説明

X線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法

【課題】露光マスクを必要とせず、X線タルボ干渉計用位相型回折格子を容易かつ高精度で製造することができる方法を提供する。
【解決手段】畝部10bが複数形成され、隣接する畝部の間に樹脂部12が介装されたX線タルボ干渉計用位相型回折格子10の製造方法であって、モールド母材50に単結晶ダイヤモンド製の刃具200で溝部を切削加工し、溝の幅が4μm以下であるモールド形成工程と、シード層が成膜された面に未硬化樹脂が塗布された基板の塗布面に、モールドを加熱した状態で加圧浸漬し、その後未硬化樹脂が硬化する温度に冷却してモールドを前記基板から離して、突出部と溝部を有する樹脂部を形成する樹脂形成工程と、樹脂部の溝部に、溝部がX線干渉計で画像を得るときに照射するX線の位相をπ/2変化させる厚さの金属を電鋳して畝部を形成する回折格子の畝部形成工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位相型のX線タルボ干渉計用回折格子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
回折格子を用い、空間的に可干渉な光源からの光を透過させると、回折格子から特定の距離において、回折格子の自己像を形成するタルボ効果が知られている。近年、このタルボ効果を用い、透過X線の位相シフトを検出するX線タルボ干渉計が開発されている。タルボ効果を利用し、X線の位相シフトにより得られる画像は、従来の透過X線の吸収の大小によって得られる画像に比べ、特に原子番号の小さな物質でコントラストが高いという利点がある。
このようなX線タルボ干渉計100として、図1に示すように、第1の回折格子10および第2の回折格子20と、X線画像検出器30とを備えた構成が知られている(特許文献1参照)。第1の回折格子10および第2の回折格子20は、図2に示すように、金属板の一方向に所定間隔で溝10a、20aを形成し、溝からX線を透過させる一方、隣接する溝の間の畝部10bではX線の位相をπ/2だけシフトして透過させ、畝部20bでX線を遮蔽(吸収)するようになっている。回折格子の材料としては、通常、X線吸収能の高い金(Au)を用いている。
【0003】
このX線タルボ干渉計において、X線源から試料を介して第1の回折格子にX線を照射すると、溝部10aを透過したX線と畝部10bを透過回折したX線とが互いに干渉する。そして、第1の回折格子10のタルボ距離d/2λ(dは回折格子の周期、λはX線の波長)の整数倍の位置には、第1の回折格子10の自己像が現れる(タルボ効果)。この自己像には試料4による歪みが生じ、この歪みは試料の情報を持っている。第2の回折格子20は第1の回折格子10の自己像が現れる位置に配置される。そして第2の回折格子20を透過するX線の分布には、第1の回折格子の自己像が重なってモアレ縞が生じている。従って、このX線の分布をX線画像検出器で検出して、画像解析を行って試料4の像を得る。画像コントラストを向上させるには、第2の回折格子20の溝部20aのX線透過率が高く、畝部20bのX線透過率が低いと良い。そのため、第2の回折格子20は第1の回折格子10より厚い振幅型回折格子であることが好ましい。
【0004】
ここで、タルボ効果を生じさせるため、回折格子の畝部(X線吸収部)をX線の可干渉性を確保した周期にする必要がある。そのため畝部の周期を10μm以下程度としなければならない。さらに、位相型回折格子においては、位相シフト量がπ/2になるときに自己像のコントラストが最も高くなることから、これを実現するには、畝部の厚さ(溝の深さ)を1〜10μm程度とする必要があり、微細な加工や製造技術が要求される。
一方、振幅型回折格子として機能するためには、回折格子の溝部20aのX線透過率が高く、畝部20bのX線透過率が低いと良い。このため、金を用いても溝の深さを10〜100μm程度に深掘りすることが要求される。従って、回折格子の(溝の深さ)/(溝の幅)で表されるアスペクト比が非常に大きくなり、回折格子の製造が困難となる。
【0005】
