説明

アクリル耐炎糸の製造方法および炭素繊維の製造方法

【課題】炭素繊維のプリカーサとして好適な単糸繊度が太い耐炎糸を、高品位で、かつ、高効率で製造する方法と、該方法にて得られた耐炎糸を炭化して炭素繊維を製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】赤外分光測定において1580cm−1から1610−1の間の最大吸光度が0.5以上で、湿式法により作成した無配向フィルムの強度が0.1MPa以上、伸度が2.5%以上であるポリアクリロニトリル系ポリマーを、5〜30重量%含有したポリマー溶液を用い、湿式紡糸法により、単糸繊度1.5dtex以上7.0dtex以下の繊維を製造するアクリル耐炎糸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリル耐炎糸の製造方法および炭素繊維の製造方法に関し、さらに詳しくは、炭素繊維のプリカーサとして好適な単糸繊度が太い耐炎糸を、高品位で、かつ、高効率で製造する方法と、該方法にて得られた耐炎糸を炭化して炭素繊維を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル系耐炎糸は熱で溶融しないという特性を有し、耐熱性、難燃性に優れるため、消防服、溶接火花防護シートなどの耐熱材料、難燃材料として広く使用されている。
【0003】
また、アクリル系耐炎糸は炭素繊維の中間体であるプリカーサとして用いた場合に高強度の炭素繊維を得られるため、炭素繊維プリカーサとしても広く用いられている。該炭素繊維は力学的、化学的諸特性及び軽量性などにより、各種の用途、例えば航空機やロケットなどの航空・宇宙用航空材料、テニスラケット、ゴルフシャフト、釣竿などのスポーツ用品に広く使用され、さらに船舶、自動車などの運輸機械用途分野などにも使用されようとしている。また、近年は炭素繊維の高い導電性や放熱性から、携帯電話やパソコンの筐体等の電子機器部品や、燃料電池の電極用途への応用が強く求められている。
【0004】
一般に、アクリル系耐炎糸は、原料となるアクリル繊維を空気中で200℃〜300℃に加熱し、空気中の酸素にてアクリル繊維のニトリル基を環化・酸化し製造される。しかし、この製造方法においては、酸化に伴う発熱により繊維が溶断・炎上するのを避けるため、反応速度を除熱能力以上に上げることができず、40〜80分という非常に長い時間がかかり、製造コストを押し上げる原因となっている。また、酸化反応は空気中の酸素を用いて行われるが、酸素が繊維表層の酸化で多く消費されてしまい、繊維の内部へほとんど浸透しないことから、アクリル繊維の直径が太くなると繊維内部の耐炎化が進まない。この場合でも、表面のみは耐炎化されているため短時間の接炎で着火することはなく、火花防護シート等には適用可能であるが、長期間高熱・高温にさらされる用途には適用が難しく、さらに炭素繊維のプリカーサとして用いた場合、炭素繊維の中心部の結晶性が不十分になったり、空洞になったりして、炭素繊維の強度・弾性率が十分に得られないことが問題となっている。このため、実質的に炭素繊維のプリカーサとして用いられるアクリル耐炎糸は1.5dtex未満の細いものしか用いることができないのが現状である。
【0005】
しかし、近年の炭素繊維用途の広がりに伴い、高粘度の熱可塑性樹脂との複合材料や、炭素繊維不織布による電極等が検討されているが、炭素繊維の直径が細いことから、高粘度樹脂との複合では樹脂粘度の増加が激しくなり、炭素繊維不織布では気体の透過性が低下してしまうなどの問題が明らかになっており、より直径の太い炭素繊維が求められるようになってきている。
【0006】
これらの問題を解決するため、耐炎化工程の必要ないポリマーの提案もなされている(例えば、特許文献1)が、その強度はアクリル耐炎糸を原料とするものに比較して著しく低いことが問題であった。また、ピッチを原料とする炭素繊維は、元来ある程度発達したグラファイト構造を有していることから、太繊度化した際の物性低下はアクリル耐炎糸よりも低く抑えることが可能であるが、ピッチは元々熱可塑性を有していることから炭素繊維原料として用いる場合には低温から徐々に加熱して安定化させる必要があり、アクリル繊維の耐炎化以上の時間が必要となってしまうため、製造コストが高くなってしまうという問題点を有している。また、ピッチを原料とする炭素繊維は、非常に高度に発達した結晶構造を取ることから、弾性率に優れるものの、伸度に乏しく、太繊度化すると容易に折れてしまうことも問題であった。
【0007】
アクリル耐炎糸においても、繊維を太繊度化するために嵩高成分を共重合して耐炎化反応時の酸素透過性を上げるたり、繊維表面に耐炎化反応を阻害する物質を付与し、繊維表層での酸素消費を抑えることにより繊維内部へ浸透する酸素の量を増やすことが提案されている(例えば、特許文献2)が、どちらの方法を用いても繊維の内部まで耐炎化を行うためには繊度が細い時と比較して極端に長い耐炎化を行う必要があり、製造コストが極めて高くなってしまうという問題があった。
【0008】
一方、我々はアクリル系の耐炎糸を製造するに際し、予めアミン系の薬剤で変性して耐炎化反応を進めた耐炎ポリマーを繊維に成形することにより、後の耐炎化工程を簡略化する方法を提案している(例えば、特許文献3,4)。しかし、これらの耐炎ポリマーは、耐炎糸の毛羽が非常に多くなり、品位の良好な耐炎糸を得ることは非常に難しかった。特に、工業的なプロセスにおいては、各浴の状態を安定させ、乾燥時の負荷を減らすためにニップロールによる水切りを行う必要があるが、特に単糸が太い場合には、ニップロールで加圧した際の糸の痛みが大きく、品位の良好な耐炎糸を得ることができなかった。
【特許文献1】特開平1−132832号公報
【特許文献2】WO97/45576号公報
【特許文献3】WO2005/080448号公報
【特許文献4】WO2007/018136号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、炭素繊維のプリカーサとして好適な単糸繊度が太い耐炎糸を、高品位で、かつ、高効率で製造する方法と、該方法にて得られた耐炎糸を炭化して炭素繊維を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、従来法による耐炎ポリマーを紡糸して得た耐炎糸は毛羽が非常に多く、品位の良好なものを得ることが非常に難しい原因を検討したところ、これらの耐炎ポリマーは、湿式紡糸で繊維化した際の繊維が脆く、そのためニップロールによる水切り時に、ニップロールで加圧した際の糸の痛みが生じ、破断してしまうためであろうとの考えの下に、強度、伸度の高いポリマーを用いたところ、従来法と比較して直径が太く、かつ、力学特性に優れた炭素繊維を、低コストで製造する方法を提供できることを見出したものである。すなわち、
(1)赤外分光測定において1580cm−1から1610−1の間の最大吸光度が0.5以上で、湿式法により作成した無配向フィルムの強度が0.1MPa以上、伸度が2.5%以上であるポリアクリロニトリル系ポリマーを、5〜30重量%含有したポリマー溶液を用い、湿式紡糸法により、単糸繊度1.5dtex以上7.0dtex以下の繊維を製造するアクリル耐炎糸の製造方法。
(2)湿式紡糸プロセスが、A)凝固工程、B)浴延伸工程、C)水洗工程、D)乾燥工程、E)後延伸工程を含み、A)凝固工程におけるドラフト比を1.0〜2.0とする前記(1)記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
(3)さらに、F)熱処理工程を含む前記(2)記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
