説明

SOCS活性化剤を有効成分とする抗癌剤

【課題】SOCS活性化剤を有効成分とする新規抗癌剤を提供すること、さらにかかる抗癌剤をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【解決手段】SOCS活性化剤を有効成分とする抗癌剤を用いることによる。かかる抗癌剤は、Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質を含むSOCS活性化剤を有効成分とすることにより、癌細胞の増殖を効果的に抑制し、癌の治療を可能とするものである。特に、Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質が、SOCS-3遺伝子である抗癌剤による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質からなるSOCS活性化剤、および当該SOCS活性化剤を有効成分とする抗癌剤に関する。詳細にはSOCS活性化剤がSOCS遺伝子が組み込まれたベクターである抗癌剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な癌においてサイトカインシグナル伝達制御の破綻が報告されている。その1つとして、STAT3の持続的活性化が発癌あるいは癌細胞の増殖亢進と関係していることが示唆されている。Jak/STAT系のサイトカインシグナル伝達の抑制分子としてSOCS(suppressor of cytokine signaling)が知られている。SOCSファミリーであるSOCS-1はJakを介した様々なサイトカインシグナルを抑制し、SOCS-3はIL-6に代表とされるgp130を介したサイトカインシグナルを抑制することが報告されている。肝癌、白血病などの種々の悪性疾患においてSOCS遺伝子のメチル化による発現低下や遺伝子変異による機能欠損が報告されており、SOCSの発現異常はSTAT3の持続的活性化を引き起こし、癌細胞の増殖亢進に関わることが示唆されている。
【0003】
癌の1つである悪性胸膜中皮腫は、アスベスト暴露が主要な原因とされているが、非常に予後が悪く、特異的治療法もない疾患である。また、悪性胸膜中皮腫は発症までおよそ40年かかるとされており、今後、患者数は増加すると予測されている。悪性胸膜中皮腫の効果的な治療法の確立が望まれている。
【0004】
SOCS-3遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化を検出することにより癌を診断する方法、およびSOCS-3の活性を増強させることによる癌治療方法が開示されている(特許文献1)。また、SOCS-3遺伝子を肝細胞癌に導入することにより、FAKリン酸化が抑制され、かつ、FAKの発現量が低下することが報告されている(非特許文献1)。
【特許文献1】国際公開WO2005/023199号
【非特許文献1】Oncogene 2005;24:6406-17, Niwa Y, et al.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、SOCS活性化剤を有効成分とする新規抗癌剤を提供すること、さらにかかる抗癌剤をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、SOCS-3がJak1を介したSTAT3非依存的な経路を抑制していることを初めて確認し、SOCS活性化剤が有効な抗癌剤となることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質を含むSOCS活性化剤。
2.前項1に記載のSOCS活性化剤を有効成分とする、抗癌剤。
3.Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質が、SOCS-3遺伝子である、前項2に記載の抗癌剤。
4.SOCS活性化剤が、SOCS-3遺伝子が組み込まれたアデノウイルスベクターである、前項2または3に記載の抗癌剤。
5.FAKの発現を抑制する、および/または、FAKの活性化を抑制する機能を有する、前項2〜4のいずれか1に記載の抗癌剤。
6.抗アポトーシスタンパク質の発現を抑制する、および/または、細胞周期をG0/G1期で停止させる機能を有する、前項2〜5のいずれか1に記載の抗癌剤。
7.癌が細胞内で、Jak1および/またはSTAT3を持続的に活性化している、前項2〜6のいずれか1に記載の抗癌剤。
8.癌が悪性胸膜中皮腫である、前項2〜7のいずれか1に記載の抗癌剤。
9.被検物質から、SOCSを活性化し、Jak1の活性化を抑制する物質を選択することを含む、抗癌剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の抗癌剤は、細胞内でJak1および/またはSTAT3が持続的に活性化している癌において、Jak1を介したSTAT3非依存的な経路を抑制することによって、効果的に癌細胞の増殖を抑制することができる。また、かかる抗癌剤は、FAKの発現を抑制する、および/または、FAKの活性化を抑制し、抗アポトーシスタンパク質の発現を抑制する、および/または、細胞周期をG0/G1期で停止させることにより、効果的に癌細胞の増殖を抑制し、癌を治療することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
