説明

X線ホログラフィ光源素子及びそれを用いたX線ホログラフィシステム

【課題】 強い強度の互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを得ることができるX線ホログラフィ光源素子を提供する。
【解決手段】 入射したX線を分割して互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを出射するX線ホログラフィ光源素子であって、コアとクラッドとを有し、入射したX線を分割するX線導波路と、前記X線導波路の出射側の終端部に配されており、X線ビームを出射する少なくとも2つの開口部が設けられている遮蔽部材とを備え、前記コアは、複数の屈折率実部の異なる物質を含む基本構造が周期的に配された周期性構造体であり、前記コアと前記クラッドとの界面における前記X線の全反射臨界角は、前記コアの前記基本構造の周期性に対応するブラッグ角よりも大きいX線ホログラフィ光源素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いにコヒーレントな2つのX線ビームを提供することができるX線ホログラフィ光源素子及びそれを用いたX線ホログラフィシステムに関する。特にコアに周期性構造体を用いたX線導波路が提供する広い空間的コヒーレンスを有するX線ビームを用いたX線ホログラフィ光源素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、X線領域における電磁波を対象としたX線導波路に関する研究が行われている。X線導波路は、導波路断面でX線の位相が制御され、空間的コヒーレンスを有するX線ビームを提供することができる。その特徴ゆえ、X線導波路は、X線ホログラフィを実施するためのX線光源を提供する素子(以下、X線ホログラフィ光源素子)として利用されることが多い。
【0003】
ホログラフィの方法には、大きく分けてin−lineホログラフィとoff−axisホログラフィの2つがある。in−lineホログラフィでは、物体波(ホログラフィ対象物するX線)と共役波が同じ方向にイメージを形成するため、二重像という像がぼやけてしまう課題がある。一方で、off−axisホログラフィでは、別方向から進行する物体波と共役波が干渉してイメージを形成するため、二重像を分離してin−lineホログラフィよりも像が明瞭になるという特徴がある。ただし、off−axisホログラフィには、互いにコヒーレントな2つのX線ビームが必要となる。非特許文献1には、互いにコヒーレントな2つのX線ビームを提供するX線ホログラフィ光源素子として、カーブさせたX線導波路を2つ並べた素子が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】C.Fuhse,C.Ollinger,et al.(2006).“Waveguide−based off−axis holography with hard x rays.” Physical Review Letters,97(25).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のX線ホログラフィ光源素子には改善すべき課題があった。非特許文献1では、カーブしたX線導波路を2つ配置した素子をX線ホログラフィ光源素子としている。これは、放射光等の空間的コヒーレンスが比較的良好なX線であっても100nm程度の領域しか空間的コヒーレンスがないためである。非特許文献1のX線ホログラフィ光源素子は、そのX線入射部の2つのX線導波路を100nm程度に接近させて両者に互いにコヒーレンスなX線を入射させる。一方、明瞭に二重像を分離できるようにX線導波路をカーブさせて互いに離れた位置(5μm間隔程度)からX線を出射させる。
【0006】
X線導波路をカーブさせる場合、クラッドとコアの界面での極めて小さな全反射臨界角に合わせて、そのカーブの曲率を小さくしなければならない。そのため、X線導波路の距離を3mm以上と長くする必要があり、X線ホログラフィ光源素子が提供するX線ビームの強度が限定的となっていた。
【0007】
本発明は、X線導波路をカーブさせる必要がなく、X線を導波させる長さの比較的短いX線導波路を用いて、強い強度の互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを得ることができるX線ホログラフィ光源素子及びそれを用いたX線ホログラフィシステムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するX線ホログラフィ光源素子は、入射したX線を分割して互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを出射するX線ホログラフィ光源素子であって、
コアとクラッドとを有し、入射したX線を分割するX線導波路と、前記X線導波路の出射側の終端部に配されており、X線ビームを出射する少なくとも2つの開口部が設けられている遮蔽部材とを備え、
前記コアは、複数の屈折率実部の異なる物質を含む基本構造が周期的に配された周期性構造体であり、
前記コアと前記クラッドとの界面における前記X線の全反射臨界角は、前記コアの前記基本構造の周期性に対応するブラッグ角よりも大きいことを特徴とする。
【0009】
また、上記の課題を解決するX線ホログラフィシステムは、上記のX線ホログラフィ光源素子と、入射X線と、X線検出器とを具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、X線導波路をカーブさせる必要がなく、X線を導波させる長さの比較的短いX線導波路を用いて、強い強度の互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを得ることができるX線ホログラフィ光源素子及びそれを用いたX線ホログラフィシステムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のX線ホログラフィ光源素子の一実施形態を示す概略図である。
【図2】本発明に用いられるX線導波路の一実施形態を示す概略図である。
【図3】コアの周期性構造体内でのX線電場強度分布を示す説明図である。
【図4】周期構造に起因した導波モード(周期共鳴導波モード)を示す図である。
【図5】2次元閉じ込め型X線導波路を示す模式図である。
