説明

R−T−B系焼結磁石の製造方法

【課題】R−T−B系焼結磁石内部に重希土類元素RHが効率よく拡散され、所定の磁気特性を得る磁石の製造方法を提供する。
【解決手段】R−T−B系焼結磁石の製造方法は、R−T−B系焼結磁石素材を準備する工程と、重希土類元素RH(RHはDyおよびTbの少なくとも一種を含む)と40質量%以上95質量%以下のFeとからなるRH−Fe合金と、軽希土類元素RL(Nd、Pr、Ce、Laの少なくとも一種を含む)を含むRL金属と、からなり、総希土類量が65質量%以上、軽希土類元素RLが20質量%以上70質量%以下、重希土類元素RHが50質量%以下、である粉末状の拡散材を準備する工程と、前記R−T−B系焼結磁石素材に対し、前記拡散材を前記R−T−B系焼結磁石素材の表面に存在させた状態で、800℃以上1000℃以下の温度で真空または不活性ガス中においてRH拡散処理する工程と、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R14B型化合物を主相として有するR−T−B系焼結磁石(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCo)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
14B型化合物を主相とするR−T−B系焼結磁石は、永久磁石の中で最も高性能な磁石として知られており、ハイブリッド車や家電製品の各種モータに使用されている。
【0003】
R−T−B系焼結磁石は、高温で固有保磁力HcJ(以下、単に「HcJ」と表記する)が低下するため、不可逆熱減磁が起こる。不可逆熱減磁を回避するため、モータ用等に使用する場合、高温下でも高い保磁力を維持することが要求されている。
【0004】
R−T−B系焼結磁石は、R14B型化合物相中のRの一部を重希土類元素RH(Dy又はTbの少なくとも一種を含む)で置換すると、保磁力が向上することが知られている。高温で高い保磁力を得るためには、R−T−B系焼結磁石中に重希土類元素RHを多く添加することが有効である。しかし、R−T−B系焼結磁石において、Rとして軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも一種を含む)を重希土類元素RHで置換すると、保磁力が向上する一方、残留磁束密度B(以下、単に「B」と表記する)が低下してしまうという問題がある。また、重希土類元素RHは、希少資源であるため、その使用量を削減することが求められている。
【0005】
そこで、近年、Bを低下させないように、より少ない重希土類元素RHによってR−T−B系焼結磁石の保磁力を向上させることが検討されている。
【0006】
特許文献1は、R−T−B系焼結磁石に、重希土類元素としてDy又はTbを含む重希土類化合物を付着させる第1工程と、重希土類化合物が付着したR−T−B系焼結磁石素材を熱処理する第2工程とを有し、重希土類化合物は、Dyの鉄化合物又はTbの鉄化合物であることを特徴としている。
【0007】
特許文献1では、R−T−B系焼結磁石に特定の重希土類元素の鉄化合物を付着させて熱処理することにより、R−T−B系焼結磁石の表面から内部への重希土類化合物の拡散が生じるが、この際、重希土類化合物は主にR−T−B系焼結磁石を構成している主相粒子の境界に沿って拡散すると考えられられている。
【0008】
特許文献1では、Dy又はTb鉄化合物は、フッ素化物に比べ、凝集しやすく、付着量を稼ぐこともできるため、保磁力を向上する効果に特に優れている。
【0009】
また、Dy又はTbを含む鉄化合物は、共晶点付近であれば融点が低下するので、RH拡散処理の熱処理温度を低くすることができ、熱処理時の温度バラツキの影響も受け難くなると記載している。
【0010】
また、特許文献1では、R−T−B系焼結磁石に付着させる重希土類化合物の平均粒径は100nm〜50μmであることが好ましく、こうすることで、熱処理による重希土類化合物の拡散をより良好に生じさせることが可能であるとしている。
【0011】
特許文献2には、希土類元素とAl、Si等のM元素又はさらにFe及びCo等を加えた合金粉末をR−T−B系焼結磁石の表面に存在させた状態で熱処理を施す方法が記載されている。特許文献2では、前記合金粉末をR−T−B系焼結磁石の表面に存在させた状態で熱処理することで、前記合金粉末中の希土類元素とM元素をR−T−B系焼結磁石内部に拡散させ、これらを主相粒の界面近傍に濃化させるとしている。
【0012】
