説明

Mg−Li系合金の微細組織・構造の評価方法

【課題】ZnやAl等の第三元素を含むMg−Li合金の強化機構を解明可能であり、Mg−Li系合金を適切に評価することが可能な方法を提供する。
【解決手段】少なくともMgとLiと第三元素とを含んでなるMg−Li系合金の評価方法であって、高角度円環状検出器暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)によって、Mg−Li系合金のHAADF−STEM像を取得し、当該Mg−Li系合金の構造、及び/又は、当該Mg−Li系合金における重・軽元素(ZnやLi)の偏在状態を確認することを特徴とする、Mg−Li系合金の評価方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mg−Li系合金の新規評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Mg材料は軽量な金属材料であり、自動車部品や電子機器のボディ等への適用が期待されている。しかしながら、Mg材料は冷間加工性に劣るという課題を有しており、当該課題を解決すべく種々の研究がなされている。
【0003】
Mg材料の冷間加工性を向上させる技術として、大量のLiを添加してMg−Li合金とするものがある。MgにLiを約16at%以上添加すると、結晶構造が最密六方構造(hcp)から体心立方構造(bcc)へと変化するため、冷間加工性が向上する。また、Liの添加によって密度が低下するため、一層軽量化することができる。しかしながら、Mg−Li合金は強度や耐食性に劣るという課題を有しており、当該課題を解決するための様々な技術が開示されている。例えば、特許文献1〜3や非特許文献1等に開示されているように、Mg−Li合金において、さらにAlやZn等の第三元素を添加してMg−Li系合金とすることにより、強度等を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−58089号公報
【特許文献2】特開2001−40445号公報
【特許文献3】特開平7−268535号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】八太ら、「Mg−Li−AlおよびMg−Li−Zn三元合金の加工性、熱処理特性および機械的性質」、研究論文、軽金属Vol.45、No.12(1995)p702〜707
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように優れた特性を有するMg−Li系合金ではあるが、第三元素を含ませたことにより当該Mg−Li系合金がどのように強化されるのか等、強化機構の詳細について解明されていない点が多く、Mg−Li系合金の強化機構を評価・解明可能な方法が求められている。
【0007】
そこで本発明は、ZnやAl等の第三元素を含むMg−Li系合金の強化機構を解明可能であり、Mg−Li系合金を適切に評価することが可能な方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、Mg−Li合金に少量の第三元素を添加することによって合金強化を図った際の強化機構を解明すべく、X線回折法や透過電子顕微鏡法(TEM法)による微細組織・構造の評価を行った。そして、本発明者が鋭意研究を進めたところ、高角度円環状検出器暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)にて取得したHAADF−STEM像によれば、Mg−Li系合金の結晶構造の変化に加えて、軽元素であるLiやZnなどの第三元素の偏在状態を容易かつ正確に確認することができることを知見した。これにより、Mg−Li合金の微視的な時効析出挙動を確認することができ、Mg−Li合金の強化機構を評価することが可能となった。
【0009】
