説明

HIV感染症の治療方法

【課題】HIV感染症の治療方法を提供する。
【解決手段】HIV感染症の治療を必要とする患者に、逆転写酵素阻害剤のような少なくとも1種の抗HIV薬を投与し、その少なくとも1種の抗HIV薬の投与後にワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を該患者に投与することを含むHIV感染症の治療方法。例え少なくとも1種の抗HIV薬の投与が中止されても、前記抽出物はHIV複製に対する抑制作用を維持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の背景
本発明は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物による新規な治療方法に関するものであり、具体的には抗HIV薬に併せてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を利用したHIV感染症の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
後天性免疫不全症候群、いわゆるエイズ(AIDS:acquired immunodeficiency syndrome)はレンチウイルスの一種であるヒト免疫不全ウイルス(HIV:human immunodeficiency virus)が感染し、免疫機能を累進的に低下させ、最終的には死に至る疾患である。現在米国では(2003年8月現在)、HIV感染症の治療に用いられる抗HIV化学療法
薬として、8種類の核酸系逆転写酵素阻害剤、3種類の非核酸系酵素阻害剤、7種類のプロテアーゼ阻害剤、1種類の膜融合阻害剤が認可されており、これらを組み合わせて服用する多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy:HAART)による治療が標準的に行われている。
【0003】
HAARTは感染者のHIVの複製を抑制しHIV感染症の進行を防止することができるが、エイズ発症を回避するためには数十年間もHIVの複製を完全に抑制する必要があり、感染後の化学療法をいつ中断してもHIVは再増殖してしまうので、患者はほぼ生涯にわたって化学療法を継続しなければならない。また、抗HIV薬は剤形が大きいため、継続して服用しづらいものである。結果として、抗HIV薬は内服毎の薬剤数が多かったり
、さらには種々の強い副作用を伴い、かなり厳格に内服率を維持しなければ薬剤耐性ウイルスが誘導され治療に失敗するという問題がある。
【0004】
上述した通り、HIV感染患者がほぼ100%に近い内服率を守りながら長期間にわたり薬剤を服用し続けなければならないということは、患者のQOLの低下、経済的負担、長期毒性の危険性など様々な問題を惹起している。従って、これらの問題を回避するため、FDA承認の従来の抗HIV薬化学療法を用いて行うHIV−1感染患者に対する継続
的な治療に取って代わるべき方法を提供することが望まれている。
【0005】
ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の薬理活性については、以下のものが挙げられる。(1)鎮痛作用、鎮静作用、抗ストレス作用、抗アレルギー作用(特開昭53−101515号公報)、(2)免疫促進作用、抗癌作用、肝硬変抑制作用(特開昭55−87724号公報)、(3)特発性血小板減少性紫斑病に対する治療効果(特開平1−265028号公報)、(4)帯状疱疹後神経痛、脳浮腫、痴呆、脊髄小脳変性症への治療効果(特開平1−319422号公報、米国特許第5,013,558号明細書)、(5)レイノー症候群、糖尿病性神経障害、スモン後遺症への治療効果(特開平2−28119号公報)、(6)カリクレイン産生阻害作用、末梢循環障害改善作用(特開平7−97336号公報、米国特許第5,560,935号明細書)、(7)骨萎縮改善作用(特開平8−291077号公報)、(8)敗血症やエンドトキシンショックの治療に有効な一酸化窒素産生抑制作用(特開平10−194978号公報、米国特許第6,051,613号明細書)、(9)骨粗鬆症に対する治療効果(特開平11−80005号公報)、(10)Nef作用抑制作用やケモカイン産生抑制作用に基づくエイズ治療効果(特開平11−139977号公報、特開2000−336034号公報)、(11)脳梗塞等の虚血性疾患に対する治療効果(特開2000−16942号公報)、(12)線維筋痛症に対する治療効果(国際公開第2004/039383号パンフレット)
【特許文献1】特開昭53−101515号公報
【特許文献2】特開昭55−87724号公報
【特許文献3】特開平1−265028号公報
【特許文献4】特開平1−319422号公報
【特許文献5】米国特許第5,013,558号明細書
【特許文献6】特開平2−28119号公報
【特許文献7】特開平7−97336号公報
【特許文献8】米国特許第5,560,935号明細書