特許文献2では、R−T−B系焼結磁石の表面に、粉砕しやすい希土類を含む金属間化合物相を主体とする合金粉末を塗布して拡散処理を施すことで、生産性に優れるとともに、焼結体内部の主相粒の界面近傍に拡散合金の構成元素を濃化させ、Bの低下を抑制しつつHcJを増大できることを特徴としている。
【0013】
特許文献2には、前記合金粉末は有機溶媒または水中に分散させてR−T−B系焼結磁石素材の表面に塗布される。粉末の平均粒子径が小さいほど拡散効率が高くなるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2009−289994号
【特許文献2】特開2008−250179号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
特許文献1の方法では、Dy又はTbを含む重希土類元素と鉄との化合物からなる粉末をスラリー状にしてR−T−B系焼結磁石素材表面に塗布し、熱処理をすることによって、Dy又はTbを含む鉄化合物をそのままR−T−B系焼結磁石素材内部に導入することを目的としていた。拡散を良好にさせるため、重希土類化合物の平均粒径を100nm以上50μmにする必要がある。
【0016】
また、特許文献2では希土類元素とAl、Si等のM元素又はさらにFe及びCo等を加えた合金を粉末にし、その粉末をR−T−B系焼結磁石素材表面に存在させた状態で熱処理をすることによって、磁石内部に希土類元素とM元素又はさらにFe及びCo等を加えた合金をそのまま導入しており、特許文献1と同じ問題がある。
【0017】
また、特許文献1、2いずれでも、RH−Fe合金、希土類元素とM元素との合金が酸化によって、RH拡散処理が不安定になり、安定した磁気特性が得られない。または効率よく拡散されず磁気特性が得られないという問題が発生した。また、RH−Fe合金、希土類元素とM元素との合金の微粉末を作製するための粉砕コストの問題が発生した。
【0018】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Feを多く含んだRH―Fe合金にRL金属を混合した粉末状の拡散材にてRH拡散処理をすることでR−T−B系焼結磁石内部に重希土類元素RHが安定して拡散され、安定した所定の磁気特性を得るようにすることである。
【0019】
また、本発明の別の目的は、粉砕コストの低減にあり、RH拡散源であるRH―Fe合金とRL金属とを混合した粉末状の拡散材の粒径が比較的大きなふるい目で63μm以上500μm以下のRH−Fe合金によって重希土類元素RHを効率よく拡散させることである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明のR−T−B系焼結磁石の製造方法は、
R−T−B系焼結磁石素材(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCoを含む)を準備する工程と、
重希土類元素RH(RHはDyおよびTbの少なくとも一種を含む)と40質量%以上95質量%以下のFeとからなるRH−Fe合金と、
軽希土類元素RL(Nd、Pr、Ce、Laの少なくとも一種を含む)を含むRL金属と、からなり、
総希土類量が65質量%以上、
軽希土類元素RLが20質量%以上70質量%以下、
重希土類元素RHが50質量%以下、
である粉末状の拡散材を準備する工程と、
前記R−T−B系焼結磁石素材に対し、前記拡散材を前記R−T−B系焼結磁石素材の表面に存在させた状態で、800℃以上1000℃以下の温度で真空または不活性ガス中においてRH拡散処理する工程と、からなる。
【0021】
好ましい実施形態において、前記拡散材は、粒径がふるい目63μm以上500μm以下である。なお、本発明において、RH拡散処理を行う前を「R−T−B系焼結磁石素材」とし、RH拡散処理後を「R−T−B系焼結磁石」と表記する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、RH−Fe合金などの重希土類元素RHの合金の粒度が荒くてもRH拡散処理によりR−T−B系焼結磁石内部に重希土類元素RHを安定し、効率の良いRH拡散処理ができる。また、RH−Fe合金などの重希土類元素RHを拡散する合金を微粉末にする必要がなくなるための粉砕コストが低減される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の拡散材のDTA曲線を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の製造方法の実施形態を説明する。
