すべり軸受の診断方法および診断装置
【課題】タービン等の一般産業用途におけるすべり軸受の軽微なラビング異常の兆候を精度よく検出する。
【解決手段】すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断する。
【解決手段】すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、すべり軸受の診断方法および診断装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、すべり軸受(とりわけ、船舶や発電設備のディーゼルエンジンにおけるすべり軸受)に特有の異常と軸受接触(ラビング)の兆候を検出するための診断解析手法に関する。
【背景技術】
【0002】
すべり軸受は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などの一般産業用途の他に、船舶や発電用のディーゼルエンジンの軸受にも用いられている。該すべり軸受に何らかの異常が生じると、常時とは異なる振動や音が発生し、このような状態で駆動を継続すると場合によっては破損に至ることがある。
【0003】
このような事態を回避するためのすべり軸受の診断技術として、従来、渦電流型センサによる軸振動や圧電型加速度センサによる軸受箱振動を利用した方法が提案されている。例えば、すべり軸受から発生する振動や音のような波形データに高速フーリエ変換(FFT)を施すことにより得られたスペクトルパターンと、あらかじめ設定された異常時のスペクトルパターンとを比較すれば、当該比較結果に基づいて当該すべり軸受を診断することが可能である。
【0004】
また、すべり軸受等におけるラビング(回転部と静止部との接触)の有無を判定する手法として、例えば回転軸と軸受とが接触するときに発生する音響を検出して音響信号を取り出し、この音響信号を包絡線検波処理(エンベロープ処理)して包絡線検波後データを形成し、ケプストラム値と基準値との比較を行い、この判定結果からラビング判定を行うというものも提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−261817号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述のような、渦電流型センサによる軸振動や圧電型加速度センサによる軸受箱振動を利用する従来の方法では、タービン等の一般産業用途のすべり軸受における軽微なラビング異常の兆候を検出することが困難である。とりわけ、船舶や発電設備等のディーゼルエンジンでは、ピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴うため、振動法による軸受のラビングや油中の異物混入の検出技術自体が見当たらない。
【0007】
また、音響信号の包絡線検波処理後データを用いた手法だと、軸受のラビングの検出は可能であるが、振幅変調成分のみに着目することから、異常の診断精度に劣ることがある。とりわけ、船舶や発電設備等のディーゼルエンジンでは、ピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴うため、音響法による軸受のラビングや油中の異物混入の検出技術自体が見当たらない。
【0008】
そこで、本発明は、タービン等の一般産業用途におけるすべり軸受の軽微なラビング異常の兆候を精度よく検出することを可能にする診断方法および診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するべく本発明者らは種々の検討を行った。まず、すべり軸受の診断に用いられるセンサとしては、圧電型加速度センサ、渦電流変位センサ、AE(Acoustic Emission)センサなどがある。圧電型加速度センサ、渦電流変位センサによれば、アンバランスやミスアライメント、オイルウィップといった低周波数で発生する異常を検出することが可能であるが、本発明が対象とする軽微なラビングの検出については困難である。AEセンサでは、軽微な現象の検出は可能であるが、前記のアンバランス等の他の異常を検出することができない。
【0010】
ここで、圧電型加速度センサあるいは渦電流変位センサとAEセンサとを併用すれば、軽微なラビングや異常の検出精度を向上させると共に、他の異常現象の検出も可能であると考えられる。しかし、このように種類の異なるセンサを併用することは当然ながらコスト増加を招き、さらには診断装置の複雑化・大型化にもつながる。とりわけ、本発明の対象の1つであるディーゼルエンジンでは、エンジン駆動に伴う振動や音響ノイズが大きく、圧電型加速度センサ、渦電流変位センサ等の振動法による検出はことさら困難である。また、AEセンサに至っては、センサ感度が高いために信号以外のノイズも拾いやすいことから該振動法による検出より更に困難である。
【0011】
そこで、本発明者らは、すべり軸受に特有の異常を加速度センサのみで精度よく検出するとともに、ディーゼルエンジンのようなピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズの存在するすべり軸受への適用についても着目し、種々の検討を行ってきた。その結果、軽微なラビング現象が発生すると、加速度レベルの上昇はわずかだが、加速度波形を周波数領域に変換したときのスペクトル(以下、加速度スペクトルとも呼ぶ)において、振幅変調に加えて周波数変調をうけることを見出した。加えて、周波数変調は、検出対象となる軸(以下単に軸と略す)の回転周波数間隔での複数のピークから構成されるということを確認するに至った。さらに本発明者らは、加速度スペクトルの該軸の回転周波数間隔で発生するピーク情報を、軸の回転周波数情報を用いての所定の信号処理を施すことで、軽微なラビングを定量的にとらえることに想到し、課題の解決に結び付く新たな知見を得るに至った。
【0012】
本発明のすべり軸受の診断方法はかかる知見に基づくもので、次のようなものである。すなわち、すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する。
【0013】
本発明にかかる診断方法によると、振幅変調のみに注目していた従来の検出方法よりも高感度で診断することが可能である。また、ディーゼルエンジンのすべり軸受のようなピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴う場合でも、ラビングに伴う、周波数変調(軸の回転周波数間隔の複数のピーク情報)を検出することで感度よくラビング現象を検出できる。
【0014】
ここで、本発明と従来技術を比較する。すべり軸受診断では、軸の接触によって発生する音響信号の突発型波形を包絡線検波処理した後に周波数分析を行うことが提案されている。しかし、この方法は、周波数変調を検出しているのではなく、データの振幅変調成分のみに基づいて診断する方法で、本発明とは原理的に異なる方法である。また、例えば、当該すべり軸受等において振幅変調成分のみで発生するガタの様な異常が生じたような場合には、該包絡線後の周波数分析では、ラビング時と同様の回転周波数及びその高次成分が、ガタにより発生するので、ラビング異常との判別が困難となり診断精度に劣る可能性がある。この点、振動信号をそのまま周波数分析し、そこに発生する軸の回転数間隔で発生する周波数変調を処理する本発明によれば、ガタが生じたとしても周波数変調を受けないため、その判別は可能となる。
【0015】
以上についてさらに詳述すると以下のとおりである。まず、一般に、ガタ振動が発生すると、時間軸波形の振幅が大きくなったり小さくなったりする振幅変調が生じる。この場合、包絡線検波処理を行ったスペクトルでは、回転周波数およびその高次成分の発生が見られる。これは、ラビング時でも同様になるため、包絡線検波処理後のケプストラムでは、ラビングとガタとの弁別が困難である。これに対し、ラビング(接触)が発生した場合には、振幅変調の他、強く擦る時と弱く擦る時とが発生し、これによって粗密波の時間軸波形となり、周波数変調を受けた波形となる。従来手法によると、この時間軸波形の包絡線検波処理を施した時点で、振幅変調だけを取り出していることになり、周波数変調については無視していることになる。つまり、このような従来手法による包絡線検波処理後の波形では、周波数変調を解析できないということになる。
【0016】
これに対し、軽微なラビングにおいて、軸の回転周波数に対応する周波数変調を受けた複数のピーク情報を軸の回転数情報から所定の方法で定量的に抽出することによって顕著に検出することが可能である。また、ガタでは周波数変調は受けないので、スペクトルにおける回転周波数間隔での発生は顕著ではなく、ラビングとガタを弁別することができる。以上が、本発明における従来手法とは異なる特徴点である。
【0017】
本発明に係る診断方法の具体例の1つとして、加速度スペクトルを対数変換後に逆フーリエ変換するケプストラム演算を行い、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値の時系列データを得、該ケフレンシー値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、ケフレンシー値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0018】
ケプストラム演算は、後述する自己相関や相互相関に比較し、演算に用いる加速度スペクトルの周波数依存性がすくない。従って、通常であれば、データ収集のサンプリング間隔やセンサの感度から決定される有効な周波数範囲で演算することで診断技術に適用することができる。
【0019】
更にケプストラム演算と異なる診断方法の例として、前記の加速度データから得られた加速度スペクトルの自己相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる自己相関の値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、自己相関の値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0020】
更に前記2つと異なる診断方法の例として、加速度スペクトルと所定のスペクトルとの相互相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる相互相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、相互相関の値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0021】
すべり軸受に異常が発生している場合、当該異常により発生する振動の加速度がよほど大きければ別だが、通常、当該異常は回転軸が軸受の内周面にわずかに接触したという程度のものにすぎず、加速度波形データ中での変化は微小である。このため、当該波形データのみから異常の有無を検出することはきわめて困難である。ところが、わずかに接触した程度でも、当該加速度波形データをフーリエ変換した周波数領域の加速度スペクトルにおいて、周波数変調、すなわち、軸の回転周波数間隔で発生する複数のピークが発生することを本発明者らは見出した。すなわち、周波数変調が軸の回転周波数間隔で発生していることから、軸の回転周波数情報と該周波数領域の加速度スペクトルとを組み合わせた所定の信号処理を実施することで周波数変調に伴う特性値を得ることが可能である。該特性値をモニタリングし、所定のしきい値を超えた場合に、測定対象のすべり軸受が異常であると判断できる。
【0022】