【特許文献9】特開平8−291077号公報
【特許文献10】特開平10−194978号公報
【特許文献11】米国特許第6,051,613号明細書
【特許文献12】特開平11−80005号公報
【特許文献13】特開平11−139977号公報
【特許文献14】特開2000−336034号公報
【特許文献15】特開2000−16942号公報
【特許文献16】国際公開第2004/039383号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、エイズ等のHIV感染症の治療に伴う患者のQOLの低下、経済的負担、治療薬による強い副作用や薬剤耐性菌の出現等の問題に対して他に取って代わるべきHIV感染症の治療方法、特に、持続的なHIVの複製抑制効果をもたらすことでHIV治療を補助する新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、HIV感染症の治療におけるHIVの複製抑制に関して種々の試験研究を行った。その結果、既承認の抗HIV薬を投与してウイルス量を低下させた後、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与することによって、従来の抗HIV薬の投与を中止している期間も、HIVの複製に対して抑制作用を維持できることを見出し、発明を完成させた。
【0008】
発明の概要
本発明はFDA承認の従来の抗HIV薬化学療法を用いて行うHIV−1感染患者に対
する継続的な治療に取って代わるべき方法を提供する。従って、まず血中ウイルス量が検出可能な量以下に低下するまで従来の抗HIV化学療法薬を患者に投与する。その後、予めワクシニアウイルスを接種した後すぐに炎症反応が観察された組織の抽出物を患者に薬学的に有効な量投与する。そのような皮膚抽出物は従来の抗HIV化学療法薬としての必要性から投与されるものではなく、患者は従来の抗HIV化学療法を行わずに、事実上「ドラッグホリデイ」を享受することで副作用を軽減し、免疫学的効果を有効に再生すると同時にQOLを改善する期間が延長され、その間、検出可能なウイルス量以下に維持できることが示された。
本発明を具体的に説明すると、該抽出物は少なくとも一種の抗HIV薬による治療中および治療後に投与する。標準の抗HIV薬による治療後も継続してHIV−RNA相当のウイルス量を充分低下させたまま維持できるように、抗HIV薬による治療を終了する直前もしくは終了時に、抽出物の投与を開始する。または、HIV−RNA相当の血漿ウイルス量を標準の抗HIV薬の投与によって検出限界未満まで低下させた時点で、該抽出物の投与を開始する。ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出物は標準の抗HIV薬による治療期間を短縮させるために逆転写酵素阻害剤のような標準の抗HIV薬と併用される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、SIV感染後に抗ウイルス治療を行わなかった場合のアカゲザルの血漿中ウイルス量を示すグラフである。
【0010】
【図2】図2は、SIV感染後に投与した標準の抗HIV薬であるPMPA治療のみを行った場合のアカゲザルの血漿中ウイルス量を示すグラフである。
【0011】
【図3】図3は、SIV感染後にPMPA治療終了直前よりワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与した場合のアカゲザルの血漿中ウイルス量を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
発明の詳細な説明
本発明のプロトコールの概要を述べると、既承認の抗HIV薬投与によるHIVの複製に対する抑制作用を、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出物を投与することで維持できるということである。既承認の抗HIV薬は様々な副作用やその他の問題を生じることが
あり、長期間継続して投与しない方がよい。これに対し、本発明では、具体的に説明すると、既承認の抗HIV薬によるHIV複製の抑制作用はウイルス量が低下した段階で、ワクシニアウイルス接種炎症皮膚組織抽出物を一定期間投与することにより、抗HIV薬の投与を中
止した後もその効果を維持できる。また、該抽出物は、(1)少なくとも1種の抗HIV薬
を投与することにより、患者の血中HIV量を低下させた後、又は、(2)少なくとも1種
の抗HIV薬を投与することにより、血漿HIV−RNA量を低下させた後に投与する。
【0013】
本発明で使用する抽出物は、現在使用されている抗HIV薬に見られる副作用等の問題点がない安全な医薬である。従って、本発明のHIV感染症の治療方法は、エイズ等のHIV感染症の治療に伴う患者のQOLの低下、経済的負担、治療薬による強い副作用や薬剤耐性菌の出現等の上述した問題を軽減する、他に取って代わるべき効果的な治療方法の形態を提供する。
