説明

HIP/PAPまたはその誘導体の新規用途

本発明は下記(1)〜(5)から成る群の中から選択される疾患を予防または治療する薬剤の製造でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関するものである:
(1)脳低酸素症による新生児脳損傷を含む新生児脳損傷、
(2)脳低酸素症による成人または小児の脳損傷を含む成人または小児の脳損傷、
(3)成人または小児または新生児の外傷性脳損傷、
(4)小脳疾患または障害、
(5)Gap−43の産生またはホスホリル化の欠陥を含む疾患。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新生児、小児および成人の神経学を含む、神経学(neurology)の分野に関するものである。
本発明は特に、新生児脳損傷 (neonatal brain injury) の分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
新生児神経損傷に関与するプロセスは成人患者の神経損傷に至るプロセスとは異なるので、新生児脳損傷は医学研究の特定分野を構成する。
【0003】
産科および新生児のケアは改善されてきているが、2つのグループの新生児すなわち主として白質損傷を伴う早産児と低酸素虚血性脳損傷を伴う満期仮死産児には恒久的神経学的障害を伴う周産期脳損傷を発症する危険性が依然としてある。これら2つのグループでは低酸素虚血性の他に興奮毒性細胞死および活性酸素種生成(ROS)に至るグルタメートの放出増加が脳損傷プロセスで重要である。
【0004】
低酸素虚血性(HI)としても知られる新生児仮死は早産時、陣痛時、分娩時または出生直後の乳児の酸素摂取不足から生じる症状である。新生児仮死は依然として新生児の慢性神経罹患率および急性死亡率の主要な原因であり、低酸素虚血性脳症に至る。6分という短時間の新生児低酸素症でも恒久的神経損傷に至ることがあることが従来の研究でわかっている。全出生時死亡の約14.6%は新生児低酸素症に起因する。欧米諸国では新生児の約0.9%が新生児低酸素症になる。約15〜20%が死亡し、生存者の25%が重症身障児であり、これは長期合併症、例えば精神遅滞、脳性まひ、痙性、学習困難またはてんかんに起因する。さらに、初期には合併症を克服したように見えるやや軽い低酸素症の小児は、この新生児発作に遡ることができる行動障害を小児期に有することが次第に認識されてきている。
【0005】
一般に、新生児脳損傷の開始および発達は複雑なプロセスであり、早発性、遅発性損傷の両方を発生する複数の寄与メカニズムおよび経路を有する。研究ではこれらのプロセスの種々の特徴、例えば酸化的ストレス、炎症および興奮毒性に焦点が当てられてきた。これらは成熟脳または未成熟脳で大きく異なる(非特許文献1)。
【0006】
現在、新生児HIに関連する脳損傷に対して承認された治療方法は集中治療の一部として施される支持療法および医療介入以外にない。しかし、医療介入を改善し且つ臨床応用のために試験して失敗した治療の結果として新規な方法を発見するために、多くの有望な研究手段がある。失敗した治療の例には、救急甦生時のグルコース補充、換気亢進、ミダゾラム、バルビツレート、デキサメタゾンおよびその他のグルココルチコイド、カルシウムチャネル阻害剤、硫酸マグネシウム、インドメタシン、ポリエチレングリコールに共役したスーパーオキシドジスムターゼ/カタラーゼ、MK−801、デトロメトルファンおよびカスパーゼ阻害剤が含まれる。新生児脳HIの管理には、適切な換気、体液の細心の管理、低血圧および低血糖の回避および発作の治療を施す支持療法が含まれる。実際には、乳児をHI後に蘇生する方法を改善することは、転帰を改善し且つ身体障害を減らすのに極めて重要な第1段階になりうると仮定されている。蘇生中に用いられる酸素の濃度はHI後の脳損傷に影響しうる。HIを有する新生児および局所的虚血性脳卒中のげっ歯類モデルにおいて、高圧酸素を試みて成功した例がある。発作を有する新生児(さらに酸素フリーラジカル疾患の危険性もある)における酸素の役割を明らかにするためにさらに研究を行う必要がある。
【0007】
集中治療を改善する他にも、新規な治療方法の選択肢および潜在的な医療介入を同定して、進行中の脳損傷のプロセスを改善するために、たくさんの研究がなされている。簡単に言うと、種々の方法、例えば抗酸化物、抗炎症薬、細胞死阻害剤、成長因子の試験、幹細胞治療または低体温法が研究されている。種々の抗炎症化合物が研究されている。複数の医療介入、例えばアロプリノール/オキシプリノール、デスフェロキサミンおよびメラトニン、フリーラジカルによって生じるHI誘発脳損傷を減らそうとする試みは、その副作用プロフィールおよび試験の失敗例のために、臨床的関心を高められなかった。最近の有望な治療には、エリスロポエチンおよびN−アセチルシステインがある。エリスロポエチンは抗アポトーシス性、抗ニトロソ化および抗血管新生作用を有する抗酸化物である。エリスロポエチンはさらに、神経保護作用および神経新生を細胞運命決定の変更によって促進し、且つ、未成熟ラットにおける発作後の機能転帰を改善することが報告されている。周知な抗酸化およびフリーラジカル除去薬であるN−アセチルシステインは、胎盤と血液脳関門(BBB)とを交差させ、妊娠中の安全性プロフィールが良い。N−アセチルシステインは酸化的ストレスを軽減し、細胞内グルタチオンレベルを回復し、酸素フリーラジカルを除去し、細胞酸化還元電位を改善し、新生児脳のアポトーシスおよび炎症を減らし、さらに、仮死後に認められる心臓−腎臓の回復が改善することがわかっている。水素治療も研究すべき治療方法である可能性がある。さらに、低酸素虚血新生ラットの脳損傷を、コンドロイチナーゼABCと一緒に神経幹/前駆細胞を脳室内注入することによって減らす試みがなされている(非特許文献2)。
【0008】
大きな懸念を引き起こす脳外傷の中では、外傷性脳損傷(TBI)は外からの力で脳が損傷したときに起こる。TBIは世界的に死亡および身体障害、特に小児および若年成人において主要な原因である。TBIは、外部からの機械的力、例えば急速加速または減速、衝撃、爆風または発射物の貫通で生じる脳への損傷で定義される。脳外傷は二次的脳損傷、例えば脳血流および頭蓋内圧力の変化を引き起こす。TBIは多くの物理的、認知的、感情的および行動的影響をもたらす可能性がある。TBI転帰は完全な回復から恒久的身体障害または死亡までの範囲にわたりうる。20世紀には、死亡率を低下させ且つ転帰を改善させる診断および治療において大きな進歩があった。これらの例としては、画像化技術、例えばコンピュータ断層撮影法および磁気共鳴映像法が挙げられる。TBI患者は緊急に、損傷後のいわゆる「ゴールデンアワー」内に救命処置を施さなければならない。中等度から重度の損傷を有する患者はおそらく集中治療室で治療を受けた後、脳神経外科病棟で治療を受ける。治療は患者の回復期に依存する。急性期の主要目的は患者を安定させ、さらなる脳損傷を防ぐことである。なぜなら、外傷によって引き起こされた初期損傷を回復させるためにできることはほとんどないからである。主要な医学的懸念は適切な酸素供給の確保と、十分な脳血流の維持と、頭蓋内圧亢進のコントロールである。現在、患者の神経保護作用の助けとなり得る潜在的な医療を計画するための研究がなされている。しかし、脳細胞損傷を食い止めうる薬剤の臨床試験はほとんどが失敗している。
【0009】
例えば、低体温症において損傷脳を冷やしてTBI損傷を抑制することに関心が向けられたが、TBIの治療には有用ではないことが臨床試験によって示された。これらの失敗は、臨床試験計画の欠陥または二次的損傷に関与する一連の損傷プロセスを予防するには不十分な単剤を含む要因による可能性がある。
【0010】
高圧酸素療法(HBO)はTBI後の補助療法として評価されており、「その使用はTBIにとって正当なHBOになり得なかった」とするコクランレビューはまだ議論の余地があると推論される。すなわち、改善されたメカニズムが探し出されており、それが治療として有望である証拠が研究によって分かっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Gonzalez et al., 2008, Pharmacology and Therapeutics, Vol. 120: 43-53
【非特許文献2】Sato et al., 2008, Reprod Sci., Vol. 15(nー6) : 613-620
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
こうした現状から、外傷性脳損傷を有する患者の治療に対する医学の進歩が強く求められている。
この分野では新生児脳損傷を効果的に治療できる化合物を同定するというニーズがある。
この分野ではさらに、現在利用可能な治療法がほとんどない新生児細胞死を引き起こす外傷性脳損傷(TBI)の治療に有用な化合物を同定するというニーズがある。
さらに、この分野では小脳遺伝的疾患および環境性小脳疾患を含む小脳疾患の治療に有用な化合物を同定するというニーズもある。
さらに、アルツハイマー病およびアルツハイマー病の特異的な症状に先行する軽度認識障害の治療に有用な化合物を同定するというニーズがある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、種々のタイプの脳損傷を予防または治療する化合物を提供する。
本発明は、脳低酸素症による新生児脳損傷を含む新生児脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関するものである。
本発明はさらに、外傷性脳損傷(TBI)の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にも関する。
本発明はさらに、脳低酸素症による脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にも関する。
本発明は特に、脳低酸素症によって引き起こされる新生児脳損傷から成る脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、脳低酸素症によって引き起こされる小児脳損傷から成る脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、脳低酸素症によって引き起こされる成人脳損傷から成る脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
【0014】
本発明はさらに、脳卒中を含む脳血管障害または外傷性脳損傷から成る脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。上記脳卒中は特に虚血性脳卒中および出血性脳卒中から成る群の中から選択される。
本発明は特に、小脳性運動失調症を含む、小脳疾患または小脳障害の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、神経細胞または可塑性のインビトロまたはインビボ変調、促進または改善でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
【0015】
本発明はさらに、神経細胞の構造再構築または可塑性の変調でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、神経細胞アポトーシスまたは神経細胞死からの神経細胞の保護でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、Gap−43の産生の調節不良または欠陥、または、Gap−43のホスホリル化の調節不良または欠陥を含む障害または疾患の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明のさらに他の対象は、神経細胞のインビトロ培養でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
本発明のさらに他の対象は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含む神経細胞用の培地にある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】GAP 43 +/+マウスからの皮質神経細胞の細胞アポトーシスに対するHIP/PAPの予防効果を示す図。縦軸はTUNEL陽性細胞のパーセンテージを表し、横軸は左から右へ(1) 対照培地、(2) NMDA, (3) NMDAおよびHIP/PAP,および(4) NMDA単独でインキュベートした細胞を表す。'#"は:対照と比べて有意であることを表し、"*"はNMDAと比べて有意であることを表す。
【0017】
【図2】GAP 43 +/+マウスからの皮質神経細胞の一次神経突起の数に対するHIP/PAPの予防効果を示す図。縦軸は特定数の一次神経突起を有する細胞のパーセンテージを表し、横軸の4セットの棒は左から右へそれぞれ(1)0の一次神経突起を有する細胞、(2) 1つの一次神経突起を有する細胞、(3)2つの一次神経突起を有する細胞、 (4) 3つ以上の一次神経突起を有する細胞を表し、各棒セットは左から右へ(a) 対照培地, (b) NMDA, (c) NMDA およびHIP/PAP および (d) HIP/PAP単独で得られた結果を示す。'#"は対照と比べて有意であることを表し、"*"は NMDAと比べて有意であることを表す。
【0018】
【図3】マウス皮質神経細胞の二次神経突起の数に対するHIP/PAPの効果を示す図。縦軸は二次神経突起を有する細胞のパーセンテージを表し、横軸の4セットの棒は左から右へそれぞれ(1) 対照培地、(2) NMDA, (3) NMDAおよびHIP/PAPおよび(4) HIP/PAP単独を表す。各棒セットは左から右へ(a) GAP 43 +/+マウス,(b) GAP 43 +/-マウス, (c) GAP 43 -/-マウスから得られるマウス皮質細胞で得られた結果を示す。'#"は対照と比べて有意であることを表し、"*"はNMDAと比べて有意であることを表す。
【0019】
【図4】マウス皮質神経細胞の三次神経突起の数に対するHIP/PAPの効果を示す図。縦軸は三次神経突起を有する細胞のパーセンテージを表し、横軸の4セットの棒は左から右へそれぞれ(1) 対照培地、(2) NMDA, (3) NMDAおよびHIP/PAP,および(4) HIP/PAP単独を表し、各棒セットは左から右へ(a) GAP 43 +/+マウス,(b) GAP 43 +/-マウス, (c) GAP 43 -/-マウスから得られるマウス皮質細胞で得られた結果を示す。'#"は対照と比べて有意であることを表し、"*"はNMDAと比べて有意であることを表す。
