説明

O−結合型N−アセチルグルコサミン転移酵素及びその遺伝子

【課題】上皮成長因子ドメインに特異的に作用する新規なO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素及びその遺伝子、並びにこれらの用途を提供する。
【解決手段】(1)特定のアミノ酸配列を有するタンパク質、(2)前記と異なるアミノ酸配列を有するタンパク質、及び(3)前記両アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有し、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移活性を示すタンパク質からなる群より選択されるタンパク質からなるO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素及びそれをコードする遺伝子。また、当該酵素又は遺伝子を利用してO-結合型N-アセチルグルコサミンを付加する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素及びその遺伝子に関する。詳しくは、上皮成長因子ドメインを含む受容基質に対して特異的に作用するO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素、その遺伝子、並びにその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の糖鎖修飾(グリコシル化)は典型的な翻訳時又は翻訳後修飾の一つであり、細胞レベルのみならず生体レベルにおいても重要である。N-グリコシル化やムチン型O-グリコシル化などが一般的なグリコシル化であるが、最近になって、特異的な生物学的プロセスに重要な役割を果たす、珍しいグリコシル化がいくつか報告されている。そのようなグリコシル化は、上皮成長因子ドメイン(以下、「EGFドメイン」とも称する)など、特定のタンパク質ドメインに認められることが多い。EGFドメインは30〜40アミノ酸残基からなる小さなドメインであり、3つのジスルフィド結合によって安定なコンフォメーションをとる。EGFドメイン内の保存性の高いアミノ酸残基に対する3種類の珍しい翻訳後修飾、即ちアスパラギン酸残基(Asp)又はアスパラギン残基(Asn)のβ-ヒドロキシ化(β-hydroxylation)、O結合型グルコースの付加及びO結合型フコースの付加、が報告されている(非特許文献1)。
【0003】
最近の研究によって、ノッチ(Notch)受容体など、細胞間シグナル伝達に関与する分子の細胞表面糖タンパク質にもEGF特異的O-グリカンが存在することが明らかとなった(非特許文献2)。ノッチ受容体は、発生段階を広範に制御するシグナル伝達を介在する(非特許文献3)。ノッチ受容体の細胞外ドメインは主にEGFドメインのタンデムリピート(ノッチEGFリピート)からなる。ショウジョウバエ(Drosophila)ノッチ受容体及び哺乳動物ノッチ−1受容体ではEGFリピート内に36個のEGFドメインが存在する。これらEGFドメインの多くはO-グルコシル化又はO-フコシル化されていると予想される(非特許文献4、5)
EGFドメイン内に認められる、これらの珍しいO-グリカンの生物学的意義について研究され、O-結合を介したフコースの転移を触媒するO-フコース転移酵素−1(哺乳動物のPofut1、ショウジョウバエのOfut1)(非特許文献6)、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)をフコース-O-セリン又はスレオニンに転移するfringe関連遺伝子産物(非特許文献7、8)などが見出された。Pofut1(又はOfut1)遺伝子の発現抑制又は変異は、ノッチ受容体を介したシグナル伝達を消失させる。この事実は、これらの遺伝子がノッチシグナル伝達経路において必須の役割を担うことを示唆する(非特許文献9〜11)。FringeによるGlcNAc修飾がノッチ受容体と二つのノッチリガンド(デルタ(Delta)及びセレイト(Serrate)/ジャグド(Jagged))間の相互作用を調節することが示された(非特許文献8、12、13)。また、Fringeが哺乳動物細胞においてその機能を発揮することにβ4GalT-1が必須であることが示された(非特許文献14)。以上の報告は、ノッチ受容体においてO-フコースが極めて重要な役割を果たすことを示す。
ショウジョウバエにおいて、ノッチ受容体におけるO-フコース型糖鎖の存在は知られていたものの(非特許文献9、13、15〜17)、ごく最近までO-グルコース型糖鎖の有無は明らかにされていなかった(非特許文献18)。
【0004】
ところで、ノッチシグナル伝達経路に関与することからも明らかなように、EGFドメインは生体において重要な役割を担う。従って、EGFドメイン(又はそれを含むポリペプチド)は、医薬、機能性食品、診断などの分野においてその利用が大いに期待される。
上述の通り、EGFドメインは特徴的な糖鎖修飾を受けており、これがEGFドメインの生理活性の発揮や安定性の維持などに重要であると予想される。これまでに、EGFドメインにO-結合型フコースを付加する酵素(O-フコース転移酵素)が見出されているが(例えば特許文献1)、EGFドメインにおけるN-アセチルグルコサミンの付加に関わる酵素の報告はない。
【特許文献1】米国特許第6,100,079号公報明細書
【非特許文献1】Harris, R. J., and Spellman, M. W. (1993) Glycobiology 3(3), 219-224
【非特許文献2】Moloney, D. J., Shair, L. H., Lu, F. M., Xia, J., Locke, R., Matta, K. L., and
【非特許文献3】Artavanis-Tsakonas, S., Rand, M. D., and Lake, R. J. (1999) Science 284(5415), 770-776.
