説明

N−アルケニル化合物の製造方法

【課題】本発明は、安価な原料化合物を用い、収率が比較的高く、且つ安全に実施できることから、工業的な大量合成にも適用可能なN−アルケニル化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るN−アルケニル化合物の製造方法は、パラジウム触媒と銅塩の存在下、特定のアミン化合物またはヘテロアリール化合物とアルケニルエステル化合物とを反応させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−アルケニル化合物を製造するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
N−ビニルピロリドンやN−ビニルカルバゾールなどのN−アルケニル化合物は、重合体を製造するための単量体などとして有用である。N−アルケニル化合物から得られる重合体は、耐熱性、光学特性、UV硬化性、粘着性、透明性、固体分散性といった特性を有することから、電子情報材料、電池材料、光学材料、フィルム材料、光学フィルム材料、有機EL材料、レジスト材料、液晶材料、塗料、接着剤、洗剤など各種化学品の製造原料として用いられる。
【0003】
このN−アルケニル化合物は、古典的には窒素含有化合物にアセチレンを反応させることにより製造されていた。しかし、アセチレンは爆発するおそれがあるので、かかる方法を工業的な大量合成に適用するのは危険であった。そこで、N−アルケニル化合物に関しては様々な製造方法が検討されている。
【0004】
例えば特許文献1に記載の方法では、塩化パラジウムなどの白金族金属ハロゲン化物の存在下、オレフィンにアミド化合物などを反応させている。しかし当該方法には、使用した基質化合物に対する収率が低いという問題がある。また、エチレンなどのオレフィンは常温常圧で気体である上に可燃性であることから、原料化合物として安全に使用するためには非常に大規模な設備を必要とする。
【0005】
特許文献2には、塩化パラジウムなどのパラジウム塩の存在下、アミド基を有する窒素含有複素環化合物とビニルエステルを反応させる方法が記載されている。しかし、当該方法では窒素含有複素環化合物を十分に反応させることができず、使用した当該複素環化合物に対する収率は低い。
【0006】
特許文献3には、パラジウム塩等の存在下、カルバゾール化合物と高価なビニルエーテルとを反応させる方法が記載されている。しかし、かかる方法でもカルバゾール化合物を十分に反応させることはできず、収率は低い。
【0007】
非特許文献1に記載の方法では、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム(Na2[Pd
Cl4])の存在下、酢酸ビニルと環状イミドまたはラクタムを反応させており、その収
率は高い。しかし当該方法では、触媒と基質化合物の添加工程と後処理工程を繰り返し行わなければならず、工業的に実施するのは難しいという問題がある。
【0008】
非特許文献2には、パラジウム−ホスフィン錯体の存在下、臭化ビニル化合物を用いてアゾール化合物をビニル化する方法が記載されている。しかし当該反応においては、基質である臭化物の種類によっては異性化反応が併発し、選択率が大幅に低下することがある。例えば、2−臭化プロペンを基質として使用する場合、目的化合物であるイソプロペニルカルバゾール(収率:35%)の他、9−[(1E)−1−プロペニル]−9H−カルバゾール(収率:15%)や9−[(1Z)−1−プロペニル]−9H−カルバゾール(収率:5%)、9−アリル−9H−カルバゾール(収率:5%)などの副生物が生成してしまう。
【0009】
非特許文献3には、パラジウム触媒の存在下、高価なビニルエーテル化合物と含窒素化合物とを反応させる方法や、パラジウム触媒と銅塩の存在下、スチレン等と2−オキサゾリジノンを反応させた例が記載されている。しかしこの反応は、1atmの酸素または空気雰囲気下においてエーテル系溶媒を用いて行われるために、系中でエーテル化合物由来の爆発性過酸化物が形成される危険があり、到底工業的に実施できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公昭46−5128号公報
【特許文献2】特公昭47−8303号公報
【特許文献3】特公昭49−9466号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Ernst Bayerら,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.(アンゲヴァンテ・ヘミー−インターナショナル・エディション・イン・イングリッシュ),Vol.18,No.7,pp.533-534(1979)