(4)E)後延伸工程を乾熱延伸で行う前記(2)または(3)記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
(5)F)熱処理工程における熱処理時間が30分以下である前記(3)記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
(6)前記(1)〜(5)のいずれかの方法により製造したアクリル耐炎糸を、炭化して炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、単糸繊度が太く、かつ、内部まで酸化反応の進んだ、炭素繊維原料として好適な耐炎糸を、高品位で高効率に製造することが可能となる。また、該耐炎糸を炭化することにより、直径が太く、かつ、力学特性に優れた炭素繊維を、低コストで製造することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のアクリル耐炎糸の製造方法においては、予め耐炎化したアクリルポリマーを用いて湿式紡糸を行うことが特徴である。このため、作成されたアクリル繊維はすでに耐炎化されており、通常のアクリル耐炎糸を作成する際に必要な空気による耐炎化工程が簡略化され、好ましくはまったく必要なくなる。さらに、予め耐炎化したポリマーを紡糸することで、内部まで均一に耐炎化された耐炎糸を作成することが可能となり、表面から酸化を行う従来の方法と異なり、実質的に単糸繊度の影響を受けず、単糸繊度1.5dtex以上の太繊度の耐炎糸を作成することが可能となるのである。
【0013】
このような太繊度の耐炎糸は、単糸強力が増加することから、不織布や紡績糸を作成する際の工程安定性が増加するため好ましい。また、太繊度の耐炎糸を用いて炭素繊維を製造することで、太繊度の炭素繊維を製造することが可能となり、この太繊度の炭素繊維は樹脂中に短繊維分散させた際の粘度上昇が少なく、高粘度樹脂との複合化が可能となることや、炭素繊維不織布を作成した際に気体や液体の透過性が向上し、燃料電池の基材として有用な性質を備えるなど、従来の炭素繊維とは異なる分野への展開が期待できる。本発明の耐炎糸の製造法によれば、単糸繊度1.5dtex以上の耐炎糸を高品位で安定して製造することが可能であるが、単糸繊度2.0dtex〜3.0dtex程度の太繊度においても安定した生産が可能であり、かつ、太繊度化のメリットをより強く享受できるため好ましい。本発明の製造方法で、さらに太繊度の耐炎糸も製造可能であるが、単糸繊度7.0dtexを超えると高品位の耐炎糸を得ることが難しくなる上、繊維が硬くなりすぎるために使用できる範囲に制限を受けてしまうことから、単糸繊度は7.0dtex以下とすることが好ましい。
【0014】
本発明に用いる耐炎化したアクリルポリマーは、赤外分光測定において1580cm−1から1610−1の間の最大吸光度が0.5以上であることが重要である。耐炎化したアクリルポリマーの構造は完全には明らかになっていないが、アクリロニトリル系耐炎化繊維を解析した文献(ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー・エディション(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.Ed.),1986年,第24巻,p.3101)では、耐炎化したアクリルポリマーはニトリル基の環化反応あるいは酸化反応によって生じるナフチリジン環やアクリドン環、水素化ナフチリジン環構造を有するとの説が開示されており、赤外分光測定(IR)により1580cm−1〜1610cm−1付近に吸収ピークを示すことも開示されている。すなわち、この1580cm−1〜1610cm−1の間の吸収ピークの吸光度が高いほど前記の耐炎構造の存在量が多いことを示しており、耐炎性の高いポリマーと見ることができる。(以降「1580cm−1〜1610cm−1の間の吸収ピークの吸光度」を、単に「上記吸収ピークの吸光度」と記載する場合もある)
従来の製法によるアクリル系耐炎糸においては、繊維全体を平均した上記吸収ピークの吸光度は1.7程度であり、本発明の耐炎糸においても、同程度の上記吸収ピークの吸光度を有していることが好ましい。それには、成形前のポリマーの段階で1.7以上の上記吸収ピークの吸光度を有していることが最も好ましいが、ポリマーの段階で耐炎化を進めると、ポリマーの安定性が低下したり、湿式紡糸時の凝固性が低下したりすることがあり、生産安定性が低下する傾向が見られるため、ポリマーの段階での上記吸収ピークの吸光度を1.7以下に調整しておき、湿式紡糸後に熱処理等により、上記吸収ピークの吸光度を1.7以上にすることも、生産安定性とのバランスから好ましい。その際でも、太繊度の耐炎糸を得るためには、ポリマーの上記吸収ピークの吸光度は0.5以上あることが必要であり、0.7以上であることがより好ましい。一方で、ポリマーの安定性や、紡糸性の点から、ポリマーの上記吸収ピークの吸光度は2.0以下であることが好ましい。
【0015】
一方で、ポリマーの段階で耐炎化反応を進行させると、どうしても成形品、特に工程初期の配向度が低く、水に膨潤した状態において伸度が無い脆いポリマーとなりやすく、工程通過性に問題が出ることが多かった。そこで、工程通過性の向上について検討を重ねた結果、フィルムに成形した際の強度を向上することにより、工程通過性が大幅に改善することを見いだした。十分な工程通過性を得るためには、フィルムに成型した際の強度は0.1MPa以上であることが重要であり、0.5MPa以上で有ればより好ましい。しかしながら、本発明のような太繊度の繊維を製造する際には、フィルムの強度のみを上げても、工程通過性が十分に得られないことが判明した。これは、繊維が太いと繊維を曲げた際に発生する内部歪が大きくなるため、引きちぎれると言うより、折れてしまい、糸切れが発生するためだと考えられる。この効果は、湿式紡糸において繊維に付着している水分を調節するために重要な役割を果たしているニップロールにて繊維束を潰し、絞った際に特に顕著であり、伸度が不足していると繊維が破断し、毛羽が発生することにより耐炎糸の品位が低下するだけでなく、酷い場合には破断した繊維が後のローラーに巻きつき、他の繊維を巻き込んでいくことにより糸切れを誘発し、生産安定性を大きく減少させてしまう。そこで、耐炎ポリマーの耐炎化反応時の処方等について検討を進めたところ、これを防ぐためには、単純に強度を増やすだけでなく、多少の歪みにも耐える伸度を付与することが効果的であることを見いだした。具体的には、後述するように環化剤の量や使用する酸の種類を工夫することにより、耐炎化ポリマーの伸度を増加し、それにより工程通過性を大幅に改善できることが判明した。
【0016】
本発明のアクリル耐炎糸の製造に用いるポリマーは、湿式法により作成した無配向フィルムの伸度が2.5%以上であることが重要である。ここで、ポリマーから成るフィルムの伸度はポリマーの配向度に大きく依存するが、CuKα線(波長=0.15418nm)を用いた広角X線回折(WAXD)測定による2θ=25°付近に見られる散乱を用いて計算された配向度が10%以下のものを測定することにより、配向度の低い、初期工程におけるポリマー成形品の脆さを見積もることができる。このような配向度の低いフィルムを本発明では無配向フィルムと呼ぶ。該フィルムの具体的な作成法としては、下記手順を取ることができる。
(i)40℃の温度に保温した耐炎ポリマー溶液5gを、40℃の温度で十分に乾燥させたガラス板の一辺に中心線上から左右に3cm程度の広さにキャストし、ベーカー式アプリケーターで一定の厚みになるように塗布する。