該特性値を得る方法および異常の診断方法としては、種々の方法が考えられる。例えば、該周波数領域の加速度スペクトルを対数に変換し、さらにこの対数スペクトルを逆フーリエ変換するという解析、すなわちケプストラム解析を実施すると、すべり軸受における回転周期に相当する部分のケフレンシーが表れたケプストラムが得られる。ケプストラムの横軸は、周波数軸上の関数をフーリエ変換したものであるから時間の次元をもつ。そこで、この診断対象のすべり軸受部の軸回転周期に該当するケフレンシー値のレベル(ケフレンシーレベルと定義する)の時系列データを得、該ケフレンシーレベルが所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、モニタリング中にケフレンシー値が当該しきい値を超えた場合に、すべり軸受の当該回転周波数frに応じてすべり軸受に異常が発生していると判断することができる。
【0023】
また、ケプストラム解析以外に、自己相関解析により特性値を得ることも可能である。加速度データを、サンプリング周波数Z[Hz]でN個収集した場合、波数領域の加速度スペクトルは、Z/N[Hz]からZ[Hz]までのN個の周波数領域に分解できる。但し、一般に有効な周波数領域は、Z[Hz]の1/2以下である。そこで、該加速度スペクトルを、長さN'までのデータ列(ベクトル)としてXで表す。このXに対し、数式1のような自己相関を計算し、mが0からN'-1まで計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxx(m)のm(周波数換算ではm*Z/N[Hz])が回転周期の倍数に対応する値となるときに、大きなピーク値として現れる。倍数ゼロ以外のピーク、例えば1番目のピーク値を特性値として、該特性値がしきい値を超えた場合にすべり軸受に異常が発生していると判断することができる。
【数1】
【0024】
また、ケプストラム解析や自己相関解析以外に、相互相関解析でも前記特性値を得ることが可能である。すなわち、前記の加速度スペクトルXと軸の回転周期間隔で矩形やガウス分布等の所定のピークをもつ人工的なスペクトル(テンプレート波形と呼ぶ)Yとの相互相関により特性値を得ることも可能である。テンプレート波形のYのデータ長さとしては、加速度スペクトルXと同じか、より短い波形から構成できる。Y波形の長さをMとし、Mが加速度スペクトルXの長さN'より短い場合は、Xと同じ長さになるようにゼロを加えて、数式2で計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxy(m)のmが回転周期の倍数に対応する値のときに大きなピークとして現れる。但し、数式2のままの計算では最初に得られるピークの先頭位置が軸の回転周波数よりずれ、その後のピーク位置も同等分ずれる場合がある。そこで、Rxy(m)において、m=0からmが回転周波数になる間にRxy最大となるmを求め、そのmをm=0とすることで、このずれ分を補正する事が可能である。
【数2】
【0025】
本発明の診断方法においては、振動加速度の周波数領域のスペクトルとして予め軸の回転周波数毎にピークを有する所定の人工スペクトルを作成し、該人工スペクトルと加速度スペクトルとの相互相関を演算し、該相互相関の最も高い周波数領域を含む所定の周波数範囲で特性値を演算する。
【0026】
更に、本発明者らは、上記の自己相関や相互相関を計算する周波数領域のスペクトルにおいて、特性値を演算するための周波数領域を限定することが好ましいことを見出した。すなわち、ラビングを発生にともなう軸の回転周波数間隔の複数ピークが顕著である周波数領域と回転周波数間隔でないピークが顕著である周波数領域が存在する場合があることを見出した。従って、特性値を得るための周波数領域を限定することが好ましい。好ましい周波数は、1,000[Hz]から20,000[Hz]の範囲から所定の周波数領域で演算することである。所定の周波数の決定方法としては、例えば周波数スペクトルにおいて、ピークの発生している周辺で決定することができる。また、前記した軸の回転周波数毎のピークをもつテンプレートを作成し、数式2において相互相関Rxyが最大となるmにテンプレートの長さの平均を加えた値を計算し、その計算値に対応する周波数をもとめる。該周波数は、テンプレートとの最大相関となる周波数であり、該周波数を含む所定の範囲で決定する事ができる。一方、1,000[Hz]から20,000[Hz]の周波数領域のスペクトルの中の最大ピークの周辺を用いることもできるが、前記の方法の方が好ましい結果が得られる事が多い。
【0027】
なお、本発明者らによる比較試験によると、すべり軸受に接触する部材(治具)の材質の違いによる特異な診断差異は認められず、すべり軸受側の材質や特性によっても特異の差は見られないことが確認され、さらに、スペクトルが顕著に出る範囲である1k〜10kHzを測定すれば、すべり軸受の材質の違い(錫、銅、アルミニウムなど)にかかわらずラビング現象を検出できることが確認された。上述した診断の際には、振動加速度を表す波形データとして、少なくとも1k〜30kHzの領域のデータ、より好ましくは少なくとも1k〜10kHzの領域のデータを検出することが好ましい。
【0028】
本発明にかかる診断方法においては、このように軸の回転周波数で周波数変調された複数の加速度スペクトルのピーク情報を活用することにより、軽微なラビングを定量的にとらえることを可能とした。本発明の診断方法によれば、AEセンサを併用せずとも、加速度センサのみで早期に精度よく異常を検出することができる。また、従来困難であった、ディーゼルエンジンのすべり軸受のようなピストン運動および爆発や給排気に起因する振動ノイズを伴う場合の診断にも応用できる。
【0029】
このように、本発明によれば、従来は加速度センサのみで検出することができなかったラビング等の異常状態を早期に精度よく検出することができる。したがって、例えばすべり軸受の試運転時における定修後診断にて軽微なラビング状態が検出できれば施工不良を修正することができ、焼き付きトラブルへの進展を未然に防ぐことも可能である。また、このようにしてすべり軸受のラビング異常を早期に検出することは、当該すべり軸受を含む機器や設備(例えば大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備など)の運転の安定化や定修周期の延長、さらには余寿命の判断に寄与する。
【0030】
また、本発明は、従来、軸受異常を直接的に診断できる手法のなかったディーゼルエンジンにも適用できる。ディーゼルエンジンは、通常、複数気筒から構成され、その数だけ軸受がある。このために、軸の撓み等により、各軸受の全てのバランスを取るのが難しく、ラビングが発生しやすい。また、船舶エンジンでは移動体の中に設置されているため、更に過酷な環境下におかれている。航海中に破損した場合の損害は多大である。本発明によれば、これらのディーゼルエンジンでのすべり軸受の異常を検出でき、致命傷に至る前に部品交換などの対処が計画的に実施でき、安定運転や不慮の事故リスク低減に大きく寄与する。
【0031】
さらに、本発明にかかる診断装置は、すべり軸受におけるラビング等の異常を診断するすべり軸受の診断装置において、回転軸の回転数を検出する回転数検出センサと、回転軸の振動時の加速度を検出する加速度センサと、該加速度センサによって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の波形データに変換し、該周波数領域の波形データ中の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化する演算装置により定量化して特性値を得、該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断するモニタリング装置と、当該すべり軸受に異常が発生しているとモニタリング装置が判断した際に当該判断結果を外部に出力する通報装置と、を備えるというものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、タービン等の一般産業用途におけるすべり軸受の軽微なラビング異常の兆候を精度よく検出することができ、とりわけ、従来困難であった、ディーゼルエンジンの該軸受異常を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施形態を示す、すべり軸受の診断装置の概略構成図である。
【図2】回転数検出センサおよび加速度センサを利用して得られる加速度波形データの一例を示す図である。
【図3】図2の加速度波形データをフーリエ変換した周波数領域の波形データ(パワースペクトル)である。
【図4】加速度スペクトルから得られる(A)ケプトラム、(B)自己相関、(C)相互相関の各特性値である。
【図5】相互相関に用いるテンプレートの例である。
【図6】特性値の経時変化の一例を示すグラフである。
【図7】本発明の検証に用いた供試メタルからなるすべり軸受の一例を示す(A)平面図と(B)正面図である。
【図8】ギャップと加速度O/A値の関係を示すグラフである。
【図9】回転数1200[rpm]における加速度スペクトルを示すグラフである。
【図10】回転数1200[rpm]におけるズーミングスペクトルを示すグラフである。
【図11】回転数1200[rpm]時の無次元兆候パラメータとギャップの関係を示すグラフである。
【図12】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時の加速度波形および加速度スペクトルを示すグラフである。
【図13】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時のズーミングスペクトルを示すグラフである。
【図14】回転数1200[rpm]、ギャップ15/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図15】回転数1200[rpm]、ギャップ3/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図16】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図17】回転数1200[rpm]、ギャップ0/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図18】回転数1200[rpm]時の無次元兆候パラメータと出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)との関係を示す、a)ケフレンシーレベルと従来法の比較を表すグラフ、b)各特性値の比較を表すグラフである。
【図19】回転数2800[rpm]時の無次元兆候パラメータと出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)との関係を示す、a)ケフレンシーレベルと従来法の比較を表すグラフ、b)各特性値の比較を表すグラフである。
【図20】各ギャップ時におけるケフレンシートレンドとケプストラムとを示すグラフである。
【図21】正常時における加速度時間軸波形の一例(回転数94rpm)を示すグラフである。
【図22】正常時における加速度エンベロープスペクトルの一例(回転数94rpm)を示すグラフである。
【図23】正常時におけるケプストラム、自己相関および相互相関解析結果の一例を示す、(A)回転周期ケフレンシー値トレンドと、所定時における(B)ケプストラム、(C)自己相関および(D)相互相関の図である。
【図24】軽微なラビング発生時(回転数85rpm)におけるケプストラム、自己相関および相互相関解析結果の一例を示す、(A)回転周期ケフレンシー値トレンドと、所定時間における(B)ケプストラム、(C)自己相関および、(D)相互相関の図である。
【図25】軽微なラビング発生時における加速度時間軸波形の一例(回転数85rpm)を示すグラフである。
【図26】軽微なラビング発生時における加速度エンベロープスペクトルの一例(回転数85rpm)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。図1〜図6に本発明にかかるすべり軸受の診断方法および診断装置の実施形態を示す。すべり軸受1は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて適用可能な、回転軸2の軸受装置である。本発明にかかるすべり軸受1の診断装置10は、回転数検出センサ11と、加速度センサ12と、モニタリング装置13と、通報装置14を備えている。以下においてはまずこの診断装置10の構成について説明する(図1、図2等参照)。
