説明

X線発生装置

【課題】光電子やプラズマを発生させることなく光電界電離現象を利用し電子を放出させる電子発生技術を採用することにより、レーザー装置を小型化および低コスト化するとともに、電極の熱エネルギーによるダメージを軽減してデブリの発生を抑制することを可能にしたX線発生装置を提供する。
【解決手段】パルスレーザー光2を出射するレーザー光源1と、パルスレーザー光2が照射されることにより電子を放出する陰極4と、陰極4から放出した電子6が加速されて衝突することによりX線9を放出する陽極5と、 陰極4および陽極5を収容する真空容器7と、を備えるX線発生装置において、レーザー光源1は、パルス幅が10−12秒以下のパルスレーザー光2を出射し、陰極4から光電界電離により電子を放出させることを特徴とするX線発生装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超短パルスレーザーのレーザー光を利用したX線発生装置に関し、特に、医療診断装置、非破壊検査装置、X線顕微鏡、半導体基板の露光装置などの分野に利用されるX線発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のX線管等でパルス状のX線を発生させる場合は、一般的に電子源として熱電子源が使用されているが、これに用いられる電子・電気的な回路の制約から繰り返し周波数は低く、電極を冷却する装置が必要であった。
このような電極に対する熱的影響を緩和する電子発生技術として、パルスレーザーを使用して光電効果によって光電子を発生させ、光電子をターゲットに衝突させることによってX線を発生させるX線発生装置が知られている。
【0003】
ここで、光電効果について説明する。固体表面から、電子を1つ取り出すのに必要な最小のエネルギーである仕事関数Φは、電子数Nのときの表面の自由エネルギーをF(N)とすると、
【0004】
【数1】

と表すことができる。ここでは、μを電子の化学ポテンシャル、V(∞)は取り出した表面の外部ポテンシャルである。外部ポテンシャルが定義される位置は、格子間隔に比べて表面の十分な遠方にあるが、結晶面のサイズよりは小さい。このため、仕事関数は結晶面方位に依存した量になる。また、図7に示すように、金属の仕事関数Φはフェルミ面の準位から測った外部ポテンシャルの位置であり、電気親和力や光電子放出の閾値エネルギーに等しい。ラング(Lang)とコーン(Kohn)は表面のジェリウム模型に局所密度汎関数理論を適用して、金属の仕事関数を微視的な電子状態に基づいて説明した。ジェリウム模型を仮定して得られた仕事関数の理論値は、金属の仕事関数のおよその値および電子密度依存性の傾向を再現することができる
【0005】
光電子放出は、図8に示すように、光子のエネルギーhν (h:プランク定数、ν:光子の振動数)を吸収して固体内部の電子が仕事関数Φのポテンシャル井戸から真空中に放出される現象である。したがって、振動数がν(hν=eΦ)以上の光子の励起によって電子の放出が実現する。
【0006】
図9は、代表的な金属の仕事関数とそのエネルギーに相当する光の波長を示す表である。なお、仕事関数は結晶の方位や表面状態によって変化するため、仕事関数には幅がある。
【0007】
特許文献1には、光電効果により発生した光電子を利用することによってX線を放射するX線発生装置が開示されている。この装置は、図10に示すように、真空容器100内の高電圧が印加される電極101、102間の一方の電極101に時間幅の短いパルスレーザー光103を照射して、光電効果を利用して、光電子104を陰極102上に短時間に発生させ、この光電子104を陽極101に衝突させて短パルスのX線105を発生するものである。同装置は、光電効果を生じさせるために、レーザー波長が266nmという短波長のパルスレーザー光103を電極101に対して照射して光電子104を発生させている。しかしながら、短波長のパルスレーザー光103を得るためには、パラメトリック発振や非線形光学結晶を用いる必要があり、レーザー発振装置のコストが高くなり、レーザー装置106が大型化するといった問題があった。また、同装置において使用されているレーザー光103のパルス幅は400nsである。しかし、電極101に照射されるパルスレーザー光103のパルス幅がps以上であると、レーザー光のパワーは、レーザー光103のエネルギー/パルス幅で表されるため、パルス幅が長いと高いパワーが必要となり、その分照射されるレーザー光103のエネルギーが強大となる。そのため、レーザー光103の照射により発生した電極101での熱エネルギーによるダメージが大きくなり、電極101が損耗してデブリが発生するという問題があった。
