説明

Nb3Sn超電導線材およびそのための前駆体

【課題】超電導線材における強度向上を図って、長手方向および径方向の耐歪み性に優れると共に、前駆体製造時における加工性をも良好であり、優れた超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材を製造するための前駆体の構成、およびこうした前駆体を用いて良好な超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材を提供する。
【解決手段】本発明の超電導線材製造用前駆体は、ブロンズ法や内部Sn法に適用される基本的構成を有する前駆体であって、Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物が、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nb3Sn超電導線材をブロンズ法や内部拡散法によって製造するための前駆体(超電導線材製造用前駆体)、およびこうした前駆体によって製造される、Nb3Sn超電導線材に関するものであり、殊に高磁場発生用超電導マグネットの素材として有用なNb3Sn超電導線材を製造する為の技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導線材が実用化されている分野のうち、高分解能核磁気共鳴(NMR)分析装置に用いられる超電導マグネットについては発生磁場が高いほど分解能が高まることから、超電導マグネットは近年ますます高磁場化の傾向にある。また、核融合炉に用いられるマグネットも発生磁場が高くなると、閉じ込めることのできるプラズマのエネルギーが大きくなるため、高磁場化の傾向にある。
【0003】
高磁場発生用超電導マグネットに使用される超電導線材としては、Nb3Sn超電導線材が実用化されており、このNb3Sn超電導線材を製造する方法としては、これまでも様々なものが知られているが、最も代表的な方法としては、ブロンズ法が知られている。
【0004】
図1は、ブロンズ法によって製造されるNb3Sn超電導線材の断面構造を模式的に示した説明図であり、図中1はNbまたはNb合金芯、2は線状のCu−Sn基合金製母材(ブロンズマトリクス)、3は拡散障壁層、4は安定化銅、5は一次スタック材(NbSn超電導線材製造用前駆体)、6は外層ケース、7は二次多芯複合線材を夫々示す。
【0005】
まず図1に示すように、六角断面に成形したCu−Sn基合金製母材2に複数のNbまたはNb合金芯1を埋設して一次スタック材5を構成し、この一次スタック材5を複数束ねて、パイプ状のCu−Sn合金(外層ケース6)内に挿入し、更にその外側に安定化銅4を配置して二次多芯ビレット7を組み立てる。
【0006】
図1に示した二次多芯ビレットを、静水圧押出しし、続いて引き抜き加工等により減面加工を施してNb3Sn超電導線材製造用多芯型前駆体(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体)とする。その後、680〜750℃程度の温度で100時間ほどの熱処理(拡散熱処理)をすることにより、NbまたはNb合金芯1の表面近傍(この場合には、Cu−Sn合金製母材2とNbまたはNb合金芯1の界面)にNb3Sn相を形成させるものである。
【0007】
尚上記構成では、二次多芯ビレット7における安定化銅4は、最外層として設けたものを示したけれども、安定化銅4の位置は、二次多芯ビレット7の中心部(軸芯部)に設ける構成も採用される。また安定化銅4は、NbSn超電導線材の安定化材として配置されるものであり、例えば無酸素銅からなるものである。
【0008】
上記のような前駆体においては、図1に示すように、Cu−Sn基合金(ブロンズ)マトリクス1中に複数のNbまたはNb基合金芯(以下、「Nb基フィラメント」と呼ぶことがある)が配置された部分(以下、「超電導コア部」と呼ぶことがある)とその外部の安定化銅4の間に拡散障壁層6を配置した構成とするのが一般的である。この拡散障壁層6は、例えばNb層またはTa層、或いはNb層とTa層の2層からなり(例えば特許文献1)、拡散熱処理の際に超電導マトリクス部内のSnが外部に拡散してしまうことを防止し、安定化銅へのSnの拡散を抑える作用を発揮するものである。
【0009】
上記のような前駆体(伸線加工後の線材群)を600℃以上800℃以下程度で拡散熱処理(Nb3Sn生成熱処理)をすることにより、Nb基フィラメントとブロンズマトリクスの界面にNb3Sn化合物層を生成する方法である。図1においては、説明の便宜上、Nb基フィラメントは7本のものを示したが、実際には数100本から数万本を配置することが一般的である。
【0010】