【0035】
回転数検出センサ11は、回転軸2の回転数を検出するためのセンサである。例えば本実施形態では、回転軸2の表面に設けられて該回転軸2とともに回転する例えば反射テープからなる被検出部材11bと、該被検出部材11bを介して回転軸2の回転パルスを検出するパルス検出器11aとでこの回転数検出センサ11を構成している(図1参照)。パルス検出器11aにより検出されたデータは、モニタリング装置13へと送信される。実機における回転軸2は、回転数が制御されているものの、実際には電圧変動などの影響を受けて回転数が変動していることが多い。このような回転数検出センサ11によれば、回転軸2の回転数が刻一刻と変動している場合にもパルスを利用して回転数を精度よく検出することが可能である。
【0036】
加速度センサ12は、ラビング現象などが生じたときの振動に基づき回転軸2の振動時の加速度を検出するためのセンサである。例えば本実施形態ではピエゾ素子を有する圧電型の加速度センサを用い、当該加速度センサ12をすべり軸受1の軸受箱に取り付け、当該軸受箱の振動に基づき加速度を検出することとしている(図1参照)。この加速度センサ12による検出データは、モニタリング装置13へと送信される。
【0037】
モニタリング装置13は、上述の回転検出センサ11からの送信データおよび加速度センサ12からの送信データに基づきすべり軸受1の診断を行い、尚かつ異常が発生していると判断した際にはその結果を通報装置14に送信する装置である。具体的には、本実施形態のモニタリング装置13は、加速度センサ12によって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域のパワースペクトルに変換し、該スペクトルにおける軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受1に異常が発生していると判断する。また、本実施形態のモニタリング装置13には、演算処理装置(例えばパーソナルコンピュータ)が接続されている。
【0038】
通報装置14は、すべり軸受1に異常が発生しているとモニタリング装置13が判断した際に当該判断結果を出力し、ユーザや関係者らに通報するための装置である。通報装置14は、例えば光を点滅させたり、警報音を鳴動させたりすることによって外部に通報するものでもよいし、演算処理装置15の画面を利用して関係者らに通報するもの等であってもよい。
【0039】
続いて、このような診断装置10を用いたすべり軸受1の診断方法およびその原理等について説明する(図4等参照)。
【0040】
上述した診断装置10の回転数検出センサ11および加速度センサ12を利用すれば、従来と同様、時間が横軸の加速度波形データを検出することができる(図2参照)。当該すべり軸受1に異常が発生している場合、当該異常により発生する振動の加速度がよほど大きければ別だが、例えば軽微なラビングが生じているときの当該加速度波形データ中での加速度振幅の変化は微小であり、この波形データのみから異常の有無を検出することはきわめて困難である。
【0041】
ここで、本実施形態では、この加速度波形データをフーリエ変換して周波数分析し、周波数領域の波形データを得る(図3参照)。これにより、周波数が横軸のパワースペクトルが得られる。
【0042】
該スペクトルにおける軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得る。
【0043】
該特性値のより具体的な検出方法として、該周波数領域のスペクトルの対数スペクトルを計算し、該対数スペクトルを逆フーリエ変換(ケプストラム演算)し、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値を用いる(図4(A)参照)。ケフレンシーは、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0044】
また、特性値として、次のような加速度スペクトルの自己相関の値を用いることが可能である(図4(B)参照)。すなわち、サンプリング周波数Z[Hz](本実施形態では51200[Hz]でN個(本実施形態では524288個)の加速度データを収集した場合、波数領域の加速度スペクトルは、Z/N[Hz]からZ[Hz]までのN個の周波数領域に分解できる。但し、一般に有効な周波数領域は、Z[Hz]の1/2以下である。そこで、該スペクトルを長さN'までのデータ列(ベクトル)をXで表す。このXに対し、上述の数式1のような自己相関を計算し、mが0からN'-1まで計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxx(m)のm(周波数換算ではm*Z/N[Hz])が回転周期の倍数に対応する値となるときに大きなピークとして現れる。倍数ゼロ以外のピーク、例えば1番目のピーク値を特性値とすることができる。
【0045】
この処理における加速度スペクトルの周波数領域を有効周波数の1000[Hz]〜20000[Hz]の中から以下のように限定している。回転周波数間隔でピークを持つ矩形波(図5参照)を準備する。本実施形態では、ピーク幅が軸の回転周期の1/10の長さで、10個のピークをもつ矩形波を用意し、この矩形波と加速度スペクトルの数式2の相互相関の値が最大となるmの値を求める。矩形波の平均データ長さwをもとめる。周波数(m+w)×Z/N[Hz]の値R[Hz]が、該矩形波と最も相関の高くなる加速度スペクトルの中心周波数である。本例ではこの値R[Hz]の±1000[Hz]の範囲を指定している。尚、この計算の際に、範囲の最小値が有効周波数の最小値(本例では1000[Hz])を下回る場合は、1000[Hz]〜3000[Hz]を指定している。また、有効範囲の上限(本例では20000[Hz])を超える場合は、18000[Hz]〜20000[Hz]としている。
【0046】
但し、前記の周波数の決定に使う前記矩形波の代わりにガウス分布等の他の波形を用いることもできる。また、ピーク幅や長さは上記に限定されるものではない。
【0047】
また、自己相関の演算に使用する加速度スペクトルの周波数の特定は、加速度スペクトルから、使用者らがその範囲を決定することも可能である。
【0048】
また、前記の特性値である自己相関のピーク値は、ベースライン(図4(B)参照)の影響を受ける場合があり、ベースライン分を差し引く事、またはピーク値をベースラインの平均値で割る事が望ましい。本例では、基本周波数の0.7-0.8周期の部分をベースとしてその平均値で差し引いている。
【0049】
また、自己相関は、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0050】
更に、特性値として、次のような加速度スペクトルの相互相関を用いる事が可能である(図4(C)参照)。すなわち、軸の回転周期間隔で矩形やガウス分布等の所定のピークをもつ人工的なスペクトル(テンプレート波形と呼ぶ)Yと、前記の加速度スペクトルXとの相互相関により特性値を得ることも可能である。テンプレート波形のYのデータ長さとしては、加速度スペクトルXと同じか、より短い波形から構成できる。Y波形の長さをMとし、Mが加速度スペクトルXの長さN'より短い場合は、Xと同じ長さになるようにゼロを加えて、上述の数式2で計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxy(m)のmが回転周期の倍数に対応する値のときに大きなピークとして現れる。但し、数式2のままの計算では最初に得られるピークの先頭位置が軸の回転周波数よりずれ、その後のピーク位置も同等分ずれる場合がある。そこで、Rxy(m)において、m=0からmが回転周波数になる間にRxyが最大となるmを求め、そのmをm=0とすることで、このずれ分を補正する事が可能である。
【0051】
この時、本実施形態では、相互相関を計算する加速度スペクトルの周波数およびベースラインによるピークの補正は、前記自己相関の場合と同じ方法を採用している。
【0052】
また、相互相関を求めるテンプレートは、軸の回転周波数の1/10の幅を持ち、加速度スペクトルの指定した範囲に対し、軸の回転周波数の2.5周期分短いものを使用した。
【0053】
但し、テンプレートは、軸の回転周波数間隔でピークをもつものであれば、矩形波に限定されるものではない。また、ピークの幅や長さも、本実施形態に限定されるものではない。また、相互相関は、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0054】
本実施形態では、このようにして軸の回転周波数間隔でのピークの値を定量化して得られる特性値の時系列データを得たら、該特性値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングする。一般に、この特性値は、当該すべり軸受1においてラビングなどの異常が生じると顕著に増加する傾向がある(図6中の二点鎖線参照)。これに対し、本実施形態では、この特性値に対してあらかじめ所定のしきい値を設定しておき、経時変化する特性値Lが当該しきい値を超えた時点ですべり軸受1に異常が発生していると判断する。以上のような軸の回転周波数間隔でのピークの値を定量化して得られる特性値の解析によれば、スペクトル中に埋もれている周期性を検出し、基本周波数(もしくは基本周期の逆数)を求めることができる。これによれば、軽微なラビング等であっても精度よく検出、その兆候を早期に見出すことが可能となる。しかも、本実施形態では、従来用いられている加速度センサをそのまま利用しての異常診断を可能としている。
【0055】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば上述の実施形態では、本発明にかかるすべり軸受1が、大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて適用可能なものであると説明したが、この場合の適用分野ないし範囲には、石油化学、原子力発電所、石油精製、鉄鋼などのプラントにおける回転機器のすべり軸受が含まれることはいうまでもない。また、これらの他に、従来検出の困難であった、船舶のディーゼルエンジンやディーゼル発電機等のピストン運動や爆発による振動や音響ノイズのある軸受にも適用可能である。
【実施例1】
【0056】
実験装置を製作し、上述したすべり軸受1の診断方法を検証するための実験を行った。以下、実施例として説明する。
【0057】
実験装置においては、供試メタル(軸受合金としてのホワイトメタル)からなるすべり軸受1により、回転軸2の主軸を軸支した状態で、当該回転軸2を数種類の速度で回転させて行った(図7参照)。特に詳しく図示していないが、本実施例では、回転軸2の両端付近を支持軸受(転がり軸受)で軸支するとともに、モーターを利用して当該回転軸2を回転させた。
【0058】
回転軸2の主軸の外径を100[mm]とした。また、該回転軸2とすべり軸受(メタルケーシング)1の内周との間に形成される隙間(ギャップ)のうちの一方をA、他方をBとして表した場合(図7(A)参照)、トータルギャップ(AとBとの和)を30/100[mm]に設定した(したがって隙間A、隙間Bにおけるギャップが15/100[mm]のとき、回転軸2はすべり軸受1の中央に位置する)。さらに、押しボルトを利用した移動機構(ボルトの先端を移動対象にあてがい押して移動させる機構)によりすべり軸受1を回転軸2の中心軸とは垂直な方向に水平移動させ、ギャップBを変化させた。このような実験装置を用い、回転軸2の回転速度を1200[rpm]、1800[rpm]、2800[rpm]として実験を行った。この結果、ラビングが発生すると加速度値の上昇が見られるが、軽微なラビングの場合には加速度O/A値の差異は0.01g程度でしかないので、加速度レベルでの評価は困難であると考えられた(図8参照)。なお、加速度O/A値の単位のg(ジー)は振動加速度の単位で、1g=9800mm/s2=9.8m/s2である。