【図6】図5のX線導波路のz方向に垂直な面における電場強度分布を示す図である。
【図7】実施例1のX線ホログラフィ光源素子の終端部を示す模式図である。
【図8】実施例2のX線ホログラフィ光源素子の終端部を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明に係るX線ホログラフィ光源素子は、入射したX線を分割して互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを出射するX線ホログラフィ光源素子である。X線ホログラフィ光源素子は、コアとクラッドとを有し、入射したX線を分割するX線導波路と、前記X線導波路の出射側の終端部に配されており、X線ビームを出射する少なくとも2つの開口部が設けられている遮蔽部材とを備えている。前記X線導波路において、前記コアは、複数の屈折率実部の異なる物質を含む基本構造が周期的に配された周期性構造体であり、前記コアと前記クラッドとの界面における前記X線の全反射臨界角は、前記コアの前記基本構造の周期性に対応するブラッグ角よりも大きいことを特徴とする。
【0014】
本発明に係るX線ホログラフィシステムは、上記のX線ホログラフィ光源素子と、入射X線と、X線検出器とを具備することを特徴とする。
【0015】
前記コアが、多層膜、またはメソポーラス膜からなることが好ましい。また、前記コアを、両親媒性の有機物を含む反応液を用いた自己集合プロセスにより作製することが好ましい。
【0016】
後述のように、本発明に用いられるX線導波路は、コアに周期性構造体を用いるため、空間的コヒーレンスを有する部分のサイズが大きなX線ビームを取り出すことができる。そのため、前記X線導波路の出射側の終端部に、X線ビームを出射する開口部を設けた遮蔽部材を配置することによって、互いにコヒーレントなX線ビームに分割してX線ホログラフィ用の光源とすることができる。一方のビーム(物体光)でホログラフィの対象物(試料)を照射し、他方のビーム(参照光)との干渉を利用してホログラフィを行う。
【0017】
本発明のX線ホログラフィ光源素子は、素子を構成するX線導波路が従来よりも空間的に大きなコヒーレンスを有するX線ビームを導波させることができるため、例えば単一波長のX線(単色X線)を入射し、そのビームを2つに分割して互いにコヒーレントなX線ビームを提供できる。本発明のX線ホログラフィ光源素子を構成するX線導波路の伝搬損失は従来のX線導波路よりも小さく、かつX線導波路をカーブさせる必要がないため、導波距離を従来よりも短くすることができ、より強度の強い、互いにコヒーレントな2つのX線ビームを提供できる。
【0018】
また、本発明のX線ホログラフィ光源素子は、前記X線導波路のコアとなる周期性構造体を、両親媒性有機物の自己集合プロセスにより作製することにより、簡単なプロセスで高度な周期構造体を作製することができる。そのため、簡便、短時間、かつ安価に、優れたX線ホログラフィ光源素子を製造することができる。また、この工程での作製条件を調整することにより、X線ホログラフィ光源素子の光学特性を制御することができる。
【0019】
図1は、本発明のX線ホログラフィ光源素子の一実施形態を示す概略図であり、X線ホログラフィ光源素子を上から見た図である。図1において、本発明に係るX線ホログラフィ光源素子は、X線導波路101と少なくとも2つの開口部103が設けられた遮蔽部材102とを具備することを特徴とする。前記遮蔽部材102はX線導波路101の出射側の終端部109に配置されている。X線導波路101に、入射X線104が入射すると、X線導波路内に導波モードが励起される。導波モードとは、前記X線導波路内に形成されうる固有の電場プロファイルを持ったX線ビームをいう。前記X線導波路101のコアには周期性構造体を用いるため、その周期構造と共鳴した伝搬損失が著しく小さい導波モードが選択的に透過される。この導波モードは従来よりも領域の大きな空間的コヒーレンスを有するX線ビームであるため、それらを開口部103が設けられた遮蔽部材102を用いて分割して、互いにコヒーレントな2つのX線ビームを得ることができる。
【0020】
互いにコヒーレントな2つのX線ビームのうち、一方をホログラフィ対象物(試料)107に照射する物体光105とし、他方を干渉によって位相情報を得るための参照光106として利用する。物体光105と参照光106の干渉パターンをX線検出器108で取得する。X線検出器108で得られた干渉パターンに位相情報の再構築操作を施すことにより、ホログラフィ対象物107のホログラフィ像を得ることができる。
【0021】
入射X線104の波長範囲に0.2nm以上(6.2keV以下)の波長のX線が含まれる場合、空気によるX線の吸収等が顕著になるため、X線分光システム全体を真空チャンバーで覆い、システム内を減圧するとよい。
【0022】
(X線導波路)
図2は、本発明に用いられるX線導波路の一実施形態を示す概略図である。本発明に係るX線導波路は、物質の屈折率実部が1以下となる波長帯域のX線を導波させるためのコア201と、前記コアに前記X線を閉じ込めるためのクラッド202から構成されている。前記コア201は、屈折率実部が異なる複数の物質からなる複数の基本構造が周期的に配されて形成されている周期性構造体からなる。そして、前記クラッドと前記コアとの界面における前記X線の全反射臨界角θが、前記コアの周期性構造体の基本構造の周期性に対応するブラッグ角θよりも大きい(θ<θ)ことを特徴とする。
【0023】
本発明に用いられるX線導波路は、コア201に周期性構造体を用いることにより、その周期構造の周期性に対応する導波モードを選択的に利用することができるX線導波路である。
【0024】
(X線)
本発明において、X線とは、物質の屈折率実部が1以下となる波長帯域の電磁波である。具体的には、本発明におけるX線とは、極端紫外光(Extreme Ultra Violet(EUV)光)を含む100nm以下の波長の電磁波を指す。このような短波長の電磁波の周波数が非常に高く物質の最外殻電子が応答できないため、紫外光の波長以上の波長をもつ電磁波(可視光や赤外線)の周波数帯域と異なる。そして、X線に対しては物質の屈折率の実部が1より小さくなることが知られている。このようなX線に対する物質の屈折率nは一般的に、下記の式(1)
【0025】
【数1】

【0026】
で表されるように、実数部の1からのずれ量δ、吸収に関係する虚数部の
【0027】