本発明において、「HAADF−STEM法」とは、国内では1995年頃よりハード面での商用化が始まった比較的新しい電子顕微鏡技術で、「デジタル走査像観察装置」と「円環状検出器」を搭載した「電界放出型透過電子顕微鏡」を用いて、2Å程度に細く絞った電子ビームで対象試料(Mg−Li合金)上をスキャンし、試料内で散乱された電子を検出して二次元分布像を得る方法をいう。当該方法にあっては、電子ビームを走査させた際に生じる散乱電子のうち、特に高角度(>70mrad)に散乱された弾性散乱電子を円環状検出器で捕獲し、それを電子線強度として2次元的に記録する。このとき検出される電子線強度は、原子番号の2乗に比例することが知られ、観察像はZコントラスト像とも呼ばれる。当該方法により得られるZコントラスト像は、非干渉像であるため、従来の高分解能電子顕微鏡像に現れる電子波の干渉像と異なり、像解釈が容易になる。つまり、HAADF−STEM法によって取得した画像を見る場合、相対的に明るく写っている箇所が大きなZから成る重元素の濃化領域に対応し、逆に暗い箇所が軽元素の濃化領域に対応するとの解釈が可能になる。そこで、本発明者は、Mg−Li系合金の時効析出挙動を調査する際に、通常のTEM法(汎用TEM法)に加えてHAADF−STEM法を併用することにより、同系合金の時効析出挙動に関してより詳細な情報を取得すること、つまり、時効の進行に伴って変化する重元素(原子番号Zの大きな添加元素)や軽元素(Li)の分布状態をより容易かつ正確に評価することが可能になると考えた。
【0010】
また、Mg−Li合金は、酸化や窒化の影響及び電子線やアルゴンイオンなどによる照射ダメージの影響を受けやすく、従来技術においてはTEM法の適用はおろか、TEM観察用の薄片試料を作製することが極めて困難であると考えられていた。一般の金属材料に対するTEM観察用試料の作製法としては、高エネルギーのアルゴンイオンを試料にぶつけて薄片化する「イオン衝撃研磨法」と化学液によるエッチング作用を利用した「電解研磨法」に大別されるが、いずれの方法もMg−Li系合金にそのまま適用しようとすると、構造劣化や被膜の形成などの悪影響が生じることが問題であった。これに対し、本発明者は鋭意研究により、Mg−Li系合金をTEM観察に供するよう薄片化する際に、同材料の構造劣化を最小限に抑えるべく液体窒素で冷却させながらイオン衝撃研磨を行う等の工夫を施し、良質なTEM観察試料片を得ることに成功した。
【0011】
従来の電子顕微鏡技術によれば、LiやOなどの軽元素は電子線との相互作用が極めて小さく、可視化することはおろか、それらの結晶状態を調べることは困難とされてきた。ところが今回、良質なTEM観察試料片に仕上げられたMg−Li系合金に対してHAADF−STEM法を適用した場合、同系合金内に形成したリチウム化合物粒子(リチウム酸化物や亜鉛化リチウム)が効果的に顕在化することを見出し、リチウムの偏在状態に関する具体的な評価が可能になり、従来常識では想到し得なかった本発明を完成させたのである。
【0012】
すなわち本発明は、少なくともMgとLiと第三元素とを含んでなるMg−Li系合金の評価方法であって、高角度円環状検出器暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)によって、Mg−Li系合金のHAADF−STEM像を取得し、当該Mg−Li系合金の微細組織・構造、及び/又は、当該Mg−Li系合金における重・軽元素の偏在状態を確認することを特徴とする、Mg−Li系合金の評価方法である。本発明によれば、Mg−Li系合金の微細組織・構造、及び/又は、当該Mg−Li系合金におけるLiや第三元素の偏在状態を迅速かつ正確に評価することができる。
【0013】
本発明において「第三元素」とは、Zn、Al、Sn、Ag等の金属元素をいう。好ましくはZn、Al、より好ましくはZnである。また、本発明において「Mg−Li系合金における重・軽元素」とは、重元素として上記第三元素を挙げることができ、軽元素として、Liを挙げることができる。本発明では、Mg−Li系合金のHAADF−STEM像から、例えば、Mg−Li系合金において、Liや第三元素の濃化領域の大きさや分散の度合い(第三元素が濃化して析出した析出粒子の大きさや分散の規則性等)を確認することにより、Mg−Li系合金の時効硬化現象の成因を適切に評価することができる。より具体的には、例えば、Mg−Li−Zn合金において、汎用TEM法(明視野法、暗視野法、電子回折法など)によって同合金の構成相ならびにそれらの集合状態を確認し(この場合では、体心立方構造相(bcc相)−最密六方構造相(hcp相)−斜方晶構造相(orthorhombic相)の混合組織からなるヘテロ構造の形成)、さらにHAADF−STEM法によって、LiならびにZnの偏在状態がある程度確認された場合(例えば、10nm以上の粒子径を有する濃化粒子が確認された場合)、当該Mg−Li系合金における時効硬化の進行度を評価することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の効果は、以下のように概説される。