【0008】
特許文献2には、レーザー誘起X線源が開示されている。このX線源は、図11に示すように、容器201内に陽極202と陰極203とを対向させて配置し、容器201の壁面に形成した開口部にレーザー入射窓204を設け、また、容器201の壁面に形成した開口部にX線窓205を設けている。この構成において、陽極202と陰極203との間に電圧を印加し、レーザー入射窓204から陽極202又は陰極203等の照射部位206にレーザー光207を照射し、このレーザー光207をトリガーとしてプラズマを発生させ、陰極203から飛び出した電子を陽極202に衝突させることによってX線208を発生させ、X線窓205から容器201の外側に取出している。しかし、このレーザー誘起X線源は、陰極203に対してレーザー光207を照射してプラズマを発生させているので、陰極203が経時的に消耗すると共に、デブリが発生して容器201内が汚染される、という問題があった。
【0009】
特許文献3には、レーザー光の照射によってプラズマを生成してX線を発生させるレーザープラズマX線源が開示されている。このレーザープラズマX線源は、図12に示すように、陽極301に対してレーザー光302を照射してプラズマ303を発生させ、平板形状の陰極304と陽極301との間に高電圧305を印加して高電界を形成し、陰極304で発生した光電子を陽極301に衝突させてX線307を発生させている。しかし、このX線源は、特許文献1に示されたX線発生装置と同様に、光電子を放出させるために短波長のパルスレーザー光を使用することが必要となるため、レーザー装置が大型化し、コストが高くなるという問題があった。更に、レーザープラズマX線源が陽極301に対してレーザー光302を照射してプラズマ303を発生させているので、特許文献2に示されたレーザー誘起X線源と同様に、陽極301が経時的に消耗すると共に、デブリが発生して容器内が汚染される、という問題があった。

【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−155897号公報
【特許文献2】特開2002−184597号公報
【特許文献3】特開2001−23796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、上記の従来技術に係るX線発生装置の問題に鑑みてなされたものであり、従来のX線発生装置と全く異なる電子発生技術、即ち、光電子やプラズマを発生させることなく電子を放出させる電子発生技術を採用することにより、レーザー装置を小型化および低コスト化するとともに、電極の熱エネルギーによるダメージを軽減してデブリの発生を抑制することを可能にしたX線発生装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するために、請求項1記載の発明は、パルスレーザー光を出射するレーザー光源と、前記パルスレーザー光が照射されることにより電子を放出する陰極と、該陰極から放出した電子が加速されて衝突することによりX線を放出する陽極と、前記陰極および前記陽極を収容する真空容器と、を備えるX線発生装置において、前記レーザー光源は、パルス幅が10−12秒以下のパルスレーザー光を出射し、前記陰極から光電界電離により電子を放出させることを特徴とするX線発生装置である。
請求項2記載の発明は、前記パルスレーザー光の波長が、前記陰極の構成物質の仕事関数のエネルギーに相当する光の波長よりも長いことを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項3記載の発明は、前記レーザー光源が出射する1パルスあたりのレーザー光のフルエンスが5mJ/cm以上であることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項4記載の発明は、前記レーザー光源が出射する1パルスあたりのレーザー光のフルエンスが60mJ/cm以下であることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項5記載の発明は、前記レーザー光源が出射するパルス状のレーザー光を集光して焦点位置に結像させる光学素子を有し、前記光学素子は、前記陰極の被照射面上を除く領域に焦点位置を有することを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項6記載の発明は、前記レーザー光源が出射するパルス状のレーザー光のビーム径が1.2mm以上であることを特徴とする請求項5記載のX線発生装置である。