【0059】
次に、回転軸2の回転数が1200[rpm]である場合において、ギャップ15/100のとき、ギャップ3/100のとき、ギャップ1/100のとき(軽微なラビング状態)、ギャップ0/100のとき(ラビング状態)のそれぞれについて加速度スペクトルを検出した(図9(A)〜(D)参照)。さらに、それぞれの加速度スペクトルの一部を拡大してズーミングスペクトルを得た(図10(A)〜(D)参照)。
【0060】
これら各スペクトル等の結果から、回転数が1200[rpm]である場合の加速度波形の形状変化を示す種々の無次元兆候パラメータとギャップとの関係を得た(図11参照)。この結果から、ラビング発生により尖度と波高率、歪度の上昇が見られるが、軽微なラビングの場合にはこれらの変化が小さいことが確認された。なお、歪度β1、尖度β2、波高率CF(Crest Factor)、波形率SF(Shaped Factor)、変動率C.V(以上、無次元兆候パラメータ)、さらにはこれら無次元兆候パラメータに関係する標準偏差s、k次のモーメントμkのそれぞれは、以下の数式によって求めることができる。
【0061】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【0062】
[数7]
波高率CF=最大値/実効値
[数8]
波形率SF=実効値/平均値
【数9】
【0063】
ここで、本発明者らは、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときの加速度波形と加速度スペクトルの各波形についても検討した(図12参照)。この結果から、軽微なラビングの場合は、加速度スペクトルの上昇レベルが僅かであることが確認された。
【0064】
さらに、本発明者は、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときのズーミングスペクトルの波形についても検討した(図13参照)。この結果から、ラビングが発生していると、加速度スペクトルが回転周波数によって変調されていることが確認された。
【0065】
また、本発明者らは、回転数1200[rpm]、ギャップ15/100[mm](接触していない状態)のときケプストラムの波形、自己相関波形および相互相関波形(図14参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ3/100[mm](接触していない状態)のときケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図15参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときのケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図16参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ0/100[mm](ラビング発生状態)のときのケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図17参照)のそれぞれについても検討した。回転軸2の回転数1200[rpm]としたことから、回転周波数は20Hzであり、したがって回転周期は50[msec]である。軽微なラビング及びラビングが発生した状態下でのケプストラム波形におけるケフレンシー値、自己相関値および相互相関値において、回転周波数fr(本実施例の場合、20Hz)に相当する部分にピーク確認された(図16、図17参照)。
【0066】
続いて、発明者らは、回転数1200[rpm]のときの、異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比を検討した(図18参照)。軽微なラビング状態、ラビング(接触)発生状態のいずれにおいても、ケフレンシーレベル、自己相関および相互相関における出力比(異常時における出力レベル/正常時における出力レベル)が他のパラメータによる出力比(O/A値の出力比など)と比べて大きくなることが確認された。同様に、回転数2800[rpm]のときの場合も、ケフレンシーレベルや自己相関、相互相関における出力比が、他の従来法に比較し、大きくなることが確認された(図19参照)。
【0067】
続いて、発明者らは、ギャップ2/100(軽微なラビング状態)、ギャップ0/100(ラビング状態)、ギャップ15/100(接触していない状態)のそれぞれについてケフレンシートレンドとケプストラムを検討した(図21参照)。以上から、ケプストラム演算後のケフレンシー値をモニタリングすることによって軽微なラビング状態を検出できることが確認された。自己相関解析、相互相関解析でも、同様の検出結果が得られている。
【実施例2】
【0068】
発明者らは、大型船舶ディーゼルエンジンにおける試運転における振動計測において、ケプストラム、自己相関、相互相関解析法の適用を試みた。
【0069】
一般に、ディーゼルエンジンなどのディーゼル機関の場合には、正常運転時においても吸気弁や排気弁の開閉、燃焼爆発などの運転にともなう振幅変調を受けた振動が発生する(図21参照)。この時の振動はそれぞれが回転周期毎に周期的に発生する為に、エンベロープスペクトルは回転周波数及びその高次成分の発生が発生する(図22参照)。
【0070】
一方、ケプストラム、自己相関、相互相関解析ではディーゼルエンジンにおいても運転時のノイズの影響も受けず、正常時には回転周期に相当する特性値のピークの発生は見られないか極めて小さい(図23参照)。本試運転時の回転数を変化させている時の約85rpmにおいて、主軸受(すべり軸受)に軽微なラビングが発生した。この時のケプストラム、自己相関、相互相関解析結果では、ラビングの発生を示す回転周期で、特性値ピークが存在することが確認された(図24参照)。
【0071】
この時の振動加速度波形においても振幅変調を受けた波形が得られており、正常時と判別が困難である(図25参照)。エンベロープスペクトルにおいても正常時と同様、回転周波数及びその高次成分の発生が確認され、正常異常の差異が弁別困難である(図26参照)。
【0072】
以上の実施例1、実施例2の結果から、発明者らは以下の知見を得、あるいは確認した。
(1)すべり軸受の軽微なラビング時に、加速度スペクトル上に発生する軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報と軸の回転数から所定の方法で定量化した特性値おいて、異常/正常出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)が、他のパラメータにより解析した場合の出力比に比べて大きいことが確認された。したがって、この特性値を利用することにより、すべり軸受1の診断精度を向上させることが可能である。また、該特性値をモニタリングすることで、従来は困難あるいは不可能であった軽微なラビング状態を、圧電型加速度センサのみを使用して早期に検出することができる。
(2)従来運転時のノイズによりラビング異常の検出が困難な機器、とりわけディーゼルエンジンにおいても、運転時のノイズの影響を受けずに軽微なラビング現象を精度良く検出する事ができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて用いられている各種すべり軸受に適用して好適である。
【符号の説明】
【0074】
1…すべり軸受、2…回転軸(軸)、3…軸受箱、10…診断装置、11…回転数検出センサ、11a…パルス検出器、11b…被検出部材、12…加速度センサ、13…モニタリング装置、14…通報装置、15…演算処理装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、すべり軸受の診断方法および診断装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、すべり軸受(とりわけ、船舶や発電設備のディーゼルエンジンにおけるすべり軸受)に特有の異常と軸受接触(ラビング)の兆候を検出するための診断解析手法に関する。
【背景技術】
【0002】
すべり軸受は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などの一般産業用途の他に、船舶や発電用のディーゼルエンジンの軸受にも用いられている。該すべり軸受に何らかの異常が生じると、常時とは異なる振動や音が発生し、このような状態で駆動を継続すると場合によっては破損に至ることがある。
【0003】
このような事態を回避するためのすべり軸受の診断技術として、従来、渦電流型センサによる軸振動や圧電型加速度センサによる軸受箱振動を利用した方法が提案されている。例えば、すべり軸受から発生する振動や音のような波形データに高速フーリエ変換(FFT)を施すことにより得られたスペクトルパターンと、あらかじめ設定された異常時のスペクトルパターンとを比較すれば、当該比較結果に基づいて当該すべり軸受を診断することが可能である。
【0004】
また、すべり軸受等におけるラビング(回転部と静止部との接触)の有無を判定する手法として、例えば回転軸と軸受とが接触するときに発生する音響を検出して音響信号を取り出し、この音響信号を包絡線検波処理(エンベロープ処理)して包絡線検波後データを形成し、ケプストラム値と基準値との比較を行い、この判定結果からラビング判定を行うというものも提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−261817号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述のような、渦電流型センサによる軸振動や圧電型加速度センサによる軸受箱振動を利用する従来の方法では、タービン等の一般産業用途のすべり軸受における軽微なラビング異常の兆候を検出することが困難である。とりわけ、船舶や発電設備等のディーゼルエンジンでは、ピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴うため、振動法による軸受のラビングや油中の異物混入の検出技術自体が見当たらない。
【0007】
また、音響信号の包絡線検波処理後データを用いた手法だと、軸受のラビングの検出は可能であるが、振幅変調成分のみに着目することから、異常の診断精度に劣ることがある。とりわけ、船舶や発電設備等のディーゼルエンジンでは、ピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴うため、音響法による軸受のラビングや油中の異物混入の検出技術自体が見当たらない。
【0008】
そこで、本発明は、タービン等の一般産業用途におけるすべり軸受の軽微なラビング異常の兆候を精度よく検出することを可能にする診断方法および診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するべく本発明者らは種々の検討を行った。まず、すべり軸受の診断に用いられるセンサとしては、圧電型加速度センサ、渦電流変位センサ、AE(Acoustic Emission)センサなどがある。圧電型加速度センサ、渦電流変位センサによれば、アンバランスやミスアライメント、オイルウィップといった低周波数で発生する異常を検出することが可能であるが、本発明が対象とする軽微なラビングの検出については困難である。AEセンサでは、軽微な現象の検出は可能であるが、前記のアンバランス等の他の異常を検出することができない。
【0010】
ここで、圧電型加速度センサあるいは渦電流変位センサとAEセンサとを併用すれば、軽微なラビングや異常の検出精度を向上させると共に、他の異常現象の検出も可能であると考えられる。しかし、このように種類の異なるセンサを併用することは当然ながらコスト増加を招き、さらには診断装置の複雑化・大型化にもつながる。とりわけ、本発明の対象の1つであるディーゼルエンジンでは、エンジン駆動に伴う振動や音響ノイズが大きく、圧電型加速度センサ、渦電流変位センサ等の振動法による検出はことさら困難である。また、AEセンサに至っては、センサ感度が高いために信号以外のノイズも拾いやすいことから該振動法による検出より更に困難である。