【数2】

【0028】
を用いて表される。
【0029】
原子固有のエネルギー吸収端が寄与する場合を除き、一般に、δは物質の電子密度ρに比例するため電子密度の大きい物質ほど屈折率実部が小さくなる。屈折率実部は、
【0030】
【数3】

【0031】
となる。さらに、電子密度ρは原子密度ρと原子番号Zに比例する。このようにX線に対する物質の屈折率は複素数で表されるが、その実部を本明細書中では屈折率実部または屈折率の実部と称し、虚部を屈折率虚部または屈折率の虚部と称する。
【0032】
本明細書中では、真空も物質の一つとする。屈折率実部が最大となる物質は真空であるが、一般的な環境下では気体でないほぼすべての物質に対して空気の屈折率実部が最大となる。本発明において屈折率実部が異なる2種以上の物質とは、多くの場合電子密度が異なる二種以上の物質である。
【0033】
(コアとクラッドの関係)
本発明に用いられるX線導波路はコアとクラッドを有し、コアとクラッドの界面における全反射によりX線をコアに閉じ込めてX線を導波させる。この全反射を実現するために、本発明に用いられるX線導波路は、クラッドとの界面に位置するコア材料の屈折率実部がクラッド材料の屈折率実部より大きいものである。
【0034】
本発明において、コアとクラッドの界面の全反射臨界角は、図2に示す様に、コアとクラッドとの界面からの角度として、θで表す。
【0035】
(コア)
本発明に用いられるX線導波路は、コアに屈折率実部の異なる複数の物質からなる周期性構造体を用いることを特徴とする。コアが周期構造を有していることにより、導波路中に形成される導波モードが周期構造に共鳴したものとなる。このような異なる屈折率実部の周期構造は、周期数が無限の場合、伝搬定数とX線の角周波数との間でフォトニックバンドを形成し、周期性に対応する特定のモードのX線しかこの構造中には存在できないことになる。
【0036】
前記周期性構造体は、基本構造が周期的に配列した構造体であり、1次元周期構造乃至3次元周期構造を例示することができる。具体的には、層状構造を基本構造としてそれらが積層した1次元周期構造、シリンダー状構造を基本構造としてそれらが配列した2次元周期構造、ケージ構造を基本構造としてそれらが配列した3次元周期構造等である。
【0037】
本発明に用いられるX線導波路内に形成される周期構造に共鳴した導波モードは、前記周期性構造体の周期構造の各次元に対応した多重反射に起因する。このような導波モードは周期性により形成され、X線の電場強度分布の腹と節の位置は、基本構造を構成しているそれぞれの物質領域内の位置に一致する。その際、前記周期性構造体の電子密度の小さい物質の領域が腹となる。すなわち、X線の電場強度が透過損失の小さい物質に集中するため、この導波モードの伝搬損失が他の導波モードに比べて著しく小さくなり、その導波モードを選択的に取り出すことが可能となる。以下、この導波モードを周期共鳴導波モードと称する。
【0038】
図3は、コアの周期性構造体内でのX線電場強度分布を示す説明図である。図3は、シリカ302中で、一方向に伸びるシリンダー状の空気の孔301が、孔の長さ方向(図中z方向)に垂直な方向(x−y面内方向)で3次元三角格子構造を形成している周期性構造体中でのX線の電場強度分布の例を示す。X線の伝搬方向は紙面に垂直な方向(z方向)である。構造周期303(d)は、図3のように、導波方向(伝搬方向、z方向)に垂直な方向(x−y平面)で周期的に配されて形成される周期構造の周期(図3の破線の間隔)として定義し、その大きさはその周期構造によって異なる。また、前記周期構造の方向(図3におけるx−y平面上で破線に垂直な方向)を、本明細書中では周期方向304と定義する。図3のように2次元以上の周期構造の場合には、構造周期303及び周期方向304は複数存在することになる。構造周期303と周期方向304はX線回折によって測定することができる。図3の構造周期303及び周期方向304は4つであるが、これは例示したものであり、これらに限定されない。
【0039】
図3では、破線により構造周期dを表す。シリンダー状の空気の孔301中の白黒の濃淡はX線の電場強度を表し、黒、白がそれぞれ電場強度の大、小に相当する。電場強度を、白黒の濃淡の変わりに多数の円の間隔により説明する。シリンダー状の空気の孔301中の多数の円の間隔の大小はX線の電場強度305を表し、この材料中に形成される導波モードのうちの一つについての電場強度分布である。多数の円の間隔の小が電場強度の大、間隔の大が電場強度の小に相当する。空気の孔301の中心部分は円の間隔が小で電場強度305が強く、中心部分から孔の周囲の方向に円の間隔が傾斜して大きくなるように変化し、孔の周辺部分は円の間隔が大で電場強度が弱く表れている。電場強度の極大、極小となる領域が、x方向及びy方向で周期的に繰り返されており、電場が周期性構造体の孔(周期性構造体の基本構造)に集中する。空気の孔301は、周期性構造体の基本構造を表す。304は周期方向を表す。
【0040】
(閉じ込め関係)
本発明に用いられるX線導波路においては、周期共鳴導波モード以外にも、コア全体を平均的な屈折率をもつ均一な媒質とした場合の導波モードが存在し、以下、これを一様モードと称する。
【0041】
一方、この一様モードに対し、本発明に用いられるX線導波路中で用いられる周期共鳴導波モードは、近接するモードに比べて損失が少なく、位相がそろったものとなる。本発明に用いられるX線導波路は、クラッドとコアの界面における全反射により、一様モード以外に、上記の周期共鳴導波モードを形成するために、構造周期303(d)が次の式(2)を満たすように設計されている。
【0042】
特に、二つのクラッドによりコアが挟まれた配置となっている場合(図3)、図3の周期方向は、導波方向に垂直な方向かつクラッドに垂直な方向と一致させる。
【0043】
【数4】

【0044】
θ(°)はクラッドとコアの界面の全反射臨界角、θ(°)は周期方向での構造周期dによるブラッグ角、λはX線の波長、navgはコアの平均屈折率の実部である。
【0045】
