説明

Ni基合金フラックス入りワイヤ

【課題】9%Ni鋼及びNi基合金鋼等の溶接において、全姿勢における溶接作業性が優れていると共に、良好な耐ピット性及びビード外観が得られ、良好な耐高温割れ性を有する溶着金属が得られるNi基合金フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】Ni基合金フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量あたりTiOを3乃至11質量%、SiOを0.2乃至1.3質量%、ZrOを1乃至3質量%及びMn酸化物をMnO換算値で0.3乃至1.0質量%含有し、Na化合物、K化合物及びLi化合物を夫々Na、K及びLi換算値総量で0.2乃至1.0質量%含有する。また、TiO、SiO及びZrO含有量を夫々[TiO]、[SiO]及び[ZrO]としたとき、前記SiO含有量に対する前記TiO及びZrO含有量の総量の比([TiO]+[ZrO])/[SiO]が、5.0乃至14.5である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉及び圧力容器等をガスシールドアーク溶接する際に使用されるNi基合金フラックス入りワイヤに関し、特に、Ni基合金、30乃至40質量%のNiを含有するインコロイ合金、10質量%以下のNiを含有する低温用鋼、及びスーパーステンレス鋼等のガスシールドアーク溶接に使用され、スパッタ発生量を抑制し、スラグ剥離性等の溶接作業性が優れ、良好な耐ピット性及びビード外観が得られ、良好な耐高温割れ性を有する溶着金属が得られるNi基合金フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
フラックス入りワイヤによるガスシールドアーク溶接は、被覆アーク溶接及びTIG溶接に比して作業能率が優れ、年々、適用対象も拡大しており、従って、Ni基合金、30乃至40質量%のNiを含有するインコロイ合金、9%Ni鋼等の低温用鋼、及びスーパーステンレス鋼等のガスシールドアーク溶接においても、フラックス入りワイヤの開発及び改良が強く要望されるようになってきた。しかしながら、このように適用対象が多いフラックス入りワイヤの設計にあたっては、その用途を十分に考慮した上で、溶接作業性、及び耐割れ性等の溶着金属特性への配慮が必要である。
【0003】
従来、フラックス入りワイヤを使用するガスシールドアーク溶接において、溶接作業性及び耐高温割れ性を改善するため、種々の検討がなされている。例えば、特許文献1には、フラックス中のスラグ形成剤としてのTiO、SiO及びZrOの含有量を規定することにより、溶接部の延性、靱性及び耐高温割れ性といった溶接部の機械的性能を良好にし、溶接作業性を向上させることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、Ni基合金フラックス入りワイヤにおいて、Fe酸化物及びMn酸化物を添加することにより、溶着金属中のSi量を抑制し、耐高温割れ性を向上させることが開示されている。
【0005】
上述の特許文献1及び2の技術は、耐高温割れ性を向上するものであるが、溶接部にピット等の溶接欠陥が発生するという問題点がある。本願発明者等は、特許文献1及び2の技術を使用した場合にピット等の溶接欠陥が発生することを防止するために、特許文献3において、スラグ形成剤としてのTiO、SiO及びZrOの夫々の含有量及びこれらのスラグ形成剤成分の総量と、MnOの含有量を規定することにより、耐ピット性を向上させる技術を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−198488号公報
【特許文献2】特開2000−343277号公報
【特許文献3】特開2008−246507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述の従来技術には以下のような問題点がある。特許文献1に開示されたNi基合金フラックス入りワイヤは、下向き溶接に比して溶融金属の凝固速度が速い水平すみ肉溶接及び横向き溶接において、ビード表面にピット等の溶接欠陥が発生しやすいという問題点がある。また、溶接作業時のアーク安定性が低下したり、下向き溶接に比して溶融金属の凝固速度が遅い立向上進溶接において、溶接作業性が劣化する場合がある。