請求項7記載の発明は、前記レーザー光源はファイバーレーザーであることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項8記載の発明は、前記レーザー光源はチタンサファイアレーザーであることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である。
請求項9記載の発明は、前記真空容器は、内圧が大気圧以下に減圧された内部空間を有する管球よりなり、前記陰極および前記陽極が前記管球に気密に封止されていることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置である
【発明の効果】
【0013】
本発明のX線発生装置は、レーザー光源にパルス幅が10−12秒以下という超短パルスレーザー光を陰極に照射して、光電界電離という現象を生じさせることによって、陰極から電子を放出させる。よって、従来のように光電子を発生させるために短波長のパルスレーザー光を用いる必要がないため、レーザー装置を小型化することができるとともに、パルスレーザー光のエネルギーが小さくなり、陰極の損耗に伴うデブリの発生を抑制することができる。
また、陰極の構成物質の仕事関数に相当する光の波長に比べて長い波長のパルスレーザー光を使用することにより、パルスレーザー光のエネルギーが小さくなり、陰極の損耗に伴うデブリの発生を抑制することができる。
また、1パルスあたりのレーザー光のフルエンスが5〜60mJ/cmであるため、X線を確実に発生させることができるものでありながら、レーザー光が照射される電極に対する損耗を抑制することができる。
また、パルス状のレーザー光のビーム径が1.2mm以上であるため、X線の放射当量を高いものとすることができる。
さらに、真空容器は内圧が大気圧以下に減圧された密閉空間を有する石英ガラス管よりなり、前記陰極および前記陽極が前記石英ガラス管に気密に封止されているため、真空容器の内部空間を減圧状態にするための排気手段を備える必要がないので、X線発生装置を小型かつ低コスト化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係るX線発生装置の概略構成を示す図である。
【図2】光学素子3の焦点位置が、陰極4のレーザー被照射面よりも遠方の光軸X上の位置していることを示す図である。
【図3】高強度レーザー入射時の原子のポテンシャル曲線を示す図である。
【図4】金属表面における光電界電離を説明するための図である。
【図5】実験1により得られた、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスに対するX線9の放射当量、および各フルエンスにおける陰極4の損耗の有無を示すグラフである。
【図6】実験2により得られた、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスに対するX線9の放射当量を示すグラフである。
【図7】金属の仕事関数Φがフェルミ面の準位から測った外部ポテンシャルの位置にあることを説明するための図である。
【図8】光電子放出が、光子のエネルギーhνを吸収して固体内部の電子が仕事関数Φのポテンシャル井戸から真空中に放出される現象であることを説明するための図である。
【図9】代表的な金属の仕事関数とそのエネルギーに相当する光の波長を示す表である。
【図10】特許文献1における、光電効果により発生した光電子を利用することによってX線を放射するX線発生装置を示す図である。
【図11】特許文献2における、レーザー誘起X線源を示す図である。
【図12】特許文献3における、レーザー光の照射によってプラズマを生成してX線を発生させるレーザープラズマX線源を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、パルスレーザー光を電極に照射させて電子を発生させる電子発生技術について鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
陰極に対して、パルス幅の極めて短い超短パルスレーザー光を照射すると、光電効果とは異なる光電界電離現象に基づいて電子が放出される。光電界電離現象については後に詳述するが、光電界電離現象を利用することにより、電極に照射するパルスレーザー光の波長の長短に係らず電子を発生させることができるので、光電子を発生させるために短波長のパルスレーザー光を使用しなくても済む。つまり、電子を放出させるために、従来よりも長波長(即ち、エネルギーが小)のパルスレーザー光を電極に照射した場合でも、電極から電子を放出させることができる。よって、パルスレーザー光を照射する電極の仕事関数に相当する光の波長よりも長波長のパルスレーザー光を使用することが可能となる。
