説明

β−ラクタム化合物の安定形結晶の製造方法

【課題】β−ラクタム化合物の安定形結晶の製造方法を提供する。
【解決手段】式(1):


で表される化合物を、炭酸塩または炭酸水素塩の水溶液であるアルカリ水溶液に溶解し、その溶液を、塩酸、硫酸、メタンスルホン酸またはリン酸である酸で中和し、化合物(1)のII形晶を晶析せしめ、これを単離することなく30℃から50℃に加温、保持する、化合物(1)のI形晶の効率的製造方法。化合物(1)は、グラム陽性菌、特にメチシリン耐性ブドウ球菌およびメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌に対して優れた抗菌活性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、後記式(1)で表される(4R,5S,6S)−6−[(1R)−1−ヒドロキシエチル]−4−メチル−3−({4−[(5S)−5−メチル−2,5−ジヒドロ−1H−ピロール−3−イル]−1,3−チアゾール−2−イル}チオ)−7−オキソ−1−アザビシクロ[3.2.0]ヘプト−2−エン−2−カルボン酸の安定形結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
式(1):
【化1】

で表される化合物(以下、「化合物A」と略記することもある)は、グラム陽性菌、特にメチシリン耐性ブドウ球菌およびメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌に対して優れた抗菌活性を示すことが開示されている(特許文献1)。
しかしながら、上記特許公報には、化合物Aおよびその合成法が記載されてはいるものの、化合物Aの結晶形およびその製造法については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第02/38564号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
医薬品として化合物が使用される際には、その品質を保持するため、および/または保存を容易にするため、医薬組成物のみならず、医薬品原体(Active Pharmaceutical Ingredients;API)としての化合物自体の化学的および物理学的な安定性が要求される。
化合物Aの安定形結晶、即ち化合物(1)のI形晶が極めて安定であることが判明し、本特許出願人により、特許出願されている(PCT/JP2008/72504)。
本発明の課題は、医薬品原体として望ましい特性を有する、化合物Aの安定形結晶(I形晶)を、工業的に効率的に得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
医薬品の製造における晶析は、均一性の点で十分に攪拌をかけて行うことが望ましく、一般に晶析用の釜の方がろ過器よりも攪拌効率が良いため、晶析釜内で安定形結晶を取得することが望まれる。また、ろ過器での洗浄および溶媒乾燥の回数の削減により製造時間の大幅な短縮が可能となると考えられる。
本発明者は、種々の検討の結果、上記化合物Aの溶媒和結晶ではなく、II形晶を晶析釜中で取得し、これを加熱することにより晶析釜内で安定形結晶に変換する方法を見出し、本発明を完成させた。
【0006】
即ち本発明は以下の製法に関する。
[1]式(1):
【化2】