【0014】
本発明に用いる抽出物は、ワクシニアウイルスを接種した炎症組織において産生される非蛋白性の生体機能調製物質を含むものである。ワクシニアウイルスを接種した炎症組織において産生される生理活性物質、該物質を病態組織から抽出する方法並びにそれらの薬理活性などについては種々報告されている。該抽出物、その製造法及び好ましい投与量については上述した特許公報で開示されており、参考として、該抽出物、その有効成分、製造法及び投与量について、米国特許第5,013,558号明細書、5,560,935号明細書、6,051,613号明細書及び6,165,515号明細書で開示されている。
【0015】
本発明を具体的に説明すると、ワクシニアウイルスを接種し炎症組織を得るための動物としては、限定されないが、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、ラット、マウス、モルモット、ハムスター、ブタ、ニワトリ等を用いることができる。
【0016】
本発明の動物組織としては、ワクシニアウイルスに感染したヒトあるいは動物由来の培養組織、培養細胞もしくは炎症組織、又はウイルス感染した孵化卵の漿尿膜炎症組織が用いられる。その様な利用される培養細胞の例として、様々な組織(例:ヒトの血球及び胎盤)や、上述した動物及び胎仔の腎臓、皮膚、睾丸、肺、筋肉、副腎、甲状腺、脳、神経細胞、及び血球など様々な組織の培養細胞が挙げられる。好ましい炎症組織の具体例としては、ウサギの発痘皮膚組織が挙げられる。
【0017】
本発明で用いられるワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出物の市販医薬製剤は、医療薬日本医薬品集〔2004(第27版)、日本医薬情報センター編、株式会社じほう発行〕の2499-2501頁に記載されている。そこに記載されているように、この製剤はワクシニ
アウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出分離した非蛋白性の活性物質を含有する薬剤であり、腰痛症、頸肩腕症候群、症候性神経痛、肩関節周囲炎、変形性関節症、皮膚疾患(湿疹、皮膚炎、じんま疹)に伴う掻痒、アレルギー性鼻炎、スモン後遺症状の冷感・異常知覚・痛み、帯状疱疹後神経痛等に対する適応が認められており、皮下、筋注、静注用の注射剤並びに錠剤が医療用医薬品として製造承認を受けて市販されている。この医薬製剤は日本で入手可能であり、「ノイロトロピン」という商品名である。
【0018】
本発明の治療方法に用いるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物は、ワクシニアウイルスを接種して発痘した炎症組織を破砕し、抽出溶媒を加えて組織片を除去した後、除蛋白処理を行い、これを吸着剤に吸着させ、次いで有効成分を溶出することによって得ることができる。
ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物は、例えば、以下の工程で製造される。
(a)ワクシニアウイルスを接種し発痘させた皮膚組織等を採取し、発痘組織を破砕し、
水、フェノール水、生理食塩液またはフェノール加グリセリン水等の抽出溶媒を加えた後、濾過または遠心分離することによって抽出液(濾液または上清)を得る。
(b)前記抽出液を酸性のpHに調整して加熱し、除蛋白処理する。次いで除蛋白した溶
液をアルカリ性に調整して加熱した後に濾過または遠心分離する。
(c)得られた濾液または上清を酸性とし活性炭、カオリン等の吸着剤に吸着させる。
(d)前記吸着剤に水等の抽出溶媒を加え、アルカリ性のpHに調整し、吸着成分を溶出
することによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を得ることができる。その後、所望に応じて、適宜溶出液を減圧下に蒸発乾固または凍結乾燥することによって乾固物とすることもできる。
【0019】
これら炎症組織を採取して破砕し、その1乃至5倍量の抽出溶媒を加えて乳化懸濁液とする。抽出溶媒としては、蒸留水、生理食塩水、弱酸性乃至弱塩基性の緩衝液などを用いることができ、グリセリン等の安定化剤、フェノール等の殺菌・防腐剤、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム等の塩類などを適宜添加してもよい。この時、凍結融解、超音波、細胞膜溶解酵素又は界面活性剤等の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることもできる。
【0020】
得られた乳状抽出液を濾過又は遠心分離等によって組織片を除去した後、除蛋白処理を行う。除蛋白操作は、通常行われている公知の方法により実施でき、加熱処理、蛋白質変性剤、例えば、酸、塩基、尿素、グアニジン、アセトン等の有機溶媒などによる処理、等電点沈澱、塩析等の方法を適用することができる。次いで、例えば、濾紙(セルロース、ニトロセルロース等)、グラスフィルター、セライト、ザイツ濾過板等を用いた濾過、限外濾過、遠心分離などにより析出してきた不溶蛋白質を除去する。