R−T−B系焼結磁石素材(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCoを含む)を準備する工程と、
重希土類元素RH(RHはDyおよびTbの少なくとも一種を含む)と40質量%以上95質量%以下のFeとからなるRH−Fe合金と、
軽希土類元素RL(Nd、Pr、Ce、Laの少なくとも一種を含む)を含むRL金属と、からなり、
総希土類量が65質量%以上、
軽希土類元素RLが20質量%以上70質量%以下、
重希土類元素RHが50質量%以下、
である粉末状の拡散材を準備する工程と、
前記R−T−B系焼結磁石素材に対し、前記拡散材を前記R−T−B系焼結磁石素材の表面に存在させた状態で、800℃以上1000℃以下の温度で真空または不活性ガス中においてRH拡散処理する工程と、からなる。
【0025】
本発明により、RH拡散処理において、R−T−B系焼結磁石素材表面に存在させた拡散材中のRL金属がRH−Fe合金と接触することで液相を生成し、R−T−B系焼結磁石素材の表面に液相をつくる。前記液相を通じて重希土類元素RHがR−T−B系焼結磁石素材内部に効率よく導入される。
【0026】
また、拡散材中の重希土類元素RHの濃度が高くないので、過剰に重希土類元素RHがR−T−B系焼結磁石素材内部に導入されず、Bの低下がなくHcJを向上させることができる。以下、さらに詳細に説明する。
【0027】
[R−T−B系焼結磁石素材]
まず、本発明では、重希土類元素RHを拡散させる対象とするR−T−B系焼結磁石素材を準備する。このR−T−B系焼結磁石素材は公知のものが使用でき、例えば、以下の組成からなる。
希土類元素R:12原子%以上17原子%以下
B(Bの一部はCで置換されていてもよい):5原子%以上8原子%以下
添加元素M(Al、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、In、Sn、Hf、Ta、W、Pb、およびBiからなる群から選択された少なくとも1種):0原子%以上2原子%以下
T(Feを主とする遷移金属であって、Coを含んでもよい)および不可避不純物:残部
ここで、希土類元素Rは、主として軽希土類元素RL(Nd、Pr)から選択される少なくとも1種の元素であるが、重希土類元素を含有していてもよい。なお、重希土類元素を含有する場合は、DyおよびTbの少なくとも一方を含むことが好ましい。
【0028】
上記組成のR−T−B系焼結磁石素材は、公知の製造方法によって製造される。
【0029】
[拡散材]
本発明の拡散材は、RH−Fe合金およびRL金属からなる粉末であり、
総希土類量が65質量%以上、
軽希土類元素RLが20質量%以上70質量%以下、
重希土類元素RHが50質量%以下、
からなる。
【0030】
ここで、拡散材に含まれる総希土類量(TRE)は65質量%以上になるようにする。
総希土類量が65質量%未満の場合、RH拡散工程において、重希土類元素RHとFeからなる高温で安定な化合物をRL金属とRH−Fe合金とが接触して生成された液相をつくることができない。そのため、重希土類元素RHが焼結磁石素材の内部に拡散されずに、その大半または一部がR−T−B系焼結磁石素材の表面に残る。表面に残ったままでは拡散量が不充分なので安定した磁気特性が得られない。
【0031】
好ましくは、拡散材に含まれる総希土類量(TRE)は65質量%以上80質量%以下になるようにする。
【0032】
また、拡散材中の軽希土類元素RLは20質量%以上70質量%以下含有する。
【0033】
拡散材中の軽希土類元素RLの含有量が20質量%未満の場合、RH拡散工程において生成する液相が少なく、R−T−B系焼結磁石素材内部に効率よく重希土類元素RHを拡散させることが困難となる。拡散材中の軽希土類元素RLの含有量が70質量%超になると、拡散処理中に生成する液相のRH濃度が小さいため、HcJ向上効果が少なくなる。好ましくは、25質量%以上55質量%以下である。
【0034】
また、拡散材中の重希土類元素RHの含有量は、50質量%以下にするのが好ましい。この範囲にあるとき重希土類元素RHによるR−T−B系焼結磁石素材の結晶粒内部への拡散が起こり難く、RH拡散が結晶粒外殻部にとどまるため、Bの低下を最大限抑制した磁石が得られる。好ましくは重希土類元素RHの含有量は15質量%以上45質量%以下である。
【0035】