(ii)直ちに25℃から30℃に温調した水で満たした20cm×20cm×10cmの容器の中にフィルム面を上にして穏やかに沈め、フィルムを水に浸漬する。
(iii)1分間静置した後、25℃から30℃に温調した水をフィルムに直接当たらないように容器に毎分200mLの速度で流し込みながら1時間放置する。
(iv)引き続き、フィルムをかみそりの刃で7mm×15mmの大きさに切断し、フィルム断片をガラス板からゆっくりはがす。
【0017】
また、作成したフィルムの強伸度の測定方法としては、以下の手順が例示される。
(i)水中より取り出したフィルムの厚さを10点測定し、その相加平均をフィルム厚さとする。
(ii)フィルム断片を引張試験器に試料長部位が15mmになるようにセットし、引張速度0.5mm/分で強度および伸度を測定する。測定は25回行い、その相加平均をフィルムの強度および伸度とする。
【0018】
なお、本測定に際しては、フィルムの湿潤状態における強度・伸度を正確に測定するため、水中よりフィルムを取り出してから測定終了まで、フィルムが濡れた状態で行う。
【0019】
このようにして作成した無配向フィルムの伸度が2.5%以上あることは、該ポリマーを用いて湿式紡糸を行った際に、凝固・水洗した繊維の伸度が高いことを示しており、紡糸工程における作業性や、工程安定性が大幅に増加することを示している。無配向フィルムの伸度が5%以上であるとさらに工程安定性が向上し、毛羽も減少することで製品品位が向上するためより好ましい。一方で、伸度が高すぎると、繊維の伸びが大きくなりすぎ、ローラーへの逆巻き等の問題が発生してくるため、伸度は50%以下であることが好ましい。
【0020】
本発明においては、上記特性を有する耐炎ポリマーの溶液を用いて湿式紡糸により耐炎糸を製造する。ここで、湿式紡糸は1)凝固工程、2)浴延伸工程、3)水洗工程、4)乾燥工程、5)後延伸工程を有する。
【0021】
まず、凝固工程として、前記した耐炎ポリマーを含有する溶液を紡糸原液とし、配管を通しブースターポンプ等で昇圧し、ギアポンプ等で計量と押出しを行い、口金から凝固浴に吐出することによって耐炎ポリマー溶液より溶媒を除去し、凝固糸を得る。ここで、口金の材質としてはステンレス(SUS)あるいは金、白金等を適宜使用することができる。
【0022】
また、紡糸原液が口金孔に流入する前に、前記した無機繊維の焼結フィルターあるいは合成繊維例えばポリエステルやポリアミドからなる織物、編物、不織布などをフィルターとして用いて、紡糸原液を濾過あるいは分散させることが、得られる耐炎繊維において単繊維断面積のバラツキを低減させる面から好ましい。
【0023】
口金孔径としては0.01〜0.5mmφ、孔長としては0.01〜1mmの任意のものを使用できる。また、口金孔数としては10〜1000000まで任意のものを使用できる。孔配列としては千鳥配列など任意に選択することができ、分繊し易いように予め分割しておいても良い。
【0024】
凝固浴液は、紡糸原液に使用する溶媒と凝固促進成分とから構成するのが、簡便性の点から好ましく、凝固促進成分として水を用いるのがさらに好ましい。凝固浴中の紡糸溶媒と凝固促進成分の割合、および凝固浴液温度は、得られる凝固糸の緻密性、表面平滑性および可紡性などを考慮して適宜選択することができ、特に凝固浴濃度としては重量比において溶媒/水=0/100〜95/5の任意の範囲で、30/70〜70/30が好ましく、40/60〜60/40が特に好ましい。また、凝固浴としてプロパノールやブタノール等の、水との親和性を低減させたアルコールを用いる場合であれば100%浴として用いることもできる。また、凝固浴の温度は凍結、沸騰しない範囲で任意の温度とすることができる。上記の条件を調整することにより、凝固糸の膨潤度としては300〜600%とする事が好ましい。かかる範囲は可紡性の観点から決められ、さらに後工程の浴延伸性に影響を与え得るものである。
【0025】
ここで、口金からの吐出線速度と、凝固浴からの凝固糸の引き取り速度の比をドラフト比というが、本発明の耐炎糸の製造方法においては、このドラフト比を1.0倍以上とすることが好ましい。口金から吐出されたポリマー溶液は凝固浴で溶媒の脱離が進行することから縮もうとするが、それに逆らって長さを保ち、さらに延伸を加えることで、凝固糸を緻密化し、後の工程の通過性を向上することができる。本発明においては、前述した無配向フィルムの伸度の高いポリマーを用いていることから、高い生産安定性を有しているが、このドラフト比の調整により、さらに高い生産安定性を得ることが可能になるのである。特に、本発明の耐炎ポリマーについては、後の浴延伸の最高倍率が低いという特徴があることから、凝固工程でのドラフトにより少しでも凝固糸を緻密化しておくことが重要である。このドラフト比は1.1倍以上であればより好ましく、1.2倍以上であればさらに好ましいが、ドラフト比を高く取りすぎると糸が延伸に耐え切れなくなり、糸切れが発生してしまうため、ドラフト比は2.0倍以下にすることが好ましい。
【0026】
次に、浴延伸工程において、得られた凝固糸を、延伸浴で延伸する。かかる延伸倍率は、0.95〜5倍、好ましくは1.00〜3倍、より好ましくは1.10〜2.5倍とするのが良い。延伸浴は温水または溶媒/水が用いられ、溶媒/水の延伸浴濃度は重量比において0/100〜70/30の任意の範囲とすることができる。
【0027】
さらに、水洗工程に進み、浴延伸した延伸糸を水洗浴で水洗する。水洗浴としては、通常、温水が用いられ、延伸浴および水洗浴の温度は50〜100℃であることが好ましく、より好ましくは60〜95℃、さらに好ましくは65〜85℃である。浴延伸および水洗を行うことで、凝固糸はわずかに緻密化されるが、その膨潤度は200〜500%とすることが好ましい。
【0028】
ここで、浴延伸工程と水洗工程は浴延伸を先に行っても、水洗を先に行っても良いが、水洗を先に行う場合においては、延伸浴の液体が実質的に純粋な水に限られてしまうため、浴延伸を先に行うほうが高い延伸倍率が得られることが多い。
【0029】
また、得られた水洗糸には、単繊維接着の防止や工程通過性の向上の観点から、油剤を付与することが好ましい。油剤の種類としては特に限定されず、ポリエーテル系、ポリエステルの界面活性剤、シリコーン、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーンを単独あるいは混合して付与することができるし、その他の油剤成分を付与しても良いが、単繊維接着の紡糸の観点から、シリコーンの入った珪素系の油剤を付与することが好ましく、その際の珪素付着量は0.01〜5.0重量%程度とすることが好ましい。
【0030】
ここで、ここまでの凝固工程、浴延伸工程、水洗工程の各工程の間では、ニップロールを用いて糸条を絞ることが好ましく行われる。これにより、次の工程へ持ち込む浴液の量が少なく、また安定することにより、次の工程の浴の汚染が少なくなり、溶媒濃度の調整も安定する。また、水洗工程においては、工程の途中でニップロールを用いて糸条内部の水を排除することにより糸条内の水の入れ替えを促進し、水洗効率の向上を図ることも可能である。しかし、従来の耐炎ポリマーを用いた湿式紡糸においては、凝固糸が非常に脆く、痛みやすかったため、ニップロールを用いると糸が痛み、安定した生産が不可能であった。特に単糸繊度を太くすると、ニップロールの圧縮や、繊維の曲げによる内部歪が大きくなってしまうことから、ニップロールによる痛みはさらに激しくなり、連続的な生産を行うことは不可能であった。しかし、本発明においては、無配向フィルムの伸度が高い耐炎ポリマーを用いていることから、凝固糸についても若干伸度のある粘り強い凝固糸となるため、単糸繊度が太くてもニップロールによる糸の痛みがほとんど無く、安定した生産が可能となる。
