説明

X線顕微鏡像観察用試料支持部材、X線顕微鏡像観察用試料収容セル、およびX線顕微鏡

【課題】生物試料のX線顕微鏡観察に好適なX線顕微鏡像観察用試料支持部材を提供すること。
【解決手段】試料支持部材(10)は、窒化シリコン膜、カーボン膜、ポリイミド膜などの試料支持膜(11)と、この試料支持膜の一方主面に設けられ荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜(13)と、試料支持膜(11)の他方主面に設けられた金属膜であって吸着により観察対象試料(1)を固定する試料吸着膜(12)とを備えている。生物試料の構成物質であるタンパク質は金属イオンに吸着し易い性質があるため、試料吸着膜(12)を試料支持部膜(11)の主面の一方に形成してこれに観察試料を吸着させるようにする。このような試料支持部材(10)を用いれば、生物試料を含む溶液を試料吸着膜(12)の上に滴下したり試料支持部材(10)を収容したセル内に注入したりするだけで、観察試料を固定することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線顕微鏡像の観察技術に関し、特に、水溶液中の生物試料の高分解能X線顕微鏡像の観察に好適な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
X線顕微鏡は、光学顕微鏡に比較して、水溶液中の試料を高分解能で観察することが可能である。特に、一般に「水の窓」と呼ばれる2.3〜4.4nmの波長範囲(284〜540eVに相当)の軟X線は、生体を構成する物質の吸収係数の差が大きく、水は透過する一方、炭素や窒素に良く吸収されるためにタンパク質などは透過しにくいという特性を有する。
【0003】
このような「水の窓」領域の軟X線を用いると、水分を含んだ対象物(生体試料や溶液中の試料)をそのままの状態で観察することが可能となることに加え、波長は可視光よりも短いために、光学顕微鏡以上の高分解能観察が可能であることから、「水の窓」の波長領域にあるX線を利用した軟X線顕微鏡の開発が進められている(例えば、非特許文献1:真島秀明他「細胞をX線顕微鏡で見る」Medical Imaging Technology, Vol. 17, No.3 p.211-216 (1999))。
【0004】
なお、「水の窓」の波長範囲の軟X線以外にも、炭層の吸収が少ない「炭素の窓」波長領域(5.0〜4.5nm)の軟X線や、更に短い波長領域(0.6〜2.3nm)の軟X線も、生物試料の観察には有効である。
【0005】
X線顕微鏡は、主として、ゾーンプレート等の集光系を用いてX線ビームを細く絞って試料に照射する方法(集光系)と、点光源からのX線ビームを試料に照射する方法(点光源系)に分類される。
【0006】
集光系のX線顕微鏡は、照射透過型のものと走査透過型のものとに分類され(非特許文献2:Chris Jacobsen 「Soft x-ray microscopy」Trend in Cell Biology, Vol. 9, p.44-47 (1999))、この方法での分解能はゾーンプレートの加工精度に依存し、理論的な限界は10〜15nm程度と予想されている(非特許文献3:W. Chao et al., 「Soft X-ray microscopy at a spatial resolution better than 15 nm」 Nature, Vol. 453, p.1210-1213 (2005))。
【0007】
一方、点光源を用いる方法は、レーザーによりX線を発生させる方法と、電子線でX線を発生させる方法とに分類されるが、例えば、電子線をターゲットに入射させて発生させたX線をプローブとして試料観察する方法が開発されている。
【0008】
この方法では、試料支持膜に電子線を直接入射させてX線を発生させ、このX線を電子線入射方向とは反対の支持膜表面に付着させた試料に照射するという手法が採用されている(特許文献1:特開平8−43600号公報、特許文献2:特願2009−18290の明細書、特許文献3:特開平2−138856号公報)。
【0009】
このような手法によれば、極めて細く絞った荷電粒子を試料支持膜に入射させて荷電粒子の拡散範囲を抑えることが可能となるため、高い分解能を達成することができる。また、試料支持膜の下側の様々な角度や位置にX線検出器を複数個設置することとすれば、その設置角度に依存した傾斜画像を得ることができるため、1回の荷電粒子線走査で検出器の数と同じ数だけの傾斜画像が得られ、これらの傾斜画像に基づいて観察対象試料の3次元構造を再現することも可能となる(特許文献2:特願2009−18290の明細書)。
【0010】
このような軟X線顕微鏡観察に用いられる試料支持部材(支持膜)としては、窒化シリコン膜が広く用いられてきた。窒化シリコン膜は耐圧性に優れているため、内部が大気圧にある試料収容セルの窓部に設けた場合でも、真空となる顕微鏡装置内での使用には何ら支障が生じない。例えば、特開平6−180400号公報(特許文献4)に開示されている発明では、2枚の窒化シリコン膜が所定の間隔を有するようにして平行に固定しその間隔内に水溶液と一緒に観察試料を封入して密閉した試料セルを、内部が真空の軟X線顕微鏡装置へと導入している。
【0011】
ところで、水溶液中にある試料を高分解能で観察する場合には、ブラウン運動に起因する観察像のブレを抑制するために、支持部材へ試料を固定する必要があるが、このような試料固定のための支持膜は、可能な限り薄く且つ耐久性があり、しかもX線に対しては高い透過性を有するものであることが重要な要素となる。
【0012】
従来、生物試料の固定剤として、コンカナバリンAやポリイミジン等の有機物が用いられてきた。しかしこれらの有機物は、炭素や窒素を多量に含むため、上述した水の窓領域の軟X線が吸収され易く、得られる観察画像のコントラストを大幅に低下させてしまう。また、分子サイズが数十nmと大きいために、高分解能観察時にこれらの試料固定剤の構造自体が観察されてしまうという問題もある。さらに、熱や紫外線あるいは湿度等の外的環境にも弱く耐久性に乏しいという欠点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平8−43600号公報
【特許文献2】特願2009−18290明細書
【特許文献3】特開平2−138856号公報
【特許文献4】特開平6−180400号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】真島秀明他「細胞をX線顕微鏡で見る」Medical Imaging Technology, Vol. 17, No.3 p.211-216 (1999)
【非特許文献2】Chris Jacobsen 「Soft x-ray microscopy」 Trend in Cell Biology, Vol. 9, p.44-47 (1999)
【非特許文献3】W. Chao et al., 「Soft X-ray microscopy at a spatial resolution better than 15 nm」 Nature, Vol. 453, p.1210-1213 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明はこのような問題点に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、「水の窓」領域の軟X線の透過性と耐久性に優れ、しかも、荷電粒子の照射による観察試料へのダメージを軽減させ得る、生物試料のX線顕微鏡観察に好適なX線顕微鏡像観察用試料支持部材を提供することにある。