【非特許文献4】Haines, N., and Irvine, K. D. (2003) Nat Rev Mol Cell Biol 4(10), 786-797
【非特許文献5】Haltiwanger, R. S., and Stanley, P. (2002) Biochim Biophys Acta 1573(3), 328-335
【非特許文献6】Wang, Y., Shao, L., Shi, S., Harris, R. J., Spellman, M. W., Stanley, P., and Haltiwanger, R. S. (2001) J Biol Chem 276(43), 40338-40345
【非特許文献7】Moloney, D. J., Panin, V. M., Johnston, S. H., Chen, J., Shao, L., Wilson, R., Wang, Y., Stanley, P., Irvine, K. D., Haltiwanger, R. S., and Vogt, T. F. (2000) Nature 406(6794), 369-375
【非特許文献8】Bruckner, K., Perez, L., Clausen, H., and Cohen, S. (2000) Nature 406(6794), 411-415
【非特許文献9】Okajima, T., and Irvine, K. D. (2002) Cell 111(6), 893-904
【非特許文献10】Sasamura, T., Sasaki, N., Miyashita, F., Nakao, S., Ishikawa, H. O., Ito, M., Kitagawa, M., Harigaya, K., Spana, E., Bilder, D., Perrimon, N., and Matsuno, K. (2003) Development 130(20), 4785-4795
【非特許文献11】Shi, S., and Stanley, P. (2003) Proc Natl Acad Sci U S A 100(9), 5234-5239
【非特許文献12】Stanley, P. (2007) Curr Opin Struct Biol 17(5), 530-535
【非特許文献13】Okajima, T., Xu, A., and Irvine, K. D. (2003) J Biol Chem 278(43), 42340-42345
【非特許文献14】Chen, J., Moloney, D. J., and Stanley, P. (2001) Proc Natl Acad Sci U S A 98(24), 13716-13721
【非特許文献15】Xu, A., Haines, N., Dlugosz, M., Rana, N. A., Takeuchi, H., Haltiwanger, R. S., and Irvine, K. D. (2007) J Biol Chem 282, 35153-35162
【非特許文献16】Lei, L., Xu, A., Panin, V. M., and Irvine, K. D. (2003) Development 130(26), 6411-6421
【非特許文献17】Panin, V. M., Shao, L., Lei, L., Moloney, D. J., Irvine, K. D., and Haltiwanger, R. S. (2002) J Biol Chem 277(33), 29945-29952
【非特許文献18】Acar, M., Jafar-Nejad, H., Takeuchi, H., Rajan, A., Ibrani, D., Rana, N. A., Pan, H., Haltiwanger, R. S., and Bellen, H. J.(2008) Cell 132(2), 247-258
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上皮成長因子ドメイン(EGFドメイン)に特異的に作用する新規なO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素及びその遺伝子、並びにこれらの用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上の背景の下、本発明者らはショウジョウバエのノッチEGFリピート内の特定のドメイン(EGF20)に注目して研究を進めた。その結果、EGF20を対象とした質量分析によって、EGF20内の5番目システイン残基と6番目システイン残基に挟まれたセリン/スレオニン残基にO結合型N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)が付加されているという、新規な修飾の存在を見出した(論文投稿中)。本発明者らの知る限り、細胞外部分がO-GlcNAcで修飾されたタンパク質の存在を動物において示した報告は過去にない。
次に本発明者らは、EGF20に対するO-GlcNAcの修飾を指標としたRNAiスクリーニング系を構築し、O-GlcNAcの修飾に必要な遺伝子の同定を試みた。その結果、新規ショウジョウバエO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子(CG9867)を同定することに成功した。当該遺伝子の活性を調べたところ、N-アセチルグルコサミン転移活性を示すことが確認された。一方、アミノ酸配列の相同性をもとにしてマウス相同遺伝子及びヒト相同遺伝子の同定・クローニングに成功した。マウス相同遺伝子について活性を調べたところ、N-アセチルグルコサミン転移活性を示すことが確認された。
本発明は主として以上の成果に基づくものであり、次の通りである。
[1] 以下の(1)〜(3)からなる群より選択されるタンパク質からなるO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素、
(1)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質、
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列を有するタンパク質、
(3)配列番号2に示すアミノ酸配列又は配列番号4に示すアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有し、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移活性を示すタンパク質。
[2] [1]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素をコードするO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子。
[3] 以下の(1)〜(3)からなる群より選択されるDNAからなる、[2]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子、
(1)配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、
(2)配列番号3に示す塩基配列を有するDNA、
(3)配列番号1に示す塩基配列又は配列番号3に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移活性を示すタンパク質をコードするDNA。
[4] [2]又は[3]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を含有する組換えベクター。
[5] [2]又は[3]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子が導入された形質転換体。
[6] 以下のステップ(1)及び(2)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素の製造法、
(1)[5]に記載の形質転換体を培養し、前記O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を発現させるステップ、
(2)産生されたO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を回収するステップ。
[7] [1]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)に作用させることを特徴とする、O-結合型N-アセチルグルコサミン付加法。
[8] 以下のステップ(1)及び(2)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)を用意するステップ、
