説明

HIV特異的CTLを誘導し得るペプチド及び該ペプチドを含む抗AIDS予防・治療剤

【課題】HIVに対する特異的CTLを誘導し得うるペプチド、前記ペプチドをコードするDNAおよび前記ペプチドを含む抗AIDS予防・治療剤を提供する。
【解決手段】本発明により、HIV PolまたはEnvタンパク質由来の新規なCTLエピトープを有するペプチドが提供される。これらのペプチドはLHA-A11抗原、特に日本人に多いLHA-A*1101抗原に結合し、HIV特異的細胞障害性T細胞を誘導し得るものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus、以下「HIV」と略称する)タンパクの一部領域のアミノ酸配列をもち、HIVに対する免疫応答を誘導できるペプチド及び該ペプチドを含む抗AIDS予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
後天的免疫不全症候群(以下「AIDS」と略称する)はHIVの感染によって生じる病気である。この疾患を治療する薬剤の研究は活発に行われており、アジドチミジン(以下「AZT」と略称する)、ジデオキシイノシン(以下「DDI」と略称する)などの薬剤が実用に用いられているが、効果や副作用の点で問題があり、HIVの感染によって生じる病気を完全に治療することができる薬剤は未だに発見されておらず、その見通しも立っていない。一方、HIV感染予防とAIDS発症の抑制手段としてHIVに対する免疫抵抗力を増強させるワクチンもこの病気の急速な世界的広がりを抑制できる切り札として期待され広く研究が進められている。現在までに種々のタイプのワクチンが考案され、一部のものは臨床試験に入っている。
【0003】
これまでに報告されているワクチンとしては以下のようなものが代表的である。
i)不活化または弱毒化ウィルス粒子を用いるワクチン:HIVの病原性に関与する遺伝子を変異欠損させる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 1434,(1987))、HIVと共通抗原性を持つサルなどの類縁ウイルスを用いるアプローチ(Science,232, 238,(1987))が考えられるが、潜在的危険性から容易には実用化できない。
ii) ウイルスの一部の抗原タンパクを用いるサブユニットワクチン:ウイルス粒子のうちの一部の抗原性タンパクのみを遺伝子組換え法などで生産し免疫原として用いるというアプローチ(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 6924,(1987)、Ann. Int. Med., 114,119,(1991)、Nature, 355,728,(1992))。最も広く試みられており、臨床試験例も多い。しかしながら中和抗体価が上がらなかったり、抗体価の持続性など克服すべき問題点が多い。またこのアプローチでは抗体産生など体液性免疫の増強には効果があると考えられるが、感染細胞を殺す細胞性免疫の活性化にはつながりにくく、HIVの感染様式から考えてこのアプローチのみの感染予防への効果は必ずしも期待できない。
iii)ワクシニアウィルスやBCG菌などの組換え生ワクチン:ヒトの細胞内で増殖可能なワクシニアウイルス(Nature, 332,728,(1988))やBCG菌(Nature, 351,479,(1991))の遺伝子にHIV由来の一部遺伝子配列を組み込み発現させる方法で、理論的には細胞性免疫増強効果が期待できる。しかし、免疫力の低下した患者では通常無害なワクシニアウイルスなどでも重篤な感染がおこったりする可能性(Lancet 337,1034,(1991))と、少なくとも今までに作られたワクシニアの組換え生ワクチンでは充分な免疫応答を起こしていない等の問題がある。
iv)抗イディオタイプ抗体:ウイルス抗原のかわりに抗イディオタイプ抗体を免疫原として用いる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89,2546,(1992))が報告されている。
v)合成ペプチドワクチン:中和抗体の決定領域のペプチド配列を化学合成したものなどが検討されている。
【0004】