拡散材中の重希土類元素RHの含有量が50質量%超であると、800℃以上1000℃以下のRH拡散処理においても、R−T−B系焼結磁石素材の結晶粒内部への拡散が進み所望の組織が得られず、HcJが向上する一方でBの低下を招き、重希土類元素RHの無駄使いになる。
【0036】
本発明の拡散材の実施形態として、拡散材は、RH−Fe合金とRL金属からなる。
RH−Fe合金は、DyまたはTbの少なくともいずれかからなる重希土類元素RHを含み、かつ40質量%以上95質量%以下のFeを含む。
【0037】
ここで、RH−Fe合金のFeの含有量が40質量%未満であると、Dy相やTb相が生成しやすくなり焼結磁石素材表面に重希土類元素RHが過剰に供給されて、R−T−B系焼結磁石素材の結晶粒内部への拡散が進み、Bの低下を招く恐れがある。
逆に、RH−Fe合金中のFeの含有量が95質量%を超えると重希土類元素RHの含有量が少ないため、拡散できる重希土類元素RHの量が減少するため、効率的に拡散させることができたとしても所望のHcJ向上効果を得ることができない。
【0038】
次にRL金属は、Nd、Pr、Ce、Laの少なくとも一種を含む軽希土類元素RLを含んでいる。ここで、軽希土類元素RLは、25質量%未満のFeを含んでもよい。
【0039】
RH−Fe合金とRL金属を作製する方法として、RH−Fe合金は、例えば所定の組成となるように原料合金を溶解炉に投入し、溶解した後、冷却して作製される。例えば、Dy81Fe19(質量%)合金と電解Feとを用いて高周波溶解炉で溶解した後、ロール表面速度が1m/秒以上30m/秒以下の範囲で回転する銅製の水冷ロールに前記溶湯を接触させ急冷凝固合金を形成する方法で製造できる。
【0040】
好ましくは、RH−Fe合金は、さらにスタンプミル、水素粉砕などで粉砕し、篩より粒度調整する。
【0041】
RL金属についてもRH−Fe合金と同様に所定の組成となるように原料合金を溶解炉に投入し、溶解した後、冷却して作製することができる。RL金属が純金属の場合、RL金属は粉砕が容易でないため、粉砕性を改善する目的で、溶解時に25質量%未満のFeで置換したRL−Fe合金にしてもよい。この場合、RH―Fe合金とRL−Fe合金を混合した拡散材の組成が所定範囲に入るようにする。
【0042】
また、RL金属は、例えば、不活性ガス雰囲気内で溶融したNdメタル、Prメタル、Ceメタル、Laメタルを耐熱容器から滴下・噴霧する方法で粉末状に作製することもできる。
【0043】
この他、RH−Fe合金やRL金属は、超鋼などのバイトで切削した切削粉やダイヤモンドなどの砥石で削って粉末状に作製してもよい。
【0044】
RH−Fe合金とRL金属を作製した後、これら2種類の混合粉末からなる拡散材を作製する。
【0045】
前記RH−Fe合金と前記RL金属とからなる混合粉末を作製する方法としては、作製したRH−Fe合金とRL金属とを混合して、所定の粒径になるまで粉砕する方法と、RH−Fe合金とRL金属の2種類の金属を予め個別に所定の粒径に粉砕した後、混合する方法が適用できる。
【0046】
予め個別に作製したRH−Fe合金粉末とRL金属の粉末を混合する場合、その混合方法は特に限定するものでないが、ロッキングミキサー、ダブルコーン型ミキサーなどにより不活性雰囲気中で発熱しない程度の回転速度で撹拌することが好ましい。そのようにすることでRH−Fe合金とRL金属とが均一に撹拌される。
【0047】
RH―Fe合金、RL金属の粒径はいずれもふるい目で63μm以上500μm以下であることが好ましい。RH−Fe合金、RL金属を混合してなる拡散材は、ふるい目で63μm以上500μm以下にするため、合金を水素粉砕のみ、スタンプミルのみで粉末に粉砕するのがよい。また、RL金属の混合比率が少ない場合は、さらにこの範囲内でRH−Fe合金の粉末粒子径が小さいことが望ましい。
【0048】
拡散材の粒径が500μm超のとき、粉体の比表面積が小さくなるため、RH―Fe合金とRL金属との反応が不均一かつ不足となり、RH−Fe合金中の重希土類元素RHがR−T−B系焼結磁石表面に残存したり、均一にR−T−B系焼結磁石素材内部へ拡散させることが困難となり、HCJ向上効果が小さくなる場合がある。逆に、拡散材の粒径が63μm未満だと、63μm未満の粉末を得るための粉砕に手間がかかってしまう。さらに好ましくは、拡散材の粒径はふるい目で63μm以上250μm以下である。
【0049】
R−T−B系焼結磁石素材表面へ拡散材を存在させる方法には任意の方法を行ってよい。