【0011】
そこで、本発明者らは、すべり軸受に特有の異常を加速度センサのみで精度よく検出するとともに、ディーゼルエンジンのようなピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズの存在するすべり軸受への適用についても着目し、種々の検討を行ってきた。その結果、軽微なラビング現象が発生すると、加速度レベルの上昇はわずかだが、加速度波形を周波数領域に変換したときのスペクトル(以下、加速度スペクトルとも呼ぶ)において、振幅変調に加えて周波数変調をうけることを見出した。加えて、周波数変調は、検出対象となる軸(以下単に軸と略す)の回転周波数間隔での複数のピークから構成されるということを確認するに至った。さらに本発明者らは、加速度スペクトルの該軸の回転周波数間隔で発生するピーク情報を、軸の回転周波数情報を用いての所定の信号処理を施すことで、軽微なラビングを定量的にとらえることに想到し、課題の解決に結び付く新たな知見を得るに至った。
【0012】
本発明のすべり軸受の診断方法はかかる知見に基づくもので、次のようなものである。すなわち、すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する。
【0013】
本発明にかかる診断方法によると、振幅変調のみに注目していた従来の検出方法よりも高感度で診断することが可能である。また、ディーゼルエンジンのすべり軸受のようなピストン運動および爆発や給排気に伴う振動ノイズを伴う場合でも、ラビングに伴う、周波数変調(軸の回転周波数間隔の複数のピーク情報)を検出することで感度よくラビング現象を検出できる。
【0014】
ここで、本発明と従来技術を比較する。すべり軸受診断では、軸の接触によって発生する音響信号の突発型波形を包絡線検波処理した後に周波数分析を行うことが提案されている。しかし、この方法は、周波数変調を検出しているのではなく、データの振幅変調成分のみに基づいて診断する方法で、本発明とは原理的に異なる方法である。また、例えば、当該すべり軸受等において振幅変調成分のみで発生するガタの様な異常が生じたような場合には、該包絡線後の周波数分析では、ラビング時と同様の回転周波数及びその高次成分が、ガタにより発生するので、ラビング異常との判別が困難となり診断精度に劣る可能性がある。この点、振動信号をそのまま周波数分析し、そこに発生する軸の回転数間隔で発生する周波数変調を処理する本発明によれば、ガタが生じたとしても周波数変調を受けないため、その判別は可能となる。
【0015】
以上についてさらに詳述すると以下のとおりである。まず、一般に、ガタ振動が発生すると、時間軸波形の振幅が大きくなったり小さくなったりする振幅変調が生じる。この場合、包絡線検波処理を行ったスペクトルでは、回転周波数およびその高次成分の発生が見られる。これは、ラビング時でも同様になるため、包絡線検波処理後のケプストラムでは、ラビングとガタとの弁別が困難である。これに対し、ラビング(接触)が発生した場合には、振幅変調の他、強く擦る時と弱く擦る時とが発生し、これによって粗密波の時間軸波形となり、周波数変調を受けた波形となる。従来手法によると、この時間軸波形の包絡線検波処理を施した時点で、振幅変調だけを取り出していることになり、周波数変調については無視していることになる。つまり、このような従来手法による包絡線検波処理後の波形では、周波数変調を解析できないということになる。
【0016】
これに対し、軽微なラビングにおいて、軸の回転周波数に対応する周波数変調を受けた複数のピーク情報を軸の回転数情報から所定の方法で定量的に抽出することによって顕著に検出することが可能である。また、ガタでは周波数変調は受けないので、スペクトルにおける回転周波数間隔での発生は顕著ではなく、ラビングとガタを弁別することができる。以上が、本発明における従来手法とは異なる特徴点である。
【0017】
本発明に係る診断方法の具体例の1つとして、加速度スペクトルを対数変換後に逆フーリエ変換するケプストラム演算を行い、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値の時系列データを得、該ケフレンシー値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、ケフレンシー値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0018】
ケプストラム演算は、後述する自己相関や相互相関に比較し、演算に用いる加速度スペクトルの周波数依存性がすくない。従って、通常であれば、データ収集のサンプリング間隔やセンサの感度から決定される有効な周波数範囲で演算することで診断技術に適用することができる。
【0019】
更にケプストラム演算と異なる診断方法の例として、前記の加速度データから得られた加速度スペクトルの自己相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる自己相関の値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、自己相関の値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0020】
更に前記2つと異なる診断方法の例として、加速度スペクトルと所定のスペクトルとの相互相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる相互相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、相互相関の値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断することが好ましい。
【0021】
すべり軸受に異常が発生している場合、当該異常により発生する振動の加速度がよほど大きければ別だが、通常、当該異常は回転軸が軸受の内周面にわずかに接触したという程度のものにすぎず、加速度波形データ中での変化は微小である。このため、当該波形データのみから異常の有無を検出することはきわめて困難である。ところが、わずかに接触した程度でも、当該加速度波形データをフーリエ変換した周波数領域の加速度スペクトルにおいて、周波数変調、すなわち、軸の回転周波数間隔で発生する複数のピークが発生することを本発明者らは見出した。すなわち、周波数変調が軸の回転周波数間隔で発生していることから、軸の回転周波数情報と該周波数領域の加速度スペクトルとを組み合わせた所定の信号処理を実施することで周波数変調に伴う特性値を得ることが可能である。該特性値をモニタリングし、所定のしきい値を超えた場合に、測定対象のすべり軸受が異常であると判断できる。
【0022】
該特性値を得る方法および異常の診断方法としては、種々の方法が考えられる。例えば、該周波数領域の加速度スペクトルを対数に変換し、さらにこの対数スペクトルを逆フーリエ変換するという解析、すなわちケプストラム解析を実施すると、すべり軸受における回転周期に相当する部分のケフレンシーが表れたケプストラムが得られる。ケプストラムの横軸は、周波数軸上の関数をフーリエ変換したものであるから時間の次元をもつ。そこで、この診断対象のすべり軸受部の軸回転周期に該当するケフレンシー値のレベル(ケフレンシーレベルと定義する)の時系列データを得、該ケフレンシーレベルが所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、モニタリング中にケフレンシー値が当該しきい値を超えた場合に、すべり軸受の当該回転周波数frに応じてすべり軸受に異常が発生していると判断することができる。
【0023】
また、ケプストラム解析以外に、自己相関解析により特性値を得ることも可能である。加速度データを、サンプリング周波数Z[Hz]でN個収集した場合、波数領域の加速度スペクトルは、Z/N[Hz]からZ[Hz]までのN個の周波数領域に分解できる。但し、一般に有効な周波数領域は、Z[Hz]の1/2以下である。そこで、該加速度スペクトルを、長さN'までのデータ列(ベクトル)としてXで表す。このXに対し、数式1のような自己相関を計算し、mが0からN'-1まで計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxx(m)のm(周波数換算ではm*Z/N[Hz])が回転周期の倍数に対応する値となるときに、大きなピーク値として現れる。倍数ゼロ以外のピーク、例えば1番目のピーク値を特性値として、該特性値がしきい値を超えた場合にすべり軸受に異常が発生していると判断することができる。
【数1】
【0024】
また、ケプストラム解析や自己相関解析以外に、相互相関解析でも前記特性値を得ることが可能である。すなわち、前記の加速度スペクトルXと軸の回転周期間隔で矩形やガウス分布等の所定のピークをもつ人工的なスペクトル(テンプレート波形と呼ぶ)Yとの相互相関により特性値を得ることも可能である。テンプレート波形のYのデータ長さとしては、加速度スペクトルXと同じか、より短い波形から構成できる。Y波形の長さをMとし、Mが加速度スペクトルXの長さN'より短い場合は、Xと同じ長さになるようにゼロを加えて、数式2で計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxy(m)のmが回転周期の倍数に対応する値のときに大きなピークとして現れる。但し、数式2のままの計算では最初に得られるピークの先頭位置が軸の回転周波数よりずれ、その後のピーク位置も同等分ずれる場合がある。そこで、Rxy(m)において、m=0からmが回転周波数になる間にRxy最大となるmを求め、そのmをm=0とすることで、このずれ分を補正する事が可能である。
【数2】
【0025】
本発明の診断方法においては、振動加速度の周波数領域のスペクトルとして予め軸の回転周波数毎にピークを有する所定の人工スペクトルを作成し、該人工スペクトルと加速度スペクトルとの相互相関を演算し、該相互相関の最も高い周波数領域を含む所定の周波数範囲で特性値を演算する。
【0026】
更に、本発明者らは、上記の自己相関や相互相関を計算する周波数領域のスペクトルにおいて、特性値を演算するための周波数領域を限定することが好ましいことを見出した。すなわち、ラビングを発生にともなう軸の回転周波数間隔の複数ピークが顕著である周波数領域と回転周波数間隔でないピークが顕著である周波数領域が存在する場合があることを見出した。従って、特性値を得るための周波数領域を限定することが好ましい。好ましい周波数は、1,000[Hz]から20,000[Hz]の範囲から所定の周波数領域で演算することである。所定の周波数の決定方法としては、例えば周波数スペクトルにおいて、ピークの発生している周辺で決定することができる。また、前記した軸の回転周波数毎のピークをもつテンプレートを作成し、数式2において相互相関Rxyが最大となるmにテンプレートの長さの平均を加えた値を計算し、その計算値に対応する周波数をもとめる。該周波数は、テンプレートとの最大相関となる周波数であり、該周波数を含む所定の範囲で決定する事ができる。一方、1,000[Hz]から20,000[Hz]の周波数領域のスペクトルの中の最大ピークの周辺を用いることもできるが、前記の方法の方が好ましい結果が得られる事が多い。
【0027】
なお、本発明者らによる比較試験によると、すべり軸受に接触する部材(治具)の材質の違いによる特異な診断差異は認められず、すべり軸受側の材質や特性によっても特異の差は見られないことが確認され、さらに、スペクトルが顕著に出る範囲である1k〜10kHzを測定すれば、すべり軸受の材質の違い(錫、銅、アルミニウムなど)にかかわらずラビング現象を検出できることが確認された。上述した診断の際には、振動加速度を表す波形データとして、少なくとも1k〜30kHzの領域のデータ、より好ましくは少なくとも1k〜10kHzの領域のデータを検出することが好ましい。