【0016】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、パルスレーザー光を出射するレーザー光源と、前記パルスレーザー光が照射されることにより電子を放出する陰極と、前記陰極から放出した電子が加速されて衝突することによりX線を放出する陽極と、前記陰極および前記陽極を収容する真空容器と、を備えるX線発生装置において、前記レーザー光源は、パルス幅が10−12秒以下のパルスレーザー光を出射し、前記陰極から光電界電離により電子を放出させることを特徴とするX線発生装置である。
【0017】
本発明の一実施形態を図1〜図6を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係るX線発生装置の概略構成を示す図である。
同図に示すように、このX線発生装置は、パルス状のレーザー光2を発振するレーザー光源1と、レーザー光源1から発振されたパルス状のレーザー光2を集光する光学素子3と、光学素子3により集光されたパルス状のレーザー光2が照射される陰極4と、陰極4にレーザー光2が照射されることによって陰極4から放出された電子6が衝突する陽極5と、陰極4および陽極5が所定距離を隔てて向き合った状態でこれらを収容する球状の管球7と、陰極4および陽極5に高電圧を印加して陰極4から放出される電子6を加速するための高電圧電源8とを備えている。陰極4を、正側が接地された高電圧電源8の負側に接続し、陽極5を接地し、または、図示されていないが、陰極4を接地し、陽極5を負側が接地された高電圧電源8の正側に接続する。なお、10は実験1で使用されるサーベイメーターである。
【0018】
レーザー光源1は、パルス幅が10−12秒以下のパルス状レーザー光2を発振するレーザー発振器である。レーザー発振器として、パルス幅がフェムト領域にあるフェムト秒レーザーを使用することが好ましい。パルス状のレーザー光2のパルス幅が10−12秒以下という超短パルスであることにより、レーザー光2が照射される陰極4におけるレーザーアブレーションが低減され、陰極4の損耗が抑制される。レーザー光源1は、例えば、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー等で構成される。
【0019】
本発明によれば、後述するように、光電界電離はパルスレーザー光の波長を問わず発生するため、パルスレーザー光の波長を任意に選択することができる。例えば、パルスレーザー光2の波長を、パルスレーザー光2が照射される陰極4を構成する物質の仕事関数のエネルギーに相当する光の波長よりも長くすることもできる。このような比較的長い波長のパルスレーザー光2を使用すれば、レーザー発振器を小型化できるとともに低コスト化することができる。
【0020】
ここで、レーザー光源1から発振されるパルスレーザー光2のフルエンス(単位面積あたりのエネルギー量)は、1パルスあたり5〜60mJ/cmであることが好ましい。60mJ/cmは、パルスレーザー光2が照射される陰極4が熱的ダメージを受けないための、1パルスあたりのレーザー光のフルエンスの上限値であり、上記した特許文献に記載されているフェムトレーザーのフルエンスに比べて格段に低い。また、5mJ/cmは、X線を確実に発生させるための、1パルスあたりのレーザー光のフルエンスの下限値である。
【0021】
また、光学素子3は、レーザー光源1から発振される、パルス幅が10−12秒以下のパルス状レーザー光を集光して焦点位置に結像させるために用いられ、好ましくは、色収差のないアクロマティックレンズである。光学素子3は、前記のパルス幅を有するパルス状レーザー光を集光できるものであれば、特に限定されるものではない。光学素子3の焦点位置は、図2に示すように、パルス状のレーザー光2が照射される箇所である陰極4の斜面部41上には一致せず、陰極4のレーザー被照射面よりも遠方の光軸X上の位置に一致している。なお、図示は省略するが、光学素子3の焦点位置を陰極4のレーザー被照射面よりもレーザー光源2側に配置することもできる。光学素子3の焦点位置を上記のように配置することにより、陰極4へのダメージが軽減される。
【0022】