任意の方法としては、例えば、粉体供給槽の底部開口内に配置した散粉ローラーと、これに隣接するドクターブレードとの間から定量づつ繰り出される粉末をブラシで飛散落下させる構造やこれに類似した治具を用いた単純な散布方法がある。
【0050】
好ましくは、拡散材を散布する前に磁石素材にバインダーを塗布するのがよい。バインダーを塗布することでRH拡散を使用とする磁石表面に確実に所定量の重希土類元素RHを導入することができる。
【0051】
このバインダーとしては、例えば、増粘剤であるメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースなどの水溶液に水溶性防錆剤(例えば、特殊カルボン酸を主成分とする扶桑化学工業製の商品名 サビん象SY−12)を添加したものを用いることができる。
【0052】
なお、R−T−B系焼結磁石素材に直接散布しなくても、R−T−B系焼結磁石素材を配置する台板に粉末を散布した後、前記粉末に接触するようにR−T−B系焼結磁石素材を配置したり、これらを組み合わせて積層して複数のR−T−B系焼結磁石素材に接触させてもよい。また、R−T−B系焼結磁石素材や台板に粉末を散布した後、すり切り板等で散布量を均一に整えてもよい。
【0053】
[RH拡散処理]
前記R−T−B系焼結磁石素材を配置した処理容器にRH拡散処理を行う。RH拡散処理は以下の条件にて行う。
【0054】
[雰囲気]
RH拡散工程時の雰囲気は不活性ガス雰囲気が好ましい。本明細書における「不活性雰囲気」とは、真空、または不活性ガスを含むものとする。また、「不活性ガス」は、例えばアルゴン(Ar)などの希ガスであるが、R−T−B系焼結磁石素材、拡散材との間で化学的に反応しないガスであれば、「不活性ガス」に含まれ得る。不活性ガスの圧力は、大気圧以下であることが好ましい。RH拡散工程時における雰囲気ガスの圧力(処理容器内の雰囲気圧力)は、例えば1Paから大気圧の範囲内に設定され得る。
【0055】
[熱処理温度]
RH拡散工程時の熱処理温度は800℃以上1000℃以下とする。この温度範囲は、拡散材中の重希土類元素RHがR−T−B系焼結磁石素材の粒界相を伝って内部へ拡散するのに好ましい温度領域である。
【0056】
熱処理温度が800℃未満では、生成される液相が少ないので、拡散材中のRHが磁石内部に拡散されにくく、所望のHcJ向上効果を得ることができないか、もしくは所望のHcJ向上効果を得るためのRH拡散工程に長時間を要し、好ましくない。また、1000℃を超えるとR−T−B系焼結磁石素材と拡散材が溶着してしまう問題が生じやすくなる。
【0057】
RH−Fe合金とRL金属からなる拡散材において、RH−Fe合金はDyまたはTbの少なくとも一方からなる重希土類元素RHと40質量%以上95質量%以下のFeとからなり、800℃以上1000℃以下でRH拡散処理を行うと生成される液相が充分に生成され、拡散材中の重希土類元素RHが効率よく磁石内部に供給される。
【0058】
熱処理の時間は、RH拡散処理工程をする際のR−T−B系焼結磁石素材、拡散材(RH−Fe合金およびRL金属)の投入量の比率、R−T−B系焼結磁石素材の形状、拡散材(RH−Fe合金およびRL金属)の形状、RH拡散処理温度によって、R−T−B系焼結磁石素材に拡散されるべき重希土類元素RHの量(拡散量)を考慮して決められ、例えば10分から72時間である。好ましくは1時間から12時間である。
【0059】
[テンパー処理]
また、必要に応じてさらにテンパー処理(400℃以上700℃以下の熱処理)を行う。RH拡散処理、テンパー処理は、同じ処理室内で行ってもよい。テンパー処理の時間は、例えば10分から72時間である。好ましくは1時間から12時間である。
【0060】
ここで、テンパー処理を行う熱処理炉の雰囲気は真空または不活性ガス雰囲気中で、雰囲気ガス圧力は大気圧以下が好ましい。
【0061】
[加工]
本発明のR−T−B系焼結磁石には、RH拡散工程後、R−T−B系焼結磁石表面に生成された液相が皮膜状に残る。前記皮膜は磁気特性の発現に寄与しないので、ショットブラストまたは砥石等によりR−T−B系焼結磁石表面から数十μmから数百μm加工する。
さらに、所定の形状、寸法を得るため、一般的な切断、研削等の機械加工を施すことができる。
【0062】
[表面処理]
本発明のR−T−B系焼結磁石には、好ましくは防錆のための表面コーティング処理を施す。例えば、Niめっき、Snめっき、Znめっき、Al蒸着膜、Al系合金蒸着膜、樹脂塗装などを行うことができる。
【0063】
