説明

S−アデノシルメチオニン高蓄積酵母の取得方法

【課題】S−アデノシルメチオニン(SAM)の大量生産のため、従来のSAM高生産酵母のスクリーニング系と比べてより実験操作が簡易で、且つ、生産性のより高いSAM高蓄積酵母の取得方法を提供し、それによって得られた酵母を用いたSAMの大量製造方法を提供する。
【解決手段】コルディセピンを含有した選択培地を用いて酵母を培養し、生育してくる酵母(コルディセピン耐性株)を選択することにより、SAM高蓄積酵母を効率的に取得する。そして、得られた酵母を用いて所定の培地で培養することで、SAMの大量生産を工業的に行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S−アデノシルメチオニン(S−adenosylmethionine:以下、SAMe、SAMということもある)高蓄積酵母の取得方法等に関する。詳細には、SAM高蓄積酵母の選択培地によるスクリーニング方法、及び、SAM高蓄積酵母を用いたSAMの大量製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SAMは生体内に存在する含硫アミノ酸代謝のkey物質であり、メチオニンアデノシルトランスフェラーゼの作用によりメチオニンとATPから合成される。その構造中に活性型のメチルチオエーテル基を持ち、タンパク質や核酸など種々のメチル基受容体にメチル基を供与することで、生体内の主要なメチル基供与体として働く。医学的臨床試験により、アルコール性肝機能障害、動脈硬化、老人性痴呆症や鬱病、関節炎といった種々の疾患に対し、予防及び改善効果を発揮する生理機能があるという報告がある。更に近年では、癌やAIDSにも作用することが新たに報告されており、EU諸国においては医療用医薬品として、アメリカ合衆国においてはサプリメントとしての地位を確立している。日本においても、2009年2月厚生労働省において、SAMe(SAM)が天然に含有する酵母等の食品につき、栄養成分表示等でSAMeを記載すること自体に問題がないという見解が示されたことより、近い将来、市場活発化の期待が高まっている物質である。
【0003】
現在までの知見より、このSAMはあらゆる微生物の中でも特に酵母においてその生産能力が高いことが知られており、現在、SAMの工業的生産はSaccharomyces cerevisiaeから抽出することにより行われているが、SAMの生産機構については不明な点が多く、また酵母培養培地に高価なアミノ酸の大量添加などが必要であり生産コストが高いため、SAMの作用機序の解明や、従来のSAM生産系よりも迅速かつ安価で大量生産の可能な系の構築等が現状の課題となっている。
【0004】
従来のSAMの生産は、既存の株を用い、その菌での生産培地組成を検討することにより生産性の向上が図られてきた。ようやく最近になって、SAM生産性酵母の中から、さらに生産性が向上した変異株の取得が試みられているが、大幅なSAM生産性の向上に達していなかったり(特許文献1)、またセルフクローニング法という煩雑な操作が必要であったり(特許文献2)、特に食品として用いにくい、特定の遺伝子を遺伝子操作によって欠損等させた遺伝子組換え体であるなど(特許文献3)、更に改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−283103号公報
【特許文献2】特開2009−034043号公報
【特許文献3】特開2009−213469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、S−アデノシルメチオニン(SAM)の大量生産のため、従来のSAM高生産酵母のスクリーニング系と比べてより実験操作が簡易で、且つ、生産性のより高いSAM高蓄積酵母の取得方法、及び、それによって得られた酵母を用いたSAMの大量製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行い、コルディセピンを含有した選択培地を用いて酵母を培養し、生育してくる変異酵母であるコルディセピン耐性株を選択することにより(ポジティブスクリーニングにより)、SAM高蓄積酵母を簡便かつ効率的に取得できることを見出し、本発明に至った。
また、得られた酵母を用いて所定の培地で培養することで、SAMの大量生産を工業的に行うことができることも見出した。
【0008】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)コルディセピンを含有する選択培地で生育してくるコルディセピン耐性株を取得すること、を特徴とするS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母の取得方法(親株の2〜20倍量以上(例えば2〜30倍量)SAMを高蓄積するSAM高蓄積酵母の取得方法)。
(2)(1)に記載の方法で取得してなる、遺伝子組換え体でないコルディセピン耐性変異株であるS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