【0028】
本発明にかかる診断方法においては、このように軸の回転周波数で周波数変調された複数の加速度スペクトルのピーク情報を活用することにより、軽微なラビングを定量的にとらえることを可能とした。本発明の診断方法によれば、AEセンサを併用せずとも、加速度センサのみで早期に精度よく異常を検出することができる。また、従来困難であった、ディーゼルエンジンのすべり軸受のようなピストン運動および爆発や給排気に起因する振動ノイズを伴う場合の診断にも応用できる。
【0029】
このように、本発明によれば、従来は加速度センサのみで検出することができなかったラビング等の異常状態を早期に精度よく検出することができる。したがって、例えばすべり軸受の試運転時における定修後診断にて軽微なラビング状態が検出できれば施工不良を修正することができ、焼き付きトラブルへの進展を未然に防ぐことも可能である。また、このようにしてすべり軸受のラビング異常を早期に検出することは、当該すべり軸受を含む機器や設備(例えば大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備など)の運転の安定化や定修周期の延長、さらには余寿命の判断に寄与する。
【0030】
また、本発明は、従来、軸受異常を直接的に診断できる手法のなかったディーゼルエンジンにも適用できる。ディーゼルエンジンは、通常、複数気筒から構成され、その数だけ軸受がある。このために、軸の撓み等により、各軸受の全てのバランスを取るのが難しく、ラビングが発生しやすい。また、船舶エンジンでは移動体の中に設置されているため、更に過酷な環境下におかれている。航海中に破損した場合の損害は多大である。本発明によれば、これらのディーゼルエンジンでのすべり軸受の異常を検出でき、致命傷に至る前に部品交換などの対処が計画的に実施でき、安定運転や不慮の事故リスク低減に大きく寄与する。
【0031】
さらに、本発明にかかる診断装置は、すべり軸受におけるラビング等の異常を診断するすべり軸受の診断装置において、回転軸の回転数を検出する回転数検出センサと、回転軸の振動時の加速度を検出する加速度センサと、該加速度センサによって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の波形データに変換し、該周波数領域の波形データ中の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化する演算装置により定量化して特性値を得、該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受に異常が発生していると判断するモニタリング装置と、当該すべり軸受に異常が発生しているとモニタリング装置が判断した際に当該判断結果を外部に出力する通報装置と、を備えるというものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、タービン等の一般産業用途におけるすべり軸受の軽微なラビング異常の兆候を精度よく検出することができ、とりわけ、従来困難であった、ディーゼルエンジンの該軸受異常を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施形態を示す、すべり軸受の診断装置の概略構成図である。
【図2】回転数検出センサおよび加速度センサを利用して得られる加速度波形データの一例を示す図である。
【図3】図2の加速度波形データをフーリエ変換した周波数領域の波形データ(パワースペクトル)である。
【図4】加速度スペクトルから得られる(A)ケプトラム、(B)自己相関、(C)相互相関の各特性値である。
【図5】相互相関に用いるテンプレートの例である。
【図6】特性値の経時変化の一例を示すグラフである。
【図7】本発明の検証に用いた供試メタルからなるすべり軸受の一例を示す(A)平面図と(B)正面図である。
【図8】ギャップと加速度O/A値の関係を示すグラフである。
【図9】回転数1200[rpm]における加速度スペクトルを示すグラフである。
【図10】回転数1200[rpm]におけるズーミングスペクトルを示すグラフである。
【図11】回転数1200[rpm]時の無次元兆候パラメータとギャップの関係を示すグラフである。
【図12】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時の加速度波形および加速度スペクトルを示すグラフである。
【図13】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時のズーミングスペクトルを示すグラフである。
【図14】回転数1200[rpm]、ギャップ15/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図15】回転数1200[rpm]、ギャップ3/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図16】回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図17】回転数1200[rpm]、ギャップ0/100[mm]時の(A)ケプストラム、(B)自己相関および(C)相互相関を示すグラフである。
【図18】回転数1200[rpm]時の無次元兆候パラメータと出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)との関係を示す、a)ケフレンシーレベルと従来法の比較を表すグラフ、b)各特性値の比較を表すグラフである。
【図19】回転数2800[rpm]時の無次元兆候パラメータと出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)との関係を示す、a)ケフレンシーレベルと従来法の比較を表すグラフ、b)各特性値の比較を表すグラフである。
【図20】各ギャップ時におけるケフレンシートレンドとケプストラムとを示すグラフである。
【図21】正常時における加速度時間軸波形の一例(回転数94rpm)を示すグラフである。
【図22】正常時における加速度エンベロープスペクトルの一例(回転数94rpm)を示すグラフである。
【図23】正常時におけるケプストラム、自己相関および相互相関解析結果の一例を示す、(A)回転周期ケフレンシー値トレンドと、所定時における(B)ケプストラム、(C)自己相関および(D)相互相関の図である。
【図24】軽微なラビング発生時(回転数85rpm)におけるケプストラム、自己相関および相互相関解析結果の一例を示す、(A)回転周期ケフレンシー値トレンドと、所定時間における(B)ケプストラム、(C)自己相関および、(D)相互相関の図である。
【図25】軽微なラビング発生時における加速度時間軸波形の一例(回転数85rpm)を示すグラフである。
【図26】軽微なラビング発生時における加速度エンベロープスペクトルの一例(回転数85rpm)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。図1〜図6に本発明にかかるすべり軸受の診断方法および診断装置の実施形態を示す。すべり軸受1は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて適用可能な、回転軸2の軸受装置である。本発明にかかるすべり軸受1の診断装置10は、回転数検出センサ11と、加速度センサ12と、モニタリング装置13と、通報装置14を備えている。以下においてはまずこの診断装置10の構成について説明する(図1、図2等参照)。
【0035】
回転数検出センサ11は、回転軸2の回転数を検出するためのセンサである。例えば本実施形態では、回転軸2の表面に設けられて該回転軸2とともに回転する例えば反射テープからなる被検出部材11bと、該被検出部材11bを介して回転軸2の回転パルスを検出するパルス検出器11aとでこの回転数検出センサ11を構成している(図1参照)。パルス検出器11aにより検出されたデータは、モニタリング装置13へと送信される。実機における回転軸2は、回転数が制御されているものの、実際には電圧変動などの影響を受けて回転数が変動していることが多い。このような回転数検出センサ11によれば、回転軸2の回転数が刻一刻と変動している場合にもパルスを利用して回転数を精度よく検出することが可能である。
【0036】
加速度センサ12は、ラビング現象などが生じたときの振動に基づき回転軸2の振動時の加速度を検出するためのセンサである。例えば本実施形態ではピエゾ素子を有する圧電型の加速度センサを用い、当該加速度センサ12をすべり軸受1の軸受箱に取り付け、当該軸受箱の振動に基づき加速度を検出することとしている(図1参照)。この加速度センサ12による検出データは、モニタリング装置13へと送信される。
【0037】
モニタリング装置13は、上述の回転検出センサ11からの送信データおよび加速度センサ12からの送信データに基づきすべり軸受1の診断を行い、尚かつ異常が発生していると判断した際にはその結果を通報装置14に送信する装置である。具体的には、本実施形態のモニタリング装置13は、加速度センサ12によって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域のパワースペクトルに変換し、該スペクトルにおける軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、すべり軸受1に異常が発生していると判断する。また、本実施形態のモニタリング装置13には、演算処理装置(例えばパーソナルコンピュータ)が接続されている。
【0038】
通報装置14は、すべり軸受1に異常が発生しているとモニタリング装置13が判断した際に当該判断結果を出力し、ユーザや関係者らに通報するための装置である。通報装置14は、例えば光を点滅させたり、警報音を鳴動させたりすることによって外部に通報するものでもよいし、演算処理装置15の画面を利用して関係者らに通報するもの等であってもよい。
【0039】
続いて、このような診断装置10を用いたすべり軸受1の診断方法およびその原理等について説明する(図4等参照)。
【0040】
上述した診断装置10の回転数検出センサ11および加速度センサ12を利用すれば、従来と同様、時間が横軸の加速度波形データを検出することができる(図2参照)。当該すべり軸受1に異常が発生している場合、当該異常により発生する振動の加速度がよほど大きければ別だが、例えば軽微なラビングが生じているときの当該加速度波形データ中での加速度振幅の変化は微小であり、この波形データのみから異常の有無を検出することはきわめて困難である。
【0041】
ここで、本実施形態では、この加速度波形データをフーリエ変換して周波数分析し、周波数領域の波形データを得る(図3参照)。これにより、周波数が横軸のパワースペクトルが得られる。
【0042】
該スペクトルにおける軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得る。
【0043】
該特性値のより具体的な検出方法として、該周波数領域のスペクトルの対数スペクトルを計算し、該対数スペクトルを逆フーリエ変換(ケプストラム演算)し、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値を用いる(図4(A)参照)。ケフレンシーは、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0044】
また、特性値として、次のような加速度スペクトルの自己相関の値を用いることが可能である(図4(B)参照)。すなわち、サンプリング周波数Z[Hz](本実施形態では51200[Hz]でN個(本実施形態では524288個)の加速度データを収集した場合、波数領域の加速度スペクトルは、Z/N[Hz]からZ[Hz]までのN個の周波数領域に分解できる。但し、一般に有効な周波数領域は、Z[Hz]の1/2以下である。そこで、該スペクトルを長さN'までのデータ列(ベクトル)をXで表す。このXに対し、上述の数式1のような自己相関を計算し、mが0からN'-1まで計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxx(m)のm(周波数換算ではm*Z/N[Hz])が回転周期の倍数に対応する値となるときに大きなピークとして現れる。倍数ゼロ以外のピーク、例えば1番目のピーク値を特性値とすることができる。
