説明

MR流体とブリッジディスク等を用いたブレーキおよびクラッチ

【課題】応答性が良く、かつコンパクトなMR流体を用いたブレーキ力伝達装置の提供
【解決手段】MR流体ブレーキおよびクラッチのコイルの下部、もしくは上部にディスク(2)を配置し、磁力線(5)がディスクの上下部に敷かれたMR流体層(4)を4回通過する構造とする。ディスクは1枚に限らず、コイルの上下部それぞれに1枚以上ずつ設置してもよい。ディスクは、コイルの真下にあたる部分に、空隙と、内側の円盤と外側の円輪を繋ぐブリッジを有する形状や、内側の円盤と外側の円輪を非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で作成した円輪で接合するなど、磁力線がMR流体層を確実に4回以上通過し、かつ応答性の高い形状とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸の回転を減衰または静止するブレーキおよびクラッチに関するものである。特にMR流体(Magneto−Rheological Fluid)を用いたもので、磁場を印加することによって流体のレオロジー特性が変化する性質を利用したブレーキである。足関節の回転角度を制御する下肢装具や、リハビリテーションを目的とした人間に対して触覚および力感覚を提示する触力覚提示システム等の福祉分野、自動車用ショックアブソーバ等の工学的分野において使用される。
【背景技術】
【0002】
MR流体は、油系の溶媒に磁性体金属粒子を混ぜた非コロイド溶液であり、磁場の印加により、磁場に沿って粒子が鎖状に並ぶ。これによって、流体のみかけの粘度が増加する機能性流体である。
【0003】
このMR流体を用いたMR流体ブレーキは、市販されているものを含め、多数開発されている。LOAD社製のLOAD TFDは、ディスク(円盤)の上下にMR流体層が敷かれ、ディスクの外側に置かれたコイルによって印加される回転軸方向の磁場により、回転トルクを制御することができる。せん断応力発生部は、2ヶ所であり、これは標準的なMR流体ブレーキの構造である。本製品は、ワイヤーの制御を安全に行うためのものである。
【0004】
研究開発としては、ブレーキの体積を増加させることなく、発生トルクを上昇させるものが多くある。本発明者らは、コイルの外側にローターを6枚、MR流体層を12層敷いた、せん断型MR流体ブレーキを開発している。これにより、せん断応力発生部は、12ケ所となる。(非特許文献1)
【0005】
このように、ディスク枚数を増やすことは、せん断応力発生部を増やすことになるので、よりコンパクトで高トルクを発生する手法である。
【0006】
また、ウルサン大学のTran Hai NAM,Kyoung Kwan AHNらは、標準的なMR流体ブレーキの、MR流体層にローラーを加えることにより、標準的なMR流体ブレーキと比べ、同じ電流値での発生トルクを上昇させる構造を提案している。(非特許文献2)
【0007】
これは発生トルクの最大値を向上させる手法ではなく、同じ条件下での、発生トルクを上昇させる手法である。
【0008】
また、円筒型のMR流体ブレーキもワシントン州立大学のDoruk Senkal,Hakan Gurocakらが開発している。これは、コイルの外側に、回転軸方向に対して平行にMR流体が充填され、磁力線がMR流体層を何度も横断する構造となっている。(非特許文献3)
【0009】
【0010】
応答性に関して、本発明者らは、コイルを巻きつけるボビン等の磁力線の通過量を減少させる部分に非磁性材料を使用したとしても、電気抵抗が低い材料であれば、渦電流が発生し、応答性が悪くなることを明らかにしている。(非特許文献4)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】古荘純次,徳田美和,菊池武士:“インテリジェント下肢装具のためのせん断型MR流体ブレーキ第2号機の研究開発”、バイオメカニズム学術講演会予稿集27,pp.21−24,2006
【非特許文献2】Tran Hai NAM,kyoung Kwan AHN :“New approach to designing an MR brake using a small steel roller and MR fluid”、Journal of Mechanical Science and Technology 23(2009),pp.1911−1923,2009
【非特許文献3】Doruk Senkal,Hakan Gurocak :“Serpentine flux path for high torque MRF brakes in haptics applications”、Mechatronics 20(2010),pp.377−383,2010
【非特許文献4】武居直行,古荘純次,清田友礎:高速応答MR流体アクチュエータに関する研究,日本機械学会論文集(C編),Vol.69,No.681,pp.1342−1349,2003.