この条件においては、本発明に用いられるX線導波路中には、一様モードだけでなく、周期共鳴導波モードが存在することになる。本発明に用いられるX線導波路中での周期共鳴導波モードは、周期性構造体が有限であるため、周期性構造体が無限であると仮定した際に周期性構造体の中に形成されるモードがクラッドとコアにおける界面の全反射で閉じ込める導波路構造により変調を受けたモードとなる。しかしながら、周期構造体が無限である場合と概ね変わらず、伝搬方向に垂直な面内における周期共鳴導波モードの電場強度分布の電場強度が極大である腹の部分と節の部分は、それぞれ周期構造の基本構造に一致したものとなる。このような周期共鳴導波モードは、近接する一様モードよりも損失が著しく小さくなるので、モード選択されたX線の導波が可能となる。
【0046】
図4は、周期構造に起因した導波モード(周期共鳴導波モード)を示す図である。図4(a)は、後述のメソポーラスシリカをコアとし、クラッドを金とした導波路中の周期共鳴導波モードの電場強度のプロファイルを示したものであり、電場強度の極大部分がメソポーラスシリカの空孔部分に一致している。周期共鳴導波モードでは電場強度がコア中心付近に集中し、クラッドへの染み出しが少なく、位相プロファイルが制御された導波モードが実現される。図4(b)は、X線伝搬損失の伝搬角度依存性を示す図であり、約0.205°の伝搬角度の導波モードが周期共鳴導波モードに対応し、その伝搬損失が他の導波モードの伝搬損失に比べて、著しく小さくなっていることがわかる。周期共鳴導波モードの伝搬角度は周期性構造体のブラッグ角よりわずかに小さいものとなる。これらは、導波路中に存在しうる導波モードを有限要素法によって理論的に算出した結果である。
【0047】
図4(b)に示すとおり、コアが一様なシリカで構成されているX線導波路では、周期共鳴導波モードが存在せず、伝搬角度の増加に伴って単調に伝搬損失が増加するだけである。一方で、コアに周期性構造体を用いることによって、伝搬損失が著しく小さい周期共鳴導波モードを選択的に取り出すことができる。さらに、本発明に用いられるX線導波路の利点は、コアの周期性構造体の周期数が増えるほど、周期構造との共鳴効果が顕著になって伝搬損失が低下するという点にある。これは、周期構造体による多重反射の寄与がより大きくなるためであり、対象とするX線波長域や構造周期303の大きさにもよるが、本発明に用いられるX線導波路のコアの周期構造の周期数は10以上、好ましくは50以上が望ましい。
【0048】
周期構造の周期数の増加は、X線導波路101の断面積を増加させることと等価である。そのため、本発明に用いられるX線導波路101では、従来よりもコアの断面積が大きく、空間領域の大きな空間的コヒーレンスを有するX線ビームを生成可能であることが、最大の特徴である。この特徴を利用し、本発明のX線ホログラフィ光源素子は、この大きな空間的コヒーレンスを有するX線ビームを、遮蔽部材102によって2つに分割し、互いにコヒーレントな物体光105と参照光103を得る。よって、X線導波路をカーブさせることなく、離れた位置から物体光103と参照光104を出射させることができるため、ホログラフィにおける二重像を明瞭に分離して結像させることができる。
【0049】
(クラッド材料)
クラッドとコアの界面におけるクラッド側の物質の屈折率実部をnclad、コアの屈折率実部をncoreとする。この場合における、膜の面に平行な方向からの全反射臨界角θ(°)は、nclad<ncoreとして、下記の式(3)
【0050】
【数5】

【0051】
と表される。本発明に用いられるX線導波路のクラッド材料は、導波路のその他の構造パラメータ、物性パラメータが、式(3)を満たすもので構成することができる。例えば、コアに三角格子状に空孔が閉じ込め方向における周期10nmで配列した二次元周期構造であるメソポーラスシリカを用いた場合、Au、W、Taなどでクラッドを構成することができる。
【0052】
ただし、クラッドの材料には、本発明のX線ホログラフィ光源素子が対象とする波長域(エネルギー域)のX線の吸収率が小さい材料を用いることが好ましい。特に、X線の対象波長域にX線の吸収端がない材料をクラッドに用いることが好ましい。
【0053】
(周期性構造体の材料)
本発明に用いられるX線導波路のコアに用いられる周期性構造体の材料は、特に限定されることなく、従来のトップダウンプロセスや自己集合プロセスによって作製される周期性構造体等を用いることができる。例えば、スパッタや蒸着法によって作製される多層膜や、フォトリソグラフィや電子ビームリソグラフィ、エッチングプロセス、積層や貼り合わせ、などによって作製される周期性構造体等を用いることができる。特に、周期性構造体を構成する物質に酸化物を用いることによって、酸化劣化を防ぐことができる。
【0054】
本発明に用いられるX線導波路のコアとしては、特に、その製造工程の簡便性や規則性の高い周期構造の要請から、コアが両親媒性の有機物と無機物からなるメソ構造体膜であることが好ましく、さらに、X線の透過率の観点から、前記メソ構造体膜から前記有機物を除去したメソポーラス膜であることが好ましい。これについて以下に説明する。
【0055】
本発明におけるメソ構造体膜とは、有機成分と無機成分がナノメートルオーダーのスケールで交互に配置された複合材料膜であり、有機成分は界面活性剤やブロックポリマーに代表される両親媒性物質が自己集合したものである。両親媒性物質の自己集合を利用することにより、高い構造規則性を有するメソ構造体膜を形成し得る。その構造には、層状構造を基本構造としてそれらが積層した1次元周期構造、シリンダー状構造を基本構造としてそれらが配列した2次元周期構造、ケージ構造を基本構造としてそれらが配列した3次元周期構造がある。メソポーラス膜は、このメソ構造体膜から有機成分を除去したもので、空孔が高い秩序をもって配列した多孔質材料の膜である。ただし、本発明においては、必要とする性能を有する限りにおいて、メソポーラス膜の空孔内に有機成分が残存していいても構わない。
【0056】
メソポーラス膜の「メソ」とは、IUPAC(International Union of Pure and Applied Chemistry)によると、サイズが2から50nmであることを指す。そのため、メソポーラス膜は、その孔径2から50nmである多孔質膜と定義される。メソ構造体膜、及びメソポーラス膜は、主に酸化物の前駆体と界面活性剤とブロックポリマーに代表される両親媒性物質を含む反応液を基板上に塗布等のプロセスによって付与することによって、自己集合的に周期構造が形成される。前記両親媒性分子を用いたプロセスでは、それらの自己集合による周期構造が形成されるため、規則性の高い周期構造体を形成することができる。そのため、従来のトップダウンプロセスのような多数のプロセスを要せず、極めて簡便かつ高いスループットで作製することが可能である。また、数十nmの周期性構造体を形成することは、従来のトップダウンプロセスでは極めて困難であり、特に2次元以上の周期性構造体を作製することはほぼ不可能であると言ってよい。