【0008】
また、上述の如く、特許文献2には、Fe酸化物及びMn酸化物を添加することにより、溶着金属中のSi量を抑制し、耐高温割れ性を向上させることが開示されているものの、これらのFe酸化物及びMn酸化物は、TiO、SiO、ZrO、Al、CaO、NaO及びKOの総量が規定されたフラックス中に添加するものである。従って、組成によっては、溶着金属中のSi量を抑制することができない場合があり、耐高温割れ性が低下する場合がある。
【0009】
上述の如く、本願発明者等は、特許文献1及び2の技術を使用した場合に、ピット等の溶接欠陥が発生することを防止するために、特許文献3において、スラグ形成剤としてのTiO、SiO及びZrOの夫々の含有量及びこれらのスラグ形成剤成分の総量と、MnOの含有量を規定することにより、耐ピット性を向上させる技術を提案した。しかしながら、この特許文献3の技術を用いた場合においても、組成によっては溶接時のアーク安定性が劣化したり、耐高温割れ性が低下する場合がある。
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、9%Ni鋼及びNi基合金鋼等の溶接において、全姿勢における溶接作業性が優れていると共に、良好な耐ピット性及びビード外観が得られ、良好な耐高温割れ性を有する溶着金属が得られるNi基合金フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るNi基合金フラックス入りワイヤは、Ni基合金からなる外皮にフラックスを充填してなるNi基合金フラックス入りワイヤにおいて、前記フラックスは、ワイヤ全質量あたりTiOを3乃至11質量%、SiOを0.2乃至1.3質量%、ZrOを1乃至3質量%及びMn酸化物をMnO換算値で0.3乃至1.0質量%含有し、Na化合物、K化合物及びLi化合物を夫々Na、K及びLi換算値総量で0.2乃至1.0質量%含有し、前記TiO、SiO及びZrO含有量を夫々[TiO]、[SiO]及び[ZrO]としたとき、前記SiO含有量に対する前記TiO及びZrO含有量の総量の比([TiO]+[ZrO])/[SiO]が、5.0乃至14.5であることを特徴とする。
【0012】
上述の本発明に係るNi基合金フラックス入りワイヤは、例えば前記外皮中のC、Si、Mn、P、S、Cu、V及びCoの含有量を、夫々、外皮の全質量あたりC:0.02質量%以下、Si:0.08質量%以下、Mn:1.0質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.03質量%以下、Cu:0.50質量%以下、V:0.35質量%以下、Co:2.5質量%以下に規制し、前記外皮は、外皮の全質量あたりCrを14.5乃至16.5質量%、Moを15.0乃至17.0質量%、Feを4.0乃至7.0質量%、Wを3.0乃至4.5質量%及びNiを50.0質量%以上含有する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るNi基合金フラックス入りワイヤは、フラックス中にTiO、SiO、ZrO、Mn酸化物、並びにNa化合物、K化合物及びLi化合物を適正な範囲で含有し、SiOの含有量をTiO及びZrOの含有量に対して適正な比で規定している。これにより、全姿勢溶接において、優れた溶接作業性が得られ、良好な耐ピット性及びビード外観と、良好な耐高温割れ性を有する溶着金属を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】フラックス入りワイヤの断面を示す図である。
【図2】実施例で用いた試験板形状を示す断面図である。