以下に、本発明の具体的な内容について実施例をもって説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0064】
(実施例1)
組成がNd28.2Pr0.7Dy0.20.95Co0.9Al0.1Cu0.1Ga0.1残部Fe(質量%)からなるR−T−B系焼結磁石素材が得られるように原料合金を準備した。
原料合金はストリップキャスト法で作製した鋳片で、これを水素粉砕により大きさの不定形粉末に粗粉砕した後、高圧Nガスによるジェットミル粉砕を行い、粉末の平均粒径がD50で4.9μmの微粉末を作製した。
【0065】
こうして作製した微粉末をプレス装置により成形し、粉末成形体を作製した。具体的には、印加磁界中で粉末粒子を磁界配向した状態で圧縮成形を行った。その後、成形体をプレス装置から抜き出し、真空炉により1040℃で4時間の条件で焼結して、上記の組成を有するR−T−B系焼結磁石素材を得た。この焼結磁石素材を研削加工して、3.3×33×21(単位はmm)のR−T−B系焼結磁石素材を用意した。
【0066】
次にRH−Fe拡散材であるが、Dy81Fe19(質量%)合金と電解Feとを用いて高周波溶解炉で溶解した後、ロール表面速度が20m/秒で回転する銅製の水冷ロールに前記溶湯を接触させ急冷凝固合金を作成した。次いで、これをスタンプミルで粉砕し、RH―Fe合金となるDyの含有量が59質量%および80質量%、残部がFeであるRH―Fe合金の粉末を作製した。これら合金粉末の粒径は、いずれもふるい目で63μm以上125μm以下であった。
【0067】
不活性ガス雰囲気内で溶融したNdメタルまたはPrメタル、Laメタル、Ceメタルを耐熱容器から滴下・噴霧する方法でRL金属となる粉末を作製した。これら粉末の粒径は、いずれもふるい目で63μm以上125μm以下であった。
【0068】
R−T−B系焼結磁石素材にヒドロキシプロピルセルロース2%、水溶性防錆剤(商品名 サビん象)を1%添加した水溶液を塗布した後、Dy−Fe合金粉末からなるRH―Fe合金とNd、Pr、LaまたはCe粉末からなるRL金属をロッキングミキサーで混合した拡散材を散布し3時間自然乾燥した。使用した拡散材の散布量の合計は表1に記載のとおりであった。表1の散布量はRH拡散処理後、R−T−B系焼結磁石素材に導入されたRHFe合金、RL金属の量を表している。
【0069】
次いで、このR−T−B系焼結磁石素材に対し、Ar雰囲気中、900℃で4時間の拡散処理、480℃で2時間のテンパー熱処理を施し、表1に記載の実施例1から実施例7および比較例4、比較例5の磁石を得た。また、実施例4と同じ量のDy量を含んだ組成(Nd28.2Pr0.7Dy0.50.95Co0.9Al0.1Cu0.1Ga0.1残部Fe(質量%)からなるR−T−B系焼結磁石素材に熱処理のみ施したもの(Br:1.44,HcJ:972)を比較例1とした。さらに、RH−Fe合金であるDy―Fe合金を混合せずに同じ熱処理を施したものを比較例2、NdまたはPrからなるRL金属を混合していないものを比較例3とした。今回予め用意したR−T−B系焼結磁石素材に対して、混合粉末である拡散材を散布しないまま熱処理のみ施したものを参考例とした。
【0070】
表1には、拡散材中の総希土類量(TRE)、Nd、Pr、La、Ceが含まれる量である総軽希土類量(TRL)、DyおよびTbが含まれる量である総重希土類量(TRH)、並びにRH拡散後、3mm×10mm×10mmになるよう焼結磁石表面を百μmから数百μm加工した後、BHトレーサーにより測定した磁気特性(B、HcJ)を示した。なお、参考例として、RH拡散前のR−T−B系焼結磁石素材を3mm×10mm×10mmに加工した後、BHトレーサーにより測定した磁気特性値を記載している。ここで、「ΔB」は参考例のBの値からどれだけ変化しているかを表している。また「ΔHcJ」は参考例のHcJの値からどれだけ変化したかを表している。
【0071】
本発明による実施例1から実施例7の磁石は、参考例に対していずれもBの低下なくHcJが向上した磁石が得られた。
実施例1は、比較例3と比べて、拡散材の総量は同じだかRH−Fe合金であるDy−Fe合金の散布量が75%に関わらず、ΔHcJは3倍以上高かった。
RLがLa、Ceであることを除き実施例1と同じである実施例2、3においても比較例3と比べて、拡散材の総量は同じだかRH−Fe合金であるDy−Fe合金の散布量が75%に関わらず、ΔHcJは実施例2が1.7倍、実施例3が約3倍高かった。