で表される化合物をアルカリ水溶液に溶解し、その溶液を酸で中和し、化合物(1)のII形晶を晶析せしめ、これを単離することなく、30℃から50℃に加温、保持することを特徴とする、化合物(1)のI形晶の効率的製造方法。
[2]アルカリ水溶液が、炭酸塩または炭酸水素塩の水溶液である、上記[1]に記載の製造方法。
[3]酸が、塩酸、硫酸、メタンスルホン酸またはリン酸である、上記[1]または[2]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る化合物Aの結晶(I形晶)は、下記特定の結晶形を有することにより、物理学的および化学的安定性に優れており、化合物Aの品質を長期間にわたって保持することができるという利点を有する。
また、本発明によって、化合物Aを攪拌効率の劣るろ過器内ではなく、晶析用の釜の中で安定なI形晶を取得することができるようになった。また使用する有機溶媒も貧溶媒晶析法に比べ少なくなった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】I形晶の粉末X線回折パターンを示す。横軸は回折角2θ(°)、縦軸は強度(cps)を示す(以下、図2−3について同様である)。
【図2】II形晶の粉末X線回折パターンを示す。
【図3】IV形晶の粉末X線回折パターンを示す。
【0009】
【図4】I形晶の赤外吸収スペクトルを示す。横軸は波数(cm-1)、縦軸は透過率(%)を示す(以下、図5−6について同様である)。
【図5】II形晶の赤外吸収スペクトルを示す。
【図6】IV形晶の赤外吸収スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
化合物Aをアルカリ水溶液に溶解し、その溶液を酸で中和することで化合物AをII形晶として晶析させることができる。
使用される化合物Aとしては、特に限定されず、そのアモルファス、溶媒和結晶などが挙げられる。
アルカリ水溶液としては、例えば炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等の炭酸塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等の炭酸水素塩、酢酸ナトリウム、プロピオン酸ナトリウム、オクタン酸ナトリウム等の脂肪族カルボン酸塩等の単独または混合物の水溶液が挙げられ、好ましくは炭酸水素塩、脂肪族カルボン酸塩の水溶液が、より好ましくは炭酸水素ナトリウム、オクタン酸ナトリウムの水溶液が挙げられる。
溶液を酸で中和する際、有機溶媒を加えることもできる。有機溶媒としては、例えば、2-ブタノン、2-プロパノールなどが挙げられる。
酸としては、例えば塩酸、硫酸、メタンスルホン酸、リン酸などの水溶性の無機酸または有機酸などが挙げられる。中和時の温度としては、例えば0〜10℃、好ましくは0〜5℃などが挙げられる。
【0011】
このようにして得られた中和溶液を、15〜25℃に昇温する。昇温に要する時間としては特に制限はないが、30分から2時間が好ましく、さらに好ましくは30分から1時間である。また、時間をおかず直ぐに15〜25℃まで昇温することもできる。昇温する時間としては30分から2時間が好ましく、さらに好ましくは30分から1時間である。
続いて、この反応液を30〜50℃に昇温、保持する。好ましくは35〜45℃に昇温、保持する。昇温する時間としては特に制限はないが、30分から3時間が好ましく、さらに好ましくは1時間から2時間である。また、時間をおかず直ぐに30〜50℃、または35〜45℃まで昇温することもできる。必要により、化合物AのI型晶を種晶として加えることもできる。
生成した結晶をろ取する。ろ取の方法としては、例えばろ過機にてろ過する方法等が挙げられる。
【0012】
本発明に係る結晶(化合物AのI形晶)は、そのまま、または薬学的に許容される担体などと混合して医薬組成物とすることにより、ヒトを含む種々の哺乳動物に対して、例えば抗菌剤として用いることができる。
該医薬組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、丸剤、顆粒剤、散剤、液剤、シロップ剤または懸濁剤などの経口投与用医薬組成物;凍結乾燥製剤、粉末充填製剤、注射用水性剤などの注射用医薬組成物;軟膏剤、クリーム剤、ローション剤、貼付剤などの外用医薬組成物;エアロゾル剤、および坐剤などが挙げられる。これらの医薬組成物は、薬学的に許容される担体と共に従来公知の技術を用いて調製することができる
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0013】
参考例1 化合物Aのアモルファスの製造
WO02/38564の実施例1に記載の方法により、化合物Aのアモルファスを得ることができる。
【0014】
参考例2 化合物Aのアセトン溶媒和結晶(IV形晶)の製造
参考例1と同様の方法で得られた化合物Aのアモルファスを100mg/mLの濃度で水に溶解した。そこへ水の10倍量のアセトンを加え、白濁したところをスパーテルおよび超音波で刺激することにより、種晶となる結晶を得た。
続いて、参考例1と同様の方法で得られた化合物Aのアモルファス1.0gを、水10mLおよびアセトン10mLから成る混合溶媒に溶解し、約20℃で上記種晶を加え、結晶を析出させた。0℃で1時間静置後、アセトン10mLを加え、さらに30分間静置した。生成した結晶を濾取、洗浄し、乾燥することで、化合物Aのアセトン溶媒和結晶(IV形晶)870mgを得た。
ガスクロマトグラフィーでの溶媒量:アセトン含量:10.6重量%
【0015】
参考例3 化合物AのI形晶の製造(別法)
(1)5℃に冷却した8.3重量%のオクタン酸ナトリウム水溶液162gに、化合物Aのアセトン溶媒和結晶(IV形晶)9.7gを加え、溶解させた。不溶物を除くために溶液をろ過し、そこへ2−プロパノールを89g加えた後、溶液を18重量%のメタンスルホン酸水溶液でpH6.5付近に中和した。室温(約25℃)にて、アセトン533gを滴下・保温した後、5℃まで徐々に冷却した。析出した結晶を濾取、洗浄し、乾燥させて、化合物Aのアセトン溶媒和結晶(IV形晶)8.8gを得た。
(2)工程(1)で得られた化合物Aのアセトン溶媒和結晶8.3gに、2−プロパノールと2−ブタノンの混合溶媒(2−プロパノール:2−ブタノン=1:4)27gを加え、40℃に昇温した後、水18gを滴下した。結晶を濾取、洗浄し、乾燥させて、化合物AのI形晶6.6gを得た。
IRおよびXRDにより、I形晶と同定された。