発生するX線の出力を高いものとするため、陰極4に照射されるパルス状のレーザー光2のビーム径は、1.2mm以上であることが好ましい。ここで、ビーム径とは、パルス状のレーザー光2が陰極4上に照射される箇所での径を意味する。陰極4の被照射面におけるビーム径が小さ過ぎると、レーザー光2のフルエンスは大きいが照射面積が小さいので、トータルの電子発生量は少なくなり、また、陰極4に対するレーザーアブレーションが大きくなる。一方、陰極4の被照射面におけるビーム径が大きすぎると、レーザー光のフルエンスが小さく、陰極4から発生する電子が少ないため、トータルの電子発生量は少ない。したがって、陰極4に照射されるレーザー光2のビーム径を上記の範囲に規定することによって、レーザー光2のフルエンスと、レーザー光2の陰極4上への照射面積とが最適となり、X線の出力を向上させることができる。
【0023】
陰極4は、レーザー光源1から発振されるレーザー光2が照射されることにより電子6を放出する。陰極4は、仕事関数の低い材料である、例えば、銅等によってロッド状に構成されている。陰極4を仕事関数の低い材料で構成することにより、パルス状のレーザー光2が照射されたときに電子6を放出し易くなる。陰極4は、レーザー光源2から発振されるパルス状レーザー光2が照射される斜面部41を有している。斜面部41は、レーザー光源2から発振したレーザー光2が照射されたときに、電子6を陽極5に向けて放出することのできる角度を有している。陰極4の斜面部41と陽極5の斜面部51とは互いに平行に形成されている。
【0024】
陽極5は、陰極4から放出された電子6が衝突してX線9を発生する。陽極5は、陰極4と同じくタングステンによってロッド状に構成されている。陽極5は、陰極4から放出された電子6が衝突する斜面部51が形成されている。斜面部51は、陰極4から放出された電子6が衝突することのできる角度を有している。
【0025】
管球7は、陽極5から発生したX線9を透過する石英ガラスにより概略球状に構成されている。陰極4および陽極5は、それぞれの一端が管球7の内部空間Sに突出し、それぞれの他端が管球5の外方に突出している。管球5の内部空間Sは、陰極4および陽極5を封止した際に所定の圧力以下に減圧される。管球5は、陰極4および陽極5が気密に封止されているので、真空ポンプ等の排気手段を備えなくても、内部空間Sの圧力が常に大気圧以下に減圧された状態に維持される。したがって、X線発生装置を小型かつ低コスト化することができる。
【0026】
次に、図1に示したX線発生装置の動作について説明する。
まず、レーザー光源1により発振されたパルス状のレーザー光2は、光学素子3に入射し、光学素子3によって集光され、管球7の内部に配置された陰極4の斜面部41に照射される。パルス状のレーザー光2が陰極4の斜面部41に照射されることにより、陰極4から電子6が陽極5の斜面部51に向けて放出される。陰極4および陽極5に接続された高電圧電源8は、陰極4と陽極5との間に、例えば、数十kVの高電圧を印加し電子を加速する。加速された電子6が陽極5の斜面部41に衝突することによってX線9を発生し、X線9は管球7の外部へ放出される。
【0027】
上述のごとく、本発明のX線発生装置は、陰極4に対してパルス幅が10−12秒以下の超短パルスレーザー光2を照射することにより、光電界電離現象を発生させ、当該現象によって電子6を放出させる。即ち、本発明のX線発生装置においては、従来の光電効果とは全く異なる現象を発生させることにより、パルスレーザー光の波長に依存することなく、電子を放出させることができる。以下に、光電界電離現象について詳述する。
【0028】
ここでは、まず超短パルス高強度レーザーによる光電界電離を分かりやすく説明するために、気体原子を例にとる。原子や分子にレーザー光2を照射すると、電子はレーザー光2の光電界によって力を受ける。特に、超短パルス高強度レーザーを集光すると極めて強い光電界を発生させることができる。図3は、高強度レーザー入射時の原子のポテンシャル曲線を示している。高強度レーザーの照射がないときは、原子核の陽子に起因するクーロンポテンシャル(coulomb potential)11が発生しており、このクーロンポテンシャル11の中に電子13は閉じ込められており、飛び飛びのエネルギー値を持つ。レーザー光2による光電界ポテンシャル(potential of optical field)12が原子内のクーロンポテンシャル11と同程度になったとき、電子13がある一つの場所に偏るため、原子のクーロンポテンシャル11が歪められ、効果的可能性(effctive potential)12の状態となり、ポテンシャル障壁が薄くなるため、トンネル電離(tuneling ionization)14が起こる。この現象におけるトンネル電離14の状態は電離確率W(s−1)によって表され、ADK理論により求められる。
