説明

Lnkの機能が破壊又は抑制されている血管内皮前駆細胞

【課題】未成熟幹細胞の遺伝子を操作することによって質的により良い血管内皮前駆細胞(EPC)を提供すること。
【解決手段】Lnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されていることを特徴とする、哺乳動物由来の血管内皮前駆細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Lnkの機能が破壊又は抑制されている血管内皮前駆細胞、及び上記血管内皮前駆細胞を含む血管修復治療のための細胞移植療法剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血管系の形成は、発生段階でも初期段階の現象の一つであり、成体になった後でも一生を誕生、修復、死滅の繰り返しとする動的な構造を持つ。最近では幹細胞また再生医学の著しい発展と共に、初期発生段階のみにとどまらず、成体になった後でも血管修復を行うといった、様々な組織損害に対し能動的に対処しながら血管形成に重要な役割を果たしている細胞が注目されるようになってきた。血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell:EPC)は、末梢血液中の単核球成分の一部で、血管形成のため骨髄組織において増殖、分化し、血管形成が進行中の場所へ移動し、新血管形成において重要な機能を持つ細胞であることが分かってきた(非特許文献1〜3)。現在臨床においては、重症の虚血性心疾患である冠動脈疾患や、下肢虚血性疾患に対する血管内皮前駆細胞移植治療による血管再生療法が試みられている。このことから心血管や臓器の再生能力をEPCが高める可能性に期待がおかれている。血管内皮前駆細胞をさらに臨床応用するためには、ごく微量存在している血管内皮前駆細胞を量的、機能的に改善することが必要である。
【0003】
Lnk分子は細胞内信号伝達分子の一つであり、1995年林ら(Huang et al, Proc Natl Acad Sci U S A., Dec 5;92(25): 11618-22;1995)によって初めて発見されたが、その全体構造の解明は2000年の高木らの報告(Takaki et al, Immunity, Nov;13(5):599-609;2000, Li et al, J Immunol. May 15;164(10):5199-206; 2000)による。構造的には細胞内信号伝達に機能的に重要な役割を果たしているPleckstrin Homologyと Src Homology-2, proline rich domainを含めたN末端構造を持っている。生体内機能としてはBリンパ球の前駆細胞の増殖にc-kit依存的に関与する可能性とc-kit非依存的に関与する可能性の両方が報告されている。(Takaki et al,J.Eep.Med., Jan 21;195(2):151-60:2002;及びLi et al, J Immunol. May 15;164(10):5199-206; 2000) 。さらに、造血前駆細胞増殖の制御に大きく関与していることがわかっている(Takaki et al,J.Eep.Med., Jan 21;195(2):151-60:2002)。
【0004】
Lnkについては以下の報告がある。
Huang Xら(Huang X et al PNAS. 92(25): 11618-11622;1995)は、T cell信号伝達の一部として Lnkの存在を初めて発見した。
高木ら(Takaki et al、Immunity, Nov;13(5):599-609;2000)は、遺伝子欠損マウスを作成して、生体内でのLnk遺伝子の役割を明らかにし、B cell前駆細胞の増殖作用にc-kit依存的に関与することを始めて究明した。
高木ら(Takaki et al、J.Exp.Med. 21;195(2):151-160:2002)はまた、遺伝子欠損マウスでは血球前駆細胞つまりKSL細胞が正常マウスより著しく増加していること、また移植細胞の骨髄内への接着あるいは増殖などが正常細胞よりも明らかに亢進していることを初めて証明した。
高木ら(Takaki et al、Jounal of Immunology;164(10):5199-5206;2003)は、Lnk transgenic マウスでは、免疫細胞の増殖が正常マウスより著しく抑制されていること、またLnk遺伝子がc-kit 非依存的に細胞増殖抑制に関与していることを示した。
Tong ら(Tong W et al、J.Exp.Med;200(5):569-580;2004)は、血小板生産過程に関係ある TPO依存的な信号伝達過程での制御因子としてのLnkの役割を初めて示した。
Tong ら(Tong W et al、Blood 105(12):4604-4612;2005)は、Lnk遺伝子欠損マウスを用いてEPO依存的な信号伝達が存在することを示した。
また、Ema ら( Ema H et al、Dev. Cell 8(6):907-914;2005)は、Lnk遺伝子が血球前駆細胞のself renewalityを調節している分子であることをLnk遺伝子欠損マウスを用いた実験で初めて明らかにした。
【0005】
【非特許文献1】Asahara T,Murohara T,Sullivan A,Silver M,van der Zee R,Li T et al. Science 1997;275:964-7
【非特許文献2】Asahara T, Takahashi T,Masuda H, Kalka C, Chen D, Iwaguro H,et al. EMBO J 1999;18:3964-72
【非特許文献3】Takahashi T, Kalka C, Masuda H, Chen D, Silver M, Kearney M,et al. Nat Med 1999;4:434-8
【非特許文献4】Huang et al, Proc Natl Acad Sci U S A., Dec 5;92(25): 11618-22;1995
【非特許文献5】Takaki et al, Immunity, Nov;13(5):599-609;2000
【非特許文献6】Li et al, J Immunol. May 15;164(10):5199-206; 2000