このようなことから、露光マスクを使ったリソグラフィーによって樹脂に深い溝を形成し、この溝に電鋳法によって畝部を形成させ、X線タルボ干渉計用の回折格子を製造する技術が開示されている(特許文献2参照)。
この技術においては、回折格子を製造するベースとなる基板に感光性樹脂を塗布し、露光マスクを使用してパターン露光する。これにより、基板から櫛歯状に突出する突出部を形成する。そして、この突出部を液状の合成樹脂に浸漬し、樹脂が硬化する直前に突出部を引き上げると、突出部に相当する部分に溝が形成された溝形成体を製造する。その後、溝の部分に電鋳法で金メッキを施し、樹脂部材の間に畝部形成して回折格子を製造することができる。このようにして、回折格子を大量生産することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2004/58070号
【特許文献2】特開2006−259264号公報(図5、図6、図8)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2記載の技術の場合、櫛歯状の突出部をマスクによりレジスト形成するため、回折格子毎にマスクを用意しなければならず、X線源の種類や運転条件が変わった場合も格子間距離が変化するのでマスクを変更しなければならないという問題がある。例えば、X線源にX線管球を使った位相イメージングは球面波であるため、位相格子と振幅(吸収)格子とでは格子パターンの周期が異なる。さらに、測定試料に応じてX線管球の管電圧の最適値が変わり、それに伴ってタルボ効果が生じる自己像の位置、すなわち格子間距離も変わるので、マスクの変更が必要となる。
【0008】
従って、本発明の目的は、露光マスクを必要とせず、位相型回折格子を容易かつ高精度で製造することができるX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は所定幅の金属又は合金製の畝部が一方向に一定の周期で複数形成され、隣接する畝部の間に樹脂部が介装されたX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法であって、モールド母材に単結晶ダイヤモンド製の刃具で一方向に一定の周期で複数の溝部を切削加工し、前記溝部が前記X線タルボ干渉計で画像を得るときに照射するX線の位相をπ/2変化させる畝部の厚さより深く、前記溝部と隣り合う前記溝部の間に形成される突出部の幅が前記溝部の幅と略同じで前記溝の幅が4μm以下であるモールド形成工程と、シード層が成膜された面に未硬化樹脂が塗布された基板の前記塗布面に、前記モールドを加熱した状態で加圧浸漬し、その後前記未硬化樹脂が硬化する温度に冷却して前記モールドを前記基板から離して、突出部と溝部を有する樹脂部を形成する樹脂形成工程と、前記樹脂部の前記溝部に、前記溝部が前記X線干渉計で画像を得るときに照射するX線の位相をπ/2変化させる厚さの金属を電鋳して前記畝部を形成する回折格子の畝部形成工程とを有することを特徴とするX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法である。
【0010】
このような構成とすると、切削によるシャープな形状の溝を持つモールドから複製して樹脂部を形成し、この樹脂部の溝部に電鋳を行って金属または合金製の畝部を形成することができる。つまり、フォトリソグラフィに比べてモールドの溝の形状がシャープであると共に、露光マスクを必要としないので、位相型回折格子を大量生産することができ、かつ高精度で製造することができる。
【0011】
また前記モールド母材のビッカース硬度がHv100〜300で平均粒径0.1μm以下の結晶もしくはアモルファスの材料から成り、かつその切削加工面の平坦度が0.2μm以下とするとよい。
このようにすると、金属膜の組織が微細となり、切削時にモールドの溝部の側壁がシャープに切削される。その結果として精密な樹脂形成工程を行うことができる。
【0012】
前記畝部は金を主成分とし、前記畝部の厚みが1.5〜3.0μmであるとよい。
このようにすると、位相型回折格子としたときに位相シフト量がπ/2になるX線のエネルギーの範囲が15〜35KeVとなる。
【0013】
前記畝部はNi又はCuを主成分とし、前記畝部の厚みが3.0〜6.0μmであるとよい。