【0029】
【数2】

ここで、Ea.u.は原子内で受ける電界強度であり、Ea.u.=5.1×10Vcm−1、Eは入射レーザーの電界強度、neffは主量子数である。
式(2)は簡略した式ではあるが、式中に波長の因子がないため、任意の媒質に対してレーザー光の波長に依らず一定である。
【0030】
図4を用いて金属表面における光電界電離について説明する。超短パルス高強度レーザーを金属の固体表面に照射すると非常に強い光電界を発生させることができる。この光電界が金属内のクーロンポテンシャルと同程度になったとき、クーロンポテンシャルが歪められ、仕事関数がΦからΔΦへ変化し、さらにポテンシャル障壁が薄くなり、トンネル電離が起こる。この現象は、上記の気体原子を例にした記述と同様に、光電界強度に依存し、レーザー光の波長によらない。よって、光電効果と全く違う原理で電子を放出させることができることが最大の特徴である。
【0031】
次に、光電効果(従来のX線発生装置)と光電界電離(本発明のX線発生装置)とのそれぞれについて、銅で構成された陰極に対してパルスレーザー光を照射して電子を発生させる場合に必要となるパルスレーザー光の波長について、対比し検討する。
銅で構成された陰極に対してパルスレーザー光を照射して光電効果を発生させるためには、図9の表に示すように、248−276nmという短波長のパルスレーザー光を照射することが必要とされる。一方、光電界電離の発生には、パルスレーザー光の波長に依存しない。例えば、陰極に照射するパルスレーザー光の波長が陰極構成物質の仕事関数のエネルギーに相当する波長よりも長い場合でも、光電界電離を確実に発生させることができる。
【0032】
このように、本発明のX線発生装置によれば、光電界電離現象を利用して電子を放出するものであるため、比較的波長の長いパルスレーザー光を陰極に照射することにより、電子を放出させることができる。したがって、パルスレーザー光を出射するためのレーザー装置を小型化するとともに低コスト化することができる。しかも、比較的長い波長のパルスレーザー光を使用することにより、パルスレーザー光が照射される陰極に対する熱的ダメージを軽減することができるので、陰極の損耗が防止されるとともにデブリの発生を抑制することができる。
【0033】
以下に、本発明の効果を確認するために行った実験1および実験2について説明する。
<実験1>
実験1は、図1に示したX線発生装置を用いて行った。フェムト秒レーザー光源1から出射するレーザー光2は、パルス幅 <120fs、繰り返し周波数1kHzである。この実験では、1パルスあたりのレーザー光2のフルエンスとX線放射当量との関係を調べるとともに、各フルエンスの値について陰極損耗の有無を調べた。フェムト秒レーザー光源2から出射したパルス幅約100fsのレーザー光2は、図2に示すように、まずf=300mmのレンズ3に入射される。レーザー光2は、レンズ3で絞られながら陰極4がレンズ3から200mmの位置に設置してあるX線管球7に入射され、陰極4に照射される。発生したX線9の強度はX線管球7から10mm離れた位置に設置されているサーベイメーター10により計測される。なお、X線管球7内の陰極4と陽極5間には高圧電源8から37kVの高電圧を印加した。レーザー光2の強度は、レンズ3入射前のレーザー光路に設けた不図示のNDフィルターにより変化させた。
【0034】
図5は、実験1により得られた、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスに対するX線9の放射当量、および各フルエンスにおける陰極4の損耗の有無を示すグラフである。
同図に示すように、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンス約5mJ/cmがX線9を発生させるための閾値であることが分かった。また、フルエンス35mJ/cm以上では、X線放射当量は飽和した。また、フルエンス60mJ/cmにおいては、X線放射当量約1.5mSv/hであるものの、実験終了後、陰極4を見ると目視でも明らかにダメージが観測された。
【0035】
<実験2>