【非特許文献7】Takaki et al,J.Eep.Med., Jan 21;195(2):151-60:2002
【非特許文献8】Takaki et al、Jounal of Immunology;164(10):5199-5206;2003
【非特許文献9】Tong W et al、J.Exp.Med;200(5):569-580;2004
【非特許文献10】Tong W et al、Blood 105(12):4604-4612;2005
【非特許文献11】Ema H et al、Dev. Cell 8(6):907-914;2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、未成熟幹細胞の遺伝子を操作することによって質的により良い血管内皮前駆細胞(EPC)を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、上記方法で得られた血管内皮前駆細胞(EPC)を用いた血管治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、Lnk蛋白質(Lnkアダプター蛋白質)が血管内皮前駆細胞の分化過程において決定的な役割を果たしていること、また未分化な血液幹細胞の増殖因子であるSCFによって特異的に増殖反応が更新されることを初めて実証した。更に、本発明者らは、虚血性疾患動物モデルを用いた実験から血管異常SOSによって骨髄組織内でLnk遺伝子依存的なAktとeNOS信号伝達が誘導されていること、またLnk遺伝子欠損によって骨髄組織から血管内へのEPCの移動が著しく増加するという結果を得た。本発明者らはさらに、上記の知見に基づいて虚血性疾患が細胞移植実験を通して改善されることを明らかにした。これらの結果により、Lnkアダプター蛋白質が血管性機能障害治療のターゲット物質になりうる可能性が示された。また、ヒトLnk遺伝子の変異体をヒト臍帯血の血管内皮前駆細胞に導入することにより心筋梗塞疾患や糖尿病疾患に対する細胞移植治療を行うことも可能である。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0008】
即ち、本発明によれば、Lnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されていることを特徴とする、哺乳動物由来の血管内皮前駆細胞が提供される。
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、ヒト又はマウス由来の細胞である。
【0009】
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、Lnk遺伝子をノックアウトしたノックアウト非ヒト哺乳動物から取得される血管内皮前駆細胞である。
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、哺乳動物から取得した血管内皮前駆細胞のLnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能を破壊又は抑制することにより取得される血管内皮前駆細胞である。
【0010】
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞では、遺伝子相同組み換えによる遺伝子ターゲティング法によりLnk遺伝子の機能が破壊又は抑制されている。
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、SCFの存在下で培養することによって分化能力が亢進している。
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、VEGFやSCFなどのサイトカインの存在下で、末梢血液に効率よく動員される。
好ましくは、本発明の血管内皮前駆細胞は、細胞表面に各種インテグリンを高密度に発現していて、組織への移行能力の高い。
【0011】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤が提供される。
好ましくは、本発明の細胞移植療法剤は、虚血性血管疾患の治療のために使用される。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、血管内皮前駆細胞を用いた血管組織障害の治療過程における血管内皮前駆細胞の機能改善のため、細胞内信号伝達物質であるLnk(アダプター)蛋白質をターゲットとしている。本発明によるLnkの機能が破壊又は抑制されている血管内皮前駆細胞は質的に優秀な血管内皮前駆細胞であり、糖尿病や心筋梗塞などの虚血性疾患の治療のために有用である。また、血管内皮前駆細胞は他の細胞への分化可能性が少ないため、副作用などのリスクが低いという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明による血管内皮前駆細胞は、哺乳動物由来の細胞であり、Lnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されていることを特徴とする。本発明の血管内皮前駆細胞は、ヒト又はマウス由来の細胞であることが好ましい。
【0014】
血管内皮前駆細胞(EPC)が末梢血液中の単核球成分の一部として分離されて以来、その特質の究明が進行中である。EPCは、まず血管内皮系特性として(1)特異的表面抗原の発現(2)acetyl化LDLの導入能力(3)tube形成能力あるいは成体血管内導入、などで特定することが出来る。ヒトEPCの表面マーカーを中心とした報告を見るとCD34、CD133(AC133)、KDR (VEGFR-2、 Flk-1)、 VE-カドヘリン、 CD31(PECAM-1)が発現しており、少し遅れてFlt-1 (VEGFR-1)、Tie-1、E-セレクチンが発現していることが報告されている。マウスの場合では、血球前駆細胞とその元が似ているという視点から、Sca-1(+)細胞、c-kit(+)細胞を中心として特質の究明が進行中である。特にFlk-1 (VEGFR-2、 KDR)、 CD31 (PECAM-1)、 VE-cadherin(+)細胞はEPCの特性を現していることで重要だと考えられている。
【0015】