【0020】
【図5】GAP 43 +/+マウスからの皮質神経細胞の枝分かれ部位の数に対するHIP/PAPの効果を示す図。縦軸は特定数の枝分かれ部位を有する細胞のパーセンテージを表し、横軸の3セットの棒は左から右へそれぞれ (1)1の枝分かれ部位を有する細胞、(2) 2つの枝分かれ部位を有する細胞、(3)3つ以上の枝分かれ部位を有する細胞を表し、各棒セットは左から右へ(a) 対照培地, (b) NMDA, (c) NMDA およびHIP/PAP, および (d) HIP/PAP単独で得られた結果を示す。 '#"は対照と比べて有意であることを表し、"*"はNMDAと比べて有意であることを表す。
【0021】
【図6】GAP 43 +/+マウスからの皮質神経細胞の神経突起の長さに対するHIP/PAPの効果を示す図。縦軸は特定の神経突起の長さ範囲を有する細胞のパーセンテージを表し、横軸の4セットの棒は左から右へそれぞれ(1) 神経突起の長さ範囲が0〜10μmの細胞、(2) 神経突起の長さ範囲が11〜25μmの細胞、(3) 神経突起の長さ範囲が25〜40μmの細胞、(4) 神経突起の長さ範囲が40μm以上の細胞を表し、各棒セットは左から右へ(a) 対照培地, (b) NMDA, (c) NMDA およびHIP/PAP, および (d) HIP/PAP単独で得られた結果を示す。 '#"は対照と比べて有意であることを表し、"*"はNMDAと比べて有意であることを表す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が、神経細胞死、特に脳損傷、例えば新生児脳損傷、小児脳損傷および成人脳損傷で生じる神経細胞死を予防できるということを見出した。
【0023】
HIP/PAP蛋白質はこれまで肝細胞のマイトジェン因子として知られていた。またHIP/PAP (Reg IIIa) 遺伝子は炎症脳疾患のマウス実験モデルすなわち実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)でアップレギュレート(上方制御)されることが知られている。さらに、HIP/PAP蛋白質はマウスEAEに対する予防効果を潜在的に有することも知られていた。これらの予備データから他の著者達は成人患者の多くの炎症または神経疾患、例えば多発性硬化症、視神経炎、視神経脊髄炎、副腎白質萎縮症、副腎脊髄神経障害、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症、炎症性腸疾患または敗血症下記の治療におけるReg III蛋白質の有益な効果を記載している(特許文献1参照)。
【特許文献1】米国特許出願第US 2005/0277593号明細書
【0024】
ここで、EAEは多発性硬化症および急性散在性脳脊髄炎(ADEM)のような中枢神経系の炎症性脱髄性疾患に似た症状を呈する脳炎の動物モデルから成るということを思い出されたい。一般にEAEはT-細胞性自己免疫疾患のプロトタイプでもある。さらに、ミエリンはグリア細胞の増殖から成り、Scwann細胞は末梢ニューロンにミエリンを供給する一方で、オリゴデンドロサイト、特に維管束内の型のものは中枢神経系の軸策を有髄化するということも思い出されたい。脱髄性疾患には基本的に多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、横断性脊髄炎、慢性炎症性脱髄性多発ニューロパシー、ギラン・バレー症候群、橋中央ミエリン溶解、テイ・サックス病および遺伝性脱髄疾患、例えば、ロイコジストロフィーおよびシャルコー・マリー・ツース病が含まれる。しかし、敗血症、筋萎縮性側索硬化症、脊髄損傷、炎症性腸疾患、アルツハイマー病、認知症、血管炎または虚血性傷害のような疾患は最初に脱髄によって引き起こされる疾患ではないことは言うに及ばない。従って、EAE症状を阻害する物質によるこれら後者の疾患の予防または治療は当業者にとっては技術的信頼性がない。
【0025】
さらに、HIP/PAP遺伝子のゲノム配列中の対立遺伝子多型と多発性硬化症の発生との間に相関があることが示されている(特許文献2参照)。
【特許文献2】国際特許出願第WO 2007/071437号公報
【0026】
さらに、Regファミリーは、損傷ニューロンおよびグリア細胞の間のメディエータであろうこと、および、これらは神経再生中に潜在的に役割を果たすことが示されている(非特許文献3参照)
【非特許文献3】Namikawa et al., 2005, Biochem Biophys Res Commun, Vol. 332 (nー 1) : 126-134
【0027】
本発明者は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が脳損傷時に神経保護作用を有するということ、そして、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は初期の発達段階に生じた新生児脳損傷(従って、成人の発達した脳で起こる脳損傷とは全く異なる脳損傷)時に神経保護作用を有するということを見出した。
特に、HIP/PAPは脳損傷の実験モデル、特に新生児脳損傷の実験モデルにおいてインビトロおよびインビボで神経保護作用を有するということがわかった。
【0028】
本発明の対象は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の、アポトーシスまたは細胞死からの神経細胞の保護での使用にある。
本発明の別の対象は、新生児、小児および成人の脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
一般的には、本発明は胎児、新生児、小児および成人の外傷性脳損傷(TBI)の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関するものである。
【0029】
一般に、本明細書で、外傷、疾患および障害を含む病理学的状態の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用を明記した場合、それはHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の、その病理学的状態の予防または治療で使用に関連する本発明の観点も意味する。
一般に、本明細書で、外傷、疾患および障害を含む病理学的状態の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用を明記した場合、それはHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の、その病理学的状態の予防薬または治療剤の製造での使用に関連する本発明の観点も意味する。
【0030】
一般に、本明細書で、外傷、疾患および障害を含む病理学的状態の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用を明記した場合、それはHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を治療を必要とする患者に投与する段階を含む、その病理学的状態の予防または治療方法に関連する本発明の観点も意味する。
本明細書で外傷性脳損傷(traumatic brain injury)はグラスゴー・コーマ・スケール(GCS)に従って医学的に決定され、分類される。このスケールでは患者の意識レベルを話し方、運動および刺激に対する開眼反応に基づいて3〜15の段階に類別する(非特許文献4参照)
【非特許文献4】Marion DW (1999). "introduction" in Marion DW. Traumatic Brain Injury. Stuttgart: Thieme
【0031】
本発明の別の対象は、新生児脳損傷および成人または小児の脳損傷から成る群の中から選択される疾患、例えば脳低酸素症による成人または小児の脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
従って、本発明は、新生児脳損傷および成人または小児の脳損傷から成る群の中から選択される疾患、例えば脳低酸素症による成人または小児脳損傷を予防または治療する薬剤の製造でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関係する。
【0032】
本発明のさらに別の対象は、脳損傷、特に新生児脳の実験モデルにおける脳損傷の予防または治療方法にある。この方法は、治療を必要とする患者に適量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を投与する段階を含む。
本発明はさらに、治療を必要とする患者に適量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を投与する段階を含む、胎児、新生児、小児および成人の外傷性脳損傷(TBI)の予防または治療方法を提供する。
【0033】
本発明のさらに別の対象は、治療を必要とする患者に適量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を投与する段階を含む、新生児脳損傷および成人または小児の脳損傷から成る群の中から選択される疾患、例えば脳低酸素症による成人または小児脳損傷の予防または治療方法にある。
【0034】
本発明のさらに別の対象は、胎児、新生児、小児および成人の外傷性脳損傷(TBI)の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
本発明はさらに、新生児脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
本発明のさらに別の対象は、胎児、新生児、小児および成人の外傷性脳損傷(TBI)の予防または治療薬の製造でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
【0035】
従って、本発明は、新生児脳損傷の予防または治療薬の製造でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にも関するものである。
本発明はさらに、治療を必要とする患者に適量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を投与する段階を含む、新生児脳損傷の予防または治療方法にも関するものである。
【0036】
本発明はさらに、新生児、小児および成人患者を含む小脳疾患または障害の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明はさらに、Gap−43の産生またはホスホリル化の欠陥を含む疾患の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
【0037】
本明細書に記載の予防または治療方法の大部分の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を一種以上の医薬上許容可能な賦形剤と組み合わせて医薬組成物が形成される。
医薬上許容可能な賦形剤は米国薬局方または欧州薬局方で合意またはこれに記載されたものから成るのが好ましい。
本発明は、新規な保護組成物を提供することによって、任意の脳損傷/外傷/変性からの神経を保護する新規な手掛かりを提供する。
【0038】
「HIP/PAP蛋白質(タンパク)」とは、配列番号1のアミノ酸配列を含む蛋白質を意味する。HIP/PAP蛋白質の特定の実施例には、配列番号2および配列番号3から成る群の中から選択されるアミノ酸配列を含む蛋白質が含まれる。配列番号3のHIP/PAP蛋白質は本発明の実施例で特に説明されるHIP/PAP蛋白質から成る。これは「ALF5755」ともよばれる。実施例で説明するように、配列番号3のHIP/PAP蛋白質はE. coli中で組換えして産生できる。配列番号3のHIP/PAP蛋白質は12のアミノ酸のN−末端プロペプチド部分を含む。この部分はHIP/PAP蛋白質の生物活性部分を放出するためにインビボで切断される。このHIP/PAP蛋白質の生物活性部分は13位置にあるイソロイシン残基から、配列番号3の150位置にあるアスパラギン酸残基に位置する。同様に、HIP/PAP蛋白質の生物活性部分は12位置にあるトリプトファン残基から、配列番号2の149位置にあるアスパラギン酸残基に位置する。
【0039】
HIP/PAP蛋白質の任意の実施例およびその誘導体の任意の実施例は、組換え蛋白質、例えば細菌または動物細胞、例えば昆虫細胞および哺乳類細胞中で組換え産生した蛋白質から成るのが好ましい。
本発明者は、HIP/PAP蛋白質が興奮毒性脳病変を有する新生マウスモデルのニューロン死またはアポトーシスを有意に減らすことを示した。
【0040】
本発明はさらに、以下で詳細に説明するように、HIP/PAPの抗酸化力によってニューロンの異常の腫瘍因子である酸化ストレスに対する治療ツールを提供する。さらに、興味深いことに、HIP/PAP蛋白質の効果は、CNSに直接送達させるのではなく、末梢に投与したときでも認められる。さらに、HIP/PAP蛋白質の保護作用にはニューロン死の予防および神経可塑性の誘発が含まれる。
【0041】
本発明はさらに、神経細胞の構造再構築または可塑性のモジュレーションでのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明の実施例で示すように、HIP/PAP蛋白質は、マウス神経一次培養でN-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)-誘発神経細胞死をインビトロで予防する。さらに、本発明では、HIP/PAP蛋白質は一次マウス神経培養でN-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)-誘発神経細胞死をインビトロで救出することがわかる。
さらに、本発明では、HIP/PAP蛋白質は、発育中のマウス脳におけるグルタミン酸作動性類似体イボテン酸によって引き起こされる興奮毒性病変をインビボで予防することがわかる。
【0042】
さらに、実施例で示された結果から、HIP/PAP蛋白質は、発育中のマウス脳におけるグルタミン酸作動性類似体イボテン酸によって引き起こされる興奮毒性病変に対してインビボ救出効果を有することが明らかになった。さらに、本発明では、新生児脳損傷に対するHIP/PAP蛋白質の予防および治療インビボ効果は、HIP/PAPの多面的 (pleiotropic) 活性の結果、すなわち複数の神経救出病理学的経路におけるHIP/PAPの関与の結果であることがわかった。
【0043】