SOCS (suppressor of cytokine signaling)とは、Jak/STAT系のサイトカインシグナル伝達の抑制分子であり、SOCSファミリーの代表的な分子として、SOCS-1、SOCS-2、SOCS-3が挙げられる。本発明者らは、SOCS活性化剤が、STAT3を介した経路のみならず、Jak1を介したSTAT3非依存的な経路を効果的に抑制することが可能であることを、初めて見出した。
【0010】
本発明のSOCS活性化剤は、SOCSの機能を活性化させる作用を有するものを意味し、特にSOCS-3の機能を活性化させる作用を有するものが好ましく、Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質からなる。SOCS機能の活性化とは、例えばSOCSの発現量を増加させることなどである。Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質は、このような機能を有する物質であれば特に制限されないが、好ましくはSOCS-3遺伝子である。また、SOCS活性化剤はJak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質を含むものであれば特に制限されないが、例えば、SOCS-3遺伝子を組み込まれてなるベクターなどが挙げられる。
【0011】
タンパク質チロシンキナーゼのJanusキナーゼファミリー(Jak)は、細胞の増殖や免疫応答に関与する機能のサイトカイン依存的制御に役割を担うものである。現在、4つの既知の哺乳類Jakファミリーメンバーが存在する:Jakl、Jak2 、Jak3およびTYK2 (タンパク質チロシンキナーゼ2としても知られる)。本発明のSOCS活性化剤は、これらのJakファミリーの機能を阻害することができ、特にJak1阻害を介したSTAT3非依存的な細胞増殖経路を抑制することができる。
【0012】
本発明のSOCS活性化剤は、STAT3を介した経路のみならず、Jak1を介したSTAT3非依存的な経路を効果的に抑制することが可能である。本発明のSOCS活性化剤は、Jak1のリン酸化を阻害することによりJak1の機能を阻害すると考えられる。
【0013】
さらに本発明は、SOCS活性化剤を有効成分とする抗癌剤にも及ぶ。本発明の抗癌剤は、FAKの発現を抑制する、および/または、FAKの活性化を抑制する機能を有するものである。さらに、本発明の抗癌剤は、抗アポトーシスタンパク質の発現を抑制する、および/または、細胞周期をG0/G1期で停止させる機能を有するものである。
【0014】
本発明におけるSOCS活性化剤は、SOCS遺伝子がベクターに組み込まれてなるものが好ましい。ベクターの種類に応じて、ベクターに搭載されるSOCS遺伝子はDNAまたはRNAであり得る。SOCS遺伝子には、SOCS-1、SOCS-2 、SOCS-3、SOCS-4、SOCS-5、SOCS-6、SOCS-7およびCIS遺伝子が含まれるが、癌治療にはSOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3遺伝子であることが望ましい。SOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3遺伝子は、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1の塩基配列を有するものであることが好ましい:(a) 配列番号1,3,5,7または9で表される塩基配列;(b) 配列番号1,3,5,7または9で表される塩基配列において1個以上のヌクレオチドが置換、欠失、挿入および/もしくは付加された塩基配列からなり、かつSOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3と等価な機能を有するタンパク質をコードする塩基配列;(c) 配列番号1,3,5,7または9で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつSOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3と等価な機能を有するタンパク質をコードする塩基配列。