【0045】
この処理における加速度スペクトルの周波数領域を有効周波数の1000[Hz]〜20000[Hz]の中から以下のように限定している。回転周波数間隔でピークを持つ矩形波(図5参照)を準備する。本実施形態では、ピーク幅が軸の回転周期の1/10の長さで、10個のピークをもつ矩形波を用意し、この矩形波と加速度スペクトルの数式2の相互相関の値が最大となるmの値を求める。矩形波の平均データ長さwをもとめる。周波数(m+w)×Z/N[Hz]の値R[Hz]が、該矩形波と最も相関の高くなる加速度スペクトルの中心周波数である。本例ではこの値R[Hz]の±1000[Hz]の範囲を指定している。尚、この計算の際に、範囲の最小値が有効周波数の最小値(本例では1000[Hz])を下回る場合は、1000[Hz]〜3000[Hz]を指定している。また、有効範囲の上限(本例では20000[Hz])を超える場合は、18000[Hz]〜20000[Hz]としている。
【0046】
但し、前記の周波数の決定に使う前記矩形波の代わりにガウス分布等の他の波形を用いることもできる。また、ピーク幅や長さは上記に限定されるものではない。
【0047】
また、自己相関の演算に使用する加速度スペクトルの周波数の特定は、加速度スペクトルから、使用者らがその範囲を決定することも可能である。
【0048】
また、前記の特性値である自己相関のピーク値は、ベースライン(図4(B)参照)の影響を受ける場合があり、ベースライン分を差し引く事、またはピーク値をベースラインの平均値で割る事が望ましい。本例では、基本周波数の0.7-0.8周期の部分をベースとしてその平均値で差し引いている。
【0049】
また、自己相関は、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0050】
更に、特性値として、次のような加速度スペクトルの相互相関を用いる事が可能である(図4(C)参照)。すなわち、軸の回転周期間隔で矩形やガウス分布等の所定のピークをもつ人工的なスペクトル(テンプレート波形と呼ぶ)Yと、前記の加速度スペクトルXとの相互相関により特性値を得ることも可能である。テンプレート波形のYのデータ長さとしては、加速度スペクトルXと同じか、より短い波形から構成できる。Y波形の長さをMとし、Mが加速度スペクトルXの長さN'より短い場合は、Xと同じ長さになるようにゼロを加えて、上述の数式2で計算する。軽微なラビングが発生している場合、軸の回転数間隔で複数のピークが存在するため、Rxy(m)のmが回転周期の倍数に対応する値のときに大きなピークとして現れる。但し、数式2のままの計算では最初に得られるピークの先頭位置が軸の回転周波数よりずれ、その後のピーク位置も同等分ずれる場合がある。そこで、Rxy(m)において、m=0からmが回転周波数になる間にRxyが最大となるmを求め、そのmをm=0とすることで、このずれ分を補正する事が可能である。
【0051】
この時、本実施形態では、相互相関を計算する加速度スペクトルの周波数およびベースラインによるピークの補正は、前記自己相関の場合と同じ方法を採用している。
【0052】
また、相互相関を求めるテンプレートは、軸の回転周波数の1/10の幅を持ち、加速度スペクトルの指定した範囲に対し、軸の回転周波数の2.5周期分短いものを使用した。
【0053】
但し、テンプレートは、軸の回転周波数間隔でピークをもつものであれば、矩形波に限定されるものではない。また、ピークの幅や長さも、本実施形態に限定されるものではない。また、相互相関は、軸の回転周期の倍数の位置でピークを有するため、複数のピークを加算して特性値にしてもよい。
【0054】
本実施形態では、このようにして軸の回転周波数間隔でのピークの値を定量化して得られる特性値の時系列データを得たら、該特性値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングする。一般に、この特性値は、当該すべり軸受1においてラビングなどの異常が生じると顕著に増加する傾向がある(図6中の二点鎖線参照)。これに対し、本実施形態では、この特性値に対してあらかじめ所定のしきい値を設定しておき、経時変化する特性値Lが当該しきい値を超えた時点ですべり軸受1に異常が発生していると判断する。以上のような軸の回転周波数間隔でのピークの値を定量化して得られる特性値の解析によれば、スペクトル中に埋もれている周期性を検出し、基本周波数(もしくは基本周期の逆数)を求めることができる。これによれば、軽微なラビング等であっても精度よく検出、その兆候を早期に見出すことが可能となる。しかも、本実施形態では、従来用いられている加速度センサをそのまま利用しての異常診断を可能としている。
【0055】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば上述の実施形態では、本発明にかかるすべり軸受1が、大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて適用可能なものであると説明したが、この場合の適用分野ないし範囲には、石油化学、原子力発電所、石油精製、鉄鋼などのプラントにおける回転機器のすべり軸受が含まれることはいうまでもない。また、これらの他に、従来検出の困難であった、船舶のディーゼルエンジンやディーゼル発電機等のピストン運動や爆発による振動や音響ノイズのある軸受にも適用可能である。
【実施例1】
【0056】
実験装置を製作し、上述したすべり軸受1の診断方法を検証するための実験を行った。以下、実施例として説明する。
【0057】
実験装置においては、供試メタル(軸受合金としてのホワイトメタル)からなるすべり軸受1により、回転軸2の主軸を軸支した状態で、当該回転軸2を数種類の速度で回転させて行った(図7参照)。特に詳しく図示していないが、本実施例では、回転軸2の両端付近を支持軸受(転がり軸受)で軸支するとともに、モーターを利用して当該回転軸2を回転させた。
【0058】
回転軸2の主軸の外径を100[mm]とした。また、該回転軸2とすべり軸受(メタルケーシング)1の内周との間に形成される隙間(ギャップ)のうちの一方をA、他方をBとして表した場合(図7(A)参照)、トータルギャップ(AとBとの和)を30/100[mm]に設定した(したがって隙間A、隙間Bにおけるギャップが15/100[mm]のとき、回転軸2はすべり軸受1の中央に位置する)。さらに、押しボルトを利用した移動機構(ボルトの先端を移動対象にあてがい押して移動させる機構)によりすべり軸受1を回転軸2の中心軸とは垂直な方向に水平移動させ、ギャップBを変化させた。このような実験装置を用い、回転軸2の回転速度を1200[rpm]、1800[rpm]、2800[rpm]として実験を行った。この結果、ラビングが発生すると加速度値の上昇が見られるが、軽微なラビングの場合には加速度O/A値の差異は0.01g程度でしかないので、加速度レベルでの評価は困難であると考えられた(図8参照)。なお、加速度O/A値の単位のg(ジー)は振動加速度の単位で、1g=9800mm/s2=9.8m/s2である。
【0059】
次に、回転軸2の回転数が1200[rpm]である場合において、ギャップ15/100のとき、ギャップ3/100のとき、ギャップ1/100のとき(軽微なラビング状態)、ギャップ0/100のとき(ラビング状態)のそれぞれについて加速度スペクトルを検出した(図9(A)〜(D)参照)。さらに、それぞれの加速度スペクトルの一部を拡大してズーミングスペクトルを得た(図10(A)〜(D)参照)。
【0060】
これら各スペクトル等の結果から、回転数が1200[rpm]である場合の加速度波形の形状変化を示す種々の無次元兆候パラメータとギャップとの関係を得た(図11参照)。この結果から、ラビング発生により尖度と波高率、歪度の上昇が見られるが、軽微なラビングの場合にはこれらの変化が小さいことが確認された。なお、歪度β1、尖度β2、波高率CF(Crest Factor)、波形率SF(Shaped Factor)、変動率C.V(以上、無次元兆候パラメータ)、さらにはこれら無次元兆候パラメータに関係する標準偏差s、k次のモーメントμkのそれぞれは、以下の数式によって求めることができる。
【0061】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【0062】
[数7]
波高率CF=最大値/実効値
[数8]
波形率SF=実効値/平均値
【数9】
【0063】
ここで、本発明者らは、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときの加速度波形と加速度スペクトルの各波形についても検討した(図12参照)。この結果から、軽微なラビングの場合は、加速度スペクトルの上昇レベルが僅かであることが確認された。
【0064】
さらに、本発明者は、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときのズーミングスペクトルの波形についても検討した(図13参照)。この結果から、ラビングが発生していると、加速度スペクトルが回転周波数によって変調されていることが確認された。
【0065】
また、本発明者らは、回転数1200[rpm]、ギャップ15/100[mm](接触していない状態)のときケプストラムの波形、自己相関波形および相互相関波形(図14参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ3/100[mm](接触していない状態)のときケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図15参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ1/100[mm](軽微なラビング状態)のときのケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図16参照)、回転数1200[rpm]、ギャップ0/100[mm](ラビング発生状態)のときのケプストラムの波形自己相関波形および相互相関波形(図17参照)のそれぞれについても検討した。回転軸2の回転数1200[rpm]としたことから、回転周波数は20Hzであり、したがって回転周期は50[msec]である。軽微なラビング及びラビングが発生した状態下でのケプストラム波形におけるケフレンシー値、自己相関値および相互相関値において、回転周波数fr(本実施例の場合、20Hz)に相当する部分にピーク確認された(図16、図17参照)。
【0066】
続いて、発明者らは、回転数1200[rpm]のときの、異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比を検討した(図18参照)。軽微なラビング状態、ラビング(接触)発生状態のいずれにおいても、ケフレンシーレベル、自己相関および相互相関における出力比(異常時における出力レベル/正常時における出力レベル)が他のパラメータによる出力比(O/A値の出力比など)と比べて大きくなることが確認された。同様に、回転数2800[rpm]のときの場合も、ケフレンシーレベルや自己相関、相互相関における出力比が、他の従来法に比較し、大きくなることが確認された(図19参照)。
【0067】
続いて、発明者らは、ギャップ2/100(軽微なラビング状態)、ギャップ0/100(ラビング状態)、ギャップ15/100(接触していない状態)のそれぞれについてケフレンシートレンドとケプストラムを検討した(図21参照)。以上から、ケプストラム演算後のケフレンシー値をモニタリングすることによって軽微なラビング状態を検出できることが確認された。自己相関解析、相互相関解析でも、同様の検出結果が得られている。