EPCは骨髄由来の極めて少ない量の細胞で、生体内の様々な信号によって増殖、分化することが分かっている。EPCの特質究明の進行と共に、比較的初期段階で幹細胞として認められている細胞(AC133、 KSL、 SP 細胞)を中心として試験管内での増殖、あるいは分化の研究が進行中である。SDF-1 (stromal derived factor-1)は VEGFと bFGFの オートクリンシグナルによって血管内皮細胞の形成と血管形成に重要であることが報告されている。これらは虚血性疾患動物モデルと試験管内での培養実験を通して証明され、特に骨髄組織内でのEPC分化あるいは細胞移動に対する役割が報告されている(Yamaguchi J, Kusano KF, Masuo O, Kawamoto A, Silver M, Circulation. 2003;107(9):1322-1328)。また、VEGFはEPCの動員、あるいは分化に極めて重要であり、出生後の新血管形成に必須な分子であることが分かっている(Isner JM,Asahara T. J Clin Invest 1999;103:1231-1236;及びIwaguro H, Yamaguchi J, Kalka C, Murasawa S, Masuda H, Circulation. 2002;105(6):732-738)。VEGF, SCF, SDF-1などのサイトカインは、信号伝達系を通じてEPCの増殖、分化、虚血組織への移動等、EPCの能動的な機能発現の為に重要だと考えられる(Asahara T, Masuda H, Takahashi T, Kalka C, Pastore C, Silver M, Circ.Res 1999;83:221-228及びKalka C, Masuda H, Takahashi T, Kalka-Moll WM, Silver M, Kearney M, Proc Natl Acad Sci USA 2000;97:3422-3427)。
【0016】
Lnk遺伝子の構造は、文献(Liet al,J Immunol. May 15;164(10):5199-206; 2000及びTakaki et al, Immunity, Nov;13(5):599-609;2000)に記載されている。また、ヒトLnk遺伝子の配列は、GenBank Accession No. NM 005475として登録されており、当業者であれば容易に入手可能である
【0017】
本発明の血管内皮前駆細胞は、Lnk遺伝子をノックアウトしたノックアウト非ヒト哺乳動物から取得することができる。ノックアウト非ヒト哺乳動物から血管内皮前駆細胞を取得する方法は特に限定されないが、末梢血液からの MNC比重分離法を用いて分離精製した後、血管内皮前駆細胞に特異的なマーカー(CD31、Flk-1,VE-cadherinなど)の抗体を用いてこれらのマーカーが陽性である細胞を選別することにより取得することができる。本明細書で言う非ヒト哺乳動物としては、特に限定されるものではなく、例えば、マウス、ハムスター、モルモット、ラット、ウサギ等のげっ歯類の他、ニワトリ、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ、サル等を使用することができる。これらのうち、実験動物として用いるには、作製、育成及び使用の簡便さなどの観点から見て、マウス、ハムスター、モルモット、ラット、ウサギ等のげっ歯類が好ましく、そのなかでも近交系が多数作出されており、受精卵の培養、体外受精等の技術が整っているマウスが特に好ましい。
【0018】
Lnk遺伝子をノックアウトしたノックアウト非ヒト哺乳動物の作出は、Lnk遺伝子をクローニングし、これに人為的に薬剤耐性遺伝子(例えばネオマイシン耐性遺伝子など)などを挿入することにより不活性化し、その後、相同組換え技術により、染色体上のLnk遺伝子を不活性化した遺伝子で置換することによって行うことができる。具体的には、次のようにしてノックアウト非ヒト哺乳動物を作出することができる。Lnk遺伝子をクローニングし、ORF部分をマーカー遺伝子(ネオマイシン[neo]、ガンシクロビル[gan c]耐性遺伝子など)で置換して、(遺伝子を破壊する。次に、この遺伝子を含むDNAをES細胞 に導入し、マーカーを指標にして相同組換えを起こした細胞 (neoを用いた場合はG418という薬剤に抵抗性となった細胞 )のコロニーを選別する。かくして選別された、破壊されたLnk遺伝子を有するES細胞を胚盤胞に注入してキメラ胚を作製する。その後、キメラ胚を仮親の子宮に移植して生育させキメラマウスを産ませる。生まれてきたキメラマウスが破壊されたLnk遺伝子を持つか否かについては、毛色の違い、または体の一部(例えば尾部先端)からDNAを抽出してサザンブロット分析やPCRアッセイ等により決定することができる。このようにして、破壊されたLnk遺伝子を片方の染色体にもつヘテロ接合体(+/-)の仔マウスを選別することができる。最後に、これらヘテロ接合体であるマウス同士を交配すると破壊されたLnk遺伝子を両方の染色体上にもつホモ接合体(-/-)を得ることができる。このようにして作出されたノックアウト非ヒト哺乳動物は、各体細胞においてLnk遺伝子を機能欠損している。
【0019】
本発明の血管内皮前駆細胞は、哺乳動物(例えば、ヒトなど)から取得した血管内皮前駆細胞のLnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能を破壊又は抑制することにより取得することもできる。哺乳動物から血管内皮前駆細胞を取得する方法は特に限定されないが、末梢血液からの MNC比重分離法を用いて分離精製した後、血管内皮前駆細胞に特異的なマーカー(CD31、Flk-1,VE-cadherinなど)の抗体を用いてこれらのマーカーが陽性である細胞を選別することにより取得することができる。本発明では、好ましくは、遺伝子相同組み換えによる遺伝子ターゲティング法によりLnk遺伝子の機能を破壊又は抑制することができる。
【0020】
このようなLnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されている血管内皮前駆細胞としては、以下のような細胞が挙げられる。
(1)細胞の染色体ゲノムにLnk遺伝子のコード領域が存在していないことによって、Lnk蛋白質を産生しない細胞;
(2)Lnk遺伝子のコード領域における1以上のヌクレオチドが欠失、付加または置換していること(遺伝子変異)によって、Lnk蛋白質を産生しないか、または変異型Lnk蛋白質を産生する細胞;
