説明

アセチレンブラックとその製造方法、及び燃料電池用触媒

【課題】比表面積が500m/g以上、結晶層厚み(Lc)が25Å以上のアセチレンブラックを提供すること。高反応効率の燃料電池用触媒を提供すること。
【解決手段】比表面積が500〜1100m/g、X線回折により測定された結晶層厚み(Lc)が25〜40Åであるアセチレンブラック。アセチレンガスを、その含水率を絶対湿度で5mg/L以下に減じてから酸素ガスで不完全燃焼反応をさせ、得られたアセチレンブラックを酸化処理することを特徴とする上記アセチレンブラックの製造方法。上記のアセチレンブラックに白金粒子及び/又は白金合金粒子が担持されてなる燃料電池用触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高比表面積かつ高結晶性のアセチレンブラックとその製造方法、及びそれを用いた燃料電池用触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池のセル構造は、ガス流路を施したセパレーターの間にガス拡散層、触媒層、電解質膜を挟んだ構造となっている。この触媒層は白金粒子及び/又は白金合金粒子(以下、「白金等粒子」という。)が担持されたカーボンブラックから構成されており、白金等粒子はカーボンブラック表面に高分散で担持されている。ここで、担持とは、カーボンブラック表面に別の粒子が化学結合又は物理結合により付着した状態のことである。水素、酸素等の原料ガスは白金等粒子と接触して活性化され水を生成するため、触媒層の白金等粒子は高分散で担持されている方が反応効率が高い。逆に、白金等粒子がカーボンブラックに低分散で担持されていると、すなわち凝集して担持されていると、原料ガスと白金等粒子の接触面積が小さくなり、反応効率が低下してしまう。
【0003】
白金等粒子の反応効率を高くするには、高比表面積のカーボンブラックがよく、従来、ファーネスブラックが使用されてきた。しかし、ファーネスブラックは結晶性が低いので長期安定性が十分でなく、また原料由来の不純物、例えば硫黄、塩素、カリウム、鉛、ナトリウム、カルシウムなどが数10ppm〜数%オーダーで含まれている場合が多く、長期安定性を一段と阻害させていた。
【0004】
そこで、ファーネスブラックよりも格段に不純物の少ないアセチレンブラックを用いることが考えられるが、通常のアセチレンブラックの比表面積は30〜200m/gであり、高比表面積のファーネスブラック等に比べると担持面積が狭いため、白金等粒子が凝集して担持されてしまい、高い分散状態で担持することができない。したがって、アセチレンブラックの高比表面積化が必要となる。アセチレンブラックの高比表面積化は、アセチレンブラックを500℃以上の温度で空気、酸素等により表面を酸化することによって可能であるが(特許文献1)、このようにして製造された比表面積が500m/g以上のアセチレンブラックは結晶性が低く、長期安定性が保てない問題があった。
【0005】
アセチレンブラックを高結晶化する方法として、加熱炉にて焼成処理することが提案されている(特許文献2)。この方法では、昇温から冷却に至るまでの高温状態が長くなるので、アセチレンブラックの結晶格子が再配向し、規則正しい黒鉛化構造となって比表面積が大幅に低下する。したがって、500m/g以上の高比表面積を維持しつつ、X線回折により測定された結晶層厚み(Lc)を25Å以上にすることができなかった。
【特許文献1】特開昭61−66759公報
【特許文献2】特許第2996539号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、比表面積が500m/g以上、X線回折により測定された結晶層厚み(Lc)が25Å以上のアセチレンブラックを提供することである。また、本発明の他の目的は、高反応効率の燃料電池用触媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、比表面積が500〜1100m/g、X線回折により測定された結晶層厚み(Lc)が25〜40Åであることを特徴とするアセチレンブラックである。また、本発明は、アセチレンガスを、その含水率を絶対湿度で5mg/L以下に減じてから酸素ガスで不完全燃焼反応をさせ、得られたアセチレンブラックを酸化処理することを特徴とする上記アセチレンブラックの製造方法である。更に本発明は、上記のアセチレンブラックに白金粒子及び/又は白金合金粒子(白金等粒子)が担持されてなることを特徴とする燃料電池用触媒である。