(3)該酵母が、Saccharomyces属又はCandida属に属する酵母であること、を特徴とする(2)に記載のS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
(4)該酵母が、Saccharomyces cerevisiaeであること、を特徴とする(3)に記載のS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
(5)コルディセピン耐性を有するS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母である、Sake yeast NY9−10(NITE P−831)。
(6)コルディセピン耐性を有するS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母である、Sake yeast NY7−3(NITE P−830)。
(7)(2)〜(6)のいずれか1つに記載の酵母を培養し、培養物(培地及び/又は菌体)からS−アデノシルメチオニンを取得すること、を特徴とするS−アデノシルメチオニンの大量製造方法。
(8)コルディセピンを含有してなること、を特徴とするS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母選択培地。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、コルディセピン含有選択培地によりコルディセピン耐性株をポジティブスクリーニングすることで、簡易かつ効率的にSAM高蓄積(又はSAM高含有)酵母を取得することができる。また、SAMを高濃度に菌体内に蓄積及び/又は菌体外に分泌する酵母も取得することができる。そして、得られた酵母を用いることで、SAMの大量生産を工業的かつ効率的に行うことができる
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】K−9株より取得した25株(NY9−1〜25)のコルディセピン耐性株をYPD培地で30℃、24時間振とう培養した際のSAM蓄積量を示す(丸印は寄託菌株(NITE P−831)を示す)。なお、dry cell weight(DCW)は、乾燥菌体重量を示す。以下同じ。
【図2】K−7株より取得した9株(NY7−1〜9)のコルディセピン耐性株をYPD培地で30℃、24時間振とう培養した際のSAM蓄積量を示す(丸印は寄託菌株(NITE P−830)を示す)。
【図3】K−9株より取得した5株(NY9−1、4、9、10、24)のコルディセピン耐性株をO−培地で30℃、24時間振とう培養した際のSAM蓄積量を示す(丸印は寄託菌株(NITE P−831)を示す)。
【図4】K−7株より取得した3株(NY7−3、5、6)のコルディセピン耐性株をO−培地で30℃、24時間振とう培養した際のSAM蓄積量を示す(丸印は寄託菌株(NITE P−830)を示す)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明においては、コルディセピン(cordycepin:3−デオキシアデノシン)含有選択培地を用いる。コルディセピンは、リボヌクレオシドであるアデノシンの誘導体で、アデノシンのリボース部位の3位である酸素が欠落している構造であり、酵母のメチオニン代謝経路の中間代謝産物であるアデノシンの正常な機能を阻害する。これによって、メチオニンが正常に代謝されずSAMとして細胞内に高蓄積するものと考えられる。
【0012】
正常な酵母は、コルディセピン含有培地では生育できない。本発明では、正常な酵母(野生株)をそのまま使用して耐性株を偶発的に出現させる方法を用いても良いが、野性株に突然変異処理を行って使用することによって、コルディセピン耐性株を効率的に取得できる。突然変異処理は定法が適宜利用され、物理的方法及び化学的方法のいずれもが使用可能である。物理的方法としては、紫外線照射、放射線(例えばγ線)照射などがあり、化学的方法としては、例えば、亜硝酸、ナイトロジェンマスタード、アクリジン系色素、エチルメタンスルホン酸(EMS)、N−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)などの変異剤の溶液に菌体を懸濁させる方法などがある。これらの方法は、適宜組み合わせて行うこともできる。
【0013】
なお、本発明においては、特定の遺伝子を欠損等させた遺伝子組換え体酵母は使用しない。よって、本発明では、遺伝子組換え体でない、つまり野生株が偶発的に変異した変異株又は上記突然変異処理により出現した変異株(本発明においてはこれらを「変異株」と総称している)を得ることができ、食品に用いても問題はない。
【0014】