【0031】
油剤を付与した繊維は、乾燥工程において水分を除去し、更なる緻密化を行う。乾燥方法としては、乾燥加熱された複数のローラーに直接接触させることや熱風や水蒸気を送る、赤外線や高周波数の電磁波を照射する、減圧状態とする等を適宜選択し組み合わせることができる。ここで、乾燥温度は50〜300℃程度の範囲で任意に設定することができるが、乾燥温度を高くしすぎると単繊維同士の接着が増加してしまうことから、150℃〜200℃で乾燥することがより好ましい。
【0032】
乾燥後の繊維の比重は、通常、1.15〜1.5、好ましくは1.2〜1.4、より好ましくは1.2〜1.35である。乾燥後の繊維における単繊維の断面積の変動係数は、好ましくは5〜30%、より好ましくは7〜28%、さらに好ましくは10〜25%である。また、乾燥後の繊維における単繊維の伸度は0.5〜30%であることが好ましい。
【0033】
得られた乾燥糸は、後延伸工程で延伸を行い、配向度を増加させることが好ましい。延伸方法としては、過熱延伸が好ましく、その加熱方法としてはスチーム過熱、熱風過熱、ホットロール過熱、赤外線過熱など任意の方法を用いることが可能であり、また複数の方法を組み合わせることが可能であるが、糸の痛みを減らすためにも非接触加熱が好ましい。また、通常アクリル繊維は加熱変形性が低く、加熱に加えて水分による可塑化を行うため、スチーム延伸を採用することが多いが、スチーム延伸においては、スチームチューブに糸を通ことから、原理的にスチームの漏れだしを無くすことが不可能であり、スチーム圧や内部温度の調整が難しい事が問題である。しかし、本発明で用いている耐炎ポリマーは、分子構造の違いにより若干の熱可塑性を有するため、熱風過熱や赤外線過熱といった水分を用いない乾熱加熱によっても延伸が可能であり、装置の簡略化や制御の容易さから、この様な乾熱加熱を用いることが特に好ましい。延伸温度は100〜350℃、好ましくは200〜350℃の範囲で任意に設定することができ、延伸倍率は1.1〜4倍が好ましく、1.2〜3.5倍がより好ましく、1.3〜3.0倍がさらに好ましい。
【0034】
このようにして製造された延伸糸は、予め耐炎化したポリマーから製造を行っていることから、内部まで均一に耐炎化された構造を有しているが、本発明のアクリル耐炎糸の製造方法においては、必要に応じてさらに空気中で熱処理を行うことにより、繊維表面から酸化を行い、さらに耐炎性を高める熱処理工程を配することも可能である。ここで、通常のアクリル繊維の製造方法においては、延伸糸にまったく耐炎性が無いことから、1時間以上の長い加熱処理を行う必要があるが、本発明の製造方法においては、予めポリマーの段階で耐炎化が行われていることから、加熱処理時間を大幅に短縮することが可能である。耐炎糸のコストを低減するためにも、加熱処理時間は30分以下とすることが好ましく、15分以下とすることがより好ましく、追加の加熱処理を行わないことがもっとも好ましい。
【0035】
次に、本発明の製造方法で用いる耐炎ポリマーの製造方法について記載する。この耐炎ポリマーの製造方法は特に限定されるものではないが、耐炎ポリマーの前駆体であるポリアクリロニトリル(PAN)を有機溶剤中に分散させた分散体を加熱処理して耐炎ポリマーを得る方法を用いることが好ましい。
【0036】
ここで、前駆体として使用するPANについては、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)にて測定される質量平均分子量(Mw)が、1000〜1000000であることが好ましい。前駆体ポリマーの質量平均分子量が1000より低い場合、耐炎化にかかる時間は短縮できるが、耐炎ポリマー間の水素結合などの分子間相互作用が弱くなるために、賦型した成形品に十分な伸度を与えることが困難となる。一方、前駆体ポリマーの質量分子量が1000000を超えると、耐炎化にかかる時間が長くなるために生産コストが高くなったり、耐炎ポリマー間の水素結合などによる分子相互作用が強くなりすぎたりするために、冷却時にゲル化し、紡糸温度で耐炎ポリマーを含有する溶液の流動性が得られ難くなることがある。前駆体ポリマーの質量平均分子量は、より好ましくは10000〜500000であり、さらに好ましくは20000〜300000である。ここで、有機溶媒に溶解している耐炎ポリマーは、分子間に微量の架橋結合が生じることがあっても溶解性を損なわない限り支障はない。このような観点から、耐炎ポリマーの前駆体であるPAN系ポリマーは直鎖状であっても、枝分かれしていても構わない。また、アクリレートやメタクリレートやビニル化合物等の他の共重合成分をランダムにもしくはブロックとして骨格に含むものであっても良い。ただし、後の環化反応の効率や、炭素繊維のプリカーサとして用いた場合の炭化収率を考慮すると、アクリロニトリル由来の成分の割合は90重量%以上であることが好ましく、95重量%以上であることがより好ましい。また、従来の空気耐炎化プロセスにおいては耐炎化反応に時間がかかることから使用されることの少ない100%アクリロニトリルからなるホモPANについても好適に使用することが可能である。
【0037】
耐炎ポリマーの前駆体であるPANを有機溶剤中に分散させた分散体を加熱処理して耐炎ポリマーを得る場合は、耐炎化が進行する限りにおいて、その温度、時間、装置の条件および手法は特に限定されない。加熱方法も特に限定されず、ジャケット式熱媒循環、マントルヒータ、オイルバス、またはイマージョンヒータに代表される工業的に市販されている加熱装置のいずれを用いても構わない。ただし、高温で耐炎化をおこなうときに溶剤の突沸、および発火や引火の危険性が高くなるので使用する溶剤の沸点以下で行うことが好ましい。また、反応時間は、耐炎化反応が発熱反応であるので、短時間の反応は除熱が困難となり暴走反応に至る場合があるため30分以上に調整することが好ましい。一方で、長時間にわたり耐炎化をおこなうと単位時間当たりの生産量が低下して非生産的であるため、反応時間は24時間以内が好ましく、より好ましくは3時間以上12時間以下である。
【0038】
本発明に用いる耐炎ポリマーの前駆体であるPANの分散体を加熱処理して耐炎ポリマーを得る際には、酸化剤と環化剤を用いることにより、160℃の温度以下の低温で反応を進行させることができるため、好ましい。
【0039】
ここで、酸化剤とは、反応によって前駆体ポリマーから水素原子を引き抜く作用もしくは酸素原子を供与する作用を有する化合物のことであり、具体的には、安全性や反応性からニトロ系化合物やキノン系化合物等が挙げられる。
【0040】
ニトロ系化合物としては、反応時の熱安定性から芳香族環をもつモノニトロ化合物が好ましく、例えば、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエン、o,m,p−ニトロフェノール、ニトロキシレンおよびニトロナフタレン等が挙げられ、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエンおよびo,m,p−ニトロフェノールが特に好ましく用いられる。また、キノン系化合物としては、例えば、1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ブロマニル、クロロ−1,4−ベンゾキノン、ジクロロ−1,4−ベンゾキノン、ブロモ−1,4−ベンゾキノン、ジブロモ−1,4−ベンゾキノン、テトラフルオロ−1,4−ベンゾキノン、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−1,4−ベンゾキノン、オルトベンゾキノン、オルトクロラニルおよびオルトブロマニル等が挙げられ、1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ジクロロ−1,4−ベンゾキノンおよび2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−1,4−ベンゾキノンが特に好ましく用いられる。