【非特許文献5】Van der Linde R.Q.,Lammertse P.,Frederiksen E.,and Ruiter B.:“The HapticMaster,a New High−Performance Haptic Interface”、Proceeding of Eurohaptics 2002、pp.1−5、2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
MR流体ブレーキおよびクラッチは、応答性が良く、かつコンパクトであることが要求される。特に下肢装具、触力覚提示システム等福祉分野においては、MR流体ブレーキおよびクラッチの応答性と大きさが、システムの操作性を決める大きな要因となる。
【0013】
リハビリテーション等のための触力覚提示システムにおいては、正確な力覚を提示するために、高い応答性を必要とする。
【0014】
下肢装具は、MR流体ブレーキが足関節部分に取り付けられるため、必然的にMR流体ブレーキのサイズに制限がある。また、MR流体ブレーキが大きいと、重量が大きくなるため、操作性も悪くなる。さらに,工作機械等の各種メカトロニクス機器においては,高応答性,コンパクト性が重要である。特に,ロボットや工作機械等においては,障害物回避のためにもコンパクト性が重要となる。
【0015】
これらの課題を解決する基本的なものとして、MR流体ブレーキのディスク枚数を増やす手法がある(非特許文献1)。しかし、コンパクトにするためには、ディスクの厚みを小さくし、狭い空間で多くのディスクの位置決めを行う必要がある。そのため、技術的難易度が高く、コストも高くなる。
【0016】
また、ウルサン大学のTran Hai NAM,Kyoung Kwan AHNが提案するように、MR流体層にローラーを加える手法もあるが、これは、標準的なMR流体ブレーキと比較して、同じ電流値における発生トルクを上げることを可能としているが、発生トルクの最大値を上げるものではない。(非特許文献2)
【0017】
ワシントン州立大学のDoruk Senkal,Hakan Gurocakらは、円筒型のMR流体ブレーキを開発しているが、これは応答性が悪い。(非特許文献5)
【0018】
このように、標準的なMR流体ブレーキに関して、様々な機構が提案されているが、依然として、種々の問題点が残されたままである。
【0019】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みて、応答性が良く、かつコンパクトなMR流体ブレーキおよび、クラッチを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するため、本発明は、図1に示すように、MR流体ブレーキおよびクラッチのコイルの下部もしくは、上部にディスクを配置し、磁力線がディスクの上下部に敷かれたMR流体層を4回通過する構造とする。ディスクは1枚に限らず、図2に示すように2枚設置してもよい。この構造を(A)とする。
【0021】
標準的なMR流体ブレーキの構造を図3に示す。ディスクの上下部にMR流体層が敷かれており、ディスクの外側にコイルがリング状で設置されている。ディスクは回転軸と接続しており、回転軸は、ベアリングで位置が決められている。コイル周りの磁力線が通過する部分がヨークである。コイルに電流を流すとヨーク、MR流体層に高い磁束密度の磁束が発生し、MR流体のせん断応力が上昇する。これによって、ディスクの回転が抑制される。この標準的な構造と、構造(A)とは、コイルの配置が異なる。
【0022】
また、ディスクの形状は、以下に挙げる5つの形状を考案した。ディスク(B):図4に示すように、電磁軟鉄、パーマロイ等の軟磁性材料を用いた円盤に、穴があいている形状。内側の円盤と外側の円輪を繋ぐものをブリッジとする。ブリッジは、複数個あり、円周方向に曲がっているものが最も望ましいが、放射状等であっても良い。また、せん断応力発生部は図5に示すようになっており、つまり、内側の横線部分と外側の縦線部分に挟まれた領域は、図1のコイルの真下部分に相当する。
【0023】
ディスク(C):(B)のディスクの穴に、セラミックスやエンジニアリングプラスチックなど、非磁性であり、かつ電気抵抗の高い材料を詰めた形状。図5に示す。
【0024】
ディスク(D):(B)のディスクのブリッジの部分を、非磁性体の金属と置き換えた形状。つまり、内側の円盤と外側の円輪を非磁性体の金属で接合したもの。
【0025】
ディスク(E):(D)のディスクの穴に、セラミックスやエンジニアリングプラスチックなど、非磁性体であり、かつ電気抵抗の高い材料を詰めた形状。
【0026】
ディスク(F):図6に示す.円盤と外側の円輪の間を、セラミックスやエンジニアリングプラスチックなど、非磁性体であり、かつ電気抵抗の高い材料で作成された円輪で接合した形状。
【0027】
上記課題を解決するため、本発明は、MR流体ブレーキおよびクラッチにおいて、コイルの上部もしくは、下部にディスクを配置する、構造(A)とブリッジを形成したディスク(B)の組み合わせ、構造(A)とディスク(C)の組み合わせ、構造(A)とディスク(D)の組み合わせ、構造(A)とディスク(E)の組み合わせ、構造(A)とディスク(F)組み合わせの5通りの手段を講じる。
【発明の効果】