【0057】
本発明に用いられるメソ構造体膜は、無機成分と有機成分によって周期構造を形成している。無機成分には、無機酸化物が用いられることが好ましく、シリカ、酸化チタン、酸化ジルコニウム等を例示することができる。有機成分には、例えば界面活性剤やブロックポリマーに代表される両親媒性分子、ブロックポリマー、シロキサンオリゴマーのアルキル鎖部分、あるいはシランカップリング剤のアルキル鎖部分等を挙げることができる。界面活性剤及びブロックポリマーとしては、C1225(OCHCHOH、C1635(OCHCH10OH、C1837(OCHCH10OH、Tween 60(東京化成工業)、Pluronic L121(BASF社)、Pluronic P123(BASF社)、Pluronic P65(BASF社)、Pluronic P85(BASF社)等を例示することができる。それらの無機成分および有機成分の種類、分子量、親水部と疎水部の分子量比等を適切に選択することにより周期性構造体の周期構造の次元や構造周期(ブラッグ回折から得られる面間隔)を調整することができる。表1に、用いられる有機物に対する周期性構造体の構造を例示する。
【0058】
【表1】

【0059】
本発明のメソ構造体膜は、その有機成分と無機成分の前駆体を含む反応液を基板等に付与して自己集合プロセスによって形成される。反応液の付与の方法は、従来公知の方法を用いることができ、基板にスピンコートやディップコートによって塗布する方法や基板に反応液を接触保持して加熱する水熱合成法等を例示することができる。その際、ラビング処理を施したポリイミド膜を基板上に形成させるなど、基板に異方化処理を施したり、反応液の付与時にせん断応力を付加させたりするなど、従来公知の方法を用いることによって、前記基板面内の一方向に配向したメソ構造体膜を形成することができる。前記配向の方向をX線の導波方向と一致させることで、より伝搬損失の小さい本発明で用いられるX線導波路を提供できる。
【0060】
メソ構造体膜からメソポーラス膜を作製するためには、焼成、有機溶媒による抽出、オゾン酸化処理等の従来公知の方法によって有機成分を除去することができる。
【0061】
コアである周期性構造体の材料には、本発明のX線ホログラフィ光源素子が対象とする波長域(エネルギー域)のX線の吸収率が小さい材料を用いることが好ましい。特に、X線の対象波長域にX線の吸収端がない材料をクラッドに用いることが好ましい。
【0062】
(閉じ込め次元)
本発明に用いられるX線導波路のX線を閉じ込める次元は、膜状のコアをクラッドで挟み込んだ1次元のものであっても、導波方向に垂直な断面が円や方形等の形状のコアをクラッドで取り囲んだ2次元であってもよい。2次元閉じ込め型導波路では、X線が2次元的に導波路内に閉じ込められることから、1次元閉じ込め型より発散性が抑制され、かつ2次元的に位相が制御されたX線ビームを取り出すことができる。その結果、2次元閉じ込め導波路の場合、その導波光が分割されて得られる物体光103と参照光102は2次元的に干渉し、2次元ホログラフィ像を結像させることができる。さらに、周期性構造体が2次元構造(基本構造:シリンダー状構造)や3次元構造(基本構造:ケージ構造)である場合には、複数存在する周期方向の周期構造に起因する電場強度分布を、コア内により効率的に形成させることができる。すなわち、導波路断面で2次元的な周期共鳴導波モードを選択的に取り出すことができ、強度が強く、かつ互いに2次元的にコヒーレントな物体光103と参照光104を提供することができる。
【0063】
2次元的な周期共鳴導波モードを得るための2次元閉じ込め構造のX線導波路に関して、以下に詳細に述べる。この場合の周期性構造体の2次元構造とは、導波方向に垂直な面内において二つの基本ベクトルにより周期性を表現することができる構造のことである。
【0064】
図5は、2次元閉じ込め型X線導波路を示す模式図である。例えば、図5に示すように、z方向にのびる屈折率実部の大きい物質の領域501と屈折率実部の小さい物質の領域502がx−y面内において2次元方向で周期構造を形成しているコア503をクラッド504が取り囲んでいる構成が挙げられる。X線の導波方向をz方向とした場合、導波方向に垂直なx−y面において、コアが四角格子配列の2次元周期構造を有しており、図中に記した二つの基本ベクトルaとaにより周期構造の周期性が表現される。図5の周期構造の周期数はx、y方向ともに少ないものとなっているが、これは説明をわかりやすくするためのものである。2次元の周期構造は、基本となる一つの構造の面がaに平行な方向に、またもう一つの基本となる構造の面がaに平行な方向に、それぞれ周期|a|と|a|で繰り返される構造となっており。基本ベクトルaとaは、周期性を表現できる限り任意に選択することができる。つまり同じ周期構造でも選び方を変えたり、基本ベクトルの線形結合を用いて別の基本ベクトルを選ぶことも可能であり、選んだ基本ベクトルに対応した基本となる構造の面を定義することができる。基本ベクトルの絶対値が最小になるものが最も基本的な周期性を表現するものであり、そのような基本ベクトルに平行な方向において周期性の効果が大きくなり、これらの方向を特定の方向として定義するのが周期共鳴導波モードを形成するために効果的である。図5の例で基本ベクトルをaとaに選べば、基本となる構造の面はaとaに対してそれぞれ面507および508となり、x方向、y方向で周期的に繰り返されているものとなる。
【0065】
コアが2次元の周期構造よりなる場合にも、本発明に用いられるX線導波路においては、X線の導波方向に垂直な少なくとも一つの特定の方向における、前記周期構造の周期性に対応するブラッグ角が、前記クラッドと前記コアの少なくとも1つの界面における全反射臨界角よりも小さくなるようにコアとクラッドを構成するものとする。図5に示す例の場合、導波方向に垂直なx−y面において、一つの特定の方向をy方向とすると、y−z面内でのコアとクラッドの界面505におけるX線の全反射臨界角θとy方向の周期性により得られるブラッグ角θの間で、式(2)が満たされるようにクラッドとコアを構成する。
【0066】