Nb3Sn超電導線材を製造する方法としては、上記ブロンズ法の他に、チューブ法、内部Sn法および粉末法等が知られている。このうち内部Sn法では、図2(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体の模式図)に示すように、CuまたはCu基合金(以下、「Cu母材」と呼ぶことがある)8の中央部に、SnまたはSn基合金からなる芯(以下、総括して「Sn基金属芯」と呼ぶことがある)9を埋設すると共に、Sn基金属芯9の周囲のCu母材8中に複数のNbまたはNb基合金芯(以下、「Nb基フィラメント」と呼ぶことがある)10を相互に接触しないように配置して前駆体11(超電導線材製造用前駆体)とする。
【0011】
この前駆体に伸線加工等の減面加工を施した後、拡散熱処理(NbSn生成熱処理)によってSn基金属芯9中のSnを拡散させ、Nb基フィラメント10と反応させることによってNb3Snを生成させる方法である(例えば、特許文献2)。
【0012】
また上記のような前駆体においても、図3に示すように、前記Nb基フィラメント10とSn基金属芯9が配置された部分(以下、この部分を「超電導コア部」と呼ぶことがある)とその外部の安定化銅4aの間に拡散障壁層3aを配置した構成のものが採用される。この拡散障壁層3aの構成は、図1に示した前駆体の場合と同様である。
【0013】
図3に示したような超電導線材製造用前駆体を製造するには、下記の手順で行われる。まず、NbまたはNb基金属芯(Nb基フィラメント)をCuマトリスク管に挿入し、押出し、伸線等によって減面加工して複合体とし(通常、六角断面形状となる)、これを適当な長さに裁断する。そして、Cu製外筒を有し、拡散障壁層3aを設けたビレット内に前記複合体を充填し、その中央部にCuマトリクス(Cu製中実ビレット)を配置して押出し加工した後、中央部のCuマトリクスを機械的に穿孔してパイプ状複合体を構成する。或いは、他の方法として、Cu外筒とCu内筒で構成され、拡散障壁層6を有した中空ビレット内(外筒と内筒の間)に前記複合体を複数本充填してパイプ押出ししてパイプ状複合体を構成する。そして、これらの方法により作製されたパイプ状複合体の中央空隙部内に、Sn基金属芯3を挿入して縮径加工し、図3に示したような前駆体(以下、こうした前駆体を「モノエレメント線材」と呼ぶことがある)が製造される。尚、図2、3に示した前駆体では、Sn金属芯9が1本、Nb基フィラメント10が複数本のものを示したけれども、Sn基金属芯3を複数本で構成することも可能である。
【0014】
上記のようにして構成された各前駆体(モノエレメント線材)は、拡散障壁層を有するか或は有さないCuマトリクス管内に複数本束ねて充填され、更に減面加工して多芯型の超電導線材製造用前駆体(以下、「マルチエレメント線材」と呼ぶことがある)とされる。
【0015】
図4は、こうした多芯型の超電導線材製造用前駆体の構成例を示したものである。この前駆体は、前記図2に示した前駆体11(マルチエレメント線材)を、拡散障壁層3bを有するCuマトリクス12内に複数本束ねて埋設し、マルチエレメント線材11aとしたものである(図4中、13は安定化銅を示す)。尚、こうした前駆体11a(マルチエレメント線材)では、前記Nb基フィラメント10は、実際のところ数100本から数千本の状態で配置されるのが一般的である。また、こうした前駆体11aにおいては、拡散障壁内側のモノエレメント線材が埋設されたCuマトリクス12およびモノエレメントが、超電導コア部を形成することになる。
【0016】
ところで、Nb3Sn超電導線材を用いた高磁界マグネットは、蓄積エネルギーが大きく、励磁時にマグネットを構成する超電導線材に高い電磁応力が印加されることになる。従って、超電導線材自体には、高い電磁応力に耐えられる耐力、強度を有することが要求される。特に、Nb3Sn超電導線材では、付与される歪の臨界電流への影響が大きいといわれている。また、上記前駆体(図1〜4示した前駆体)の段階では、Nb3Sn生成後に曲げ歪みを受けると、Nb3Sn相に対する影響が大きくなり、超電導特性が大幅に低下することになる。しかしながら、強度を高くするだけでは、加工性を却って劣化する場合があり、伸線加工等の減面加工の際に割れや断線が発生することになる。こうしたことから、超電導線材には、耐力、強度を有することが要求される共に、前駆体の段階での加工性が良好であることも必要な要件となる。
【0017】
Nb3Sn超電導線材(若しくはその前駆体)の強度を向上させる技術についても、これまで様々検討されている。こうした技術として、例えば特許文献3には、ブロンズ法の前駆体における超電導相を形成する芯部(前記超超電導コア部に相当)の外周に、Cu−Nb合金、Cu−Al合金、Cu−Ag合金等の柱状体を補強材として配置する構成について開示されている。しかしながら、こうした構成では、加工硬化が激しくなって、加工性が悪くなり、伸線加工時に断線が生じやすいという問題がある。
【0018】
特許文献4には、Nb基フィラメントにTa等の補強材を埋設することによって、超電導線材の強度向上を図る技術が提案されている。しかしながら、Nb基フィラメントにTa等の補強材を埋設する構成では、補強材の体積分率を上げるのに限界があり、強度の向上効果も限られたものになる。しかも、この技術では、構成が複雑になって製造コストが高くなるという別の問題もある。