つまり、一般に材料開発のプロセスとは、「材料合成−特性評価−構造解析」から成るサイクルの繰り返しによって展開し、現代の構造解析作業の中核を担っている技術が透過電子顕微鏡法である。特にナノテクノロジーという概念が一般的になった今日、材料の組織・構造を原子レベルで正当に評価し、これらの情報を迅速かつ有効利に材料プロセッシングにフィードバックすることが、最適な材料を生み出すために必須の作業となっている。Mg−Li系合金に照らして換言すれば、従来技術において有効な構造解析法が存在しなかったことが、これまで同材料の開発研究が遅れた主因と考えられる。本発明によれば、Mg−Li系合金の構造解析に際してHAADF−STEM法を適用することにより、同系合金の時効析出挙動を容易かつ正確に評価できるようになり、これにより当該Mg−Li系合金における強化機構を正しく解釈することができる。そして、本発明に係る評価方法により、合金成分や組織・構造制御の視点から、従来技術では果たせなかった強度性能と延性能を両立させた新Mg-Li合金開発の大幅な進展が期待できる。また、それとは別に、もともとHAADF−STEM法はその実用化が始まった当初から、「軽金属中に含まれる重元素の偏在状態」を感度良く知ることができる技術として注目され普及が進んできたが、本発明者は、HAADF−STEM法が「軽金属中(Mg)に含まれる軽元素(Li)の偏在状態」を知るうえでも有効であることを知見・実証し、本発明を完成させたのであり、この点についても特筆に値する。つまり、本発明の方法は、Mg−Li合金以外のリチウム含有材料(例えばリチウムイオン電池等)にも適用可能な評価法になり得ることを示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第三元素を含まないMg−Li合金、及び、第三元素としてZn、Al、Ag又はSnを添加したMg−Li合金それぞれについて、試験材から得られた室温下での等温時効硬化曲線である。
【図2】第三元素を添加していないMg−Li合金の自然時効に伴うXRDスペクトルの変化を示す図である。
【図3】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金の自然時効に伴うXRDスペクトルの変化を示す図である。
【図4】第三元素を含まないMg−Li合金のTEM写真画像を示す図である。
【図5】第三元素を含まないMg−Li合金の典型的な微細組織を写す高分解能像を示す図である。
【図6】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金のTEM写真画像であり、初期時効材の母相に対する[100]方位から撮影した画像を示す図である。
【図7】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金のTEM写真画像であり、ピーク時効材の母相に対する[100]方位から撮影した画像を示す図である。
【図8】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金に係る初期時効材について、TEMにより取得した母相に対する[100]晶帯軸入射の電子回折図形を示す図である。
【図9】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金に係る初期時効材について、図8の回折スポット1〜6に係る暗視野像である。
【図10】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金に係るピーク時効材について、TEMにより取得した母相に対する[100]晶帯軸入射の電子回折図形を示す図である。
【図11】第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金に係るピーク時効材について、図10の回折スポット1〜6に係る暗視野像である。
【図12】Zn添加のMg−Li系合金に係る初期時効材の同一視野に対して実施した汎用TEM法とHAADF−STEM法による観察例を示す図である。図12(A)がZn添加の初期時効材から得られた汎用TEM像で、図12(B)がHAADF−STEM像である。
【図13】図12(B)の一部を拡大した写真を示す図である。