上に述べたこれらのワクチンは主として中和抗体を誘導する液性免疫増強型のものであるが、HIVがフリーのウイルス粒子としてよりも感染細胞と非感染細胞との融合によって伝播しやすいということから中和抗体による液性免疫よりも感染細胞を障害する細胞障害性T細胞(以下「CTL」と省略する)による細胞免疫が感染防御に重要と考えられる。実際、HIV感染の機会にさらされながら感染が成立しなかった患者について調べてみると、HIV特異的CTLが検出されることが報告されている(J Clin. Invest., 93, 1293,(1994), Nature, Med., 1, 59, (1995))。また、変異型CTLエピトープを有するHIVはCTLの攻撃から逃れることが報告されており(Nature Med., 3, 205,(1997))、HIVに慢性感染した患者がAIDSを発症するのはそのような変異型エピトープを有するHIVが出現してくることによるものとされている(Nature Med., 3, 212, (1997))。従って、早期のCTL誘導が感染予防に重要である。
ウイルス由来タンパク質などの抗原は細胞内部で短いペプチド断片にプロセッシングされ、主要組織適合性抗原複合体(以下「MHC」と略称する)と結合した形で細胞表面に提示される。CTLは細胞表面に発現されるクラスIMHC抗原によって抗原提示されたエピトープペプチドを認識して標的細胞を攻撃する。より詳しくは、CTLは標的細胞上のMHC分子の溝に結合したプロッセシングされた抗原断片とMHC分子の一部を同時に認識してこれを有する細胞を攻撃する。すなわち、CTLの抗原認識は細胞表面上のMHCに強く依存しており、このような抗原認識をMHC拘束と呼ぶ。特定のMHCクラスI抗原に結合して抗原提示されるエピトープペプチドは9アミノ酸長程度のペプチドであってそのアミノ酸配列には一定の法則性(モチーフ)があることが知られている(Nature, 351,290,(1991)、Eur. J. Immunol.,22,2453,(1992)、Nature,353,326,(1991)、Nature, 360,434,(1992)、Immunogenetics, 38,161,(1993))。
【0005】
本発明者等はこれらの知見を基にHIV-1が感染した細胞を特異的に障害するCTLペプチドを探索し、ヒトのクラスIMHCであるクラスIヒト白血球抗原(以下「HLA」と略称する)のうちHLA-B35、HLA-B51、HLA-A31に結合してHIV-1特異的CTLを誘導し得るペプチドを明らかにしている(WO95/11255)。これらのペプチドは、それぞれのHLAアロ抗原タイプ拘束性のHIV-1特異的CTLを誘導した。
HLA遺伝子は極めて多型性に富む遺伝子であるため、HLAクラスI抗原に結合するペプチドも、一定の法則性に従うものの、多型性に富むものである。このことは、HIV感染の予防・治療に効果を有するペプチドがその効力に関して個体間、民族集団間などで相違する可能性を示唆する。従って、このようなペプチドを利用したHIV感染の予防・治療においては、既に得られているペプチド群の他に、更に他のHLA拘束性のCTLを誘導し得るペプチドセットが望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はHIV-1に対する特異的CTLを誘導できるペプチドを提供することを目的とする。特にHLA-A*1101拘束性のHIV-1特異的CTLを誘導するペプチドを提供することを目的とする。
また、本発明は上記ペプチドをコードするDNAを提供することを目的とする。
更に本発明は上記ペプチドを含む抗AIDS予防・治療剤を提供することを目的とする。
本発明はまたHIV-1ワクチン開発、特にアジアにおけるワクチン開発に有用なペプチドを提供することも目的とする。HIVワクチン開発の大きな問題点はHIVが容易に変異を起こして宿主免疫を逃れる点にある。すなわち、免疫原として一つのエピトープのみを担ったワクチンはやがて効力を失う可能性が大である。本発明は、同時に使用し得る、免疫原として有効な複数のエピトープペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のペプチドは、HLA-A*1101クラスI抗原に結合し、HIV-1感染細胞を標的とするHLA-A*1101拘束性CTLを誘導し得るペプチドである。また、本発明のDNAは前記ペプチドをコードするDNAである。
本発明者等は、すでに述べたようにHLA-B*3501、HLA-B*5101、HLA-A*3101クラスI抗原に結合し得るペプチドをこれまでに明らかにした(WO95/11255)。HLAは民族あるいは個体間で極めて多型性に富む分子であるが、本発明のペプチドはいずれもアジア人、特に日本人に多いHLA-A11分子(HLA-A*1101)(Clayton J, Lonjon C, Whittle D: Allele and haplotype frequencies for HLA loci in various ethnic group: HLA volume I Genetic diversity of HLA functional and medical implication: Charron D. Paris編集:EDK Medical and Scientific International Publisher; 1997;665-820)に結合し得るHIV-1 PolまたはEnv由来のペプチドであることを特徴とする。