(3)Lnk遺伝子の発現制御領域が欠失または部分的に変異していることによって、Lnk遺伝子が発現されず、その結果、Lnk蛋白質を産生しない細胞;
(4)Lnk遺伝子からの転写産物(mRNA)に対するセンス鎖、アンチセンス鎖、センス・アンチセンス二重鎖(siRNA)、Lnk mRNAを切断するリボザイムを発現し、mRNAからLnk蛋白質が合成されない細胞:
【0021】
Lnk遺伝子を確実に機能欠損させるためには、Lnk遺伝子のコード領域および/または発現制御領域に欠失変異を導入することが好ましい。このような遺伝子特異的な変異導入は、公知の標的遺伝子組換え法(ジーンターゲティング法)に準じて行うことができる。例えば、Lnk遺伝子のゲノムDNAを単離し、そのDNA断片を遺伝子操作し、Lnk遺伝子の開始コドンを含むDNA断片に対して改変を施すなど、Lnk遺伝子の機能を不活性化させるような変異DNA断片を作製する。Lnk遺伝子ゲノムDNAは、例えば、公知のヒトLnk遺伝子のcDNA配列等に基づいて合成したオリゴヌクレオチドプローブを用いてヒトゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることにより得ることができる。また、このLnk cDNAの一部または両端に相当する合成オリゴヌクレオチドをプライマーとするPCR法によっても目的とするゲノムDNA断片を得ることができる。
【0022】
上記の方法によって得られたLnk遺伝子のゲノムDNAの一部を改変し、ヒト細胞のLnk遺伝子に変異を導入するためのターゲティングベクターを公知の方法(例えば、Science 244:1288-1292, 1989)に準じて作製することができる。例えば、Lnk遺伝子DNA(両方の対立遺伝子)の一部をG418等の細胞毒に対する耐性伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子)に置換することにより、もしくは細胞毒に対する耐性遺伝子をLnk遺伝子DNAの一部に挿入することで、Lnk遺伝子DNAと相同な配列を両端に有する変異遺伝子を保有する組換えプラスミドDNA、すなわちターゲティングベクターを作製することができる。次に、このターゲティングベクターを、ヒト細胞に導入する。すなわち、先ず、2つの対立遺伝子の一方にベクターを導入して標的のLnk遺伝子を変異遺伝子に置換し、次に、他方の対立遺伝子を置換する。ベクターの導入は公知の方法によって行うことができ、例えば、トランスフェクション、リポフェクション、マイクロインジェクション、衝撃ミサイル、エレクトロポレーション法等によって行うことができる。
【0023】
そして、ターゲティングベクターを導入した各細胞のDNAを抽出し、サザンブロット分析やPCRアッセイ等により、染色体上に存在する野生型Lnk遺伝子と導入したLnk変異遺伝子断片の間で正しく相同遺伝子組換えが起こり、染色体上のLnk遺伝子に変異が移った細胞を選択する。また、タンパク質レベルでは抗Lnk抗体を用いてLnk蛋白質の発現が消失していることを確認することもできる。
【0024】
上記の(4)に記載したようなセンス鎖、アンチセンス鎖、センス・アンチセンス二重鎖(siRNA)やリボザイムを発現する細胞は、それらをコードするDNA断片を細胞 に導入することによって作製することができる。例えば、Lnk遺伝子のアンチセンスcDNAを発現するベクターを細胞に導入する方法や、Lnk遺伝子の2重鎖RNAを発現するベクターを細胞に導入する方法などが挙げられる。当該ベクターとしては、ウイルスベクターやプラスミドベクター等が包含され、通常の遺伝子工学的手法に基づき、例えばMolecular cloning 2nd Ed., ColdSpring Harbor Laboratory Press (1989)等の基本書に従い作製することができる。又、市販されているベクターを任意の制限酵素で切断し所望の遺伝子等を組み込んで半合成することもできる。
【0025】
Lnk分子変異体は、細胞増殖反応を制御するために機能的に重要だと思われる部分に対し選択的に変異を誘導した物質である。Lnk分子変異体を用いた実験から、骨髄組織での未分化細胞の増殖反応亢進にポジティブに寄与していることも確認されている。構造的にみるとPleckstrin Homologyの部分欠損Src Homology-2の進化的に保存されているアミノ酸置換、Tyrosineを含めたC-末端構造の部分欠損の形をとっている。MC9細胞とマウス由来の骨髄未成熟細胞を用いた細胞増殖制御実験からLnk分子変異体を導入した場合に、増殖更新が認められ成体幹細胞を用いた細胞研究の応用にその可能性が注目されている。本発明によれば、上記したようなLnk分子変異体を導入することによって、Lnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されていることを特徴とする、哺乳動物由来の血管内皮前駆細胞が提供される。
【0026】
上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞、並びに上記血管内皮前駆細胞を含む血管治療のための細胞移植療法剤も本発明の範囲内に含まれる。
【0027】
本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞は、好ましくは以下の性質を有する。
(1)CD31、Flk-1,VE-cadherinの発現が陽性である。
(2)血管内皮形成コロニーの数が著しく増加している。
(3)血管の損傷組織内への浸透が容易である。
(4)VEGF, SCF依存的に末梢血液への移動が促進される。
(5)SCF依存的に細胞増殖が亢進している。
(6)インテグリンの発現が陽性であり、その発現密度も高い。
【0028】
次に、血管内皮前駆細胞を含む虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤について説明する。本発明の方法により分化誘導された血管内皮前駆細胞は、好ましくは増殖能力が亢進しており、また細胞移動能力も増加しているため、質的に優れた血管内皮前駆細胞である、血管治療のための細胞移植療法剤として使用することができる。
【0029】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば公知の方法に従い、本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞を細胞懸濁液とすることによって調製することができる。