【図3】実施例で用いた全溶着金属成分の分析方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願発明者等は、フラックス成分の組成の検討により、耐高温割れ性及び溶接作業性を改善すべく、請求項1に記載のフラックス組成を開発した。本願発明者等は、上述の如く、特許文献1及び2のNi基合金フラックス入りワイヤを使用した場合に、溶接姿勢によってアーク安定性及び溶接作業性が低下するという問題点を解決すべく、特許文献3の技術を提案した。しかしながら、この特許文献3の技術を使用した場合においても、組成によっては溶接時のアーク安定性が低下したり、耐高温割れ性が低下することがあった。Ni基合金からなる溶着金属は、オーステナイト(γ)単層で凝固するため、本質的に凝固割れが発生しやすく、特に、溶着金属成分のうちのP、S、Si成分はNi基合金中において固液分配係数が小さく、低融点の共晶を形成する(Siの場合は、Ni−NiSi及びNi−Nb−Si系)ため、Ni基合金溶着金属の凝固割れ感受性を高める大きな要因である。本願発明者は、上記従来のNi基合金フラックス入りワイヤを使用した場合に、耐高温割れ性が低下し、フラックス入りワイヤの組成によってアーク安定性が低下したり、溶接姿勢によって溶接作業性が劣化するという問題点を解決すべく、鋭意実験検討を行った。そして、フラックス中のSiOの含有量を適正に規定した上で、スラグ形成剤としてのSiOの含有量を他のスラグ形成剤であるTiO及びZrOの総量に対して適正に規定し、更に、Mn酸化物を適正な範囲で添加すれば、Ni基合金の溶着金属中に溶着金属中にSiが歩留まることを抑制し、耐高温割れ性が低下することを防止することができることを知見した。その上で、Na化合物、K化合物及びLi化合物を適量添加すれば、溶接時のアーク安定性が低下したり、溶接姿勢によって溶接作業性が低下することも防止することができることを知見した。
【0016】
なお、本発明のNi基合金フラックス入りワイヤは、外皮の組成及び外皮率が以下の範囲であることが好ましい。即ち、溶着金属成分の組成をAWS A5.34 ENiCrMo4Tx−yに規定された組成とするための前提条件として、外皮の組成を以下のように規定することが好ましい。即ち、外皮中のC、Si、Mn、P、S、Cu、V及びCoの含有量を、夫々、外皮の全質量あたりC:0.02質量%以下、Si:0.08質量%以下、Mn:1.0質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.03質量%以下、Cu:0.50質量%以下、V:0.35質量%以下、Co:2.5質量%以下に規制し、外皮の全質量あたりCrを14.5乃至16.5質量%、Moを15.0乃至17.0質量%、Feを4.0乃至7.0質量%、Wを3.0乃至4.5質量%及びNiを50.0質量%以上含有することが好ましい。この組成は、AWS A5.14 ERNiCrMo4に規定された成分範囲である。このように、使用する外皮の組成をAWS A5.14 ERNiCrMo4に規定された成分範囲とし、AWS A5.34 ENiCrMo4Tx−yに規定された組成の溶着金属を得ることにより、耐高温割れ性及び耐ピット性が優れた溶着金属を得ることができる。また、本発明のNi基合金フラックス入りワイヤは、外皮率(フラックス入りワイヤ全質量に対する外皮質量の比率)が70乃至80質量%であることが好ましい。このように、外皮率が高いフラックス入りワイヤにおいては、外皮の組成は溶着金属の組成と関連がある。
【0017】
本発明のNi基合金フラックス入りワイヤは、例えば、Ni基合金、30乃至40質量%のNiを含有するインコロイ合金、9%Ni鋼等の低温用鋼、及びスーパーステンレス鋼等を母材とする突き合わせ溶接、並びにクラッド鋼、低合金鋼、低合金耐熱鋼及びステンレス鋼等を母材とする肉盛溶接に好適に使用される。
【0018】
以下、本発明の数値限定の理由について説明する。
【0019】
「フラックス中のTiO含有量[TiO]:ワイヤ全質量あたり3乃至11質量%」
TiOは均一で被包性のよいスラグを形成し、アーク安定性の向上に効果があるため、スラグ形成剤の主成分として添加する。TiO源としては、例えばルチール、白チタン、チタン酸カリウム、チタン酸ソーダ及びチタン酸カルシウムを使用することができる。フラックス中のTiO含有量がワイヤ全質量あたり3質量%未満であると、これらのスラグ形成剤としての特性を十分に発揮することができず、フラックス中のTiO含有量がワイヤ全質量あたり11質量%を超えると、ワイヤ中のスラグ成分が過多となり、溶接時のスラグ生成量が過剰となってスラグが溶接部から垂れ落ちやすくなり、溶接部にスラグ巻き込みが発生しやすくなり、耐ピット性も低下する。従って、本発明においては、フラックス中のTiOの含有量は、ワイヤ全質量あたり3乃至11質量%と規定する。