また、SOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3は、以下の(a)〜(c)より選択されるいずれか1のタンパク質である:(a) 配列番号2,4,6,8または10で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;(b) 2,4,6,8または10で表されるアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつSOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3と等価な機能を有するタンパク質;(c) 配列番号2,4,6,8または10で表されるアミノ酸配列と40%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつSOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3と等価な機能を有するタンパク質。SOCS-1、SOCS-2およびSOCS-3と等価な機能を有するタンパク質とは、Jak/STAT系のサイトカインシグナル伝達の抑制分子として作用するタンパク質を意味する。
【0015】
SOCSおよびSOCS遺伝子はヒト由来のものが好ましいが、これらに限定されるものではなく、ヒト以外の、ラット、マウス、ハムスター、ウマ、ウシなどの他の動物のものをも含む。SOCS-1およびSOCS-1遺伝子としては、たとえば、GenBank Accession No. NP_003736(配列番号2)に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、GenBank Accession No. NM_003745(配列番号1)に記載の塩基配列を有する核酸が挙げられる。SOCS-2およびSOCS-2遺伝子としては、たとえば、GenBank Accession No.NP_003868(配列番号4)に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、GenBank Accession No. NM_003877(配列番号3)に記載の塩基配列を有する核酸が挙げられる。SOCS-3およびSOCS-3遺伝子としては、たとえばGenBank Accession No. NP_003946(配列番号6)、NP_031733(配列番号8)、NP_446017(配列番号10)に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、GenBank Accession No.NM_003955(配列番号5)、NM_007707(配列番号7)、NM_053565(配列番号9)に記載の塩基配列を有する核酸が挙げられる。
【0016】
ベクターとしては、例えばプラスミドベクター、その他のnaked DNA、ウイルスベクターが挙げられるが、ウイルスベクターを用いることが好ましい。ウイルスベクターとしては、例えばアデノウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、エプスタイン-バーウイルスベクター、バキュロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、マイナス鎖RNAウイルスベクター、シンドビスウイルスベクター、パピローマウイルスベクターなどが挙げられる(Soifer, H. et al., 2001, Hum. Gene Ther. 12: 1417-1428; Kay, M. et al., 2001, Nat. Med. 7: 33-40)。これらのウイルスベクターは、当業者の公知の方法により調製することが可能である。ウイルスベクターは、それぞれの種類に応じて、遠心分離等により精製することができる。
【0017】
特に好ましいウイルスベクターの1つはアデノウイルスベクターである。本発明において、アデノウイルスベクターは適宜公知のベクターを用いることができ、in vivoまたはin vitroでDNAやRNAなどの核酸配列を種々のタイプの細胞へ導入するビヒクルとしての機能を達成しうるものであれば良い。本発明におけるアデノウイルスベクターは、例えば外来遺伝子発現の向上のため、または抗原性の減弱などのために野生型ウイルスの遺伝子が改変されていてよい。アデノウイルスベクターとして、例えば、ヒトを宿主とする2型、5型、11型、35型の各アデノウイルスベクター、ヒト以外を宿主とするサルアデノウイルスベクター、チンパンジーアデノウイルスベクター、マウスアデノウイルスベクター、イヌアデノウイルスベクター、ヒツジアデノウイルスベクターおよびトリアデノウイルスベクターなどが挙げられる。アデノウイルスベクターは、特定の細胞でのみ増殖するもの、例えば、E1欠損型アデノウイルスベクターや制限増殖型アデノウイルスベクターであってもよい。E1欠損型アデノウイルスベクターは、293細胞(細胞内にE1を有する)でのみ繁殖することができ、制限増殖型アデノウイルスベクターは、例えば特定の癌細胞でのみ増殖することができる。
【0018】
上記ベクターには適宜プロモーターを搭載することができる。例えば、サイトメガロウイルス (CMV) プロモーターは入手可能な最も強力な転写制御配列の1つであり、CMVプロモーターを含むベクターは臨床の遺伝子治療にも広く用いられている (Foecking, M.K, and Hofstetter H. Gene 1986; 45: 101-105)。また、CMV immediately early エンハンサーおよびニワトリβアクチンプロモーターを含むキメラプロモーターであるCAGプロモーター (Niwa, H. et al. (1991) Gene. 108: 193-199) は、CMVプロモーター以上に強い発現が可能であり好適に用いられる。