(2)前記受容基質及び供与基質(UDP-N-アセチルグルコサミン)の存在下、[1]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を作用させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
[9] 以下のステップ(1)〜(3)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)[3]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を発現可能に保持する第1発現ベクターと、受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子を発現可能に保持する第2発現ベクターとを宿主細胞に共導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
[10] 以下のステップ(1)〜(3)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)[3]に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子と、受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子とを共発現可能に保持する発現ベクターを宿主細胞に導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
(用語)
本発明において「タンパク質をコードするDNA」とは、それを発現させた場合に当該タンパク質が得られるDNA、即ち、当該タンパク質のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有するDNAのことをいう。従ってコドンの縮重も考慮される。
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。本発明のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素(以下、「本発明の酵素」ともいう)に関して使用する場合の「単離された」とは、本発明の酵素が天然材料に由来する場合、当該天然材料の中で当該酵素以外の成分を実質的に含まない(特に夾雑タンパク質を実質的に含まない)状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では、夾雑タンパク質の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。一方、本発明の酵素が遺伝子工学的手法によって調製されたものである場合の用語「単離された」とは、使用された宿主細胞に由来する他の成分や培養液等を実質的に含まない状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では夾雑成分の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素」と記載した場合は「単離された状態のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素」を意味する。O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素の代わりに使用される用語「本発明の酵素」についても同様である。
【0008】
DNAについて使用する場合の「単離された」とは、もともと天然に存在しているDNAの場合、典型的には、天然状態において共存するその他の核酸から分離された状態であることをいう。但し、天然状態において隣接する核酸配列(例えばプロモーター領域の配列やターミネーター配列など)など一部の他の核酸成分を含んでいてもよい。例えばゲノムDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、天然状態において共存する他のDNA成分を実質的に含まない。一方、cDNA分子など遺伝子工学的手法によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、細胞成分や培養液などを実質的に含まない。同様に、化学合成によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、dNTPなどの前駆体(原材料)や合成過程で使用される化学物質等を実質的に含まない。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「DNA」と記載した場合には単離された状態のDNAを意味する。
【0009】
ペプチドが複数連なる分子の総称として用語「ポリペプチド」を使用する。従って、本明細書においては、「タンパク質」も「ポリペプチド」に含まれる。
【0010】
(O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素)
本発明の第1の局面は、新規O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素の同定に成功したという成果に基づき、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を提供する。「O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素(以下、「O-GlcNAc転移酵素」とも称する)」とは、セリン又はスレオニン残基へのN-アセチルグルコサミン(N-GlcNAc)の付加反応を触媒する酵素をいう。本発明の酵素は、6つのシステイン残基が3組のジスルフィド結合(N末端側から数えて1番目のシステイン残基と3番目のシステイン残基間の結合、2番目のシステイン残基と4番目のシステイン残基間の結合、及び5番目のシステイン残基と6番目のシステイン残基間の結合)を形成した特徴的な構造を有する上皮成長因子ドメイン(EGFドメイン)を含むポリペプチドに特異的に作用する。即ち、EGFドメインを含むポリペプチドが本発明の酵素の受容基質となる。EGFドメインは、ノッチ(Notch)受容体、ノッチリガンド(デルタ(Delta)、セレイト(Serrate)、DLK1(delta-like 1 homolog)等)、ニューレグリンファミリー(ニューレグリン−1、2、3、4等)等に認められる。
各種EGFドメインの配列を図8で比較した。図中、EGFドメイン内の保存された3組のジスルフィド結合を行うシステイン同士を実線で結んでいる。*で示したアミノ酸(セリン、スレオニン等)がO-GlcNAc付加が起こるアミノ酸であり、その前後に比較的良く保存された配列(点線の囲い)が認められる。
【0011】
一態様において本発明の酵素は配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質からなる。当該アミノ酸配列は、本発明者らが同定に成功した、マウスのO-GlcNAc転移酵素(便宜上、「mGL-1」と呼称することがある)のアミノ酸配列である。他の一態様においては本発明の酵素は配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質からなる。当該アミノ酸配列は、本発明者らが同定に成功した、ヒトのO-GlcNAc転移酵素(便宜上、「hGL-1」と呼称することがある)のアミノ酸配列である。
【0012】
ここで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部に改変を施した場合において改変後のタンパク質が改変前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の改変がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、基準となるアミノ酸配列(配列番号2に示すアミノ酸配列又は配列番号4に示すアミノ酸配列)と等価なアミノ酸配列からなり、O-GlcNAc転移酵素活性を有するタンパク質(以下、「等価タンパク質」ともいう)からなるO-GlcNAc転移酵素を提供する。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、基準となるアミノ酸配列と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではO-GlcNAc転移酵素活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。O-GlcNAc転移酵素活性の程度は特に限定されないが、基準のタンパク質(配列番号2に示すアミノ酸配列又は配列番号4に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0013】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1〜数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1〜数個(上限は例えば3個、5個、7個、10個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違はO-GlcNAc転移酵素活性の大幅な低下がない限り許容される。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの複数とは例えば全アミノ酸の約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、配列番号2又は配列番号4のアミノ酸配列と例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、より一層好ましくは約95%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。