新生児脳損傷の予防または治療におけるHIP/PAPの多面的活性の説明として、本発明では、HIP/PAPは過酸化水素(H2O2)等の反応性酸素種によって誘発される新生児神経細胞死に対する神経保護作用があることもわかった。
新生児脳損傷の予防または治療におけるHIP/PAPの多面的活性のさらなる説明として、新生児脳障害のインビトロおよびインビボモデルにおいて、HIP/PAPはGAP-43の産生、ホスホリル化および分布を変化させることもわかった。GAP-43は当技術分野で軸索成長および神経可塑性に関与するとして知られる蛋白質である。
【0044】
特に、HIP/PAPはGAP-43標識の神経突起の神経束分布を誘発する。
さらに、HIP/PAPは、GAP-43アミノ酸配列の41位置(S41)にあるセリン残基でのGAP-43蛋白質のホスホリル化型の発現増加、すなわち、ホスホリル化GAP-43型の発現増加を誘発する。HIP/PAPはGAP-43の全細胞量を減少させと同時にホスホ(S41)-GAP-43の増加を誘発する。
【0045】
特定の理論に拘束されるものではないが、本発明者はGAP-43に対するHIP/PAP生物学的効果は、脳低酸素症によって引き起こされる脳損傷の予防または治療、特に新生児脳損傷の予防または治療にとって重要であると考える。これに関連して、本発明者はGAP-43産生および代謝に対するHIP/PAPの効果はある種の神経細胞死またはアポトーシスの影響を緩和すると考える。
【0046】
本発明の実施例では、HIP/PAPの保護効果は、GAP43蛋白質を産生しない(GAP43 -/-)哺乳類において保持されるので、神経細胞死または神経細胞アポトーシスに対するHIP/PAPの保護効果は、GAP43に対するHIP/PAPの作用によって強制的には媒介されないことがわかった。
【0047】
さらに、本発明の実施例では、GAP43を産生しない(GAP43 -/-)哺乳類においても、HIP/PAPは神経可塑性を誘発または増加させることがわかる。
本発明の実施例で示すように、この神経可塑性増加はHIP/PAPによって引き起こされ、HIP/PAPが神経突起の数の増加を発生させ、且つ、高複雑度を有する神経突起を発生させる(一次、二次および三次神経突起の存在および枝分かれ部位の数の増加を有する神経突起の存在)。本発明の実施例では、HIP/PAPによる神経可塑性の増加はさらに、HIP/PAPが神経突起成長に対するNMDAのような毒物の有害効果を逆転する能力によっても説明される。
【0048】
本明細書では、「脳の可塑性」とほぼ同じ意味で使われる「神経可塑性(neuoplasticity)」とは、成熟期に脳の構造および機能を変化させる脳の能力を意味し、学習障害、環境性障害または病理、例えば外傷性事象、例えば頭蓋内損傷ともよばれる外傷性脳損傷(TBI)がある。
【0049】
HIP/PAPによる神経可塑性の増加は、脳への血液供給の遮断を引き起こす有害事象、例えば外傷性脳損傷および脳卒中を受けた患者の治療で特に有用である。実際には、虚血性傷害後に大脳皮質においておよび皮質下構造において生じる可塑性現象はシナプス、細胞およびネットワークレベルで十分に立証されている。先行研究から、神経可塑性が脳卒中生存者において虚血脳後の神経リハビリテーション中に、重要な役割を果たすことがわかっている。
【0050】
上記実験結果は、神経成長または神経可塑性のモジュレーション、促進または改善でのインビトロとインビボの両方でのHIP/PAP蛋白質の有用性を支持している。神経成長または神経可塑性の上記のモジュレーションまたは改善はGap-43によって媒介され場合とGap-43によって媒介されない場合かある。
【0051】
さらに、本発明の実施例では、HIP/PAP蛋白質は、マウス小脳顆粒細胞の一次培地中でインビトロ興奮毒性誘発細胞死と酸化的再防止の両方を防止する。これらの結果は、小脳症状、例えば脊髄小脳失調の予防および治療でのHIP/PAP蛋白質の有用性を支持する。
【0052】
これらの実験結果はさらに、複数の神経細胞タイプ、特に皮質および小脳に存在するものに対する、HIP/PAP蛋白質の神経保護的活性を支持する。
本発明で「脳低酸素症」は脳損傷が脳、特に神経細胞への酸素供給の減少によって引き起こされる状況および脳低酸素症が神経細胞死またはアポトーシスを引き起こす状況を含む。脳低酸素症は、脳組織内で血管が閉塞した時および/または酸素欠乏、特に仮死の任意のその他の原因が起きたときに発生すると考えられる。
【0053】
本発明で「新生児脳損傷」は、胎児の脳に生じる任意の損傷(胎児脳損傷ともよばれる)、早産新生児、満期および過期新生児を含む。小児は1歳以下である。従って、新生児脳損傷は、分娩の直前および直後に発生する慣習的に「周産期」脳損傷とよばれるもの、および、周産期中から生後4週に至るまでに発生する慣習的に新生児脳損傷とよばれるものを含む。新生児脳損傷は、脳卒中、出産時外傷、代謝異常または遺伝性疾患、てんかん重積症および、低酸素症および虚血(HI)を生じる種々の仮死事象を含む。
【0054】
HIは早産児において脳室周囲白質損傷に至ることが多い一方で、満期産児は皮質/皮質下病変を発症する。一般に、当技術分野では、新生児脳損傷は生後3日間の間に昏睡から過剰興奮性に、昏迷に、進化する特異型の脳障害に基づいて認識されることが認められている。新生児脳損傷の利用可能な診断方法のレビューはFerrieroの非特許文献5に記載されている。当業者は下記文献を参照されたい。この特許の内容は全て本明細書に含まれる。
【非特許文献5】Ferriero, 204, New England Journal of Medicine, Vol. 351 (nー 19) : 1985-1995
【0055】
胎児期の新生児脳損傷は(i)動脈低酸素分圧によって誘発された低循環による低酸素虚血性障害または(ii)神経虚血に至る後続の脳低かん流を有する心筋機能障害に至る重症低酸素血症によって引き起こされる。
【0056】
新生児脳損傷は、通常胎盤機能不全の結果である胎児低酸素血症を含む。
新生児脳損傷はさらに、周産期低酸素血症を含む。これは、一般に呼吸不全または心不全のいずれかによって単独でまたは併発して生じる出生後低酸素血症である。
新生児脳損傷は胎児虚血を含む。
新生児脳損傷は周産期虚血を含み、これは出生後虚血であり、この出生後虚血は重症心収縮機能障害に起因しうる。この障害は脳低かん流および脳血管調節の低下に至る。循環不全は重症出生前または出生後の出血または新生児敗血症から生じうる。
新生児脳損傷はさらに、脳循環の自己調節が損なわれて低酸素血症が誘発される受動圧脳循環に起因する損傷を含む。
【0057】
新生児脳損傷はさらに、溝深度に影響し且つ降圧発作に対する感受性増加を発生させる低かん流による新生児低酸素症を含む。
実際には、新生児損傷は、新生児脳低酸素症時の興奮性神経伝達物質の過剰放出を含む。
本発明では、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、新生児脳損傷の予防または治療に使用できる。この際、低酸素性虚血性脳症(HIE)の分類に用いられる従来のSarnatの評点式に従って1〜3の段階で類別する。
【0058】
Sarnat評点式のステージ1は、過剰覚醒および交感神経活性化、刺激に対する過剰反応、正常な緊張性を有する弱い吸引、および、脳電図(EEG)所見を特徴とする早期症候群の所見に依存する。このステージが続くのは24時間以下で、ステージ1にとどまる患者は正常な神経学的転帰を有する。
【0059】
Sarnat評点式のステージ2に進行する患者は、軽度低血圧を有し、昏睡状態または鈍麻状態であり(例えば、感覚刺激に対する遅延反応および不完全応答)、臨床的発作、縮瞳(薄暗い所でも)を有する副交感神経活性化、心拍数の減少( <120 拍/分)、蠕動増加、および、大量の分泌物を有する。早い時期に、EEGは比較的低電位振幅(遅いシータおよびデルタ範囲では<25 μV)を示す。
【0060】
二日目に、EEGは覚醒時または鈍麻(睡眠中に悪化する)時のバーストパターン、中枢優位または側頭優位を有する多発性、低周波(1-〜1.5-Hz)EEG発作を示す。EEGが5日以内に回復する場合は、再び完全に正常に戻る。回復に5日以上かかる場合は、低振幅緩徐化が認められる。ステージ2は2〜14日間続く。5日以内の臨床的およびEEGの回復は良好な予後と関連している。周期的EEGは、インターバースト間隔が完全に平坦な場合、または、バースト周波数が6秒おき以下で、バーストパターン(3〜6秒おき)が7日以上続いた場合に、不良な予後を示しうる。
【0061】
Sarnat評点式のステージ3は、強い刺激のみへの応答、離脱または除脳姿勢を有する昏迷、重症低血圧(例えば弛緩)および深部腱反射、原始(例えばモロー、緊張性頸、吸引)反射、および、脳幹(例えば角膜、眼球頭、咽頭)反射の抑制を特徴とする。ステージ3の臨床的発作はステージ2よりも頻度が減る。患者は全身性交感神経または副交感神経自律神経機能障害を有し、この際、異常呼吸および光に対してあまり反応しない瞳孔縮小または中間位瞳孔を有する。EEGは、振幅の増加およびバースト周波数の減少(6〜12秒おき)を有する周期パターンの深刻化を示す。事態がさらに悪化すると、超低電位または平坦EEGに至る。
【0062】
本発明で「小児」脳損傷、特に小児外傷性脳損傷は、1才〜12才未満のヒトに生じる脳損傷、特に外傷性脳損傷を含むまたはこれらから成る。
本発明で「成人」脳損傷、特に成人外傷性脳損傷は、12才以上の年齢から死亡年齢までのヒトに生じる脳損傷、特に外傷性脳損傷を含むまたはこれらから成る。
本発明でHIP/PAP蛋白質の「誘導体」は配列番号1〜3から成る群の中から選択されるポリペプチドと少なくとも90%のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドを含む。
【0063】
本明細書で用いる「含む/含んでいる」およびその文法的類似表現は明示された特徴、整数、ステップまたは成分またはこれらの群の存在を特定するものであるが、一つ以上の他の特徴、整数、ステップまたは成分またはその群の存在または追加を除外するものではない。
HIP/PAP蛋白質誘導体は、配列番号1〜3のポリペプチドから成る群の中から選択されるポリペプチドと少なくとも90%、好ましくは91%, 92%, 93%, 94%, 95%, 96%, 97%, 98%, 99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含む蛋白質を含む。
【0064】
本発明の一つの実施例では、HIP/PAP蛋白質誘導体は、配列番号1〜3から成る群の中から選択されるHIP/PAP蛋白質と強いアミノ酸同一性を有し且つ対照のHIP/PAP蛋白質と比べてアミノ酸残基の一つ以上の付加、置換または欠失を有する蛋白質を含む。この実施例では、HIP/PAP蛋白質誘導体は対照のHIP/PAP蛋白質のアミノ酸配列と比べてアミノ酸残基の1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20以上の付加、置換または欠失を含むことができる。これらの実施例ではHIP/PAP蛋白質は対照のHIP/PAP蛋白質のアミノ酸配列と比べて、アミノ酸残基の25以下の付加、置換または欠失を有することができる。
本発明ではHIP/PAP蛋白質誘導体は生物学的に活性である。本発明ではHIP/PAP蛋白質誘導体はHIP/PAP蛋白質の生物学的活性部分を含む。
【0065】
HIP/PAP蛋白質の「生物学的活性」誘導体は下記の生物学的活性を一つ以上の有するHIP/PAP由来ペプチドを含む:
(i) マウス神経一次培養物、特にマウス皮質神経細胞一次培養物およびマウス小脳顆粒細胞一次培養物でN-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)-誘発神経細胞死をインビトロで予防する、
(ii)発育中の脳、例えば、発育中のマウス脳でグルタミン酸作動性類似体イボテン酸によって引き起こされる興奮毒性病変をインビボで予防する。
(iii)発育中の脳、例えば、発育中のマウス脳でグルタミン酸作動性類似体イボテン酸によって引き起こされる興奮毒性病変に対してインビボ救出効果を有する。
(iv) 過酸化水素(H2O2)のような反応性酸素種によって誘発される新生児神経細胞死に対する神経保護作用がある。
(v) 一次マウス小脳顆粒細胞に対するH2O2-誘発損傷をインビトロで予防する。
(vi) GAP-43の産生、ホスホリル化および分布の変化を誘発する。
【0066】
上記の(i)〜(v)の中から選択される生物学的活性を有するHIP/PAP蛋白質の「生物学的活性」誘導体は、HIP/PAP蛋白質誘導体が上記の(i)〜(v)の一つまたは複数の生物学的活性を、本発明実施例で開示されるアッセイで用いた検出可能レベルで有する限り、必ずしも同じ桁(スケール)の生物学的活性を有する必要はない。
本発明の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体、例えば、上述のHIP/PAPの生物学的活性部分は、標準的な蛋白質精製技術を用いた適切な精製スキームによって、細胞または組織起源から単離できる。
本発明の他の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体、例えば、上述のHIP/PAPの生物学的活性部分は、当業者に周知な組換えDNA技術によって産生できる。
【0067】
本発明のさらなる実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体、例えば、上述のHIP/PAPの生物学的活性部分は、標準的なペプチド合成技術を用いて化学的に合成できる。
単離または精製HIP/PAP蛋白質またはその誘導体、例えば、上述のHIP/PAPの生物学的活性部分は、蛋白質が由来する細胞または組織起源からの細胞物質またはその他の汚染蛋白質を実質的に含まないか、あるいは、化学合成時に化学的前駆体を実質的に含まない。
HIP/PAP蛋白質誘導体はHIP/PAPキメラ蛋白質または融合蛋白質をさらに含む。本発明では、キメラ蛋白質または融合蛋白質は、上述のポリペプチドを含み、このポリペプチドは非HIP/PAP蛋白質に融合される。融合蛋白質内では、HIP/PAPポリペプチドおよび非HIP/PAPポリペプチドが互いに対して融合する。非HIP/PAPポリペプチドはHIP/PAPポリペプチドのN末端またはC末端に融合できる。
例えば、本発明の一つの実施例では、融合蛋白質は、HIP/PAP配列がGST配列のC末端に融合されたGST-HIP/PAP 融合蛋白質である。このような融合蛋白質は組換えHIP/PAPの精製を促進できる。
【0068】
いずれの場合も、本発明の融合蛋白質は、本明細書のこの表現の先の定義に従って「生物学的活性」である。これは、融合蛋白質が、配列番号3のHIP/PAPと同じ生物学的活性を有することを意味する。