【0016】
また、本発明の目的は、上記試料支持部材を用いたX線顕微鏡像観察用試料収容セルおよびX線顕微鏡の提供にも及ぶ。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために、本発明では、X線顕微鏡像観察用試料支持部材の試料吸着膜として、生物試料の構成物質であるタンパク質を吸着し易い金属膜を用いることとした。
【0018】
つまり、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材は、試料支持膜と、該試料支持膜の一方主面に設けられ荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と、前記試料支持膜の他方主面に設けられた金属膜であって吸着により観察対象試料を固定する試料吸着膜とを備えている。
【0019】
前記試料吸着膜は、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、鉄、マンガン、クロム、金、プラチナの何れかの元素を主成分として含む金属膜とすることができる。
【0020】
前記試料吸着膜の厚みは、例えば、300nm以下である。
【0021】
前記X線放射膜は、カーボン、アルミニウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、ニッケル、シリコン、ゲルマニウム、及びこれらの酸化物若しくは窒化物を主成分とする膜とすることができる。
【0022】
前記X線放射膜は、組成の異なる複数の膜が積層されている態様としてもよい。
【0023】
好ましくは、前記組成の異なる複数の膜の厚みは何れも100nm以下である。
【0024】
また、好ましくは、前記組成の異なる複数の膜は、荷電粒子照射側から、主成分元素の原子番号が小さい膜から大きい膜となる順番で積層されている。なお、前記組成の異なる複数の膜は、荷電粒子照射側から、膜の組成質量の軽い材質から重い材質となる順番で積層されている態様としてもよい。
【0025】
本発明のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材は、前記試料支持膜と前記X線放射膜との間又は前記試料支持膜と前記試料吸着膜との間に荷電粒子遮蔽膜を備えている態様としてもよい。
【0026】
前記荷電粒子遮蔽膜は、金、プラチナ、パラジウム、オスミウム、タングステン、スズ、コバルト、ニッケルの何れかの金属元素を主成分とする膜とすることができる。
【0027】
前記試料支持膜は、窒化シリコン膜、カーボン膜、又はポリイミド膜とすることができる。
【0028】
前記試料支持膜の厚みは、例えば、200nm以下である。
【0029】
本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、上述のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材が設けられたセル上部と、該セル上部の前記試料吸着膜側の面に対向する観察窓を有するセル下部とを有し、前記セル上部と前記セル下部がスペース部材を介して所定の間隔の隙間を有するように配置されている。
【0030】
本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、前記セル上部と前記セル下部との間に形成される隙間内に観察試料を導入する注入孔と空気孔が設けられている態様としてもよい。
【0031】
また、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、前記注入孔を複数有し、該複数の注入孔のそれぞれに対応付けられた複数の流路を備えている態様としてもよい。
【0032】
さらに、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、前記注入孔の近傍に設けられた導電膜と、該導電膜と前記試料吸着膜との間に電位差を生じさせて電気泳動により前記注入孔から前記試料吸着膜側へと観察試料を導く電圧印加部とを有している態様とすることもできる。
【0033】
また、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、前記注入孔の近傍に、該注入孔から前記試料吸着膜側へと観察試料を押し出す圧力印加部を備えている態様とすることもできる。
【0034】
好ましくは、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料収容セルは、前記試料収容セルの構成部材に関連する情報を記録するセル情報記録部を備えている。
【0035】
前記セル情報記録部は、例えば、外部からの読取が可能な位置に印刷乃至刻印されている。
【0036】
また、前記セル情報記録部は、例えば、外部から読取及び書込が可能な記録媒体である。
【0037】
本発明のX線顕微鏡は、上述した試料支持部材又は試料収容セルを保持するホルダと、前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、該荷電粒子線の走査機構部と、前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を検知するX線検出器と、該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、を備えている。
【0038】
また、本発明のX線顕微鏡は、上述した試料支持部材又は試料収容セルを保持するホルダと、前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、該荷電粒子線の走査機構部と、前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を電子に光電変換する光電変換部と、前記光電変換された電子線を検知する電子線検出器と、該電子線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、を備えている。
【0039】
本発明のX線顕微鏡は、前記X線検出器を複数備え、該複数のX線検出器は、前記試料支持部材に支持される観察試料を異なる方向から望む位置に配置されている態様としてもよい。
【0040】
この場合、前記信号処理部は、前記複数のX線検出器からのX線検出信号に基づいて、3次元のX線画像を形成する画像処理部を備えている態様としてもよい。
【発明の効果】
【0041】
本発明では、X線顕微鏡像観察用試料支持部材の観察試料吸着膜として、生物試料の構成物質であるタンパク質を吸着し易い金属膜を用いることとしたので、観察試料側へと透過する荷電粒子を遮蔽して試料へのダメージを低減する一方、X線観察像の画質は低下させ難く、しかも、温度変化や湿度変化あるいは紫外線照射等による劣化も少なく耐久性にも優れている、生物試料のX線顕微鏡観察に好適なX線顕微鏡像観察用試料支持部材を提供することが可能となる。
【0042】