【0014】
好ましくは、O-GlcNAc転移酵素活性に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価タンパク質を得る。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0015】
「等価タンパク質」が、付加的な性質を有していてもよい。かかる性質として、例えば、安定性に優れるという性質や特異性に優れるという性質が挙げられる。
【0016】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。基準となるアミノ酸配列に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0017】
本発明の酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0018】
本発明の酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本発明の酵素をコードするDNAを含む組換えベクターで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより、本発明の酵素を得ることができる。回収された本発明の酵素は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本発明の酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本発明の酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本発明の酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
尚、本発明の酵素の調製法は遺伝子工学的手法によるものに限られない。例えば天然に存在するものであれば、天然材料から標準的な手法(破砕、抽出、精製など)によって本発明の酵素を調製することもできる。
【0019】
(O-GlcNAc転移酵素遺伝子)
本発明の第2の局面は本発明の酵素をコードする遺伝子、即ち新規O-GlcNAc転移酵素遺伝子を提供する。一態様において本発明の遺伝子は、配列番号2のアミノ酸配列をコードするDNAからなる。当該態様の具体例は、配列番号1に示す塩基配列からなるDNAである。
他の態様において本発明の遺伝子は、配列番号4のアミノ酸配列をコードするDNA(mGL-1遺伝子)からなる。当該態様の具体例は、配列番号3に示す塩基配列からなるDNA(hGL-1遺伝子)である。
【0020】
ところで、一般に、あるタンパク質をコードするDNAの一部に改変を施した場合において、改変後のDNAがコードするタンパク質が、改変前のDNAがコードするタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちDNA配列の改変が、コードするタンパク質の機能に実質的に影響を与えず、コードするタンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、基準の塩基配列(配列番号1に示す塩基配列又は配列番号3に示す塩基配列)と等価な塩基配列を有し、O-GlcNAc転移酵素活性をもつタンパク質をコードするDNA(以下、「等価DNA」ともいう)からなるO-GlcNAc転移酵素遺伝子を提供する。ここでの「等価な塩基配列」とは、基準の塩基配列と一部で相違するが、当該相違によってそれがコードするタンパク質の機能(ここではO-GlcNAc転移酵素活性)が実質的な影響を受けていない塩基配列のことをいう。
【0021】
等価DNAの具体例は、基準の塩基配列(配列番号1に示す塩基配列又は配列番号3に示す塩基配列)に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAである。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃〜約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃〜約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0022】
等価DNAの他の具体例として、基準の塩基配列(配列番号1に示す塩基配列又は配列番号3に示す塩基配列)に対して1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、O-GlcNAc転移酵素活性をもつタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該DNAがコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2〜40塩基、好ましくは2〜20塩基、より好ましくは2〜10塩基である。以上のような等価DNAは例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などを利用して、塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び/又は逆位を含むように基準の塩基配列を有するDNAを改変することによって得ることができる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価DNAを得ることができる。
等価DNAの更に他の例として、SNP(一塩基多型)に代表される多型に起因して上記のごとき塩基の相違が認められるDNAを挙げることができる。
【0023】
本発明の遺伝子は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって単離された状態に調製することができる。具体的には、マウス又はヒトのゲノムDNAライブラリー又はcDNAライブラリーから、本発明の遺伝子に対して特異的にハイブリダイズ可能なオリゴヌクレオチドプローブ・プライマーを適宜利用して調製することができる。オリゴヌクレオチドプローブ・プライマーは、市販の自動化DNA合成装置などを用いて容易に合成することができる。尚、本発明の遺伝子を調製するために用いるライブラリーの作製方法については、例えばMolecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照できる。
例えば、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子であれば、当該塩基配列又はその相補配列の全体又は一部をプローブとしたハイブリダイゼーション法を利用して、マウスcDNAライブラリーより単離することができる。また、当該塩基配列の一部に特異的にハイブリダイズするようにデザインされた合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いた核酸増幅反応(例えばPCR)を利用して増幅及び単離することができる。また、配列情報を利用し、化学合成によって目的とする遺伝子を得ることもできる(参考文献:Gene,60(1), 115-127 (1987))。
【0024】
(組換えベクター)
本発明のさらなる局面は本発明の遺伝子を含有する組換えベクターに関する。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸分子を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいい、その種類、形態は特に限定されるものではない。従って、本発明のベクターはプラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)の形態をとり得る。
【0025】