また、コアが2次元の周期構造である場合、基本的な周期性が二つの基本ベクトルで表わされる二つの特定の方向で得られるため、それぞれの方向における周期性に対応する二つのブラッグ角を定義することができる。例えば、図5の構成のX線導波路の場合、二つの特定の方向を基本ベクトルaとaに平行なx方向とy方向とする。基本ベクトルaとaに平行な二つの特定の方向における周期構造の周期性に対応するブラッグ角θB1、θB2はそれぞれ、
【0067】
【数6】

【0068】
【数7】

【0069】
と表される。n1avg、n2avgはそれぞれ、コア中の、基本ベクトルaとaに平行な二つの特定の方向における平均屈折率である。また、基本ベクトルaとaに平行な二つの特定の方向におけるコアとクラッドとの界面506、505での全反射臨界角を、θ1C、θ2Cとする。この場合には、それぞれの方向における周期共鳴導波モードを形成するために、式(2)と同様に、それぞれの方向において、θ1B<θ1C、θ2B<θ2Cとなるように、材料や構造パラメータを決定することとなる。
【0070】
θ1B<θ1C、θ2B<θ2Cが満たされ、かつそれぞれの方向におけるコア中の物質界面での全反射臨界角がそれぞれのブラッグ角よりも小さくなるように構成することにより、二つの特定の方向において周期共鳴導波モードを形成することができる。このような導波路中で得られる周期共鳴導波モードは、二つの基本ベクトルに平行な二つの特定の方向における周期共鳴導波モードが干渉した2次元の周期共鳴導波モードとなる。
【0071】
図6は図5のX線導波路のz方向に垂直な面におけるコア中の周期共鳴導波モードの電場強度分布を示す図である。図6において、601の中心部分の斜線の部分、601の斜線の部分の周囲部分および602の部分は、それぞれ、電場強度がより大きい部分、電場強度がより小さい部分を表す。つまり、2次元の周期構造をコアとするX線導波路中に形成される2次元の周期共鳴導波モードの電場強度分布は2次元の分布となり、より吸収などの損失の小さい領域に電場が集中することにより、周期共鳴導波モードの伝搬損失が小さいということがわかる。1次元の周期共鳴導波モードと同様に、2次元の周期共鳴導波モードについても設計により他の導波モードよりも損失を小さくでき、2次元方向において制御された単一の導波モードを形成できることになる。2次元の周期共鳴導波モードの電場や磁場分布は、導波方向に垂直な2次元面内で規則的に制御されていて、電場や磁場の位相もコア内全体にわたって、規則的なものになる。
【0072】
コアをなす2次元の周期構造の周期性を定義する基本格子は、四角格子に限らない。図5のような周期構造が四角格子の場合の例では、特定の方向を二つの基本ベクトルに平行な二つの特定の方向を考えたが、このような方向に限るものではなく、基本ベクトルの線形結合を用いたベクトルに平行な方向も特定の方向として用いることができる。さらに、2次元面内での特定の方向の数は、二つの方向に限るものではなく、周期構造の周期性によって三つ以上となる場合も存在する。例えば、図8に三角格子状の2次元周期構造を点で表現したものを示す。この場合、基本ベクトルaとaに平行な二つの特定の方向に加え、a−aで表わされる3つ目のベクトルに平行な特定の方向を考えることにより、三つの方向の垂直成分をもつX線が干渉して、2次元の周期共鳴導波モードを形成することになる。この場合の、周期共鳴導波モードの電磁場強度分布は三角格子状になり、より吸収損失が小さい部分へ電磁場が集中する分布となる。
【0073】
さらに、コアをなす周期構造は2次元の周期構造に限らず、3次元の周期構造とすることによってもX線導波路を形成することができる。導波方向に垂直な面内での周期共鳴導波モードを形成するための考え方は1次元および2次元のものと同等である。3次元の周期構造の場合、導波方向にも周期性を有していることにより、導波するX線が周期構造と共鳴し、導波方向においてX線の位相がそろいやすくなる効果がある。
【0074】
(入射X線)
本発明のX線ホログラフィ光源素子を用いたX線ホログラフィを実施する際には、入射X線104は単色性を有することがよい。そのため、入射X線104は結晶や多層膜等のモノクロメータを用いて単色化された後に、本発明のX線ホログラフィ光源素子に入射されることがよい。ただし、X線検出器108がエネルギー(波長)分解能を有する場合などは、この限りではない。
【0075】
(遮蔽部材)
図1における開口部103が設けられた遮蔽部材102は、不要な領域のX線を吸収等によって除去してX線導波路101を出射するX線を分割して互いにコヒーレントなビームを出射させる限り、いかなる材料で構成されていてもかまわない。X線の除去は、主に遮蔽部材による吸収によって起きるため、遮蔽部材102の厚みは、不要な回折X線を十分に吸収できるだけの長さが必要となり、適宜設計すればよい。例えば、10keVのエネルギーの入射X線を入射させ、遮蔽部材にタングステンを用いた場合には、X線の強度にもよるが、100μm以上の長さがあればよい。また、開口部103は、周期共鳴導波モードの位相プロファイルが同様の形状である部分にそれぞれ配置してX線を出射させるとよく、好ましく物体光105と参照光106が互いにコヒーレントとなる。さらに、遮蔽部材102のX線導波路101の終端部からの距離は、入射X線104の最短波長よりも短くなければならない。両者の距離がそれ以上になると、X線導波路101からの出射時の回折現象を無視できなくなるからである。
【0076】
遮蔽部材の厚さと開口部の大きさによっては、開口部103がX線導波路として機能し、開口部内で導波モードを形成する。一般には、(開口部の大きさ)/(遮蔽部材の厚さ)が小さい場合に、開口部がX線導波路として機能しやすくなる。
【0077】
開口部の大きさとは、ホログラフィ像の解像度を決定し、10nmから10μmの範囲が好ましい。
【0078】
本発明において、開口部103は所望の強度でX線を透過させる材料が充填されて構成されていればよい。開口部103の大きさが小さいほど、より分解能の高いX線ホログラフィ像が得られる物体光105と参照光106を提供することができ、X線ホログラフィの分解能は開口部103の大きさと同程度となる。また、本発明では、物体光105と参照光106を取り出すことができればよく、開口部103はそれらを得られるための2つ以上あればよい。
【0079】
(X線検出器)