【0021】
こうして得られた有効成分含有抽出液を、塩酸、硫酸、臭化水素酸等の酸を用いて酸性、好ましくはpH3.5乃至5.5に調整し、吸着剤への吸着操作を行う。吸着剤としては、活性炭、カオリン等を挙げることができ、抽出液中に吸着剤を添加し撹拌するか、抽出液を吸着剤充填カラムに通過させて、該吸着剤に有効成分を吸着させることができる。抽出液中に吸着剤を添加した場合には、濾過や遠心分離等によって溶液を除去して、有効成分を吸着させた吸着剤を得ることができる。
【0022】
吸着剤より有効成分を溶出(脱離)させるには、前記吸着剤に溶出溶媒を加え、室温又は適宜加熱して或いは撹拌して溶出し、濾過や遠心分離等の通常の方法で吸着剤を除去して達成できる。溶出溶媒としては、塩基性の溶媒、例えば塩基性のpHに調整した水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等又はこれらの適当な混合溶液を用いることができ、好ましくはpH9乃至12に調整した水を使用することができる。
【0023】
このようにして得られた抽出物(溶出液)は、製剤用原体や医薬品製剤として好ましい形態に適宜調製することができる。例えば、溶液のpHを中性付近に調整して製剤用原体とすることもでき、また濃縮・希釈によって所望の濃度に合せることもできる。さらに注射用製剤として塩化ナトリウムを加えて生理食塩液と等張の溶液に調製することもできる。また、これら溶液を濃縮乾固又は凍結乾燥することによって、錠剤等の原料として利用できる固形物の形態に調製してもよい。
【0024】
患者への投与方法としては、経口投与の他に皮下、筋肉内、静脈内投与等が挙げられ、用いられる投与量はワクシニアウイルス接種炎症組織の抽出方法の種類によって決められるが、市販製剤で認められている投与量は、医療薬日本医薬品集(2499頁)によれば、基本的には内服では1日16NU、注射剤では1日3.6乃至7.2NUを投与するよう医療用医薬品としては示されている。しかしながら、投与量もしくは薬学的に有効な量は疾患の種類、重傷度、患者の個人差、投与方法、投与期間等によって適宜増減可能である(NU:ノイロトロピン単位)。ノイロトロピン単位とは、疼痛閾値が正常動物より低下した慢性ストレス動物であるSARTストレスマウスを用い、Randall-Selitto変法に準じ
て試験を行い、鎮痛効力のED50値をもって規定する。1NUはED50値が100 mg/kgであるときのノイロトロピン製剤の鎮痛活性含有成分1mgを示す活性である。
【0025】
本発明の治療方法に用いる抗HIV薬としては、ウイルスの複製を阻害して血中のHIV量を低下させる抗ウイルス剤であれば如何なる薬剤も使用でき、アバカビル(ABC)、ジダノシン(ddI)、エムトリシタビン(FTC)、ラミブジン(3TC)、スタブジン(d4T)、テノホビル(TDF)、ザルシタビン(ddC)、ジドブジン(AZT)等の核酸系逆転写酵素阻害剤(ヌクレオシド/ヌクレオチド逆転写酵素阻害剤)、デラビルジン(DLV)、エファビレンツ(EFV)、ネビラピン(NVP)等の非核酸系逆転写酵素阻害剤(非ヌクレオシド逆転写酵素阻害剤)、アンプレナビル(APV)、アタザナビル(ATV)、インジナビル(IDV)、リトナビル(RTV)、ロピナビル/リトナビル(LPV/RTV)、ネルフィナビル(NFV)、サキナビル(SQV)等のプロテアーゼ阻害剤、エンフュービルタイド(T20)等の膜融合阻害剤が米国で既承認の通常の抗レトロウイルス薬として挙げられる。これらの薬剤を組み合わせて使用することが好ましいが、本発明の方法は特に制限されるものではなく、該抗HIV薬の投与量もしくは薬学的に有効な量、投与経路、投与回数等についても、推奨条件に応じて適宜決定することができる。
【0026】
抗HIV薬及びワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物はそれぞれ、HIV感染症治療の必要性に応じて、哺乳類等のヒトもしくは動物を治療するのに薬学的に有効な量を使用できる。
【0027】
以下に、特に限定する例ではないが、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の製造方法及び薬理学的試験について説明する。全体を通して、特記しない限り、パーセント及び割合は重量によるもので、温度は全て摂氏表示し、全ての反応はほぼ常圧、室温で行う。なお、以下の実施例2及び3では、最後の工程において減圧乾固を施しているがこれは錠剤化のためであって必須ではない。薬理試験結果において、HIV感染症の治療方法であるレトロウイルス増殖抑制作用の持続効果について示す。
【実施例】
【0028】
実施例1