本発明のペプチドおよび本発明のDNAによってコードされるペプチドは、HIV-1 Polタンパク質またはEnvタンパク質の断片であって、アミノ酸配列QIYAGIKVK(配列番号1)、SVITQACPK(配列番号2)、QIIEELIKK(配列番号3)、QIIEKLIEK(配列番号4)、ACQGVGGPSHK(配列番号5)、AFDLSFFLK(配列番号6)および、ALDLSHFLK(配列番号7)、のいずれかを有し、HLA-A*1101結合モチーフを有し、実際にHLA-A*1101に結合し、かつ、HIV-1感染細胞に対するHLA-A*1101拘束特異的CTLを誘導し得るペプチドである。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、HIV-1タンパク質の新たな7つのエピトープが提供され、HLA-A11拘束性CTLを誘導するワクチン開発のための強力な更なる手段が提供される。本発明のペプチドはアジア人、特に日本人に多く見られるHLA-A11に拘束される、HIV-1タンパク質に特異的なCTLを誘導できるため、アジアにおけるAIDS研究の基礎およびHIV-1ワクチン開発のための極めて重要な手段を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、HLA-A*1101拘束HIV-1特異的CTLエピトープのCTLクローンによる認識の程度を示したものである。図中、黒塗り記号はC1R-A*1101細胞を、白抜き記号はC1R細胞を表す。データはエフェクター:標的=2:1のものである。各ペプチドに関してそれぞれ2系統ずつCTLクローンを用いた。●及び○はSF2-Pol424-9-27CTLクローンを表す。▲および△はSF2-Pol424-9-34 CTLクローンを表す。
【図2】図2はHIV-1のPolタンパク質を発現している組換えワクシニアウイルスに感染させた標的細胞に対するCTL活性を示したものである。斜線棒グラフはHIV-1のPolタンパク質を発現している組換えワクシニアウイルスに感染したC1R-A*1101に対する特異的溶解のパーセントを示す。白抜きの棒グラフは野生型ワクシニアウイルスに感染したC1R-A*1101に対する特異的細胞溶解のパーセントを示す。
【図3】図3は、HIV-1のEnvタンパク質を発現している組換えワクシニアウイルスに感染させた標的細胞に対するCTL活性を示したものである。図3Aおよび図3Bにおいて棒グラフは上から、それぞれ、Envタンパク質を発現しているワクシニアウイルスに感染したC1R-A*1101、野生型ワクシニアウイルスに感染したC1R-A*1101、Envタンパク質を発現しているワクシニアウイルスに感染したC1R、野生型ワクシニアウイルスに感染したC1R、SF2-Env202-9でパルスしたC1R-A*1101、SF2-Env202-9でパルスしたC1Rに対する特異的細胞溶解のパーセントを表す。ペプチド濃度は10-6Mとした。
【発明を実施するための形態】
【0010】
HIVの全タンパク質は、例えば、Nature Vol.313, p277-283(1985) やProc. Natl., Acad. Sci. USA Vol. 83, p2209-2213(1986) などに記載されている。本発明のペプチドは、HIVタンパク質の断片であって、さらに、HLA-A*1101結合モチーフを有し、実際にHLAに結合する。ここで、HLA-A*1101結合モチーフとしては8〜12個のアミノ酸からなり、2番目のアミノ酸がVal、Ile、Thr、Leu、Tyr、CysまたはPheから選ばれるアミノ酸であり、C-末端アミノ酸がLysであるペプチドが挙げられる。このようなペプチドはペプチド合成機などによって合成することができる。HLA-A*1101結合モチーフを有する本発明のペプチドが実際にHLA-A*1101に結合することはHLA-A*1101を発現している細胞を用いて確認することができる。このような細胞としては、HLA-A*1101を発現しているC1R細胞またはRMA-S細胞を利用することができる。
【0011】