【0019】
特許文献5には、Nb、Ta、V或はそれらの金属をベースとする合金のシート材と、Cu或はCu基合金のシート材を交互に積層した積層複合体を補強材として線材の断面内に複合した超電導線材について開示されている。また、特許文献6には、Nb、Ta、V、W或はそれらの金属をベースとする合金のシート材と、Cu或はCu基合金のシート材を交互に積層した積層複合体を拡散障壁層の代りに配置することによって、強度向上を図ると共に積層複合体に拡散障壁層としての機能を持たせた技術について開示されている。
【0020】
しかしながら、Cuシートを含む積層体では、軟らかいCuと硬いNb,Ta,Vと組み合わせることにより、伸び性にアンバランスが生じるという理由によって前駆体の加工性が悪くなるばかりか、強度の点でも十分ではないという問題がある。
【特許文献1】特開昭60−253114号公報
【特許文献2】特開昭49−114389号公報
【特許文献3】特開平9−50721号公報
【特許文献4】特開2003−86032号公報
【特許文献5】特開平9−153310号公報
【特許文献6】特開2001−229749号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、超電導線材における強度向上を図って、長手方向および径方向の耐歪み性に優れると共に、前駆体製造時における加工性をも良好であり、優れた超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材を製造するための前駆体の構成、およびこうした前駆体を用いて良好な超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記目的を達成することのできた本発明の超電導線材製造用前駆体とは、Nb3Sn超電導線材を製造する際に用いる超電導線材製造用前駆体であって、下記(A)または(B)の構成の超電導線材製造用前駆体において、
(A)Cu−Sn基合金中に、複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントが配置された超電導コア部と、その外周または中心部に安定化銅を有する。
(B)CuまたはCu基合金中に、1本または複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントと、1本または複数本のSnまたはSn基合金芯が配置された超電導コア部と、その外周に安定化銅を有する。
Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物が、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置されたものである点に要旨を有するものである。尚、上記(A)の構成の前駆体は、ブロンズ法に適用される前駆体を想定したものであり、上記(B)の構成の前駆体は内部Sn法に適用される前駆体を想定したものである。
【0023】
本発明の前駆体においては、前記積層物は、少なくとも3回繰り返して積層されたものであることが好ましい。また、前記積層構造物の具体的構成としては、異なる金属からなる円筒状部材を同芯状に配置して円筒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を組み合わせて巻回して円筒状に構成されたもの等が挙げられる。また、前記積層構造物は、超電導コア部の外周や、超電導コア部と安定化銅部の間に配置されたものが挙げられる。
【0024】
本発明の前駆体において、前記積層構造物の他の具体的構成としては、異なる金属からなる円筒状部材を同芯上に配置して棒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を巻回して棒状に構成されたものも挙げられ、こうした積層構造物は、線材の中心部に配置されることになる。
【0025】
いずれの構成を採用するにしても、前記積層構造物は、線材断面に占める割合で8〜35面積%であることが好ましい。また、本発明の前駆体は、超電導コア部と安定化銅部の間に、Snの拡散を防止する拡散障壁層が配置されたものであっても良い(前記図1、3、4参照)。
【0026】
上記のような超電導線材製造用前駆体に対して、NbSn生成熱処理を施してNbSn系超電導相を形成することによって、希望する特性を発揮するNb3Sn超電導線材が得られる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物を、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置する構成とすることによって、超電導線材における強度向上を図って、長手方向および径方向の耐歪み性に優れると共に、前駆体製造時における加工性をも良好なものとなり、優れた超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材を製造するための前駆体が実現できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明者らは、上記目的を達成するために様々な角度から検討した。その結果、Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物を、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置する構成とすれば、上記目的に適う前駆体が実現できることを見出し、本発明を完成した。