【0028】
上記のように本発明は、MR流体ブレーキおよびクラッチにおいて、コイルの下部もしくは上部にディスクを配置し、ディスクはブリッジを有する等の形状にすることにより、応答性が良くかつコンパクトなMR流体ブレーキおよびクラッチである。
【0029】
本発明は、MR流体ブレーキおよびクラッチのディスクをコイルの下部もしくは、上部に配置することにより、磁力線がMR流体層を4回通過するので、1枚のディスクあたりのせん断応力発生部は4ヶ所になる。標準的なMR流体ブレーキの場合は、1枚のディスクあたりのせん断応力発生部は2ヶ所であるので、本発明の発生部は標準的なMR流体ブレーキの2倍になる。これにより、本発明は、コンパクトな形で、高いトルクを発生可能となる。
【0030】
また、ディスクを一部でのみ接続部を有するブリッジ形状(B)(図4に示す)にすることにより、コイルより発生した磁力線がディスク外側のドーナツ形状部と内側の部分を半径方向に通過することを抑制している。かつ、ディスクに発生する渦電流も抑制しているので、応答性も良い。また、ブリッジを有するディスク形状は、製作も容易であり、低コストで実現できる。
【0031】
ディスク(C)においては、ディスクの穴を非磁性体かつ電気抵抗の高い材料でふさぐことにより、ディスク回転時のディスクの穴の影響による、MR流体の流れのはく離、渦の発生等を防いでいる。つまり、基底トルクを下げる効果がある。さらに,ディスクの強度を増す効果がある.
【0032】
ディスク(D)においては、ディスク(B)と比較して、ブリッジを非磁性体の金属にするので、半径方向への磁力線の漏れを防ぐ.この構造では,渦電流の影響を抑え、さらに応答性を良くできる。
【0033】
ディスク(E)においては、ディスク(D)に対して、基底トルクを下げる,および構造強度を上げる等の効果を有する。
【0034】
ディスク(F)においては、内側の円盤と外側の円輪を、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料を用いた円輪で接続するので、半径方向の磁力線の漏れおよび渦電流を抑制し、かつ基底トルクを下げる効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明のMR流体ブレーキにおいて,ディスク,コイル,MR流体の配置を示す断面図である.
【図2】本発明のMR流体ブレーキにおいてディスクを2枚設置した場合の断面図である。
【図3】標準的なMR流体ブレーキの断面図である.
【図4】本発明に係る、ブリッジ形状を有するディスクを示す図である.
【図5】本発明に係るディスクにおいて、せん断応力が発生する部分を示す図である。
【図6】本発明に係るディスクにおいて、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で穴を埋めた形状を示す図である。
【図7】本発明に係るディスクにおいて、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で内側の円盤と外側の円輪を接合した図である。
【符号の説明】
1,9,17 コイル
2,10,16 ディスク(円盤)
3,12,19 ヨーク
4,13,18 MR流体
5,15,20 磁力線
6 ボビン
7 シャフト
8 ベアリング
9 ブレーキ力伝達部
11 コイル蓋
14 中段ヨーク
21 穴
22 ブリッジ
23 せん断応力発生部1
24 せん断応力発生部2
25,26 非磁性かつ電気抵抗の高い材料
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明に関するMR流体ブレーキおよびブレーキの第1実施形態について,図1を用いて説明する。
【0037】
図1は,本発明に関するブリッジディスクを用いたMR流体ブレーキおよびクラッチの第1実施形態図である.ブリッジディスクを用いたMR流体ブレーキおよびクラッチは、主に回転軸であるシャフト(7)、シャフトを制動するベアリング(8)、シャフトとともに回転するブリッジディスク(2)、磁力線(5)が通過すると粘性が増加するMR流体(4)、磁力線の発生源となるコイル(6)、磁力線が通過するヨーク(3)、コイルを巻きつけるボビン(6)、外側のケースよりなる。
【0038】
構成としては、外側のケースにベアリング(8)が固定されている。ベアリングの中心部には、シャフト(7)が通されているので、シャフトの回転方向以外は動かない。ブリッジディスク(2)はシャフトに固定されているので、同様に回転方向以外は動かない。非磁性体で作成されるボビン(6)は、MR流体上部内側のヨーク(3)にネジで固定され、コイル(1)が巻かれている。MR流体上部内側のヨークと外側のヨーク、MR流体下部のヨークはそれぞれケースに固定されている。また、MR流体は、ケースの中部外側にあけられた穴(図1の点線)から充填され、シールで漏洩しないようになっている。ケース上部にあけられた穴(図1の点線)によって、任意の位置にMR流体ブレーキは固定される。また,ブリッジディスクは、上記(B)〜(F)のいずれでもよい。
【0039】
これらの構造により、コイルに電流が流れると、磁力線(5)が発生する。磁力線は、MR流体層を4度通過するので、せん断応力発生部も4ヶ所となり、ブリッジディスクの回転が抑制される。これにより、シャフトを通じて、ブレーキ力が外部機構に伝達される。