【0030】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば、虚血性疾患の治療のために安全に使用することができる。
【0031】
本発明の細胞移植療法剤を投与する対象は好ましくは哺乳動物(例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サルなど)であり、特に好ましくはヒトである。本発明の細胞移植療法剤の投与方法は特に限定されず、カテーテルで挿入する、直接血管に注射する、静脈に注射する、バイオプシーなどの方法により投与することができる。
【0032】
本発明の細胞移植療法剤の投与量、投与回数は本発明の効果が得られる限り特に限定されない。投与量については、投与1回当たりの細胞数として、成人一人当たり一般的には、104〜108細胞程度、好ましくは、105〜107細胞程度とすることができる。投与回数は1回以上であれば、任意の回数だけ投与することができ、一般的には1〜10回、好ましくは1〜5回程度である。
【0033】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1
血管損傷に対するLnkの役割を動物モデルで明らかにするために、Lnk遺伝子欠損マウス(Takaki et al、Immunity、13(5):599-609;2000)と対照群マウス(C57BL6/J, 日本クレア)を用いて下肢虚血疾患モデルを作成した(Kalka C. et al, PNAS; 97;3422-3427;2000, Iwaguro H. et al、Circulation 105;732-738;2002)。作成後、4日、7日、14日、28日の4回にわたって Moor LDI(Moor Instruments)を用いて血管の修復程度を測定した。非誘導部分との比較により再生程度を数値化して比較した結果、対照群に比べて著しい血流の回復が認められた(図1a及び図1b)。以上の結果から、Lnk遺伝子を破壊することによって血管再生を亢進することができることが示された。
【0035】
実施例2
Lnk遺伝子の血管内皮前駆細胞の分化への役割を明らかにするために、FACS法を用いてLnk遺伝子欠損マウス由来の血液単核球細胞(MNC)の分析を行った。末梢血液から血液単核球細胞を比重分離法(Iwaguro H et al、Circulation 105;732-738;2002)を用いて分離精製後、EPC特異的マーカー (Sca-1, CD31, VE-cadherin,Flk-1) の蛍光標識抗体を血液単球細胞1x105個あたり2.5〜3ulを用いて、4℃で20分間染色を行い、FACS分析を行った。図2aに示すように、Lnk遺伝子欠損マウス血液由来のSca-1 (+) 細胞にCD31、Flk-1,VE-cadherin陽性細胞が対称群に比べて多く含まれていることを確認した。
【0036】
更に、Lnk遺伝子欠損マウスの未分化な骨髄細胞(KSL細胞=Linage negative cells/c-Kit positive cells/Sca-1 positive cells)を用いた血管内皮細胞コロニー形成実験を行い、血管内皮細胞への分化の状況を調べた。KSL細胞の分離は、まずマウス骨髄組織から骨髄細胞を採取し、B220, CD3, Gr-1, Mac-1およびTER-119等の表面抗原に対するビオチン化 Cocktail 抗体 の60倍希釈液を骨髄細胞1x108個あたり10ul使用し4℃、20分間反応させた後、streptoavidin beads(Miltenyi Biotec. )の10倍希釈液を骨髄細胞2x106個あたり15ul使用して同条件下で反応を行った後、MidiMACS Separator(Miltenyi Biotec.)によって非結合画分に未分化細胞(lineage negative cell)を回収した。更に蛍光標識した抗c-kit抗体と 抗Sca-1抗体を4℃、20分間反応させた後、 FACS Vantage (BD)によって KSL細胞(Lineage negative cells/c-Kit positive cells/Sca-1 positive cells)を分離した。これらのKSL細胞1x104個をVEGF(50ng/ml, R&D),SCF(100ng /ml,KIRIN), FGF(50ng/ml,GT),IL3 (20ng/ml,GT), IGF(50ng/ml, GT),EGF (50ng/ml,GT),heparin (2U)を含むMatri-gel (StemCell Technologies Inc.)にはん種し2週間培養後、形成されたコロニーの数を計測した。その結果、Lnk遺伝子欠損マウス由来のKSL細胞の血管内皮細胞コロニーの数が対称群に比べて著しく増加していることが確認できた(図2b-Total)。 一方、small EPCコロニー(SC)と large EPCコロニー(LC)の形成を調べた結果、相対的に増殖速度が速いsmallEPCコロニーがLnk遺伝子欠損マウス由来のKSL細胞において対照群より多く観察できた(図2b-SC)。この結果から、Lnk遺伝子は、血管内皮前駆細胞分化の初期段階で、EPCの分化や増殖に重要な役割を果たしていることが示唆された。
【0037】
実施例3
Lnk遺伝子の調節がEPCの分化増殖を促進する可能性を調べるため、Stem span media (StemCell Technologies Inc.)に VEGF(R&D) 50ng/ml, mTPO(GT) 20ng/ml, mIL6(GT) 20ng/ml, mSCF(KIRIN) 100ng/ml, mFlt3(GT) 100ng/mlを添加したExpansion培養系(serum free)を用いて、試験管内でのEPCの増殖や分化の程度を調べる実験を行った。
【0038】
Lnk遺伝子欠損マウス由来と対照群マウス由来のKSL細胞を、実施例2に示した方法で分離した。このKSL細胞1x104個をExpansion培養系にはん種し、4日目、7日目に細胞数、形態および表面マーカーを調べた。
【0039】