【発明の効果】
【0008】
本発明のアセチレンブラックは、比表面積が500〜1100m/gの高比表面積を有し、結晶層厚み(Lc)が25〜40Åの高結晶であるので、高反応効率のものとなる。本発明のアセチレンブラックの製造方によれば、本発明のアセチレンブラックを容易に製造することができる。また、本発明の燃料電池用触媒は、高反応効率であるので、これを用いた燃料電池は、初期の出力電圧が高まり、しかもその出力電圧を長期に亘って持続する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のアセチレンブラックは、比表面積が500〜1100m/gである。500m/g未満では、白金等粒子を十分に高分散させることができず、反応効率を高くすることができない。1100m/gを超える比表面積であると、担持液へ十分に浸せきすることが困難となるので、白金等粒子を高分散で担持させることが難しく、この場合も反応効率を高くすることができない。ここで、反応効率とは、白金等粒子の単位質量当たりの触媒活性のことであり、担持量が一定の場合、燃料電池評価における電流電位曲線を比較し、同じ電流値における電圧の高低で判断可能である。電圧が高いほど反応効率が高いことを意味している。
【0010】
アセチレンブラックの結晶層厚み(Lc)は、高ければ高いほど耐食性に優れるが水への濡れ性が低下する。500m/g以上の高比表面積のアセチレンブラックにおいて結晶層厚み(Lc)が40Åを超えると、担持液への浸せきが困難となり、白金等粒子を高分散で担持させることが難しくなる。
【0011】
本発明の製造方法の特徴は、反応炉内でアセチレンガスを不完全燃焼反応させて高比表面積を有するアセチレンブラックを生成させる際に、アセチレンガスの含水率を絶対湿度で5mg/L以下に減じてから不完全燃焼反応させ、その後に酸化処理を施すことである。含水率が5mg/L以下のアセチレンガスを用いることによって、反応炉内温度がより高く維持されるので、アセチレンブラックの結晶性を大きくすることができる。含水率の小さいアセチレンブラックほど反応炉内温度を高く保持することができるので好ましい。特に好ましいアセチレンブラックの含水率は、絶対湿度で4mg/L以下である。
【0012】
含水率を低下させる方法としては、例えばシリカゲル、塩化カルシウム、五酸化二リン等の吸湿剤を用いる方法、0℃以下の雰囲気に通す冷却乾燥方法などがあるが、いずれも可能である。アセチレンガスの含水率は、例えば水蒸気検知管法、カールフィッシャー法、塩化カルシウム吸収法、赤外線ガス分析法等によって測定することができる。
【0013】
上記で製造された高結晶性のアセチレンブラックは、次いで酸化処理が施されて高比表面積化される。この酸化処理によって、高比表面積化とともに、結晶化がまだ十分でなかったアモルファス状カーボンが優先的に燃焼され、更なる高結晶化効果も期待できる。
【0014】
酸化処理は、例えば空気、オゾン等の酸化性ガスを用いる乾式法、酸化剤を含む水溶液を利用した湿式法によって行うことができる。より均一な酸化処理と大規模な処理を行う点から乾式法が好ましい。乾式法は、温度500〜800℃に保たれた横型炉を用い、アセチレンブラックと酸化性ガスとを、好ましくはアセチレンブラックを攪拌しながら接触させる方法、上記温度の酸化性ガス雰囲気に保たれた竪型炉の頂部からアセチレンブラックを噴霧する方法などによって行うことができる。
【0015】
乾式法においては、均一な表面酸化を行うためにも連続的に原料が撹拌され適量の酸化性ガスと均一に接触できる電気炉を使用することが好ましいが、アセチレンブラックが少量で有ればガスとの接触面の分布がそれほど大きくないため一般の電気炉でも可能である。湿式法は、酸化剤を含む水溶液にカーボンブラックを加え、50〜120℃で5〜30時間処理した後、洗浄・乾燥することによって行うことができる。酸化剤としては、例えば過酸化水素水、塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸、例えば次亜塩素酸ナトリウム、重クロム酸カリウム等の塩などを使用することができる。