【0029】
本発明の前駆体では、Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物を、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置する構成とするものであるが、こうした構成を採用することによって、超電導線材および前駆体の強度向上が図れると共に、単に2種の金属を接合した場合と比べて、接合界面が多くなることによって密着性が向上し、大きな歪みに対して均一変形しやすくなって加工性が改善されることになる。
【0030】
Ta,Nb,VおよびHf等の金属は、基本的に体心立方構造(bcc構造)を有する金属であるので、4.2Kの温度では基本的に耐力や強度が急激に大きなものとなる。しかしながら、夫々の金属では強度や加工性の違いが存在し、1種の金属によって強度と加工性を両立させることは困難になる。例えば、NbではTaに比べて強度は劣るものの加工性が良好なものとなる。そこで、本発明では、これらの金属を適宜組み合わせて積層した積層構造物として線材内に配置することによって、加工性と強度の両特性を両立させ得たのである。
【0031】
上記効果を発揮させるためには、単に2層からなる積層構造物を1回だけ配置しただけでは不十分であり、少なくとも異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物を、線材断面の半径方向に複数回(即ち、2回以上)繰り返して配置される必要がある。また、接界面を多くするという観点からして、前記積層物は、少なくとも3回繰り返して積層されたものであることが好ましい。
【0032】
こうした積層構造物については、様々な形態が考えられるが、例えば(a)異なる金属としてTa,NbおよびVの3種を選んだとして、これらを積層したもの一組として4回繰り返し積層した積層物の形態、或は(b)異なる金属としてTaおよびNbを選んだとして、これらを積層したものを一組として6回積層したもの等が挙げられる。こうした形態のうち、機械的特性の異なる金属を組み合わせて加工性と強度の両特性を両立させるという観点からすれば、異なる金属の種類は3種以上を組み合わせたもの[上記(a)の形態]であることが好ましい。
【0033】
本発明の前駆体での積層構造物の具体的構成については、異なる金属からなる円筒状部材を同芯状に配置して円筒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を巻回して円筒状に構成されたものが挙げられる。こうした構成では、一つの層は少なくとも周方向の全周に亘って連続したものとなるので、減面加工時の加工歪を均一化でき、均一変形に寄与して加工性を良好にする。
【0034】
円筒状に構成される積層構造物は、基本的に超電導コア部の外周に配置されることになるが、安定化銅を外周に設ける場合は、超電導コア部と安定化銅部の間に配置されることになる。但し、安定化銅を線材中央部に配置する場合には、積層構造物は、超電導コア部と安定化銅の間(即ち、超電導コア部の内側)に配置することになる。
【0035】
積層構造物の他の具体的構成としては、異なる金属からなる円筒状部材を同芯上に配置して棒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を巻回して棒状に構成したものも採用できる。こうした棒状の積層構造物は、線材中心部に安定化銅部が配置される場合や、線材中心部にSn金属芯がある場合(前記図3)を除いて、線材の中心部に配置されることになる。尚、シート状部材を巻回して積層構造物を棒状に構成する場合には、その中心部はCuまたはシート状部材と同じものとすれば良い。
【0036】
いずれの構成を採用するにしても(円筒状または棒状)、円筒状部材を同芯状に配置して積層構造物を構成する場合には、一つの層を成す円筒状部材の厚みは、微細化、強化という観点から、前駆体を構成する最初の段階で5mm以下であることが好ましい。但し、円筒状に加工する必要性から0.1mm以上であることが好ましい。またシート状部材を巻回して積層構造物を構成する場合には、シート状部材の厚みはできるだけ薄いものであることが好ましく、こうした観点から1mm以下であることが好ましい。しかしながら、作業性という観点から0.05mm以上であることが好ましい。尚、複数の円筒上部材若しくはシート状部材は、積層構造物中で必ずしも同じ厚さにする必要はなく、材質(従って、加工性や強度)に応じて上記範囲内で厚さを適宜設定すれば良い。