【0019】
本発明のベクターは、適宜公知の方法によって作製することができる。1または複数の制限酵素の認識配列を各々制限酵素で消化し、ベクターに導入する外来遺伝子を、シャトルベクターを介して、またはシャトルベクターを介することなく、インビトロライゲーションにより導入することができる。アデノウイルスベクターの作製方法は、例えば斎藤らにより開発されたCOS-TPC法 (Miyake, S., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93: 1320-1324 (1996)) を用いることができる。また、種々の改変型アデノウイルスベクターの作製方法が知られている(H. Mizuguchi et al., Hum. Gene Ther., 9, 2577-2583 (1998); H. Mizuguchi et al., Hum. Gene Ther., 10, 2013-2017 (1999); H. Mizuguchi et al., Gene Ther., 8, 730-735 (2001); H. Mizuguchi, T. Hayakawa. Gene, 285, 69-77 (2002); H. Mizuguchi, T. Hayakawa. Cancer Gene Ther., 9, 236-242 (2002); H. Mizuguchi et al., Gene Ther., 9, 769-776 (2002); H. Mizuguchi et al., BioTechniques, 30, 1112-1116 (2001); H. Mizuguchi et al., J. Gene Med., 4, 240-247 (2002))。アデノウイルス作製サービスは商業的にも提供されている(例えばBDバイオサイエンス・クロンテック社、Avior Therapeutics社等)。
【0020】
本発明のベクター、例えばアデノウイルスベクターは以下の工程を含む製造方法により作製することができる。
1)SOCS遺伝子の非翻訳領域に、適当なプロモーター配列を含む発現コンストラクトを構築する工程;
2)上記1)の発現コンストラクトを含むシャトルベクターを構築する工程;
3)アデノウイルスゲノムを準備する工程;
4)アデノウイルスゲノムを制限酵素で切断し、2)で作製した遺伝子発現シャトルベクターをアデノウイルスゲノムにライゲーションする工程。
【0021】
本発明の抗癌剤の対象となる癌は、例えば、中皮腫、前立腺癌、腎臓癌、肝細胞癌、膵臓癌、胃癌、乳癌、肺癌、頭頚部癌、神経膠芽腫、白血病、リンパ腫または多発性骨髄腫であり、好適には中皮腫が挙げられ、特に悪性胸膜中皮腫が挙げられる。
【0022】
また、本発明の抗癌剤の対象となる癌は、細胞内でJak1および/またはSTAT3が持続的に活性化しているものであることが好ましい。STAT(Signal Transducer and Activator for Transcription)は、リガンド依存的にJakファミリーメンバーによってリン酸化され、核内に移行し、標的遺伝子の転写を活性化する公知の転写因子である。STATの活性化とは、STATがリン酸化され、核内へ移行し、標的遺伝子の転写を活性化することを示す。STATとしては、現在、STAT1〜STAT6がクローニングされており、そのうちの1つがSTAT3である。STAT3は、幾つかのヒトの腫瘍および腫瘍細胞系において持続的に活性化されていると考えられている。STAT3の活性化にはリン酸化チロシン残基を介するSTAT3の二量体形成が必要であり、この二量体形成にはチロシンのリン酸化が必要である。
【0023】
STAT3が持続的に活性化している癌は、癌由来の細胞からタンパク質を抽出し、抽出したタンパク質について抗チロシンリン酸化STAT3抗体によるウェスタンブロット法を用いて選別することができる。例えば抗チロシンリン酸化STAT3抗体はcell signaling technology社から入手することができ、ウェスタンブロット法は公知の手法に従って行えばよい。
また、STAT3の活性化はサイトカインによるものであることが知られている。したがって、STAT3の活性化の働きを担うサイトカインの分泌量を、癌由来細胞について確認することによっても、STAT3を持続的に活性化している癌を特定することが可能である。サイトカインの例としては、IL-6または、gp130をコレセプターとするOncostatin M、LIFもしくはLeptinなどが挙げられる。IL-6の濃度を測定する方法としては、ELISA法を用いて測定すればよい。IL-6濃度測定のためのELISA法は、Quantikine colorimetric sandwich ELISA(R&D Systems社)を用いて行うことができる。
