説明

アスベスト含有セメント硬化体の除去剤および除去方法

【課題】 本発明は、アスベストの飛散防止と除去作業時間の短縮化を十分に図ることができるアスベスト含有セメント硬化体の除去剤を提供する。
【解決手段】 酸解離定数(pKa)が6.4未満の酸を含むアスベスト含有セメント硬化体の除去剤を提供する。また、前記の酸が硝酸、塩酸およびフッ酸から選ばれる1種または2種以上を含むアスベスト含有セメント硬化体の除去剤を提供する。さらに、前記の除去剤を、アスベスト含有セメント硬化体に塗布、散布、注入または含浸させて湿潤させた後に、当該硬化体を除去するアスベスト含有セメント硬化体の除去方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスベスト含有セメント硬化体を除去するために用いられる剤およびアスベスト含有セメント硬化体の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アスベストを含む各種の製品は、わが国で長年の間、断熱材として重用されてきた。なかでもアスベストにセメント(バインダー)を配合してなるアスベスト含有セメント硬化体は、施工性に優れることから、主に建築物の壁や天井の断熱材等として多用されてきた。この結果、現在に至るまでのアスベストの施工実績は、約1億1千万m2になると推定されている。
しかし、近年、アスベストに起因する呼吸器障害や呼吸器疾患が顕在化するに至り、アスベストの使用はわが国において禁止されるとともに、既設のアスベストの早期除去が緊急の社会的課題になってきている。アスベスト含有セメント硬化体も除去対象であり、除去作業が続けられてきたが、前記の施工実績のうち約70%もが、未だに除去されずに残存していると推定されている。かかる多量の残存アスベストは、長期にわたって徐々に住民の健康を害するおそれがあるのみならず、残存アスベストの除去作業に従事する者が、解体除去時に飛散するアスベスト粉塵を吸引して、呼吸器障害を起こすおそれも指摘されている。このため、特定化学物質等障害予防規則等の法令において作業時の安全を確保するための措置が義務づけられており、また、作業員の安全に配慮したアスベスト除去工法が実施されている。
【0003】
現在、実施されている主要なアスベスト含有セメント硬化体の除去方法には、
(1)アスベスト含有セメント硬化体の表面に、粉塵硬化材等を吹き付けてアスベストの飛散防止を図る封じ込め工法。
(2)アスベスト降下物を切削と同時に吸引することにより、アスベストを飛散させることなく吸引除去する乾式除去工法。
(3)アスベスト含有セメント硬化体に薬品等を注入または吹き付けて、湿潤状態にしてアスベストの飛散を防止してから除去する湿式除去工法。
がある。これらの工法に共通する目的は、アスベストの飛散防止である。
【0004】
しかし、(1)の封じ込め工法は、封じ込めた後のアスベストは廃棄物処理が不要な点で有利であるが、アスベスト含有セメント硬化体層と下地の付着が脆弱な場合には、粉塵硬化材の重みによりアスベスト含有セメント硬化体が剥落するおそれがあるという問題や、そもそもアスベストが残存し続けることに変わりがないという指摘もある。また、(2)の乾式工法は、専用の吸引機械搭載車両が狭い現場に進入できない等の問題がある。また、(3)の湿式方法は、除去作業時におけるアスベスト含有セメント硬化体の湿潤化が法令により義務付けられていることと、簡便なため普及しているが、アスベスト含有セメント硬化体の除去作業は、人手によるハツリやケレンまたは電動ブラシ等による物理的な操作のみに依存しているため、作業時間の短縮化は、必ずしも十分ではなかった。
【0005】
以下に、従来から提案されている主な湿式方法を示す。
特許文献1では、保水剤と増粘剤を含む薬剤をアスベスト等の処理対象物に塗布し、所要時間養生させた後に処理対象物を剥離除去する方法が提案されている。そして当該方法の効果は、確実にかつ早くアスベスト等の処理対象物の内部に保水剤、増粘剤を含む薬剤を浸透させることができるから、アスベスト等が粉になって飛散することを防止できるとされている。しかし、除去作業においては、人力または機械を用いた物理的な外力にのみ頼っているため、除去作業時間の短縮化は十分でない。
【0006】
また、特許文献2では、石綿層に水を主体とする湿潤液を塗布または噴霧して石綿層を湿潤させ、次に、この湿潤した石綿層の表面に高分子化合物の水溶液または水分散液を塗布または噴霧して連続した粘着湿潤状皮膜を形成して、この粘着湿潤状皮膜が乾燥しないうちに石綿層を除去する方法が提案されている。そして当該方法の効果は、特に屋根や壁板に吹付けられた石綿層を処理して取り外し、開放状態でこれを運搬できるので、取り外した石綿層を別の場所に搬送して、そこで機械を用いて効率よく除去する工法に適するとされている。しかし、上記と同様の理由で、除去作業時間の短縮化は十分でない。
【0007】
また、アスベストの飛散防止と除去作業時間の短縮化を目的とする方法ではないが、特許文献3では、温石綿を非石綿に転化させるための組成物が提案されている。この組成物は、水、少なくとも約30重量%の無機酸および約4重量%のアンモニア等のヘキサケイ酸塩を含むもので、ヘキサケイ酸塩が触媒的に作用して、少量のフッ化水素が発生し、フッ化水素が徐々に温石綿を非石綿に転化させるとしている。しかし、当該組成物は、少なくとも約30重量%もの高濃度の酸を含有する点で、作業衛生上の問題があるほか、温石綿(クリソタイル)に対してしか使用できず、クロシライド、アモサイト等の多量に使用されてきた他の種類の石綿には使用できないという欠点が存在する。