【0037】
いずれにしても、積層構造物は、線材断面に占める割合で8〜35面積%であることが好ましい。この割合が8面積%未満になると、積層構造物を配置することによる効果(強度および加工性の改善)が認められ難くなる。しかしながら、上記割合が35面積%を超えると、超電導に寄与する面積割合が低くなって超電導線材の臨界電流密度Jcが低下することになる。尚、この割合のより好ましい下限は9面積%であり、より好ましい上限は15面積%である。
【0038】
本発明のNb3Sn超電導線材製造用前駆体では、超電導コア部と安定化銅の間にSnの拡散を防止するための拡散障壁層(図1の3、図3の3aおよび図4の3b)を配置したものであっても良い。安定化銅が線材中央部に配置されたものであれば、この安定化銅の外周に拡散障壁層が形成されることになるが、安定化銅が超電導コア部の外周に配置されたものであれば(前記図1、3、4参照)、安定化銅の内側に拡散障壁層が形成されることになる。
【0039】
こうした拡散障壁層を超電導コア部の外側に形成する場合で、円筒状の積層構造物を配置するときには、拡散障壁層の外側に積層構造物が配置されることになる。こうした構成(即ち、拡散障壁層と積層構造物が隣接する構成)を採用する場合には、例えばシート状態部材の一部についてTaやNbだけを巻回した領域を形成することによって(後記実施例参照)、積層構造物に拡散障壁層としての機能を持たせるようにすることもできる。
【0040】
上記のような超電導線材製造用前駆体では、加工性および強度も良好なものとなり、こうした前駆体に対して、NbSn生成熱処理(通常600℃以上、750℃以下)を施してNb3Sn系超電導相を形成することによって、良好な超電導特性を発揮し強度も十分なNb3Sn超電導線材が得られることになる。
【0041】
本発明は、基本的にブロンズ法や内部Sn法に適用される前駆体(超電導線材製造用前駆体)の構成を前提としたものであるが、補強材を備えて強度および加工性を良好にするという思想は、チューブ法や粉末法に適用される前駆的にも有用であり、本発明の構成はこれらの方法への技術的応用が可能である。
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0043】
[実施例1]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、下記表1に示す材質、厚さのシートAを5回巻き付け、その後下記表1に示す材質、厚さのシートBを巻き込みつつ、シートAとシートBの積層シートを9回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:89mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0044】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0045】
[実施例2]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、下記表1に示す材質、厚さのシートAを5回巻き付け、その後下記表1に示す材質、厚さのシートBを巻き込みつつ、シートAとシートBの積層シートを23回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:100mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0046】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0047】
[実施例3]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、下記表1に示す材質、厚さのシートAを5回巻き付け、その後下記表1に示す材質、厚さのシートBを巻き込みつつ、シートAとシートBの積層シートを33回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:100mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0048】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0049】
[実施例4]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、下記表1に示す材質、厚さのシートAを5回巻き付け、その後下記表1に示す材質、厚さのシートBを巻き込みつつ、シートAとシートBの積層シートを6回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:87mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0050】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0051】