【0024】
Jak1が持続的に活性化している癌は、癌由来の細胞からタンパク質を抽出し、抽出したタンパク質について抗Jak1抗体を用いて免疫沈降法を行い、リン酸化Jak1を抗リン酸化チロシン抗体を用いて検出することにより、選別することができる。例えば、抗Jak1抗体はBD Transduction laboratories社から、抗リン酸化チロシン抗体はclone 4G10をUpstate社から入手することができ、ウェスタンブロット法は公知の手法に従って行えばよい。
【0025】
本発明の抗癌剤は、通常、それ自体公知の薬理学的に許容される担体、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、その他の添加剤、具体的には水、植物油、エタノール又はベンジルアルコールのようなアルコール、ポリエチレングリコール、グリセロールトリアゼテートゼラチン、ラクトース、デンプン等のような炭水化物、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ワセリン等と混合して錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤、注射剤、液剤、懸濁剤等の形態により経口又は非経口的に投与することができる。本発明の抗癌剤の投与経路は特に制限されるものではないが、胸腔内投与が好ましい。
【0026】
また、本発明の抗癌剤は、ヒト用医薬としての使用は勿論、他の哺乳動物用医薬としても使用可能である。投与量は疾患の種類及び程度、投与する有効成分並びに投与経路、患者の年齢、性別、体重等により変わりうるが、注射剤の形での投与の場合、通常、成人1日当たり、約1×105から1×1012 pfu、好ましくは約1×109から1×1011 pfuを投与する。また、本発明の抗癌剤は上記各種癌の予防、治療の為に単独で投与する以外に、各種癌の予防、治療に有用な別の薬剤と併用することもできる。
【0027】
さらに本発明は、SOCSを活性化し、かつJak1の活性化を抑制する物質を、被検物質から選択することを含む、抗癌剤のスクリーニング方法にも及ぶ。本発明のスクリーニング方法は、具体的には、癌細胞を被検物質の存在下で培養する工程、被検物質の非存在下と比較して、被検物質の存在下でSOCSが活性化され、かつJak1の活性化が抑制されている場合に、当該被検物質を選択する工程;を含む方法である。当該被検物質は、抗癌剤として選択することができる。
【0028】
本スクリーニング方法において、細胞の培養はそれ自体公知の方法によって行えばよい。癌細胞は悪性胸膜中皮腫細胞株H226を使用すればよく、SOCSの活性化およびJak1の活性化抑制の確認は、抗SOCS抗体および抗Jak1抗体などを用いてウェスタンブロット等を行い、タンパク質量やリン酸化の程度を確認するなどして行うことができる。抗SOCS抗体としては抗SOCS-3抗体を用いることができ、抗SOCS-3抗体は、IBL社から入手することができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
(1)IL-6自己分泌
各種細胞株(悪性胸膜中皮腫細胞株H28、H226、H2052、H2452;肺癌細胞株A549)を0.5% FBS含有RPMI培地にて24時間培養し、細胞上清中のIL-6濃度をELISA法にて測定した。ELISA法は、Quantikine colorimetric sandwich ELISA(R&D Systems社)を用いた。
【0031】
結果を図1(a)に示す。細胞株H226において最もIL-6濃度が高値であった。
【0032】
(2)IL-6刺激によるSTAT3およびJak1の活性化
細胞株H226を0.5% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後に、100ng/ml IL-6およびsIL-6R(可溶性IL-6R受容体)を加え、37℃で10分間刺激した。なお、可溶性IL-6受容体は、IL-6刺激を効率よく与えるためのタンパク質であり、特にIL-6受容体の発現の低い細胞に対してIL-6と同時に添加することで効果的にIL-6刺激を与えることができる。細胞からタンパク質を抽出しリン酸化STAT3およびリン酸化Jak1について、抗チロシンリン酸化STAT3抗体(cell signaling technology社製)、抗STAT3抗体(santa cruz biotechnology社製)、抗GAPDH抗体(santa cruz biotechnology社製)を用いてウェスタンブロット法を行った。Jak1については、細胞より抽出したタンパク質に対して抗Jak1抗体(BD Transduction laboratories社製)を用いて免疫沈降法を行い、リン酸化Jak1は抗リン酸化チロシン抗体clone 4G10(Upstate社)を、Jak1は抗Jak1抗体を用いてウェスタンブロット法にて検出した。
【0033】