また、本発明では、予め、試料支持部材そのものに、或いは、試料支持部材を収容する試料収容セルに、構成部材に関連する情報を記録するセル情報記録部を設けておき、これに観察条件や放射される特性X線の情報を印刷等しておくこととしたので、X線高分解能観察を簡便に行うことが可能となる。
【0043】
このように、本発明によれば、誰もが簡便に溶液中の生物試料の高分解能なX線画像を取得することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明に係る試料支持部材を用いてX線顕微鏡観察を行う際のX線顕微鏡の構成例の概要を説明するためのブロック図である。
【図2】X線検出器を複数備えX線顕微鏡像を3次元で再構成することを可能とするX線顕微鏡の構成例を説明するための図である。
【図3】観察対象試料を透過したX線を光電変換させて2次電子検出器によりX線画像を観察する構成例を示した図である。
【図4】図3に示した態様のX線顕微鏡において、更に、光電変換面へのX線透過経路中に電子線遮蔽用のフィルタを設けることとした態様を示した図である。
【図5】図2に示した態様のX線顕微鏡において、X線放射膜を組成の異なる複数の膜を積層させた多層構造のものとした構成例を示した図である。
【図6A】本発明の試料収容セルの構成例を説明するための斜視図である。
【図6B】本発明の試料収容セルの構成例を説明するための上面図である。
【図6C】本発明の試料収容セルの構成例を説明するための断面図である。
【図7A】本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための斜視図である。
【図7B】本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための上面図である。
【図7C】本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための断面図である。
【図8A】溶液の送り込みを電気泳動的に行うこととした本発明の試料収容セルの構成例を説明するための上面図である。
【図8B】溶液の送り込みを電気泳動的に行うこととした本発明の試料収容セルの構成例を説明するための断面図である。
【図9A】溶液の送り込みを電気泳動的に行うこととした本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための上面図である。
【図9B】溶液の送り込みを電気泳動的に行うこととした本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための断面図である。
【図10A】図6Aに示した試料収容セルのセル上部にセル情報記録部としてのバーコードが印刷されている態様を図示したものである。
【図10B】図6Bに示した試料収容セルのセル上部にセル情報記録部としてのバーコードが印刷されている態様を図示したものである。
【図11A】図6Aに示した試料収容セルのセル上部にセル情報記録部としての半導体チップが設けられている態様を図示したものである。
【図11B】図6Bに示した試料収容セルのセル上部にセル情報記録部としての半導体チップが設けられている態様を図示したものである。
【図12】図11A及びBに示した態様の試料収容セルを用いて観察を行う際のX線顕微鏡の構成例を説明するための図である。
【図13A】50nm厚の窒化シリコン膜の試料支持膜に試料吸着膜として120nm厚のニッケルを蒸着し、この試料吸着膜で酵母を固定して観察したX線画像である。
【図13B】上記試料支持部材に電子線を照射した場合のシミュレーション結果を示した図である。
【図13C】図13Bに示した電子線照射時に窒化シリコンの試料支持膜から放出される窒素の特性X線の放射量のシミュレーション結果を示した図である。
【図13D】厚みが120nmのニッケルの膜につきX線の透過率をシミュレーションした結果を示した図である。
【図14A】40nm厚のカーボン膜の試料支持膜に試料吸着膜として60nm厚のニッケルを蒸着し、このニッケル膜に観察試料としてのバクテリアを吸着させて2,000倍の倍率で観察した画像である。
【図14B】上記バクテリアの観察倍率を15,000倍に上げたときの画像である。
【図14C】上記試料支持部材に電子線を照射した場合のシミュレーション結果を示した図である。
【図14D】カーボン膜で発生した特性X線の放射範囲(特性X線強度の広がりの程度)を示す図である。
【図15A】電子線入射側から、カーボン(20nm)、アルミニウム(20nm)、チタン(20nm)の順に積層されたX線放射膜の電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションで求めた図である。
【図15B】カーボン(20nm)、アルミニウム(20nm)、チタン(20nm)の各膜からの特性X線の放射範囲(特性X線強度の広がりの程度)を示す図である。
【図15C】上記特性X線の放射範囲を正規化して示した図である。
【図16A】電子線入射側から、チタン(20nm)、アルミニウム(20nm)、カーボン(20nm)の順に積層されたX線放射膜の電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションで求めた図である。
【図16B】チタン(20nm)、アルミニウム(20nm)、カーボン(20nm)の各膜からの特性X線の放射範囲(特性X線強度の広がりの程度)を示す図である。
【図16C】上記特性X線の放射範囲を正規化して示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下に、図面を参照して、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材および試料収容セルならびにX線顕微鏡について説明する。なお、以下では、荷電粒子線が電子線である場合について説明するが、荷電粒子線は電子線に限らず、後述するX線放射膜への入射により特性X線を発生させるものであればよく、イオンビームであってもよい。
【0046】
図1は本発明に係る試料支持部材を用いてX線顕微鏡観察を行う際のX線顕微鏡の構成例の概要を説明するためのブロック図で、走査型電子顕微鏡(SEM)内にX線検出器を設けた構成例を図示している。したがって、この走査型X線顕微鏡は、SEM機能も併せもつことが可能である。
【0047】
図1に示した構成例の走査型X線顕微鏡は、観察対象となる試料(1)を支持する試料支持部材(10)を保持するホルダ(20)と、試料支持部材(10)に荷電粒子である電子線を収束させて入射する電子銃(30)と、電子銃(30)から出射する電子線を走査させる信号(走査信号)を生成する回路部を有するコントロールPC(40)と、コントロールPC(40)からの走査信号に基づいて電子線を走査させるための偏向コイル(50)と、入射電子線の照射を受けて試料支持部材(10)内で発生するX線を検知するX線検出器(60)と、このX線検出器(60)により検知された信号を増幅する増幅器(70)と、X線検出信号に基づいてX線画像を形成するX線画像処理PC(80)を備えている。
【0048】
上記のX線検出器(60)には、例えば、シリコンドリフト検出器やPINフォトダイオード型検出器といった、エネルギー分光可能なX線検出器を用いるようにしてもよい。また、通常のSEMに標準的に装備されているように、上述のホルダ(20)の平面内及び高さ方向の位置調整等を可能とする走査機構部(不図示)を設けるようにしてもよい。