使用目的(例えばクローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。例えば、大腸菌を宿主とするベクター(M13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)など)、酵母を宿主とするベクター(pYepSec1、pMFa、pYES2等)、昆虫細胞を宿主とするベクター(pAc、pVL等)、哺乳類細胞を宿主とするベクター(pCMV、pCMS、pCDM8、pMT2PC等)等を基に本発明の組換えベクターを構築することができる。
【0026】
本発明の組換えベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターでは、本発明の遺伝子が発現可能に保持されることになる。
【0027】
好ましくは、本発明の組換えベクターにはプロモーターが組み込まれる。但し、本発明の遺伝子が既にプロモーター領域を有している場合、プロモーターを省略することができる。組換えベクター内においてプロモーターは、本発明の遺伝子に作動可能に連結される。当該構成の組換えベクターではプロモーターの作用によって、本発明の遺伝子を標的細胞内で強制発現させることが可能となる。ここで、「プロモーターが本発明の遺伝子に作動可能に連結している」とは、「プロモーターの制御下に本発明の遺伝子が配置されている」ことと同義であり、通常、プロモーターの3'末端側に直接又は他の配列を介して本発明の遺伝子が連結されることになる。
【0028】
プロモーターには、CMV-IE(サイトメガロウイルス初期遺伝子由来プロモーター)、SV40ori、レトロウイルスLTP、SRα、EF1α、βアクチンプロモーター等を使用可能である。アセチルコリンレセプタープロモーター、エノラーゼプロモーター、L7プロモーター、ネスチンプロモーター、アルブミンプロモーター、アルファフェトプロテインプロモーター、ケラチンプロモーター、インスリンプロモーター等、哺乳動物組織特異的プロモーターを使用してもよい。
【0029】
本発明の組換えベクター内にポリA付加シグナル配列、ポリA配列、エンハンサー配列、選択マーカー配列等を配置することもできる。ポリA付加シグナル配列又はポリA配列の使用によって、組換えベクターから生ずるmRNAの安定性が向上する。ポリA付加シグナル配列又はポリA配列は下流側において本発明の遺伝子に連結される。一方、エンハンサー配列の使用によって発現効率の向上が図られる。また、選択マーカー配列を含有する組換えベクターを使用すれば、選択マーカーを利用して組換えベクターの導入の有無(及び導入率)を確認することができる。
【0030】
組換え操作(本発明の遺伝子、プロモーター、選択マーカー遺伝子等のベクターへの挿入等)には、標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を利用することができる。
【0031】
(形質転換体)
本発明は更なる局面として、本発明の遺伝子が導入された形質転換体を提供する。本発明の形質転換体では、本発明の遺伝子が外来性の分子として存在することになる。本発明の形質転換体は、好ましくは、上記本発明の組換えベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。トランスフェクション、トランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))、マイクロインジェクション(Graessmann, M. & Graessmann,A., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73,366-370(1976))、Hanahanの方法(Hanahan, D., J. Mol. Biol. 166, 557-580(1983))、酢酸リチウム法(Schiestl, R.H. et al., Curr. Genet. 16, 339-346(1989))、プロトプラスト−ポリエチレングリコール法(Yelton, M.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 81, 1470-1474(1984))等によって実施することができる。
宿主細胞としては動物細胞、微生物、植物細胞等を用いることができる。動物細胞の例は、HeLa細胞、CHO細胞、Vero細胞、HEK293細胞、HepG2細胞、COS-7細胞、NIH3T3細胞、Sf9細胞、S2細胞である。微生物の例は大腸菌、酵母、糸状菌である。
【0032】
(O-GlcNAc転移酵素の製造法)
上記の形質転換体を用いてO-GlcNAc転移酵素を製造することができる。そこで本発明の更なる局面は、上記の形質転換体を用いたO-GlcNAc転移酵素の製造法を提供する。本発明の製造法では上記の形質転換体を培養し、形質転換体に導入されたO-GlcNAc転移酵素遺伝子を発現させるステップを行う。様々なベクター宿主系に関して形質転換体の培養条件が公知であり(例えばMolecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York、大島泰郎 他 編 (2002) ポストシークエンスタンパク質実験法2 試料調製法、東京化学同人などが参考になる)、当業者であれば適切な培養条件を容易に設定することができる。
培養ステップに続き、産生されたO-GlcNAc転移酵素を回収するステップを行う。培養後の培養液又は細胞より目的のタンパク質を回収することができる。即ち、細胞外に産生された場合には培養液より、それ以外であれば細胞内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、硫安沈殿等の塩析、透析、各種クロマトグラフィーなどを組み合わせて分離、精製を行うことにより目的のO-GlcNAc転移酵素を取得することができる。他方、細胞内から回収する場合には例えば、細胞を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより目的のO-GlcNAc転移酵素を取得することができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から細胞を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0033】
(O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素又はその遺伝子の用途)
本発明の更なる局面は本発明の酵素又はその遺伝子の用途に関する。この局面の発明では、本発明の酵素の作用を利用して受容基質(EGFドメインを含むポリペプチド)にO-GlcNAcを付加する。具体的態様の一つは、O-GlcNAcが付加されたポリペプチドを製造する方法(「O-GlcNAc化ポリペプチド製造法」とも呼ぶ)であり、以下のステップ(1)〜(3)を含む。
(1)受容基質(EGFドメインを含むポリペプチド)を用意するステップ、
(2)前記受容基質及び供与基質(UDP-N-アセチルグルコサミン)の存在下、本発明の酵素を作用させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【0034】
ステップ(1)では受容基質を用意する。EGFドメインを含むという特徴を備える限り、受容基質は限定されない。受容基質の一例を示せば、ノッチ(Notch)受容体、ノッチリガンド(デルタ(Delta)、セレイト(Serrate)、DLK1(delta-like 1 homolog)等)、ニューレグリンファミリー(ニューレグリン1、2、3、4など)である。図8に示した各種EGFドメイン又はそれを含むポリペプチドを受容基質としてもよい。
受容基質は天然物に限らず、組換え体であってもよい。HisタグやFLAGタグ等のタグ分子の付加やアミノ酸配列の改変等が施された修飾体ないし改変体を用いることにしてもよい。
【0035】
ステップ(2)では、本発明の酵素を用いた酵素反応を実施する。具体的には、受容基質と供与基質を含む溶液に酵素を添加し、インキュベートする。反応温度、反応時間、反応液の組成、その他の条件は、O-GlcNAc転移酵素の反応に一般的な条件を採用すればよい。反応温度は例えば30℃〜40℃、好ましくは35℃〜38℃とする。反応時間は特に限定されないが例えば10分〜24時間とする。尚、反応条件の具体例は後述の実施例の欄に示される。反応条件の設定においてはShao L et al.,Glycobiology, 12, 763-770 (2002)が参考になる。
【0036】
ステップ(3)では、ステップ(2)による生成物である、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が付加された受容基質(O-GlcNAc化ポリペプチド)を回収(分離・精製)する。回収には、遠心処理、塩析、透析、クロマトグラフィー(イオン交換、疎水、アフィニティーなど)などを利用すればよい。
【0037】