本発明においては、合成したHIV-1 由来ペプチドが実際に患者の末梢血リンパ球(PBL)を刺激して細胞障害性T細胞(CTL)を誘導し得ることが確認される。このような方法で、上記HIV-1 Polタンパク質の断片であって、アミノ酸配列QIYAGIKVK(配列番号1)、SVITQACPK(配列番号2)、QIIEELIKK(配列番号3)、QIIEKLIEK(配列番号4)、ACQGVGGPSHK(配列番号5)、AFDLSFFLK(配列番号6)および、ALDLSHFLK(配列番号7)を有するペプチドが得られた。本発明のペプチドはペプチド合成機によって合成することもでき、あるいは、例えば配列番号1〜7のいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドをコードするDNAを適切なベクター-宿主細胞系で発現させることによって調製することもできる。この場合、使用する宿主細胞によりコドン使用頻度が異なることがあるため、各細胞において好まれるコドンを使用することができる。また、そのようなDNAにストリンジェントな条件でハイブリダイズし、HLA-A11抗原分子に結合してHIV感染細胞を標的とする細胞障害性T細胞を誘導し得るペプチドをコードするDNAも利用することができる。ここでストリンジェントな条件とは、例えば温度および塩濃度について言えば、融解温度Tm(Tm=81.5℃+log10[Na+]+0.41(G+C含量%)−(600/塩基長))よりも20〜25℃低い温度、2xSSC(20xSSC:水1L中NaC175.3g、クエン酸ナトリウム88.2g、pH7.0)でアニーリングを行い、Tmよりも12〜20℃低い温度、0.1xSSCの塩濃度で洗浄を行うような場合を言う。
このような組換えDNA技術を用いたDNA断片の単離、ベクターの構築、形質転換方法、ペプチドの製造法、およびCTL活性の測定法等は当業者によく知られたものである。
本発明のペプチドはT細胞エピトープとしてHIV-1特異的CTLを誘導することができるので、ワクチンとして非常に有用である。ワクチンとしては、ペプチド溶液をそのまま、あるいは生理的に共存できる補助剤と共に注射器で投与してもよく、噴霧などにより粘膜からの経皮的吸収などで投与してもよい。投与は1回0.1mg〜100mgで1回または複数回繰り返して行うことができる。また、複数のペプチドを同時に用いてもよく、単一のペプチドを使用するよりも効果的である場合がある。製剤としては凍結乾燥し、あるいは糖などの賦形剤を加えて顆粒等にしてもよく、特に制限されない。このようにして調製された本ペプチド製剤は、問題となる重篤な急性毒性は認められない。
【0012】
ワクチンに添加して免疫原性を高める補助剤としてはBCG菌などの菌体成分、Moreinらにより開発されたQuillAという樹皮から抽出したISCOM(Immunostimulating complex)(Nature, 308,457,(1984)、Nature, 344,873,(1990))、サポニン系のQS-21(J. Immunol.,148,1438,(1992))、リポソーム(J.Immunol.,148,1585,(1992))、水酸化アルミニウム(アラム)、KLH(キーホールリンペットヘモシアニン)(J. Virol.,65,489,(1991))などが利用できる。このような方法で生体内にCTLなどの免疫応答を誘導できることは上記のそれぞれの先行文献や Science, 255,333,(1992) などにも述べられている。
患者から採取した細胞または同ハプロタイプのHLAクラスI抗原をもつ細胞に試験管内で当該エピトープペプチドを与えて抗原提示させたのち患者血管中に投与して患者体内で効果的にCTLを誘導させる方法、あるいは患者末梢血リンパ球に同ペプチドを加えて試験管内で培養し、試験管内でCTLを誘導増殖させたのち患者にもどす方法も、本発明のエピトープペプチドを使うことにより有効に適用することができる。従って、配列番号1から7のうちいずれかのアミノ酸配列を有するペプチド存在下でHLA-A*1101抗原を有する末梢血リンパ球を培養して得られるCTLを抗AIDSワクチンとして用いることもできる。
実際には患者末梢血リンパ球107 から109個に本発明のペプチド0.01mgから1mg を加えて数時間から1日培養した後患者静脈中に投与するか、あるいはさらに組換えインターロイキン2を50U/mlと当該ペプチド1μg/mlを加えた培養液で数週間培地交換しながら培養を継続して試験管内でCTLを誘導してから患者静脈より注入する。培養の方法は当業者間でよく知られている通常の方法でよく、培養後は遠心分離等で培地成分を洗浄した後、生理食塩水等に培養細胞を懸濁して投与する。このような細胞注入による治療はすでに癌治療法として実施されており、当業者間ではよく知られている方法である(New Eng.J. Med., 313,4185,(1985)、Science,233,1318,(1986))。
【0013】