このようにすると、回折格子のコストを低減することができる。又、位相型回折格子としたときに位相シフト量がπ/2になるX線のエネルギーの範囲が15〜35KeVとなる。
【0014】
前記シード層がニッケルあるいはクロムまたはチタンの蒸着膜であることが好ましい。
このようにすると、前記基板と前記シード層が確実に密着して、前記溝部の底から確実に銅や金の電鋳を行うことができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、露光マスクを必要とせず、X線タルボ干渉計用位相型回折格子を容易かつ高精度で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】X線タルボ干渉計の概略構成を示す図である。
【図2】第1の回折格子および第2の回折格子のx方向に沿う断面図である。
【図3】X線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法の一例を示す工程図である。
【図4】図3に続く工程図である。
【図5】X線タルボ干渉計用回折格子の構成を示す斜視図である。
【図6】単結晶ダイヤモンド切削刃具を取り付けた工具本体を示す斜視図である。
【図7】単結晶ダイヤモンド切削刃具を示す斜視図である。
【図8】単結晶ダイヤモンド切削刃具を用い、モールドの溝部を形成する方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。図1は、本発明によって製造された位相型の回折格子10を用いたX線タルボ干渉計100の概略構成を示す図である。X線タルボ干渉計100は、X線源2と、第1の回折格子10および第2の回折格子20と、X線画像検出器30とを備えている。第1の回折格子10および第2の回折格子20はz方向に所定距離だけ離間して平行に配置され、第1の回折格子10にz方向に沿って対向してX線源2が配置されている。又、第2の回折格子20にz方向に沿って対向してX線画像検出器30が配置されている。そして、観察対象となる試料4がz方向に沿って第1の回折格子10とX線源2の間に配置されている。
第1の回折格子10および第2の回折格子20は、その平面に平行な一方向(図1ではy方向)に沿って延びつつ、互いに一定の周期で離間する複数の溝部10a、20aが形成され(図2の溝部の断面図参照)、溝部10a、20aからX線を透過させる一方、隣接する溝部10aの間の短冊状の畝部10bでX線の位相をπ/2だけシフトして透過させ、畝部20bでX線を遮蔽(吸収)するようになっている。各溝部10a、20a及び畝部10b、20bは、図1のY方向に延びている。回折格子の材料としては、X線吸収能の高い金を用いると好ましい。なお、この実施形態では、畝部10bの幅(間隔)と溝部10aの幅(間隔)が等しく、畝部20bの幅(間隔)と溝部20aの幅(間隔)が等しい。
【0018】
X線タルボ干渉計100において、X線源2から試料4を介して第1の回折格子10にX線を照射すると、溝部10aを透過したX線と畝部10bを透過回折したX線とが互いに干渉する。そして、タルボ距離だけ離れた位置で第1の回折格子の自己像が形成される。つまり、第1の回折格子10は、照射X線に位相変調を与える位相型回折格子を構成する。ここで、タルボ効果を生じさせるため、第1の回折格子10の畝部の周期d(図2(a)参照)を、X線源2から照射されるX線の可干渉性を確保するよう調整する必要がある。
又、第1の回折格子10の後方(自己像の位置)に配置された第2の回折格子20は、第1の回折格子10により回折されたX線を回折して画像コントラストを形成し、第2の回折格子20の後方のX線画像検出器30で回折X線を検出する。画像コントラストを向上させるには、第2の回折格子20の溝部20aのX線透過率が高く、畝部20bのX線透過率が低いと良い。そのため、第2の回折格子20は第1の回折格子10より厚い振幅型回折格子であることが好ましい。
【0019】
ここで、第1の回折格子10の前方に試料4が配置され、照射X線は試料4内部において僅かに異なる光路を通過するため、このときの位相差によって自己像には試料4による歪みが生じる。そして自己像の位置に第2の回折格子20を配置すると、タルボ干渉像(画像コントラスト)にモアレ縞が生じ、X線画像検出器30で検出される。生成されたモアレ縞が試料4によって受ける変調量は、試料4により照射X線が曲げられた角度に比例するため、モアレ縞を解析することで試料4とその内部構造を測定することができる。