【非特許文献2】Artyom Y.Lebedevら,Organic Letters(オーガニック・レターズ),Vol.4,No.4,pp.623-626(2002)
【非特許文献3】Jodie L.Briceら,Organic Letters(オーガニック・レターズ),Vol.6,No.11,pp.1845-1848(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した様に、従来、N−アルケニル化合物の製造方法として様々なものが知られていた。しかし、これら従来方法には、収率が低かったり、高価なビニルエーテル化合物を原料とするものであったり、また、大規模に実施する場合には危険が伴うといった問題があった。さらに、ビニルエーテル化合物を原料とする反応においては、反応の進行と共にアルコールが生成し、このアルコールが還元剤として作用するために、触媒が失活して沈殿するという問題があることも分かった。
【0013】
そこで本発明は、安価な原料化合物を用い、収率が比較的高く、且つ安全に実施できることから、工業的な大量合成にも適用可能なN−アルケニル化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、触媒としてパラジウム触媒と銅塩とを併用すれば、基質化合物として安全なアルケニルエステル化合物を用いても、触媒の失活と副生物の生成が最小限に抑制され、良好にN−アルケニル化合物を製造できることを見出して、本発明を完成した。
【0015】
本発明に係るN−アルケニル化合物の製造方法は、パラジウム触媒および銅塩の存在下、下記式(I)で表されるアミン化合物と、
【0016】
【化1】

【0017】
[式中、R1は−H、置換基を有していてもよいC1-6アルキル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC7-12アラルキル基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基、置換基を有していてもよいC2-7アルコキシカルボニル基、置換基を有していてもよいC1-6アルキルスルホン基または置換基を有していてもよいC6-12アリールスルホン基を示し;R2は置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基、置換基を有していてもよいC2-7アルコキシカルボニル基、置換基を有していてもよいC1-6アルキルスルホン基または置換基を有していてもよいC6-12アリールスルホン基を示し;R1とR2は互いに結合され、窒素含有複素環を形成していてもよい]
または、−NH−基を有し、且つ当該−NH−基の孤立電子対と共役できるπ電子含有基を有するヘテロアリール化合物と、
下記式(II)で表されるアルケニルエステル化合物とを反応させることを特徴とする。
【0018】
【化2】

[式中、R3とR4はそれぞれ独立して−Hまたは置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を示し;R5は−H、置換基を有していてもよいC1-6アルキル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基またはC2-7アルコキシカルボニル基を示し;R6は置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を示す]
【0019】
本発明方法で製造されるN−アルケニル化合物は、下記式(III)で表される。
【0020】
【化3】

[式中、R1〜R5は上記と同義を示す]
【0021】
本発明において、「C1-6アルキル基」は、炭素数が1〜6の直鎖状または分枝鎖状の飽和脂肪族炭化水素を意味する。例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、最も好ましくはメチルである。
【0022】
「C6-12アリール基」は、炭素数が6〜12の芳香族性を有する炭化水素基を意味する。例えば、フェニル、インデニル、ナフチル、ビフェニル、ビフェニレニル等である。好ましくはC6-10アリール基であり、より好ましくはフェニルである。
【0023】
「C7-12アラルキル基」は、1個の上記アリール基に置換された上記アルキル基であり、炭素数が7〜12であるものをいう。例えば、ベンジル、1−フェニルエチル、2−フェニルエチル、3−フェニルプロピル、4−フェニルブチル、ナフチルメチル、2−ナフチルエチル等である。好ましくはフェニル−C1-6アルキル基であり、より好ましくはフェニル−C1-4アルキル基であり、より好ましくはフェニル−C1-2アルキル基であり、最も好ましくはベンジルである。