【図14】Zn添加のMg−Li系合金に係るピーク時効材の同一視野に対して実施した汎用TEM法とHAADF−STEM法による観察例を示す図である。図14(A)がZn添加のピーク時効材から得られた汎用TEM像で、図14(B)がHAADF−STEM像である。
【図15】Zn添加のMg−Li系合金に係るピーク時効材について、HAADF−STEM像及びMg、Zn、Oに関する元素マッピング像を示す図である。
【図16】Zn添加のMg−Li系合金に係るピーク時効材について、母相に対する[100]方位より高分解且つ高倍率で取得したHAADF−STEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るMg−Li系合金の評価方法は、少なくともMgとLiと第三元素とを含んでなるMg−Li系合金の評価方法であって、高角度円環状検出器暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)によって、Mg−Li系合金のHAADF−STEM像を取得し、当該Mg−Li系合金の微細組織・構造、及び/又は、当該Mg−Li系合金における軽元素(Li)や第3元素(特にZnなどの重元素)の偏在状態を確認することに特徴を有する。本発明によれば、Mg−Li系合金における時効析出組織を容易かつ正確に評価することができ、例えば、Mg−Li系合金について強度試験を行うことなく、当該Mg−Li系合金が強度に優れるものであるのか否かをある程度予見することができるようになる。
【0017】
本発明に係る評価対象であるMg−Li系合金において、Mg、Li及び第三元素の組成比は特に限定されるものではない。従来公知のMg−Li系合金を対象とすることができる。Mg−Li系合金は、酸化や窒化の影響及び電子線やアルゴンイオンによる照射ダメージの影響を受けやすく、透過電子顕微鏡法の適用が難しいとされてきた。よって、従来技術によれば、同系合金の微視的な時効硬化機構の解明は極めて困難であると考えられていたが、本発明では当該従来常識とは相反して、HAADF−STEM法によってMg−Li系合金の時効析出組織に関する詳細な評価が可能になり、ひいては微視的強化機構の解釈までが可能になったことに特徴を有する。
【0018】
本発明において、Mg−Li系合金に含まれる第三元素とは、Zn、Al、Sn、Ag等の金属元素をいう。好ましくはZn、Al、より好ましくはZnである。第三元素としてZnを添加した場合に、特に大きな時効硬化を得ることができ、強度に優れたMg−Li系合金とすることができる。そして、本発明に係る評価方法により、第三元素、特にZnのように主構成元素(Mg)に対して相対的に大きな原子量Zを有する元素を添加した場合のMg−Li系合金の時効析出組織を正確に評価することができ、同添加操作によるMg−Li系合金の微視的強化機構に関する正しい理解が可能になる。
【0019】
本発明においては、Mg−Li系合金のHAADF−STEM像から、例えば、Mg−Li系合金における軽元素(Liや自然酸化に伴って取り込まれた酸素O)ならびに第三元素(特にZnのような重元素)の濃化領域の形状、大きさ、密度等の情報収集が可能になる。これによって、Mg−Li系合金の時効硬化挙動を適切に評価し、ひいては同合金の時効硬化機構の正しい理解が可能になる。これらの情報を元に、新たな材料合成に対する設計指針の提示、つまり、Mg−Li合金組成、第3元素の種類や量、時効処理の温度や処理時間などの条件設定が可能になり、効果的なフィードバックが達せられる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により、本発明に係る評価方法についてさらに詳述するが、本発明は以下の実施例に記載された具体的な形態に限定されるものではない。
【0021】
まず、第三元素を含むMg−Li系合金における強化向上に大きく寄与する、Mg−Li系合金の時効硬化について、時効硬化曲線を用いて説明する。
【0022】
下記表1に示す組成比及び条件にて、Mg−Li合金或いはMg−Li系合金を作製した。
【0023】
【表1】

【0024】
図1に、表1に示した第三元素を含まないMg−Li合金、及び、第三元素としてZn、Al、Ag又はSnを添加したMg−Li系合金それぞれに対して所定の溶体化処理を施した後、室温下(23℃)で調査した等温時効硬化測定の結果を示す。図1から明らかなように、第三元素を添加することによって、ビッカース硬さ値(HV)が上昇し時効硬化が高まることが分かる。中でも、Znを添加した場合には、汎用の高強度Mg合金材に匹敵するほどの大きな時効硬化が得られた。一方、Zn添加の場合と比べると控えめではあるものの、第三元素としてAlを添加した場合でも、良好な時効硬化性能が得られた。