【0016】
本発明の燃料電池用触媒は、本発明のアセチレンブラックの表面に白金等粒子を高分散で析出(担持)させたものである。燃料電池性能の長期安定性の面から、白金等粒子はカーボンブラック表面に強く担持されていることが好ましく、その担持方法については後述する。白金等粒子の大きさとしては10〜50Åが好ましい。
【0017】
白金等の材質としては、白金の他に白金合金が用いられる。白金合金形成金属としては、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、鉄、チタン、ニッケル、コバルト、金、銀、銅、クロム、マンガン、モリブデン、タングステン、アルミニウム、ケイ素、レニウム、亜鉛、スズ等がある。これらのうち、直接メタノール型燃料電池の場合は、白金−ルテニウム合金が一酸化炭素被毒防止に有効であるので好ましい。白金合金組成の一例を示せば、白金が30〜90質量%、合金化する金属が10〜70質量%である。
【0018】
アセチレンブラックへの白金等粒子の担持方法には特に制約はないが、例えば以下の方法が好ましい。アセチレンブラックを水に懸濁させてスラリーとし、これに白金等粒子を含むヘキサクロロ白金酸(IV)水溶液を加えて混合液Aとし、これに白金等粒子に対し10倍当量の水素化ホウ素ナトリウムを添加(還元処理)し、アセチレンブラックの表面に白金粒子等を析出させた後、濾過、洗浄、乾燥することによって燃料電池用触媒が製造される。
【0019】
白金等を白金合金とするには、白金と合金形成金属を含むヘキサクロロ白金酸(IV)が用いられる。例えばルテニウムを合金形成金属として使用する場合、所定量のルテニウムを含む三塩化ルテニウム(III)水溶液を上記混合液Aに加えて混合液Bを調製する。ルテニウムの配合量は白金に対して、10〜70質量%が好ましい。ついで、白金等粒子に対し10倍当量の水素化ホウ素ナトリウムを混合液Bに添加(還元処理)し、混合液B中でアセチレンブラックの表面に白金粒子等を析出させた後、濾過、洗浄、乾燥することによって燃料電池用触媒が製造される。
【0020】
白金等粒子が白金粒子、白金合金粒子のいずれであっても、それをアセチレンブラックの表面に析出させるに際し、適宜、水酸化ナトリウムの水溶液等のpH調整剤を添加することができる。白金等粒子の担持量の一例を示せば、アセチレンブラック100質量部に対して10〜80質量部である。
【0021】
本発明の燃料電池用触媒の評価は、例えば固体高分子型燃料電池の場合、以下のようにして行うことができる。燃料電池用触媒を四フッ化樹脂粉末と混合し、アルコールを加えてペースト状にしたものをカーボンペーパーの片面に塗布し触媒層を形成する。そして、触媒層の表面にナフィオン溶液を均一に塗布し電極とする。ナフィオン膜(パーフルオロスルホン酸電解質膜)の両面に、電極を接するように重ね合わせ、ホットプレスで熱圧着させ、電解質膜−電極接合体(MEA)を得る。MEAをセパレーター、続いて集電板で挟み込めば単セルが完成し、電子負荷装置、ガス供給装置を接続すれば燃料電池の評価を行うことができる。また、市販されている燃料電池単セル評価装置を用いれば上記評価をより簡便に行うことができる。
【実施例】
【0022】
実施例1、2
アセチレンガスを、塩化カルシウム(1kg)を充填した脱水ラインを通過させて脱水処理を行った。アセチレンガス中の含水率は、配管に設置したサンプリング口より水蒸気検知管(光明理化学工業株式会社製「北川式ガス検知管:水蒸気」)を用いて測定した。脱水処理されたアセチレンガスを酸素ガスと共に、カーボンブラック製造炉(炉全長6m、炉直径1m)の炉頂に設置されたノズルから表1の条件で噴霧し、アセチレンの熱分解及び燃焼反応を利用してアセチレンブラックを製造した。その後、炉下部に直結されたバグフィルターからアセチレンブラックを捕集し、アセチレンブラック500gを電気炉に入れ、640℃にて空気を50L/hrで導入し、1時間酸化処理した。
【0023】
比較例1
アセチレンガスを脱水ラインを通さなかったこと以外は、実施例2と同様にしてアセチレンブラックを製造した。