この局面の第2の態様は、本発明の遺伝子を用いたO-GlcNAc化ポリペプチド製造法であり、以下のステップ(1)〜(3)によって特徴付けられる。
(1)本発明の遺伝子を発現可能に保持する第1発現ベクターと、受容基質(EGFドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子を発現可能に保持する第2発現ベクターとを宿主細胞に共導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【0038】
ステップ(1)では、二つのベクター(第1発現ベクター及び第2発現ベクター)を用意し、これらを宿主細胞に共導入する。第1発現ベクターは本発明の遺伝子を発現可能に保持する。換言すれば、第1発現ベクターでは、作動可能な状態で本発明の遺伝子がプロモーターに連結している。第2発現ベクターは、EGFドメインを含む受容基質をコードする遺伝子(以下、「受容基質遺伝子」ともいう)を発現可能に保持する。即ち、第1発現ベクターの場合と同様、第2発現ベクターでは、作動可能な状態で受容基質遺伝子がプロモーターに連結している。形質転換体の選択を容易にするため、第1発現ベクター及び第2発現ベクターがそれぞれ選択マーカーを含むことが好ましい。
【0039】
受容基質遺伝子としては、例えば、図8に示したEGFドメイン(配列番号7〜18のアミノ酸配列)をコードする遺伝子を用いることができる。以下、EGFドメインをコードする配列の具体例を示す。
配列番号19の配列(配列番号7のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF20ドメインをコードする配列)
配列番号20の配列(配列番号8のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF12ドメインをコードする配列)
配列番号21の配列(配列番号9のアミノ酸配列からなるヒトDlk1-EGF3をコードする配列)
配列番号22の配列(配列番号10のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF6ドメインをコードする配列)
配列番号23の配列(配列番号11のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF7ドメインをコードする配列)
配列番号24の配列(配列番号12のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF8ドメインをコードする配列)
配列番号25の配列(配列番号13のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF9ドメインをコードする配列)
配列番号26の配列(配列番号14のアミノ酸配列からなるショウジョウバエEGF10ドメインをコードする配列)
配列番号27の配列(配列番号15のアミノ酸配列からなるヒト・ニューレグリン1αをコードする配列)
配列番号28の配列(配列番号16のアミノ酸配列からなるヒト・ニューレグリン1βをコードする配列)
配列番号29の配列(配列番号17のアミノ酸配列からなるヒト・ニューレグリン2βをコードする配列)
配列番号30の配列(配列番号18のアミノ酸配列からなるヒト・ニューレグリン4をコードする配列)
【0040】
ベクター宿主系を考慮して第1発現ベクター及び第2発現ベクターを構築する。例えば、宿主細胞として哺乳動物細胞を採用した場合、哺乳動物細胞発現用の市販ベクター(例えばpCMV(Stratagene)、pCMS(Clontech))を利用して第1発現ベクター及び第2発現ベクターを構築すればよい。
【0041】
共導入は常法で行えばよい。即ち、形質転換体の欄で述べた各種方法(リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション、リポフェクション等)を利用して共導入を行うことができる。宿主細胞についても、「形質転換体」の欄の説明が援用される。
【0042】
ステップ(2)では、得られた形質転換体を培養し、第1発現ベクターから本発明の遺伝子を発現させるとともに、第2発現ベクターから受容基質遺伝子を発現させる。このステップによって、本発明の遺伝子がコードする酵素、即ちO-GlcNAc転移酵素と、受容基質が生成する。その後、生成したO-GlcNAc転移酵素が受容基質に作用し、O-GlcNAc化ポリペプチドが生成する。このように、ステップ(2)では、O-GlcNAc転移酵素及び受容基質の生成及びそれに続くO-GlcNAc化が起き、最終的にO-GlcNAc化ポリペプチドが生成する。尚、O-GlcNAc化は宿主細胞内で起きても、宿主細胞外で起きてもよい。
【0043】
ステップ(3)では、ステップ(2)によって生じたO-GlcNAc化ポリペプチドを回収(分離・精製)する。回収には、遠心処理、塩析、透析、クロマトグラフィー(イオン交換、疎水、アフィニティーなど)などを利用すればよい。
【0044】
次に、この局面の第3の態様を説明する。第3の態様では本発明の遺伝子と受容基質の遺伝子を搭載したベクターを用いてO-GlcNAc化ポリペプチドを製造する。具体的には以下のステップ(1)〜(3)を行う。尚、特に言及しない事項(宿主細胞の種類、宿主細胞への発現ベクターの導入法など)については、第2の態様における対応する説明が援用される。
(1)本発明の遺伝子と、受容基質(EGFドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子とを共発現可能に保持する発現ベクターを宿主細胞に導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【0045】
ステップ(1)では、本発明の遺伝子と受容基質をコードする遺伝子(受容基質遺伝子)とを共発現可能に保持する発現ベクター(以下、「本発明の共発現ベクター」という)を用意し、これを宿主細胞に導入する。二つの遺伝子を共発現可能に保持する発現ベクターの構築には例えばInternal Ribosome Entry Site(IRES)を利用すればよい。IRESを利用した共発現用ベクターとしてpTandemTM-1(タカラバイオ株式会社)、pIRES(タカラバイオ株式会社)等が市販されており、これらのベクターを用いて本発明の共発現ベクターを構築することができる。
【0046】
ステップ(2)では、得られた形質転換体を培養し、本発明の共発現ベクターから本発明の遺伝子を発現させるとともに受容基質遺伝子を発現させる。このステップによって、第2の態様と同様、O-GlcNAc転移酵素と受容基質の生成及びそれに続く酵素反応が生じ、O-GlcNAc化ポリペプチドが得られる。続くステップ(3)は、第2の態様の場合と同様に実施される。
【0047】
(O-GlcNAc化ポリペプチドの有用性・用途)
本発明の製造法によって得られたO-GlcNAc化ポリペプチドは、使用した受容基質の種類に応じて、医薬の有効成分、化粧料(化粧品)の有効成分、食品添加物(機能性食品の有効成分)、研究用試薬等に利用可能である。
具体的には例えば、それに対応する分子の生体内(局所的又は全身的)における発現又は発現レベルの上昇が、ある疾患の発症や進展の主因又は一因となるO-GlcNAc化ポリペプチドであれば、当該疾患の治療又は予防用の医薬の有効成分として有用である。また、当該疾患の発症メカニズムや進展メカニズムの研究用の試薬・ツールとしても有用である。ここでの「対応する分子」とは、基準となるO-GlcNAcポリペプチドと同等の機能を発揮する分子である。「対応する分子」は、典型的には、基準となるO-GlcNAcポリペプチドと同一の分子、又は基準となるO-GlcNAcポリペプチドと同一の構造を一部として含む分子である。
【0048】
一方、それに対応する分子の生体内(局所的又は全身的)における発現量が、ある疾患の発症又は進展の指標(即ち診断マーカー)となるO-GlcNAc化ポリペプチドであれば、当該疾患の診断に利用される抗体(上皮成長因子ドメインを特異的に認識する診断用抗体)を調製するための抗原として用いることができる。このように、O-GlcNAc化ポリペプチドは診断用途においても有用である。
【0049】
本明細書で特に言及しない事項(条件、操作方法など)については常法に従えばよく、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))等を参考にすることができる。
【実施例】
【0050】
1.ノッチ受容体の糖鎖修飾
ショウジョウバエのノッチ受容体におけるEGFリピートの糖鎖修飾を質量分析によって調べた。質量分析の対象として、EGFリピート内の20番目のEGFドメイン(EGF20)を選択した。図1にEGF20の構造(左)とアミノ酸配列(右)を示す。EGFドメインは、6つのシステイン残基が3組のジスルフィド結合を形成することによって独自の構造を示す。EGFドメイン上の翻訳後修飾としてO-結合型グルコースとO-結合型フコースが知られている。O-結合型グルコースとO-結合型フコースはそれぞれRumiとOfut1により糖転移が行われる。
