縮培養上清について、FLAG抗体を用いて行ったウェスタンブロッティング。レーン1〜4:細胞融解物(lysate)、レーン5〜8:培養上清(CM)、レーン9〜12:濃縮培養上清(CM conc.)であり、4つのレーンからなるグループにおけるサンプルの順番は、Vector、DDT-CFLAG、YKL40CHA、そしてPFCFLAGである。
【図2】内臓脂肪組織由来の成熟脂肪細胞と皮下脂肪組織由来の成熟脂肪細胞のそれぞれから調製した培養上清と濃縮培養上清について、(A)抗ヒトDDT抗体を用いて行ったウェスタンブロッティング、および(B)抗FLAG抗体を用いて行ったウェスタンブロッティング。レーン1:空のベクターを導入した293FT細胞の細胞融解物、レーン2:DDT−CFLAG発現ベクターを導入した293FT細胞の細胞融解物、レーン3:内臓脂肪組織由来の成熟脂肪細胞の培養上清、レーン4:皮下脂肪組織由来の成熟脂肪細胞の培養上清、レーン5:内臓脂肪組織由来の成熟脂肪細胞の濃縮培養上清、レーン6:皮下脂肪組織由来の成熟脂肪細胞の濃縮培養上清。
【図3】内臓脂肪組織と皮下脂肪組織のそれぞれから調製した成熟脂肪細胞画分とSVF細胞画分におけるDDT遺伝子発現量の比較。DDT遺伝子の発現量はmRNA量として測定し、内部標準のmRNA量を用いて補正した。(A)〜(C)はそれぞれ異なる内部標準を用いた結果であり、(A)はGAPDH、(B)はTBP、(C)はHPRT1である。
【図4】SGBS細胞を分化誘導した成熟脂肪細胞のAlexa488蛍光免疫染色。(A)マウスDDTモノクローナル抗体を用いた結果、および(B)マウスPref-1抗体を用いた結果。
【図5】SGBS細胞の成熟脂肪細胞への分化誘導におけるDDT発現の変動。(A)分化誘導開始から0日、3日、6日、9日と12日目の細胞における、DDT遺伝子発現量の変化。(B)分化誘導開始から6日目、9日目と12日目のSGBS細胞の可視光での観察写真。
【図6】精製した組み換えDDTの、抗ヒトDDT抗体を用いて行ったウェスタンブロッティング。レーン1〜4:分化誘導開始から3日目、6日目、9日目と12日目のSGBS細胞の濃縮培養上清、レーン5:分化誘導開始から9日目のSGBS細胞の細胞融解物、レーン6:精製組み換えDDT、レーン7:DDT−CFLAG発現ベクターを導入した293FT細胞の細胞融解物。
【図7A】成熟脂肪細胞の遺伝子発現に対するDDTの影響。DMEMのみ(DMEM)、GH(GH)、組み換えDDT(DDT)、精製YKL−40(YKL)、マクロファージ培養上清(Mphage CM)、DDT−CFLAG発現293FT細胞の培養上清(DDT-FT CM)またはベクター発現293FT細胞の培養上清(V FT CM)の存在下で成熟脂肪細胞を培養し、aP2遺伝子、AEBP−1遺伝子、レプチン遺伝子、アディポネクチン遺伝子及びPPARγ遺伝子の発現量をmRNA量として測定し、内部標準として測定したGAPDH mRNA量を用いて補正した値を示した。
【図7B】成熟脂肪細胞の遺伝子発現に対するDDTの影響。DMEMのみ(DMEM)、GH(GH)、組み換えDDT(DDT)、精製YKL−40(YKL)、マクロファージ培養上清(Mphage CM)、DDT−CFLAG発現293FT細胞の培養上清(DDT-FT CM)またはベクター発現293FT細胞の培養上清(V FT CM)の存在下で成熟脂肪細胞を培養し、INSR遺伝子、PLIN遺伝子、GLUT4遺伝子、DGAT2遺伝子、FASN遺伝子、GPAM遺伝子及びLIPE遺伝子の発現量をmRNA量として測定し、内部標準として測定したGAPDH mRNA量を用いて補正した値を示した。
【図7C】成熟脂肪細胞の遺伝子発現に対するDDTの影響。DMEMのみ(DMEM)、GH(GH)、組み換えDDT(DDT)、精製YKL−40(YKL)、マクロファージ培養上清(Mphage CM)、DDT−CFLAG発現293FT細胞の培養上清(DDT-FT CM)またはベクター発現293FT細胞の培養上清(V FT CM)の存在下で成熟脂肪細胞を培養し、MCP−1遺伝子及びIL−6遺伝子の発現量をmRNA量として測定し、内部標準として測定したGAPDH mRNA量を用いて補正した値を示した。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
配列番号2: DDT mRNA検出用のフォワードプライマー
配列番号3: DDT mRNA検出用のリバースプライマー
配列番号4: GAPDH mRNA検出用のフォワードプライマー
配列番号5: GAPDH mRNA検出用のリバースプライマー
配列番号6: TBP mRNA検出用のフォワードプライマー
配列番号7: TBP mRNA検出用のリバースプライマー
配列番号8: HPRT1 mRNA検出用のフォワードプライマー
配列番号9: HPRT1 mRNA検出用のリバースプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物由来サンプルにおけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量を測定し、そして
測定値を基準値となる健常者のD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量と比較し、該測定値が基準値よりも低い場合に、過剰な脂肪蓄積が生じていると判断する
ことを包含する脂肪蓄積異常の検出方法。
【請求項2】
D−ドーパクロームトートメラーゼ検出用の試薬を包含する、脂肪蓄積異常検出用試薬。
【請求項3】
抗肥満物質のスクリーニング方法であって、
(1)成熟脂肪細胞を被検物質で処理し、
(2)処理した成熟脂肪細胞におけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量を測定し、そして
(3)上記(2)の測定値が、被検物質によって処理していない成熟脂肪細胞におけるD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現量と比べて上昇している場合に、該被検物質を抗肥満物質と同定する
ことを包含する方法。
【請求項4】
D−ドーパクロームトートメラーゼまたはそれをコードする核酸を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。
【請求項5】
成熟脂肪細胞においてD−ドーパクロームトートメラーゼ遺伝子の発現を亢進する物質を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。
【請求項6】
請求項3の方法によって同定した抗肥満物質を有効成分として含有する、肥満の治療・予防剤。

【図3】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−178073(P2009−178073A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18866(P2008−18866)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】