まず、顕微鏡で形態的な変化を調べた結果、 4日目にはLnk遺伝子欠損マウス由来の細胞では血管内皮前駆細胞と思われる付着細胞が多数観察された(図3a)。さらに培養7日目には細胞数が対照群の2.5倍まで増加していた(図3b)。これらの細胞をFITC標識抗Sca-1抗体(BD)と ビオチン化抗Flk-1抗体(e-Bio)およびStreptoavidin-APC(e-Bio)を用いて、免疫染色を行った後、FACS法を用いて分析した結果、血管内皮前駆細胞であるSca-1/Flk-1陽性細胞が対称群に比較して2倍以上増加していた(図3c)。以上の結果から、Lnk遺伝子を制御(破壊)することによって、EPCの増殖や分化を誘導することができることが明らかになった。
【0040】
実施例4
Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCにおいて血管再生能力が亢進していることを調べるため、実施例1の下肢虚血疾患動物モデルを用いて移植実験を行った。ヌードマウス(日本クレア)の下肢の動静脈を ligationする方法(Iwaguro H et al、Circulation 105;732-738;2002)によって下肢虚血疾患モデルを作成した。正常マウス由来と Lnk遺伝子欠損マウス由来のSca-1 (+) / Lin (-)細胞を骨髄組織から分離後、2.5x105個の細胞を上記のモデルマウスに静脈注射した。Moor LDI(Moor Instruments)を用いて14日目、28日目に血流の改善を非誘導部分との比較により再生程度を数値化した結果、Lnk遺伝子欠損マウス由来のSca-1 (+) / Lin (-) の細胞移植群で血流改善が著しく亢進したことが明らかとなった(図4a及びb)。
【0041】
実施例5
Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCが生体内で血管修復メカニズムにどのように関係しているかを明らかにするために、正常マウスと Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCにDiI色素を用いた染色を行った。下肢虚血疾患モデルマウスに2x105個のDil染色EPC (Sca-1 (+) / Lin (-))を静脈注射により投与し、その4日後に、損傷組織部位の6μm切片を作成して20分間組織染色を行った後、蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)を反応させて、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCは正常マウスに比べて、 Iso-lectinGS-IB4によって緑色に染色された虚血組織の毛細血管中により多数存在することが確認された(図5)。この結果は、Lnk遺伝子欠損EPCは、損傷組織内に容易に浸透することできることを示している。
【0042】
実施例6
血管内皮前駆細胞は、骨髄組織から血液を経て損傷組織部位に移動する。この過程ではVEGF,SDF-1, G-CSF, SCFなどのサイトカインが重要な役割を果たしていると考えられている。Lnk遺伝子欠損マウスでの、これらのサイトカインによるEPCの動員過程を調べるため、 VEGF (2.5μg/kg, R&D), SDF-1 (2.5μg/kg,PEPROTECH.INC.), G-CSF(10μg/kg,KIRIN), SCF(20μg/kg,KIRIN)を毎日一回ずつ5日間腹腔内注射した。一週間後、末梢血液由来の単核球(MNC)を比重分離法(Kalka C et al 、PNAS;97;3422-3427;2000)で分離し、骨髄組織から血液中に動員されたEPC数を測定した。その結果、どのサイトカインを投与した場合でも、Lnk遺伝子欠損マウスでは正常マウスに比べてより多数のEPCが末梢血液に動員されていたが、特にVEGF, SCFはその動員力が強いことが明らかになった(図6a)。
【0043】
さらに、動員されたEPCの血管内皮細胞への分化能力を調べた。骨髄組織から上記のサイトカインにより末梢血液に動員されたEPCを大量に含んでいる単核球画分を、浅原らの方法(Asahara T et al、Science 275;964-967;1997)で4日間培養後、付着してきた細胞だけをさらに3日間培養した。これらの細胞にAcetyl LDL(red) (Biomedical Technologies Inc.)を3時間導入させて緑色の蛍光を付着させた後、蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)と30分間反応させた。これらの細胞群を100倍の高倍率蛍光顕微鏡を用いてAcetyl LDLと蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 によって染色された細胞を観察した。その結果、Lnk遺伝子欠損マウスに各種サイトカイン、特にVEGFあるいは SCFを投与することによって末梢血液内に動員した細胞の、試験管内でのEPCへの分化能力が正常マウスに比べて明らかに亢進していることが確認された(図6b)。
【0044】
実施例7
サイトカインによるEPCの末梢血中への動員の時間的な変化を調べ、動員された細胞が確かにEPCの特徴を備えていることを確認するために次の実験を行った。即ち、20ug/kgのSCF(KIRIN)を毎日1回、5日間Lnk遺伝子欠損マウスおよび正常マウスの腹腔内に注射した後、末梢血液中の単核球画分を分離して細胞数を計測した。分離した単核球画分の細胞に、様々なEPC分化マーカー(Sca-1,VE-cadherine,CD31)の蛍光標識抗体を4℃で20分間反応させ染色を行った後、FACS法によりEPC分化マーカーの分布を調べた。
【0045】
その結果、SCFによって動員された単核球の数は6日目が最大となり、Lnk遺伝子欠損マウスにおいて動因が顕著であることが明らかになった(図7a)。また、Lnk遺伝子欠損マウスにおいて動員された単核球画分中の細胞は、Sca-1(図7b), Sca-1とCD31(図7c), Sca-1と VE-cadherine (図7d)を発現していることが観察された。この結果からも、Lnk遺伝子欠損マウスにおいて、サイトカインにより末梢血液へ動員された細胞は血管内皮前駆細胞であることが示された。
【0046】
実施例8
Lnk遺伝子欠損マウスから採取したEPCの増殖に対する種々のサイトカインの作用を調べた。EPC培養のための基本培地EBM-2(Asahara et al、Science 275;964-967;1997)に、各種サイトカインを加えた後、細胞数を計測した。また、増殖反応活性化をWST-1増殖アッセイ法(Roche Applied Science)を用いて検討した。