つづいて、上述の野生株酵母又は突然変異処理酵母をコルディセピン含有培地で培養して生育してくるコルディセピン耐性株を取得する。本発明におけるスクリーニングは、ポジティブスクリーニングであるので、操作がシンプルでしかも結果判定が正確に行われるため、きわめて効率的である。コルディセピンの添加は、液体培養で清酒酵母の場合、1mlあたり500〜1000μg(より好ましくは600〜800μg)含有したYPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)が例示される。他の酵母については、上記数値範囲に基づき適宜定めればよい。
【0015】
酵母としては、Candida utilis、C.macedoniensis等のCandida属やSaccharomyces属に属する酵母等が例示される。後者においては、Saccharomyces cerevisiae、S.rouxii、S.uvarum、S.bayanus、S.chevalieri、S.bailli等が例示される。
【0016】
また、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する各種の市販酵母、実用酵母、実験室酵母等も本発明の対象であって、清酒酵母(協会6号酵母、協会7号酵母、協会9号酵母、協会10号酵母等)、焼酎酵母(日本醸造協会焼酎用2号酵母等)、ワイン酵母(ブドウ酒1号酵母(日本醸造協会ブドウ酒1号酵母)、ブドウ酒3号酵母、ブドウ酒4号酵母等)、ビール酵母、パン酵母等も非限定例として挙げられる。
【0017】
本発明では、上述のような手法で目的とするSAM高蓄積酵母を取得することができる。一例として挙げると、清酒酵母であるSaccharomyces cerevisiae K−9(協会9号酵母)、K−7(協会7号酵母)を親株として、それぞれ、目的株を取得するのに成功し、それらの内、K−9から取得した株をNY9−10、K−7から取得した株をNY7−3と命名し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターにそれぞれNITE P−831、NITE P−830として寄託した。
【0018】
そして、このようにして分離育種したSAM高蓄積株を培養することによって培養物からSAMを大量に取得することができる。YPD培地においては、同じ培地で親株より20倍を超えるSAMの高蓄積を行うことができ、さらに大量に生産蓄積したいのであれば、例えばO−培地(グルコース5%、ペプトン1%、酵母エキス0.5%、KHPO 0.4%、KHPO 0.2%、MgSO・7HO 0.05%、L−メチオニン0.15%)で培養した場合、K−9菌から選別された変異株は、酵母細胞乾物重量1gあたり、1〜80mg(例えば3〜80mg)、場合によっては80mg以上のSAMを高蓄積し、100mg以上も蓄積する可能性も充分に認められる。なお、本実施例によれば、親株の2〜20倍程度のSAMの蓄積が確認されたが、それ以上(例えば10〜30倍)の蓄積も充分可能である。
【0019】
上述のように、SAM高蓄積酵母(コルディセピン耐性株)を培養して該酵母を増殖せしめ、増殖した酵母の培養物からSAMを抽出、取得することによってSAMを大量に取得することが可能となる。培養は常法にしたがって行えばよく、その際、親株と変異株との間の増殖特性には格別の相違は認められない(むしろ変異株の方が親株と比べて良好な増殖を示す場合も見られる)。
【0020】
なお、培養にあたり、YPD培地を使用しても問題ないが、メチオニン添加培地(O−培地等)を使用するとより好ましく、更なるSAMの大量取得が可能となる。メチオニンの添加量は、適宜でよいが、好ましくは0.15%〜0.75%の範囲内が好適である。
さらには、リン酸塩、硫酸塩、エタノールから選ばれる少なくとも1以上の添加培地を使用することがより好ましい。これらの添加量も適宜でよいが、好ましくはそれぞれ0.2〜0.4%、0.05%、4.0%程度が好適である。
【0021】
以下に本発明の実施例について述べる。
【実施例1】
【0022】
Saccharomyces cerevisiae K−9(協会9号酵母)及びK−7(協会7号酵母)を親株とし、常法に基づき紫外線照射で変異処理を行った。生存率はおよそ10%であった。処理菌株を、コルディセピン600μg/ml含有YPD液体培地に植菌し、K−9株に関しては、30℃で3日間培養を3回、1日間培養を3回繰り返す継代培養を行い、濁ってきた菌体を10の5乗倍希釈し、YPDプレートに100ml塗布し30℃で培養を行い、生育してきたコロニーをピックアップして、コルディセピン耐性株を260株選択、取得した。K−7株に関しては、30℃で3日間培養を5回、1日間培養を3回繰り返す継代培養を行い、濁ってきた菌体を10の5乗倍希釈し、YPDプレートに100ml塗布し30℃で培養を行い、生育してきたコロニーをピックアップして、コルディセピン耐性株を93株選択、取得した。
【0023】
このようにしてコルディセピン耐性株として選択した株の中から無作為に、K−9菌由来の株から25株(NY9−1〜25)、K−7菌由来の株から9株(NY7−1〜9)を選び、YPD培地で30℃、24時間前培養し、YPD培地で30℃、24時間振とう培養した。培養した菌体を、10%過塩素酸を用いてSAMを抽出し(30℃、1時間)、上清を希釈し、キャピラリー電気泳動にてSAM蓄積量の分析を行った。