なお、モアレ縞の解析法の一つである縞走査法では、第1の回折格子10および第2の回折格子20をX方向に相対的にずらすことで、モアレ縞の位相が変化することに着目している。すなわちモアレ縞の位相を変化させて複数のタルボ干渉像を得た後、これを処理して合成することにより、位相像(試料4とその内部構造)を得ることができる。
又、試料4を回転させて多数の投影方向から像を取得し、これらを合成して試料4の断層像(CT像)を得ることも可能である。
【0020】
なお、本発明のX線タルボ干渉計100は、X線源2と試料4との間にマルチスリットを配置したタルボ・ロー干渉計も含む。マルチスリットを用いない場合、X線源2としては微小焦点X線源を用いる必要があるが、タルボ・ロー干渉計の場合は通常X線源を用いることができる。
【0021】
ところでX線は波長が短いので、可干渉性を確保するためには、第1の回折格子10および第2の回折格子20の畝部の周期を10μm以下程度としなければならない。さらに、位相型回折格子においては、位相シフト量がπ/2になるときに自己像のコントラストが最も高くなることから、これを実現するには、畝部の厚さ(溝の深さ)を1〜10μm程度とする必要があり、微細な加工や製造技術が要求される。例えば、各回折格子の畝部を金で形成する場合、畝部の厚さを1〜3μm程度、銅で形成する場合、畝部の厚さを3〜10μm程度とする必要がある。
一方、振幅型回折格子として機能するためには、回折格子の溝部のX線透過率を高くし、畝部のX線透過率を低くする必要がある。このため、金を用いても畝部の厚さ(溝の深さ)を10〜100μm程度に深くすることが要求される。従って、回折格子の(溝の深さ)/(溝の幅)で表されるアスペクト比が3以上(場合によっては10以上)と非常に大きくなる。
【0022】
このようなことから、畝部を微細に形成すると共に、その側壁の形状をシャープに(溝の側壁の凹凸や側壁と底面の切削隅部の曲率半径を微細に形成する必要がある。そして、本発明者らは、例えば、硬度が高く精密な溝加工が可能な単結晶ダイヤモンド切削刃具を用いて金属膜を切削することで、微細で側壁の形状がシャープな溝部を形成できることを見出した。
そして、このようにシャープな形状の溝を持つモールドを鋳型として樹脂部を形成し、この樹脂部を鋳型とする電鋳によって、畝部を形成することができる。つまり、露光マスクを必要とせず、位相型回折格子を大量生産することができ、かつ高精度で製造することができる。なお、位相型回折格子は、回折格子の(溝の深さ)/(溝の幅)で表されるアスペクト比が電鋳材料が金の場合0.5から2程度であるので、上記溝を有するモールドを鋳型としても、寸法精度の高い樹脂型(ひいては畝部)を形成することができる。
【0023】
次に、図3、図4を参照し、X線タルボ干渉計用位相型回折格子(第1の回折格子)10の製造方法の一例について説明する。図3(a)において50xはモールド母材で、切削加工を施して回折格子のモールドとする。モールド母材50xは例えば結晶の平均粒径が0.1μm以下で、ビッカース硬度はHv100〜300である。モールド母材50xには、例えばニッケルリン合金を使う。この材料により、バリが出来ないなど精密な切削加工ができる。またモールド母材の溝加工面は、最高点と最低点の差で表される平坦度が0.2μm以下程度に研磨されている。このことにより、溝深さにばらつきのない精密な切削加工ができる。
次に、後述する単結晶ダイヤモンド切削刃具200を用い、モールド母材50xを一方向(図3の紙面に垂直な方向)に沿って一定の周期dで切削して複数の溝部50aを彫り、モールド50を成形する。モールド50は、溝部50aと、隣接する溝部50aの間に畝状の突出部50bを有する(図3(b);モールド成形工程)。溝部50aの深さpは、X線源2からのX線の位相をπ/2変化させる畝の深さより深く切削加工する。また溝部50aと突出部50bの幅は略同じにすると、位相像が鮮明な回折格子を作製できる。溝部50aと突出部50bの幅は、それぞれ4μm以下が好ましい。なぜなら、X線は波長が短く回折角が小さいため、有効な干渉を得るには、線源格子間距離を大きくし、回折格子の周期を小さくし、X線のエネルギーを低くして波長を長くする必要がある。溝部50aと突出部50bの幅をそれぞれ4μm以下(すなわち周期dを8μm以下に)とすると、実用的な線源格子間距離(3m以内)で実用的なX線のエネルギー(10〜40keV)で有効な干渉像を得られる。