[比較例1]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、厚さ0.2mmのNbシートを5回巻き付け、その後厚さ0.2mmのCuシートを巻き込みつつ、Nb/Cu積層シートを9回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:89mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0052】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0053】
[比較例2]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、厚さ0.2mmのNbシートをまず5回巻き付け、更に20回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:89mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0054】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0055】
[比較例3]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、厚さ0.2mmのNbシートをまず18回巻き付け、その後厚さ0.2mmのTaシートを巻き込みつつ、Nb/Ta積層シートを1回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:89mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0056】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0057】
[比較例4]
直径:14mmのNb棒を、直径:14mmの孔を7本開けたCu−15.5質量%Sn−0.3質量%Ti合金棒(外径:68mm)中に挿入し、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(六角対辺:2.0mm)とした。このCu−Sn/Nb複合線を9583本束ねて、その外周に、厚さ0.2mmのNbシートをまず17回巻き付け、その後厚さ0.1mmのTaシートおよび厚さ0.1mmのHfシートを巻き込むことで、Ta/Hf積層シートを1.0回巻き、その外側に、外径:120mm、内径:89mmのCu(安定化銅層)を配置した。こうして得られた複合線材を、エレクトロンビーム溶接によって端部を封止し、押し出しビレット(多芯型ビレット)とした。
【0058】
得られた押出しビレットを、途中で適宜500〜600℃で1時間の焼鈍を入れながら伸線加工し、線径0.8mmの線材(超電導線材製造用前駆体)にした。このとき、ピッチが15mmとなるように、ツイストを施した。
【0059】
実施例1〜4および比較例1〜4における超電導線材前駆体に諸元(線径、シートA、Bの材質、厚み、補強材の面積率、フィラメント本数、フィラメント径)を下記表1に示す。尚、補強材の面積率とは、上記シートAおよびB(実施例1〜4)、Nb/積層シート(比較例1)、Nbシート(比較例2)、Nb/Ta積層シート(比較例3)およびNb/Ta/Hf積層シート(比較例4)における線材断面に占める面積割合(%)を示す。またフィラメント本数およびフィラメント径は線材中のNbフィラメントの本数および半径を示す。
【0060】
【表1】

【0061】
得られた超電導線材製造用前駆体(外径:0.8mmのもの)について、650℃×150時間の熱処理(拡散熱処理)を施してNb3Sn超電導線材としたときの臨界電流密度(Jc)、4.2Kでの0.2%耐力、および劣化開始曲げ歪み量を、下記に示す条件にて測定した。
【0062】
[臨界電流密度Jcの測定]
液体ヘリウム中(温度4.2K)で、12T(テスラ)の外部磁場の下、試料(超電導線材)に通電し、4端子法によって発生電圧を測定し、この値が0.1μV/cmの電界が発生した電流値(臨界電流Ic)を測定し、この電流値を、線材の非Cu部当りの断面積で除して臨界電流密度Jcを求めた。
【0063】
[4.2Kでの0.2%耐力の測定]
液体ヘリウム中(温度4.2K)で、各試料(超電導線材)について引張り試験を行ない、応力−歪み曲線を求め、原点付近の傾きを持つ直線を0.2%歪み量の位置まで平行移動し、応力−歪み曲線と交わる点の応力として求めた。
【0064】
[劣化開始曲横応力の測定]
液体ヘリウム中(温度4.2K)で、12T(テスラ)の外部磁場の下、試料(超電導線材)に横方向に圧縮力を負荷しながら臨界電流(Ic)を測定し、臨界電流が無負荷時の90%に劣化したときの応力を劣化開始曲横応力として測定した。このとき、応力は荷重を線材断面積で除して求めた。