【0047】
Lnk遺伝子欠損マウスと正常マウスの骨髄組織由来のEPC(BM-Sca-1+/Lin- cells)を分離精製後、100ng/ml のVEGF( R&D), SCF (KIRIN), SDF(PEPROTECH.INC)をそれぞれ添加したEBM-2倍地で一週間培養後、細胞数を計測した。更に、EPCを1%FBS (Sigma)中で 12時間培養 (starvation) 後、種々の濃度の VEGF, SCF, SDFを添加した。さらに2日後に10μlのWST試薬を添加し蛍光分析機で蛍光強度を計測した。EPCのin vitroでの増殖は、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCにおいてSCFを加えた時に著しく亢進しており(図8a)、またEPCの増殖反応もSFC添加時に濃度依存的に最も高い反応性を示した(図8b)。以上の結果から、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCは、SCFを添加することによりin vitroで効率的に増殖させ、かつ高い増殖能力を保持することができることが明らかになった。
【0048】
実施例9
Lnk遺伝子の血管内皮前駆細胞の分化増殖に対する重要性を確認するために、Lnk遺伝子欠損マウスと対照群マウスに下肢虚血疾患動物モデルを作成した(Kalka C et al, PNAS;97;3422-3427;2000及びIwaguro H et al,Circulation 105;732-738;2002)。動物モデル作成後3日目および7日目に末梢血液を採取した後、 単核球画分中の単核球及びSca-1 (+)細胞の細胞数を測定した。その結果、下肢虚血疾患動物モデルのLnk遺伝子を欠損させた場合、末梢血液中に単核球が多く動員されており(図9a)、なかでもSca-1(+)細胞が著しく増加していることを確認した(図9b)。
【0049】
さらに下肢虚血疾患動物モデルで動員された単核球画分からEPCを分化誘導しその性質を調べた。Lnk遺伝子欠損マウスと正常マウスの下肢虚血疾患動物モデルの末梢血液由来の単核球1x105個を浅原ら(Asahara T et al,Science 275;964-967;1997)の方法で4日間培養後、付着してきた細胞だけを選択しさらに一週間培養した後、分化したEPCのAcetyl LDL(Biomedical Technologies Inc.)導入と蛍光標識Isolectin GS-IB4(Sigma)による染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて染色された細胞を計測した。その結果、Lnk遺伝子欠損マウスにおいては、正常マウスの約2倍のEPCが観察された(図9c)。また単核球画分のSca-1(+)細胞をFACSを用いて分析した結果、Lnk遺伝子欠損マウスにおいてはCD31(+)と Flk-1(+)の細胞群が明らかに増加していることを確認した(図9d)。このように、Lnk遺伝子の欠損した状況で下肢虚血疾患モデルのような極端な虚血状態になった場合、サイトカインのよってEPCを動員した際と同様の現象が見られることが明らかになった。
【0050】
実施例10
Lnk遺伝子欠損マウスにおけるEPCの増殖亢進にLnk遺伝子がどのように関わっているかを調べるため、Lnk遺伝子欠損マウスと正常マウスを用いて下肢虚血疾患モデルを作成した。下肢虚血疾患モデルを作成後3日目及び7日目に骨髄組織よりEPC(BM-Sca-1(+)/ Lin(-) cells)を分離して、免疫生化学的に調べた。すなわち、分離したEPCにリン酸化Akt(Ser473)およびリン酸化e-NOS(Ser1177)を特異的に認識する抗体(Cell Signalling)を用いてWestern Blotting法を行った。その結果、下肢虚血作成後7日目に、リン酸化Aktの増加が認められたが、その強度はLnk遺伝子欠損マウスでは正常マウスに比べてほぼ2倍であった(図10)。更にリン酸化e-NOSも、Lnk遺伝子欠損マウスで下肢虚血作成後7日目に増加していた(図10)。上記の結果から、下肢虚血疾患モデルにおいてはAkt-eNOS 信号伝達システムを通じてEPC分化の亢進が行われており、Lnk遺伝子の欠損によりこのシステムがさらに亢進されていることが明らかになった。
【0051】
実施例11
虚血組織内へEPCが移動して血管を形成するにはインテグリンなどの接着因子の役割が重要である。EPCのLnk遺伝子の欠損が接着因子の発現に与える影響を調べた。Lnk遺伝子欠損マウスと正常マウスの骨髄組織由来のEPC(BM-Sca-1+/Lin-)細胞を7日間試験管内で培養後、実施例6と同様の方法によりEPCへ分化誘導した。これらの細胞をインテグリン特異的な抗体で染色を行った後、FACS法を用いてヒストグラム分析を行った。即ち、各種インテグリン (Integrin alphaV, Integrin beta1, Integrin beta2, Integrin beta3, BD)およびFlk-1に特異的なビオチン化抗体を4℃で20分間反応させた後、 さらにStreptoavidin-APC(e-Bio)を4℃で20分間反応させた後、FACS解析を行った。その結果、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCは正常マウスのEPCに比べて、各種インテグリンの陽性細胞が増加していることが確認された(図11)。また、ヒストグラムの分析により、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCは正常マウスのEPCに比べて、細胞表面のインテグリンの密度も高いことが示唆された(図11)。これらの結果は、Lnk遺伝子を欠損させることにより、EPCは高い虚血組織修復能力を獲得することができることを示唆する。
【0052】
実施例12