2つのアミノ酸配列の同一性のパーセントを決定する時には配列を整列させ、最適比較する。例えば、最適整列に対して第1および第2アミノ酸配列の一方または両方にギャップを導入することができ、比較では非相同配列を無視できる。
【0069】
最適比較ではCLUSTAL W (バージョン 1.82)で下記パラメータを用いて2つのアミノ酸配列の同一性のパーセントを決定できる:(1) CPU MODE = ClustalW mp; (2) ALIGNMENT = ≪full≫; (3) OUTPUT FORMAT = ≪aln w/numbers≫; (4) OUTPUT ORDER = ≪aligned≫; (5) COLOR ALIGNMENT = ≪no≫; (6) KTUP (word size) = ≪default≫; (7) WINDOW LENGTH = ≪default≫; (8) SCORE TYPE = ≪percent≫; (9) TOPDIAG = ≪default≫; (10) PAIRGAP = ≪default≫; (11) PHYLOGENETIC TREE/TREE TYPE = ≪none≫; (12) MATRIX = ≪default≫; (13) GAP OPEN = ≪default≫; (14) END GAPS = ≪default≫; (15) GAP EXTENSION = ≪default≫; (16) GAP DISTANCES = ≪default≫; (17) TREE TYPE = ≪cladogram≫ et (18) TREE GRAP DISTANCES = ≪hide≫
【0070】
HIP/PAPの生物学的活性部分は、配列番号1〜3のいずれか一つのHIP/PAPの完全長アミノ酸配列に十分に相同のアミノ酸配列を含むペプチドを含む。これは対応する完全長HIP/PAPと同じ数のアミノ酸を含み、HIP/PAPと少なくとも同じ生物学的活性を示す。
HIP/PAPの生物学的活性部分はさらに、配列番号1〜3のいずれか一つのHIP/PAPの完全長アミノ酸配列に十分に相同のアミノ酸配列を含むペプチドを含む。これは対応する完全長HIP/PAPより多い数のアミノ酸を含み、HIP/PAPと少なくとも同じ生物学的活性を示す。
哺乳類中に存在するHIP/PAP配列の生物学的活性部分の自然発生対立遺伝子多型に加えて、当業者はさらに、配列番号1〜3のいずれか一つのヌクレオチド配列への突然変異によって変化を導入でき、それによって、HIP/PAPの生物学的活性を変更せずに、HIP/PAPのアミノ酸配列を変化させることができるということは理解できよう。
【0071】
非必須アミノ酸の置換をHIP/PAP蛋白質に対応する配列中で行うこともできる。「非必須」アミノ酸残基は、生物学的活性を変更せずに、HIP/PAPの野生型配列から変更できるアミノ酸残基であり、一方、「必須」アミノ酸残基は生物学的活性に必要なアミノ酸残基である。
一般に、HIP/PAP蛋白質誘導体は、HIP/PAP蛋白質またはそのHIP/PAP生物学的活性部分を含む物質を含む。
これらのHIP/PAP蛋白質誘導体の所定の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはそのHIP/PAP生物学的活性部分を組合せ、または、これらをその非HIP/PAP部分と非共有結合によって結合させることができる。本発明の具体例は、HIP/PAP蛋白質またはそのHIP/PAP生物学的活性部分を含むリポソームを含み、ここで、その非HIP/PAP部分はリポソーム粒子自体から成る。
【0072】
所定リポソームの種類に応じて、あるいは、このリポソームの製造に用いる方法に応じて、HIP/PAP蛋白質またはその生物学的活性部分はリポソーム表面(例えばリポソーム外部環境に曝される)に位置付けでき、あるいは、その中に封入できる。
これらのHIP/PAP蛋白質誘導体の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはそのHIP/PAP生物学的活性部分を組合せ、または、これらをその非HIP/PAP部分と非共有結合によって結合させることができる。具体的には、HIP/PAP蛋白質またはそのHIP/PAP生物学的活性部分を、蛋白質から選択される非HIP/PAP部分または非蛋白質化合物、例えばポリエチレングリコール分子と共有結合できる。最終HIP/PAP誘導体はペグHIP/PAPまたはそのペグ生物学的活性部分から成る。
【0073】
HIP/PAP蛋白質がこれを患者に投与したときに生物学的活性になる限り、治療を必要とする患者に投与する前の状態で、HIP/PAP蛋白質誘導体の蛋白質誘導体は「生物学的活性」でなくてもよい。さらに、治療を必要とする患者に投与する前の状態で、HIP/PAP蛋白質誘導体の蛋白質誘導体が予め「生物学的活性」であってもよい。
一般に、脳損傷の予防または治療、その他のHIP/PAP用途に用いる場合、本発明に開示された任意のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の有効量を一種以上の生理学的に許容可能な賦形剤と組み合わせて医薬組成物中に入れる。
【0074】
特定の理論に拘束されるものではないが、本発明者は配列番号2の配列の完全HIP/PAP蛋白質、すなわち、CRD配列を含むポリペプチドおよびプロペプチドは、この蛋白質を最もよく折りたたむと考えられる。特に、この蛋白質をコードする発現カセットでトランスフェクトされた真核生物細胞におけるDNA組換え技術によってこの蛋白質を産生した時にそうである。治療的活性HIP/PAPが正確に折りたたむことで、低酸素症に起因する脳損傷の予防または治療での上記蛋白質を含む医薬組成物の生物学的効率を蛋白質の一部のみを含む組成物に比べて改善できる。
【0075】
しかし、HIP/PAP蛋白質の他の型、例えば配列番号1および2のポリペプチド型や本明細書に記載のHIP/PAP誘導体のいずれか一つは、これらのポリペプチドが必ずしも本発明の最も好ましい実施例から成るとは限らない場合でも、インビトロおよびインビボで使用できる。
既に述べたように、本発明は特に、成人または小児脳損傷、例えば脳低酸素症に起因するものの予防または治療での、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。従って、本発明の一つの対象は、脳低酸素症に起因する成人脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
【0076】
より一般的な観点から、本発明は脳低酸素症に起因する脳損傷の治療方法におけるHIP/PAP蛋白質の使用に関する。特定の理論に拘束されるものではないが、本明細書に開示されたインビトロおよびインビボ新生児脳損傷に対するHIP/PAP蛋白質の種々の効果は、脳卒中から成る群から選択される成人または小児脳の極めて特異的な病理学的−生理学的状況にも有用であると本発明者は考える。
【0077】
本発明の所定の実施例では、上記成人または小児の脳損傷は、脳卒中 (strole)ともよばれる脳血管障害から成る。脳血管障害または脳卒中は、脳へ血液を供給する血管の障害による脳機能の急速な低下から成る。脳血管障害は下記(i)および(ii)を含む:(i)血栓症または塞栓症に起因する虚血, これは「虚血性脳卒中」ともよばれる、(ii)出血による虚血、これは「出血性脳卒中」ともよばれる。新生児脳損傷のように、脳血管障害または脳卒中は恒久的神経学的障害を引き起こすことがあり、且つ、死に至ることがある。世界保健機関によれば、脳血管障害または脳卒中は脳血管原因の神経学的欠損から成る。この欠損は24時間を超えて持続するか、あるいは、24時間以内に死によって中断される。
【0078】
脳血管障害または脳卒中は、血栓性脳卒中または塞栓性脳卒中、心機能障害に起因する虚血、全身性低かん流、静脈血栓症および脳内出血を含む。
外傷性脳損傷は一般に、脳出血、血腫または浮腫で生じる脳酸素流の障害を引き起こす。
本発明の別の対象は、成人または小児の外傷性脳損傷の予防または治療での、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にある。
成人または小児の脳外傷性損傷が低酸素症に起因する脳損傷に属する場合もある。
【0079】
外傷性脳損傷(TBI)は、身体的外傷が脳を損傷したときに生じ、一般に、損傷に伴う意識消失、記憶喪失と、神経学的スケールのスコアの程度に応じて軽度、中程度または重症に分類される。外傷性脳損傷の診断およびスケーリングは慣習的に、グラスゴー・コーマ・スケール(GCS) (非特許文献6)、外傷後健忘(PTA)の持続時間測定法および意識消失スケーリング法(LOC)、(非特許文献7)から成る群から選択される方法で行われる。
【非特許文献6】Arlinghaus et al., 2005, Textbook of Traumatic Brain Injury, Washington, DC : American Psychiatric Association, pp; 59-62
【非特許文献7】Rao et al., 2000, Psychosomatics, Vol. 41 (nー2) : 95-103
【0080】
GCSが13またはそれ以上のTBIは軽度で、9〜12のGCSは中程度で、8またはそれ以下のGCSは重症であることは、一般に認められている。具体的には、13〜15のGCSスコアは、外傷後記憶喪失(PTA)の持続時間が24時間以下であり且つ意識消失(LOC)の持続時間が0〜30分である患者で測定される。さらに具体的には、9〜12のGCSスコアは、外傷後記憶喪失(PTA)の持続時間が1〜7日であり且つ意識消失(LOC)の持続時間が30分〜24時間である患者で測定される。さらに具体的には、3〜8のGCSスコアは、外傷後記憶喪失(PTA)の持続時間が7日を超え且つ意識消失(LOC)の持続時間が24時間を超える患者で測定される。
【0081】
外傷性脳損傷と新生児脳損傷との間の生理学的類似性の中で、TBIは血管破裂による出血を伴い、低酸素症を引き起こす。
本発明では、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、3〜15のGCS分類スコアを有する外傷性脳損傷の予防または治療で使用できる。
従って、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、"軽度"TBI(GSCスコア13〜15),中程度TBI (GCSスコア9〜12) および重症TBI (GSCスコア3〜8)から成る群の中から選択される外傷性脳損傷の予防または治療で使用できる。典型的に、軽度TBIのGCSスコアは13〜15であり、PTAスコアは1時間以下、LOCスコアは30分以下である。典型的に、中程度のTBIのGCSスコアは9〜12、PTAスコアは30分〜24時間で、LOCスコアは1〜24時間である。典型的には、重症TBIはGCSスコアが3〜8で、PTAスコアが一日以上で、LOCスコアが一日以上である。
【0082】
本発明では、HIP/PAP蛋白質は、治療される患者で測定されたGCSスコアにかかわりなく、通常のTBIの治療方法において、治療上有用となると考える。
直接外傷性小脳損傷の治療を含む、TBI治療でのHIP/PAPの治療上有用性は、前頭または側頭TBIに比べてはるかに知られていない。しかし、小脳は、初期損傷がこの構造に直接関与しないときでも、影響を受けていることが多い。このような間接的損傷は複数の神経学的障害、例えば、姿勢の不安定、振戦、平衡、微細運動技能における障害および認知障害を誘発しうる。たとえ、テント上外傷で生じる間接的小脳損傷の原因が完全にはわかっていなくても、複数の研究によって、小脳への損傷の伝達における興奮毒性の関与(神経伝達物質グルタミン酸の過剰放出)が示唆されている(非特許文献8)。
【非特許文献8】Potts et al., Cerebellum, 2009, (8), 211-221
【0083】
特定の理論に拘束されるものではないが、本発明者は、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体は、小脳細胞を興奮毒性から保護することによって、小児または成人患者のTBIで生じる間接的小脳損傷から小脳ニューロンを保護できると考える。
従って、本発明の別の対象は、TBIで生じる間接的外傷性小脳損傷の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の使用にある。
本発明では、HIP/PAP蛋白質をTBI患者に、慢性期に投与することもできるが、急性期に投与すべきであると考える。
本発明では、TBIは局所性 (focal) またはびまん性 (diffuse) TBIを含む。びまん性TBIは浮腫およびびまん性軸索損傷を含み、これは、白質路を含む軸索および皮質への突出までの広範囲にわたる損傷である。びまん性TBIはさらに、震盪およびびまん性軸策損傷、白質路および大脳半球を含む領域における軸策までの広範囲損傷を含む。
【0084】
局所性TBIの場合、オンペネトタリング(on-penetrating) TBIにおける局所性病変を有する最も一般的な領域は、眼窩前頭皮質および前側頭葉であり、これらは社会的行動、情動表出の制御、嗅覚および意思決定に関与する領域から成る。局所性損傷の一つの型である大脳の裂傷は脳組織が切断または断裂したときに起こる。
外傷性脳損傷は、前頭TBI、側頭TBIは、直接小脳TBIおよび間接小脳TBIを含むが、これらに限定されるものではない。
既に述べたように、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体は、興奮毒性および酸化的死からインビトロ小脳ニューロンを保護できる。
特定の理論に拘束されるものではないが、本発明者は、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体は、種々の小脳障害、例えば小脳性運動失調において起こる死から小脳ニューロンを保護できると考える。
このような疾患では、小脳運動失調も認められる。
従って、本発明の別の対象は、小脳運動失調の治療または予防でのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の使用にある。
【0085】
本発明では、小脳運動失調とは小脳の機能障害を意味する。小脳運動失調は種々の基本神経学的欠損、例えばアンタゴニスト低圧、アシナジー、測定障害、時間測定障害および拮抗運動反復不全を引き起こしうる。
小脳運動失調は、遺伝性脊髄小脳失調および後天性小脳運動失調を含む。