また本発明で明らかにされたCTLエピトープはワクシニアウイルスやBCG菌組換え生ワクチンなどでも有効に活用できる。すなわちこれらの組換え生ワクチンにおいて発現させる組換え抗原タンパク遺伝子中に配列番号1から7のうちいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドをコードするDNAを組み込んでおけば、該ペプチド配列が抗原タンパクの一部として発現したのち細胞内でプロセスされてHLA-A*1101抗原により提示され、これを認識するCTLを誘導することができる。BCG菌における外来遺伝子の発現方法は国際特許公開WO88/06626に詳しい。BCG菌組換え生ワクチンについては J.Exp.Med.,178,197,(1993)に詳しい。投与量、投与方法は通常の種痘やBCGワクチンに準じて行うことができる。急性毒性等も通常の種痘やBCGワクチンと変わるところはない。ただしワクシニアウイルスの場合AIDSが発症し、免疫能が低下している患者には重篤感染の危険性があり、治療用ワクチンとしては慎重に行う必要がある。BCGワクチンについてはこのような事例はまだない。このような方法で生体にCTLなどの免疫応答を誘導できることは Nature,332,728,(1988)やNature,351,479,(1991) などに示されている。
【実施例1】
【0014】
HLA-A*1101発現細胞の調製
HLA-A*1101を発現しているC1R細胞(C1R-A*1101)およびHLA-A*1101を発現しているRMA-S細胞(RMA-S-A*1101)は,文献記載の方法(Tissue Antigens, 52, 501-509, (1998))に従って調製した。ここで、RMA-S細胞およびC1R細胞はトランスポーター分子TAP(Transporter Associated Protein)に欠陥のある、それぞれマウス細胞株およびヒト細胞株である(Nature, 346,476,(1990))。C1R細胞およびRMA-S細胞は10%FCSを添加したRPMI1640培地で培養した。C1R-A*1101細胞およびRMA-S-A*1101細胞は10%FCSおよび0.15mg/mlのハイグロマイシンBを含むRPMI1640培地で培養した。エプスタイン-バールウイルスで形質転換した細胞株Tm-EBV(HLA-A11/A24、B52/B52、Cw7/Cw*1202)は10%FCSを添加したRPMI1640中で維持した。
特に断らない限り、遺伝子のクローニング、細胞の形質転換等は、分子生物学の分野で一般的な手法に従って行った(Sambrook, J.ら、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd ed. (1989)、Ausubel, F. M.ら、Current protocols in molecular biology、John Wiley & Sons, Inc.)。
【実施例2】
【0015】
HLA-A*1101結合HIV-1-SF2株由来ペプチドの推定
2−1.ペプチドの合成
ペプチドはマルチペプチド合成機(島津モデルPSSM-8、島津製作所)を用いて合成し、質量分光法によりその配列を確認した。以下の実施例においては90%以上の純度のペプチドを使用した。
【0016】
2−2.ペプチドのHLA-A*1101分子への結合能
HIV-1由来ペプチドのHLA-A*1101分子への結合能を文献に記載されているように(Tissue Antigens, 52, 501-509, (1998))ペプチド安定化アッセイによって調べた。
以下にペプチド安定化アッセイ法を簡単に説明する。
RMA-S細胞およびC1R細胞はトランスポーター分子TAP(Transporter Associated Protein)に欠陥のある、それぞれマウス細胞株およびヒト細胞株である。このため、37℃で培養した時には低レベルでしか細胞表面上にMHCクラスI抗原が発現しない。しかし低温(26℃)で培養するとペプチドと結合していないクラスI抗原が高レベルで細胞表面上に発現することが知られている(Nature, 346,476,(1990)) 。