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを接種し、発痘した皮膚を剥出し、これを破砕してフェノール水を加えた。次いでこれを加圧濾過し、得られた濾液を塩酸でpH5に調整した後、90〜100℃で30分間加熱処理した。濾過して除蛋白した後、水酸化ナトリウムでpH9とし、さらに90〜100℃で15分間加熱処理した後濾過した。濾
液を塩酸で約pH4に調整し、2%の活性炭を加えて2時間撹拌した後、遠心分離した。採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH10とし、60℃で1.5時間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加え、水酸化ナトリウムでpH11とし、60℃で1.5時間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。両上清を合せて、塩酸で中和し、ワクシニアウイルス接種家兔炎症皮膚抽出液を得た。以下の薬理試験では実験に適した濃度に適宜調整して使用した。
【0029】
実施例2
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを接種し感染させた後、発痘した皮膚を無菌的に剥出しこれを細切した後フェノール加グリセリン水を加え、ホモゲナイザーで磨砕し乳状とした。次いでこれを濾過し、得た濾液を塩酸でpH4.8乃至5.5に調整した後、流通蒸気下100℃で加熱処理し濾過した。濾液をさらにザイツ濾過器で濾過して、水酸化ナトリウムでpH9.2とし、さらに100℃で加熱処理した後濾過した。濾液を塩酸でpH4.5とし、1.5%の活性炭を加えて1乃至5時間撹拌した後濾過した。濾取した活性炭に水を加え水酸化ナトリウムでpH9.4乃至10に調整し、3乃至5時間撹拌した後、濾過した。得られた濾液を塩酸で中和し、減圧乾固した。
【0030】
実施例3
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを接種し、組織を活性化させるか、又はストレスを与えた後、活性化した皮膚を無菌的に剥出し、これを細切して水を加え、ホモゲナイザーで磨砕し乳状物とした。次いでこれを加圧濾過し、得られた濾液を塩酸でpH5.0に調整した後、流通蒸気下100℃で加熱処理した。濾過して除蛋白した後、水酸化ナトリウムでpH9.1とし、さらに100℃で加熱処理した後濾過した。濾液を塩酸でpH4.1に調整し、活性炭2%を加えて撹拌した後濾過し、濾液及び活性炭(1番目)を濾取した。濾液は更に活性炭5.5%を加えて2時間攪拌した後濾過し活性炭(2番目)濾取した。最初に濾取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.9とし、60℃で1.5時間撹拌した後濾過した。最初の活性炭及び次の活性炭のそれぞれに水を加え、水酸化ナトリウムでpH10.9とし、60℃で1.5時間撹拌した後濾過した。得られた濾液を合わせ塩酸で中和した後、分子量100の膜を用いた電気透析法で脱塩処理を行い、減圧下に乾固した。
【0031】
実施例4:薬理試験
本発明のHIV感染症の治療方法、即ち抗レトロウイルス作用に関する相関的な薬理試験を行った。具体的には、サル免疫不全ウイルス(SIV:simian immunodeficiency virus)感染サルにおいて、標準的な1周期28日間の抗レトロウイルス剤による治療後に
見受けられるウイルス量のリバウンドに対して、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の有効性を検討する目的で試験を実施した。
【0032】
本薬理試験ではインド原産のアカゲザル(Macacca mulatta)を1群4匹とした3群を試験に供した。グループ1は、SIV感染後、抗レトロウイルス剤による治療を行わない群(ウイルス対照群)で、グループ2は、抗レトロウイルス剤の1周期28日間の連日投与を行った群(PMPA対照群)で、グループ3は、グループ2と同様に抗レトロウイルス剤の1周期28日間の連日投与を行った後、さらにワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与した群(抽出物群)である。各群に対する試験を以下の要領で実施した。
【0033】
(1)ウイルス感染〈全グループ〉
培養3日目のアカゲザルPHA刺激リンパ芽球細胞を用いてSIVmac239の単一な大バッチを増殖させた。培養上清を超遠心にかけ、得られたウイルス粒子をショ糖密度勾配遠心で精製した後、沈殿として回収した。この沈殿したウイルス粒子をPBS(リン酸緩衝食塩水)1.0mLに懸濁し、ウイルス保存液とした。ウイルス量の測定及び増殖可能なウイルスの力価
検定も実施した。
【0034】
次に、保存液のウイルスを1.0mL中約200AID50(1AID50は50%の動物が感染するウイル
ス量)となるように希釈し、それぞれのグループの各動物に1.0mL静注し、SIV感染を
行った。