【0020】
「フラックス中のSiO含有量[SiO]:ワイヤ全質量あたり0.2乃至1.3質量%」
SiOはTiOと同様に、スラグの粘性を高め、良好なビード形状を得るためにスラグ形成剤として添加する。SiOの原材料としては、例えば、珪砂、カリ長石、珪灰石、珪酸ナトリウム及び珪酸カリウム等を使用することができる。SiOの含有量がワイヤ全質量あたり0.2質量%未満であると、スラグ形成剤としての上記効果を十分に得ることができない。一方、SiOの含有量がワイヤ全質量あたり1.3質量%を超えると、スラグ剥離性が低下する。また、SiOは、Ti等の強脱酸性元素によって還元されやすいため、添加しすぎると、溶着金属中のSi量が過多となり、耐高温割れ性が低下しやすくなる。従って、本発明においては、フラックス中のSiOの含有量は、ワイヤの全質量あたり0.2乃至1.3質量%と規定する。
【0021】
「フラックス中のZrO含有量[ZrO]:ワイヤ全質量あたり1乃至3質量%」
ZrOはアークの吹きつけ性を向上させ、低溶接電流域においてもアークの安定性を向上させる作用がある。また、スラグの凝固を速め、立向上進溶接において、溶接作業性を向上させる作用がある。ZrO源としては、例えばジルコンサンド及びジルコニア等を使用することができる。フラックス中のZrOの含有量がワイヤの全質量あたり1質量%未満であると、アーク安定性及び溶接作業性の向上効果を十分に得られない。一方、フラックス中のZrOの含有量がワイヤの全質量あたり3質量%を超えると、スラグの凝固開始温度が高くなってスラグの凝固が遅くなり、凝固中の溶着金属から発生するガスが凝固中のスラグを通して排出されることができず、溶接部に発生するピットの数が増加する。従って、本発明においては、ZrOの含有量は、ワイヤの全質量あたり1乃至3質量%と規定する。
【0022】
「フラックス中のMn酸化物含有量(MnO換算値):ワイヤ全質量あたり0.3乃至1.0質量%」
Mn酸化物及びSi酸化物の標準生成自由エネルギー変化は、0乃至2400℃の範囲においてはSi酸化物の方が低く、Si酸化物をMn酸化物よりも安定に反応させることができる。即ち、フラックスにMnOを添加することにより、溶融金属内において、MnO→Mn+O及びSi+O→SiOの反応が促進され、反応後のSiOはスラグとして浮上する。従って、SiOが溶着金属中にSiとして歩留まることを抑制することができる。また、MnOは、融点が550℃と低く、フラックス中にMnOを添加することにより、溶融スラグの凝固開始温度を低くすることができ、凝固中の溶着金属から発生するガスの溶接部への残留を防止することによりピットの発生を抑制することができる。フラックス中のMn酸化物の含有量がワイヤの全質量あたり0.3質量%未満であると、溶着金属中のSiの歩留まり防止効果及びピット抑制性効果を十分に得ることができず、また、耐高温割れ性が低下する。一方、フラックス中のMn酸化物の含有量がワイヤの全質量あたり1.0質量%を超えると、スラグがビード表面に焼き付きやすくなってスラグ剥離性が低下し、溶融スラグの凝固開始温度の低下により、立向上進溶接の作業性も低下する。従って、本発明においては、フラックス中のMn酸化物の含有量は、ワイヤの全質量あたり0.3乃至1.0質量%と規定する。
【0023】
「フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物:Na、K及びLi換算値総量でワイヤ全質量あたり0.2乃至1.0質量%」