【特許文献1】特開平10−323614号公報
【特許文献2】特開平4−49377号公報
【特許文献3】特表2000−514397号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のことから、本発明は、アスベストの飛散防止と除去作業時間の短縮化を十分に図ることができる剤および除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる実情に鑑みて、本発明者らは鋭意研究を行った結果、アスベスト含有セメント硬化体中のセメント水和物表面は炭酸化が進行して水和物の体積が増加し、硬化体が緻密化した結果、液体が浸透しにくくなっていること、また、特定の酸解離定数(pKa)を有する酸の水溶液は、かかる緻密化した硬化体に対しても、浸透性に優れることや、セメント硬化体の強度発現に寄与している水和生成物を溶解させることにより、その結合力を弱めることができること等を見い出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアスベスト含有セメント硬化体の除去剤は、アスベスト含有セメント硬化体に対して浸透性が高いためアスベスト粉塵の飛散防止に優れるとともに、当該硬化体の結合力を弱めることにより、人力や機械等の物理的な除去作業に要する労力を減じて、除去作業時間を格段に短縮化できる。また、アスベストの種類により使用範囲が限定されない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のアスベスト含有セメント硬化体の除去剤は、酸解離定数(pKa)が6.4未満の酸を含む剤である。かかる剤は、アスベスト含有セメント硬化体を緻密化している炭酸カルシウムを溶解して空隙を拡張する作用のため、剤の浸透性に優れている。したがって、酸解離定数が6.4以上では炭酸カルシウムを溶解できないために、本発明の除去剤としては好ましくない。
【0012】
本発明の除去剤に含まれる酸としては、硝酸、塩酸およびフッ酸から選ばれる1種または2種以上が好ましい。硝酸または塩酸が炭酸カルシウムと反応して生成する硝酸カルシウムまたは塩化カルシウムは、水に対する溶解度が高いため、また、フッ酸が炭酸カルシウムと反応して生成するフッ化カルシウムは微小粒子としてコロイド状で分散して存在するために、空隙を埋めることはないから好ましい。この中でも、硝酸カルシウムの溶解度は138g/水100g(20℃)と極めて高いため、硝酸がより好ましい。
【0013】
本発明の除去剤に含まれる酸の濃度としては、0.1〜35質量%が好ましく、1〜25質量%がより好ましい。酸の濃度が0.1質量%未満では、炭酸カルシウムを溶解する能力が低く、また、酸の濃度が35質量%を超えると、作業者の取り扱いが困難になる場合がある。
【0014】
本発明の除去剤には、さらに浸透性を高めるために界面活性剤を、また、さらに保水性を高めるためにポリビニルアルコール、ポリアルキレングリコール、澱粉誘導体またはセルロース誘導体等のポリマーその他の添加剤を添加してもよい。
【0015】
本発明の除去方法は、本発明のアスベスト含有セメント硬化体の除去剤を、アスベスト含有セメント硬化体に塗布、散布、注入または含浸させて湿潤させた後に、当該硬化体を除去する方法である。当該方法において、当該硬化体に本発明の除去剤を使用する手段としては、吹付け、スプレー、はけ塗り、ノズルによる注入等を挙げることができる。また、本発明の除去剤の使用量としては、アスベスト含有セメント硬化体の厚み10mmに対し、0.01〜8kg/m2が好ましく、0.1〜5kg/m2がより好ましい。また、本発明の除去剤の使用量が0.01kg/m2未満では硬化体の湿潤化が十分でない場合があり、本発明の除去剤を8kg/m2を超えて使用しても湿潤化が飽和して飛散抑制効果の向上がこれ以上図れない。また、本発明の除去剤を硬化体に適用してから、30分以内に除去作業を開始することが好ましい。30分を超えると、湿潤状態の維持が図れない場合がある。
【実施例】
【0016】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【0017】
[使用材料]
塩酸、硝酸およびフッ酸は試薬1級(純正化学社製)を使用した。また、比較のために、市販の除去剤としてアクリル系合成樹脂エマルジョン(商品名;プロテクターシーラント ニチアス社製)を使用した。
【0018】
[試験方法]
浸透性試験
空気量9%に調整した水セメント比55%のモルタルを、40mm×40mm×160mmの型枠に詰め、1日間湿空養生して脱型した後に、モルタルの40mm×40mmの2面にエポキシ樹脂を塗布してシールし、促進中性化試験槽内に載置して、温度20℃、湿度60%、炭酸ガス濃度5%の条件で7日間中性化を促進させて試験体を作製した。その試験体を、10質量%に調整した塩酸、硝酸またはフッ酸の水溶液(本発明に係る除去剤)中に浸漬し24時間後に取り出して、浸漬前後の重量差を浸漬前の重量で除して求めた重量増加率を、当該除去剤の浸透性を示す値として比較、評価した。また、比較のため、市販品については、取扱説明書に従い、水で11倍に希釈して上記と同様に試験に供した。使用した除去剤の種類と重量増加率の関係を表1に示す。なお、2種類以上の酸を併用した試験例では、その酸成分の濃度が10質量%となるように調整して試験に供した。
【0019】
【表1】