RMA-S-A*1101細胞およびC1R-A*1101細胞でも同様にHLA-A*1101抗原は26℃で培養した時には高レベルで細胞表面上に発現するが、37℃で培養するとその発現は低下する。また26℃で培養しておいたRMA-S-A*1101細胞またはC1R-A*1101細胞上のHLA-A*1101抗原の発現は37℃に3時間おくことにより、37℃で培養した場合と同じに発現量は低くなる。しかしながらペプチドが結合していないHLA-A*1101抗原に外から加えたペプチドが結合すると、ペプチドの結合したHLA-A*1101抗原は37℃においても消失せず高発現量が保たれる。これを利用してペプチドのHLA-A*1101抗原に対する結合性を測定した。実際には26℃で培養したRMA-S-A*1101またはC1R-A*1101細胞に合成したペプチドを加えて26℃で1時間、その後37℃で3時間置いた後、抗HLA-A*1101モノクローナル抗体を用いてフローサイトメトリーによってHLA-A*1101の細胞表面の発現レベルを測定することによってペプチドの結合性を測定した。抗HLA-A*1101モノクローナル抗体としては、HLA-A抗原を認識する入手可能なモノクローナル抗体を使用したが、New York Medical CollegeのDr. Soldano Ferroneから供与されたTP25.99抗体またはMB40.5抗体(ATCC HB-116)を主として使用した。
その結果、合成した92種のペプチドのうち61種がHLA-A*1101抗原分子に結合した。この61種のペプチドについて更にHLA-A*1101拘束性CTL誘導活性を調べた。
【実施例3】
【0017】
LA-A*1101結合ペプチドを用いたHIV-1感染患者からのCTLの誘導と、その細胞障害性活性
実施例2で得られたHLA-A*1101結合ペプチドを用いてHIV-1感染患者からCTLを誘導し、その細胞障害性活性を調べた。
3−1.CTLの誘導
HLA-A*1101を有するHIV-1セロポジティブ患者IU(HLA-A11/A24、B38/B51、Cw7/-)およびKOG(HLA-A2/A11、B46/B54、C1/-)からの末梢血リンパ球を単離した。末梢血リンパ球の分離は通常のFicoll-Conray 比重遠心法(矢田純一、藤原道夫編著、「新リンパ球機能検索法」、中外医学社(1987)、新生化学実験講座12「分子免疫学I」東京化学同人(1989))によった。すなわちヘパリン加注射器で採血後、生理食塩水で希釈し、Ficoll-Paque分離液(Pharmacia社)上に重層後400 x g、30分室温で遠心した。中間層のリンパ球画分をピペットで回収、洗浄して以下に用いた。24穴培養プレートの各wellに2x 106 個のリンパ球を入れさらに組換えヒトIL-2および合成ペプチドの最終濃度がそれぞれ50U/mlおよび10-6Mになるように調製したRPMI1640(10%FCSを含む)培養液で培養する。2日〜3日おきに、50U/ml濃度の組換えヒトIL-2を添加したRPMI1640培養液を半量かえた。
【0018】
3−2.HLA-A*1101結合ペププチドを用いて誘導されたCTLによる特異的細胞障害活性の測定(CTLアッセイ)
まず、バルクの培養物を、PHAで刺激したのち放射線照射した自己リンパ球(1x106)および10-6MのHLA-A*1101結合ペプチドをそれぞれ加えることによって1週間ごとに再刺激して特異的CTL細胞を増殖させた。このようにして2〜3回リンパ球バルク培養物を再刺激した後、予め対応するペプチドでパルスした、HLA-A*1101を発現しているTm-EBV形質転換細胞に対するそれぞれの培養物中のCTL活性を測定した。CTLアッセイは以下のように行った。
HLA-A*1101を発現しているTm-EBV形質転換細胞(1x105)を生理食塩水中で100μCiのNa251CrO4 と37℃で60分間インキュベーションし、その後10%FCSを含むRPMI1640培養液で3回洗浄し標識標的細胞とした。次に、96穴プレートの各ウェルに50μlの培養液中に浮遊させた5x 103 個の標識標的細胞を加えた。さらに4 x 10-6Mから4 x 10-11Mに希釈したそれぞれのHLA-A*1101結合ペプチドの溶液を50μl加え37℃にて30分間、CO2 インキュベーターに放置した後、同じペプチドで刺激して培養した患者末梢リンパ球をエフェクター細胞として、エフェクター:標的細胞比(E:T)=2:1となるように(100μlの培養液に浮遊させる)加え、37℃のCO2 インキュベーターに4時間放置した。
その後各ウェルの半量の培養液(100μl)をとり、ガンマーカウンターにて培養した患者末梢リンパ球の細胞障害活性によって標的細胞から遊離された51Crを測定した。標的細胞に対するCTLクローンの細胞障害性活性(特異的相対溶解率、すなわち特異的な細胞溶解の相対的割合)を次のとおり計算した。

(I)
ただし、最小遊離値は標的細胞のみ入っているウェルの測定値で標的細胞からの51Crの自然遊離値を意味し、最大遊離値は標的細胞に界面活性剤TritonX-100を加えて細胞を破壊した際の標識遊離値を示している。
この結果、HLA-A*1101特異的CTLを誘導し得る2つの新たなペプチドSF2-Pol424-9(配列番号1)およびSF2-Env202-9(配列番号2)が2人の患者の少なくとも1方から得られた(図1および図3)。
【実施例4】
【0019】