本発明において、X線ホログラフィシステムを構成するX線検出器108には、0次元型、1次元型、及び2次元型の検出器を用いることができ、入射X線104の波長のX線を検出できる限り、特に制限されない。ただし、2次元型の検出器を用いることによって、検出器を走査させる必要がなく、短時間でホログラフィ像を取得することができる。X線検出器108は、高分解で物体光105と参照光106の干渉パターンを得られるように、z軸上のできる限り遮蔽部材102から離れた位置に配置するとよい。ただし、空気等による物体光105及び参照光106の散乱や吸収の影響が顕著でない範囲に配置するとよい。
【実施例】
【0080】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0081】
(実施例1)
本実施例は、クラッドがタングステン、コアがBCとAlからなる多層膜から構成されるX線導波路と、その終端部にBCからなる開口部が設けられた遮蔽部材Taが配置されたX線ホログラフィ光源素子と、それを用いたX線ホログラフィシステムの例である。図7は、本実施例のX線ホログラフィ光源素子の終端部の模式図である。701から708は、それぞれ、Si基板701、下部タングステンクラッド702、上部タングステンクラッド703、BC 704、Al 705、周期性構造体706、遮蔽部材Ta 707、開口部BC 708である。
【0082】
本実施例のX線ホログラフィ光源素子の作製方法は、スパッタ法などを用いた以下のような工程が挙げられる。
【0083】
(a)X線導波路の作製
Si基板上にマグネトロンスパッタリングによって下部タングステンクラッドを50nmの厚さで形成する。その後、コアとして マグネトロンスパッタリングによってAl、BCの順に交互に成膜して多層膜を作製する。AlとBCの厚さは、それぞれ3.0nmと12.0nmとし、多層膜の最下部、及び最上部の層はAlとする。AlとBCは、合計でそれぞれ301層と300層を形成する。最後にマグネトロンスパッタリングによって上部タングステンクラッドを50nmの厚さで形成する。
【0084】
得られるX線導波路は、コアがクラッドにより挟まれた形となっており、コアとクラッドの界面での全反射によりX線をコアに閉じ込めるものである。この構成によれば、コアである多層膜の周期と、それをなす物質の屈折率実部の関係が式(2)を満たしている。例えば、10keVのX線に対して、X線はクラッドとコアとの界面における全反射によりコア中に閉じ込められ、閉じ込められたX線が多層膜のもつ周期性に共鳴した導波モード(周期共鳴導波モード)を形成することができる。コアとクラッドの界面における全反射臨界角は0.3613°である。コアの周期性構造体の基本構造の周期性に対応するブラッグ角は0.2368°である。
【0085】
(b)遮蔽部材の作製
前記X線導波路の上にレジスト層を塗布等によって形成し、フォトリソグラフィやドライエッチングプロセスを用いてパターニングし、X線導波路の終端部を形成するとともにその後方のSi基板を露出させる。Taを550nm、BCを25nm、Taを3450nm、BCを25nm、Taを550nmの順にマグネトロンスパッタリングまたは真空蒸着装置を用いて成膜する。
【0086】
(c)X線ホログラフィ光源素子の切断
X線導波路のX線が導波する距離が遮蔽部材の距離が、それぞれ、0.5mmと0.1mmになるようにダイシング装置で切断する。
【0087】
(d)X線ホログラフィ光源素子の評価
図1に示す様に、ホログラフィ対象物(試料)107がない状態で、X線ホログラフィ光源素子に10keVの入射X線104を入射する。入射X線はGeの結晶モノクロメータを用いて単色化させる。遮蔽部材103から3m離れた位置に配置した2次元型のX線検出器108が検出するX線強度パターンが、106μm間隔で強度の極大部がある明瞭な干渉パターン(Young interference pattern)であることが確認され、X線ホログラフィ光源素子として機能することがわかる。
【0088】
次に、物体光105を出射する開口部103の後方1.3mmにホログラフィ対象物107であるフィルムを精密ステージに固定して配置する。フィルム上には0.3μm幅のタングステンの直線パターンが0.2μm間隔で配置されており、フィルムをz軸に垂直に、かつ前記直線パターンがx軸に平行になるように精密ステージの軸調整を行う。Geの結晶モノクロメータで単色化した10keVの入射X線104をX線ホログラフィ光源素子に入射し、2次元型のX線検出器108によってX線強度を測定する。得られる検出像からFresnel−Kirchihoff回折の式に従い、位相情報を再構築するとX線ホログラフィ像を得ることができる。さらに精密ステージをx軸方向、及びy軸方向で移動させてホログラフィ像を取得し、それらを重ね合わせると設置したホログラフィ対象物107の全体像を得ることができる。
【0089】
(実施例2)
本実施例は、クラッドをタングステン、コアをメソポーラスシリカ膜とするX線導波路と、その終端部にBCの開口部が設けられた遮蔽部材Taが配置されたX線ホログラフィ光源素子とそれを用いたX線ホログラフィシステムの例である。図8は、本実施例のX線ホログラフィ光源素子の終端部の模式図である。801から808は、それぞれ、Si基板801、下部タングステンクラッド802、上部タングステンクラッド803、空孔804、シリカ805、周期性構造体(メソポーラスシリカ膜)806、遮蔽部材Ta 807、開口部BC 808である。
【0090】
メソポーラスシリカを含む本実施例のX線導波路、及びそれを用いたX線ホログラフィ光源素子の作製方法を、以下に示す。
【0091】
(a)X線導波路の作製
Si基板上にマグネトロンスパッタリングによってタングステンを50nmの厚さで形成する。その後、スピンコートによってポリイミド膜を成膜し、ラビング処理を施す。P123(BASF社)、エタノール、水、塩酸、テトラエトキシシラン等のシリカ源が配合された反応液を前記基板上にスピンコートする。このときの温度は、25℃、相対湿度は、5%以下である。成膜後、膜は25℃、相対湿度40%の恒温恒湿槽で18時間以上保持される。その後、エタノール、テトラヒドロフラン等を用いた溶媒抽出や焼成工程によって、P123とポリイミド膜を除去してメソポーラスシリカ膜を得る。
【0092】
調製されたメソポーラスシリカ膜をX線回折及び電子顕微鏡で評価すると、導波方向に垂直な面(xy平面)で三角格子状の2次元周期構造を形成していることがわかる。その格子定数は約10.2nmである。メソポーラスシリカ膜の基本構造であるシリンダー状の空孔がラビング処理を施した方向に垂直な方向に配向していることも確認される。また、メソポーラスシリカ膜の一部を剥離し、段差計で測定するとその膜厚が510nmであることがわかる。