【0020】
表1から分かるように、本発明の除去剤は、市販品と比較して約2〜6割も浸透性が向上している。
【0021】
アスベスト含有セメント硬化体の除去試験
既設構造物の天井部コンクリートに吹き付けられた厚さ10mmのアスベスト含有セメント硬化体の表面に、1m×1mの広さの区画線を描き、当該区画部分に除去剤(濃度が0.1質量%、1質量%、10質量%および35質量%の塩酸水溶液、濃度が0.1質量%、1質量%、10質量%および25質量%の硝酸水溶液、並びに濃度が0.1質量%、1質量%および10質量%のフッ酸水溶液)を、その使用量が1.1kg/m2になるように自動噴霧器により散布した。そして、散布後3分経過した後に、当該区画部分の除去作業を開始し、除去作業に要した時間を測定した。また、比較のため、市販の除去剤については、取扱説明書に従い、水で11倍に希釈して、上記と同様に試験に供した。使用した除去剤の種類と除去作業に要した時間の関係を表2に示す。なお、2種類以上の酸を併用した試験例では、その酸成分の濃度が10質量%となるように調整して試験に供した。表中の数値は、市販品を使用した場合に要した作業時間を100として、本発明の除去剤を使用した場合の作業時間の割合を示した。
【0022】
【表2】

【0023】
本発明の除去剤によれば、除去作業時間を市販品と比較して約10〜30%短縮することができる。これにより、除去作業者がアスベスト粉塵に晒される時間が短縮されて、作業者の健康障害リスクが軽減されることとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸解離定数(pKa)が6.4未満の酸を含むことを特徴とするアスベスト含有セメント硬化体の除去剤。
【請求項2】
前記の酸が硝酸、塩酸およびフッ酸から選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とするアスベスト含有セメント硬化体の除去剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載されたアスベスト含有セメント硬化体の除去剤を、アスベスト含有セメント硬化体に塗布、散布、注入または含浸させて湿潤させた後に、当該硬化体を除去することを特徴とするアスベスト含有セメント硬化体の除去方法。

【公開番号】特開2006−117481(P2006−117481A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308072(P2004−308072)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(000141060)株式会社関電工 (115)
【Fターム(参考)】