質量分析の結果、EGF20内の5番目システインと6番目システインに挟まれたセリン/スレオニン残基にO-結合型N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)が付加されていることが明らかとなった(論文投稿中)。
【0051】
2.O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子の同定
EGF20をショウジョウバエS2細胞に発現させ、Ni-アフィニティービーズで精製し、その質量をMALDI-TOF-MSで解析した。無処理の場合、O-結合型グルコース、O-結合型フコース及びO-結合型GlcNAcによって、異なるO-結合型糖鎖修飾を受けたタンパク質に相当する、4つの主ピークが観察された。次に、O-結合型糖鎖修飾に必要な遺伝子を同定するために、これらのピークのパターンを変化させる遺伝子のRNAiスクリーニングを行った。その結果、ショウジョウバエCG9867(GeneID:33424)のRNAiにより、EGF20の質量が203減少した(図2)。この質量変化により、O-GlcNAc修飾が消失したことが示唆された。よって、CG9867は、新規のO-GlcNAc転移酵素(「GL-1」と呼ぶ)であると考えられた。CG9867のcDNA配列及び対応するアミノ酸配列をそれぞれ配列表の配列番号5及び配列番号6に示す。
【0052】
3.MALDI-TOF MSを用いたショウジョウバエGL-1の酵素活性の測定
ショウジョウバエGL-1の酵素活性を測定するため、EGF20を受容基質、UDP-GlcNAcを供与基質、GL-1を含む膜画分を酵素源としてin vitroで酵素反応を行った後、MALDI-TOF MSにて質量の変化を検出した。
(1)材料と方法
以下の反応液(28μl)を調製し、25℃で20時間反応させた。尚、GL-1を含む膜画分は次のように調製した。まず、GL-1発現ベクターをショウジョウバエS2細胞にトランスフェクとした。トランスフェクト後の細胞を65時間培養した後に破砕し(400psi窒素圧)、続いて遠心処理(100 000 g)し、GL-1を含む膜画分(沈渣)を回収した。
<反応液>
200 mM HEPES (pH 7.0)
1 mM MnCl2
1 mg/ml BSA
1.3 mM UDP-GlcNAc
1.35 ng EGF20
2μg 膜画分
【0053】
<MALDI-TOF MSでの測定>
酵素反応後、Ni-アフィニティービーズを用いてEGF20を精製し、0.1% TFAで溶出してから、Speed Vacにかけて乾固し、0.1% TFA 1μlで再溶解してサンプルプレートにアプライした。その上にマトリクスとして1% Sinapinic acid (SIGMA)含有50%アセトニトリル/0.05% TFA 1μlをアプライして、MALDI-TOF MS;4700 Proteomic Analyzer (Applied Biosystems)により測定した。測定はLinear Positive ion modeで行い、スタンダードとしてInsulin (SIGMA)、Ubiquitin (SIGMA)、Paratyroid Hormon (PEPTIDE)を混合したものを使用した。
【0054】
(2)結果
EGF20、UDP-GlcNAc及び膜画分の全てを加えた場合のみ、GlcNAcに相当する質量203の増加が観察された(図3)。
【0055】
4.UDP-[3H]GlcNAcを用いたショウジョウバエGL-1の酵素活性の測定
ショウジョウバエGL-1の酵素活性を測定するため、EGF20を受容基質、UDP-[3H]GlcNAcを供与基質、GL-1を含む膜画分を酵素源としてin vitroで酵素反応を行い、受容基質への放射能の取り込みを測定した。
(1)材料と方法
以下の反応液(28μl)を調製し、25℃で2時間反応させた。尚、GL-1を含む膜画分は3.(1)と同様に調製した。
<反応液>
200 mM HEPES (pH 7.0)
1 mM MnCl2
1 mg/ml BSA
1.3 mM UDP-[3H]GlcNAc(10万dpm)
1μg EGF20
2μg 膜画分
【0056】
酵素反応後、Ni-アフィニティービーズを用いてEGF20を精製し、液体シンチレーションカウンターにて放射能の取り込みを測定した。図4に示す通り、膜画分を反応させた場合(右)には放射能の取り込みが確認された。
【0057】
5.マウス及びヒト相同遺伝子の検索及びクローニング
アミノ酸配列の相同性を利用してマウス相同遺伝子を検索した。具体的にはCG9867のアミノ酸配列をもとにして、マウスcDNAのデータベースに対してtBLASTn解析を行なった。その結果、GL-1のマウス相同遺伝子(「マウスGL-1(mGL-1)」と呼ぶ)を見出すことに成功した。mGL-1のcDNA配列及びそれに対応するアミノ酸配列をそれぞれ配列表の配列番号1及び配列番号2に示す。一方、CG9867のアミノ酸配列をもとにして、ヒトcDNAのデータベースに対してtBLASTn解析を行なった結果、GL-1のヒト相同遺伝子(「ヒトGL-1(hGL-1)」と呼ぶ)を見出すことにも成功した。hGL-1のcDNA配列及びそれに対応するアミノ酸配列をそれぞれ配列表の配列番号3及び配列番号4に示す。尚、図5において、GL-1、mGL-1及びhGL-1のアミノ酸配列を比較する。
mGL-1と共通したDNA配列を有するMus musculus RIKEN cDNA A130022J15 geneを鋳型としてPCRを行ない、mGL-1の翻訳領域を得ることに成功した。
【0058】
6.マウスGL-1(mGL-1)の細胞内局在
mGL-1の細胞内局在を調べるために、ショウジョウバエS2細胞にmGL-1とともに、ER(小胞体)局在化シグナルを付加したGFP(GFP/KDEL)を共発現させ、細胞染色を行った。その結果、mGL-1とGFP-KDELの染色増が部分的に一致した(図6)。このことから、mGL-1は、ERなどの分泌経路に局在し、機能していることが示唆された。
【0059】
7.MALDI-TOF MSを用いたmGL-1の酵素活性の測定
mGL-1の酵素活性を測定するため、EGF20を受容基質、UDP-GlcNAcを供与基質、mGL-1を含む膜画分を酵素源としてin vitroで酵素反応を行った。反応後、受容基質をアフィニティー精製し、MALDI-TOF MSにて質量の変化を検出した。コントロールとして、空ベクターをトランスフェクとした細胞から調製した膜画分を用いた。質量分析の前に、抗マウスGL-1抗体を用いてウエスタンブロット解析を行い、mGL-1の発現及び膜画分への局在を確認した(図7A)。
mGL-1を含む膜画分は次のように調製した。まず、マウスGL-1の発現ベクターをマウスL細胞にトランスフェクとした。トランスフェクト後の細胞を6565時間培養した後に破砕し(400psi窒素圧)、続いて遠心処理(100 000 g)し、mGL-1を含む膜画分(沈渣)を回収した。尚、その他の条件は、ショウジョウバエGL-1の酵素活性測定で記載した方法に従った。
質量分析の結果を図7Bに示す。EGF20、mGL-1膜画分及びUDP-GlcNAcを加えた場合にのみ、質量203の増加が認められた。即ち、mGL-1がO-GlcNAc転移活性を示すことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0060】
医薬、機能性食品、診断などの分野において、EGFドメインを含むポリペプチドの利用が期待されている。本発明の酵素を利用すれば、当該ポリペプチドにO-GlcNAcを付加し、その活性化や機能の改変等を図ることができる。
【0061】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】ショウジョウバエのノッチ受容体の20番目のEGFドメイン(EGF20)の構造(左)とアミノ酸配列(右)。
【図2】MALDI-TOF MSによる解析の結果。ショウジョウバエS2細胞で発現させたEGF20をMALDI-TOF MSで解析した。RNAiでCG9867の発現を抑制した場合の質量変化を調べた(B)。Aはコントロール。
【図3】ショウジョウバエGL-1酵素活性の測定結果。EGF20を受容基質、UDP-GlcNAcを供与基質、ショウジョウバエGL-1を含む膜画分を酵素源として酵素反応を行った。反応後、受容基質をアフィニティー精製し、MALDI-TOF MSにより、質量の変化を測定した。a:EGF20とUDP-GlcNAcのみを加えた場合。b:EGF20と膜画分のみ加えた場合。c:EGF20、UDP-GlcNAc及び膜画分のすべてを加えた場合。*は203.5の増加を示す。