【0035】
(2)ウイルス量セットポイントの決定〈全グループ〉
SIV感染後、0、7、14、21、28、42及び56日後に約1mLの採血を行い、
リアルタイム−PCR法によりウイルス量を測定した。1mL当たりのウイルスコピー数を
記録し、初めのウイルス接種からウイルス量が上昇し、プラトー(定常期)に到達した時の値をセットポイントと決定した。
【0036】
(3)PMPA療法〈グループ2及び3〉
PMPA(9-R-(2-phosphorylmethoxypropyl)adenine)はSIV感染したヒト以外の霊長類に対する抗レトロウイルス化学療法の標準薬である。グループ2(PMPA対照群)及びグループ3(抽出物群)に対して、PMPA30mg/kgを、ウイルス量がセットポイン
トに到達した直後から28日間連日皮下投与し、血漿中ウイルス量を測定した。尚、PMPAを用量30mg/kgで28日間投与することは、血漿中及び細胞中ウイルス量をほぼ検出限界
以下に下げるのに効果的な用法であることを事前に確認し決定した。
【0037】
(4)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物投与〈グループ3〉
グループ3(抽出物群)に対して、上記実施例1で得られたワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与し、抗レトロウイルス剤治療後のプラズマウイルス血症レベルに対する効果を検討した。ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物は適切な濃度に希釈後、60℃で20分間超音波処理し、0.45μmのフィルターを通してから、PMPA療法の終了2日前
より3.3NU/kgで60日間皮下投与し、血漿中ウイルス量を連続して測定した。
【0038】
(5)感染試験実施前における各動物の反応性評価
上記薬理試験の実施前にアカゲザルの血液を採取し、末梢血単核球(PBMC)を分離・培養して、PBMCの増殖を最大限に誘引するPHA(phytohemagglutinin)の至適濃度を求めた
。至適濃度の20%の濃度のPHAを用い、種々の濃度のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下にてPBMCの増殖試験を実施し、培養液上清中のケモカイン(RANTES、MIP-1α
及びMIP-1β)の濃度を測定した。例えば、RANTESの産生量は、10〜50mNUのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下において、PHAの至適濃度使用時(上記抽出物の非存
在下)の産生量を越えるサルが4匹中2匹に認められた。また、MIP-1βについても、RANTESほど顕著ではないが、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下の培養におい
て、産生上昇が認められた。
【0039】
(6)結果
上記試験方法に従って実施した各グループにおけるSIV感染後の血漿中ウイルス量を表すグラフを図1〜3において各サルごとに示す。
【0040】
SIV感染後の血漿中ウイルス量はピーク時100,000個コピー/mLから1,000,000個コピ
ー/mLとなり、感染6〜8週間後にウイルス量はセットポイントに到達した。この時点で何
も治療を施さないグループ1(ウイルス対照群)のウイルス量はセットポントを維持したままであるが(図1)、PMPA治療により28日以内にグループ2(PMPA対照群)及びグループ3(抽出物群)の血漿ウイルス量は100個コピー/mLから1,000個コピー/mLにまで下げられた。
【0041】
その後、PMPA療法を中止しさらなる治療を続けなかったグループ2(PMPA対照
群)については、中止直後にウイルス量の明確なリバウンドが見られた(図2)のに対し、PMPA療法中止直前よりワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与したグループ3(抽出物群)については、その投与を60日間だけで中止した後も長期間にわたりウイルス量の抑制を維持できた(図3)。
【0042】
また、上記サルの保存血漿中のRANTESやMIP-1β等のケモカインの量を測定した結果と
感染試験の上記結果を比較検討した。その結果、著明なウイルス抑制作用を示した動物群では、ウイルス抑制時に血漿中のケモカインの上昇が見られた。特に、RANTESでは明確な相関関係が認められたので、RANTESの上昇がウイルスの抑制に関与していることが考えられた。感染試験実施前における各動物のケモカインへの反応性評価では、動物のケモカインの産生に個体差があったので、たとえば治療前に患者のPBMCを採取し、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下における培養試験を行い、RANTES等のケモカインの産生量を増強させる能力を調べることによって、本治療方法の有効性を事前に評価可能であることが示唆された。このような方法で、該抽出物を用いた治療の有効性をHIV感染症の治療を必要とする患者を治療する前に評価してもよいし、また、HIV感染症の治療を必要とする患者を該抽出物を用いた治療の有効性で選別してもよい。