【0024】
SAMの分析は以下の要領でキャピラリー電気泳動法により測定した。分析条件は以下のとおり。
分析装置
キャピラリー電気泳動システム(Agilent、1100シリーズ)
分析条件
キャピラリー:HPCE stndrd cap 75μm×72cm
バッファー:40mMリン酸ナトリウムバッファー(pH 2.5)
電圧:positive、20kV
サンプリング:4秒、ハイドロスタティック法
温度:25℃
検出:UV254nm
【0025】
図1に、K−9株より取得した25株(NY9−1〜25)、図2にK−7株より取得した9株(NY7−1〜9)の菌体内SAM量をそれぞれ親株とともに示した。その結果、K−9株においてはコルディセピン耐性株25株中25株で約20倍(8〜12mg SAM/g DCW)、またK−7株においてはコルディセピン耐性株9株中9株で約10倍(約3mg SAM/g DCW)、親株より有意にSAMが蓄積していた。
【0026】
さらにコルディセピン耐性株として選択した株の中から無作為に、K−9菌由来の株から5株(NY9−1、4、9、10、24)、K−7菌由来の株から3株(NY7−3、5、6)を選び、YPD培地で30℃、24時間前培養し、O−培地で30℃、24時間振とう培養した。培養した菌体を、10%過塩素酸を用いてSAMを抽出し(30℃、1時間)、上清を希釈し、キャピラリー電気泳動にてSAM蓄積量の分析を行った。
【0027】
図3に、K−9株より取得した5株(NY9−1、4、9、10、24)、図4にK−7株より取得した3株(NY7−3、5、6)の菌体内SAM量をそれぞれ親株とともに示した。その結果、K−9株においてはコルディセピン耐性株5株中5株で約4倍(約80mg SAM/g DCW)、またK−7株においてはコルディセピン耐性株3株中3株で約2倍(60〜70mg SAM/g DCW)、親株より有意にSAMが蓄積していた。
【0028】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0029】
本発明は、S−アデノシルメチオニン(SAM)の大量生産のため、従来のSAM高生産酵母のスクリーニング系と比べてより実験操作が簡易で、且つ、生産性のより高いSAM高蓄積酵母の取得方法を提供し、それによって得られた酵母を用いたSAMの大量製造方法を提供することを目的とする。
【0030】
そして、コルディセピンを含有した選択培地を用いて酵母を培養し、生育してくる酵母(コルディセピン耐性株)を選択することにより、SAM高蓄積酵母を効率的に取得することができる。そして、得られた酵母を用いて所定の培地で培養することで、SAMの大量生産を工業的に行うことができる。
【受託番号】
【0031】
本発明において寄託されている微生物の受託番号を下記に示す。
(1)Sake yeast NY9−10(NITE P−831)。
(2)Sake yeast NY7−3(NITE P−830)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コルディセピンを含有する選択培地で生育してくるコルディセピン耐性株を取得すること、を特徴とするS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母の取得方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法で取得してなる、コルディセピン耐性変異株であるS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
【請求項3】
該酵母が、Saccharomyces属又はCandida属に属する酵母であること、を特徴とする請求項2に記載のS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
【請求項4】
該酵母が、Saccharomyces cerevisiaeであること、を特徴とする請求項3に記載のS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母。
【請求項5】
Sake yeast NY9−10(NITE P−831)。
【請求項6】
Sake yeast NY7−3(NITE P−830)。
【請求項7】
請求項2〜6のいずれか1項に記載の酵母を培養し、培養物からS−アデノシルメチオニンを取得すること、を特徴とするS−アデノシルメチオニンの大量製造方法。
【請求項8】
コルディセピンを含有してなること、を特徴とするS−アデノシルメチオニン高蓄積酵母選択培地。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−177125(P2011−177125A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45789(P2010−45789)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】