【0049】
図1に示したとおり、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材(10)は、例えば、窒化シリコン膜、カーボン膜、ポリイミド膜などで厚みが200nm以下の試料支持膜(11)と、この試料支持膜の一方主面に設けられ荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜(13)と、試料支持膜(11)の他方主面に設けられた金属膜であって吸着により観察対象試料(1)を固定する試料吸着膜(12)とを備えている。
【0050】
試料吸着膜(12)として用いられる金属膜としては、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、鉄、マンガン、クロム、金、プラチナの何れかの元素を主成分として含む金属膜が好適である。
【0051】
一般に、生物試料の構成物質であるタンパク質は、ニッケルイオンやコバルトイオンなどの金属イオンに吸着し易い性質がある。本発明では、この性質を利用して上述の試料吸着膜(12)を試料支持部膜(11)の主面の一方に形成してこれに観察試料を吸着させるようにする。このような試料支持部材(10)を用いれば、生物試料を含む溶液を試料吸着膜(12)の上に滴下したり試料支持部材(10)を収容したセル内に注入したりするだけで、観察試料を固定することが可能となる。
【0052】
また、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、鉄、マンガン、クロム、金、プラチナ等の金属は荷電粒子の吸収効率が高い一方、「水の窓」領域の軟X線の透過能が高い。このため、これらの金属からなる試料吸着膜(12)は、観察試料側へと透過する荷電粒子を遮蔽して試料へのダメージを低減する一方、X線観察像の画質は低下させ難いという利点がある。
【0053】
さらに、上記の金属膜は、温度変化や湿度変化あるいは紫外線照射等による劣化も少なく耐久性にも優れている。
【0054】
なお、試料吸着膜(12)の厚みに特に制限はないが、あまり厚いと「水の窓」領域の軟X線の吸収を無視できなくなるため、300nm以下とすることが好ましい。
【0055】
X線放射膜(13)は、荷電粒子の照射を受けて波長が0.6〜6nmの特性X線を放射する。このような膜としては、カーボン、アルミニウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、ニッケル、シリコン、ゲルマニウム、及びこれらの酸化物若しくは窒化物を主成分とする膜が好適である。特に、酸化物や窒化物は酸素や窒素の原子を多量に含むため、「水の窓」領域の軟X線の放射源として好適である。
【0056】
なお、図1に示した例では、X線放射膜(13)は単層の膜としたが、組成の異なる複数の膜を積層させた多層構造とし、様々な特性X線を発生させることとしてもよい。この場合、全ての膜からの特性X線が顕著に減衰することなく観察試料へと照射されることが必要であることから、各膜の厚みを100nm以下とし、さらに、荷電粒子照射側から主成分元素の原子番号が小さい膜から大きい膜となる順番で積層させることが好ましい。あるいは、X線放射膜(13)が金属やカーボンの酸化物や窒化物、もしくは合金の場合は、荷電粒子照射側から組成材料の質量の軽いものから重いもの順に積層させることとしてもよい。
【0057】
また、図1に示したように試料支持膜(11)とX線放射膜(13)との間に、あるいは試料支持膜(11)と試料吸着膜(12)との間に、観察試料(1)に対する荷電粒子によるダメージの更なる軽減を目的として、厚みが5〜100nm程度の金属元素を主成分とする荷電粒子遮蔽膜(14)を設けるようにしてもよい。このような荷電粒子遮蔽膜(14)としては、金、プラチナ、パラジウム、オスミウム、タングステン、スズ、コバルト、ニッケルの何れかの金属元素を主成分とする膜が好ましい。
【0058】
試料支持部材(10)のX線放射膜(13)の上面(表面)から電子線が照射され、入射電子は試料支持膜(11)の内部で拡散しながら広がり、試料支持膜(11)の下面付近に到達する。X線観察像を撮影する際の電子線加速電圧は、試料支持膜(11)に入射した電子が該試料支持膜(11)をほとんど透過せず、且つ、試料支持膜(11)の下面に到達する程度の電圧に調整され、観察試料(1)には電子線が照射されない条件とされる。
【0059】
このような加速電圧とした場合には、試料支持膜(11)の下面からは、試料支持膜(11)内で発生したX線のみが放出され、入射電子線(1次電子)の試料支持膜(11)外への放出はほとんどなくなる。このため、試料支持膜(11)の下面に付着している観察試料(1)に対して1次電子がダメージを与えることを回避することができる。
【0060】
試料支持膜(11)の下面から放出されたX線は、観察試料(1)が付着している部位では少なくともその一部が吸収される一方、その他の部位ではそのまま透過することとなる。
【0061】
図1中に示したように、試料支持膜(11)の下方に配置されているX線検出器(60)により検知されたX線の検出信号は、増幅器(70)で増幅され、走査回路部(45)から走査信号を受信するデータレコーダ(85)に送られて記録され、この検知信号(および走査信号)に基づいてX線画像処理PC(80)によりX線画像が形成される。つまり、電子線の走査信号を基に、各電子線照射位置に対応付けられたX線信号強度を計測することで、観察試料(1)のX線画像を得ることが可能となる。そして、電子銃(30)から出射する電子線は、偏向コイル(50)により試料支持膜(11)上の所望の範囲を走査可能であるから、X線検出器(60)で検知されるX線の強度は、観察試料(1)の付着領域では相対的に弱く、その他の領域では相対的に強くなり、X線画像処理PC(80)により形成されるX線画像には、観察試料(1)の形状や構造等の情報が含まれることとなる。
【0062】
図1に示した構成例では、X線検出器は1つだけ設けられているが、X線検出器を複数備えることとし、これら複数のX線検出器を、試料支持膜(11)に支持された観察試料(1)を異なる方向から望む位置に配置するようにしてもよい。
【0063】
図2は、X線検出器を複数備えたX線顕微鏡の構成例を説明するための図で、この図に示した例では、X線検出器は3つ設けられている(60a〜c)。これに対応して、増幅器も3つ設けられ(70a〜c)、これらの増幅器からの検知信号をA/D変換器(75)およびデータレコーダ(85)を介して、X線画像処理PC(80:ここでは3次元画像処理用PC)に送る構成となっている。これ以外の基本的構成は、図1に示したものと同じである。
【0064】
試料支持膜(11)内からのX線は様々な方向に放出されるが、X線検出器を複数設け、これらを試料支持膜(11)に支持された観察試料(10)を異なる方向から望む位置に配置することとすれば、試料を望む角度に依存した複数のX線画像(傾斜画像)を得ることができる。つまり、1回の電子線走査で検出器数と同数の傾斜画像が得られることとなり、これらの傾斜画像から、観察対象である試料の3次元構造を求めることが可能となり、しかも、上述したとおり、試料に対するダメージも極めて軽微なものである。
【0065】
なお、図2では、X線検出器数が3の例を示したが、当然のことながら、例えば数十個あるいはそれ以上のX線検出器を配置するようにして多数の傾斜画像を取得し、高精度の3次元構造を求めるようにすることも可能である。