【図4】ショウジョウバエGL-1の酵素活性の測定結果。EGF20を受容基質、UDP-[3H]GlcNAcを供与基質、GL-1を含む膜画分を酵素源としてin vitroで酵素反応を行った。反応後、受容基質をアフィニティー精製し、液体シンチレーションカウンターにて放射能の取り込みを測定した。コントロール(Mock)に比べ、GL-1を含む膜画分を反応させた場合(dGL-1)では放射能の取り込みが行われている。
【図5】マウスGL-1(マウス)、ヒトGL-1(ヒト)及びショウジョウバエGL-1(Dros)のアミノ酸配列の比較。アミノ酸残基が共通する箇所を反転文字(黒)で示した。マウスの配列とヒトの配列の間に高い相同性を認める。
【図6】マウスGL-1(mGL-1)の細胞内局在。ショウジョウバエS2細胞にmGL-1とともに、ER局在化シグナルを付加したGFP(GFP/KDEL)を共発現させ、細胞染色を行った。左:mGL-1の染色像、中:GFP/KDELの染色像、右:二つの染色像の合成。
【図7】A:マウスGL-1(mGL-1)の膜画分への局在(ウエスタンブロット解析の結果)。mGL-1の発現ベクターをマウスL細胞にトランスフェクとし、膜画分を調製した。コントロールとして、空ベクターをトランスフェクトした細胞から調製した膜画分を用いた。抗mGL-1抗体を用いてウエスタンブロット解析を行い、mGL-1の発現及び膜画分への局在を確認した。B:mGL-1の酵素活性の測定結果。EGF20を受容基質、UDP-GlcNAcを供与基質、mGL-1を含む膜画分を酵素源としてin vitroで酵素反応を行い、MALDI-TOF MSにて質量の変化を検出した。上段左:EGF20とmGL-1膜画分を加えた場合。上段中:EGF20、mGL-1膜画分及びUDP-GlcNAcを加えた場合。上段右:EGF20、mGL-1膜画分及びUDP-グルコースを加えた場合。下段左:EGF20、コントロール膜画分及びUDP-GlcNAcを加えた場合。下段中:EGF20、mGL-1膜画分及びUDP-GalNAcを加えた場合。下段右:EGF20、mGL-1膜画分及びUDP-ガラクトースを加えた場合。
【図8】各種EGFドメインの配列の比較。EGFドメイン内の保存された3組のジスルフィド結合を行うシステイン同士を実線で結んでいる。O-GlcNAc付加が起こるアミノ酸(セリン、スレオニン等)を*で示す。点線の囲いは、比較的良く保存された配列(予想されるGL1コンセンサス配列)を示す。dros.EGF20(配列番号7のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF20ドメイン、dros.EGF12(配列番号8のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF20ドメイン、human Dlk1-EGF3(配列番号9のアミノ酸配列)はヒトDlk1-EGF3、dros.EGF6(配列番号10のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF6ドメイン、dros.EGF7(配列番号11のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF7ドメイン、dros.EGF8(配列番号12のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF8ドメイン、dros.EGF9(配列番号13のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF9ドメイン、dros.EGF10(配列番号14のアミノ酸配列)はショウジョウバエEGF10ドメイン、human NRG1α(配列番号15のアミノ酸配列)はヒト・ニューレグリン1α、human NRG1β(配列番号16のアミノ酸配列)はヒト・ニューレグリン1β、human NRG2β(配列番号17のアミノ酸配列)はヒト・ニューレグリン2β、human NRG4(配列番号18のアミノ酸配列)はヒト・ニューレグリン4。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(3)からなる群より選択されるタンパク質からなるO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素、
(1)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質、
(2)配列番号4に示すアミノ酸配列を有するタンパク質、
(3)配列番号2に示すアミノ酸配列又は配列番号4に示すアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有し、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移活性を示すタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素をコードするO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子。
【請求項3】
以下の(1)〜(3)からなる群より選択されるDNAからなる、請求項2に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子、
(1)配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、
(2)配列番号3に示す塩基配列を有するDNA、
(3)配列番号1に示す塩基配列又は配列番号3に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移活性を示すタンパク質をコードするDNA。
【請求項4】
請求項2又は3に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項5】
請求項2又は3に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子が導入された形質転換体。
【請求項6】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素の製造法、
(1)請求項5に記載の形質転換体を培養し、前記O-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を発現させるステップ、
(2)産生されたO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を回収するステップ。
【請求項7】
請求項1に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)に作用させることを特徴とする、O-結合型N-アセチルグルコサミン付加法。
【請求項8】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)を用意するステップ、
(2)前記受容基質及び供与基質(UDP-N-アセチルグルコサミン)の存在下、請求項1に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素を作用させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【請求項9】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)請求項3に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子を発現可能に保持する第1発現ベクターと、受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子を発現可能に保持する第2発現ベクターとを宿主細胞に共導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。
【請求項10】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、O-結合型N-アセチルグルコサミンが付加されたポリペプチドの製造法、
(1)請求項3に記載のO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子と、受容基質(上皮成長因子ドメインを含むポリペプチド)をコードする遺伝子とを共発現可能に保持する発現ベクターを宿主細胞に導入するステップ、
(2)得られた形質転換体を培養し、前記二つの遺伝子を発現させるステップ、
(3)N-アセチルグルコサミンが付加された前記受容基質を回収するステップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−284814(P2009−284814A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−140372(P2008−140372)
【出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】