【実施例2】
【0068】
発明者らは、大型船舶ディーゼルエンジンにおける試運転における振動計測において、ケプストラム、自己相関、相互相関解析法の適用を試みた。
【0069】
一般に、ディーゼルエンジンなどのディーゼル機関の場合には、正常運転時においても吸気弁や排気弁の開閉、燃焼爆発などの運転にともなう振幅変調を受けた振動が発生する(図21参照)。この時の振動はそれぞれが回転周期毎に周期的に発生する為に、エンベロープスペクトルは回転周波数及びその高次成分の発生が発生する(図22参照)。
【0070】
一方、ケプストラム、自己相関、相互相関解析ではディーゼルエンジンにおいても運転時のノイズの影響も受けず、正常時には回転周期に相当する特性値のピークの発生は見られないか極めて小さい(図23参照)。本試運転時の回転数を変化させている時の約85rpmにおいて、主軸受(すべり軸受)に軽微なラビングが発生した。この時のケプストラム、自己相関、相互相関解析結果では、ラビングの発生を示す回転周期で、特性値ピークが存在することが確認された(図24参照)。
【0071】
この時の振動加速度波形においても振幅変調を受けた波形が得られており、正常時と判別が困難である(図25参照)。エンベロープスペクトルにおいても正常時と同様、回転周波数及びその高次成分の発生が確認され、正常異常の差異が弁別困難である(図26参照)。
【0072】
以上の実施例1、実施例2の結果から、発明者らは以下の知見を得、あるいは確認した。
(1)すべり軸受の軽微なラビング時に、加速度スペクトル上に発生する軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報と軸の回転数から所定の方法で定量化した特性値おいて、異常/正常出力比(異常時における出力レベルと正常時における出力レベルとの比)が、他のパラメータにより解析した場合の出力比に比べて大きいことが確認された。したがって、この特性値を利用することにより、すべり軸受1の診断精度を向上させることが可能である。また、該特性値をモニタリングすることで、従来は困難あるいは不可能であった軽微なラビング状態を、圧電型加速度センサのみを使用して早期に検出することができる。
(2)従来運転時のノイズによりラビング異常の検出が困難な機器、とりわけディーゼルエンジンにおいても、運転時のノイズの影響を受けずに軽微なラビング現象を精度良く検出する事ができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、タービンをはじめとする大型の重要回転設備や、圧縮機をはじめとする高速の回転設備などにおいて用いられている各種すべり軸受に適用して好適である。
【符号の説明】
【0074】
1…すべり軸受、2…回転軸(軸)、3…軸受箱、10…診断装置、11…回転数検出センサ、11a…パルス検出器、11b…被検出部材、12…加速度センサ、13…モニタリング装置、14…通報装置、15…演算処理装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、すべり軸受の診断方法。
【請求項2】
前記加速度スペクトルを対数変換後に逆フーリエ変換するケプストラム演算を行い、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値の時系列データを得、該ケフレンシー値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記ケフレンシー値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項3】
前記加速度スペクトルの自己相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる自己相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記自己相関の値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項4】
前記加速度スペクトルと所定のスペクトルとの相互相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる相互相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記相互相関の値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項5】
前記振動加速度を表すデータとして1k〜30kHzの周波数領域のデータを検出する、請求項1から4のいずれか一項に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項6】
前記振動加速度を表すデータとして少なくとも1k〜10kHzの周波数領域のデータを検出する、請求項1から4のいずれか一項に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項7】
前記振動加速度の周波数領域のスペクトルとして予め前記軸の回転周波数毎にピークを有する所定の人工スペクトルを作成し、該人工スペクトルと前記加速度スペクトルとの相互相関を演算し、該相互相関の最も高い周波数領域を含む所定の周波数範囲で特性値を演算する、請求項3または4に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項8】
すべり軸受におけるラビング等の異常を診断するすべり軸受の診断装置において、
回転軸の回転数を検出する回転数検出センサと、
前記回転軸の振動時の加速度を検出する加速度センサと、
該加速度センサによって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の波形データに変換し、該周波数領域の波形データ中の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化する演算装置により定量化して特性値を得、該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断するモニタリング装置と、
当該すべり軸受に異常が発生していると前記モニタリング装置が判断した際に当該判断結果を外部に出力する通報装置と、
を備えるすべり軸受の診断装置。
【請求項9】
特性値のケプストラム解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【請求項10】
特性値の自己相関解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【請求項11】
特性値の相互相関解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【請求項1】
すべり軸受の稼働時に発生する振動の加速度を表す波形データを検出し、該加速度波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の加速度スペクトルに変換し、該加速度スペクトルにおける測定対象の軸の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、該軸の回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化し、特性値を得、得られた該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、すべり軸受の診断方法。
【請求項2】
前記加速度スペクトルを対数変換後に逆フーリエ変換するケプストラム演算を行い、当該ケプストラム演算後の波形データから得られるケフレンシー値の時系列データを得、該ケフレンシー値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記ケフレンシー値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項3】
前記加速度スペクトルの自己相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる自己相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記自己相関の値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項4】
前記加速度スペクトルと所定のスペクトルとの相互相関を求める演算を行い、当該演算によって得られる相互相関の値が所定しきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記相互相関の値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断する、請求項1に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項5】
前記振動加速度を表すデータとして1k〜30kHzの周波数領域のデータを検出する、請求項1から4のいずれか一項に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項6】
前記振動加速度を表すデータとして少なくとも1k〜10kHzの周波数領域のデータを検出する、請求項1から4のいずれか一項に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項7】
前記振動加速度の周波数領域のスペクトルとして予め前記軸の回転周波数毎にピークを有する所定の人工スペクトルを作成し、該人工スペクトルと前記加速度スペクトルとの相互相関を演算し、該相互相関の最も高い周波数領域を含む所定の周波数範囲で特性値を演算する、請求項3または4に記載のすべり軸受の診断方法。
【請求項8】
すべり軸受におけるラビング等の異常を診断するすべり軸受の診断装置において、
回転軸の回転数を検出する回転数検出センサと、
前記回転軸の振動時の加速度を検出する加速度センサと、
該加速度センサによって検出された振動の加速度を表す波形データをフーリエ変換することによって周波数領域の波形データに変換し、該周波数領域の波形データ中の回転周波数間隔で発生する複数のピーク情報を、回転周波数情報と組み合わせた所定の信号処理を実施することで定量化する演算装置により定量化して特性値を得、該特性値が所定のしきい値を超えたかどうかモニタリングし、前記特性値が当該しきい値を超えたとき、前記すべり軸受に異常が発生していると判断するモニタリング装置と、
当該すべり軸受に異常が発生していると前記モニタリング装置が判断した際に当該判断結果を外部に出力する通報装置と、
を備えるすべり軸受の診断装置。
【請求項9】
特性値のケプストラム解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【請求項10】
特性値の自己相関解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【請求項11】
特性値の相互相関解析を適用する、請求項8に記載のすべり軸受の診断装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2011−180082(P2011−180082A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46766(P2010−46766)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000116736)旭化成エンジニアリング株式会社 (49)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000116736)旭化成エンジニアリング株式会社 (49)
【Fターム(参考)】
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