結果を図1(b)に示す。コントロール(IL-6刺激なし)と比べてリン酸化STAT3およびリン酸化Jak1の亢進がみられた。また、IL-6刺激なしでもSTAT3のリン酸化がみられ、細胞株H226では、STAT3が持続的に活性化していると考えられた。
【0034】
(実施例2)AdSOCS3の作製
アデノウイルスベクターとして、CAGプロモーターにてLacZ、SOCS3を発現するAdLacZ(コントロール)、AdSOCS3を、一般的な方法で作製した。SOCS-3遺伝子として、GenBank Accession No.NM_003955(配列番号5)に記載の配列からなる核酸を使用し、アデノウイルスベクターとしてヒト5型アデノウイルスベクターを使用した。
【0035】
(実施例3)
(1)AdSOCS3による細胞増殖抑制効果
細胞株H226を10% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後にJak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)(Calbiochem社製)、DMSO、AdSOCS3、AdLacZを加え、72時間後にMTTアッセイを行った。Jak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)を0.25、1、4μM、DMSOは0.1%で、AdSOCS3、AdLacZは、MOI 10、40、160で添加した。MTTアッセイは、生細胞数測定のため生細胞数測定試薬(nacalai tesque社)を用いた。
【0036】
結果を図2に示す。Jak inhibitor1と比較してAdSOCS3による細胞増殖抑制効果が認められた。
【0037】
(2)AdSOCS3によるアポトーシス誘導
細胞株H226を10% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後にMOI 40のAdSOCS3、AdLacZを加え、72時間後にAnnexin V-PE Apoptosis Detection Kit I(BD Biosciences社)を用いてFACS解析を行った。また、細胞から抽出したタンパク質に対してcleaved caspase-3およびSOCS-3の発現を、抗cleaved caspase-3抗体(cell signaling technology 社製)および抗SOCS-3抗体(IBL社製)を用いてウェスタンブロット法で調べた。
【0038】
結果を図3に示す。図3(a)はFACS解析の結果を示す。AdSOCS3によるアポトーシスの誘導が認められた。また、cleaved caspase-3の発現をウェスタンブロットで調べた結果(図3(b))、AdSOCS3によるcleaved caspase-3の発現の誘導が認められた。
【0039】
(3)AdSOCS3による細胞周期制御
細胞株H226を10% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後にMOI 40のAdSOCS3、AdLacZを加え、24時間後にCycle TESTTM PLUS DNA Reagent Kit (Becton Dickinson社)を用いてFACS解析を行った。
【0040】
結果を図4に示す。図4(a)はFACS解析の結果を示し、図4(b)はFACS解析の結果に基づいて算出した各細胞周期に属する細胞の割合を示す図である。AdSOCS3によるG0/G1 arrestの誘導が認められた。
【0041】
(4)AdSOCS3によるリン酸化STAT3およびリン酸化Jak1の制御
細胞株H226を0.5% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後に、Jak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)、DMSO、AdSOCS3、AdLacZを加えた。Jak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)1μM、DMSOは0.1%で、AdSOCS3、AdLacZは、MOI 40で添加した。37℃、24時間後に、細胞より抽出したタンパク質に対してリン酸化STAT3、SOCS-3の発現をウェスタンブロット法で調べた。また、膜画分を抗Jak1抗体にて免疫沈降した後に、抗リン酸化チロシン抗体clone 4G10(Upstate社)を用いてウェスタンブロット法を行った。
【0042】
結果を図5に示す。図5(a)では、コントロール(刺激なし)と比較してAdSOCS3およびJak inhibitor1によるリン酸化STAT3の抑制がみられた。また図5(b)では、抗Jak1抗体にて免疫沈降した後に抗リン酸化チロシン抗体 clone 4G10で確認した結果を示す。AdSOCS3によるリン酸化Jak1の抑制がみられたが、Jak inhibitor1による抑制はみられなかった。
【0043】
(5)AdSOCS3によるリン酸化FAKの制御