【0024】
得られたアセチレンブラックについて、以下の物性を測定した。それらの結果を表1に示す。
(1)比表面積:JIS K 6217に従い測定した。
(2)DBP吸収量:JIS K 6217に従い測定した。
(3)Lc:Cu−Kα線を用いたX線回折法における(002)面の回折線より、式、Lc(Å)=(180・K・λ)/(π・β・COSθ)、により測定した。 ただし、K=形状因子0.9、λ=X線の波長(1.54Å)、θ=(002)回折線吸収バンドにおける極大値を示す角度、β=(002)回折線吸収バンドにおける半価幅を角度で示したものである。
(4)粗粒分:JIS K 1469に従い測定した。
(5)熱酸化温度:熱重量天秤にて空気雰囲気中で昇温し、全体質量の5質量%が燃焼により減少したときの温度を測定した。
【0025】
つぎに、アセチレンブラックを燃料電池用触媒として評価するため、白金−ルテニウム合金を以下の方法で担持させた。すなわち、アセチレンブラックを塩化白金酸及び塩化ルテニウム水溶液に混合した。混合割合は、質量比で、アセチレンブラック/白金/ルテニウム=40/40/20とした。混合液を80℃で30分間撹拌した後、室温まで冷却した。0.5Mの水素化ホウ素ナトリウムを5回に分けて添加し白金及びルテニウムを合金として析出させ、濾過、洗浄後、乾燥して触媒を得た。得られた触媒について、白金−ルテニウム合金の粒径をTEM観察により1000個の粒子について測定し、その平均値を求め、表1に示した。
【0026】
参考例1は、アセチレンブラックの代わりに、ケッチェンEC(ケッチェンブラックインターナショナル社製商品名)を使用したこと以外は、同様にして白金−ルテニウム合金を担持させた。
【0027】
得られた燃料電池用触媒1gにナフィオンを2500mg混合してペーストとし、カーボンペーパーに塗布した後、80℃で乾燥して燃料極とした。Pt−ブラックを酸素極に用い、ナフィオン膜を挟んで燃料極と重ね合わせて135℃で10分間、9.8MPaでプレスし、MEAを得た。セパレーター、集電板で挟み込み一体化して、燃料電池を構成した。この燃料電池を90℃条件下で、メタノールを4ml/min、空気を60ml/minで導入し500mA/cmの定電流駆動で連続的に1000時間作動させたときの出力電圧を測定した。初期の出力電圧と1000時間後の出力電圧の結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1から、本発明の実施例によって得られたアセチレンブラックは比較例のそれに比べて熱酸化温度が高く耐食性に優れていた。また、アセチレンブラックを用いて製造された燃料電池は、比較例のそれに比べて、出力電圧が高いことから、高反応効率であり、出力電圧が高く維持できることから、長期安定性に優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のアセチレンブラックは、固体高分子型燃料電池やリン酸型燃料電池等の各種燃料電池の触媒として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
比表面積が500〜1100m/g、X線回折により測定された結晶層厚み(Lc)が25〜40Åであることを特徴とするアセチレンブラック。
【請求項2】
アセチレンガスを、その含水率を絶対湿度で5mg/L以下に減じてから酸素ガスで不完全燃焼反応をさせ、得られたアセチレンブラックを酸化処理することを特徴とする請求項1に記載のアセチレンブラックの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のアセチレンブラックに白金粒子及び/又は白金合金粒子が担持されてなることを特徴とする燃料電池用触媒。

【公開番号】特開2007−112660(P2007−112660A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−305415(P2005−305415)
【出願日】平成17年10月20日(2005.10.20)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】