【0041】
これらの酸化剤の添加量は特に限定されないが、前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜200重量部が好ましく、より好ましくは1〜100重量部である。これらの酸化剤は1種だけで用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
【0042】
次に、環化剤とは、前駆体ポリマーを、結合の生成によって非環状骨格部位を環状構造へと誘導する化合物のことであって、具体的には、例えば、アミン系化合物、グアニジン系化合物、アルコール系化合物、アミノアルコール系化合物、カルボン酸系化合物、チオール系化合物、アミジン系化合物などの有機系求核剤、金属アルコキシド化合物、金属アミド化合物、金属イミド化合物、金属水素化物、金属水酸化物、金属炭酸塩およびカルボン酸金属塩等が挙げられる。環化効率の高さおよび試薬の安定性の観点から、アミン系化合物、グアニジン化合物、アミノアルコール化合物、金属アルコキシド化合物および金属イミド化合物が好ましく用いられる。中でも、耐炎ポリマーの分散性の観点から、アミノアルコール系化合物が特に好ましく用いられる。
【0043】
アミン系化合物としては、アミン骨格を有するものであればいずれでもよいが、例えば、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、アリルアミン、ペンチルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、エチレンジアミン、プロパンジアミン、シクロへキサンジアミン、デカメチレンジアミン、3,5−ピリジンジアミン、N,N−ジメチルエチレンジアミン、N,N−ジエチルエチレンジアミン、3,5−ジメチルベンゼン2,4−ジアミン、および1,12−ドデカンジアミン等が挙げられる。
【0044】
グアニジン系化合物としては、グアニジン構造を有するものであればいずれでもよいが、例えば、グアニジン炭酸塩、グアニジンチオシアネート、グアニジン酢酸塩、グアニジンリン酸塩、グアニジン塩酸塩、グアニジン硝酸塩、グアニジン硫酸塩、メチルグアニジン、エチルグアニジン、ジメチルグアニジン、アミノグアニジン、フェニルグアニジン、ナフチルグアニジン、ニトログアニジン、ニトロソグアニジン、アセチルグアニジン、シアノグアニジン、およびグアニルウレア等が挙げられ、特に好ましく用いられるのは、グアニジン炭酸塩、グアニジン酢酸塩およびグアニジンリン酸塩である。
【0045】
アミノアルコール系化合物としては、例えば、プロパノールアミン、モノエタノールアミンとジエタノールアミン等が挙げられ、金属アルコキシド化合物としては、例えば、カリウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシド、カリウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソブトキシド、ナトリウムイソブトキシド、ナトリウムフェノキシド等が挙げられ、特に好ましく用いられるのは、カリウムtert−ブトキシドとナトリウムtert−ブトキシドである。
【0046】
金属イミド化合物としては、例えば、カリウムフタルイミドやナトリウムフタルイミド等が挙げられ、中でもカリウムフタルイミドが好ましく用いられる。
【0047】
これら環化剤の添加量は特に限定されないが、前駆体ポリマーに対して多くの環化剤を作用させると、反応時間が短くなる反面で前述の無配向フィルム伸度が低下する傾向が見られる。そのため、環化剤の添加量は反応時間と無配向フィルム伸度のバランスから決定する必要があるが、本発明の太繊度耐炎糸を生産するためには、環化剤の量を少な目にすることが好ましい。具体的には、前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜100重量部が好ましく、より好ましくは0.5〜40重量部であり、さらに好ましくは1.5〜20重量部である。
【0048】
さらに、本発明に使用される無配向フィルムの伸度の高いポリマーとするためには、反応前または反応中に酸を加えることが有効である。
【0049】
ここで、酸とは、プロトンの授受によって酸と定義される酸と、電子の授受によって酸と定義される酸のどちらに定義されるものであっても良い。また、それらのうち2種類以上を混合して用いても良い。
【0050】
具体的に、プロトンの授受によって酸と定義される酸としては、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸および臭化水素酸のような無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリリ酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリル酸、ミリスチル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、安息香酸、メチル安息香酸、フタル酸、無水フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、サリチル酸、没食子酸、ピルビン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、アコニット酸、グルタル酸、アジピン酸、フェルロイル、ヒドロキシ安息香酸、ホモサリチル酸、ピロカテク酸、レソルシル酸、ゲンチジン酸、バニリン酸、イソバニリン酸、オルセリン酸、アサロン酸、マンデル酸、フタロン酸、ベンジル酸、フロレト酸、トロパ酸およびクマル酸のようなカルボン酸や、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トシル酸、カンファースルホン酸、ナフタレンスルホン酸、スルファニル酸、タウリンのようなスルホン酸等が好ましく挙げられる。
【0051】
また、電子の授受によって定義される酸としては、例えば、塩化アルミニウム、塩化亜鉛、塩化鉄、銀トリフラート、シアン化鉄および塩化銅等のルイス酸が挙げられる。
【0052】
これらのうち、大量にかつ安価に入手可能であることや、金属を含まないことで環境負荷の少なく、さらに大規模での取り扱い性に優れた、カルボン酸もしくはスルホン酸を用いることが好ましい。なかでも、少ない量で効果が著しくみられるカルボン酸が好ましく用いられる。カルボン酸の中では、反応に使用する極性溶媒への溶解性が高く、かつ、沸点が高く反応温度を高く設定することのできるカルボン酸、具体的には安息香酸、ヒドロキシ安息香酸、メチル安息香酸およびアミノ安息香酸等のモノカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸およびテレフタル酸等のジカルボン酸が好ましく用いられる。
【0053】
また、上記の酸と同様に、酸無水物および酸塩化物も好ましく用いることができる。ここでいう酸無水物とは、化学辞典(東京化学同人版)で定義されているカルボン酸のカルボキシ基2個から1分子の水が失われて、2つのアシル基が酸素原子を共有するかたちの化合物を指す。具体的な酸無水物としては、例えば、アジピン酸無水物、無水コハク酸、酪酸無水物、クエン酸無水物、酒石酸無水物、ヘキサン酸無水物、安息香酸無水物および無水フタル酸が好ましく挙げられる。