【0024】
「C1-7アシル基」は、ホルミルおよびベンゾイル、並びに上記C1-6アルキル基で置換されたカルボニル基を意味する。例えば、ホルミル、ベンゾイル、アセチル、プロピオニル、ブチリル、イソブチリル、ピバロイル、バレリル、イソバレリル、ヘイサノイル等であり、好適にはC1-5アシル基であり、より好ましくはC1-3アシル基であり、特に好ましくはアセチルである。
【0025】
「C2-7アルコキシカルボニル基」は、C1-6アルコキシ基で置換されたカルボニル基を意味する。当該「C1-6アルコキシ基」は、炭素数が1〜6の直鎖状または分枝鎖状の不飽和脂肪族炭化水素オキシ基を意味する。例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、t−ブトキシ、ペントキシ、ヘキソキシ等であり、好ましくはC1-4アルコキシ基であり、より好ましくはC1-2アルコキシ基であり、最も好ましくはメトキシである。よって、「C2-7アルコキシカルボニル基」は、例えば、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、プロポキシカルボニル、イソプロポキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル、ヘキソキシカルボニル等であり、好ましくはC2-5アルコキシカルボニル基であり、より好ましくはC2-3アルコキシカルボニル基である。
【0026】
「C1-6アルキルスルホン基」は、上記アルキル基で置換されたスルホン基を意味する。例えば、メタンスルホニル、エタンスルホニル、n−プロパンスルホニル、イソプロパンスルホニル等である。好ましくはC1-4アルキルスルホン基であり、より好ましくはC1-2アルキルスルホン基であり、特に好ましくはメタンスルホニルである。
【0027】
「C6-12アリールスルホン基」は、上記アリール基で置換されたスルホン基を意味する。例えば、ベンゼンスルホニル、p−トルエンスルホニル、ナフタレンスルホニル、インデンスルホニル等である。好ましくはC6-10アリールスルホン基であり、より好ましくはp−トルエンスルホニルである。
【0028】
1-6アルキル基、C6-12アリール基、C7-12アラルキル基、C1-7アシル基、C1-6アルキルスルホン基およびC6-12アリールスルホン基は、置換基を有していてもよい。置換基数は特に制限されないが、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個、特に好ましくは1個または2個である。置換基が複数存在する場合には、それら置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0029】
置換基の種類は、本発明方法に係る反応を阻害するものでなければ特に制限されない。例えば、C1-6アルキル基、C7-12アラルキル基のアルキル鎖部分、C1-7アシル基、C1-6アルキルスルホン基の置換基としては、C1-6アルコキシ基、ハロゲン基、水酸基、シアノ基、ニトロ基、カルボキシ基、第三級アミノ基、オキソ基、C2-7アルコキシカルボニル基を挙げることができ、また、アルキル鎖には、ホウ素、ケイ素、リン、硫黄などのヘテロ原子が挿入されていてもよい。C6-12アリール基、C7-12アラルキル基のアリール部分、C6-12アリールスルホン基の置換基としては、上記置換基に加えてC1-6アルキル基を挙げることができる。
【0030】
「ハロゲン基」にはフッ素基、塩素基、臭素基およびヨウ素基が含まれ、より好ましくはフッ素基または塩素基である。
【0031】
「第三級アミノ基」は、イミノ基、および2個の上記アルキル基で置換されたアミノ基を意味する。例えば、ジメチルアミノ、メチルエチルアミノ、ジエチルアミノ、イソプロピルメチルアミノ等であり、好ましくはジC1-4アルキルアミノ基であり、より好ましくはジC1-2アルキルアミノ基である。
【0032】
置換基を有していてもよいC1-6アルキル基としては、例えば、メトキシメチル、トリフルオロメチル、テトラフルオロエチル、ヒドロキシメチルを挙げることができる。置換基を有していてもよいC6-12アリール基としては、例えば、p−メチルフェニル、フルオロフェニル、クロロフェニル、ブロモフェニル、ヒドロキシフェニル、ニトロフェニル、カルボキシフェニルなどを挙げることができる。置換基を有していてもよいC7-12アラルキル基としては、例えば、p−メチルベンジル、p−メトキシベンジル、クロロベンジル、p−ヒドロキシベンジルを挙げることができる。置換基を有していてもよいC1-7アシル基としては、例えば、トリフルオロカルボニルを挙げることができる。置換基を有していてもよいC1-6アルキルスルホン基としては、例えば、トリフルオロメタンスルホンを挙げることができる。置換基を有していてもよいC6-12アリールスルホン基としては、例えば、トルエンスルホンを挙げることができる。