本発明の他の対象は、遺伝性脊髄小脳失調の治療でのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の使用にある。
遺伝性脊髄小脳失調は、常染色優性脊髄小脳失調(SCA)および常染色体劣性脊髄小脳失調を含むが、これらに限定されるものではない。
常染色優性脊髄小脳失調の例は下記を含む: SCA1 (常染色優性型1), SCA2, SCA3, SCA4, SCA6, SCA7, SCA8, SCA9, SCA10, SCA11, SCA12, SCA13, 一過性運動失調型1 (EA-1) および一過性運動失調型2 (EA-2)。
常染色体劣性脊髄小脳失調はフリードライヒ失調症、毛細血管拡張性運動失調症、および、乳児発症型脊髄小脳失調を含むが、これらに限定されるものではない。
【0086】
本発明の他の対象は、後天性脊髄小脳失調の治療および予防でのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の使用にある。
後天性脊髄小脳失調は、腫瘍随伴症候群、中毒誘発小脳運動失調、感染性運動失調および血管性小脳運動失調を含むが、これらに限定されるものではない。
中毒誘発小脳運動失調は、毒物、例えば溶剤、ガソリンおよび重金属への暴露、生成物、例えばアルコール、バルビツール酸塩またはリチウムおよび細胞傷害性化学療法薬の摂取によって引き起こされることがある。
感染性運動失調は、ウイルス、細菌またはプリオン感染に起因する運動失調を含む。
ウイルス感染性小脳運動失調は例えばウイルス脳症およびウイルス感染後脳症で生じることがある。
細菌感染性小脳運動失調は、髄膜血管性梅毒またはライム病で生じる運動失調を含むが、これらに限定されるものではない。
【0087】
血管性運動失調は、虚血性脳卒中に起因する運動失調、例えば小脳梗塞、出血または硬膜下血腫を含むが、これらに限定されるものではない。
「脳損傷 (brain injury)」とは、脳損傷が新生児脳損傷、小児脳損傷または成人脳損傷から成るかどうかにかかわらず、初期原因が神経細胞の脱髄である脳損傷は含まない。
換言すれば、「脳損傷」は、脱髄疾患の種類にかかわらず、脱髄疾患、例えば自己免疫疾患または遺伝性疾患によって脳に生じる損傷を含まない。従って、本発明で意図されるように、「脳損傷」は、下記から成る群の中から選択される疾患に起因する脳損傷を含まない:多発性硬化症、急性散在性脳脊髄炎、横断性脊髄炎、慢性炎症性脱髄性多発ニューロパシー、ギラン・バレー症候群、橋中央ミエリン溶解、テイ・サックス病、および、遺伝性脱髄疾患、例えば、ロイコジストロフィーおよびシャルコー・マリー・ツース病。
「大脳白質萎縮症」は下記を含む:副腎白質萎縮症(WHO分類番号E71.3), 副腎脊髄ニューロパシー(WHO分類番号E71.3), 異染性白質ジストロフィー(WHO分類番号E75.2), クラッベ病(WHO 分類番号E75.2), ペリツェウス・メルツバッハー病(WHO分類番号E75.2), カナバン病、中枢性低髄鞘形成を有する小児期運動失調 (CACH), 白質の消失を伴う白質脳症、アレキサンダー病, レフサム病 (WHO分類番号G60.1), ツェルヴェーガー病, エカルディ‐グティエール症候群, 巨大脳白質ジストロフィーおよび脳腱黄色腫症。
【0088】
既に述べたように、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体は、本発明で証明したGap-43産生またはホスホリル化に対してHIP/PAP活性を有するので、神経細胞成長関連タンパク質であるGap-43によって媒介される神経細胞成長または可塑性のモジュレーション、促進または改善にも使用できる。
従って、本発明はさらに、Gap−43の産生の欠陥または失調またはGap−43のホスホリル化の欠陥または失調を含む障害または疾患、例えばアルツハイマー病の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用にも関する。
【0089】
HIP/PAP関連蛋白質がアルツハイマー病に作用するのに有用であろうということは当業者間で言われていたが、その主張を技術的に支持する出発点となる実験結果は全くされていなかった。
それに対して、Gap-43蛋白質の産生またはホスホリル化に対するHIP/PAP蛋白質の生物学的活性はアルツハイマー病の予防または治療での上記HIP/PAP蛋白質の有用性を初めて支持した。
アルツハイマー病において、Gap-43蛋白質の産生またはホスホリル化の欠陥が生じることは当業者には周知である。特に、当技術分野では、不活性Gap-43蛋白質の産生はアルツハイマー病患者に関与することがわかっている。さらに、Gap-43のホスホリル化変化はアルツハイマー病患者において当技術分野で既に示されている。
従って、本発明はさらに、アルツハイマー病の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の使用に関する。
【0090】
本発明はさらに、治療を必要とする患者への、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体の投与ステップを含むアルツハイマー病の予防または治療方法に関する。本発明はさらに、アルツハイマー病自体の発生に先行する病理学的状態、例えば軽度認識障害の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
従って、本発明はさらに、アルツハイマー病自体の前に発生する軽度認識障害の予防または治療でのHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用に関する。
本発明実施例では、HIP/PAP蛋白質がインビトロで神経細胞を救出する能力を有することが示されているので、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体はさらに、培養神経細胞の生存度または成長を維持または改善する薬剤として有用であることがわかった。そして、本発明実施例の結果は、神経細胞培地において加えることができる神経細胞培養剤としてのHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の有用性を支持する。
本発明はさらに、神経細胞のインビトロ培養、例えば神経細胞の初代培養および神経細胞株の培養でのHIP/PAP蛋白質の使用を含む。
【0091】
本発明はさらに、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体を含む神経細胞用培地に関する。HIP/PAP蛋白質またはその誘導体の存在以外にも、適切な培地の定性的および定量的構成は当業者によって容易に測定される。具体的には、HIP/PAP蛋白質またはその誘導体を、神経細胞に適した周知な培地、例えばRPMI 199培地に単純に付加できる。
この培地は、有効量のHIP/PAP蛋白質またはその誘導体を含む。上記培地中のHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の最終濃度は好ましくは1 ng/mL 〜10 mg/mlである。
本発明では、インビボ用途に関して、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は好ましくは医薬組成物中の活性成分として含まれる。
【0092】
この医薬組成物はHIP/PAP蛋白質またはその誘導体と、一種以上の医薬上許容可能な賦形剤とを含む。
医薬組成物は有効量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含む。
一般に、本発明で使用可能な医薬組成物は、医薬組成物の全重量に対して0.1重量%〜99.9重量%のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含む。従って、本発明の医薬組成物は医薬組成物の全重量に対して少なくとも0.5%, 1%, 2%, 3%, 4%, 5%, 6%, 7%, 8%, 9%, 10%, 20%, 30%, 40%, 50%, 60%, 70%, 80%, 90%(重量%)以上のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含むことができる。さらに、本発明の医薬組成物は医薬組成物の全重量に対して最大で10% 20%, 30%, 40%, 50%, 60%, 70%, 80%, 90%, 91%, 92%, 93%, 94%, 95%, 96%, 97%, 98%, 99%, 99.5%(重量%)以下の医薬上許容可能な賦形剤を含むことができる。
【0093】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の治療上有効量は、治療すべき病理学的状態(予防を含む)、投与方法、治療に用いる化合物の型、任意の併用療法、患者の年齢、体重、全身状態、病歴等のような要因に応じて変わり、その決定は開業医の技術の範囲内で十分であることは理解できよう。従って、医師は投与量をタイターし、最大治療効果が得られるように投与経路を変更する必要がある。臨床医はHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を、問題となる症状の治療に所望の効果が得られる投与量に達するまで投与する。
治療すべき症状とは、本出願に記載の病理学的状態、例えば、低酸素症による新生児脳損傷、低酸素症による成人または小児の脳損傷、例えば脳卒中、TBIおよび小脳疾患の一つを意味する。
【0094】
「患者」とは、新生児患者、小児患者または成人患者を意味し、後者は妊娠中の患者を含む。
本発明では特に、有効量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、新生児脳損傷時に脳に生じる物理的損傷を少なくとも部分的に逆転できるHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の量から成る。特に、有効量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、新生児脳損傷時に発生する神経細胞死を減らすまたはブロックするHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の量から成る。
本発明実施例で示された結果から始めると、有効量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、体重1kg当たり約0.1 μg〜約100 mgの範囲にすることができる。従って、本発明の有効量のHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、患者の体重1kg当たりで少なくとも1 μg/kg, 2 μg/kg, 3 μg/kg, 4 μg/kg, 5 μg/kg, 6 μg/kg, 7 μg/kg, 8 μg/kg, 9 μg/kg, 10 μg/kg, 15 μg/kg, 20 μg/kg, 20, μg/kg, 30 μg/kg, 40 μg/kg, 50 μg/kg, 60 μg/kg, 70 μg/kg, 80 μg/kg, 90 μg/kg, 100 μg/kg, 200 μg/kg, 300 μg/kg, 400 μg/kg, 500 μg/kg, 600 μg/kg, 700 μg/kg, 800 μg/kg, 900 μg/kg, 1 mg/kg以上の量を含む。
【0095】
新生児損傷の場合の「患者」とは、胎児を含む新生児患者および妊娠患者を意味する。
胎児の体に対する新生児脳損傷を予防または治療するために、本発明の医薬組成物は好ましくは妊娠中の成人の体に投与する。しかし、ある実施例では、医薬組成物を、特殊な内視鏡検査医療機器を用いて、胎児の体に直接投与することもできる。
【0096】
分娩時または分娩後の新生児の新生児脳損傷の予防または治療、および、成人の脳損傷の予防または治療には、本発明の医薬組成物をそれぞれ新生児の体または成人の体に投与する。
本発明の医薬組成物を全身投与することもできる。
本発明の医薬組成物を、頭蓋内経路を介して、特に頭蓋骨の形成が終了していない胎児の体または新生児の体に局所投与することもできる。
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の投与経路は、例えば静脈内、筋肉内、大脳内、腹腔内、脳脊髄内、皮下、経口、局所、吸入経路による注射または点滴による、あるいは、以下で説明する徐放性製剤による周知な方法に従う。
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体あるいはこれを含む医薬組成物を単一回で投与することもできる。
【0097】
他の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体あるいはこれを含む医薬組成物を、例えば、脳損傷診断時からまたは脳損傷見込み診断時から、投与された体が危険な状態を脱する時間まで、決定された時間間隔で複数の用量として投与する。
本発明の医薬組成物の実施例では、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、脳低酸素症に起因する脳損傷の予防または治療に有用な一種以上のその他の活性成分、例えば、新生児脳損傷の予防または治療に有用であると当技術分野で知られている一種以上の活性成分と組み合わせることができる。
【0098】
本発明の治療組成物は、適切な純度を有する所望の分子と、任意成分の医薬上許容可能なキャリヤ、賦形剤または安定剤(非特許文献9)とを混合することによって、凍結乾燥製剤または水溶液の形で貯蔵用に調製できる。
【非特許文献9】Remington's Pharmaceutical Sciences, 16th edition, Osol, A. ed. (1980)
【0099】
許容可能なキャリヤ、賦形剤または安定剤は、用いられる用量および濃度では、レシピエントに対して非毒性であり、下記のものを含む:緩衝液、例えば燐酸、クエン酸、およびその他の有機酸;抗酸化物、例えば、アスコルビン酸およびメチオニン;防腐剤(例えばオクタデシルジメチルベンジル塩化アンモニウム;塩化ヘキサメトニウム;塩化ベンザルコニウム;塩化ベンゼトニウム;フェノール、ブチルまたはベンジルアルコール;アルキルパラベン、例えばメチルまたはプロピルパラベン;カテコール;レゾルシノール;シクロヘキサノール;3−ペンタノール;およびm−クレゾール);低分子量(約10以下の残基)ポリペプチド;蛋白質;例えば血清アルブミン、ゼラチンまたは免疫グロブリン;親水性ポリマー、例えばポリビニルピロリドン;アミノ酸、例えばグリシン、グルタミン、アスパラギン、ヒスチジン、アルギニンまたはリジン;単糖類、二糖類、および、その他の炭水化物、例えばグルコース、マンノース、または、デキストリン;キレート化剤、例えばEDTA;糖類、例えばショ糖、マンニトール、トレハロースまたはソルビトール;塩類形成対イオン、例えばナトリウム;金属錯体(例えば、Zn蛋白質複合体);および/または非イオン性界面活性剤、例えばTWEEN(商標) PLURONICS(商標)またはポリエチレングリコール(PEG)。