【0066】
図3は、2次電子を検出してX線画像を形成する態様のX線顕微鏡の構成の一部を示した図で、この態様では、試料支持部(10)を載置するホルダ支持部(21)の下方に光電変換機構部(22)を設け、この光電変換機構部(22)には観察試料(1)を透過したX線を電子に光電変換させる光電変換面(23)が設けられている。光電変換面(23)で発生する電子は、2次電子検出器(65)により検出され、図1に示したのと同様に、走査回路部から走査信号を受信するデータレコーダに送られて記録され、この電子線検知信号(および走査信号)に基づいてX線画像処理PCによりX線画像が形成される。なお、図3に示したホルダ支持部(21)の下部は、いわゆる「絞り」として機能している。
【0067】
この態様のX線顕微鏡は、通常のSEMに特段の改良を加える必要がないという利点がある。すなわち、図1や図2に示したX線顕微鏡では、SEM内部にX線検出器と増幅器を新たに設置する等の必要が生じるが、図3の態様とすればこのような手間は不要となる。また、光電変換面(23)には金薄膜が利用可能であり、簡便で小型の構造のものとすることができるため、光電変換機構部(22)を通常のSEMで用いられる試料ステージの上にそのまま載せてX線顕微鏡観察することも可能である。
【0068】
図4は、図3に示した態様のX線顕微鏡において、更に、光電変換面(23)へのX線透過経路中に、電子線遮蔽用のフィルタ(24)を設けることとした態様を示している。このフィルタ(24)は、電子線を遮蔽する一方、X線は透過させる。フィルタ(24)により、透過電子が2次電子検出器(65)により検出されてノイズとなったりX線顕微鏡像のコントラスを低下させることを、完全に抑制することが可能となる。
【0069】
また、このフィルタ(24)として、窒化シリコン膜等の耐圧性の膜を用いることとすれば、ホルダ支持部(21)は試料収容セルとして機能することとなり、このセル内部を大気圧に保つこともでき、更に、溶液試料の観察も可能となる。
【0070】
なお、図4に示した態様のX線放射膜(13)は、組成の異なる複数の膜(13a〜c)を積層させた多層構造のものであり、荷電粒子である電子線の照射側から、カーボン膜(13a)、アルミニウム膜(13b)、チタン膜(13c)の順番で、すなわち、主成分元素の原子番号が小さい膜から大きい膜となる順番で積層されており、それぞれの特性X線のエネルギーは、283eV、453eV、1550eVである。なお、これらの膜は何れも厚みが100nm以下であるが、このような積層構造とすることにより、複数の特性X線を発生させるとともに、全ての膜からの特性X線が顕著に減衰することなく観察試料(1)へと照射される。
【0071】
図5は、図2に示した態様のX線顕微鏡において、X線放射膜(13)を組成の異なる複数の膜(13a〜c)を積層させた多層構造のものとし、更に、X線検出器(60a〜c)としてX線エネルギーの計測が可能なシリコンドリフトX線検出器を用い、元素組成を3次元的に解析することを可能とした構成例を示した図である。なお、この構成では、データレコーダ(85)にはエネルギー計測器が、また、画像処理用PC(80)にはエネルギー分光画像処理用PCが用いられる。また、シリコンドリフト検出器に代えてPINフォトダイオード型検出器などを用いることとしてもよい。
【0072】
この構成のX線放射膜(13)も、図4に示したものと同様に、荷電粒子である電子線の照射側から、カーボン膜(13a)、アルミニウム膜(13b)、チタン膜(13c)の順番であり、それぞれの特性X線のエネルギーは、283eV、453eV、1550eVである。
【0073】
これらの特性X線のエネルギーに応じて、シリコンドリフトX線検出器(60a〜c)の出力は変化する。具体的には、エネルギーの高いアルミニウムの特性X線では出力ピーク値は高く、エネルギーの低いカーボンの特性X線では出力ピーク値は低くなる。これらの出力をA/D変換した後、エネルギー計測器(85)により、検出位置における特性X線種とそのX線強度を求める。この処理により、荷電粒子の走査領域におけるX線吸収分光画像が求められるから、この画像を基に観察試料の元素分析(組成解析)が可能となる。
【0074】
また、上述したとおり、それぞれのX線検出器(60a〜c)は観察試料(10)を異なる方向から望む位置に配置されているから、試料を望む角度に依存した複数のX線吸収分光画像が得られることとなり、これらのX線吸収分光傾斜画像から、観察試料の3次元的な吸収分光情報や元素組成情報を求めることも可能である。
【0075】
観察対象が生物試料である場合には、試料が溶液中に存在する場合がある。また、種々の薬品等が当該生物試料の形状等に及ぼす影響などについて調べる必要も生じ得る。そこで本発明では、かかる要求に応えるべく、上述した試料支持部材(10)を備えた試料収容セル、すなわち、観察対象となる試料を含む溶液をセル内に流入させて上述の試料吸着膜に吸着させる構造の試料収容セル、ならびに、セル内への溶液の流入を制御する機構を備えた構造の試料収容セルについても検討を行った。
【0076】
図6A乃至Cは、本発明の試料収容セルの構成例を説明するための図で、図6Aは斜視図、図6Bは上面図、図6Cは断面図、である。
【0077】
この試料収容セル(100)は、本発明のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材(10)が設けられ中央部に上部観察窓(103)を有するセル上部(101)と、セル上部(101)の試料吸着膜(12)側の面に、上部観察窓(103)に対向する下部観察窓(104)を有するセル下部(102)とを有しており、これらセル上部(101)とセル下部(102)はシール部材を兼ねるスペース部材(105)を介して所定の間隔の隙間を有するように配置されている。
【0078】
また、セル上部(101)には、セル上部(101)とセル下部(102)との間に形成される隙間内に観察試料を含む溶液を導入するための注入孔(106)と空気孔(107)が設けられている。
【0079】
注入孔(106)から滴下された溶液は、空気孔(107)が反対側に設けられているために、表面張力の作用により、溶液流路(108)に沿って容易に観測窓(103、104)にまで導入され、溶液中に含まれている観察試料は、観察窓下の試料吸着膜(12)に吸着し固定される。なお、溶液導入後は、注入孔(106)および空気孔(107)を密封部材や気密テープ等で塞ぎ、X線顕微鏡内にセットされる。
【0080】
図7A乃至Cは、本発明の試料収容セルの他の構成例を説明するための図で、図7Aは斜視図、図7Bは上面図、図7Cは断面図、である。この試料収容セルは、注入孔(106a〜c)を複数有し、これら複数の注入孔のそれぞれに対応付けられた複数の溶液流路(108a〜c)を備えており、これらの溶液流路に導入された溶液は、表面張力の作用により、観測窓(103、104)にまで導入される。
【0081】
また、この試料収容セル(100)のそれぞれの注入孔近傍の側部には、注入孔から試料吸着膜側へと溶液を押し出すための圧力印加部としてのダンパー(109a〜c)が設けられており、これらのダンパーの先端には圧力印加弁が設けられている。
【0082】