【0054】
さらに、酸塩化物とは、化学辞典(東京化学同人版)で定義されているカルボン酸のカルボキシ基に含まれるヒドロキシ基を塩素で置換した化合物を指す。具体的な酸塩化物としては、例えば、塩化アセチル、塩化プロピオニル、塩化ピバロイル、塩化ブタノイル、塩化ベンゾイル、塩化アニソール、塩化ナフトイルおよびフタロイルジクロリドが好ましく挙げられる。
【0055】
上記の酸は、反応前に加えても反応後に加えても良いが、反応前に加えると、より伸度の高いポリマーとすることが可能である。しかし、この時環化剤としてアミン系の吸核剤を用いる場合、強い酸を用いるとアミンを失活させてしまうため、反応時間が非常に長くなるという問題が発生する。そこで、より伸度の高いポリマーを得るためには、弱い酸を反応前に加えることが有効である。具体的には、アミノスルホン酸のような強酸基と弱塩基を分子内に有する物質を反応前に加えることが有用である。
【0056】
また、本発明で用いる耐炎ポリマーを得る際に、多量に酸等を加えると耐炎化反応の進行が遅くなったり、前駆体ポリマーが析出したりする場合があるので、酸、酸無水物および酸塩化物の総添加量は、前駆体ポリマー100重量%に対して、0.01重量%から200重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.1重量%から50重量%の範囲である。
【0057】
具体的に、例えば、前駆体ポリマーとしてPANを用い、酸としてジカルボン酸を用いる場合の酸の添加量は、PAN100重量%に対して、0.01重量%から50重量%の範囲であることが好ましい。酸の添加量が50重量%を超えると、耐炎ポリマーを含む分散体の分散安定性が低下し流動性を失いやすくなる場合がある。酸の添加量は、更に好ましくは0.05重量%から25重量%の範囲である。
【0058】
なお、本発明で用いる耐炎ポリマーまたは耐炎ポリマーを含有する溶液中にはシリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機粒子、カーボンブラック等の顔料、シリコーン等の消泡剤、リン化合物等の安定剤・難燃剤、各種界面活性剤、その他の添加剤を含有させることもできる。また耐炎ポリマーの溶解性を向上させる目的で塩化リチウム、塩化カルシウム等の無機化合物を含有させることもできる。これらは、耐炎化を進行させる前に添加しても良いし、耐炎化を進行させた後に添加しても良い。
【0059】
最終的に得られた耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度、ポリマー濃度や耐炎化の進行度合、溶媒の種類等によって、前記した好ましい範囲に各要件を適宜調整することができる。
【0060】
本発明では、耐炎ポリマーを紡糸するに際し、耐炎ポリマーは、それを含有する溶液として供給される。耐炎ポリマーを含有する溶液とは、前記耐炎ポリマーを主とする成分が溶媒中に分散および/または溶解し、全体として流動性を示すような状態を表す。ここで、溶液は紡糸により糸状に成形する際に流動性を有するものであれば良く、室温で流動性を有するものはもちろんのこと、ある温度で流動性のない固体やゲル状物であっても、加熱や剪断力により加工温度付近で流動性を有するもの全てを含む。
【0061】
耐炎ポリマーを含有する溶液の溶媒としては、有機溶剤、特に極性有機溶剤が好ましく用いられる。本発明において好ましく用いられる極性有機溶剤は、常温の下でLCRメータによって測定される比誘電率が2以上のものであることが好ましく、より好ましくは10以上のものである。比誘電率がこのような値にあると、耐炎ポリマーをより安定的に分散することが可能で、かつ凝固過程での分散媒抽出が容易で取扱い易い。比誘電率が小さすぎると、凝固過程で水系凝固浴を用いる場合に分散媒の抽出が難しくなる。また、比誘電率の上限は特にないが、あまりに大きすぎると、耐炎ポリマーを安定的に分散することが難しくなる場合があるので、比誘電率が80以下の極性有機溶剤を用いることが好ましい。
【0062】
本発明で好ましく用いられる極性有機溶剤としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、Nメチル2ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、スルホラン、ジメチルイミダゾリジオン、エチレングリコールおよびジエチレングリコール等が挙げられ、DMSO、NMP、DMFおよびDMAcがより好ましく、これらの中でも塩に対する溶解性の高さから特にDMSOとDMFが好ましく用いられる。これらの極性有機溶剤は、1種だけで用いても2種以上混合して用いても良い。
【0063】
有機溶剤の含有率は、耐炎ポリマーを含有する溶液の全量に対して45重量%以上かつ95重量%以下であることが好ましい。有機溶剤の含有率が45重量%より低くなると、耐炎ポリマーを含有する溶液の安定性が著しく低下して流動性を失う場合があり、一方、有機溶剤の含有率が95重量%を超えると、耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度が低くなって紡糸が困難になる場合がある。
【0064】
また、本発明の目的を妨げない範囲で、水等の他の溶媒(例えば、水溶性溶剤)を極性有機溶剤と組み合わせて用いることで均一な溶液としても良い。水を用いることは、成形時の溶媒除去が比較的容易である点やコストの観点から好ましい。水を添加する場合の添加量は、耐炎ポリマー100重量%に対して、下限については5重量%以上が好ましく、10重量%以上がより好ましく、20重量%以上がさらに好ましい、上限については300重量%以下が好ましく、200重量%以下がより好ましく、150重量%以下がさらに好ましい。
【0065】
一方で、耐炎ポリマーを含有する溶液における耐炎ポリマーの含有率は、耐炎ポリマーを含有する溶液の全量に対して5〜45重量%であることが好ましい。耐炎ポリマーの含有率が5重量%より低くなると、成形の際の生産性が低くなることや成型品の品位が低下することがあり、含有率が45重量%より高くなると、耐炎ポリマーを含有する溶液の流動性が低下して成形が困難になる場合があるからである。耐炎ポリマーの含有率は、より好ましくは6〜30重量%である。
【0066】
本発明における耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度は、紡糸方法、紡糸温度、口金の形状等によってそれぞれ好ましい範囲とすることができるが、粘性が高すぎても低すぎても目的の繊維形状になり難くなる場合がある。そのため、紡糸温度においてB型粘度計で測定された溶液粘度が、0.5〜50Pa・secであることが好ましく、より好ましくは1.0〜10Pa・secである。
【0067】
このようにして製造された、無配向フィルムの伸度が高い耐炎ポリマーを用いることにより、単糸繊度が太い耐炎糸を安定して生産することが可能である。本発明の製造方法にて作成された耐炎糸は、ポリマーの段階で耐炎化を行っていることから、単糸繊度が太くなっても繊維の中心部まで耐炎化が進行しており、特に炭素繊維のプリカーサとして有用である。
【0068】