【0100】
キャリヤの追加の例は下記を含む:イオン交換体、アルミナ、ステアリン酸アルミニウム、レシチン、血清蛋白質、例えばヒト血清アルブミン、緩衝物質、例えば燐酸、グリシン、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、飽和植物脂肪酸の部分グリセリド混合物、水、塩、または、電解質、例えば硫酸プロタミン、燐酸1水素2ナトリウム、リン酸水素カリウム、塩化ナトリウム、亜鉛塩、コロイドシリカ、三ケイ酸マグネシウム、ポリビニルピロリドン、セルロースベースの物質、および、ポリエチレングリコール。局所またはゲルベースの形の本発明のHIP/PAP蛋白質またはその誘導体の物質のためのキャリヤは下記を含む:多糖類、例えばカルボキシメチルセルロースまたはメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン、ポリアクリレート、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレン−ブロックポリマー、ポリエチレングリコールおよびウッドワックスアルコール。いずれの投与においても、通常のデポー型を用いるのが適している。このような型には、例えば、マイクロカプセル、ナノカプセル、リポソーム、プラスター、吸入型、鼻用スプレー、舌下錠および徐放性製剤がある。HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、一般に、このようなビヒクル中に、約0.1 mg/ml〜100 mg/mlの濃度で、配合される。
【0101】
インビボ投与で用いられるHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は無菌でなければならない。これは、凍結乾燥および再構成の前または後の無菌濾過膜による濾過によって容易に達成される。HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、全身投与の場合、通常、凍結乾燥の形または溶液状態で貯蔵される。凍結乾燥の形では、HPI/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体は、通常、使用の瞬間に適切な希釈剤で再構成するためのその他の成分と組み合わせて配合される。HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の液剤の一例は、皮下注射用一回投与バイアルに充填された無菌で、清澄で、無色新鮮な溶液である。反復使用に適した保存医薬組成物は例えば、主としてポリペプチドの指標および型に応じて、下記(a)〜(f)を含むことができる:
(a) HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体、
(b) pHを溶液中のポリペプチドまたはその他の分子の最大安定性の範囲、好ましくは約4〜8に維持できる緩衝液、
(c) 撹拌誘発凝集に対してポリペプチドまたは分子を主に安定化する洗浄剤/界面活性剤、
(d) 等張剤、
(e) フェノール、ベンジルアルコール、および、ハロゲン化、例えば塩化ベンゼトニウムの群の中から選択される防腐剤、
(f) 水。
【0102】
非イオン性面活性剤の場合には例えばポリソルベート(例えばPolysorbate(登録商標), Tween(登録商標) 20,80等)またはポロキサマ(例えばPoloxamer(登録商標) 188)にすることができる。非イオン性界面活性剤の使用によって、ポリペプチドの変性を引き起こさずに、製剤を剪断面ストレスに暴露できる。さらに、このような界面活性剤を含む製剤は、エアロゾル装置、例えば肺投薬で使用される装置および無針噴射注射銃において使用できる(特許文献3)。
【特許文献3】欧州特許第257,956号公報
【0103】
等張剤は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の液体組成物の等張性を保証するために存在させることができ、多価糖アルコール、好ましくは多価または高級糖アルコール、例えばグリセリン、エリトリトール、アラビトール、キシリトール、ソルビトールおよびマンニトールを含む。これらの糖アルコールは単独でまたは組み合わせて使用できる。または、塩化ナトリウムまたはその他の適切な無機塩は溶液を等張にするのに使用できる。緩衝液は、所望のpHに応じて、例えば酢酸、クエン酸、コハク酸または燐酸緩衝液にすることができる。本発明の液剤の一つの型のpHは約4〜8、好ましくはほぼ生理的pHの範囲内で緩衝される。
防腐剤フェノール、ベンジルアルコールおよびハロゲン化例えば塩化ベンゼトニウムは使用可能な周知な抗菌剤である。
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の組成物は一般に、無菌点検口を有する容器、例えば静脈注射用溶液袋または皮下注射用注射針で穿孔可能な栓を有するバイアルに入れられる。製剤は、反復静脈内(i.v.)、皮下(s.c.)または筋肉内(i.m.)注射としてまたは、鼻腔内または肺内送達(肺内送達に関しては上記特許文献3参照)に適したエアロゾル製剤として投与するのが好ましい。
【0104】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体はさらに、徐放性製剤の形で投与できる。徐放性製剤の適切な例は、蛋白質を含む固体疎水性ポリマーの半透性マトリックスを含み、このマトリックスは造形品、例えばフィルム、またはマイクロカプセルの形にできる。徐放性マトリックスの例は下記を含む:ポリエステル、ヒドロゲル〔例えば2-ヒドロキシエチル-メタクリレート(非特許文献10および非特許文献11) またはポリ(ビニルアルコール)〕、ポリラクチド(特許文献4、特許文献5)、L-グルタミン酸およびガンマエチル-L-グルタメートのコポリマー(非特許文献12)、非分解性エチレン酢酸ビニル(上記非特許文献10)、分解性乳酸−グリコール酸コポリマー、例えばLupron Depot(商標)(乳酸−グリコール酸コポリマーと酢酸ロイプロリドとから成る注射可能な小球体)およびポリ-D-(-)-3-ヒドロキシ酪酸 (特許文献6)。
【非特許文献10】Langer et al., J. Biomed. Mater. Res., 15: 167-277 (1981)
【非特許文献11】Langer, Chem. Tech., 12: 98-105 (1982)
【特許文献4】米国特許第3,773,919号明細書
【特許文献5】欧州特許第58,481号公報
【非特許文献12】Sidman et al., Biopolymers, 22: 547-556 (1983)
【特許文献6】欧州特許第133,988号公報
【0105】
ポリマー、例えばエチレン酢酸ビニルおよび乳酸−グリコール酸が100日以上にわたって分子を放出でき、ある種のヒドロゲルはより短い時間の間に蛋白質を放出する。封入蛋白質が体内に長時間残存するとき、これらは37℃で水分に暴露された結果として変性または凝集し、生物学的活性を失い、場合によっては、免疫原性が変化することもある。関与するメカニズムに応じて蛋白質を安定化するために、合理的な戦術を考案できる。例えば、凝集メカニズムはチオ−ジスルフィド交換によって分子間S−S結合を形成することが発見されれば、スルフヒドリル残基の変更、酸性溶液からの凍結乾燥、含水率の調節、適切な添加剤の使用、および、特異的ポリマーマトリックス組成物の開発によって安定化することができる。
【0106】
徐放性HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体はさらに、リポソーム封入ポリペプチドを含む。問題となっているポリペプチドを含むリポソームはそれ自体周知な方法、すなわち下記文献によって調製される。
【特許文献7】ドイツ国第DE 3,218,121号公報
【非特許文献13】Epstein et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82: 3688-3692 (1985)
【非特許文献14】Hwang et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77: 4030-4034 (1980)
【特許文献8】欧州特許第EP 52,322号公報
【特許文献9】欧州特許第EP 36,676号公報
【特許文献10】欧州特許第EP 88,046号公報
【特許文献11】欧州特許第EP 143,949号公報
【特許文献12】欧州特許第EP 142,641号公報
【特許文献13】日本国特許出願第83-118008号公報
【特許文献14】米国特許第4,485,045号明細書
【特許文献15】米国特許第4,544,545号明細書
【特許文献16】欧州特許第102,324号公報
【0107】
通常、リポソームは小さい(約200〜800オングストローム)単層型であり、脂質含量は約30モル%コレステロール以上であり、選択された比率は最適な治療に応じて調整される。
【0108】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の治療上有効量は、治療すべき病理学的状態(予防を含む)、投与方法、治療に用いる化合物の型、任意の併用療法、患者の年齢、体重、全身状態、病歴等のような要因に応じて変わり、その決定は医師の技術範囲内で十分であることは理解できよう。従って、医師は投与量をタイターし、最大治療効果が得られるように投与経路を変更する必要がある。臨床医はHIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を、問題となっている症状の治療に所望の効果が得られる投与量に達するまで投与する。
【0109】
投与経路は、例えば静脈内、筋肉内、大脳内、腹腔内、脳脊髄内、皮下、眼球内、関節内、滑液嚢内、くも膜下腔内、経口、局所、吸入経路による注射または点滴による、あるいは、以下で説明する徐放性製剤による周知な方法に従う。HIP/PAPまたはその蛋白質誘導体はさらに、病巣内または病変部近傍経路によって適切に投与され、局所および全身治療効果を発揮する。塩類を形成し且つ本明細書で有用な薬理学的に許容可能な塩類の例としては、アルカリ金属塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩)、アルカリ土類金属塩(例えばカルシウム塩、カリウム塩)、アルカリ土類金属塩(例えばカルシウム塩、マグネシウム塩)、アンモニウム塩、有機塩基塩(例えばピリジン塩、トリエチルアミン塩)、無機酸塩(例えば塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩)および有機酸の塩類(例えば酢酸塩、シュウ酸塩、p−トルエンスルホン酸塩)がある。
【0110】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体はさらに、調製されたマイクロカプセルに、例えば下記の方法:コアセルベーション法または界面重合、例えばヒドロキシメチルセルロースまたはゼラチン−マイクロカプセルおよびポリ−(メチルメタクリレート)マイクロカプセルによって、それぞれ、コロイド薬物送達システム(例えば、リポソーム、アルブミン小球体、マイクロエマルション、ナノ粒子およびナノカプセル)またはマクロエマルションにおいて封入できる。このような技術は上記非特許文献9に開示されている。
【0111】
徐放性製剤を調製できる。徐放性製剤の適切な例は、HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含む固体疎水性ポリマーの半透性マトリックスを含み、このマトリックスは造形品、例えばフィルム、またはマイクロカプセルの形をしている。徐放性マトリックスの例は下記を含む:ポリエステル、ヒドロゲル〔例えばポリ(2-ヒドロキシエチル-メタクリレート)またはポリ(ビニルアルコール)〕、ポリラクチド(上記特許文献4)、L-グルタミン酸およびyエチル-L-グルタメートのコポリマー、非分解性エチレン酢酸ビニル、分解性乳酸−グリコール酸コポリマー、例えばLupron Depot(商標)(乳酸−グリコール酸コポリマーと酢酸ロイプロリドとから成る注射可能な小球体)およびポリ-D-(-)-3-ヒドロキシ酪酸。
ポリマー、例えばエチレン酢酸ビニルおよび乳酸−グリコール酸が100日以上にわたって分子を放出できる一方で、ある種のヒドロゲルはより短い時間の間に蛋白質を放出する。封入蛋白質が体内に長時間残存するとき、これらは37℃で水分に暴露された結果として変性または凝集し、生物学的活性yを失い、場合によっては、免疫原性が変化することもある。関与するメカニズムに応じて蛋白質を安定化するために、合理的な戦術を考案できる。これらの戦術はスルフヒドリル残基の変更、酸性溶液からの凍結乾燥、含水率の調節、適切な添加剤の使用、および、特異的ポリマーマトリックス組成物の開発によって達成できる。
以下、実施例を参照して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明が下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0112】
組換えヒトHIP/PAP蛋白質をE. coli細菌系中で産生し、精製した。得られた産物をALF-5755とよぶ。配列番号3のALF-5755はHIP/PAP配列番号2と比べて一つだけ多いアミノ酸、メチオニンをNH2末端基に有する。
【0113】
実施例1
新生児脳損傷のモデルにおけるHIP/PAP蛋白質のインビトロ効果
A.材料および方法
皮質ニューロン培養
一次皮質ニューロン培養をE14.5 胎児マウスから調製した。簡潔に言えば、子宮から胎児を取り出し、滅菌ペトリ皿に入れた。脳を切断し、1M HEPESのHBSS 1x (インビトロゲン社)に入れた。解剖顕微鏡を用いて、脳、髄膜、基底核および海馬をばらばらにし、新皮質をB27サプリメントを含むNeurobasal培地(インビトロゲン社)に入れた。次いで、新皮質を0.25%トリプシン−0.02%EDTAで解離し、DNase 1 (Sigma St-Quentin Fallavier, France)でインキュベートした。細胞を、ポリ−DL−オルニチン(Sigma St-Quentin Fallavier, France)で被覆された96ウェルプレートで80000細胞/ウェルの密度でMEM1Xおよび10%ウマ血清を用いてプレーティングした。プレーティングしてから2〜4時間後に、培地を除去してNeurobasal + B27で置換した。3日後、グリア増殖を抑えるために、細胞を5 μM のAraC (シトシンアラビノシド)で処理した。DIV10 とDIV12との間で、その他の産物のいずれかを用いてニューロンを8時間処理した。