【0033】
上記本発明方法においては、さらに、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の存在下で反応を行うことが好ましい。パラジウム触媒と銅塩に加えてアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を併用すれば、反応をより一層良好に進行せしめることができる。
【0034】
上記本発明方法において、パラジウム触媒としては二価のものが好ましい。本発明方法においては、0価のパラジウム触媒等よりも二価のパラジウム触媒が好適である。
【0035】
上記アミン化合物(I)または上記ヘテロアリール化合物としては、下記式(I’)で表されるアミン化合物を挙げることができる。
【0036】
【化4】

[式中、R7とR8はそれぞれ独立して置換基を有していてもよいエテニル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基または置換基を有していてもよい−N=CH2基を示し;R7とR8は単結合、−C(=O)−基、−O−基または−S−基により互いに結合され、窒素含有複素環を形成していてもよい]
【0037】
ここで、エテニル基(−CH=CH2基)および−N=CH2基の置換基としては、C1-6アルコキシ基、ハロゲン基、水酸基、シアノ基、ニトロ基、カルボキシ基、第三級アミノ基、オキソ基、C2-7アルコキシカルボニル基を挙げることができる。
【0038】
また、上記ヘテロアリール化合物としてはインジゴを用いてもよい。
【発明の効果】
【0039】
本発明方法によれば、熱可塑性樹脂の原料や合成中間体として有用なN−アルケニル化合物を安全かつ効率的に製造することができる。よって本発明方法は、N−アルケニル化合物の工業的な大量生産にも適用できるものとして、産業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明に係るN−アルケニル化合物(III)の製造方法は、パラジウム触媒および銅塩の存在下、アミン化合物(I)、または、−NH−基を有し且つ当該−NH−基の孤立電子対と共役できるπ電子含有基を有するヘテロアリール化合物とアルケニルエステル化合物(II)とを反応させることを特徴とする。
【0041】
【化5】

[式中、R1〜R6は上記と同義を示す。]
【0042】
本発明の基質化合物であるアミン化合物(I)においては、少なくともR2を芳香族炭化水素基など−NH−基の塩基性を低減する置換基とする。本発明方法に係る反応の機構は必ずしも明らかではないが、パラジウム触媒は先ずアルケニルエステル化合物(II)の二重結合と相互作用すると考えられる。それに対してアミン化合物(I)の−NH−基の塩基性が高いと、パラジウム触媒が当該−NH−基と相互作用してしまい、その触媒作用が十分に発揮されず収率が低下するおそれがあり得る。
【0043】
アミン化合物(I)においては、R1とR2が互いに単結合により結合され、−NH−基と共に窒素含有複素環を形成していてもよい。かかるアミン化合物(I)としては、例えば、2−ピロリドン、2−オキサゾリジノン、カルバゾール、フタルイミド、サッカリンなどを挙げることができる。
【0044】
アミン化合物(I)は比較的単純な構造を有することから、市販のものがあればそれを用いればよいし、或いは市販の化合物から当業者公知の方法により容易に製造することができる。
【0045】
本発明では、基質化合物として、上記アミン化合物(I)の他に、−NH−基を有し且つ当該−NH−基の孤立電子対と共役できるπ電子含有基を有するヘテロアリール化合物を用いてもよい。ここで、−NH−基の孤立電子対と共役できるπ電子含有基とは、π電子を有しており、−NH−基に隣接することから、−NH−基の孤立電子対と共役できる基をいう。例えば、エテニレン基(ビニレン基)、フェニレン基、カルボニル基、スルホニル基、スルホン基などである。かかるπ電子含有基も−NH−基の塩基性を減ずるので、目的化合物であるN−アルケニル化合物(III)が良好に生成すると考えられる。
【0046】
かかるヘテロアリール化合物としては、例えば、ピロール、イミダゾール、トリアゾール、テトラゾール、インドール、オキシインドール、3−メチル−2−オキシインドール、インドリン−2,3−ジオン、インドキシル、フタラゾン、インダゾール、インジゴ、フェノチアジン、フェノキサジンなどを挙げることができる。