フラックス中のNa、K及びLiは、アーク安定剤として作用し、スパッタの発生を抑制する。本発明においては、Na、K及びLiを、夫々Na化合物、K化合物及びLi化合物として添加する。具体的には、例えば、LiF、NaF、KF、NaAlF、KSiF、KTiF、ソーダ長石及びカリウム長石等を使用することができる。フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物の含有量が夫々Na、K及びLi換算値総量でワイヤ全質量あたり0.2質量%未満であると、アーク安定剤としての作用を十分に得ることができず、耐ピット性も低下する。フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物の含有量が1.0質量%を超えると、逆にスパッタの発生量が増加する。従って、本発明においては、フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物は、Na、K及びLi換算値総量でワイヤ全質量あたり0.2乃至1.0質量%と規定する。
【0024】
「フラックス中のSiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比([TiO]+[ZrO])/[SiO]:5.0乃至14.5」
SiOは、上述の如く、スラグの粘性を高め、ビード形状を良好なものにする。しかしながら、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が14.5を超えると、スラグの流動性が低下してスラグが均一に形成されにくくなってスラグ巻き込みが発生しやすくなり、ビードのなじみも低下する。また、スラグの凝固開始温度が高くなってスラグの凝固が遅くなり、凝固中の溶着金属から発生するガスが凝固中のスラグを通して排出されることができず、溶接部に発生するピットの数が増加する。一方、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が5.0未満であると、スラグがビードに密着し(焼き付き)やすくなり、スラグ剥離性が低下する。従って、本発明においては、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比([TiO]+[ZrO])/[SiO]を5.0乃至14.5と規定する。より好ましくは、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比は、7.0乃至14.0である。
【0025】
本発明のNi基合金フラックス入りワイヤは、上記以外の成分としてフラックス中に炭酸塩、及びCaF等の塩基性原料を含有することができる。しかしながら、炭酸塩、及びCaF等の塩基性原料を添加すると、アーク安定性が低下しやすくなり、スパッタの発生量も増加して、溶接作業性が低下しやすくなる。従って、本発明においては、これらの炭酸塩、及びCaF等の塩基性原料をワイヤの全質量あたり0.1質量%以下の範囲で添加することができる。
【実施例】
【0026】
以下、本実施形態のNi基合金フラックス入りワイヤの効果を示す実施例について、その比較例と比較して具体的に説明する。先ず、表1に示す組成のNi基合金からなる厚さ0.4mm、幅9.0mmの帯を湾曲させて、図1に示すような円筒状の外皮11a(No.A乃至C)を作製した。これらの外皮に、金属原料とスラグ成分とからなるフラックス11bを内包したフラックス入りワイヤ11(No.1乃至29)を作製した。このフラックスの組成は下記表2−1乃至表2−3に示すとおりである。なお、表2−1乃至表2−3に示すフラックス組成は、全てフラックス入りワイヤ全質量あたりの含有量である。このワイヤ11を、直径が1.2mmになるように伸線加工したものを供試ワイヤとした。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2−1】

【0029】
【表2−2】

【0030】
【表2−3】

【0031】
前述の方法で製造したNo.1乃至29のフラックス入りワイヤ11を使用して水平すみ肉溶接を行い、溶接時のアーク安定性及びスパッタ抑制性と、溶接部の耐ピット性、ビード外観及びスラグ剥離性を評価した。
【0032】
水平すみ肉溶接は、板厚が12mm、幅が80mm、長さが300mmのSM490A鋼板を使用した。その際の溶接条件は、溶接電流が200A(直流ワイヤプラス)、アーク電圧が28Vであり、シールドガスにはAr−20%COを使用し、シールドガスの流量は25リットル/分とし、溶接速度を30cm/分とした。
【0033】
【表3】

【0034】