HLA-A*1101結合ペプチドのCTLエピトープとしての同定
本発明の2種のペプチドSF2-Pol424-9(配列番号1)およびSF2-Env202-9(配列番号2)が確かにHIVタンパク質の内部プロッセシングされてHLA-A*1101分子によって提示されるペプチドであることを、単離した特異的CTLクローンおよび、標的細胞として組換えワクシニアウイルスに感染させた細胞を使用することによって確かめた。
まず、HIV-1SF-2分離株のgag/pol遺伝子またはenv遺伝子を有する組換えワクシニアウイルスを文献の記載(Virology, 175, 139, (1990))に従って作製した。次に、細胞あたり10プラーク形成ユニットの組換えウイルスまたは野生型ウイルスと共に一晩培養してこの組換えワクシニアウイルスに感染させた。得られた細胞は、細胞表面上に内部プロセッシングされたHIV遺伝子産物断片をHLA抗原分子と結合した形態で提示しているはずである。一方、SF-2-Pol424-9およびSF2-Env202-9の2種のペプチドに特異的なCTLクローンを、それぞれHIV感染患者に由来するペプチド特異的バルク培養物から単離した。
【0020】
前述のようにして得られたワクシニアウイルス感染細胞を標的細胞として、実施例3−2に記載した方法に準じてCTLアッセイを行った。簡単に言えば、感染細胞(1x105)を生理食塩水中で100μCiのNa251CrO4 とインキュベーションし(C1R-A*1101細胞またはRMA-S-A*1101細胞を使用する場合は26℃にて90分間)、その後10%NCSを含むRPMI1640培養液で3回洗浄し標識標的細胞とした。次に、96穴プレートの各ウェルに50μlの培養液中に浮遊させた5x 103 個の標識標的細胞を加えた。さらに4 x 10-6Mから4 x 10-11Mに希釈したそれぞれのHLA-A*1101結合ペプチドの溶液を50μl加え37℃にて30分間、CO2 インキュベーターに放置した後、前述のようにして単離したHIV-1 PolまたはEnv特異的CTLクローンをエフェクター細胞として、エフェクター:標的細胞比(E:T)=1:1〜4:1となるように(100μlの培養液中に浮遊)加え、37℃のCO2 インキュベーターに4時間放置した。その後各穴の半量の培養液(100μl)をとり、ガンマーカウンターにて培養患者末梢リンパ球の細胞障害活性によって標的細胞から遊離された51Crを測定した。各ペプチドに対して2系統ずつCTLクローンをテストし、標的細胞に対するCTLクローンの細胞障害性活性を上述の式(I)によって計算した。
【0021】
すべてのCTLクローンは、対応するペプチドでパルスされたC1R-A*1101に対して細胞障害活性を示した(図1および図3、エフェクター:標的=2:1)。一方、種々のエフェクター:標的比において、これらのCTLクローンはいずれの場合もHIV-1 Polタンパク質またはEnvタンパク質を発現している組換えワクシニアウイルスに感染したC1R-A*1101細胞を殺すことができたが、野生型ワクシニアウイルスに感染した細胞を殺さなかった(図2および図3)。これらのデータは本発明の2種のペプチドSF2-pol424-9およびSF2-Env209-2がHIV-1特異的なHLA-A*1101拘束性CTLエピトープを含むことを示すものである。
【実施例5】
【0022】
各エピトープのHIV-1感染患者における共通性および特異的CTL誘導能の比較
HLA-A*1101を有するHIV-1感染患者において本発明のエピトープSF2-Pol424-9(配列番号1)、および既知の2種のエピトープが一般的かつ強く提示されているかどうかを調べるために、HLA-A*1101を有する6人のHIV-1セロポジティブ患者からの末梢血単核細胞(PBMC)を本発明のペプチドおよびHLA-A*1101拘束HIV-1特異的CTLエピトープであるとして報告されているPol313-321(AIFQSSMTK)(J. Immunol 1997, 159:1648-1657)およびPol496-505(HIV Sequence Database, Los Alamos National Laboratory, Los Alamos, 1997)と一緒に1週間培養した。これをエフェクター細胞として用い、対応するペプチドでパルスしておいたC1R-A*1101およびC1R細胞を標的細胞として、CTL活性を測定した。その結果を表1に示した。
SF2-Pol424-9、Pol496-505に特異的なCTL活性は6人の患者のうち1人において誘導された。一方Pol313-321に対するCTL活性は3人の患者において誘導された。これらの結果は、PolエピトープはHIV-1感染患者において個体差があるが、HLA-A11拘束CTLの主要な標的分子の一つであることを示唆するものである。