【0043】
上記の薬理試験結果より明らかなように、本発明のHIV感染症の治療方法は、抗HIV薬の投与によってウイルス量が低下した段階でワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を一定期間投与することにより、すなわち、抗HIV薬を28日間連日投与するだけで、HIVの複製に対する抑制作用を維持できることが示された。既存の抗HIV薬は長期間使用するほど、強い副作用や薬剤耐性菌の出現等の他に、患者のQOLの低下や経済的負担といった様々な問題を生じてくるものである。
【0044】
従って、既存の抗HIV薬に見られる副作用等の問題点がない安全な医薬のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用することで、抗HIV薬のHIV増殖抑制効果を短期間の投与で維持できるため、本発明のHIV感染症の治療方法は、上述のような問題を解決するのに非常に有用性の高い補助的療法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HIV感染症の治療を必要とする患者に少なくとも1種の抗HIV薬を投与し、その少なくとも1種の抗HIV薬の投与後にワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を該患者に投与することを特徴とするHIV感染症の治療方法。
【請求項2】
少なくとも1種の抗HIV薬が、核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、及び膜融合阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
少なくとも1種の抗HIV薬が、逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
逆転写酵素阻害剤が、アバカビル(ABC),ジダノシン(ddI)、エムトリシタビン(FTC)
、ラミブジン(3TC)、スタブジン(d4T)、テノホビル(TDF)、ザルシタビン(ddC)、ジドブジン(AZT)、デラビルジン(DLV)、エファビレンツ(RFV)及びネビラピン(NVP)からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
炎症組織がウサギの皮膚組織であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
少なくとも1種の抗HIV薬を投与して、患者の血中HIV量を低下させることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項7】
少なくとも1種の抗HIV薬を投与して、血漿HIV−RNA量を検出限界未満まで低下させることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項8】
少なくとも1種の抗HIV薬の投与を中止し、抽出物によりHIV複製に対する抑制作用を維持することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項9】
HIV感染症の治療を必要とする患者に、血中HIV量を少なくとも1種の抗HIV薬を投与して低下させた後、若しくは、血漿HIV−RNA量を少なくとも1種の抗HIV薬を投与して低下させた後、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与することを特徴とするHIV感染症の治療方法。
【請求項10】
HIV感染症の治療を必要とする患者に、少なくとも1種の抗HIV薬を投与して血漿HIV−RNA量を低下させた後、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与することを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項11】
炎症組織がウサギの皮膚組織であることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項12】
少なくとも1種の抗HIV薬が、逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項13】
炎症組織がウサギの皮膚組織であることを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項14】
少なくとも1種の抗HIV薬が、逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項15】