【0024】
一方基板62には、液状の未硬化樹脂12xが塗布されている(図3(c))。基板62は回折格子の基板になるもので、X線透過率を高くするため、例えば炭素、ケイ素及びアルミニウムの群から選ばれる少なくとも1つを主成分とする材料からなることが好ましい。基板22の組成の具体例としては、例えば、アモルファスカーボン若しくはシリコンのウェーハ、又は窒化シリコン若しくは炭化シリコンのメンブレンなどが挙げられる。なお基板62の表面は、後に述べる電鋳をおこなうために厚さ0.1μm程度のニッケルあるいはクロムまたはチタンのシード層62aが成膜されている。基板52として上記材料を用いることでX線透過率を高くすることができ、良好な回折特性が得られる。未硬化樹脂12xは、例えばエポキシ系ネガレジストであるSU−8(マイクロケム社)を使う。そして主速1000から6000rpm程度の速度で基板62上に未硬化樹脂12xがスピンコートされる。またシード層62aの厚さおよび材質は上記のようにすることにより、基板62とシード層62aが確実に密着して、後述する畝部形成工程で銅や金の電鋳を溝部の底から確実に行うことができる。
【0025】
次に未硬化樹脂12xのガラス転位温度以上に加熱に加熱した状態で、溝部50aの切削加工した側を下向きにしたモールド50を、未硬化樹脂12xに上から加圧浸漬する(図3(d);浸漬工程)。この際、溝部50a内に未硬化樹脂12xを完全に含浸させる。未硬化樹脂12xがSU−8の場合、ガラス転位温度は50℃程度であり、例えばガラス転位温度以上の90℃で10分程度に加熱する。その後にガラス転位温度以下である室温近くに冷却すると、未硬化樹脂12xは硬化して樹脂部12となる。未硬化樹脂12xが硬化した後にモールド50を基板62から離すと、樹脂部12はモールド50の溝部50aが転写されて、突出部12bを形成する。またモールド50の突出部50bが転写されて溝部12aを形成する。(図4(e);樹脂型形成工程)。そして突出部12bと溝部12aはそれぞれ4μm以下で略同じ幅となる。なお次の工程で電鋳を確実に行うために、モールド50の表面に反応性イオンエッチングを施して、溝部12xの底に残った樹脂部12を完全に除去して、シード層62aを露出させる。なお反応性イオンエッチングを行った後でも溝部12aの深さは、X線源2からのX線の位相をπ/2変化させる畝の厚さ以上の深さになるように、モールド50の溝部50aは切削加工されている。
【0026】
次に、樹脂部12およびシード層62aを含む基板62全体を電気めっき浴に浸漬し、シード層62aをカソードとして溝部12a内に電鋳を行って畝部10bを形成する(図4(f);畝部形成工程)。畝部10bの厚さは、照射するX線の位相をπ/2変化させる厚さにされる。なお溝部12aの深さは、畝部10bの厚さより深いので、畝部10bが溝部12aからあふれ出ることはない。畝部10bを純金の電鋳で行うる場合、電気めっき浴としては、電鋳時に樹脂部12を侵食しない非シアン系の電気金めっき建浴液が好ましい。金を主成分とする畝部10bの場合、畝部10の厚みは1.5〜3.0μmであるとよい。このようにすると、位相型回折格子としたときに位相シフト量がπ/2になるX線のエネルギーの範囲が15〜35KeVで鮮明な干渉像が得られる。
【0027】
畝部10bをNi又はCuを主成分とする金属又は合金から構成すると、回折格子のコストを低減することができる。
銅を主成分とする畝部10bの場合、畝部10の厚みは3〜6μmであるとよい。このようにすると、位相型回折格子としたときに位相シフト量がπ/2になるX線のエネルギーの範囲が15〜35KeVで鮮明な干渉像が得られる。
図5は、X線タルボ干渉計用位相型回折格子10の構成を示す。X線タルボ干渉計用位相型回折格子10は、樹脂部12が一定寸法の周期と深さの溝部12aを一方向に複数形成している。そして溝部12aの中にX線の位相シフトはπ/2になる厚さで畝部10bが介装された構造となっていて、畝部10bが位相型回折格子として機能する。