本発明の製造方法で得られた耐炎糸をプリカーサとして炭素繊維を得る場合、炭化処理の方法、条件については適宜採用することが可能であるが、具体的な方法としては、前記耐炎繊維束を不活性雰囲気中最高温度300℃以上、2000℃未満の範囲の温度で処理する事によって炭素繊維束を得ることができる。炭化工程は複数の工程に分けることが好ましく、特に2工程に分割することが好ましい。すなわち、前半の工程では400℃以上900℃以下、より好ましくは500℃以上800℃以下で加熱処理し、後半の工程として1000℃以上、好ましくは1200℃以上、より好ましくは1400℃以上の温度で加熱処理を行う。ここで、炭化温度を高くするほど高弾性率の炭素繊維を得ることができるが、炭化温度が高すぎると炭化工程での収率が低くなり、生産性が低下してしまうことから、最高温度は1800℃以下が好ましく、1600℃以下がより好ましい。また、そのようにして得られた炭素繊維をさらに不活性雰囲気中、2000〜3000℃で加熱することによって黒鉛構造の発達した炭素繊維とすることもできる。
【0069】
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いる電解液には、硫酸、硝酸、塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシドといったアルカリ又はそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する用途により適宜選択することができる。
【0070】
かかる電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維材料とマトリックスとの接着性が適正化でき、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないといった問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0071】
この後、得られる炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0072】
本発明の製造方法により得られた炭素繊維は、単糸繊度が太いにも関わらず、中心部まで耐炎化が進んだプリカーサより製造されていることから、単糸直径が太いにも関わらず良好な物性を持つものとなり、高い透過性が必要なセパレーター用不織布などに好適に用いられる。
【実施例】
【0073】
次に実施例により、本発明をより具体的に説明する。なお実施例における各物性値または特性は、以下の方法により測定した。
【0074】
<耐炎ポリマーの単離と濃度測定>
耐炎ポリマーを含有する溶液を秤量し、約4gを500mlの水中に入れ、これを沸騰させた。一旦固形物を取り出し、再度500mlの水中に入れて、これを沸騰させた。残った固形分をアルミニウムパンに乗せ、120℃の温度のオーブンで1時間乾燥し耐炎ポリマーを単離した。単離した固形分を秤量し、元の耐炎ポリマーを含有する溶液の重量との比を計算して濃度を求めた。
【0075】
<耐炎ポリマー含有溶液の粘度>
耐炎ポリマーを含有する溶液を100mLポリカップに80mL入れ、温浴で30℃に温調する。アルコール温度計で、溶液の内温が30℃±0.5℃にあることを確認した後に、B型粘度測定器を用いて3回測定し、その平均値を採用した。なお、本実施例では、B型粘度測定器として、東京計器社製 B−8Lを用いた。
【0076】
<耐炎ポリマーの耐炎化進行度測定>
耐熱ポリマーについては上記耐炎ポリマーの単離法に基づき単離した後に、耐炎繊維については繊維を鋏で細かく切断した後に、それぞれ凍結粉砕を行い、得られた粉状物2mgと赤外求光用KBr300mgとを乳鉢にてさらに粉砕混合し、錠剤成型器にて錠剤を成型した。該錠剤について、FT−IR測定器(島津製作所製)を用いて測定を行い、1585cm-1から1610cm-1の間における最大の吸光度を求めた。
【0077】
<無配向フィルムの強度および伸度>
40℃の温度に保温した耐炎ポリマー分散体約5gを、40℃の温度で十分に乾燥させたガラス板の一辺に中心線上から左右に3cm程度の広さにキャストして、ベーカー式アプリケーターで一定の厚みになるように塗布した。これを直ちに25℃の温度から30℃の温度に温調した水で満たした20cm×20cm×10cmの容器の中にフィルム面を上にして穏やかに投入した。1分間静置した後、25℃の温度から30℃の温度に温調した水をフィルムに直接当たらないように容器に毎分200mLの速度で流し込みながら1時間放置した。引き続き、フィルムをかみそりの片刃で7mm×15mmの大きさに切断した。このフィルム断片をガラス板からゆっくりはがし、水中で厚さを10点測定し、その相加平均をフィルム厚さとした。このフィルム厚さが100μm〜150μmであるフィルム断片を引張試験器に試料長部位が15mmになるようセットし、水中で引張速度0.5mm/分で強度および伸度を測定した。測定にはインストロン社製モデル1125を用い、測定数25回の相加平均を無配向フィルムの強度および伸度とした。
【0078】
<製糸の工程通過性>
実施例に示す条件で8時間の製糸を行った際に、凝固浴から水洗浴までの各ローラーへの巻き付きの発生頻度により工程通過性の判断を行った。8時間の試験中巻き付きが見られなかったものを5、1回〜2回のものを4、3回以上8回以下のものを3、9回以上のものを2、常に巻き付きが発生し常時ローラーの清掃が必要であったものを1とした。一般に、巻き付き回数は少なければ少ないほど生産時のトラブルが少なくなり好まれるが、巻き付き回数が1時間に1回以下であれば十分に量産が可能である。
【0079】
<各種繊維における単繊維引張強度>
いずれの繊維も、JIS L1015(1981)に従って引張試験を行った。表面が滑らかで光沢のある紙片に5mm幅毎に25mmの長さの単繊維を1本ずつ試料長が約20mmとなるよう両端を接着剤で緩く張った状態で固着した。試料を単繊維引張試験器のつかみに取り付け、上部のつかみの近くで紙片を切断し、試料長20mm、引張速度1mm/分で測定した。測定数はn=50とし、全測定の平均値を引張強度とした。なお、強度の計算に必要な単繊維の断面積については、下記繊維束の目付、比重を後述する手順に従い測定し、下記式(2)を用いて計算したものを用いた。
【0080】
s=W/100・n・ρ ・・・ (2)
s:単繊維断面積(cm
W:炭素繊維束の目付(g/m)
n:炭素繊維束中の糸条数(本)
ρ:炭素繊維束の比重(g/cm
<繊維束の目付測定>
繊維束を1m切り出し、120℃で2時間乾燥させた後、電子天秤を用いて重量を測定した。
【0081】
<繊維束の比重測定>
電子天秤を付属した液浸法による自動比重測定装置を自作し、具体的に炭化処理前の繊維の場合にはエタノールを用い、炭化処理後の繊維の場合にはジクロロベンゼンを液として用い、この中に試料を投入し測定した。なお、予め投入前にエタノールまたはジクロロベンゼンを用い別浴で試料を十分濡らし、泡抜き操作を実施した。
【0082】
<耐炎糸の耐炎性>
図1に示すように、一端を棒に固定し、もう一端に0.1g/dtexの荷重をぶら下げたサンプルに、ガスバーナーの炎を接触させた。その際、サンプルに炎がつかないものを◎、小さく炎が出るが燃え広がることなくすぐ消えるものを○、大きく炎が出て上方に燃え広がるものを△、炎が出てサンプルが融け切れてしまうものを×とした。
【0083】
<耐炎ポリマーの合成>
[ポリマーA]
前駆体ポリマーとしてゲルパーミエーションクロマトグラフィーにて測定される質量平均分子量が20万のアクリロニトリルホモポリマー11.0重量部と、有機溶剤であるジメチルスルホキシド73重量部を、窒素を緩やかに流した窒素雰囲気下で撹拌を行いながら150℃の温度に加熱し、そこへ環化剤としてモノエタノールアミン2.5重量部を5分間かけて添加した。その30分後に、酸化剤としてオルトニトロトルエン12.0重量部と、酸として安息香酸1.5重量部とを添加し、さらに6.0時間反応させた後、30℃の温度まで冷却してジメチルスルホキシド中に耐炎ポリマーが分散した溶液を得た。得られた耐炎ポリマーを含有した溶液中の耐炎ポリマーの濃度は16.1重量%で、粘度は8.4Pa・secであった。また、1585〜1610cm−1の間のIR吸光度は0.8を示し、PANの耐炎化反応が進行していることが示された。また、無配向フィルムの強度は0.4MPaと比較的強いものであったが、伸度は0.8%と不十分なものとなった。