(i): PBS;
(ii): 3μg/mlまたは5 μg/mlのALF-5755;
(iii): 300 μMのNMDA;
(iv): 300 μMのNMDA +10 μMのMK801または
(v): 300 μMのNMDAおよび3μg/mlまたは5 μg/ml of ALF-5755。
【0114】
細胞生存度の測定
細胞生存度はMTS/Formazanアッセイ(CellTiter 96 Aqueous One Solution Cell Proliferation Assay; Promega, Charbonnieres, France)を用いてモニターした。
【0115】
ウェスタンブロット分析
処理した神経細胞培養(以下参照)およびP5実質器官注射でPBS、10 μgのイボテン酸塩、0.3 μgのALF-5755 (ALF-5755の最も効果的な濃度として決定された) または0.3 μgのALF-5755を有する10 μgのイボテン酸塩のいずれかを投与した仔マウスの右新皮質から全蛋白質を抽出した。投薬から4, 24, 48または120時間後に、仔マウスを犠牲にした。市販のキット(Cell Signaling Technology)の手順に従って蛋白質を抽出した。
Anti-Total-Gap43およびanti-Ser41-Phospho-Gap43を1/1000の濃度で用いた。サンプル間の蛋白質発現を標準化するために、anti -b-チューブリン(anti-b-tubulin) ヤギ抗体 (Santa Cruz Biotechnology)を1/10000の濃度で用いた。ウェスタンブロット実験を繰り返した。サンプル間の蛋白質濃度の差をイメージJ(Image J)を用いて推定した。
【0116】
免疫細胞化学
Total Gap-43、Phospho Gap-43および成長円錐(2G13)を検出するために、処理細胞培養を4% PFA中に固定し、ニワトリanti-Total-Gap-43抗体(Interchim; 1/200)、ウサギanti-Ser41- Phospho Gap43抗体 (Novus Biologicals 1/200), マウスanti-成長円錐2G13抗体(Novus Biologicals 1/200)と反応させた。ラベル化抗原の検出を、Cy3共役 ロバ抗ニワトリ抗体、AMCA-共役ロバ抗ウサギ抗体およびAlexa 488-共役ロバ抗マウス抗体 (Jackson Immunoresearch)で行った。
統計分析
各処理の効果を調べるために、データをクラスカル・ワリス検定で分析した。
【0117】
B.結果
組換えヒトHIP/PAP蛋白質をE. coli細菌系中で産生し、精製した。得られた産物をALF-5755とよぶ。配列番号3のALF-5755はHIP/PAP配列番号2と比べて一つだけ多いアミノ酸、メチオニンをNH2末端基に有する。
ALF-5755の生化学的、生物学的および機能的研究を行った。これらの研究によって、ALF-5755は、複数の種々の動物モデルにおいてHIP/PAPに関連することが既に証明されているものと同じ生物学的活性、特に分裂促進活性および抗アポトーシス活性を示すことが確証された。
N-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)-誘発神経細胞死に対するインビトロでのALF-5755の神経保護効果は、一次マウス皮質神経培養において研究された。
ALF-5755インビトロ神経保護特性は、一次神経細胞培養(NMDAに暴露されたE14スイスマウスの大脳半球からのニューロン)の良く確立されたモデルを用いて評価された。実験は、培養の開始から8日目〜12日目に実施した。300 μMのNMDAまたは10, 30, 100 μM のH2O2による8時間中毒開始の直後または3時間後に、HIP/PAPの用量(150 ng/ml〜10 μg/ml)を培地に添加した。次いで、細胞生存度をMTTアッセイで測定した。
【0118】
NMDA単独に暴露した後の神経細胞死(ALF-5755で処理していない)はニューロンの60%であった。ALF-5755を用いた処理によって、神経細胞死の比率の有意な、用量依存的減少が引き起こされた。神経細胞死の減少は、損傷開始直後に添加されたときに、5 μg/mLのALF-5755で最大(ALF-5755で処理しない場合は45%であるのに対して35%の神経細胞死)であった。ALF-5755の神経保護効果は、損傷開始の3時間後に添加したときにも認められた。
【0119】
H2O2単独に対する暴露は、酸化的損傷による細胞生存の用量依存的減少を誘発する。これは100μM暴露で最大(64%の神経細胞死)である。ALF-5755による完全または部分的処理はH2O2の毒性を逆転する。この保護効果は3μg/mlのALF-5755で最大である。ALF-5755の保護効果はカタラーゼで認められる効果に匹敵する。ALF-5755の保護効果は、薬剤をH202の直後に添加しても、損傷の3時間後に添加しても認められる。ALF-5755は抗酸化特性を示す。軸策成長および神経可塑性に関与する蛋白質であるGAP-43の産生、セリン41 (S41)でのホスホリル化状態および分布に対するALF-5755の効果を測定するために、神経細胞培養の免疫細胞化学(ICC)研究およびウェスタンブロット(WB)分析を実施した。
【0120】
NMDA直後に添加したとき、ICCは、ALF-5755がGAP-43-ラベル化神経突起の神経束分布を誘発することを証明する。この効果は5μg/mlで最適であり、対照培養、NMDAまたはH202処理培養、または、H202およびALF-5755処理培養では認められない。さらに、ICCはALF-5755が、対照培養またはNMDAまたはH2O2単独で処理した培養と比べて、神経突起中のホスホ-GAP-43の発現の増加を誘発することを示す。
【0121】
培養ニューロンからの抽出物のウェスタンブロット分析は、total GAP-43レベルおよびphospho-GAP-43レベルの変化を定量化できる。NMDAはGAP-43の量の有意な変化を全く誘発しない。対照的に、ALF-5755単独ではtotal GAP-43の用量依存的減少を誘発したが、ホスホリル化GAP-43の比率(phospho GAP-43 / total Gap-43)の有意な増加を誘発した。GAP-43に対するALF-5755の効果はNMDAに暴露される培養においてさらに顕著である。ALF-5755によって誘発されるGAP-43のホスホリル化状態のこれらの変化は、ALF-5755に暴露される培養に認められる束状化を説明する。要するに、これらのデータは、ALF-5755が興奮毒性および酸化的神経細胞死をインビトロで予防するという仮説を支持する。さらに、ALF-5755はGAP-43 ホスホリル化および束状化を含む可塑性様変化を誘発する。
【0122】
実施例2
新生児脳損傷のモデルにおけるHIP/PAP蛋白質のインビボ効果
A.材料および方法
動物
この試験では雌雄のスイスマウスを用いた。実験手順は施設内審査委員会に承認されており、'Institut National de la Sant饅och et de la Recherche Medicale'のガイドラインを満たしている。
薬剤
イボテン酸塩(Sigma, St-Quentin Fallavier, France)、ALF-5755, NMDA (Tocris, Bristol, UK)およびMK801 (Sigma, St-Quentin Fallavier, France)を燐酸緩衝生理食塩水(PBS)に希釈した。
興奮毒性剤の投与
既に述べたように発育中マウス脳にイボテン酸塩を投与して興奮毒性脳病変を誘発した(非特許文献15〜21)。
【非特許文献15】Marret et al., 1995
【非特許文献16】Gressens et al., 1997, 1998
【非特許文献17】Bac et al., 1998
【非特許文献18】Dommergues et al., 2000
【非特許文献19】Tahraoui et al., 2001
【非特許文献20】Laudenbach et al., 2001, 2002
【非特許文献21】Husson et al., 2002
【0123】
簡潔に言えば、P5日に仔マウスに脳内(新外套実質中)投与した。実質器官内投与は目盛付きのマイクロディスペンサー上に装着された50 μlのハミルトン注射器で25ゲージ針を用いて行った。右半球の前頭頭頂領域の頭皮の外側表面の2mm下と、外側−内側面の正中線から2mmの所と、体軸方向面のブレグマの前方3mmの所に針を挿入した。2つの1 μl用量のイボテン酸塩またはイボテン酸塩+ALF-5755またはPBSを20秒間隔で投与した。最初のボーラスは白質への局所投与に対応し、第2ボーラスは皮質投与である。10 μgのイボテン酸塩または10 μg イボテン酸塩+ALF-5755 (範囲: 0.0015 μg-0.15 μg) またはPBSを各仔マウスに投与した。
一部の仔マウスには、イボテン酸塩投与の直後または3時間後に、種々の濃度(0.0015 μg〜1.5 μg)でALF-5755を腹腔内投与した。
【0124】
実験群
少なくとも2種類の同腹仔の仔マウスを各実験群で用い、2つ以上の連続した実験からデータを得た。
ALF-5755の投与方法(イボテン酸塩との同時実質内投与、イボテン酸塩投与直後の腹腔内投与またはイボテン酸塩投与の1〜5時間後)に応じて、3種類の群を構成した。
最初のP5仔マウス群に、イボテン酸塩およびPBS(ビヒクル対照)または0.003, 0.015, 0.03または0.3 μgのALF-5755を実質内投与した。
ALF-5755の実質内投与と腹腔内投与との比較を計画した実験の第2群では、P5仔マウスにイボテン酸塩をPBSと一緒に実質内投与し、次いで、複数の濃度(0.0015, 0.0075, 0.015, 0.075, 0.15, 0.75または1.5 μgのALF-5755)でALF-5755を腹腔内投与した。
【0125】
ALF-5755がイボテン酸病変を予防ではなく、修復できるかどうかを知るために、第3P5仔マウス群に、イボテン酸塩の実質内投与の3時間後に、0.75 or 1.5 μgのALF-5755を遅延腹腔内投与した。イボテン酸塩投与の1時間後または5時間後に、単一ALF-5755濃度を腹腔内で試験した(1.5 μg)。
【0126】
病変寸法の決定
各実験群で12匹の仔マウスを用いた。興奮毒性投与の120時間後に断頭によって仔マウスを犠牲にした。すぐに脳を4%ホルマリン中で少なくとも4日間固定した。パラフィンに包埋した後、20μm厚さの冠状切片に切断した。切片を2つおきにクレシル・バイオレットで染色した。上記の研究(非特許文献15; 非特許文献16; 非特許文献21)から、外側−内側における病変の最大寸法と、興奮毒性病変の前頭−後頭軸との優れた相関がわかっている。これによって、病変の最大前頭−後頭直径の正確で再現性のある決定が可能になり、この直径は病変が存在する切片の数に20 μmを乗じたものに等しい。
【0127】
結果
ALF-5755インビボの神経保護可能性を、脳性麻痺に関連した脳損傷に似た症状を有する新生児興奮毒性病変のマウスモデルによって評価した。
脳損傷はイボテン酸塩、NMDAに作用するグルタミン酸作動性アゴニストおよび代謝型グルタミン酸受容体によって誘発した。生後(P)5日のマウス新皮質に投与したときに、イボテン酸塩は、新皮質層および大きい脳室周囲白質嚢腫において劇的な神経細胞損失を生じた。これは、多くのヒト早産新生児に現れる病変である、脳室周囲白質軟化症で見られるものに似ている。
ALF-5755はP5にイボテン酸塩と脳内同時投与するか、あるいは、イボテン酸塩直後または3時間後にALF-5755を腹腔内投与した。P10で脳病変の分析を行った。
【0128】
ALF-5755とイボテン酸塩の同時投与によって、150 ng ALF-5755の用量で、白質および皮質灰白質病変が(イボテン酸塩単独で処置した仔マウスに比べて)それぞれ37%および67%減少した。良い(大脳病変の寸法の50%減少)神経保護は、ALF-5755の投与を、損傷の直後または3時間後に腹腔内で行ったときにも認められた。これによって、全身経路を介したALF-5755の単回投与の有効性が、たとえ遅延投与でも、確立される。これはさらに、脳内投与または末梢投与されたALF5755が、上記の神経学的疾患および関連疾患における治療効果を有することができることを示す。
インビトロデータをさらに確認すると、ウェスタンブロット分析から、ALF-5755は単独でまたはイボテン酸塩と組み合わせることによって、対照またはイボテン酸塩を単独で投与した動物と比べて、total GAP-43の有意な減少を誘発するが、ホスホリル化GAP-43の比率の有意で大きな増加を誘発することがわかった。
【0129】
実施例3
仔マウスの発育中小脳におけるHIP/PAP蛋白質のインビボ発現および小脳損傷のモデルにおけるALF-5755蛋白質のインビトロ効果
A.材料および方法
定量RT PCR
P0, P5-7およびP60スイスマウス小脳、P5 皮質、および成体子宮からのRNAをRNeasyミニキット(Quiagen)を用いて抽出した。600ngの全RNAを用いて逆転写を行い、HIP/PAPおよびHPRT cDNAを得た。次いで、HIP/PAPおよびHPRT 転写物の定量的PCR(適切なプライマーを用いた94℃での30’’変性、58℃での30’’ハイブリッド形成、72℃での30’’重合の45サイクル)をバイオラドシステムを用いて誘発した。
様々な年齢の仔マウス小脳におけるHIP/PAP発現の定量化を、HPRT転写物に対するHIP/PAPを合理化して(関連バイオラドソフトウェア)行い、RT PCRをキャリブレートし、時間の間で、HIP/PAP発現のレベルを比較した。
【0130】
小脳顆粒ニューロン培養