実施例4から6は、実施例1から3と比べて、拡散材の総量が少なく、RH−Feの散布量が50%ほどであるにも関わらず、ΔHcJの値はほぼ同じであった。TREが75.4%以上80.2%以下、TRLが40%以上51.7%以下、TRHが28.5%以上35.4%以上であると、拡散材からR−T−B系焼結磁石素材へ導入された重希土類元素RHが効率よくHcJを向上していた。
また、実施例4は、参考例に実施例4に導入したのと同じ量のDyを添加した比較例1と比べて、ΔHcJが約300kA/m高かった。導入された重希土類元素RHが効率よくHcJが向上するよう拡散されていた。
比較例2は、RL金属のみからなる拡散材であるが、ΔHCJをわずかばかり向上ささせていた。
実施例7は、比較例4と比べて、RH−Fe合金の量は同じであるが、RL合金の量が異なる。TRLで20%である実施例7は、TRLが10.5%の比較例4と比べてΔHcJが2倍高かった。
また、Dy−Fe合金中のDy含有量が多い比較例6は、熱処理だけ施した比較例1に対して、ΔBが0.05T低下した。実施例1と比べると、ΔHCJは同じような値であるが、ΔBが0.05T低下した。
【0072】
【表1】

【0073】
それぞれDyFe、DyFe、DyFe23からなるRH−Fe合金とNdからなるRL金属を3:1の重量比率で混合した本発明の拡散材のDTA曲線を熱分析TG−DTA(リガク製TG8110D)にて測定したところ図1のようになった。図1より本発明の拡散材では、RH−Fe合金がDyFe、DyFe、DyFe23のいずれであってもNdが混合されていることで750℃付近に吸熱、発熱があった。一方、DyFeのみでは750℃付近で吸熱、発熱が確認できなかった。
図1より本発明の拡散材は、RL金属とRH−Feとが反応し、750℃付近で液相を生成していることがわかる。
【0074】
(実施例2)
実施例1と同じR−T−B系焼結磁石素材を用意した。
Dy81Fe19(質量%)合金と電解Feとを用いて高周波溶解炉で溶解した後、水冷ロール上に出湯して超急冷薄帯を作成した。次いで、これをスタンプミルで粉砕し、Dy濃度の異なる組成の種々のDy−Fe合金からなるRH−Fe合金を得た。
【0075】
RL金属であるNd粉末とRH―Fe合金である前記種々のDy−Fe粉末とを混合した拡散材を前記焼結磁石素材の表面に散布した後、900℃で4時間の拡散処理を施したものを実施例8から実施例14とした。一方、RL金属であるNd粉末を混合せずに同じ処理を施したものを比較例6から比較例10とした。
ここで、実施例8、10、11、13、14、比較例6〜10で用いたDy−Fe合金粉末からなるRH−Fe合金はふるい目は63μm以上125μm以下であった。
実施例9、12で用いたDy−Fe合金粉末からなるRH−Fe合金はふるい目で63μm以上710μm以下であった。
また、実施例8から11、13、14および比較例6から10で用いたNd粉末からなるRL金属はふるい目で63μm以上125μm以下であった。実施例12で用いたNd粉末からなるRL金属はふるい目で63μm以上500μm以下であった。
【0076】
表2には、混合粉の配合組成である総希土類量(TRE量)、総軽希土類量(TRL)、総重希土類量(TRH)、BHトレーサーにより測定した磁気特性、B、HcJを示した。
【0077】
本発明による実施例8、10、11、13、14は、同じの組成かつ同じ散布量のRH−Feを用いているがRL金属を含まない拡散材を用いた比較例6から比較例10と比べて、ΔBの低下がなくΔHcJが向上していることが分かる。
拡散材の粒度が大きい実施例9および12は、焼結磁石素材の表面に拡散材が残っており、その分HcJ値の向上効果が小さくなっていたが、ΔHcJはそれぞれ比較例6、8より3倍高かった。
【0078】
【表2】

【0079】
(実施例3)
組成がNd25.6Pr2.8Dy2.00.97Co0.9Al0.2Cu0.1Ga0.1残部Fe(質量%)からなるR−T−B系焼結磁石が得られるように原料合金を準備した。原料合金はストリップキャスト法で作製した鋳片で、これを水素粉砕により不定形粉末に粗粉砕した後、高圧Nガスによるジェットミル粉砕を行い、粉末の平均粒径がD50で4.9μmの微粉末を作製した。
【0080】
こうして作製した微粉末をプレス装置により成形し、粉末成形体を作製した。具体的には、印加磁界中で粉末粒子を磁界配向した状態で圧縮成形を行った。その後、成形体をプレス装置から抜き出し、真空炉により1050℃で4時間の条件で焼結して、上記の組成を有するR−T−B系焼結磁石の焼結磁石素材を得た。この焼結磁石素材を研削加工して、2.3×33×21(mm)の焼結磁石素材を用意した。