【0025】
Mg−Li合金は、室温下で時効が自発的に進行し(自然時効)、これに伴って結晶構造が変化するものと考えられた。図2に、第三元素を添加していないMg−Li合金の自然時効に伴うXRDスペクトルの変化を示す。初期時効段階では、bcc構造のβ−Li相を示すピークが多く確認できるが、時効が進行するとともに、hcp構造のα−Mg相を示すピークが徐々に大きくなることが分かる。その他、Li酸化物、水酸化物、窒化物に起因するとみられるピークも確認できるが、これらは大気との接触によって試料表面に生じた反応生成物とみられた。
【0026】
図3に、第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金の自然時効に伴うXRDスペクトルの変化を示す。Zn添加合金では、時効の進行に伴ってbcc構造を擁するβ−Li相に加え、hcp構造のα−Mg相、さらには第三の化合物相に対応するピークの高まりが観測された。当該第三の化合物相の詳細については未解明であるものの、従来の報告に照らせば、MgLiZn型化合物相を含んでいる可能性がある。いずれにせよ、第三元素としてZnを添加したMg−Li合金の時効硬化の原因は、bcc母相内における複数の異相析出物の出現が関与していると考えられた。この解釈は、後述のTEMならびにHAADF−STEM法による観察データによってより具体的に支持されることとなった。
【0027】
上記の通り、Mg−Li系合金における時効硬化は、bcc母相中に複数の析出物が発生したことに起因したものと言える。図2、3のX線回折測定結果では、その一つがhcp相析出物であることが示唆されたが、X線回折測定では十分且つ容易にMg−Li系合金を評価できるとは言えない。そこで、本発明者は、TEM法によって、Mg−Li系合金における母相や析出物などの対象物を直接に拡大観察することで、Mg−Li系合金を適切に評価できるのではと考えた。実際の観察作業の際には、析出強化の一般理論を念頭に置いて、析出物の種類、析出物の密度、析出物の大きさ、析出物の形態、析出物の発生による結晶格子のひずみ、析出物の硬さ(母相との整合性、剛性率の違い)等に着目しながらデータ収集に努めた。
【0028】
まず、通常のTEM観察によって、第三元素を含まないMg−Li合金、或いは、第三元素を含むMg−Li系合金を観察した場合について説明する。
【0029】
図4(A)、(B)は、第三元素を含まないMg−Li合金の母相に対する[100]方位から撮影されたTEM写真画像、及び電子回折図形を示す図である。図4(A)、(B)から明らかなように、第三元素を含まないMg−Li合金の組織状態は、均一なコントラストからなる母相領域が大半を占め、析出物や結晶格子のひずみはそれほど目立たなかった。ところが図4(A)の画像を注意深くみると、多数の線状欠陥が2方向に走っていることが分かった。これらはいずれもbccやhcpとは異なる構造相の形成が関与して現れた「双晶境界」と考えられた。そしてこの双晶境界の発生に伴って、回折スポットに細かな分裂が現れたものと解釈された(図4(B))。
【0030】
図5に、第三元素を含まないMg−Li合金の典型的な微細組織を写す高分解能像を示す。図5から明らかなように、平行な縞状コントラストからなるモアレ縞の形成に加え、双晶の形成によるドメイン(分域)構造領域が発達した様子が確認できる。この場合の双晶境界は、シャープな格子面からなるものではなく、3nmから5nm程度の幅をもった乱れた構造領域を境界として、その両側にbccやhcpとは異なる斜方晶系(orthorhombic)の構造領域が「鏡映対称」の関係をとりながら存在する。モアレ縞の周囲に発生する「ひずみ場」や「双晶境界」等の格子欠陥はいずれも、転位のすべりに対する運動障害として機能し、強度上昇をもたらす重大な影響因子とみなせる。以上より、Mg−Li合金の構造とは、母相のbcc構造に加え、hcp構造ならびに多数の双晶境界によって分域化された斜方晶構造から成る混合組織(ヘテロ構造)として特徴付けられることが分かった。この現象は、第3元素を添加した場合でも、その種類や量によって程度を変えながら再現することが確かめられた。
【0031】