【0040】
本発明に関するMR流体ブレーキおよびクラッチの第2実施形態について,図7を用いて説明する。
【0041】
図7に示すように、第2実施形熊は、第1実施形態と比較して、コイル(28)の上部にブリッジディスク(30)が1枚、MR流体層(29)が2層追加された形態である。これによる第1実施形態の変更点としは、中段のヨーク(14)とボビンにあたる。中段のヨークは、コイル設置位置は薄くしてあり、コイルが巻かれた後に、その上から薄い円盤で蓋(11)をされる。中段のヨークはケースに固定されている。ディスク枚数が増えたことにより、MR流体充填箇所も2ヶ所となる。また、第1実施形態と同様にブリッジディスクは上記(B)〜(F)のいずれでもよい。
【0042】
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内において種々の様態を採用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と回転軸に固定されたディスク(円盤)、ディスクの上下に敷かれたMR流体層、コイルを備え、コイルに電流を流し、磁場を発生させることによって、トルクを発生するブレーキ力伝達装置において、コイルと軸方向に並ぶ位置に磁性体のディスクを1枚配置し、ディスクは、コイルの端面をディスクに投影した領域に空隙と、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪を繋ぐ磁性体のブリッジを有することを特徴をするブレーキ力伝達装置。
【請求項2】
請求項1に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクの空隙を、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で埋めたディスクを用いるブレーキ力伝達装置。
【請求項3】
請求項1に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクのブリッジを非磁性体かつ電気抵抗の高い材料とするブレーキ力伝達装置。
【請求項4】
請求項3に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクの空隙を、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で埋めたディスクを備えるブレーキ力伝達装置。
【請求項5】
請求項1に記載の当該ブレーキ力伝達装置において、ディスクは、コイルの端面をディスクに投影した領域は、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で作成された円輪とし、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪は磁性体とし、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪が、それぞれ非磁性体かつ電気抵抗の高い円輪と接合していることを特徴とするブレーキ力伝達装置。
【請求項6】
回転軸と回転軸に固定されたディスク(円盤)、ディスクの上下に敷かれたMR流体層、コイルを備え、コイルに電流を流し、磁場を発生させることによって、トルクを発生するブレーキ力伝達装置において、コイルの上部と下部に磁性体のディスクを1枚以上ずつ配置し、ディスクは、コイルの端面をディスクに投影した領域に空隙と、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪を繋ぐ磁性体のブリッジを有することを特徴とするブレーキ力伝達装置。
【請求項7】
請求項6に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクの空隙を、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で埋めたディスクを用いるブレーキ力伝達装置。
【請求項8】
請求項6に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクのブリッジを非磁性体かつ電気抵抗の高い材料とするブレーキ力伝達装置。
【請求項9】
請求項8に記載の当該ブレーキ力伝達装置のディスクの空隙を、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で埋めたディスクを備えるブレーキ力伝達装置。
【請求項10】
請求項6に記載の当該ブレーキ力伝達装置において、ディスクは、コイルの端面をディスクに投影した領域は、非磁性体かつ電気抵抗の高い材料で作成された円輪とし、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪は磁性体とし、当該投影領域の内側の円盤と外側の円輪が、それぞれ非磁性体かつ電気抵抗の高い円輪と接合していることを特徴とするブレーキ力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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