【0028】
ここで、畝部10bを電鋳するための鋳型となるモールド50は、切削によって形成される溝部50aを鋳型とするが、後述するように、切削加工機として分解能がnmレベルの超精密ナノ加工機を用い、単結晶ダイヤモンド切削刃具で切削することで、モールドの溝部50aの側壁の凹凸、及び溝部の側壁と底面との切削隅部の曲率半径がそれぞれ0.1μm以下となる(図3(b)参照)。従って、溝部50aを鋳型として形成される樹脂部12の側壁も同様な寸法精度となり、ひいては畝部10bの側壁にこの寸法精度が反映されるので、寸法精度のよい畝部10bが得られる。
又、樹脂部12は畝部10bを保持し、X線吸収部10bが倒れたり変形するのを防止する。
【0029】
次に、図6〜図8を参照し、金属膜を切削してモールドの溝部を形成するのに好適な、単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃を有する切削工具について説明する。単結晶ダイヤモンドは硬度が高く、精密な溝加工が可能である。
図6は、単結晶ダイヤモンド切削刃具200を取り付けた工具本体(バイト)400を示す。単結晶ダイヤモンド切削刃具200は、略台形の台金300の先端に取り付けられて工具本体400を構成し、台金300の先端から単結晶ダイヤモンド切削刃具200の切れ刃(図6参照)が突出している。工具本体400は、図示しない切削加工機のホルダに固定され、後述するように、単結晶ダイヤモンド切削刃具200により被切削物に溝を彫ることができるようになっている。
【0030】
図7に示すように、単結晶ダイヤモンド切削刃具200は、すくい面201と、すくい面201にそれぞれ隣接する側面となる2つの第1逃げ面203、204と、すくい面201に隣接し、被削物500の切削面に対向する前逃げ面205と、すくい面201と前逃げ面205との境界部に形成される前切れ刃210と、すくい面201と第一逃げ面203、204との境界部に形成される2つの第1切れ刃213、214とを備えている。前逃げ面205及びすくい面201の形状は限定されず、平面であってもよく、曲面であってもよい。すくい面201は所定のすくい角0度又はすくい角がわずかに正方向に傾いていて、切削くずをすくい取るようになっている。
第一逃げ面203、204または前逃げ面205は、集束イオンビーム(FIB)のエッチングにより形成されている。FIBのエッチングは、複雑な形状の加工ができると共に、結晶面を選ばずに加工ができるという利点がある。従って、ダイヤモンドの一番固い結晶面である(111)面をも容易に加工ができる。これに対し、例えば砥石による研磨では、ダイヤモンドの(111)面の研磨ができない。
前切れ刃210の幅Wを4μm以下とすると、微小な溝部を彫ることができるので好ましい。
【0031】
以上述べた単結晶ダイヤモンド切削刃具200(工具本体400)を切削加工機に取り付け、図8に示すようにして溝部50aを形成することができる。ここで、切削で形成される溝部の周期や深さは超精密ナノ加工機の分解能に依存しているため、切削加工機として分解能がnmレベルの超精密ナノ加工機を用いることが好ましい。超精密ナノ加工機としては、例えばファナック株式会社製の製品名「FANUC ROBONANO α-0iB 」が市販されている。この超精密ナノ加工機は、リニアモータと同期ビルトインサーボモータを制御することにより、同時5軸を高精度にダイレクト駆動し、直線軸で1nmの分解能を有する。
【0032】
このような加工機を用い、図6に示すように単結晶ダイヤモンド切削刃具200により、モールド母材50xの一方向(図8の矢印方向)に沿い、かつ該一方向に垂直な方向に所定幅Wのモールドの突出部を残した引き切り加工を行う。これにより、モールド母材50xが切削されて溝部50aが形成され、隣接する溝部50aの間に畝状の突出部50bを形成することができる。なお、W=Wとするとよい。
【0033】