【0047】
なお、カルバゾールなど、上記アミン化合物(I)と当該ヘテロアリール化合物の両方の定義に含まれる化合物も存在するが、本発明においては特に問題としないものとする。
【0048】
また、上記アミン化合物(I)または上記ヘテロアリール化合物としては、上記アミン化合物(I’)を用いてもよい。アミン化合物(I’)としては、例えば、ジフェニルアミン、カルバゾール、インドール、インドリン−2,3−ジオン、インダゾール、インドキシル、6−ニトロインダゾール、フタラゾン、フェノチアジン、フェノキサジンなどを挙げることができる。
【0049】
アルケニルエステル化合物(II)も比較的単純な構造を有することから、市販のものがあればそれを用いればよいし、或いは市販の化合物から当業者公知の方法により容易に製造することができる。例えば、パラジウム等の触媒存在下、アルケン化合物とカルボキシ基含有化合物との反応、カルボニル化合物と無水カルボン酸との反応、エノール化合物と無水カルボン酸化合物やハロゲン化アシル化合物との反応などにより合成可能である。
【0050】
アミン化合物(I)とアルケニルエステル化合物(II)の使用量は、適宜調整することができる。例えば、両化合物を等モル量または略等モル量用いてもよいし、或いは、反応をより一層促進する必要がある場合や一方の化合物が非常に安価である場合には、一方を過剰量用いることもできる。
【0051】
アミン化合物(I)またはアルケニルエステル化合物(II)が常温常圧で液体である場合や非常に安価である場合には、反応が迅速に進行したり後処理が簡便になることから、これら化合物のうち少なくとも一方を溶媒として反応させてもよい。
【0052】
或いは、アミン化合物(I)とアルケニルエステル化合物(II)を溶媒に溶解した上で反応を行ってもよい。かかる溶媒の種類は、各化合物に対して適度な溶解性を有し且つ反応を阻害しないものであれば特に制限されないが、例えば、ジクロロメタンやクロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類;ベンゼンやトルエンなどの芳香族炭化水素類;ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル類;メタノールやエタノールなどのアルコール類;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド類;アセトニトリルやベンゾニトリルなどのニトリル類;酢酸エチルや酢酸ブチルなどのエステル類などを用いることができる。
【0053】
アミン化合物(I)とアルケニルエステル化合物(II)を溶媒に溶解して反応させる場合における各化合物の濃度は、適宜調整すればよく特に制限されないが、5w/v%以上、60w/v%以下程度とすればよい。また、一方の化合物を溶媒として用いる場合の他方の化合物の濃度も、5w/v%以上、60w/v%以下程度とすることができる。
【0054】
本発明方法で用いるパラジウム触媒の種類は特に制限されず、用いる基質化合物に対して良好な触媒作用を示すものを予備実験などにより適宜決定すればよい。例えば、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウムなどのハロゲン化パラジウム(II);酢酸パラジウムやトリフルオロ酢酸パラジウムなどの有機酸パラジウム塩(II);硝酸パラジウムや硫酸パラジウムなどの無機酸パラジウム塩(II);水酸化パラジウム(II);シアン化パラジウム(II);トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)やビス(アセチルアセトナト)パラジウム(II)、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)などのパラジウム配位錯体;ジアンミンジクロロパラジウムやジアンミンジニトロパラジウムなどのパラジウム(II)のアンミン塩;ビスアセトニトリルパラジウム塩化物、テトラアンミンパラジウム塩化物、テトラアンミンパラジウム臭化物などのパラジウム複合塩;テトラクロロパラジウム酸アンモニウム、テトラクロロパラジウム酸カリウム、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、テトラクロロパラジウム酸リチウム、テトラシアノパラジウム酸カリウム、テトラチオシアナトパラジウム酸カリウム、テトラブロモパラジウム酸カリウムなどのパラジウム酸塩(II);酸化パラジウム(II);ヘキサクロロパラジウム酸カリウムなどの四価パラジウム塩;パラジウムブラックやパラジウムカーボンなどの金属パラジウム;などを用いることができる。なお、パラジウム触媒は、一種のみを用いてもよいし、二種以上を用いてもよい。また、パラジウム触媒としては、リン原子、窒素原子、硫黄原子などのヘテロ原子を有する単座配位子が配位しているものを用いてもよい。