上記フラックス入りワイヤを使用した溶接により得られる溶着金属の組成は、表1の外皮No.A乃至C及び表2−1乃至2−3のワイヤNo.1乃至29に応じて、下記表4に示す全溶着金属成分組成となるものであった。なお、全溶着金属成分の分析方法は、AWS A5.34に準拠し、図3に示す溶接部から採取した。
【0035】
各実施例及び比較例のフラックス入りワイヤについて、溶接時のアーク安定性及びスパッタ抑制性と、溶接部の耐ピット性、ビード外観及びスラグ剥離性の評価結果を下記表5に示す。なお、溶接時のアーク安定性及びスパッタ抑制性と、溶接部のビード外観及びスラグ剥離性は、夫々、極めて良好であった場合を◎、良好であった場合を○、やや不良であった場合を△、不良であった場合を×と評価した。耐ピット性については、ビード表面に染色探傷試験を施して、検出された染色点の個数によって評価した。なお、この際、溶接ビードの始端部及び終端部については、夫々の端部から50mmの部分を評価対象外領域とした。そして、ビードの長さが50mmあたりの平均ピットの発生数が0個であった場合を◎、1乃至10個であった場合を○、11乃至30個であった場合を△、31個以上であった場合を×と評価した。
【0036】
また、各実施例及び比較例による溶接部について、拘束割れ試験を実施し、耐高温割れ性を評価した。拘束割れ試験は、表3に示す板厚が20mmのSM490A鋼板を使用し、図2に示すように、開先角度が60°になるように板厚の半分まで斜面が形成された幅が125mm、長さが300mmの母材を間隔が2mmになるように調整して、自動溶接機によるシングルビード溶接を行った。その際、溶接条件は、外皮の種別が表1のA又はCであった場合(実施例No.1乃至9,比較例No.16乃至25)は、溶接電流値を240A(直流ワイヤプラス)とし、外皮の種別が表1のBであった場合(実施例No.10乃至15,比較例No.26乃至29)は、溶接電流値を200A(直流ワイヤプラス)とし、アーク電圧を30Vとした。シールドガスにはAr−20%COを使用し、シールドガスの流量は25リットル/分とし、溶接速度を40cm/分とした。そして、溶接線方向の割れ長さの合計値を測定し、全ビード長に対する割れ率(溶接線方向の割れ長さの合計値/全ビード長)により耐高温割れ性を評価した。なお、高温割れ試験においては、溶接ビードの始端部及び終端部については、夫々の端部から20mmの部分を評価対象外領域とした。そして、割れ率が0%(割れなし)であった場合を◎、ビードに割れがあり割れ率が5%未満であった場合を○、割れ率が5%を超えた場合を×と評価した。各実施例及び比較例のフラックス入りワイヤについて、耐高温割れ性の評価結果を表5にあわせて示す。
【0037】
更に、板厚が12mm、幅80mm、長さ300mmの2枚のSM490A鋼板を使用し、すみ肉T継手を立向上進溶接により半自動溶接した際の溶接作業性を評価した。その際、溶接条件は、溶接電流を150A(直流ワイヤプラス)、アーク電圧を26Vとした。シールドガスにはAr−20%COを使用し、シールドガスの流量は25リットル/分とし、溶接速度を6cm/分とした。そして、溶接作業性が極めて良好(溶接電流値が160乃至170Aでもビードの垂れ落ちなし)だった場合を◎、溶接作業性が良好だった場合を○、ビードの垂れ落ちが発生した場合を△、溶接ができなかった場合を×と評価した。そして、耐ピット性、アーク安定性、ビード外観及びスラグ剥離性、立向上進溶接作業性、スパッタ抑制性、並びに耐高温割れ性の全ての項目が◎であったものを総合評価としては◎、前述の項目のうち、◎の他に○が1項目でもあったものを総合評価としては○と評価し、×の項目が1項目でもあったものを総合評価としては×、△の項目が1項目でもあって×の項目が1項目もなかったものを総合評価としては△と評価した。各実施例及び比較例の総合評価について、表5にあわせて示す。
【0038】
【表4】

【0039】
【表5】

【0040】