(水分含量:0.7重量%、2−プロパノール含量:0.06重量%、2−ブタノン含量:0.16重量%、アセトン含量:0.05重量%未満)
【0016】
実施例1
6.4%NaHCO3水溶液(44.6g)に0℃で参考例2で製造した化合物A(5.2g)を溶解した。この溶液に2-ブタノン(2.95g)を20分かけて滴下した。同温度で18%メタンスルホン酸水溶液(17.7g)を1時間かけて滴下し、中和と同時にII形晶を晶析した。同温度で1時間攪拌した。この懸濁液を40分かけて20℃まで昇温し、化合物AのI形晶(5mg)を接種した。これを110分かけて40℃まで昇温し、同温度で1時間攪拌した。生成した結晶を濾取、洗浄し、乾燥することで、化合物AのI形晶を3.82g得た。
ガスクロマトグラフィーでの溶媒量:検出されず。
カールフィッシャーでの水分測定(予め湿度を85%以上としたデシケーター内に結晶を24時間曝して測定した。):1.8%
HPLCを用いた含量分析:98.0%
【0017】
試験例
分析試験
試験例1.粉末X線回折測定法(XRD法)
上記実施例および参考例で得られた結晶のX線回折パターンを以下に示す。
試料を微量用silicon無反射板に充填し、粉末X線回折装置(RAD−RB RU−200、リガク製)を用い、X線源:Cu−Kα線、管電圧:50kV、管電流:150mA、スキャンスピード:毎分4°、ステップ幅:0.02°、回折角:2〜40°にて測定し、回折パターンを求めた。
得られた回折パターンを図1〜図3に示す。
図1〜3の回折パターンから特定した主要回折ピークおよび特徴的回折ピークを、それぞれ以下に挙げる。なお、以下に記載した回折角2θ(°)における回折ピーク値は、測定機器により、もしくは測定条件等により多少の測定誤差を生じることがある。具体的には、測定誤差は±0.2、好ましくは±0.1の範囲内であってもよい。
【0018】
[I形晶]
主要回折ピーク:2θ(°)=7.5、9.9、13.0、14.5、15.9、16.4、19.9、20.2、26.6、26.9、27.2、27.7
特徴的回折ピーク:2θ(°)=7.5、9.9、13.0、14.5、16.4、20.2
[II形晶]
主要回折ピーク:2θ(°)=9.2、10.1、14.1、17.0、17.8、18.5、19.9、23.2、24.3、25.5、26.4、32.8
特徴的回折ピーク:2θ(°)=9.2、10.1、14.1、17.0、17.8、18.5、23.2
[IV形晶]
主要回折ピーク:2θ(°)=9.1、11.9、13.2、16.9、18.2、18.3、19.7、19.8、20.9、23.6
特徴的回折ピーク:2θ(°)=9.1、11.9、13.2、19.8、20.9
【0019】
試験例2.赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)測定法
試料を臭化カリウムとよくすり混ぜた後、錠剤を成形し、赤外分光光度計(FT/IR−4200、日本分光製)を用い、測定範囲:4000〜400cm-1、積算回数:50回、分解能:2cm-1にて測定した。
得られたスペクトルを図4〜図6に示す。図4:I形晶、図5:II形晶、図6:IV形晶、をそれぞれ示す。
【0020】
試験例3. 安定性試験
各試料の下記保存条件下での安定性試験を行った。アモルファスの結果を表1、I形晶の結果を表2、II形晶の結果を表3にそれぞれ示す。
評価は、次の条件によるHPLC(High Performance Liquid Chromatography;高速液体クロマトグラフィー)法にて、化合物Aの面積百分率の変化を測定した。
HPLC条件:
カラム:SUMIPAX ODS-A212 (オクタデシルシリル基結合シリカゲル、粒径5μm; 6.0mm
φ×15cm)
移動相A液:0.005mol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.0)とアセトニトリルを300:23(v/v)の割合で混合したもの
移動相B液:アセトニトリル
試料溶解液:水とアセトニトリルを90:10(v/v)の割合で混合したもの
波長:220nm
カラム温度:25℃付近の一定温度
流量:1.0mL/min
注入量:10マイクロL
【0021】
グラジェント条件:
時間(分) 移動相A(%) 移動相B(%)
0.00 100.0 0.0
30.00 100.0 0.0
60.00 64.0 36.0
70.00 22.0 78.0
70.10 100.0 0.0
90.00 STOP
試料溶液の調製法:化合物A5mg/試料溶解液10mL
【0022】
表1.アモルファス・50℃・密閉系の安定性試験の結果(HPLC面百値)
【表1】

【0023】
表2.I形晶・55℃・密閉系の安定性試験の結果(HPLC面百値)
【表2】

【0024】
表3.II形晶・55℃・密閉系の安定性試験の結果(HPLC面百値)
【表3】

【0025】
上記安定性試験の結果により、II形晶がやや不安定であるのに比べて、I形晶は、通常の保存条件下において、きわめて安定な安定形結晶である。なお、実施例1で得られた化合物(1)のI形晶は、上記のIRスペクトルおよび安定性試験において、参考例3で得られたI形晶と同一の値を示すことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明により、医薬品原体として望ましい特性を有する、化合物Aの安定形結晶(I形晶)の工業的効率的製法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1):
【化1】

で表される化合物をアルカリ水溶液に溶解し、その溶液を酸で中和し、化合物(1)のII形晶を晶析せしめ、これを単離することなく30℃から50℃に加温、保持することを特徴とする、化合物(1)のI形晶の効率的製造方法。
【請求項2】
アルカリ水溶液が、炭酸塩または炭酸水素塩の水溶液である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
酸が、塩酸、硫酸、メタンスルホン酸またはリン酸である、請求項1または2に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−285356(P2010−285356A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−138201(P2009−138201)
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】