このような複数の溶液流路(108a〜c)を設けることとすると、予め観察試料を収容したセル内に、新たに試薬等を送り込み、これによる反応を観察するといった実験等も容易となる。なお、図中に符号120aおよび120bで示したものは、注入孔および空気孔を塞ぐ密封部材である。このような溶液の送り込みは、圧力印加部によらず、電気泳動的に行うこととしてもよい。
【0083】
図8A及びBは、溶液の送り込みを電気泳動的に行うこととした、本発明の試料収容セルの構成例を説明するための図で、図8Aは上面図、図8Bは断面図、である。注入孔は3つ(106a〜c)設けられており、それぞれの注入孔に対応付けられて導電膜の電極(110a〜c)が設けられている。また、これらの電極と並んで、試料吸着膜(12)に電圧を加えるための導電膜の電極(110d)も設けられ、電源(111)により、注入孔の近傍に設けられた導電膜の電極(110a〜c)と試料吸着膜(12)との間に電位差を生じさせ、電気泳動により試料吸着膜側へと観察試料を導く。
【0084】
なお、試料吸着膜(12)の導電性が高い場合には、その試料吸着膜(12)と電極(110d)を直接接続させることができるが、試料吸着膜(12)の導電性が不十分である場合には、図9Aの上面図及び図9Bの断面図に図示したように、観察窓(103)と空気孔(107)との間に別途電極(110e)を設けることとして溶液の電気泳動を促すこととしてもよい。
【0085】
上述した試料収容セルを用いて、観察対象となる試料の鮮明な画像を得るためには、適正な条件下で観察を行うことが必要である。特に、X線顕微鏡の観察条件である荷電粒子線の加速電圧と電流は、極めて重要である。例えば、SEMを使用してX線顕微鏡観察を行う場合の電子線加速電圧は、電子線がX線放射膜を透過する一方、観察試料には到達しない値に設定することが必要である。このような適正条件は、試料支持部材を構成している各膜の材質や厚み等の因子により定まる。
【0086】
こうした条件は、試料収容セルの外観を見ただけでは知ることはできないため、簡便な観察を行う観点からは、予め、試料支持部材そのものに、或いは、試料支持部材を収容する試料収容セルに、構成部材に関連する情報を記録するセル情報記録部を設けておき、これに観察条件や放射される特性X線の情報を印刷等しておくことが望ましい。このようなセル情報記録部は、例えば、外部からの読取が可能な位置に、記号や数字などの文字、バーコード、QRコードなどを、印刷乃至刻印してもよい。また、例えば、半導体チップなどの、外部から読取及び書込が可能な記録媒体をセル情報記録部として用いてもよい。
【0087】
図10A及び図10Bは、図6A及び図6Bに示した試料収容セルのセル上部(101)に、セル情報記録部としてのバーコード(112)が印刷されている態様を図示したものである。
【0088】
また、図11A及び図11Bは、上記バーコードの代わりに、セル情報記録部としての半導体チップ(113)を設けることとした態様を図示したもので、セル上部(101)の端部には、当該半導体チップ(113)への読取及び書込を可能とするための端子部(114a〜d)が設けられている。当然のことながら、非接触での情報の読取/書込み可能な素子をセル情報記録部として用いることも可能である。
【0089】
図12は、図11A及びBに示した態様の試料収容セルを用いて観察を行う際の、X線顕微鏡の構成例を説明するための図である。基本的な装置構成は図1に示したものと同様であるが、試料収容セル(100)のセル上部(101)端部に設けられた半導体チップ(113)から、コネクタ(115)を介して構成部材に関連する情報である荷電粒子の加速電圧や電流量の適正値等がデータ入出力装置(90)によって読み出される。データ入出力装置(90)は、これらの情報に基づいて荷電粒子の加速電圧及び電流量を設定し、コントロールPC(40)により、電子銃の電圧制御部(95)に印加すべき電圧と電流量が制御される。
【0090】
観察により得られたX線画像は、X線画像処理PC(80)によって形成されてコントロールPC(40)へと送られ、このX線画像に試料収容セルの構成部材等の情報が書き加えられて保存される。なお、観察試料を何時どのような条件で観察したのかを明らかにして、試料の保存や分類の際に役立てること等を目的として、X線画像を取得した日時や観察条件等の情報をコントロールPC(40)からコネクタ(115)を介してセル情報記録部である半導体チップ(113)に保存させる構成としてもよい。
【0091】
以下に、実施例により、本発明をより具体的に説明する。
【0092】
[実施例1]
図13Aは、50nm厚の窒化シリコン膜の試料支持膜に試料吸着膜として120nm厚のニッケルを蒸着し、この試料吸着膜で酵母を固定して観察したX線画像である。また、図13B〜Dはそれぞれ、上記試料支持部材に電子線を照射した場合のシミュレーション結果を示した図、図13Bに示した電子線照射時に窒化シリコンの試料支持膜から放出される窒素の特性X線の放射量のシミュレーション結果を示した図、厚みが120nmのニッケルの膜につきX線の透過率をシミュレーションした結果を示した図である。
【0093】
図13Bに示したシミュレーションは試料支持膜及び試料吸着膜中での電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションにより求めたものであり、そのときの電子線の加速電圧は7kVである。この程度の電子線加速条件では、殆んどの入射電子がニッケル膜で散乱・吸収されるため、電子線による観察試料へのダメージは殆ど無視できる。
【0094】
電子線照射により、窒化シリコン膜から窒素の特性X線(453eV)が放出されるが(図13C)、この窒素の特性X線は、120nm厚のニッケル膜を約40%透過する(図13D)。従って、試料吸着膜であるニッケルが、電子線を遮蔽しX線を透過するフィルタの役割も合わせもつこととなる。
【0095】
[実施例2]
図14Aは、40nm厚のカーボン膜の試料支持膜に試料吸着膜として60nm厚のニッケルを蒸着し、このニッケル膜に観察試料としてのバクテリアを吸着させて2,000倍の倍率で観察した画像であり、バクテリアが極めて均一に程よく吸着されていることが確認できる。
【0096】
図14Bは、上記バクテリアの観察倍率を15,000倍に上げたときの画像であり、この倍率ではバクテリアの内部構造も詳細に観察される。
【0097】
図14Cは、上記試料支持部材に電子線を照射した場合のシミュレーション結果を示した図で、このシミュレーションは試料支持膜及び試料吸着膜中での電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションにより求めたものであり、そのときの電子線の加速電圧は4kVである。照射電子はカーボン層をそのまま透過し、ニッケル膜で散乱・吸収される。
【0098】
図14Dは、カーボン膜で発生した特性X線の放射範囲(特性X線強度の広がりの程度)を示す図で、カーボン膜からは極めて強い特性X線が放射されるが、カーボン膜内での電子線の散乱が少ないため、放射範囲は5nm以下と極めて小さく、これにより高分解能でのX線観察が可能となる。
【0099】
[実施例3]