Lnk遺伝子欠損マウスのEPCの高い虚血組織修復能力は、インテグリンを介して発揮されるものであることを確認するために以下の実験を行った。実施例5での実験方法と同様に、下肢虚血疾患モデルマウスにLnk遺伝子欠損マウスと正常マウス由来のDiI染色EPC(BM- Sca-1 (+)/Lin(-))を静脈注射し、同時にインテグリン信号伝達を特異的に制御するRGD peptide(20 ug/ml)を静脈注射した。虚血組織へのDil染色EPCの浸透程度を計測すると、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCを投与した場合に見られた虚血組織へのEPCの浸透がRGD peptideによって低下しており、その程度は正常マウスにおける低下に比べて著しいことが観察された(図12)。以上の結果から、Lnk遺伝子欠損EPCはインテグリンを介して移動すること、およびそのインテグリンへの依存程度は正常EPCよりも高いことが明らかになった。すなわち、Lnk遺伝子欠損EPCは正常EPCに比べて高い移動能力を発揮して虚血組織へ浸透することによって強い修復能力を発揮するものであることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、Lnk遺伝子欠損マウスと対照群マウスに下肢虚血疾患モデルを作り、血管の修復程度を調べた結果を示す。
【図2】図2は、FACS法を用いてLnk遺伝子欠損マウス由来の血液単核球細胞(MNC)の分析を行った結果(図2a)、及びLnk欠損マウス由来のKSL細胞の血管内皮形成コロニーの数を測定した結果(図2b)を示す。
【図3】図3は、Lnk遺伝子欠損マウス由来と対照群マウス由来のKSL細胞をExpansion培養系で培養した後の細胞の形態(図3a)、細胞数の変化(図3b)、及び表面マーカーの変化(図3c)を調べた結果を示す。
【図4】図4は、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCを生体内移植した下肢虚血疾患動物モデルにおける血流の改善を調べた結果を示す。
【図5】図5は、正常マウスと Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCにDiI 染色を行い、下肢虚血疾患モデルに細胞を静脈注射により投与し、損傷組織部位の切片を組織染色した結果を示す。
【図6】図6は、VEGF, SDF-1, G-CSF(10μg/kg,KIRIN) 又はSCFを投与したLnk遺伝子欠損マウスの組織におけるEPC細胞の動員を調べた結果(図6a)、及びLnk遺伝子欠損マウス群で VEGFと SCFを導入して血液内に誘導させた細胞の試験管内でのEPCへの分化能力を調べた結果(図6b)を示す。
【図7】図7は、SCFを腹腔内注射したマウスで細胞移動を誘導した後、血液中の単核球各成分を分離して細胞数を測定した結果(図7a)、並びに様々なEPC分化マーカーの抗体で細胞の染色を行った後にその分布度を検討した結果(図7b、c及びd)を示す。
【図8】図8は、Lnk遺伝子欠損EPCをVEGF、 SCF又は SDFの存在下で培養した場合における細胞数の増加(図8a)及び増殖反応活性化(図8b)を測定した結果を示す。
【図9】図9は、下肢虚血疾患モデルを作成したLnk遺伝子欠損マウスと対照群マウスの血液中における MNCの数(図9a)及びSca-1 (+)の数 (図9b)を測定した結果、並びに末梢血液由来の単核球を用いて試験管内での分化実験を行った結果(図9c及びd)を示す。
【図10】図10は、下肢虚血疾患モデルを作成した3日後及び7日後に骨髄組織内のEPC(BM-Sca-1(+)/Lin(-) cells)を分離精製後、免疫生化学法を用いてSerine 473のAktとSerine1177の eNOSのリン酸化を調べた結果を示す。
【図11】図11は、Lnk遺伝子欠損マウス由来のEPCにおけるインテグリン陽性細胞の数を調べた結果を示す。
【図12】図12は、下肢虚血疾患モデルに DiI染色されたEPC (BM- Sca-1 (+)/Lin(-))を細胞移植すると同時に、コントロール peptideとRGD peptideを静脈注射した後、EPC細胞の組織への浸透を調べた結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Lnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能が破壊又は抑制されていることを特徴とする、哺乳動物由来の血管内皮前駆細胞。
【請求項2】
ヒト又はマウス由来の細胞である、請求項1に記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項3】
Lnk遺伝子をノックアウトしたノックアウト非ヒト哺乳動物から取得される血管内皮前駆細胞である、請求項1に記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項4】
哺乳動物から取得した血管内皮前駆細胞のLnk遺伝子又はLnk蛋白質の機能を破壊又は抑制することにより取得される血管内皮前駆細胞である、請求項1に記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項5】
遺伝子相同組み換えによる遺伝子ターゲティング法によりLnk遺伝子の機能が破壊又は抑制されている、請求項4に記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項6】
SCFの存在下で培養することによって増殖能力が亢進している、請求項1から5の何れかに記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項7】
VEGF又は SCFの存在下で末梢血液中に効率よく動員される、請求項1から6の何れかに記載の血管内皮前駆細胞。
【請求項8】
細胞表面に各種インテグリンを高密度に発現している、組織への移行能力の高い、請求項1から7の何れかに記載の血管内皮前駆細胞
【請求項9】
請求項1から8の何れかに記載の血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤。
【請求項10】
虚血性疾患の治療のために使用される、請求項9に記載の細胞移植療法剤。

【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−89537(P2007−89537A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−286607(P2005−286607)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】