【0055】
本発明で用いるパラジウム触媒としては、二価パラジウム触媒が好適である。本発明に係る反応に適し、反応を良好に進行せしめることができるからである。なお、ここでいう二価パラジウム触媒とは、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウムのように、見かけ上のパラジウムの価数が0価であっても、銅塩などの作用により反応液中で二価となるようなパラジウム触媒も含まれるものとする。
【0056】
パラジウム触媒の使用量は適宜調整すればよく特に制限されないが、アミン化合物(I)に対して0.000001モル%以上とすることが好ましい。当該量が0.000001モル%以上であれば、反応をより確実に進行せしめることが可能となる。一方、パラジウム触媒を過剰に使用してもその効果は飽和するだけであるので、アミン化合物(I)に対するパラジウム触媒の使用量は4モル%以下とすることが好ましい。当該使用量としては、0.0001モル%以上がより好ましく、0.01モル%以上、3.5モル%以下がさらに好ましく、0.1モル%以上、3モル%以下が特に好ましい。
【0057】
本発明方法では、銅塩を用いる。その作用効果は必ずしも明らかではないが、反応液中におけるパラジウムの価数を二価に安定に保ち、パラジウム触媒の作用を十分に発揮せしめると同時に、反応速度を向上させることにあると考えられる。
【0058】
本発明で用いる銅塩としては、塩化銅(II)、臭化銅(II)、ヨウ化銅(II)などのハロゲン化銅(II);酢酸銅(II)やトリフルオロ酢酸銅(II)などの有機酸銅塩(II);硝酸銅(II)や硫酸銅(II)などの無機酸銅塩;水酸化銅(II);酸化銅(II);塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)などのハロゲン化銅(I);酸化銅(I)などを挙げることができる。なお、銅塩は、一種のみを用いてもよいし、二種以上を用いてもよい。
【0059】
銅塩の使用量は適宜調整すればよく特に制限されないが、アミン化合物(I)に対して0.000001モル%以上とすることが好ましい。当該量が0.000001モル%以上であれば、反応をより確実に進行せしめることが可能となる。一方、銅塩を過剰に使用してもその効果は飽和するだけであるので、アミン化合物(I)に対する銅塩の使用量は4モル%以下とすることが好ましい。当該使用量としては、0.0001モル%以上がより好ましく、0.01モル%以上、3.5モル%以下がさらに好ましく、0.1モル%以上、3モル%以下が特に好ましい。
【0060】
本発明においては、パラジウム触媒と銅塩に加えて、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を用いることが好ましい。その理由は必ずしも明らかではないが、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を併用すると反応がより一層良好に進行し、且つ選択率、即ち副生成物であるアミド化合物に対する目的化合物であるN−アルケニル化合物の割合が向上する。
【0061】
アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウムを挙げることができ、アルカリ土類金属としては、マグネシウム、カルシウム、バリウムを挙げることができる。本発明で用いるアルカリ金属塩およびアルカリ土類金属としては、酢酸塩などの有機酸塩;炭酸水素塩、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩などの無機酸塩;塩化物、臭化物、ヨウ化物などのハロゲン化物;水酸化物などを挙げることができる。これらのうち、酢酸塩などの有機酸塩、炭酸塩、ハロゲン化物および水酸化物が特に有用である。
【0062】
アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩は、一種のみを用いてもよいし、二種以上を用いてもよい。また、アルカリ金属塩とアルカリ土類金属塩を併用してもよい。
【0063】
アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の使用量は適宜調整すればよく特に制限されないが、アミン化合物(I)に対して0.0001モル%以上、100モル%以下とすることが好ましい。当該量が0.0001モル%以上であれば、収率や選択率をより確実に向上させることができる。一方、当該量が100モル%を超えると、反応液における不溶成分が増えて後処理が面倒となるおそれがあり得る。上記割合としては、0.001モル%以上、50モル%以下がより好ましく、0.01モル%以上、30モル%以下がさらに好ましく、0.1モル%以上、20モル%以下が特に好ましい。