ここで、単結晶ダイヤモンド切削刃具200でモールド50に溝部50aを彫るため、レジスト樹脂を用いて形成した微細な溝(スリット)内に電鋳を行って回折格子を製造する従来技術に比べ、溝部50aの側壁の凹凸、及び溝部の側壁と底面との切削隅部の曲率半径がそれぞれ0.1μm以下の良好な加工が可能になり、レジスト樹脂を用いて形成した微細な溝(スリット)内に電鋳を行って回折格子を製造する従来技術に比べ、寸法精度の高い回折格子が得られる。又、レジスト樹脂を用いて回折格子を製造する技術と異なり、露光マスクを必要としない。
【0034】
又、畝部10bを電鋳するための鋳型となる樹脂部12は、切削によって形成され自身の側壁の凹凸、及び溝部の側壁と底面との切削隅部の曲率半径がそれぞれ0.1μm以下である溝部50aを持つモールド50から複製されるので、畝部10bの側壁の凹凸、及び溝部の側壁と底面との切削隅部の曲率半径もそれぞれ0.1μm以下に低減し、寸法精度のよい畝部10bが得られる。
【0035】
本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の思想と範囲に含まれる様々な変形及び均等物に及ぶことはいうまでもない。
【符号の説明】
【0036】
10 X線タルボ干渉計用位相型回折格子
10a 溝部
10b X線吸収部(畝部)
12 樹脂部
12x 未硬化樹脂
50 モールド(母材)
50a (モールドの)溝部
50b (モールドの)突出部
200 単結晶ダイヤモンド切削刃具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定幅の金属又は合金製の畝部が一方向に一定の周期で複数形成され、隣接する畝部の間に樹脂部が介装されたX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法であって、
モールド母材に単結晶ダイヤモンド製の刃具で一方向に一定の周期で複数の溝部を切削加工し、前記溝部が前記X線タルボ干渉計で画像を得るときに照射するX線の位相をπ/2変化させる前記畝部の厚さより深く、前記溝部と隣り合う前記溝部の間に形成される突出部の幅が前記溝部の幅と略同じで前記溝の幅が4μm以下であるモールド形成工程と、
シード層が成膜された面に未硬化樹脂が塗布された基板の前記塗布面に、前記モールドを加熱した状態で加圧浸漬し、その後前記未硬化樹脂が硬化する温度に冷却して前記モールドを前記基板から離して、突出部と溝部を有する樹脂部を形成する樹脂形成工程と、
前記樹脂部の前記溝部に、前記溝部が前記X線干渉計で画像を得るときに照射するX線の位相をπ/2変化させる厚さの金属を電鋳して前記畝部を形成する回折格子の畝部形成工程と
を有することを特徴とするX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法。
【請求項2】
前記モールド母材のビッカース硬度がHv100〜300で平均粒径0.1μm以下の結晶もしくはアモルファスの材料から成り、かつその切削加工面の平坦度が0.2μm以下であることを特徴とする、請求項1記載のX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法。
【請求項3】
前記畝部は金を主成分とし、前記X線吸収部の厚みが1.5〜3.0μmであることを特徴とする請求項1又は2記載のX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法。
【請求項4】
前記畝部はNi又はCuを主成分とし、前記X線吸収部の厚みが3.0〜6.0μmであることを特徴とする請求項1又は2記載のX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法。
【請求項5】
前記シード層がニッケルあるいはクロムまたはチタンの蒸着膜であることを特徴とする請求項1記載のX線タルボ干渉計用位相型回折格子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−225660(P2012−225660A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90609(P2011−90609)
【出願日】平成23年4月15日(2011.4.15)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【Fターム(参考)】