少なくとも1種の抗HIV薬が、アバカビル(ABC),ジダノシン(ddI)、エムトリシタビン(FTC)、ラミブジン(3TC)、スタブジン(d4T)、テノホビル(TDF)、ザルシタビン
(ddC)、ジドブジン(AZT)、デラビルジン(DLV)、エファビレンツ(RFV)、ネビラピン(NVP)、アンプレナビル(APV)、アタザナビル(ATV)、インジナビル(IDV)、リトナビル(RTV)、ロピナビル・リトナビル(LPV/RTV)、ネルフィナビル(NFV)、サキナ
ビル(SQV)及びエンフュービルタイド(T20)からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項16】
少なくとも1種の薬学的に有効な量の抗HIV薬を投与して、患者の血中HIV量若しくは
血漿HIV−RNA量を低下させ、さらに、前述の血中HIV量若しくは血漿HIV−RNA量が低下している間にワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与することを特徴とするHIV感染症の治療方法。
【請求項17】
前記の少なくとも1種の抗HIV薬による治療中及び治療後に、前記抽出物を投与することを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項18】
前記の少なくとも1種の抗HIV薬による治療が終了する直前に、前記抽出物の投与を開始することを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項19】
前記の少なくとも1種の抗HIV薬による治療の終了後、前記抽出物の投与を開始することを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項20】
少なくとも1種の抗HIV薬を投与して、血漿HIV−RNA量を検出限界未満まで低下した時に前記抽出物の投与を開始し、かつ、炎症組織がウサギの皮膚組織であり、抗HIV薬が逆転写酵素阻害剤であることを特徴とする請求項16記載の方法。
【請求項21】
HIV感染症の治療の前に、その治療を必要とする患者の末梢血単核球を採取し、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下で培養することを特徴とする請求項1乃至20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
上記抽出物の非存在下でのRANTESの産生量と比較して、上記培養ではRANTESの産生量の上昇が示されることを特徴とする請求項21に記載の方法。
【請求項23】
上記抽出物の非存在下でのMIP-1βの産生量と比較して、上記培養ではMIP-1βの産生量の上昇が示されることを特徴とする請求項21に記載の方法。
【請求項24】
HIV感染症の治療を必要とする患者の治療前に末梢血単核球を採取し、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下及び非存在下で培養する時、上記抽出物の非存在下と比較して上記抽出物の存在下ではケモカインの産生量の上昇が示される場合に、請求項1乃至20のいずれかに記載の抗HIV薬を少なくとも1種投与した後に上記抽出物を患者に投与することを特徴とする、HIV感染症の治療の有効性を確認するための方法。
【請求項25】
ケモカインがRANTES又はMIP-1であることを特徴とする請求項24に記載の方法。
【請求項26】
HIV感染症の治療を必要とする患者の治療前に末梢血単核球を採取し、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の存在下及び非存在下で培養する時、上記抽出物の非存在下と比較して上記抽出物の存在下ではケモカインの産生量の上昇が示される場合に、請求項1乃至20のいずれかに記載の抗HIV薬を少なくとも1種投与した後に上記抽出物を患者に投与することを特徴とする、HIV感染症の治療の有効性で患者を選別するための方法。
【請求項27】
ケモカインがRANTES又はMIP-1であることを特徴とする請求項26に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2008−524234(P2008−524234A)
【公表日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−546879(P2007−546879)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【国際出願番号】PCT/US2005/045338
【国際公開番号】WO2006/065947
【国際公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【出願人】(000231796)日本臓器製薬株式会社 (23)
【Fターム(参考)】