【0064】
本発明方法では、少なくともアミン化合物(I)、アルケニルエステル化合物(II)、パラジウム触媒および銅塩を混合し、反応を開始すればよい。
【0065】
反応容器中の気相は、必要に応じて窒素、アルゴン、二酸化炭素、窒素−酸素混合ガス、アルゴン−酸素混合ガス、二酸化炭素−酸素混合ガス、一酸化二窒素含有気体、一酸化窒素含有気体などで置換してもよい。好適には、酸素を含む混合ガス雰囲気下で反応を行なう。また、気相の圧力も適宜調整すればよい。当該圧力としては、常圧以上、8MPa以下が好ましく、常圧以上、4MPa以下がより好ましく、常圧以上、2MPa以下が特に好ましい。
【0066】
反応温度は特に制限されず、適宜調整したり予備実験などで決定すればよいが、通常、反応温度は50℃以上、120℃以下程度とすればよい。また、溶媒等の沸点に応じて加熱還流下で反応を行なってもよい。反応時間も特に制限されず、基質化合物の消失が薄層クロマトグラフィなどで確認されたときまでや、予備実験などで適宜決定すればよいが、通常、30分間以上、50時間以下程度とすることができる。
【0067】
反応終了後は、当業者公知の方法によって、目的化合物であるN−アルケニル化合物を単離精製することができる。例えば、反応終了後に不溶成分を濾別し、溶媒などの低沸点化合物を減圧留去した後、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィなどにより目的化合物を精製すればよい。
【実施例】
【0068】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0069】
実施例1〜8 N−ビニルピロリドンの製造
表1に示す条件で、パラジウム触媒と銅塩の存在下、ピロリドンと酢酸ビニルを反応させた。より詳しくは、20mL容の試験管に酢酸ビニルとピロリドンを加え、さらにパラジウム触媒、銅塩およびアルカリ金属塩を加え、80℃で加熱還流した。反応終了後、メシチレンを指標とするガスクロマトグラフィ(アジレント社製,6890N)により、目的化合物であるN−ビニルピロリドンと副生化合物であるN−アセチルピロリドンの収率を求めた。結果を表2に示す。
【0070】
比較例1〜3 N−ビニルピロリドンの製造
表1に示すとおり、銅塩を用いない以外は上記実施例とほぼ同様の条件で反応を行い、目的化合物であるN−ビニルピロリドンと副生物であるN−アセチルピロリドンの収率を求めた。なお、比較例2〜3では、アルカリ金属塩も使用しなかった。結果を表2に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
比較例1〜3の結果のとおり、原料化合物としてアルケニルエステル化合物を用いる場合には、パラジウム触媒と共に銅塩を用いないと反応が十分に進行しない。多少収率が良い場合であっても、目的化合物であるN−ビニルピロリドンの生成量に比して副生化合物であるN−アセチルピロリドンが相当量生成する。特にアルカリ金属塩を使用しなかった比較例2〜3では、反応はほとんど進行しなかった。
【0074】
一方、パラジウム触媒と銅塩を併用した実施例1〜8では、安価なアルケニルエステル化合物を用いた場合でも収率は比較的高い上に、副生化合物の生成量も少ない。かかる結果のとおり、本発明方法はN−ビニル化合物の工業的な大量合成に適する。
【0075】
実施例9〜10 N−アルケニルカルバゾール化合物の製造
表3に示す条件で、上記実施例1〜8と同様に、N−アルケニル化合物を製造した。反応終了後、液体を減圧留去し、アニソールを内標として、NMR(バリアン社製,400MHz)により目的化合物の収率を求めた。結果を表4に示す。
【0076】
【表3】

【0077】
【表4】

【0078】
上記結果のとおり、本発明方法によれば、N−ビニルピロリドン以外のN−アルケニル化合物も製造できることが実証された。
【0079】
実施例11 N−アルケニルカルバゾール化合物の製造