【0081】
TbメタルおよびDyメタルと電解Feとを用いて高周波溶解炉で溶解した後、水冷ロール上に出湯して超急冷薄帯を作成した。次いで、これをスタンプミルで粉砕し、Tb50Fe50(質量%)およびTb25Dy25Fe50(質量%)からなるRH―Fe合金の粉末を作製した。この粉末は、Tb50Fe50はふるい目で63μm以上125μm以下、Tb25Dy25Fe50は63μm以上180μm以下であった。
【0082】
不活性ガス雰囲気内で溶融したNdメタルおよびPrメタルを用いて実施例1と同様の製法で純Nd粉末およびNd75Pr25(質量%)のRL金属の粉末を作製した。これら粉末の粒径は、いずれもふるい目で63μm以上125μm以下であった。
【0083】
前記Tb−Fe合金粉末とNd粉末をミキサーで混合した後、R−T−B系焼結磁石素材に散布したものを実施例15およびNd粉末を混合せずにR−T−B系焼結磁石素材に散布したものを比較例11とした。同様にして、前記Tb−Dy−Fe合金粉末とNd−Pr合金粉末をミキサーで混合した後、焼結磁石素材に散布したものを実施例16とした。
【0084】
次いで、前記実施例15および前記実施例16のR−T−B系焼結磁石素材に対し、Ar雰囲気中、850℃で6時間のRH拡散処理およびテンパー処理を施した。また、予め用意した焼結磁石素材に対して、混合粉末を散布しないままRH拡散処理と同じ熱処理のみ施したものを比較例12とした。
【0085】
表3に、使用した各粉末の散布量と混合粉の配合比率である総希土類量(TRE量)、総軽希土類量(TRL)、総重希土類量(TRH)、並びに2mm×7mm×7mmに加工した後、同一条件で作製した試料2枚を重ねてBHトレーサーにより測定した磁気特性、B、HcJを示した。
【0086】
本発明による実施例15および16は、比較例11および比較例12の磁石に比べて、ΔBの低下はなくΔHcJが500kA/m以上大幅に向上した磁石が得られた。比較例11の磁石は、重希土類元素を拡散させずに熱処理だけした磁石(比較例12)より、高いHcJが得られたが、その効果は小さく磁石表面にTb−Fe拡散材が多く残存していた。
【0087】
【表3】

【0088】
(実施例4)
RL金属が純Ndの替わりに、Nd80Fe20(質量%)、ふるい目で125μm以下からなるRL金属(TRE=67.4質量%、TRL=32.0質量%、TRH=35.4質量%)を用いたこと以外は、本発明の実施例2の磁石と同様の製法で実施例16の磁石を作製した。この磁石の磁気特性を測定したところ、B=1.44(T)、HCJ=1265(kA/m)であった。この結果から、実施例17は比較例1から比較例5の磁石と比べて、Bの差異が極めて小さく、かつHCJの向上が得られた。
このように、本発明の範囲内であればRL金属の一部をFeに置換しても、その効果が保たれることがわかった。
【0089】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−T−B系焼結磁石素材(Rは希土類元素、TはFeまたはFeとCoを含む)を準備する工程と、
重希土類元素RH(RHはDyおよびTbの少なくとも一種を含む)と40質量%以上95質量%以下のFeとからなるRH−Fe合金と、
軽希土類元素RL(Nd、Pr、Ce、Laの少なくとも一種を含む)を含むRL金属と、からなり、
総希土類量が65質量%以上、
軽希土類元素RLが20質量%以上70質量%以下、
重希土類元素RHが50質量%以下、
である粉末状の拡散材を準備する工程と、
前記R−T−B系焼結磁石素材に対し、前記拡散材を前記R−T−B系焼結磁石素材の表面に存在させた状態で、800℃以上1000℃以下の温度で真空または不活性ガス中においてRH拡散処理する工程と、
を有するR−T−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項2】
前記拡散材は、粒径がふるい目で63μm以上500μm以下である請求項1に記載のR−T−B系焼結磁石の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−234971(P2012−234971A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−102642(P2011−102642)
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】