顆粒細胞は小脳ニューロンの大部分を占める。一次顆粒ニューロン培養をP7仔マウスから調製した。簡潔に言えば、脳を解剖してHHGN (HBSS 1x および1 M HEPESおよび4.45%グルコール; Invitrogen)に入れた。アストロサイトによる広範な汚染を避けるために髄膜を除去した。単離後、小脳をHHGNで洗浄して小片にし、細胞を0.25%のトリプシン−0.02%EDTAで解離し、DNase 1 (Sigma St-Quentin Fallavier, France)でインキュベートした。細胞を、ポリ−L−オルニチン(Sigma)で被覆された24ウェルプレートにおいて2200万細胞/ウェルの密度でMEM1Xおよび10%ウマ血清を用いてプレーティングした。プレーティングしてから24時間後に、グリア増殖を抑えるために、10 μMのAraC (シトシンアラビノシド)を培地に添加した。インビトロで7日後(DIV7)、1時間細胞を処理し、以下の誘発物質を用いて8, 16または24時間の次の回復期を可能にすることによって、神経死滅を誘発した:
(i): H2O2 0.01〜1 mM、酸化的ストレスを誘発し、次に細胞死を60%にする。
(ii): 0.3〜3 mM NMDA、興奮毒性を誘発し、次に細胞死を約40%にする。
いずれの症状においても、ALF-5755神経保護効果は、0.3mMのH2O2濃度の存在下でまたは1mMのNMDAの存在下で、5および10μg/mLで評価した。
【0131】
免疫細胞化学
GFAP (アストロサイト検出), NeuN (ニューロン検出), Zic1 (成熟顆粒細胞検出), MAP2 (ニューロン検出),および切断カスパーゼ3 (活性カスパーゼ3検出)染色では、処理細胞培養を4% PFA中に固定し、anti-GFAP (Dako, 1/500), anti-NeuN (Millipore, 1/100), anti-Zic1 (Abcam 1/100), anti-MAP2 (Abcam, 1/2000),およびanti-切断カスパーゼ 3 (Cell Signaling Technology, 1/100)抗体と反応させた。ラベル化抗原の検出を、実験に依存する種々の波長で蛍光を発する二次抗体、それぞれ、Cy3共役 ロバ抗マウス抗体(1/1000, Jackson Immunoresearch)、および、488-共役ロバ抗ウサギ抗体 (1/1000, Molecular Probes)で行った。次いで、核をDapi (1/1000)で対比染色した。
統計分析
統計分析はGraphpadソフトウェアで行った。
【0132】
B.結果
生後発育中のHIP/PAP小脳発現:
今までに、生後発育中マウスの皮質および小脳におけるHIP/PAP発現が使用明されたことは無い。ここではHIP/PAPが両領域において、P5で低いが匹敵するレベルで発現することを報告する。HIP/PAPレベルは小脳内で時間の中で増加し、P5マウスと比較したときに成体では20倍の大きさに達する。その他の構造における発現は研究中である。
【0133】
H2O2 誘発細胞死に対するALF-5755保護効果の評価:
0.3mMの濃度でH2O2に1時間暴露し、続いて16Hの回復時間を示し、約61%の細胞死を誘発した。細胞H2O2暴露はカスパーゼ3の切断を誘発しなかったことが認められた。従って、H2O2誘発細胞は同様にカスパーゼ3経路から独立していた。
5または10 μg/mL μMのALF-5755を用いた処理は、切断カスパーゼ3レベルにも、AIF局所化にも影響しなかった。しかし、5または10 μg/mlのALF-5755に暴露された細胞は、対照細胞と比べて改善された形態を示す。ALF-5755によって処理された細胞は、進行した濃縮面が対照細胞よりも少ない。なぜなら、クロマチンの凝縮が対照細胞より大きくないからである。従って、この結果から、ALF5755蛋白質はH2O2-誘発細胞死から小脳顆粒細胞を保護できることがわかる。
【0134】
NMDA誘発細胞死に対するALF-5755保護効果の評価:
1mMの濃度のNMDAを1時間および16時間の回復時間によって、約34%の細胞死を誘発した。細胞NMDA暴露はカスパーゼ3の切断を誘発したことが認められた。従って、NMDA誘発細胞死はカスパーゼ経路の活性化によってシグナル伝達された。
5または10 μMのALF-5755を用いた処理によって、濃縮細胞の発生が有意に減少した。すなわち、対照サンプルでは、約80%の細胞が濃縮面を示したのに対し、5μMまたは10 μMのALF-5755の存在下では濃縮細胞のパーセンテージは40%を超えなかった。従って、ALF-5755はNMDA誘発細胞死から顆粒細胞ニューロンを保護することが示された。
総合すれば、これらの結果は、ALF-5755は興奮毒性および酸化的死滅から小脳顆粒細胞を保護できることを強く示唆する。
【0135】
実施例4
皮質神経細胞のアポトーシスに対するHIP/PAP蛋白質の保護効果
A.材料および方法
A.1.皮質培養
P0仔マウスを低体温によって犠牲にした。仔マウスの皮質をCMFタイロード液中で無菌的に解剖した。髄膜を除去し、組織を小片に細かく切り刻み、CMF-タイロード液中に回収した。これらをトリプシン-DNAseで処理し、次いで、同じ溶液中で粉砕して解離し、単細胞浮遊液を作り、顆粒化し、そして、15mM HEPES, L-グルタミン, ピロキシジン 塩酸塩 (Invitrogen, Carlsbad, CA), N2 サプリメント(Invitrogen), 10%ウシ胎児血清, 25mM KCl,およびペニシリン−ストレプトマイシンを含むダルベッコ変法イーグル培地-F-12 (DMEM-F-12)中で再懸濁した。
細胞を、ポリ−D-リジンで被覆されたLabtek容器(Nunc, Roskilde, DK)上に2ラ104 細胞/cm2の密度でプレーティングした。5% CO2中に37℃で24時間インキュベートした後、血清含有培地を除去した。次いで、細胞を無血清培地中で12時間培養し、その後、NMDA (最終濃度0.3 mM) およびHIP (最終濃度18.3 ng)を用いた処理を開始した。処理はさらに24時間続け、その後、細胞を1X PBSで洗浄し、次いで、4% PFA中で固定した。
【0136】
A.2.TUNELアッセイ
ロシュ社からTUNELキットを購入し、メーカの指示に従ってアッセイを行った。簡潔に言えば、細胞を0.02%のトリトン−X中に30分間透過化処理し、次いで、ターミナルヌクレオチジルトランスフェラーゼから成るラベリング混合物中およびラベル化ヌクレオチド混合物中に、加湿容器内で37℃で1時間インキュベートした。培養中にTUNEL-陽性細胞の定量化を、2つのウェルそれぞれからの計10のランダム野から、TUNEL-陽性細胞を数えることによって行った。
【0137】
B.結果
結果は[図1]にまとめてある。ここでは、皮質細胞アポトーシスのレベルを、TUNEL陽性細胞のパーセントを測定して評価する。
[図1]に示すように、HIP/PAP蛋白質は、単独で用いたときでも、皮質神経細胞の保護効果を発揮する([図1]の一番右端の「HIP」棒を参照)。これらの結果は、HIP/PAP蛋白質単独で、細胞のインビトロ培養のベースライン作用に対する保護効果を誘発することを意味する。
最も重要なことには、[図1]はHIP/PAP蛋白質が、NMDAによって誘発される皮質神経細胞アポトーシスに対して強い保護効果を発揮することを示すことである(「NMDA」棒を「NMDA+HIP」棒と比較)。
[図1]に示す結果は、野生型GAP 43遺伝子(GAP43 +/+)に対してホモ接合性であるマウスに由来する皮質細胞のインビトロ培養から得られた。
図示されていないが、(i) GAP43 +/- マウスまたは(ii) GAP43 -/- マウスに由来する皮質細胞のインビトロ培養を用いて、同じ結果が得られた。
後者の結果は、上記HIP/PAP蛋白質の保護効果はGAP43蛋白質の存在を必要としなかったことを示唆する。
【0138】
実施例5
神経細胞の可塑性に対するHIP/PAP蛋白質の効果
A.材料および方法
A.1.皮質培養
P0仔マウスを低体温化によって犠牲にした。仔マウスの皮質をCMFタイロード液中で無菌的に解剖した。髄膜を除去し、組織を小片に細かく切り刻み、CMF-タイロード液中に回収した。これらをトリプシン-DNAseで処理し、次いで、同じ溶液中で粉砕によって解離し、単細胞浮遊液を作り、顆粒化し、15mM HEPES, L-グルタミン, ピロキシジン 塩酸塩 (Invitrogen, Carlsbad, CA), N2 サプリメント(Invitrogen), 10%ウシ胎児血清, 25mM KCl,およびペニシリン−ストレプトマイシンを含むダルベッコ変法イーグル培地-F-12 (DMEM-F-12)中で再懸濁した。
細胞を、ポリ−D-リジンで被覆されたLabtek容器(Nunc, Roskilde, DK)上に2×104 細胞/cm2の密度でプレーティングした。5% CO2中に37℃で24時間インキュベートした後、血清含有培地を除去した。次いで、細胞を無血清培地中で12時間培養し、その後、NMDA (最終濃度0.3 mM) およびHIP (最終濃度18.3 ng)を用いた処理を開始した。処理はさらに24時間続け、その後、細胞を1X PBSで洗浄し、次いで、4% PFA中で固定した。
【0139】
A.2.顕微鏡観察
Axio Cam HRC CCDカメラを用いて、Zeiss Axioplan 2顕微鏡で画像を撮影し、Zeiss KS 400 3.0ソフトウェアを用いて分析した。画像は対比および輝度の微調整を必要とした。その他の画像変更は必要なかった。
A.3.神経突起長さ分析
枝分かれ部位の数を調べる他に、一次、二次および三次神経突起の数を調べた。マーカーとしてベータIIIチューブリンを用いた(データは実施例には示していない)。画像をZeiss Axioplan IIで撮影した。神経突起長さはIM50ソフトウェアを用いて得た。
【0140】
B.結果
結果はそれぞれ[図2]〜[図6]に示してある。
[図2]〜[図5]の結果から、HIP/PAP蛋白質は単独で用いたときでも、神経可塑性の増加を発揮することがわかる。すなわち、HIP/PAP蛋白質は(i)一次神経突起の数を増やし([図2])且つ二次および三次神経突起を有する細胞の数を増やす(それぞれ[図3]および[図4]参照)。
[図6]に示す結果から、HIP/PAP蛋白質は、NMDAによって神経突起成長上に引き起こされる有害作用から神経細胞を保護する能力を有することがわかる。より具体的には、[図6]に示す結果から、HIP/PAPは、NMDAでインキュベートされた神経細胞に加えたときに、培地単独でインキュベートした対照神経細胞培養において測定される神経突起成長のレベルを回復することがわかる。
さらに、HIP/PAP蛋白質は、細胞毒性量のNMDAでインキュベートされた皮質神経細胞の神経可塑性を回復する能力を有することもわかる。
[図2]、[図5]および[図6]に示す結果は、野生型GAP 43遺伝子(GAP43 +/+)に対してホモ接合性であるマウスに由来する皮質細胞のインビトロ培養から得られた。
図示していないが、(i) GAP43 +/- マウスまたは(ii) GAP43 -/- マウスに由来する皮質細胞のインビトロ培養を用いて、同じ結果が得られた。
後者の結果は、上記神経可塑性に対するHIP/PAP蛋白質の陽性作用はGAP43蛋白質の存在を必要としなかったことを示唆する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)〜(5)から成る群の中から選択される疾患の予防または治療での
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体の使用:
(1)脳低酸素症による新生児脳損傷を含む新生児脳損傷、
(2)脳低酸素症による成人または小児脳損傷を含む成人または小児脳損傷、
(3)成人または小児または新生児の外傷性脳損傷、
(4)小脳疾患または障害、
(5)Gap−43の産生またはホスホリル化の欠陥を含む疾患。
【請求項2】
新生児脳損傷が、胎児虚血、周産期虚血、胎児低酸素血症、周産期低酸素血症および興奮性神経伝達物質の過剰放出から成る群の中から選択される病理学的状態を含む請求項1に記載の使用。
【請求項3】
新生児、成人または小児の脳損傷が脳卒中を含む脳血管障害から成る請求項1に記載の使用。
【請求項4】
新生児、成人または小児の脳損傷が虚血性脳卒中および出血性脳卒中から成る群の中から選択される請求項1に記載の使用。
【請求項5】
小脳疾患または障害が小脳性運動失調症である請求項1に記載の使用。
【請求項6】
上記Gap−43の産生またはホスホリル化の欠陥を含む疾患がアルツハイマー病から成る請求項1に記載の使用。
【請求項7】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が構造再構築または可塑性神経細胞をモジュレーション(modulate)する請求項1〜6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が神経細胞アポトーシスまたは神経細胞死に対する予防効果を発揮する請求項1〜7のいずれか一項に記載の使用。
【請求項9】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が、配列番号1〜3のポリペプチドから成る群の中から選択されるポリペプチドと少なくとも90%のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を有する請求項1〜6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項10】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体が、HIP/PAP蛋白質およびHIP/PAPキメラまたは融合蛋白質の生物学的活性部分から成る群の中から選択される請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
HIP/PAP蛋白質の神経細胞のインビトロ培養での使用。
【請求項12】
HIP/PAP蛋白質またはその蛋白質誘導体を含む神経細胞用培地。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−529475(P2012−529475A)
【公表日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−514488(P2012−514488)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【国際出願番号】PCT/EP2010/058270
【国際公開番号】WO2010/142800
【国際公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(511300411)
【出願人】(599176506)アンセルム(アンスチチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル) (23)
【Fターム(参考)】