細胞株H226を0.5% FBS含有RPMI培地にて24時間培養した後に、AdLacZ+Jak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)、AdLacZ+DMSO、AdLacZ+抗IL-6R抗体、AdSOCS3、AdLacZを加えた。Jak inhibitor1(低分子JAK2阻害剤)1μM、DMSOは0.1%で、抗IL-6R抗体は100μg/mlで、AdSOCS3、AdLacZは、MOI 40で添加した。37℃、72時間後に、細胞より抽出したタンパク質に対して、SOCS-3、リン酸化FAKとFAKを、それぞれ、抗SCOS-3抗体、抗リン酸化FAK抗体と抗FAK抗体を用いてウェスタンブロット法で調べた。
【0044】
結果を図6に示す。AdSOCS3では他の物質の添加と比較すると、リン酸化FAKの抑制がみられた。
【0045】
(実施例4)悪性胸膜中皮腫xenograftモデルにおけるAdSOCS3の治療効果
細胞株H226 1×106 cellsを、PBS 75μlおよびマトリゲル(BD Biosciences社)75μlに懸濁し、ICR nu/nuマウスの右胸腔内に注入し、悪性胸膜中皮腫xenograftモデルを作製した。細胞投与後、7日、14日、21日目に、実施例2にて作製したAdSOCS3、AdLacZを5×107 pfuで胸腔内投与し、28日後に胸腔内腫瘍を採取し、総重量を測定した。
【0046】
結果を図7に示す。AdSOCS3投与群の腫瘍重量が有意に低かった(図7(a))。また、AdLacZ投与群において腫瘍細胞の結節が認められたが、AdSOCS3投与群では腫瘍がほとんど見られなかった(図7(b)。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のSOCS活性化剤を含む抗癌剤によれば、発症の原因にSTAT非依存の経路を含む癌の治療を効果的に行うことができ、有用である。このような癌として悪性胸膜中皮腫が挙げられる。悪性胸膜中皮腫は胸腔内という閉鎖空間でおこる腫瘍であり、本発明のウイルスベクターを用いた腫瘍局所の遺伝子治療が効果を発揮すると考えられ、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】各種細胞株のIL-6自己分泌能(図1(a))、H226細胞におけるIL-6刺激によるSTAT3およびJak1の活性化(図1(b))を示す図である。(実施例1)
【図2】H226細胞における、AdSOCS3による細胞増殖抑制効果を示す図である。(実施例3(1))
【図3】H226細胞における、AdSOCS3によるアポトーシス誘導能を示す図である。(実施例3(2))
【図4】H226細胞における、AdSOCS3による細胞周期制御能を示す図である。(実施例3(3))。
【図5】H226細胞における、AdSOCS3によるリン酸化STAT3およびリン酸化Jak1の制御を示す図である。(実施例3(4))
【図6】H226細胞における、AdSOCS3によるリン酸化FAKの制御を示す図である。(実施例3(5))
【図7】悪性胸膜中皮腫xenograftモデルにおけるAdSOCS3の治療効果を示す図である。(実施例4)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質を含むSOCS活性化剤。
【請求項2】
請求項1に記載のSOCS活性化剤を有効成分とする、抗癌剤。
【請求項3】
Jak1を介するがSTAT3非依存的な経路を抑制する物質が、SOCS-3遺伝子である、請求項2に記載の抗癌剤。
【請求項4】
SOCS活性化剤が、SOCS-3遺伝子が組み込まれたアデノウイルスベクターである、請求項2または3に記載の抗癌剤。
【請求項5】
FAKの発現を抑制する、および/または、FAKの活性化を抑制する機能を有する、請求項2〜4のいずれか1に記載の抗癌剤。
【請求項6】
抗アポトーシスタンパク質の発現を抑制する、および/または、細胞周期をG0/G1期で停止させる機能を有する、請求項2〜5のいずれか1に記載の抗癌剤。
【請求項7】
癌が細胞内で、Jak1および/またはSTAT3を持続的に活性化している、請求項2〜6のいずれか1に記載の抗癌剤。
【請求項8】
癌が悪性胸膜中皮腫である、請求項2〜7のいずれか1に記載の抗癌剤。
【請求項9】
被検物質から、SOCSを活性化し、かつJak1の活性化を抑制する物質を選択することを含む、抗癌剤のスクリーニング方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−126473(P2010−126473A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−301919(P2008−301919)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 文部科学省 知的クラスター創成事業の再委託契約「関西広域バイオメディカルクラスター構想(大阪北部(彩都)地域)に伴う研究委託業務」の成果による、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】