図6、7に、第三元素としてZnを添加したMg−Li系合金のTEM写真画像を示す。尚、図6に示したTEM写真画像は、初期時効材に対して母相の[100]方位から撮影したものであり、図7に示したTEM写真画像は、ピーク時効材に対するものである。図6、7を見ると明らかなように、図4に示した第三元素を含まないMg−Li合金の写真と比較して、Zn添加合金のほうが微細且つ複雑なコントラストを示しており、Zn添加によってMg−Li合金に大きな組織変化が生じたことが分かる。しかしながら、図6と図7とを比較しても、組織的に大きな違いは認められず、単に通常のTEM画像を観察するのみでは、第三元素を添加した場合におけるMg−Li合金の強化機構を評価することは困難であった。
【0032】
本発明者は、TEM写真において複雑に分裂した回折スポットに注目し、汎用観察技術の一つである暗視野法を適用して画像取得を行い、Znを添加したMg−Li合金の構成相粒子の分散状態を比較した。
【0033】
図8に、「初期時効材」の母相に対する[100]入射の電子回折図形を示す。ここに分裂して存在する6つの回折スポットに注目して対物レンズ絞りを挿入し、暗視野像を取得して、それぞれのスポットに起因する粒子の分布情報を調査した。まず、図9(A)に、スポット1とスポット2に対応した暗視野像を示す。図9(A)は、それぞれhcp相及びそのバリアント晶(結晶構造は等価であるが、成長方位の異なる析出結晶粒子の総称)に起因するものである。図9(A)において、明るく光っている粒子がhcp相粒子に対応し、一粒子当たり数nm程度の粒子径からなる小さな粒子であることが分かる。また、図9(B)、(C)に、スポット3〜6に対応した暗視野像を示す。図9(B)、(C)は、双晶関係にあるorthorhombic相及びそのバリアント晶に起因するものである。これらはhcp相粒子よりも粒子径が大きく、数十nmのサイズを有することが分かる。
【0034】
図10に、「ピーク時効材」の母相に対する[100]入射の電子回折図形を示す。ここに分裂して存在する6つの回折スポットに注目して対物レンズ絞りを挿入し、暗視野像を取得して、それぞれのスポットに起因する粒子の分布情報を調査した。まず、図11(A)に、スポット1とスポット2に対応した暗視野像を示す。図11(A)は、それぞれhcp相及びそのバリアント晶に起因するものである。図11(A)から明らかなように、初期時効材においては数nm程度の粒子径であったhcp相粒子が、ピーク時効材においては100nmを上回るほどに拡大成長していることがわかる。また、図11(B)、(C)に、スポット3〜6に対応した暗視野像を示す。図11(B)、(C)から明らかなように、双晶関係にある斜方晶相及びそのバリアント晶に起因する析出物粒子についても、若干の粒成長が確認できる。すなわち、hcp相及び斜方晶相からなるそれぞれの析出物粒子が、「100nm程度の大きさに及ぶ粒成長を遂げたこと」が、Mg−Li合金の強度向上に大きな影響を与えたと判断することができる。
【0035】
図12に、Zn添加のMg−Li系合金に係る初期時効材の同一視野に対して実施した汎用TEM法ならびにHAADF−STEM法による観察例を示す。図12(A)がZn添加の初期時効材から得られた汎用TEM像で、図12(B)がHAADF−STEM像である。図12(A)に示すTEM像のコントラストは、電子の散乱・吸収コントラストからなるもので、試料の厚さや密度、ひずみなど様々な条件の影響を受けて現れるため、その像解釈は容易でない。一方、図12(B)に示すHAADF−STEM像のコントラストは、原子番号Zの2乗に比例して現れるため、像解釈が容易である。すなわち、明るく見える場所が重元素(すなわちZn)の濃化領域であり、暗く見える場所が軽元素(Li)の濃化領域である。図12(B)の一部を拡大した写真を図13に示す。図13において暗い領域がLi(もしくはその化合物)の濃化領域で、明るい領域がZnの濃化領域と言える。
【0036】