【0065】
これらの結果を一括して、下記表2に示す。この結果から明らかなように、異種の金属を積層状態で複数回繰り返して配置して本発明で規定する要件を満足するようにしたもの(試験No.1〜13)では、長手方向、径方向の耐歪特性に優れたものとなると共に、加工性も良好なものとなって、良好な臨界電流密度Jcが実現できていることが分かる。
【0066】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】ブロンズ法によって製造されるNb3Sn超電導線材の断面構造を模式的に示した説明図である。
【図2】内部Sn法に適用される超電導線材製造用前駆体の構成例を模式的に示した断面図である。
【図3】内部Sn法に適用される超電導線材製造用前駆体の他の構成例を模式的に示した断面図である。
【図4】内部Sn法に適用される多芯型の超電導線材製造用前駆体の構成例を模式的に示した断面図である。
【符号の説明】
【0068】
1 NbまたはNb合金芯
2 Cu−Sn基合金製母材(ブロンズマトリクス)
3,3a,3b 拡散障壁層
4,4a,13 安定化銅
5 一次スタック材
6 外層ケース
7 二次多芯ビレット
8 CuまたはCu基合金
9 Sn基金属芯
10 Nb基フィラメント
11,11a 超電導線材製造用前駆体
12 Cuマトリクス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nb3Sn超電導線材を製造する際に用いる超電導線材製造用前駆体であって、下記(A)または(B)の構成の超電導線材製造用前駆体において、
(A)Cu−Sn基合金中に、複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントが配置された超電導コア部と、その外周または中心部に安定化銅を有する。
(B)CuまたはCu基合金中に、1本または複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントと、1本または複数本のSnまたはSn基合金芯が配置された超電導コア部と、その外周に安定化銅を有する。
Ta,Nb,VおよびHfよりなる群から選ばれる異なる2種以上の金属を積層してなる積層構造物が、線材断面の半径方向に複数回繰り返して配置されたものであることを特徴とするNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項2】
前記積層物は、少なくとも3回繰り返して積層されたものである請求項1に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項3】
前記積層構造物は、異なる金属からなる円筒状部材を同芯状に配置して円筒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を組み合わせて巻回して円筒状に構成されたものである請求項1または2に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項4】
前記積層構造物は、超電導コア部の外周に配置されたものである請求項3に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項5】
前記積層構造物は、超電導コア部と安定化銅の間に配置されたものである請求項3に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項6】
前記積層構造物は、異なる金属からなる円筒状部材を同芯上に配置して棒状に構成されるか、または異なる金属からなるシート状部材を組み合わせて巻回して棒状に構成されたものであり、線材の中心部に配置されるものである請求項1または2に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項7】
前記積層構造物は、線材断面に占める割合で8〜35面積%である請求項1〜6に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項8】
超電導コア部と安定化銅部の間に、Snの拡散を防止する拡散障壁層が配置されたものである請求項1〜7のいずれかに記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の超電導線材製造用前駆体に対して、Nb3Sn生成熱処理を施してNb3Sn系超電導相を形成したものであるNb3Sn超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−97886(P2008−97886A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−275648(P2006−275648)
【出願日】平成18年10月6日(2006.10.6)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】