図15Aは、複数の種類のX線放射膜を積層したときの電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションで求めた図で、ここでは、電子線入射側から、カーボン(20nm)、アルミニウム(20nm)、チタン(20nm)の順に積層されており、電子線の加速電圧は5kVである。複数の金属から構成される薄膜を積層することで、複数の特性X線を放射させることができ、これらの吸収比率等から試料内の元素組成を計測することが可能となる。また、電子線入射側から軽い元素順に薄膜層を形成することで、電子線の散乱範囲を抑えることができる。
【0100】
図15Bは、カーボン(20nm)、アルミニウム(20nm)、チタン(20nm)の各膜からの特性X線の放射範囲(特性X線強度の広がりの程度)を示す図で、各膜から特性X線が満遍なく放射されていることが確認できる。
【0101】
図15Cは、上記特性X線の放射範囲を正規化して示した図で、この図から、何れの特性X線も半値幅は5nm以下であり、高い分解能を達成できる。
【0102】
これに対して、電子線入射側から、チタン(20nm)、アルミニウム(20nm)、カーボン(20nm)の順に積層されたX線放射膜の電子線散乱状態をモンテカルロ・シミュレーションで求めると、電子線散乱範囲が大きく広がることが確認できる(図16A)。これは、電子線が初めに入射するチタン膜によって、大きく散乱されることに起因する。
【0103】
また、その特性X線強度もチタンが極めて強く、カーボンやアルミの放射量が低下する(図16B)。さらに、図16Bの結果を正規化して得られるX線放射範囲から、アルミニウム膜やカーボン膜のX線放射範囲が大きく広がっていることが確認できる。
【0104】
このような結果から、薄膜を積層したX線放射膜において特性X線の放射範囲を小さく抑えて高分解能観察を達成するためには、荷電粒子照射側から、主成分元素の原子番号が小さい膜から大きい膜となる順番で積層することが必要である。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、観察試料側へと透過する荷電粒子を遮蔽して試料へのダメージを低減する一方、X線観察像の画質は低下させ難く、しかも、温度変化や湿度変化あるいは紫外線照射等による劣化も少なく耐久性にも優れている、生物試料のX線顕微鏡観察に好適なX線顕微鏡像観察用試料支持部材を提供する。
【符号の説明】
【0106】
1 観察対象試料
10 試料支持部材
11 試料支持膜
12 試料吸着膜
13 X線放射膜
14 荷電粒子遮蔽膜
20 ホルダ
21 ホルダ支持部
22 光電変換機構部
23 光電変換面
24 電子線遮蔽用のフィルタ
30 電子銃
40 コントロールPC
45 走査回路部
50 偏向コイル
60 X線検出器
65 2次電子検出器
70 増幅器
75 A/D変換器
80 X線画像処理PC
85 データレコーダ
90 データ入出力装置
95 電圧制御部
100 試料収容セル
101 セル上部
102 セル下部
103 上部観察窓
104 下部観察窓
105 スペース部材
106 注入孔
107 空気孔
108 溶液流路
109a〜cダンパー
110a〜e 電極
111 電源
112 バーコード
113 半導体チップ
114a〜d 端子部
115 コネクタ
120a、120b 密封部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料支持膜と、該試料支持膜の一方主面に設けられ荷電粒子の照射を受けて軟X線領域の特性X線を放射するX線放射膜と、前記試料支持膜の他方主面に設けられた金属膜であって吸着により観察対象試料を固定する試料吸着膜とを備えているX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項2】
前記試料吸着膜は、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、鉄、マンガン、クロム、金、プラチナの何れかの元素を主成分として含む金属膜である請求項1に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項3】
前記試料吸着膜の厚みは300nm以下である請求項1又は2に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項4】
前記X線放射膜は、カーボン、アルミニウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、ニッケル、シリコン、ゲルマニウム、及びこれらの酸化物若しくは窒化物を主成分とする膜である請求項1乃至3の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項5】
前記X線放射膜は、組成の異なる複数の膜が積層されている請求項4に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項6】
前記組成の異なる複数の膜の厚みは何れも100nm以下である請求項5に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項7】
前記組成の異なる複数の膜は、荷電粒子照射側から、主成分元素の原子番号が小さい膜から大きい膜となる順番で積層されている請求項5又は6に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項8】
前記組成の異なる複数の膜は、荷電粒子照射側から、膜の組成質量の軽い材質から重い材質となる順番で積層されている請求項5又は6に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項9】
前記試料支持膜と前記X線放射膜との間又は前記試料支持膜と前記試料吸着膜との間に荷電粒子遮蔽膜を備えている請求項1乃至8の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項10】
前記荷電粒子遮蔽膜は、金、プラチナ、パラジウム、オスミウム、タングステン、スズ、コバルト、ニッケルの何れかの金属元素を主成分とする膜である請求項9に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項11】
前記試料支持膜は、窒化シリコン膜、カーボン膜、又はポリイミド膜である請求項1乃至10の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項12】
前記試料支持膜の厚みは、200nm以下である請求項1乃至11の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材。
【請求項13】
請求項1乃至12の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料支持部材が設けられたセル上部と、該セル上部の前記試料吸着膜側の面に対向する観察窓を有するセル下部とを有し、前記セル上部と前記セル下部がスペース部材を介して所定の間隔の隙間を有するように配置されているX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項14】
前記セル上部と前記セル下部との間に形成される隙間内に観察試料を導入する注入孔と空気孔が設けられている請求項13に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項15】