200mL容の四つ口フラスコに、酢酸イソプロペニル(83g)、カルバゾール(20g)、PdCl2(カルバゾールに対して3.9mol%)、CuBr2(カルバゾールに対して1.1mol%)、LiOAc(カルバゾールに対して0.18mol%)、重合禁止剤としてハイドロキノン(4.0mg)を加え、70℃で24時間攪拌した。次いで、残留した酢酸イソプロペニルを減圧留去し、残渣にヘキサン(150mL)を加えて1時間攪拌した。この際、目的化合物であるN−イソプロペニルカルバゾールはヘキサンに抽出されると同時に、原料化合物であるカルバゾール、パラジウム触媒および銅塩はヘキサンに溶解することなく残渣として残るので、目的化合物を簡便に抽出分離することが可能であった。ヘキサン溶液を分離した後、ヘキサンを減圧留去し、残渣にメタノールを加えて再結晶することによりN−イソプロペニルカルバゾールが得られた。さらに、カラムクロマトグラフィ(溶離液:ヘキサン:酢酸エチル=20:1)で精製することにより、純度99%以上のN−イソプロペニルカルバゾールが白色固体として得られた(収量:11g,収率:45%)。
【0080】
実施例12〜13 N−ビニルインドール化合物の製造
表5に示す条件で、上記実施例1〜8と同様に、N−アルケニル化合物を製造した。反応終了後、液体を減圧留去し、アニソールを内標として、NMR(バリアン社製,400MHz)により目的化合物の収率を求めた。結果を表5に示す。
【0081】
【表5】

【0082】
上記結果のとおり、本発明方法によれば、−NH−基を有するヘテロアリール化合物の−NH−基にアルケニル基を導入することができることが実証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラジウム触媒および銅塩の存在下、下記式(I)で表されるアミン化合物、
【化1】

[式中、R1は−H、置換基を有していてもよいC1-6アルキル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC7-12アラルキル基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基、置換基を有していてもよいC2-7アルコキシカルボニル基、置換基を有していてもよいC1-6アルキルスルホン基または置換基を有していてもよいC6-12アリールスルホン基を示し;R2は置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基、置換基を有していてもよいC2-7アルコキシカルボニル基、置換基を有していてもよいC1-6アルキルスルホン基または置換基を有していても
よいC6-12アリールスルホン基を示し;R1とR2は互いに結合され、窒素含有複素環を形成していてもよい]
または、−NH−基を有し、且つ当該−NH−基の孤立電子対と共役できるπ電子含有基を有するヘテロアリール化合物と、
下記式(II)で表されるアルケニルエステル化合物とを反応させることを特徴とする、
【化2】

[式中、R3とR4はそれぞれ独立して−Hまたは置換基を有していてもよいC1-6アルキ
ル基を示し;R5は−H、置換基を有していてもよいC1-6アルキル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基またはC2-7アルコキシカルボニル基を示し;R6は置換基を有していてもよいC1-6アルキル基を示す]
下記式(III)で表されるN−アルケニル化合物の製造方法。
【化3】

[式中、R1〜R5は上記と同義を示す]
【請求項2】
さらに、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の存在下で反応を行う請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
二価のパラジウム触媒を用いる請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記アミン化合物(I)または上記ヘテロアリール化合物として、下記式(I’)で表されるアミン化合物を用いる請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【化4】

[式中、R7とR8はそれぞれ独立して置換基を有していてもよいエテニル基、置換基を有していてもよいC6-12アリール基、置換基を有していてもよいC1-7アシル基または置換基を有していてもよい−N=CH2基を示し;R7とR8は単結合、−C(=O)−基、−O−基または−S−基により互いに結合され、窒素含有複素環を形成していてもよい]
【請求項5】
上記ヘテロアリール化合物としてインジゴを用いる請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−184923(P2010−184923A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2314(P2010−2314)
【出願日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】