【0093】
メソポーラスシリカ膜をフォトリソグラフィやドライエッチングプロセス等を用いてz軸方向に直線になるようにパターニングする。その際の直線パターンの幅は12μmである。
【0094】
さらに、メソポーラスシリカ膜の直線パターンを囲むようにマグネトロンスパッタリングによってタングステンを50nmの厚さで形成する。
【0095】
得られるX線導波路は、周期は10.2nmであり、式(2)を満たしている。例えば、10keVのX線に対して、X線はクラッドとコアとの界面における全反射によりコア中に閉じ込められ、閉じ込められたX線がメソポーラスシリカのもつ周期性の影響を受けた導波モード(周期共鳴導波モード)を形成することができる。この周期共鳴導波モードは2次元的に位相が制御され、2次元的なコヒーレンスを有する。コアとクラッドの界面における全反射臨界角は0.3974°である。コアの周期性構造体の基本構造の周期性に対応するブラッグ角は0.3483°である。
【0096】
(b)遮蔽部材の作製
前記X線導波路の上にレジスト層を塗布等によって形成し、フォトリソグラフィやドライエッチングプロセスを用いてパターニングし、X線導波路の終端部を形成するとともにその後方のSi基板を露出させる。Taを290nm、BCを20nmの順にマグネトロンスパッタリングまたは真空蒸着装置を用いて成膜する。
【0097】
y軸と平行なクラッドとコアの対面する2つの界面から、それぞれ1μm離れたところ(図8のL)に20nmの線幅のBCの直線パターンをz軸方向に電子線リソグラフィで形成する。さらにマグネトロンスパッタリングまたは真空蒸着装置を用いて、Taを240nm以上成膜して、一辺20nmの正方形の開口部BCを2つ有するTaの遮蔽部材を作製する。
【0098】
(c)X線ホログラフィ光源素子の切断
X線導波路のX線が導波する距離と遮蔽部材の距離が、それぞれ、0.5mmと0.1mmになるようにダイシング装置で切断する。
【0099】
(d)X線ホログラフィ光源素子の評価
図1に示す様に、ホログラフィ対象物(試料)107がない状態で、X線ホログラフィ光源素子に10keVの入射X線104を入射する。入射X線はGeの結晶モノクロメータを用いて単色化させる。遮蔽部材103から3m離れた位置に配置した2次元型のX線検出器108が検出するX線強度パターンが、37.2μm間隔で強度の極大部がある明瞭な干渉パターン(Young interference pattern)であることが確認され、X線ホログラフィ光源素子として機能することがわかる。
【0100】
次に、物体光105を出射する開口部103の後方1.3mmにホログラフィ対象物107であるフィルムを精密ステージに固定して配置する。フィルム上には0.3μm幅のタングステンの直線パターンが0.2μm間隔で配置されており、フィルムをz軸に垂直に、かつ前記直線パターンがx軸から45°の角度をなすように精密ステージの軸調整を行う。Geの結晶モノクロメータで単色化した10keVの入射X線104をX線ホログラフィ光源素子に入射し、2次元型のX線検出器108によってX線強度を測定する。得られる検出像からFresnel−Kirchihoff回折の式に従い、位相情報を再構築するとX線ホログラフィ像を得ることができる。さらに精密ステージをx軸方向、及びy軸方向で移動させてホログラフィ像を取得し、それらを重ね合わせると設置したホログラフィ対象物107の全体像を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のX線ホログラフィ光源素子は、強い強度の互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを得ることができるので、X線ホログラフィシステム、X線イメージング等に利用することができる。
【符号の説明】
【0102】
101 X線導波路
102 遮蔽部材
103 開口部
104 入射X線
105 物体光
106 参照光
107 ホログラフィ対象物(試料)
108 X線検出器
109 終端部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射したX線を分割して互いにコヒーレントな少なくとも2つのX線ビームを出射するX線ホログラフィ光源素子であって、
コアとクラッドとを有し、入射したX線を分割するX線導波路と、前記X線導波路の出射側の終端部に配されており、X線ビームを出射する少なくとも2つの開口部が設けられている遮蔽部材とを備え、
前記コアは、複数の屈折率実部の異なる物質を含む基本構造が周期的に配された周期性構造体であり、
前記コアと前記クラッドとの界面における前記X線の全反射臨界角は、前記コアの前記基本構造の周期性に対応するブラッグ角よりも大きいことを特徴とするX線ホログラフィ光源素子。
【請求項2】
前記コアが多層膜からなることを特徴とする請求項1に記載のX線ホログラフィ光源素子。
【請求項3】
前記コアがメソポーラス膜からなることを特徴とする請求項1に記載のX線ホログラフィ光源素子。
【請求項4】
前記コアを、両親媒性の有機物を含む反応液を用いた自己集合プロセスにより作製することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載のX線ホログラフィ光源素子。
【請求項5】
前記入射したX線が、単一波長のX線であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかの項に記載のX線ホログラフィ光源素子。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載のX線ホログラフィ光源素子と、入射X線と、X線検出器とを具備することを特徴とするX線ホログラフィシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−237718(P2012−237718A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108450(P2011−108450)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】