【0084】
[ポリマーB]
使用する薬品と仕込み比率を表1に示すように変更した以外はポリマーAと同様に反応を行い、耐炎ポリマー溶液を作成した。得られた耐炎ポリマーは、無配向フィルムの強度が0.5MPaと強く、かつ、伸度が3.4%と高いものとなった。
【0085】
[ポリマーC]
前駆体ポリマーとしてアクリロニトリルホモポリマー12重量部と、有機溶剤であるジメチルスルホキシド84.56重量部に、酸化剤としてニトロベンゼン1.2重量部と、酸としてタウリン0.24重量部とを予め添加し、窒素を緩やかに流した窒素雰囲気下で撹拌を行いながら150℃の温度に加熱した。そこへ環化剤としてモノエタノールアミン2.0重量部を5分間かけて添加し、12時間反応させた後、30℃の温度まで冷却してジメチルスルホキシド中に耐炎ポリマーが分散した溶液を得た。得られた耐炎ポリマーを含有した溶液中の耐炎ポリマーの濃度は13.4重量%で、粘度は2.0Pa・secであった。また、1585〜1610cm−1の間のIR吸光度は0.5を示し、PANの耐炎化反応が進行していることが示された。また、無配向フィルムの強度は0.8MPaと強く、伸度も8.5%と非常に高いものが得られた。
【0086】
[ポリマーD]
国際公開公報WO2007/018136号公報を参考に、使用する薬品と仕込み比率を表1に示すように変更した以外はポリマーAと同様に耐炎化を行い、耐炎ポリマー溶液を作成した。得られた耐炎ポリマーは無配向フィルムの強伸度を正確に測定することが困難なほど脆く、強度は0.1MPa以下、伸度は0.5%以下であった。
【0087】
[ポリマーE]
イタコン酸を0.3wt%共重合したゲルパーミエーションクロマトグラフィーにて測定される質量平均分子量が20万のポリアクリロニトリル溶液を耐炎化することなく用いた。IR吸光度は0であり、全く耐炎化反応は行われていないが、無配向フィルム強度、伸度ともに非常に高い値を示した。
【0088】
【表1】

【0089】
<実施例>
[実施例1]
ポリマーBの溶液を、焼結フィルターを通した後、0.10mmの孔径を12,000ホール有する口金から30℃のDMSO/水重量比=55/45浴中に吐出した。この際、ドラフトが1.20となるように引き出し速度を設定した。
【0090】
この凝固糸を70℃のDMSO/水重量比=30/70浴中を通して1.1倍に延伸し、引き続いて80℃のDMSO/水重量比=10/90浴中を通して1.03倍に延伸した。
【0091】
さらに80℃の温水浴において、溶媒類をほとんど水に置換しつつ、洗浄した。
【0092】
その後、アミノ変性シリコーンを主成分とする油剤を油剤濃度3.0重量%で、油剤成分付着量が3.0重量%となるように付与した後、熱風循環炉中200℃で3分間乾燥した。
【0093】
さらに、輻射ヒーターで270℃に加熱して3.0倍に延伸すると同時に1分間熱処理して炭素繊維原料繊維束を得た。得られた繊維について、単繊維の繊度は1.5dtex、強度は2.3g/dtex、伸度は18%、比重は1.24g/cmであった。また、実験中のローラーへの巻き付きは1回のみであり、製糸性は○であった。
【0094】
得られたアクリル繊維を、さらに270℃に加熱した空気を糸条に対して直交する方向に3.0m/分の速度で吹き付けているオーブンで14分の熱処理を行った。得られた耐炎糸の耐炎性を評価したところ、○であり耐炎性を有していた。
【0095】
[実施例2〜4,比較例1〜3]
使用するポリマー溶液と紡糸条件を表2に示すように変更した以外は実施例1と同様に紡糸、熱処理を行い、耐炎糸を作成した。結果、無配向フィルム伸度の高いポリマーCを用いた場合は単糸繊度2.0dtexと太くなってもローラーへの巻き付きは発生せず、良好な製糸性を得ることができた。一方で、無配向フィルム伸度の低いポリマーAや、ポリマーDを用いた場合はロールへの巻き付きが多発し、良好な製糸性を得ることができなかった。また、耐炎化を行っていないポリマーEを用いた場合は、非常に良好な製糸性を得ることができたが、ポリマーBやポリマーCと同様な条件で熱処理を行っても十分な耐炎性能を得ることができなかった。
【0096】
【表2】

【0097】
[実施例5]
使用するポリマー溶液と紡糸条件を表2に示すように変更した以外は実施例1と同様に紡糸、熱処理を行い、耐炎糸を作成した。さらに、得られた耐炎糸を窒素雰囲気中、300〜800℃で予備炭化し、次いで窒素雰囲気中、1400℃で炭化処理して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度は2.9GPa、弾性率は197GPaであり、補強用繊維として十分使用できる物性が得られた。
【0098】
[比較例4]
使用するポリマー溶液と紡糸条件を表2に示すように変更した以外は実施例1と同様に紡糸、熱処理を行い、耐炎糸を作成した。さらに、得られた耐炎糸を窒素雰囲気中、300〜800℃で予備炭化し、次いで窒素雰囲気中、1400℃で炭化処理して炭素繊維を得ることを試みたが、炭化処理にて糸が素抜けて繋がらなくなってしまい、炭素繊維を得ることができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】耐炎糸の耐炎性能の測定方法を示す図である。
【符号の説明】
【0100】
1 サンプル
2 棒
3 荷重
4 炎

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外分光測定において1580cm−1から1610−1の間の最大吸光度が0.5以上であり、湿式法により作成した無配向フィルムの強度が0.1MPa以上、伸度が2.5%以上であるポリアクリロニトリル系ポリマーを、5〜30重量%含有したポリマー溶液を用い、湿式紡糸法により、単糸繊度1.5dtex以上7.0dtex以下の繊維を製造するアクリル耐炎糸の製造方法。
【請求項2】
湿式紡糸プロセスが、1)凝固工程、2)浴延伸工程、3)水洗工程、4)乾燥工程、5)後延伸工程を含み、1)凝固工程においてドラフト比を1.0〜2.0とする請求項1記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
【請求項3】
さらに、6)熱処理工程を含む請求項2記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
【請求項4】
5)後延伸工程を乾熱延伸で行う請求項2または3記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
【請求項5】
6)熱処理工程における熱処理時間が30分以下である請求項3記載のアクリル耐炎糸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの方法により製造したアクリル耐炎糸を、炭化して炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−84774(P2009−84774A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−233011(P2008−233011)
【出願日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】