実験2は、実験1と同じように、図1に示したX線発生装置を用いて行った。フェムト秒レーザー光源1から出射するレーザー光2は、パルス幅 <120fs、繰り返し周波数1kHzである。この実験では、陰極4の被照射面におけるパルス状レーザー光2のビーム径(以下、ビーム径)を5通りとし、各ビーム径のレーザー光2についてフルエンスとX線9の放射当量との関係を調べた。フェムト秒レーザー光源1から出射したパルス幅約100fsのレーザー光は、図2に示すように、まずf=300mmのレンズ3に入射される。フェムト秒レーザー光源1から出射されるパルス幅約100fsのレーザー光2のビーム径は、それぞれ0.7mm、1.2mm、2.5mm、3mm、7mmの5通りとした。レーザー光2は、レンズ3で絞られながら、陰極4がレンズから175mmの位置に設置してあるX線管球7に入射され、陰極4に照射される。f=300mmのレンズ3は、フルストロークが50mmの不図示のマイクロメーターの上に設置してあり、マイクロメーターを移動させレーザー光2の照射面積を変更させた。実験後、レーザー光2を照射した位置ごとにビームプロファイラーでレーザー光2のビーム径を計測し、レーザー光2のフルエンスを算出した。発生したX線9の強度はX線管球7から10mm離した位置に設置されているサーベイメーター10により計測した。なお、X線管球7内の陰極4と陽極5間には高圧電源8から37kVの高電圧を印加した。レーザー光2の強度を、レンズ3入射前のレーザー光路に不図示のNDフィルターを設置して変化させた。
【0036】
図6は、実験2により得られた、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスに対するX線9の放射当量を示すグラフである。
同図に示すように、ビーム径が0.7mmの場合は、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスが大きいが、X線9の放射当量が低いことが確認された。ビーム径が1.2mm〜2.5mmの場合は、レーザー光2の1パルスあたりのフルエンスが大きくなるにつれて、X線放射当量が高くなることが確認された。
【符号の説明】
【0037】
1 レーザー光源
2 レーザー光
3 光学素子
4 陰極
5 陽極
6 電子
7 管球
8 高電圧電源
9 X線
10 サーベイメーター
11 クーロンポテンシャル
12 光電界ポテンシャル
13 電子
14 効果的可能性
15 トンネル電離



【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザー光を出射するレーザー光源と、
前記パルスレーザー光が照射されることにより電子を放出する陰極と、
該陰極から放出した電子が加速されて衝突することによりX線を放出する陽極と、
前記陰極および前記陽極を収容する真空容器と、
を備えるX線発生装置において、
前記レーザー光源は、パルス幅が10−12秒以下のパルスレーザー光を出射し、前記陰極から光電界電離により電子を放出させることを特徴とするX線発生装置。
【請求項2】
前記パルスレーザー光の波長が、前記陰極の構成物質の仕事関数のエネルギーに相当する光の波長よりも長いことを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項3】
前記レーザー光源が出射する1パルスあたりのレーザー光のフルエンスが5mJ/cm2以上であることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項4】
前記レーザー光源が出射する1パルスあたりのレーザー光のフルエンスが60mJ/cm2以下であることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項5】
前記レーザー光源が出射するパルス状のレーザー光を集光して焦点位置に結像させる光学素子を有し、
前記光学素子は、前記陰極の被照射面上を除く領域に焦点位置を有することを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項6】
前記レーザー光源が出射するパルス状のレーザー光のビーム径が1.2mm以上であることを特徴とする請求項5記載のX線発生装置。
【請求項7】
前記レーザー光源はファイバーレーザーであることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項8】
前記レーザー光源はチタンサファイアレーザーであることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。
【請求項9】
前記真空容器は、内圧が大気圧以下に減圧された内部空間を有する管球よりなり、
前記陰極および前記陽極が前記管球に気密に封止されていることを特徴とする請求項1記載のX線発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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