【0023】
表1.HLA-A11を有するHIV-1セロポジティブ患者からの末梢血リンパ球(PBL)における、ペプチドによる単一刺激による特異的CTL誘導

【0024】
表1.つづき

* エフェクター:標的の比率
** 相対細胞溶解率(%):ペプチド(1μM)でパルスしたHLA-A*1101陽性Tm EBV形質転換細胞の溶解からペプチドを共存させない場合の溶解を差し引いた相対細胞溶解率(%)。
*** ネガティブコントロールのペプチド
【実施例6】
【0025】
HIV-1サブタイプEとHIV-1サブタイプB由来のペプチドの特異的CTL誘導能
同様の方法でHIV-1サブダイプEおよびサブタイプB由来のエピトープペプチドの探索を行い、サブタイプEよりPol 675-9-5E(QIIEELIKK)(配列番号3), Pol 675-9-5K8E (QIIEKLIEK)(配列番号4)、Gag 349-11 (ACQGVGGPSHK) (配列番号5), Nef 84-9-2F6F (AFDLSFFLK)(配列番号6)、サブタイプBよりNef 84-9-2L (ALDLSHFLK) (配列番号7)をエピトープ候補として選抜した。そこでこれらのペプチドとそれぞれサブタイプEおよびサブタイプBのHIV-1に感染している人の末梢血単核球を一緒に1週間培養し、これをエフェクター細胞として用いHLA-A*1101の陽性EBV形質転換細胞を標的細胞として、CTL活性を測定した。その結果を表3、表4に示した。
Pol 675-9-5Eは、7人中5人で、Pol 675-9-5K8Eは6人中2人で、Nef84-9-2F6Fは7人中6人で、Gag 349-11-9Sは7人中3人で、またNef 84-9-2Lは5人中3人で特異的なCTLが誘導できた。これらのサブタイプE由来のペプチドは、対応するサブタイプB特異的CTLでは認識できず、またこれらのサブタイプE特異的CTLは対応するサブタイプBペプチドを認識しないことから、サブタイプE特異的エピトープである。またHLA-A11陽性でHIV-1サブタイプBに感染した5人中、Nef 84-9(AVDLSHFLK)(J.Immunol 146:1560-1565 1991)では特異的CTLが誘導できるがNef 84-9-2Lでは誘導できない人が1人おり、その逆にNef 84-9-2Lでは誘導できるが、Nef 84-9ではできない人が1名いる(表4)ことから、Nef 84-9-2LはNef 84-9とは独立したCTLエピトープと考えられた。
【0026】
表3. HLA-A11を有するHIV-1サブタイプEセロプジティブ患者からの末梢血単核球(PBMC)をペプチドで単一刺激培養後の 特異的CTL誘導

【0027】
表3.続き

*相対細胞溶解率(%):ペプチド(1μM)でパルスしたHLA-A*1101陽性TmEBV形質転換細胞の溶解率からペプチドを共存させない場合の溶解率を差し引いた相対細胞溶解率(%)。エフェクター:標的細胞の比率は40:1でおこなった。
【0028】
表4. HLA-A11を有するHIV-1サブタイプBセロプジティブ患者からの末梢血単核球(PBMC)をペプチドで単一刺激培養後の 特異的CTL誘導

*相対細胞溶解率(%):ペプチド(1μM)でパルスしたHLA-A*1101陽性TmEBV形質転換細胞の溶解率からペプチドを共存させない場合の溶解率を差し引いた相対細胞溶解率(%)。エフェクター:標的細胞の比率は40:1でおこなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜3または5〜7のいずれかのアミノ酸配列からなり、HIV感染細胞を標的とする細胞障害性T細胞を誘導し得るペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドをコードするDNA分子。
【請求項3】
請求項1に記載のペプチド及び医薬的に許容される担体及び/又は希釈剤を含むAIDS予防・治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−29217(P2010−29217A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−258698(P2009−258698)
【出願日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【分割の表示】特願2001−500777(P2001−500777)の分割
【原出願日】平成12年5月29日(2000.5.29)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】