前記注入孔を複数有し、該複数の注入孔のそれぞれに対応付けられた複数の流路を備えている請求項14に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項16】
前記注入孔の近傍に設けられた導電膜と、該導電膜と前記試料吸着膜との間に電位差を生じさせて電気泳動により前記注入孔から前記試料吸着膜側へと観察試料を導く電圧印加部とを有している請求項14又は15に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項17】
前記注入孔の近傍に、該注入孔から前記試料吸着膜側へと観察試料を押し出す圧力印加部を備えている請求項14又は15に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項18】
前記試料収容セルの構成部材に関連する情報を記録するセル情報記録部を備えている請求項13乃至17の何れか1項に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項19】
前記セル情報記録部は、外部からの読取が可能な位置に印刷乃至刻印されている請求項18に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項20】
前記セル情報記録部は、外部から読取及び書込が可能な記録媒体である請求項18に記載のX線顕微鏡像観察用の試料収容セル。
【請求項21】
請求項1乃至12に記載の試料支持部材又は請求項13乃至17に記載の試料収容セルを保持するホルダと、
前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、
該荷電粒子線の走査機構部と、
前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を検知するX線検出器と、
該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、
を備えているX線顕微鏡。
【請求項22】
請求項1乃至12に記載の試料支持部材又は請求項13乃至17に記載の試料収容セルを保持するホルダと、
前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、
該荷電粒子線の走査機構部と、
前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を電子に光電変換する光電変換部と、
前記光電変換された電子線を検知する電子線検出器と、
該電子線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、
を備えているX線顕微鏡。
【請求項23】
請求項18に記載の試料収容セルを保持するホルダと、
前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、
該荷電粒子線の走査機構部と、
前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を検知するX線検出器と、
該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、
前記セル情報記録部に記録された情報の読取部と、
該セル情報記録部に記録された情報に基づいて前記荷電粒子銃から射出される荷電粒子の加速電圧及び電流量を設定する制御部と、
を備えているX線顕微鏡。
【請求項24】
請求項18に記載の試料収容セルを保持するホルダと、
前記X線放射膜に荷電粒子線を収束させて入射する荷電粒子銃と、
該荷電粒子線の走査機構部と、
前記荷電粒子線入射に伴い前記試料支持部材から発生するX線を電子に光電変換する光電変換部と、
前記光電変換された電子線を検知する電子線検出器と、
該電子線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、
前記セル情報記録部に記録された情報の読取部と、
該セル情報記録部に記録された情報に基づいて前記荷電粒子銃から射出される荷電粒子の加速電圧及び電流量を設定する制御部と、
を備えているX線顕微鏡。
【請求項25】
前記X線検出器を複数備え、該複数のX線検出器は、前記試料支持部材に支持される観察試料を異なる方向から望む位置に配置されている請求項21又は23に記載のX線顕微鏡。
【請求項26】
前記信号処理部は、前記複数のX線検出器からのX線検出信号に基づいて3次元のX線画像を形成する画像処理部を備えている請求項25に記載のX線顕微鏡。
【請求項27】
前記X線検出器はエネルギー分光可能なX線検出器である請求項請求項21、23、又は25の何れか1項に記載のX線顕微鏡。
【請求項28】
前記X線検出器は、シリコンドリフト検出器又はPINフォトダイオード型検出器である請求項27に記載のX線顕微鏡。
【請求項29】
更に、前記ホルダの走査機構部を備えている請求項21乃至28の何れか1項に記載のX線顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11A】
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【図11B】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図13C】
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【図13D】
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【図14A】
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【図14B】
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【図14C】
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【図14D】
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【図15A】
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【図15B】
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【図15C】
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【図16A】
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【図16B】
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【図16C】
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【公開番号】特開2011−174784(P2011−174784A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−38375(P2010−38375)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.QRコード
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】