図14に、Zn添加のMg−Li系合金に係るピーク時効材の同一視野に対して実施した汎用TEM法ならびにHAADF−STEM法による観察例を示す。図14(A)がZn添加のピーク時効材から得られた汎用TEM像で、図14(B)がHAADF−STEM像である。図14(B)から分かるように、ZnとLiそれぞれの濃化領域が白黒のコントラストとなっており、図12の初期時効材とは大きく異なる組織の特徴、つまりZnとLiに関する特異な偏析状態が顕在化している。図14(B)において、HAADF−STEM像に見える微細な明るい粒子は、Znの濃化粒子であり、一様な方向性、すなわち母相の<100>方向に沿って分散析出していることが分かる。一方、黒色の比較的大きな粒子はLiの濃化粒子であり、EDS分析によれば酸化リチウム或いは亜鉛化リチウムの粒子と推測された(図15)。図13と図14とを比較すると明らかなように、Zn添加のMg−Li合金においては特に、微細且つ高濃度に現れるZnの濃化粒子の析出、あるいはそれに加えてLiの濃化粒子の析出が、当該合金の大きな時効硬化をもたらす影響因子になっていると判断された。
【0037】
また、図16に、Zn添加のMg−Li系合金に係るピーク時効材について、電子線の入射方位を精密に[100]晶帯軸に平行に調整したうえで、高倍率にてHAADF−STEM像を取得した場合の図を示す。図16から明らかなように、より微細なコントラストの発生を観察することができる。図16においては、90°の回転関係にある2つの等価な<110>方向に沿って延びた直線状の細いコントラスト(線部分)からなるものであることがわかる。この析出物の実体については未解明であるが、bcc母相の<110>に平行な格子点をZn原子が2次元的に置換したできた板状の整合析出物、つまりGPゾーンである可能性が考えられた。
【0038】
以上より、Mg−Li系合金について、HAADF−STEM像を取得することにより、Mg−Li系合金における第三元素(Zn)や軽元素(Li)の化学的偏析状態を可視化することができ、Mg−Li系合金の時効硬化に直結する組織学的特徴を適切に解明・評価することが可能と言える。言い換えれば、硬度試験や強度試験において優れた性能を示したMg−Li系合金に対して本発明に係る評価を実施し、その構造の変化や重・軽元素の分布状態を評価し、時効硬化メカニズムを正しく理解することにより、新たな材料合成に対する設計指針の提示、つまり、Mg−Li合金組成、第三元素の種類や量、時効処理の温度や処理時間などの条件設定が可能になり、効果的なフィードバックが達せられることとなった。
【0039】
以上、現時点において、最も実践的であり、且つ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うMg−Li系合金の評価方法もまた本発明の技術範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、Mg−Li系合金における強化機構の詳細を適切に評価することができる。これを活用することで、硬度試験や強度試験において優れた性能を示したMg−Li系合金について、本発明に係る評価方法によってその構造の変化や重・軽元素(ZnやLi)の分布状態を評価し、時効硬化メカニズムを正しく理解することにより、新たな材料合成に対する設計指針の提示、つまり、Mg−Li合金組成、第三元素の種類や量、時効処理の温度や処理時間などの条件設定が可能になり、効果的なフィードバックが達せられこととなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともMgとLiと第三元素とを含んでなるMg−Li系合金の評価方法であって、
高角度円環状検出器暗視野走査型透過電子顕微鏡法(HAADF−STEM法)によって、前記Mg−Li系合金のHAADF−STEM像を取得し、該Mg−Li系合金の微細組織・構造、及び/又は、該Mg−Li系合金における重・軽元素の偏在状態を確認することを特徴とする、
Mg−Li系合金の評価方法。
【請求項2】
前記Mg−Li系合金の前記HAADF−STEM像から、該Mg−Li系合金中における、bcc-hcp-orthorhombicからなるヘテロ構造の有無、前記重・軽元素の濃化領域の形状、大きさ、及び/又は、密度を確認する、請求項1に記載のMg−Li系合金の評価方法。
【請求項3】
前記第三元素がZnである、請求項1又は2に記載のMg−Li系合金の評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate


【公開番号】特開2013−11474(P2013−11474A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143210(P2011−143210)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】