表5に示すように、本発明の範囲を満足する実施例No.1乃至15は、溶接時のアーク安定性、スパッタ抑制性、及び立向上進溶接性が優れており、溶接部の耐ピット性、ビード外観及びスラグ剥離性が良好であり、耐高温割れ性も良好であった。比較例No.16はフラックス中のSiOの含有量が本発明の範囲を超え、ビード外観及びスラグ剥離性が劣化し、耐高温割れ性も低下した。比較例No.17はフラックス中のSiOの含有量が本発明の範囲を下回り、ビード外観及びスラグ剥離性が劣化し、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が本発明の範囲を超え、溶接部に発生するピットの数が増加した。
【0041】
比較例No.18は、フラックス中のZrOの含有量が本発明の範囲を下回り、ZrOの添加による溶接作業性の向上効果を十分に得ることができなかった。比較例No.19は、フラックス中のZrOの含有量と、SiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が本発明の範囲を超え、耐ピット性が低下した。比較例No.20は、フラックス中のTiOの含有量が本発明の範囲を下回り、アークの安定性の低下により溶接作業性が劣化し、ビード外観及びスラグ剥離性も劣化した。比較例No.21はフラックス中のTiOの含有量が本発明の範囲を超え、耐ピット性が低下した。
【0042】
比較例No.22は、フラックス中のMn酸化物の含有量が本発明の範囲を下回り、耐ピット性が低下し、溶着金属中のSiの歩留まりを防止することができず、耐高温割れ性も低下した。比較例No.23は、フラックス中のMn酸化物の含有量が本発明の範囲を超え、スラグ剥離性が低下し、溶融スラグの凝固開始温度の低下により、立向上進溶接の作業性も低下した。比較例No.24は、フラックス中のSiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が本発明の範囲を下回り、スラグ剥離性及び立向上進溶接作業性が低下した。比較例No.25は、フラックス中のSiO含有量に対するTiO及びZrO含有量の総量の比が本発明の範囲を超え、耐ピット性が低下した。
【0043】
比較例No.26は、フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物の夫々Na、K及びLi換算値総量が本発明の範囲を下回り、アーク安定性が低下してスパッタ抑制性も低下し、耐ピット性も低下した。比較例No.27は、フラックス中のNa化合物、K化合物及びLi化合物の夫々Na、K及びLi換算値総量が本発明の範囲を超え、スパッタの発生量が増加した。比較例No.28及びNo.29は、Mn酸化物を含有せず、耐ピット性及び耐高温割れ性が低下した。
【0044】
本発明の範囲を満足する実施例No.1乃至15のうち、実施例No.1乃至5は、外皮の組成が本発明の好ましい範囲を満足する実施例であり、外皮の組成が本発明の好ましい範囲を満足しない実施例No.6乃至15に比して優れた耐高温割れ性を得ることができた。
【符号の説明】
【0045】
1:フラックス入りワイヤ、1a:外皮、1b:フラックス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金からなる外皮にフラックスを充填してなるNi基合金フラックス入りワイヤにおいて、
前記フラックスは、ワイヤ全質量あたりTiOを3乃至11質量%、SiOを0.2乃至1.3質量%、ZrOを1乃至3質量%及びMn酸化物をMnO換算値で0.3乃至1.0質量%含有し、Na化合物、K化合物及びLi化合物を夫々Na、K及びLi換算値総量で0.2乃至1.0質量%含有し、前記TiO、SiO及びZrO含有量を夫々[TiO]、[SiO]及び[ZrO]としたとき、前記SiO含有量に対する前記TiO及びZrO含有量の総量の比([TiO]+[ZrO])/[SiO]が、5.0乃至14.5であることを特徴とするNi基合金フラックス入りワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−140064(P2011−140064A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3440(P2010−3440)
【出願日】平成22年1月9日(2010.1.9)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】